第2話 死神殺し②


「死神殺し……!?」


 ここでその名前が出るとは……!

 まさかの名前に、俺は思わず目を見開いた。

 偶然か? それとも、俺が帝国と揉めたのを知って、この話を持ってきた? やはり、星母の会は俺の動向を監視している? だが、それならこうもあからさまにしてくるだろうか? 普通、もっと隠そうとしてくるはず……。あるいは、脅しか? お前の動向は、すべて手の内だぞ、と? いや、だが、そんな必要が今更あるか?

 高速で思考を巡らす俺を他所に、聖女は不思議そうな顔で小首を傾げる。


「どうしました?」

「……いえ、つい先日、その名前を聞く機会があったもので」


 そう言う俺に、聖女は納得したように頷いた。


「ああ、お知り合いの土地でも攻められましたか? アレは、各地に積極的に攻め込んでいるようですからね」


 惚けているのか? このタイミングであからさまに死神殺しの名前を出しておいて? やはり、偶然なのか? いや、しかし……。

 一人揺れる俺に対し、聖女は嬉しそうに手を叩く。

 

「因縁があるというのであれば、ちょうど良い。この死神殺しなのですが、極めて強力なイレギュラーエンカウントのカードを持つだけでなく、本人も一流の冒険者で、こちらも手を焼いているのです」

「……死神殺しが、一流の冒険者であることは何か関係あるのですか?」


 俺は、聖女の言葉にふと嫌な予感を覚え、問いかけた。

 

「大アリです。グリムテラーの厄介なところは、あくまで人間ということです。奴らは、イレギュラーエンカウントのカードに加え、普通のカードも使ってきます。……その厄介さは、北川さんならおわかりですよね?」


 そういうことか。

 俺は顔を顰めた。確かに、それはイレギュラーエンカウント以上の難敵だ。死神のカードに加えて、それをサポートするカードが加われば、その脅威は何倍にも膨れ上がる。

 もしハーメルンの笛吹き男に、アテナや四神が加わったらと考えれば、グリムテラーの恐ろしさがわかる。

 おそらく、グリムテラー相手には、疑似安全地帯も効果がないだろう。

 あれは、あくまでモンスターに対する結界。人間や、そのカードには効果が無いからだ。

 つまり、他のイレギュラーエンカウントと違って、いざという時の逃げ場すら無いということ。

 ……最悪。まさに最悪の敵だった。

 そこで、ふと疑問を覚える。


「猟犬使いは、イレギュラーエンカウント以外のカードを使ってこなかったのですが……」


 猟犬使いが、『狼と七匹の子ヤギ』を使用した際、特に他のカードを使う様子はなかった。

 普通のカードも同時に使えるならば、なぜ猟犬使いは、他のカードを使わなかったのか?

 ……使わなかったのではなく、使えなかった?

 もしかすると、イレギュラーエンカウントのカードを使用中は、他のカードの使用に何らかの制限が発生するのではないだろうか?


「ああ、それはアレがすでにグリムテラーでは無くなっていたからでしょう」


 そんな俺の希望的予測は、聖女によってアッサリと打ち砕かれてしまった。


「すでにグリムテラーではなかった、とは?」

「イレギュラーエンカウントのカードは、呪いのカードの超パワーアップ版のようなものです。所持しているだけで精神が蝕まれていき、常人であれば瞬く間に廃人となります。そうなれば、肉体はイレギュラーエンカウントに乗っ取られ、もはや人間とは言えなくなる。カードは、母なる海からの人間に対する贈り物ですから――――」

「人間で無くなった者には、使えなくなる、と」


 コクリと頷く聖女。

 グリムテラーは、イレギュラーエンカウントに認められて、そのカードを得た『人間』。イレギュラーエンカウントに完全に乗っ取られた者は、もはやグリムテラーとも呼べない、と。

 猟犬使いは、追い詰められるまでアヌビスを呼び出せていたから、あの時点まではギリギリで人間だった、ということなのかもしれない。

 そして、最後の最後には、『狼と七匹の子ヤギ』自体になってしまった、と。


「……死神殺しが、すでにイレギュラーエンカウントに乗っ取られている可能性は?」


 グラディエーター帝国が建国されて二十年。死神殺しがアンゴルモア前からグリムテラーであったのであれば、すでにイレギュラーエンカウントに乗っ取られている可能性がある。


「それが、死神殺しの厄介なところなのです」


 俺の言葉に、聖女が珍しく疲れたように嘆息する。


「アレは、二度のアンゴルモアを最後まで生き抜いた猛者。世が世なら英雄として歴史に名を刻んだであろう傑物ですからね……。通常であれば、どんなに強靭な精神と魂を持つ者であっても十年と持たずに乗っ取られるところですが、死神殺しは逆にイレギュラーエンカウントを完全に支配下においている。時間経過による廃人化は期待しない方が良いでしょう」


 二度のアンゴルモアを最後まで生き抜いた……?

 そんな人間、別に珍しくないはずだが……。

 その言葉に違和感を覚え、俺が問いかけようとしたところで、ノックの音が部屋に響いた。


「っと、リストとアイテムが届いたようですね。お話の続きは、この後としましょうか」

「……ええ」


 色々と気になるところではあるが、まずはこちらの方が重要だ。

 俺が頷くと、聖女が「どうぞ」と扉の向こうへと声を掛けた。


「失礼します」


 そう言って部屋に入ってきたのは、シスター風の服を身に纏った少女だった。

 年のころは……よくわからない。たぶん、小学校高学年くらいから中学生くらいだろうか? 

 背丈や顔立ちの幼さから判断するに、ウチの妹と同じくらいに見えるが、顔立ちに不釣り合いな胸元の盛り上がりは中学生、あるいは高校生くらいにも見える。


「紹介しますね。彼女は、このシェルターにおける北川さんの付き人になります」


 聖女の言葉に、少女がペコリと頭を下げる。


「……牛倉 千歌(ちか)と申します。よろしくお願いします」

「牛倉?」


 聞き覚えのある苗字に思わず反応すると、顔を上げた少女がコクリと頷いた。


「はい、牛倉静歌は私の姉になります」


 牛倉さんの妹か……。

 確か、牛倉さんは四人姉妹で、下に妹が二人いると言っていたっけ。

 なるほど、言われてみれば確かに牛倉さんに似ている。

 牛倉さんを黒髪ロングにして、ちょっと勝気な顔立ちにしたらこんな感じだろう。

 

「牛倉さん……お姉さんは、元気?」

「……はい」


 俺の問いかけに、不自然な間を置いて頷く妹さん。

 その反応に違和感を覚え、俺は透明化して後ろに控えている鈴鹿へと問いかけた。


『……鈴鹿?』

『ん……嘘ではない、けど』


 元気ではある……が、何か気がかりなことがある、という感じか。

 深く掘り下げたいところではあるが……。

 チラリと聖女を見る。ニコニコとほほ笑んで、こちらを見ている。

 今は、聞けないか。

 また後で、二人っきりの時に探りを入れるとしよう。

 俺の付き人になるというのであれば、聞き出すチャンスはいくらでもあるだろう。

 そこで、ふと思う。

 ……もしや、これが狙いか? 星母の会を避けている俺が、シェルターに来るように仕向けるため、牛倉さんの妹を付き人に?

 もしもそうだとすれば、なんともイヤらしい手だ。牛倉さん自身を付き人にしないところが、特に。


「さ、北川五星将にリストとカードホルダーを」

「はい」


 妹さんが差し出してきたバインダーとカードホルダーを受け取る。

 パラパラとリストをめくってみれば、さすがは星母の会、ギルドとは比べ物にならないAランククラスの数だ。

 その上、ギルドと違って詳細不明のアイテムもランク分けぐらいはされていることで、確認の時間はむしろ短くて済みそうだった。

 まずは、名前のわかっているアイテムから順番に……ッ!?

 目に飛び込んできたアイテム名に、ハッと息を呑む。

 まさか、ここでお目にかかれるとは……!


『顕明連……!』


 それは、三明の剣の最後の一振り。鈴鹿のキーアイテムだった。


『マ、マスター!』


 声を上擦らせる鈴鹿に、わかっていると頷く。

 まずは一つ目、確定だな。

 うまく行けば、これで鈴鹿は二つ目の霊格再帰に至れるかもしれない。

 幸先いいスタートに気分を良くしつつ、聖女へと問いかける。


「アイテムのチェックを行いたいんですが、どこか広い所はありませんか?」

「ああ、そういうことでしたら、こちらへ」


 そうして聖女に案内されたのは、白色の迷宮のゲートが浮かぶ小部屋だった。

 白色……完全沈静化状態か。まあ、いまさら驚くことではないが……。

 そんなことを考えながら、聖女たちと共にゲートを通ると、そこは爽やかな風が吹く昼間の草原だった。

 同時に、かくれんぼで姿を消していたカードの内、数枚の召喚が強制的に解除される。残ったのは、蓮華、メア、鈴鹿、アテナ、オードリー、マイラの六枚。……Dランク迷宮か。


「では、我々は席を外しますので、どうぞごゆっくり」

「え?」


 そう言って迷宮を出て行こうとする聖女たちに、思わず振り返る。

 俺を一人にするつもりか? アイテムを全て持たせたまま?


「……良いのですか?」

「ええ、構いません。信用していますから」


 聖女はそう笑うと、妹さんと共にゲートを出て行った。

 信用、ね。確かに持ち逃げするつもりはないが……それは盗んでもすぐにバレるし、星母の会を敵に回すつもりもないからだ。

 ああ、そんな度胸も無いとわかっているという意味なら、なるほど、確かに信用されているか。

 まぁ、一人にしてくれるというのならその方が有難い。

 聖女と一緒にいるのは、息が詰まるからな……。

 できれば、妹さんとは二人っきりで話したいところだったが、それは仕方ないか。

 そう切り替えると、俺はリストのアイテムを順番にチェックしていく。


 ――――結果、蓮華のキーアイテムが一つヒットした。


 それは、全長100メートルを超える巨大な木造の船だった。

 船体には、精緻な彫刻や金銀宝石による色とりどりの装飾が施されているが、船自体の造りはボートに近く、原始的な物だった。

 リストに目を落として見るも、やはりというか名称は不明。効果は、わかっている範囲で高速飛行能力と窃盗や追跡の防止、異空間への侵入ができるようだった。

 

『空を飛ぶ船……か』


 ラーマーヤナのヴィマナや、エジプト神話の太陽の船、そして日本書紀の天磐船など、空飛ぶ船の逸話は世界各地に存在するが、それがAランクへのキーアイテムとなると大分限られてくる。

 冥界の力を感じる七つの門。蘇生の力を秘めた水。娼婦のような、しかしある種の神聖さを感じさせる装束。そして、空飛ぶ船……。

 ここまで来ると、もはやイシュタルとエレシュキガルしか思い浮かばないが……権能がなぁ。

 蓮華の霊格再帰先が幸運や運命を司るという俺の推測が間違っているのか?

 あるいは、イシュタルかエレシュキガルのどちらかに、そういった権能がある?

 エレシュキガルを死の女神として、それに対するイシュタルを生の女神として、死を不運、生を幸運と置き換えれば……いやさすがに無理筋か。

 なにか、別の……別? 


『二相合一、か?』


 真二相女神による別の神格への変身。その変身先が、幸運や運命を司る神だったとすれば……?


『いや、でも、なぁ……』


 イシュタル、あるいはイナンナの母親とされる女神としては、ニンリルやニンフルサグがいるが、このどちらも幸運や運命を司る女神ではない。

 シュメール神話やメソポタミア神話において運命を司る権能は、最高神アン(アヌ)の特権だからだ。

 まさか二相合一で男になるとは思えないし、なによりイシュタル(イナンナ)の母親とされる女神たちは、イシュタルよりも格が落ちるのだ。

 神話の中の地位=強さとは限らないが、戦神でもあるイシュタルは、最高神に次ぐ格と力を有している。

 そのイシュタルと、ホームだったとはいえイシュタルを殺したこともあるエレシュキガルが合体して弱くなるとか……ちょっと納得いかないところだ。

 まあ、二相合一はあくまで別の種族に変身するだけのスキルで、必ずしもパワーアップするわけではない可能性もあるが……心情的にはパワーアップを伴う変身であって欲しいところである。

 そもそも、二相合一で別の女神に変身できるとして、もう一体をどうするのかという話だ。

 蓮華がイシュタルかエレシュキガルのどちらかに変身できるようになったとして、二相合一するためにはもう一枚イシュタルかエレシュキガルが必要になる。

 それが簡単に手に入るなら、こうしてキーアイテムを手に入れるために苦労していない。

 …………止めだ。霊格再帰先のことは、一度忘れよう。

 どうせ、俺がどれだけ霊格再帰先を予想したところで、結果は変わらないのだから。

 今は、目の前のことから一つずつ片付けていくべきだろう。


 ――――その後、リストのアイテムを一通りしたが、残念ながらそれ以上キーアイテムがヒットすることはなかった。


 Aランクのアイテムの内、効果がわかる物もパッとした物は無く(おそらく本当に有益な物は星母の会がキープしているのだろう)、最後の一枠はBランク以下のアイテムを選ぶことにした。

 選んだのは、転移門を三セット(在庫全部)と残りはすべて蘇生アイテムとした。

 転移門は俺無しでもエリアの行き来が可能になるし、蘇生アイテムはいくらあっても多いということは無い。どちらも、この状況では下手なAランクアイテムよりも価値のあるものだった。

 俺は、アイテムのチェックを終えると、ゲートを出たのだった。




 

 ゲートを出ると、聖女と妹さんがお茶をしながら待っていた。

 リラックスしている聖女とは対照的に、妹さんは可哀想にガチガチに緊張している。

 ……大量虐殺者、それを知らなくともカルト宗教のトップを前にしているのだ。無理もない。

 俺も傍から見るとこんな感じなのだろう、と思っていると、こちらに気付いた聖女がにこやかに微笑みかけてきた。


「お気に召したアイテムはありましたか?」

「ええ」


 聖女に、バインダーとカードホルダーを返しつつ頷き返す。


「拝見しても?」


 聖女に、選んだアイテムを見せる。

 顕明連、詳細不明の飛行船、そして転移門や蘇生アイテム等のBランクアイテム。

 それを見た聖女は納得したように、頷いた。


「ふぅん……一応確認しますが、これ以外の物は持ってませんよね?」

「もちろん」

「はい、結構です。では、これはもう北川さんのモノということで」


 虚偽察知のスキルか魔道具でも使ったのだろう。

 聖女は頷くと、キーアイテムをこちらへと返してきた。

 これで、正式に俺のモノになったわけだが……。

 チラリとオードリーへと視線を送る。小さく首を振り返される。

 ……契約の権能が使われた気配はない、か。

 てっきり、このアイテムや数々の特権と引き換えに死神殺しの件を受けるよう契約を結ばせるつもりだと思っていたのだが……。

 契約の権能でまで縛るつもりはない? いや、そんなはずはない。単に、俺にさせようとしていることと、契約の対価がまだ釣り合っていないと見るべきだろう。

 それだけ死神殺しが強大な敵なのか……あるいは、それ以上のことをやらせようとしているのか。


「では、アイテムも選び終わったことですし、そろそろお返事を聞いてもよろしいでしょうか?」


 ……返事、か。


「俺に拒否権はあるのですか?」


 思わず皮肉気な言葉を返してしまう。

 星母の会の……聖女の命令を、俺が断れるわけがない。

 気分は、大企業から無茶ぶりされる三次請け、という感じだった。

 しかし……。


「もちろん、北川さんの手に余ると判断されたのであれば、断っていただいても構いません」


 ……断れる、のか?

 意外な返答に戸惑う俺に対し、「もっとも」と聖女が続ける。

 

「その場合は、違う案件を担当して頂くことになると思いますが」

「違う案件とは、具体的には?」

「うーん、それは今はなんとも……」


 曖昧な笑みを浮かべる聖女。

 ふむ……どうしたもんか。

 一度依頼を断れば、次の仕事は断りにくくなるだろう。

 仕事の難易度こそ下がるかもしれないが、心理的にはよりキツイ仕事を任される可能性がある。……それこそ、たとえば生き残った人々の間引き、とかな。

 それを考えると、やはり断るという選択肢は無いようにも思える。

 ……だが、死神殺しの方の依頼も俺には荷が重いのも事実。

 死神殺しは、イレギュラーエンカウントのカードだけでなく、カードキーを持っている可能性が高い。

 それは、つまり限界突破などのスキルも持っていることを意味する。

 初期組のプロ冒険者であり、イレギュラーエンカウント専門の賞金稼ぎだったという経歴から、資産も相当なものだっただろうし、デッキもBランクカードで構成されているはず。霊格再帰持ちもあるかもしれない。リンクの技量だって、決して低くないだろう……というか、俺よりも高いと見るべきだ。

 イレギュラーエンカウントのカードに加え、限界突破などのスキルを持ったBランクカードのデッキ、プロクラスのリンクの技量と、豊富な戦闘経験……。

 俺のアドヴァンテージは、無いに等しい。完全なる、俺の上位互換と言える。

 それに加えて、配下の勢力の存在もある。

 元グラディエーターを中心とした、一つの国と呼べるほどの勢力は決して無視できるモノではない。

 しかも、その勢力は二十年間の間にどう変化したか未知数で、真眷属スキルによって疑似カード化されたBランクカードまで持っているのだ。

 難敵も難敵。超難敵だ。力の底が知れないという意味では、星母の会に匹敵する。

 正直、俺に倒せる敵とは思えない【――――が、まあ、いい。受けるとするか。】


「わかりました、お受けします」


 あっさり頷いた俺に、聖女は一瞬意外そうな顔をした。


「おや、良いのですか? こちらとしては助かりますが」

「ええ」


 どうせ細田のヤツを殺さない限り、俺と家族の本当の安息は無いのだ。

 ならば、星母の会の協力を得られる内に始末しておくべきだろう。


 ――――惨たらしく殺された親父とお袋の姿が、脳裏に過る。


 ちょうど良い。細田を殺し損ねたのは、俺としても痛恨の心残りだった。

 今度こそ、できる限り苦しめてやるとしよう……。


「ヒッ……!」「……ふむ?」


 戦意を滾らせる俺を見て、妹さんは怯えたような表情を、聖女は少し考え込むような素振りを見せた。

 ……なんだ? その反応に、小首を傾げていると、聖女が一つ頷き、言った。


「では、よろしくお願いします。こちらとしても支援は惜しみませんので、必要でしたらなんでも仰ってください。人員や、場合によっては追加のAランクアイテムも考慮します」


 それは有難い。俺は「よろしくお願いします」と素直に頭を下げた。


「……では、今日はこの辺で」


 それから死神殺しやグラディエーター帝国についての資料等を受け取ったところで、話し合いも終わりの空気となった。

 互いに席を立ったところで、聖女がふと思い出したように言う。


「そうそう、死神殺しは、あちこちに敵を作っているようなので、敵の敵は味方ということで、それらの方々と協力するというのも手かもしれませんね」


 ……死神殺しに攻められている勢力と協力して、か。確かに、その手もアリかもしれない。

 聖女がそう言うってことは、グラディエーター帝国の本拠地や、攻められている土地にも特定済みだろうしな。

 たぶん、それらの情報も受け取った資料に載っているだろう。

 

「イライザ」

「イエス、マスター」


 今度こそ話し合いも終わりだろうと、イライザにハーメルンの笛を吹いてもらう。

 美しい笛の音色が流れる中、それをじっと見ていた聖女が、ポツリと呟くように言う。


「……ハーメルンの笛吹き男のスキル、ですか。イレギュラーエンカウントが、スキルカードだけを残すのは珍しい。相当アレに気に入られたようですね」

「スキルカード?」


 あまりに気になる単語に、思わず聖女へと問い返す。


「文字通り、スキルの力が籠められたカードです。あくまでスキルだけが籠められているので、使用したところで、イレギュラーエンカウントのカードと違って、持ち主の心身を蝕むこともない。……まあ、ある種の勲章か、純粋な贈り物といったところですね」


 贈り物、か。


『――――ぷれぜんと・ふぉー・ゆー』


 ハーメルンの笛吹き男の最後の言葉が脳裏に蘇る。……なるほどね。

 そこで、一つ気になり、問いかける。


「……イレギュラーエンカウント以外が、スキルカードを残すことはあるのですか?」

「ふむ? そうですね、極めて稀なことですが、特定の条件が重なった場合はあり得るかと。……もしかして、そういう物を手に入れたとか?」

「……いえ、単に興味本位で聞いただけです」


 じっとこちらを覗き込んでくる聖女に、俺は首を振って答えた。


「そう、ですか。まあ、使っても問題はないと思いますよ。スキルカードは、あくまで力だけが籠められたモノですから」


 完全にこちらがスキルカードを持っている前提で話してくる聖女に内心で、苦笑する。

 しかし、そうか。使っても問題はない、か。まあ、ハーメルンの笛吹き男のスキルカードですら、特に悪影響はないようだしな。

 これまでは何となく怖くて死蔵していたオセの残したスキルカードだが、問題がないようなら使ってみるのもアリかもしれない。

 

「では、俺たちはこの辺で」

「ええ、本日はご足労いただきありがとうございました」

「……またのお越しをお待ちしております」


 ペコリと頭を下げて見送ってくれる聖女と妹さんに、こちらも一礼してゲートを通る。

 ……その直前、不意に妹さんと目が合う。

 何かを訴えるようなその視線。

 それが、なぜか妙に印象に残った。




【オマケTips】牛倉さんの姉妹

長女:一歌(いちか)、大学一年(J)

次女:静歌(しずか)、高2(H)

三女:凛歌(りんか)、中2(F)

四女:千歌(ちか)、小6(D)

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