第3話 礼を失する②



「失敗したな……」


 立川へとカードたちを戻し、鈴鹿とのシンクロを解くと、俺はそう呟いた。


「……すまん」


 蓮華が、申し訳無さそうに頭を下げてくる。

 珍しい。俺を立川へと帰したことを詫びているのだろうか。

 確かにあの時、立川に帰らずに俺が直接会っていたならば、すんなり話が進んでいたかもしれないが……。


「いいさ、俺も同意したしな」


 鳥取エジプト王国に一度転移したら、俺が立川に帰還するのは、元々の予定通りだった。

 それが、結果的に失敗だったからと言って、蓮華たちのせいにするのは、無責任というものだろう。

 だが……。


「……少し、慎重になりすぎてたのかもな」

「だな」「うむ」


 俺の呟きに真っ先に頷いたのは、モリーとヴィーのケルトの戦女神たち。

 やはり、戦神である彼女たちの目から見てもそう見えていたか。

 最近のカードたちは、いささか俺に対して過保護になり過ぎていた。

 ハーメルンの笛吹き男に真っ二つにされてからその傾向はあったとはいえ、グガランナとの遭遇以降は特に、だ。

 俺は立川に残りカードだけ各地に派遣するというやり方も、池袋はグガランナの全体絶対攻撃に対処するためにはしょうがなかったとはいえ、小良ヶ島やその他の土地にまでやるのは、少しばかりやりすぎだ。

 戦術的に弱点を隠すのは正しいが、それを常にというのは臆病なだけということなのだろう。


「フ……しかし、礼を失する、か」


 小さく苦笑する。

 まったくもって、その通りだ。

 相手はファラオ……王なのだから、替え玉を立てて交渉をしに行くなど無礼千万。

 アンゴルモア前の知り合いだからと、甘え過ぎていた。まさしく、親しき中にも礼儀あり、だ。

 そりゃあ、砂原さんも怒るというものだ。

 それにしても……久しぶりに『大人』に叱られてしまったな。

 罪悪感と、恥ずかしさと、そして不思議と心地よさがあった。

 自信満々に道を外れかけていたところを、強引に手を引かれ戻されたような感覚。

 冒険者となって、色々と経験を積み、周囲の大人たちよりも『上』になるにつれて、されることも無くなった感覚だった。

 ……ある意味、すんなり話が進むよりも良かったのかもしれない。

 そう思いながら、俺はカードたちへと言った。


「さて、手土産が必要だな……どうする?」


 失礼をして、手ぶらで訪れるなど、重ねて失礼をするようなものだ。

 詫びの際には、手土産を持っていくのが常識。

 それは、アンゴルモアで変わってしまった今の世界でも同じだろう。

 だが、相手は王(ファラオ)。手土産にも相応の格というものが必要となる。

 一体何が良いか……。


「やっぱ、アタシらでしか渡せない物が良いんじゃね?」


 蓮華が言った。

 俺たちしか持ってない物となると……。


「幸運操作と……アムリタの若返りか」


 だが、幸運操作の方は、あちらの領地にいる門番次第ではすでに確保している可能性がある。ガーネットも使うし、できる限り温存しておきたい。

 そうなると、残るは……。


「アムリタの若返りかな?」


 若返り系のアイテムはアンゴルモア後も貴重だし、あちらがまだ若返り効果を持つ真スキルを確保していないのであれば、価値はあるはず。

 仮にすでに相手が持っているとしても、交渉において核兵器級の材料であるアムリタの若返り効果を明かすと言うのは、こちらの誠意を見せることにもなるだろう。

 ……立川ギルドと違って、アムリタの若返り効果を狙って襲ってきたとしても、あちらからこちらへは攻めて来れないしな。リスクは無い。


「良し、手土産も決まったことだし、明日さっそく詫びに行くか」



 ――――そして、翌日。


 俺は、星母の会のシェルターへとやってきていた。

 一度鳥取の地に足を踏み入れた以上、ハーメルンの笛でいつでも転移することが出来る。

 が、あちら国境に見張りを置いている以上、門からではなく転移で直接乗り込めば否応なしに警戒されることだろう。

 それは、謝りに来る人間の態度ではない。

 故に、手間ではあるが鳥取には星母の会の門経由で行くつもりだった。

 それにもう一つ。


「や、おはよう」

「おはようございます、北川五星将」

 

 こうして、千歌ちゃんと会うため、というのもあった。

 事前にアポを取っていたこともあり、千歌ちゃんは今度こそ万全を期して出迎えてくれた。

 そんな彼女へと、俺は苦笑しつつ言う。


「あー、五星将とかつけなくて良いよ。普通に北川さんとかで」

「あ、いえ、しかし……」

「いいから」


 困ったように視線を泳がせる彼女に、俺はやや強引に言う。


「正直、五星将なんて肩書き、仰々しくてどうかと思うしね」

「……あ~、そういうことでしたら」


 俺がそう言えば、彼女もそう思っていたのか、やや苦笑気味に頷いた。

 良し、これで多少なりとも距離も縮めやすくなることだろう。

 五星将なんて呼ばれ続けていたら、仲良くなれるものもなれないしな。

 しかし……と彼女の顔をマジマジと見ながら言う。


「笑った顔、お姉さんとそっくりだな」


 苦笑する彼女の顔は、姉である牛倉静歌とそっくりなものだった。


「あー、はい、よく言われます」

「あ、やっぱり?」


 千歌ちゃんの顔は、牛倉さんを幼くして、目つきをちょっと強気にしたような感じだ。

 姉妹とはいえ、これだけ似ているのは、ちょっと珍しい。


「確か、牛倉さんって四姉妹なんだっけ?」

「良く知ってますね。はい、一番上の一歌ねえが大学一年で、二番目が静歌ねえ、三番目が凛歌ねえで中二、で末の私が小六になります」

「一歌、静歌、凛歌、千歌かぁ」


 全員、歌の字が一文字入ってるのな。……なんだか、ちょっと親近感。

 しかし、一番上は大学生かぁ。きっと、牛倉さんよりもさらにデカいんだろうな。妹さんも、小六でコレだし……。

 って、何考えてんだ、クラスメイトの妹、それもウチの妹と同い年の相手に。

 脳裏に浮かんだ考えを慌てて振り払い、俺は言った。


「お姉さんたちもみんなこのシェルターにいるの?」

「あ、いえ、ここには基本、私だけですね」

「ふぅん?」


 姉妹でバラバラ? あ、いや、そうか。よくよく考えたら、このシェルターが牛倉家が最初に避難したシェルターとは限らないのか。

 むしろ、俺の付き人にするために彼女を連れて来たと考えれば、納得がいく。


「基本ってことは、たまに家族が会いに来る感じ?」

「そう、ですね。静歌ねえが、たまに」


 へぇ、牛倉さんが来るのか。

 家族の中でも彼女だけが、ということは、牛倉さんは比較的自由の効く立場ということか?


「そっか。お姉さんに、久しぶりに会って話したいから、今度会おうって伝えて置いてくれる?」


 うまく行けば、そのまま牛倉さんと千歌ちゃんを立川に連れ帰ってしまおう。

 死神殺しと戦う意思を見せているうちは、信者の一人や二人連れ帰っても、多めに見られるだろう。

 そんなことを考えながらの俺の言葉に、千歌ちゃんはじっと俺の顔を見ると。


「……はい、伝えておきます」


 そう、頷いたのだった。




「————お待ちしておりました。北川さまですね? 王の元へとご案内します」


 それから、俺はしばし千歌ちゃんと雑談をすると、砂原さんの元へと向かうことにした。

 門から砂原さんの鳥取砂丘へと転移すると、待ち構えていた見張りに、今度は以前とは打って変わって丁寧な対応をされる。

 階段を下りた先の『殺し間』にも兵隊はおらず、開け放たれた門を通り抜けると、正面に大きなピラミッドが現れた。

 ウチのフェンサリルにも匹敵するほどの巨大なピラミッド。いや、高さを考えれば、フェンサリル以上か。

 そのまま中へと入れば、広々とした通路が俺たちを出迎えた。

 エジプト神話をモチーフとしたと思われる壁画が描かれた通路は、大の大人が三人両手を広げても通れるほどの幅がある。

 以前テレビで見たピラミッド内部は意外と狭く、細い道が棺の置かれた小部屋へと続くような感じだったのだが、砂原さんのソレは外観こそピラミッドだが、内部は宮殿と言っても差し支えなかった。


『気を抜くなよ、すでにここは相手のテリトリーだぞ』

『ああ、わかってる』


 直接俺の肩に触れての、蓮華の念話に、そう内心で頷き返す。

 ピラミッドの外、階段を取り囲む砦に足を踏み入れた時点で気付いていた。

 俺たちを取り囲む、神聖な空気。

 これは、ウチのカードたちが簡易神殿のスキルを使った時と同じ空気だ。

 いや、正確に言えば、それをより濃密にした感じというべきか。

 ここは、ただのピラミッドではなく、外の砦含めて砂原さんが建築した神殿と言うことなのだろう。


 ――――ところで、簡易とつくということは、簡易じゃない神殿も存在すると思わないか?


 かつて、アンゴルモア前に砂原さんと交わした言葉が脳裏に蘇る。

 神殿、か。気になるのは、階段を取り囲む砦まで神殿にしていることだ。

 ピラミッドを居城にしているのは……まあ、砂原さんの趣味嗜好によるものだとして、階段を取り囲む砦まで神殿にしているのは、そこに戦略的アドバンテージがあるからのはず。

 砂原さんが、三年もの間、帝国の侵略を防ぎ続けられたのは、神殿にタネがある? 神殿にはそれだけの効果が?

 しまったな……色々とあって後回しになっていたが、何を差し置いても先に作っておくべきだったか?

 元はアテナの幼体解除に繋がるかも、という期待が大きかったから、アテナがアイギスを使えるようになって優先順位がどうしても下がってたんだよな……。

 まあ、後の祭りか。


 ちなみに、蓮華が俺の肩に触れているのは、ピーピングを警戒してのことだ。

 テレパスは、直接身体に触れて行うことで、他者からの盗聴を防ぐことが出来る。

 ラインの波長を敢えて乱すことでピーピングを防ぐ技もあるが、至近距離ではこれが一番確実かつ簡単な方法となる。

 いくつかのシークレットリンクと共に師匠から教えてもらった、ピーピング対策だった。


「こちらでお待ちください」


 そうして俺たちが通されたのは、意外にも普通の洋風の応接間だった。

 広さは……十畳ほどか。さすがに、この部屋にカード十枚以上は多いな。

 あまりに多いと、それも失礼に当たるだろう。

 精々三枚……。蓮華はお詫びの件で外せないから、あとはアテナと鈴鹿にしておくか。

 そうして、出されたお茶を飲むこと十分。


「やあ、お待たせ」

「砂原さん」


 砂原さんがハトホルを伴い姿を現した。

 俺は、慌てて立ち上がり、まずは先日の謝罪をしようとして――――思わず言葉を詰まらせた。

 数か月ぶりに見た砂原さんは……一目でわかるほどに老けていた。

 頭髪には白い物が混じり始め、目じりには皺が、口元にほうれい線が現れている。

 鳥取エジプト王国が建国されてから十二年。確かに、砂原さんも中年と言って良い年ではあるが、明らかに実年齢以上の老け方だ。

 顔に刻まれた深い皺は、そのまま砂原さんのこれまでの苦労の現れだった。


「昨日は済まなかったね、あんなに大勢で包囲したりなんかして」


 俺が言葉を詰まらせている間に、先に砂原さんに謝られてしまった。


「あ、いえ、こちらこそ失礼いたしました」

「いやいや、いいんだ。こちらも皆の手前、あんな態度を取って見せたが、別に本当に怒ってるわけでもないしね」


 ハッと我に返り、慌てて頭を下げるも、さらりと流されそうになる。

 それに、ジワリと焦りを覚える。

 マズいな、謝罪すらさせてもらえないか。

 ここで、本当に「怒ってないのか、あー良かった」と思うほど俺も子供じゃない。

 たとえ、相手が本当に怒ってないとしても、ここで何の詫びも無しでは、借りができるのは間違いない。

 それは、この後の交渉を考えれば白紙の小切手を渡すも同然だ。

 何としても、こちらの用意してきた詫びを受け取ってもらわねば。


「……そうは言っても、何の詫びも無しではこちらが心苦しいので。――――蓮華」


 俺がそう呼びかければ、蓮華が一つ頷き前に出る。


「ふむ?」

「ウチの蓮華のアムリタには、若返りの効果があります。砂原さんさえよろしければ、それを先日のお詫びに……」

「へぇ……?」


 俺の言葉に、砂原さんもさすがに興味深そうに目を細めて見せた。


「なるほど、それが、そちらの真スキルということか」


 砂原さんは二度三度、納得したように頷き、言う。


「若返らせてくれるというのなら有難い、そのお詫びは是非受け取ろう……と言いたいところだが、一つ問題がある」

「問題、ですか?」


 俺が首を傾げてみれば、砂原さんも怪訝そうな顔をした。


「わかるだろう? 蓮華ちゃんの真スキルを使うには、そちらの神殿まで私が赴かねばなるまい。しかし、私もこの国を気軽に離れるわけには――――」


 神殿? なんで、ここで神殿が出てくる? まさか、そういうことか? 神殿の効果は……!

 俺の表情に気付いた砂原さんが、言葉を止める。

 そして、視線を鋭くすると、言った。


「……どうやら、お互いに情報の摺り合わせする必要があるみたいだな?」

「そう、ですね」


 どうやら、対帝国の話をする前にしなければならない話があるようだった。





【Tips】魔道具の適性

 魔道具の性能は、基本的に誰が使っても同一であるが、その魔道具が自身の種族とゆかりのあるモノであった場合、時として魔道具の力をより深く引き出すことが出来る(絶対ではない)。

 大抵の場合、魔道具の効果が多少上がる程度であるが、魔道具の名を冠したスキルを持ち、魔道具のランクによっては、使い手のスキルの性能がワンランクアップすることもある。

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