第3話 礼を失する①


 鳥取エジプト王国。

 第三次アンゴルモア後に、三ツ星冒険者でグラディエーターであった砂原太陽を王(ファラオ)とした絶対君主制の勢力。人口二万人、建国十二年。

 領土は、鳥取砂丘周辺と、隣接するエリア四つ。本拠地自体が鳥取ギルドのある鳥取駅周辺から切り離された鳥取砂丘の周辺の人口密度が低い地域を取り込んだ形となる上、隣接四つのエリアを支配しているため、人口に比べて領土自体は広い。

 三年ほど前からグラディエーター帝国と交戦状態にあり、防衛には成功しているものの逆侵攻の術を持たず、防戦一方となっている。

 最大戦力は、霊格再帰および真スキル覚醒済みのハトホル。

 勢力評価:A-。



「……建国十二年、か。長いな」


 フェンサリルの自室にて、俺は星母の会から渡された鳥取エジプト王国の資料を改めて確認していた。

 確かに、鳥取は元々日本一人口の少ない県で、その分迷宮も少なく、特に鳥取砂丘には迷宮自体が存在しなかった。迷宮が多いほど時の流れが遅くなるというフェイズ5の仕様上、それなりの迷宮数が発生するまで爆速で時が流れていったとしてもおかしくないようにも思える。

 ……が、鳥取砂丘だけでなく、その周辺の人口が少ない地域を取り込んでいるならば、その中には大なり小なり迷宮が含まれているはずだし、またアンゴルモアによって迷宮が発生していることを考えれば、建国十二年という数字は明らかにおかしい。

 同じく迷宮数がほとんどなかった小良ヶ島ですら七年程度なのだ。普通ならその範囲に収まると考えるべきだろう。

 考えられるとすれば……。


「カードキー、か」


 カードキーを使ってランクの低い迷宮を消していた、と考えれば、この時間の進みにも納得できる。

 それはつまり、砂原さんも限界突破スキルの存在を知っていることを意味していた。

 さらに……。


「霊格再帰および真スキル覚醒済みのハトホル……」


 アンゴルモア前は、零落スキルだったが、このアンゴルモアで霊格再帰に至ったか。それに、真スキルまで……。


「なるほど、戦力評価Aー、ね」


 星母の会による戦力評価がどういった基準でつけられているかは知らないが……おそらく、ただの霊格再帰持ちのBランクならば、評価Aまではいなかったに違いない。

 だが、そこに真スキルが加わったことで、評価Aとなった。マイナスがついたのは、霊格再帰による一時的なもののためだろう。

 だが、それは一時的にであれば、問題ないということを意味する。

 なるほど……星母の会がこの資料を渡してきた意味が分かってきた。

 星母の会は、俺を使ってこの資料に載った勢力を戦力化したいのだ。

 この資料を見て、俺がまず思ったのは「なぜ砂原さんを俺のように星母の会にスカウトしないのか?」だ。

 そう思って、すぐに答えが出た。すなわち、すでに断られただけだろう、と。

 何が悲しくて、怪しげなカルト宗教と手を結ばなくてはならないのか。

 俺だって、家族と合流するためじゃなかったら、断っていた。

 この資料に載った勢力は、どれも星母の会が仲間に出来なかった戦力なのだ。

 だが、アンゴルモアの大王という強敵を前に、その戦力は惜しい。

 そこで、俺を使って砂原さんらを厄介な敵にぶつけてしまおうということなのだろう。

 星母の会が無理だったのに俺なら出来るのか、という疑問はあるが……少なくとも端から交渉の余地が無い自分たちよりは可能性があると思ったのだろう。

 あるいは、ダメで元々か。

 まあ、どのみち、俺一人でグラディエーター帝国……死神殺しに抵抗するのは不可能だ。

 星母の会の思惑がどうであれ、それに乗るしかなかった。



 翌日、俺は星母の会へとやってきていた。

 目的はもちろん、星母の会の門を使って鳥取エジプト王国へと向かうためである。


「おかえりなさいませ、北川五星将」


 星母の会の自室へと転移すると、牛倉さんの妹さんが出迎えてくれた。

 ……いや、出迎えたというのは、少し違うか。

 テーブルの上を見る。そこには、食べかけのお弁当があった。

 どうやら、ご飯を食べている最中に転移のゲートが開いたので慌てて出迎える体制を取ったのだろう。


「あー、食べてる最中にごめん」

「……ッ!」


 俺が謝ると、妹さんはカッと頬を赤らめて俯いた。

 慌てて取り繕ったのがバレて恥ずかしかったんだろうか?

 次からは、事前にアポを入れてから来るとするか。

 まあ、それはそれとして……。俺は部屋を見渡した。俺たちの他には誰もいない。カードの五感を通しても、誰かが隠れている気配もない。

 ふむ、ちょうど良いか。


「牛倉さん……お姉さんは元気?」

「……はい、姉は全員元気です」


 鈴鹿を見る。ふむ、とりあえず牛倉さんは無事のようだ

 ……ちょっと間があったのは、気になるところだが。


「えーと、妹さんは……」

「千歌で大丈夫です」

「あー。じゃあお言葉に甘えて。千歌ちゃんは、何故お姉さんじゃなくて、自分が俺のお付きになったのか知ってる? 普通、知り合いをつけそうなものだけど」

「私が選ばれた理由は知りません。姉達には他に仕事があるのではないでしょうか?」

「……そう」


 うーん……嘘は吐いてないようだが、どうも言葉を選んでいるような印象を受ける。

 俺を警戒しているのか、あるいは口止めされているのか……。

 ……まめに会いに来て、少しずつ距離を縮めていくしかないか。

 まんま聖女の思惑通りで少し気に入らないが、な。

 今はこれ以上、問いかけても千歌ちゃんも何も話してくれないだろう、と切り替えて本題に入る。


「ところで、門を使いたいんだけど」

「はい、ご案内いたします」


 妹さん……千歌ちゃんの案内で、ヤヌスの元へと通される。


「ふむ、その土地にはすでに一度繋げておるな。すぐに向かうか?」


 ヤヌスへと鳥取エジプト王国のある土地へと向かいたいと告げれば、そう返された。当然頷く。


「それじゃあ、また……っと、そうだ」


 千歌ちゃんに別れを告げようとして、ふと思い出す。


「次から来るときに連絡するから、カードギアの連絡先を交換してもらえないかな?」

「あ、はい、わかりました」


 その方が彼女としても都合が良いのか、あっさりと連絡先の交換に成功する。


「用事とか無くても、気軽に連絡してくれて良いから」

「……はい」


 コクリ、と無表情で頷く千歌ちゃん。

 うーん……ちゃんと連絡してくれるかな。

 星母の会の内情や、無事を確認するという意味でも、マジで何の用が無くても連絡して欲しいんだが……。

 まあ、しばらくは俺の方から小まめに連絡するしかないか。

 そう思いながら、俺は門を通るのだった。



「ッ!?」


 門を通り、鳥取エジプト王国のある地へと足を踏み入れた瞬間、誰かが息を呑む声がした。

 そちらへと目を向ければ、パイプ椅子から腰を浮かした中年男性がおり、同時に階段の下へと小動物のような影が走り去っていった。

 あれは……と、走り去っていく影を見送っていると。


「こ、ここは鳥取エジプト王国である! 何者だ!」


 リビングアーマーを装備した男性は、警戒を顔に滲ませながら、そう誰何すいかしてきた。


「……俺は、北川歌麿。こちらのトップである砂原さんに会いに来ました」

「ファラオに……?」


 俺の名乗りに、少なくともいきなり戦闘になることは無いと思ったのか、男性の表情に落ち着きが戻る。


「ちょっと待て、上に判断を仰ぐ」


 男性はそう言うと、逃げるように階段を下っていった。


『おい、今のうちにお前は帰れ』


 それを見送り、おもむろに蓮華が言う。

 予定では、星母の会の門を使って鳥取エジプト王国へと着いたら、俺は立川へと帰還する予定だった。

 アンゴルモア前からの知り合いとは言え、今の人柄がわからない状態で俺が直接会うのはリスクがある。

 実際に砂原さんと会うのは、俺に変身した鈴鹿と、カードたちの予定だった。


『そうだな。何もないことを祈るが、何かあればすぐに撤退を』

『ああ』


 イライザのハーメルンの笛で、俺だけ立川へと帰還する。

 もちろん、場所はヘスペリデスの外、オードリーのフェンサリルだ。

 そうして、俺に変身した鈴鹿にシンクロして待つこと10分。


『遅せぇな……もう下に降りようぜ』


 痺れを切らした蓮華が言う。


『いや、もう少し待とう。勝手に降りたら、不法入国的な扱いになるかもしれん』


 俺は、門の前の広場を見渡しながら答えた。

 男性の座っていたパイプ椅子くらいしかないが、ここはおそらく関所的な場所だろう。

 何者かが門から現れた場合、速やかに下に報告を送り、迎撃の準備を整えるための場所。

 同時に、ここは国境であり、空港の入国審査に当たる。

 勝手に階段を下りれば、不法入国扱いされて、一気に心象を悪くする可能性があった。


「……砂原さんに事前にアポを取れていたらな」


 砂原さんとはアンゴルモア前にヘケトの受け渡しのために一度会っているが、その際にカードギアの連絡先は交換していなかった。

 当時、まだまだ品薄だったカードギアを砂原さんが持っていなかったからだ。

 ウチはアンナのコネもあって、部員の一部に配れるほど手に入れることが出来たが、予言の発表もあり、他の人たちにとってカードギアは、入手困難なアイテムだったのだ。


『仕方ねぇな……』


 蓮華はそうため息を吐くと、マイラへと振り返り言う。


『おーい、マイラ、なんか暇つぶしのもん持ってねぇの?』

『トランプや将棋なら……』

『あー、じゃあ、それでいいわ。おーい、誰か大富豪しねぇ?』

『あ、メアやる!』『じゃあ、僕も』『誰か将棋をしませんか?』『ふむ、妾が相手になりましょう』


 あれよあれよという間に、カードたちはワイワイと楽しみだした。


「……………………」


 その輪の中から外れてしまったのは、俺がシンクロしていたため出遅れてしまった鈴鹿(シンクロしてなかったら輪に入れたとは言っていない)。

 そんな彼女へと、俺は一度シンクロを解除すると、言った。


『俺と将棋指すか? リモートだけど』

『……うん』


 鈴鹿は、ホッとしたように頷くのだった。




「おい、ついて来い」


 結局、見張りの男性が戻って来たのは、それから三十分も後のことだった。

 彼は、トランプやら将棋やらに興じる俺たちを見て、一瞬ギョッとしたものの、一言も謝罪することなく、高圧的な態度でそう告げた。

 その態度に内心で眉をひそめつつも、トランプや将棋を片付け、大人しく男についていく。

 この扱い……。いや、まだ判断するには早い。

 もしかしたら報告が砂原さんまで上がっていない可能性もある。いや、仮に上がっていたとしても、砂原さんがこの対応を取ってもおかしくない。

 鳥取エジプト王国の隣接するエリアがどうなっているかは知らないが、ここと同じように警戒網を敷いているなら、いきなり本拠地へと現れた俺は警戒してしかるべき人物だろう。

 間違いなく門の権能を持っているだろうからだ。

 こちらが砂原さんの変化を警戒しているように、向こうも俺のことを警戒しているだろうし、この対応も無理もない。

 そう自分を納得させつつ、階段を下ると……。


「これは……」


 そこは、神殿だった。

 下を見れば砂の地面、上を見上げれば雲一つない青空、周囲を見渡せば高く分厚い壁。

 一見すると、階段をぐるりと砦が取り囲んでいるようにも見えるが……そこは確かに神殿の内部だった。

 この空間を満たす『神聖な空気』が、それを物語っている。

 そして……。


「ずいぶん待たされたと思ったが、これを準備するための時間だったか……」


 俺はぐるりと周囲を取り囲む防壁を見渡し、呟いた。

 防壁の上には、デュラハンなどの装備化カードを身に纏った無数のマスターとカードたち。弓や杖を構え、こちらを油断なく睨んでいる。

 これは、戦闘は避けられないか?

 いや、まだ攻撃は受けていない。あくまで威嚇の範疇だ。ここは、待ちだな。相手の反応を見るまでは、こちらからは動かない。

 相手からの強い敵意と警戒を感じつつ、俺は砂原さんと敵対したくない一心で、決断を後回しにした。

 そうして、息が詰まるような空気の中、互いに相手の反応を窺っていると、ふいに凄まじい力の持ち主が近づいて来るのを感じた。

 Aランクに匹敵する威圧感。それに、正面の門を注視していると、ゆっくりと扉が開き始めた。

 現れたのは、牛のような耳と角、そして世界最高峰の胸を持った褐色の肌の美女。

 間違いない、砂原さんのハトホルだ。

 しかし、この威圧感は……。

 ハトホルは、俺たちを見ると微かに笑う。


「へぇ……本当に北川くんじゃないか。ずいぶんと懐かしい顔だ」


 皮はハトホルだが、話しているのは砂原さんか。

 そう判断すると、俺はハトホル……砂原さんへと軽く頭を下げた。


「お久しぶりです、砂原さん」

「うん、久しぶり。といっても、君にとっては最近のことかもしれないが」


 別れた時とさほど見た目の変わらない俺を見て、砂原さんが言う。


「それで……北川くんはどっちなのかな?」

「……どっち、とは?」


 首を傾げる俺に、スッ……と目を細め、砂原さんが言う。


「つまり、帝国か、カルトか。どっちなのかってことだよ」


 その問いかけに、ピリッと場の緊張が高まる。

 グラディエーター帝国か、星母の会か、か。


「そのどちらか、でしたら星母の会になりますね……一応」

「一応、ね。……ふぅん」


 考え込むように軽く俯く砂原さんへと、俺はそろそろ本題に入ることにした。


「それで、今日会いに来たのはですね」


 俺はそう言うと、砂原さんは片手を上げてそれを遮った。


「おっと、今は君とそういう話をするつもりは無い」


 ピシャリと告げられた言葉に、身体を硬くする。


「……それは、なぜ?」

「君、生身じゃないだろ。……それに、虚偽の権能も持ってると見た」

「ッ!」


 マズい。特に騙すつもりはなかったが、虚偽の権能を持ったカードで会いに来るというのは、騙しに来たと見られてもしょうがない。クソ、俺自身で来るべきだったか……!


「それは、礼を失するというものだ。旧友と会おうって態度じゃあないな」

「……すいません」


 ここは、素直に謝るしかない。俺が頭を下げると、ふっ……と砂原さんが表情を和らげた。


「何か用事があるなら、日を改めて本人が来てくれ。その時は、俺も実際に会って話そうじゃないか」

「……わかりました」


 これ以上は、何を言っても心象を悪くするだけだろう。

 今は、大人しく引き下がるしかなかった。



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