第2話 死神殺し③
「————というわけで、死神殺しと戦うことになった」
星母の会から帰還した俺は、アンナたちへと事のあらましを説明していた。
グリムテラーのこと、死神殺しのこと、得られたキーアイテムのこと、スキルカードのこと……。
「イレギュラーエンカウントのカードを持つ者、グリムテラー……ですか」
「次々から次へと脅威が現れて、気の休まる暇がないな……」
二人は俺の話を最後まで聞き終えると、重いため息を吐いた。
「一つお聞きしたいんですが、それは断ることはできなかったんでしょうか……?」
珍しく、どこか恨めしいような目で問いかけてくるアンナ。
「いえ、もちろん断りにくい状況だったのは理解できますが、代わりの依頼の内容を聞いてから、どちらを受けるか決めるという選択肢もあったかと……」
「それは……」
俺は反論しようとして口を開き……そして閉口した。
アンナの言う通りだったからだ。
……なぜ俺は、死神殺しの案件をすんなり引き受けてしまったんだ? アンナの言う通り、代わりの依頼を聞いてから、それがあまりに引き受け難いものだったら「やっぱり死神殺しの件を受けることにします」と言う手もあったのでは?
だが、俺はあの場では「それしかない」とばかりに、死神殺しの件を引き受けてしまった。
どうして引き受けてしまったのか……今では理由も良くわからない。
まるで、誰かに操られていたかのように……。
「……止せ、アンナ」
難しい表情で沈黙する俺を見て、織部が言った。
「門の神の真スキルが使え、好戦的なグラディエーター帝国は、いずれこの立川にも手を伸ばしてくる可能性がある。そして人間である死神殺しに疑似安全地帯は効果が無く、イレギュラーエンカウント相手には絶対結界も効果が無い……。この依頼を受けずとも、潜在的には脅威であり続けるというわけだ。ならば、星母の会の支援が受けられる状態で死神殺しを倒すという先輩の判断は間違っていない。それとも、ある日突然襲ってくる死神殺しを恐れながら暮らすのが、アンナの望みか?」
「……そう、だね。すいませんでした、先輩」
織部の言葉に、アンナは少し考えるとペコリと頭を下げた。
「いや、俺も悪かった。せめてその場では保留にして、お前らに相談してからにすべきだった」
織部は庇ってくれたが、俺たちが別の案件を受けている間に、星母の会が死神殺しを始末してくれた可能性もあった。
少なくとも、あの場で返事をしてしまったのが軽率だったのは、間違いなかった。
「「……………………」」
ふいに、場に沈黙が落ちる。
「……と、ところで! 新しいキーアイテムを手に入れたとのことでしたが!」
気まずい空気を嫌うように、アンナがパンと手を打ち鳴らしながら言った。
すかさず、俺と織部もそれに乗る。
「そ、そうだな! 鈴鹿と蓮華のキーアイテムが手に入った」
「顕明連と、飛行型の魔道具だったか。特に顕明連は三明の剣の最後の一振り。これで霊格再帰に至る可能性が高いのでは?」
「もうキーアイテムを与えましたか?」
「いや、まだだ。さすがに、あの場ではな」
アンナの問いかけに首を振る。
正式に譲り受ける前にカードに与えてしまうのはマナー違反だし、その後は与えるタイミングもなかった。
「では、さっそく試してみましょう!」
「そうだな、蓮華、鈴鹿」
俺の言葉に、かくれんぼスキルで姿を消していた二名が姿を現す。
「待ちわびたよ~、はやく頂戴?」
「まぁ、落ち着け。お前はトリだ」
「え~? ま、いっか」
さっそくとばかりに急かす鈴鹿を宥める。
鈴鹿はこれで霊格再帰に至る可能性が高い。ならば、それよりも霊格再帰に至る可能性が低いを蓮華を先にした方が盛り上がるだろう。
「……というわけで、お前から先にやるぞ、蓮華」
そう言いながら蓮華へと振り返ると、彼女は物思いに沈む表情で沈黙していた。
「……蓮華?」
「んぁ? どうした?」
俺の呼びかけにハッと顔を上げる蓮華。
「いや、お前こそどうした?」
「……別に? なんでもねーけど?」
そういう蓮華はいつも通りに見えるが。
チラリと鈴鹿を見て見れば、彼女は目を細めて蓮華を見ていた。
俺の視線に気付くと、小さく首を振る。……嘘、か。
……………………まあ、今は深く聞くまい。
いずれ、言うべき時が来たら、彼女の方から話してくれることだろう。
俺は蓮華の不自然な態度をあえてスルーすると、キーアイテムの入ったカードを渡した。
「ホラ、キーアイテムだ」
「お、おお……」
カードを受け取った蓮華が、それを中へと取り込む。
「……あー、やっぱダメだったわ。まだ足りない」
「そう、か」
まあ、予想通りと言えば予想通りだ。特に落胆はない。
むしろ、死神殺しのことを思えば、これくらいで揃わなくて良かったという思いすらあった。
必要なキーアイテムが多いほど、霊格再帰先にも期待が持てるしな。
さして落胆することもなく、次へと移る。
「さて、鈴鹿」
「待ってました!」
喜色満面の鈴鹿に、苦笑しつつ顕明連を渡した。
すると、すでに渡してあった大通連、小通連と共に光となって鈴鹿に吸い込まれ……。
「どうだ……?」
「……ゴメン、まだ足りないみたい」
俺の問いかけに、鈴鹿が気まずい表情でゆるゆると首を振った。
「……マジか」
まだ足りないのか? てっきり霊格再帰できると思い込んでいたのもあり、さすがにガックリきてしまう。
「えー……、鈴鹿御前で他に何か象徴的なアイテムってあったか?」
「「うーん……」」
俺の言葉に、二人もカードギアを操作しながら悩む。
「あ、もしかしてこれか? 神通車」
「なにそれ?」
アンナと共に、織部のカードギアを覗き込む。
そこには、『伝説上のアイテム図鑑』というページが映し出されていた。
なになに? 神通車。球体状の光り輝く飛行の魔道具。立烏帽子(鈴鹿御前)の乗り物とされ、稲妻のような瞬間移動を可能にしたとされる。
「……なお、魔道具として国内で出現した例はない。……マジか」
「うぅーん、これは参りましたね。国内で、と付くということは海外での出現例はあったということなのでしょうが……」
「それだけ希少ということは、間違いなくAランククラスだろうな」
三明の剣に加えて、もう一つAランククラスが必要ということか。
Aランククラスが二つということで、少なくとも茨木童子よりも強力になりそうなことを喜べば良いのか、それが簡単に手に入りそうにないことを嘆けば良いのか……。
「しかし、結局、新たな霊格再帰はお預けか」
これはちょっとキツイな……。
蓮華のキーアイテムが足らなくても余裕だったのは、鈴鹿の霊格再帰を当てにしていたからというのもある。
それが、これからグラディエーター帝国の侵攻もある中、新たな霊格再帰無しとなると……。
せっかく明るくなった場が、少し暗くなってしまう。
「ふふふ、どうやら妾の出番のようですね」
そこに、少女の声が響いた。
ドヤ顔のアテナが姿を現す。
なんだ? と視線が集まる中、彼女が言う。
「ずっと検索中だった黄龍のドロップアイテムの効果がわかりましたよ」
「「おおっ!?」
ずっと不明だったキンタ……如意宝珠の効果がついに!
「どうやら如意宝珠には、運命操作の効果があるようです」
「運命操作?」
「ええ、如意宝珠を使いながら宝籤や宝箱を使用することにより、望みのカードやアイテムを引き当てることができるようです」
「それは……!」
思わず息を呑む。
「それは、蓮華のキーアイテムを……いや、Aランクのカードですら引き当てられるということか?」
期待に目を輝かせる俺に対し、しかしアテナは首を振り……。
「残念ながら、妾の調べた範囲では、如意宝珠で引き当てることができたのは、Bランクまでが精々で、Aランクが出た例はありませんでした」
その言葉に、部屋中にため息の音が響く。
なんだよ、期待させんなよ……思わず責めるような目でアテナを見てしまう。
そんな俺たちに、アテナは意味深な笑みを浮かべ続ける。
「ですが、それは如意宝珠単体の場合です」
それで、俺たちもピンとくる。
「……幸運操作や運命操作と合わせれば話は別ということか」
その通り、と頷くアテナ。
「妾の調べた範囲では、幸運操作と共に実験を行ったデータはありましたが、運命操作の力を持つカードと共に行ったデータはありませんでした」
幸運操作は実験済みか。まあ、国も幸運操作までは存在を知っていたっぽいしな。
しかし、パーフェクトリンクが必要な運命操作までは、未実験と。あるいは、アテナのデータベースになかっただけか?
いずれにせよ……。
「試す価値はある、か」
俺の呟きに、その場にいた全員が頷く。
さっそく如意宝珠と、ガーネットやヴィーヴィルダイヤを全てその場に出して、蓮華へと呼びかける。
「蓮華」「ああ」
パーフェクトリンク。
まずは、宝籤のカードから。
俺の目の前に、無数の可能性の道が広がる。
「————Aランクは無理、か」
が、その中にAランクカードへと繋がる可能性は一つたりとも無かった。
やはりAランクは特別ということか。
ただし、Bランクカードは引くことはでき、その中には絶対解除スキル持ちのカードもあったが……。
「やはり、単体で発動できるものはないか」
絶対結界が四神や四天王など四枚のカードで発動できるように、それと同格の絶対解除も複数枚のカードで発動できるタイプのスキルのようであった。
おそらくAランククラスでは単体で発動できるカードもいるのだろうが、少なくともBランクでは複数枚必要になるようであった。
「……すぐに揃わないなら、今は引かない方が良いか」
如意宝珠で引き当てるにしても、自力で他のカードを集めていき、最後の一枚を揃える時に使うべきだろう。
宝籤のカードは使わずに、続いて宝箱を手に取る。
その結果は――――。
「良し! こっちは大丈夫か!」
キーアイテムを出せる可能性の道がいくつかある。
如意宝珠+運命操作のスキルで、Aランクのアイテムは出せるようだ。
もっとも……。
「Aランクのアイテムに出すためには、ガーネットが百個必要か……」
如意宝珠の持つ力だけでは幸運のエネルギーが足りないのだろう。
望みのキーアイテムを引き当てるには、百個ものガーネットが必要のようだった。
ガーネット百個というのは、蓮華単体での運命操作でAランクアイテムを出すのと同じ消費なので、Aランクアイテムを指定するだけで如意宝珠自体のエネルギーは使いきってしまうということなのかもしれない。
まぁ、キーアイテムが手に入ると思えば、ガーネット百個は安いものだ。
それになにより……。
「キーアイテムの数が、わかった」
キーアイテムが何かまではわからない。だが、「キーアイテムを手に入れて喜ぶ未来」の数だけ、キーアイテムが存在するということはわかる。
これは、嬉しい誤算だった。
残りのキーアイテムは、蓮華が五つ、鈴鹿が四つ。鈴鹿の方は、内一つは霊格再帰にまで至っているらしき未来が、ぼんやりと垣間見えた。
これが、鈴鹿御前のキーアイテムなのだろう。残り三つが、もう一つの霊格再帰先か。
「しかし、絶対解除の魔道具は無し、か」
キーアイテムを引く未来は見えるというのに、絶対解除の魔道具を引く未来は見えない。
Aランクの中に絶対解除の魔道具が無いのか?
いや、それはあり得ないだろう。
単純に、絶対解除の効果を持つアイテムが出たとしても、俺たちにその効果や使い方がわからないと見るべきだ。
さて、問題は、だ。
「ここで、キーアイテムを引くか、どうか」
まず、ここで如意宝珠を使ってしまっては、絶対解除の魔道具の詳細がわかっても如意宝珠でそれを引き当てることができなくなるというのが一つ。
だが、今ここで鈴鹿御前のキーアイテムを引いておけば確実な戦力向上となる上に、絶対解除スキルを持っているかもしれない。
「これは、悩みどころだな……」
普通に考えれば、今ここで如意宝珠を使って新たな霊格再帰を得ておいた方が良い。
鈴鹿御前のスキルによっては、Aランクの複数うろつくエリアの探索も可能となり、黄龍を探すのも可能となるかもしれないからだ。
場合によっては、池袋エリアのBランク迷宮の踏破もできる可能性すらある。
死神殺しやグラディエーター帝国という新たな脅威が登場した今、確実な戦力向上を選んでおくのは、悪い手ではないだろう。
……が、ここで気になるのは、「この如意宝珠が『蓮華の中のナニカ』の干渉なのでは?」という可能性だ。
如意宝珠を手に入れたこと自体が『蓮華の中のナニカ』の干渉によるものと考えれば、この如意宝珠は蓮華のキーアイテムを手に入れるため、ということになる。
なのに、ここで如意宝珠を鈴鹿のキーアイテムのために使ってしまうと最悪『詰む』可能性もあるのでは?
考えすぎだろうか? いや、だが初めて戦ったAランクモンスターが黄龍というのは、今考えてみれば『出来すぎ』だ。
蓮華が霊格再帰に至れるように、『ナニカ』が干渉した可能性が拭えない。
「……………………やはり保留だな」
如意宝珠はいつでも使えるのだ、ここで焦って使うことはないだろう。
さて、如意宝珠は使わないとして、せっかくなので、一回ガチャっておくか。
パーフェクトリンクも、そう気軽にできるものじゃないからな。
通常の運命操作でAランクガチャを一回だけ引くと、因果率の歪みをダイヤで消し、俺はパーフェクトリンクを解除した。
「……どうでしたか?」
俺が、ふぅと額の汗を拭っているのを見て、アンナが問いかけてくる。
「ああ、Aランクカードは無理だったが、アイテムの方では出来るようだ。副産物として、残りのキーアイテムの数もわかった」
「「おお……!」」
アンナと織部が、喜びの表情でどよめく。
「ただ、今はあえて引かずにキープしておくことにした」
俺の言葉に、二人は顔を見合わせると納得したように頷いた。
「そうですね。今キーアイテムを引いちゃうと、今後自力でキーアイテムを手に入れた時、最悪キーアイテムがダブる可能性がありますし……」
「いつでも引けるというなら、キープしておくのも手だろうな」
それからアンナが、好奇心に満ちた目で、俺の手の中にある物へと視線を向ける。
「それで、それは……?」
「ああ、せっかくだから通常の運命操作だけでAランクアイテムガチャを一回引いてみたんだが……」
言いながら、俺も手元のカードを見る。
これは……。
「盾、か」
カードには、黄金色に輝く盾のイラストが描かれていた。
気のせいだろうか、どこかアテナの持つアイギスに似ている。
カード化を解除して取り出してみると、アテナの持つそれよりも心無しか神秘性が増した大盾が出てきた。
それを見たアテナが、目を見開き、大盾を手に取る。
「これは……妾のそれとは少し違いますが、アイギスのようですね」
「やはりか」
となると、これはAランクのアテナのアイギスか?
「効果はわかるか?」
「ええ。効果は、持ち主に一分間の絶対防御。クールタイムは十分間。疑似安全地帯作成スキルは無しのようです」
ふむ……疑似安全地帯無しの単体効果か。
絶対防御は凄いが、正直なところBランクのアテナのアイギスの劣化版と言った感じだ。誰でも使える分、効果がダウングレードしているようだ。
「……が、それは他のカードや人間が使った場合」
Aランクのアイギスの割にはショボい性能に微妙な空気が流れる中、アテナがドヤ顔で続ける。
「このアテナが使ったならば、アイギスの真価を引き出すことが可能です。絶対防御の対象は持ち主のみから周囲の味方全体へ、このアイギスを触媒とすることで妾が内部にいない状態でも疑似安全地帯を維持することが可能となり、妾が共にある状態であれば常に疑似安全地帯が維持され、またその効果範囲も格段に広がります」
「「おお……!」」
どよめきが上がる。
「つまり、アイギスが二連発できるようになった、ということか!」
その上、アテナ無しでも疑似安全地帯を維持可能になり、効果範囲も広がったとは! これは、実質的にワンランク性能が上がったようなもんじゃないか!?
「効果範囲は、具体的にはどれくらい広がったんだ?」
「大体、周辺10キロほどくらいですね」
「街を覆えるじゃねぇか……」
まさに都市の守護神と呼ぶにふさわしい力だ。
これまでのアイギスとは比べ物にならない性能に、俺たちも興奮を隠せない。
「も、もしや、その力を使えば池袋のモンスターもすべて掃討できるのではッ!?」
織部の言葉に、ハッと息を吞む。
そうだ! エリア全体を覆えるこのアイギスならば……!
俺たちの期待の眼差しに、しかしアテナは残念そうに首を振る。
「残念ながら、疑似安全地帯は、迷宮の無いところまでしか展開することが出来ません。発動者を中心に円形に展開されるため、迷宮を器用に除けて展開することもできず、迷宮を効果範囲に含めるには、沈静化する必要があります。もっとも、一度範囲に含めてしまえば、沈静化が解除された後もモンスターは外に出ることは叶いませんが」
「……そこまで美味い話はないか」
思わず、ため息が漏れる。
「でも、沈静化さえすれば、その後はモンスターの氾濫を抑制できるというのは大きいですね」
確かに、一エリアに限るが、アンゴルモアを終息させられたも同然だからな。
……すべての問題を片づけたら、アテナのアイギスに籠るというのもアリかもしれない。
モンスターの脅威から解放され、蓮華のアムリタにより永久に若いまま過ごせる永遠の王国。そこで、俺は『今度こそ』家族や友人たちと生きるのだ……。それこそが、『俺たち』の目指す――――…………。
「……い、……先輩?」
誰かに呼びかけられ、ハッと我に返る。
見れば、アンナが心配そうに俺を覗き込んでいた。
「どうかしましたか? 体調でも?」
「あ、ああ……すまん、ちょっとボーっとしてた」
えーと、何を考えてたんだっけ? 少し、思考がボヤけている。パーフェクトリンクの副産物だろうか? 大分、負担が少なくなっては来ているが、やはりそれなりに負担はあるようだ。あとで、アムリタを掛けてもらうとしよう。
「で、何の話だ?」
「えっとですね、先輩はこれからどうする方針なのかなって」
これから、か。
俺は少し考え、答えた。
「とりあえず、十六夜商事と再交渉してみるつもりだ」
パワーアップしたアテナの疑似安全地帯スキルなら、十六夜商事が絶対結界を解いても安全を確保できる。
それを材料に再交渉してみるつもりだった。
俺の答えを聞いたアンナは少し悩むような顔となり、言う。
「ふむ……アテナさんの存在が十六夜商事に知られると、それはそれで面倒なことになりませんか?」
確かに、その恐れはある……。
十六夜商事が、アテナ目当てに親父を人質に取ってくる可能性だ。アテナは名づけ済みなため所有権を奪われることはないが、俺をそのまま十六夜商事に留め置こうとしてくるかもしれない。
だが……。
「それは、それで好都合だ。絶対結界の中の方が、まだ外よりやり様があるからな」
絶対結界を解除するのと、十六夜商事内部で隙を見て親父を確保し脱出するのであれば、後者の方が圧倒的に難易度が低い。
もちろん、一歩間違えれば親父を失うことになるので、慎重の上にも慎重を期する必要があるだろうが……ウチのカードたちのスキルを考えれば十分不可能ではないはず――――。
「————【いや、やはりリスクが高い、止めよう】」
「え?」
確かに、ウチのカードの力なら、親父を人質に取られたとしても、隙を見て確保し脱出することも可能だろう。
だが、万が一、億が一ということもある……。
俺が十六夜商事に拘束されている間に、この立川へ細田の野郎が来る可能性もゼロじゃない。
ここには、準シークレットダンジョンもあるからな。
親父と合流できてもお袋や愛が死んだら意味がない。
家族が死ぬ可能性は、可能な限りゼロにすべきだ。【せっかくここまで理想通りに進んでいるのだ】……要らないリスクを冒す必要はない。
「やはり、前々からの方針通り、絶対解除スキル持ちの確保を本命とする」
「あっ、は、はい……了解です」「う、うむ」
突然、意見を翻した俺に戸惑いつつも、アンナと織部が頷く。
「えーっと……では、ガチャの続きを引きますか?」
「そう、だな」
十六夜商事と交渉をしないのであれば、それしかないだろう。
「しかし、アイテムガチャとカードガチャのどちらを引くべきか」
アイテムガチャも、それなりにアタリが出ることはアイギスの盾でわかった。
だが、それ以上に創世の土のように使い道も使い方も分からないハズレも相当数出るだろう。
一方で、Bランクカードの方はハズレらしいハズレは存在しないが、Bランクカードでは星母の会に抵抗できるだけの力を得ることは難しい……。
また、どうしても脳裏にチラつくのは、ハーメルンの笛吹き男との戦いの際のガチャだ。
もしあの時、ガチャを引けるだけのガーネットが無かった場合、俺は愛と共にヤツの庭で屍を晒していたことだろう。
それを考えると、どうしてもある程度保険を掛けておきたくなる……。
そう俺が悩んでいると、アンナが言った。
「ガーネットって今どれくらいありましたっけ? 大体で良いです」
「今は……1400個くらいだな。1500には届かない」
「ダイヤは?」
「七個だな」
立川ギルドとのトレードで七個。小良ヶ島とのトレードで三個。そこからハーメルンの笛吹き男との戦いで生じた残り一月分の因果率の歪みを消し、アイテムガチャを二回引いたので、合計七個が現在の数だ。
「でしたら、如意宝珠の分のガーネットとダイヤはキープした上でダイヤ分のアイテムガチャを引いちゃうのはどうでしょう? で、余った分のガーネットの半分を保険として貯蓄、もう半分をカードのガチャにするというのは? もちろん、一度貯蓄に回した分は、いざという時のために手をつけないということで」
如意宝珠の分のガーネットとダイヤは確保した上で、余剰分の半分をカードガチャに、か。
確かにそれなら絶対解除の魔道具の詳細がわかった時にすぐにアイテムガチャが引けるし、ハーメルンの笛吹き男戦の時のようにいざという時のガチャ頼みのための保険も確保した上で、無理なく戦力増強できる。
絶対解除をアイテムガチャに全賭けするのもリスキーだし、良い考えかもしれない。
「となると、如意宝珠の分のガーネットとダイヤをキープして、残り1300。そこから六回アイテムガチャを引くとして、残り約700。その半分をガチャにだから……ガチャ八回か?」
「……半端ッスね。保険として十連カードガチャかアイテムガチャ二回分は欲しいですし、カードガチャはガーネットが800個ずつ貯まる度に十連ガチャ一回ってことにしましょうか」
確かに、いざという時にアイテムガチャ一発というのは、少々心もとない。
保険のガーネットが400個あれば、運命操作無しでもカードガチャ十連か、アイテムガチャ二回は引けるからな。
それを考えると、新しく手に入ったガーネットが800を超えるたびにカードガチャを十回引くというのは、良い塩梅だろう。
「じゃあ、アイテムガチャを引くか」
「はい!」「うむ!」
先ほどアイギスの盾を引いたこともあってか、期待に目を輝かせるアンナと織部の前で、俺は再び蓮華とパーフェクトリンクを行うとアイテムガチャを引いていった。
その結果は……。
「詳細不明が五個か」
案の定というべきか、出たアイテムのほとんどは名前も使い方も不明の、キーアイテムでもないアイテムだった。
効果や使い方がわかっているものは、一つのみ。
「ですが、残りの一つは大当たりでしたね」
喜色を滲ませるアンナの言葉に、俺は深く頷き返した。
唯一のアタリ。それは、如意宝珠だった。
ある意味で、キーアイテム以上のアタリだ。
キーアイテム引換券のようなものだからな。ダブリの恐れが無い分、下手なキーアイテムよりも有難い。
……改めて、鈴鹿のキーアイテムを一つ引くべきだろうか?
少し考え、首を振る。
やはり如意宝珠はキープだ。キーアイテムを自力で集めるだけ集めてから、如意宝珠の流れの方が効率的だ。
使うとすれば、絶対解除の魔道具の詳細がわかった時だろう。
「他の詳細不明のアイテムは……アテナに検索してもらうしかないか」
謎の封印された壺、謎の打楽器(シストラム?)、謎のラッパ、謎の虹色に光る液体が入った瓶、そして謎の宝石。
これらのアイテムは、ギルドの魔道具図鑑にも載っていないか、乗っていても名称も効果も不明のものだ。
もしかしたら各国の研究所では効果が判明されていることを期待して、アテナに調べてもらうしかないだろう。
とはいえ、絶対解除の魔道具の特定を最優先してもらうので、これらのアイテムの詳細がわかるのは大分後になるだろうが。
なお、実際に使ってみるという選択肢は無い。そこまで俺がチャレンジャーではない。特に封印された壺とかラッパからは嫌な予感しかしない。
ガチャがひと段落したところで、アンナが問いかけてくる。
「それで、十六夜商事と交渉をしないのであれば、これからどう……?」
「そうだな……」
俺は少し考え、答えた。
「……とりあえず、グラディエーター帝国に攻められているっていう土地を回ってみようと考えている」
同じくグラディエーター帝国と戦っているというのならば、協力できる余地はあるはず。
……というか、放置していてグラディエーター帝国に吸収されたら死神殺しの戦力がパワーアップするだけなので、いずれにせよ一度見に行く必要があるだろう。
「そう、ですね。私もそれが良いと思います。……聖女の提案というのが引っかかるところですが」
「あちらも死神殺しを殺して欲しい以上、こちらが不利になる提案はしてこないだろう。上手く使え、ということだろうな」
織部の言葉に頷く。
もし俺を嵌めるつもりなら、その場でぶっ殺せば良いだけからな……。
キーアイテムも渡す必要もない。
少なくとも死神殺しを始末したいのは確かだろう。
「それで、まずはどこへ向かうとかは決めているんですか?」
「そうだなぁ」
俺は、聖女から受け取った資料をパラパラと捲った。
えーと、あったあった。グラディエーター帝国に攻められている勢力が書かれているページを見つける。
現在、グラディエーター帝国に攻められている勢力は五つ。
あまりに多面的に展開している気もするが、おそらく一方的に攻め込めるという余裕からだろう。
その中の勢力名の一つが、ふいに目に留まった。
「……鳥取エジプト王国?」
これ、明らかにあの人の国だろ……。
【Tips】グリムテラー
カード化したイレギュラーエンカウントを使う者たち。
世界の滅亡を望む破滅願望のある者たちだけが、死神たちに選ばれるとされる。
カードとなったイレギュラーエンカウントには、イレギュラーエンカウントとしての能力はそのままに疑似安全地帯も効果が無くなる上に、マスターとなった人間が使う他のカードと組み合わさることで、その脅威度も格段に跳ね上がっている。
だが、その強力な力と引き換えにイレギュラーエンカウントのマスターは、精神が蝕まれていき、常人であれば瞬く間に廃人となってしまうようだが……。
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