第9話 トレード②
「Bランクカードとのトレード……ですか?」
「それは、新しくBランクを出すと言うことか?」
俺の言葉に、驚きの表情を浮かべる二人。
そんな彼女たちへと、宝籤のカードとカード化したガーネットを取り出しながら俺は頷いた。
「ああ、そういうことになるな」
「因果率の歪みは大丈夫なのか?」
「今回使うのは幸運操作の方だ。そっちなら因果率の歪みはたまらない」
もっとも、ホープダイヤもない今、幸運操作でBランクカードを出すにはガーネットが40個は必要になるが……。
「しかし、ガーネットは万が一のために貯めておいたのでは?」
織部の懸念に、俺は「その通り」と頷きつつ。
「それはそうなんだが、ガーネットも溜まって来たし、ここらで戦力の補強をしておくのもアリかと思ってな」
ハーメルンの笛吹き男戦の時のように起死回生の賭けのために取っておいたガーネットだったが、やはり運任せというのは怖い。
出したカードにしたって、ウチのメンバーも概ねランクアップし終わり、ハーメルンの笛吹き男戦の時のように出してそのままランクアップして使用、というケースも無くなった。
となれば、仮に起死回生のカードが出たとしても土壇場では神のプライドなどが邪魔して使えないという可能性が出てくる。
ならば、今回のようにキーアイテムが手に入る可能性が高い時は、ガーネットを放出してでも積極的に狙っていくのもアリだろう。
特にキーアイテムになりそうなのが無かったとしても、出たカードは俺が留守の間の学校の戦力の補強にもなるだろうし、次の機会の弾にすることも出来る。
なにより……。
「交換できるほどBランクカードがあるとなれば、抑止力にもなるだろうしな」
ギルドが仮にウチのメンバーのメタデッキを用意してきたとしても、交換できるほどBランクカードがあるとなれば、他のカードを警戒して実際に攻め込んでくるのは二の足を踏むだろう。
俺の言葉に二人も納得したように頷き。
「なるほど、確かに先輩のデッキも完成に近づいてきた中、土壇場で新しいカードを引くよりも積極的にキーアイテムを狙っていった方が、先輩のカードの戦力の補強になるかもしれませんね」
「敢えてトレードに出すことで、抑止力に、か。敵戦力の強化にもつながりかねん手だが、そこはこちらで対処できるカードだけ出せば良いわけだからな。一見ハイリスクハイリターンだが、実際はローリスクハイリターンか……」
二人の賛成も得られたということで、俺はさっそくカードを引いてみることにした。
まずカード化しておいたガーネットをすべて出す。
その数は、合計494個。元々持っていた21個に加え、八王子を出発してから小良ヶ島にたどり着くまでに196個、それから立川に帰還するまでにさらに277個手に入れた計算だ。
ここにアンナから貰ったガーネット49個が加わって、543個が俺の持つガーネットのすべてとなる。
「はぇ~、ずいぶん集まったんですねぇ」
ジャラジャラと床にぶちまけられたガーネットを見たアンナが、感心した風に呟く。
そして、ふと思い出したように、俺に振り向くと言った。
「これだけガーネットが集まったということは、魔道具なんかも結構手に入ったんじゃないッスか? 要らないならそれもトレードに出すのもアリだと思いますが」
「ああ、それもそうか」
俺は頷くと、カードギアを操作し、この一月のリザルトのメモを二人に送信した。
なお、以下が俺が小良ヶ島にたどり着いてから立川に帰還するまでのリザルトとなる。
■カードのドロップ
・Dランクカード合計1710枚(人気・生産カードのみ)
ヘドンホールハウス(2)
ウィンチェスターハウス
・Cランクカード合計154枚。
カルキノス(2)
付喪神
アラクネー(3)
デュラハン(5)
他144枚
・Bランクカード合計1枚
フリッグ:ガーネット14個で幸運操作し、ドロップ。オードリーのランクアップに使用済み。
■アイテムのドロップ合計957個 (レアドロップのみ)
・Aランクのレアドロップ
如意宝珠(キンタマーニ):黄龍からのドロップ。詳細不明。凄まじい幸運のエネルギーを秘めている。アテナが検索中。
・Bランクのレアドロップ(11)
無限の大岩:石土毘古神からのドロップ。いくら切り出しても無くならない大岩。家宅六神(家づくりの神)である石土毘古神の加護により、切り出した岩は家づくりに最適な素材となる。
無限の丸太:大屋毘古神からのドロップ。いくら切り出しても無くならない丸太。家宅六神(家づくりの神)である大屋毘古神の加護により、切り出した木材は家づくりに最適な素材となる。
キルケーの惚れ薬:キルケーからのドロップ。相手がこちらを嫌っていたとしても強制的に好きにさせてしまう惚れ薬。
俵藤太の米俵:三上山の大百足からのドロップ。毎日60キロの米が補充される米俵。
アスクレーピオスの杖:アスクレーピオスからのドロップ。高等回復魔法が使用可能になり、消費魔力は半減、回復量は二倍になる。一回だけの使い切りで、ソウルカードをロストから復活させてくれる。ガーネットを一つ消費し、確定レアドロップ。
アムブロシア(真):ラドンからのドロップ。ガーネットを一つ消費し、確定レアドロップ。
不死鳥の尾羽:フェニックスからのドロップ。ガーネットを一つ消費し、確定レアドロップ。
ケイローンの首飾り:ケイローン(門番)からのドロップ。カードに教導スキルを付与し、スキルの習得率が上昇する。人間が身に着けても多少は効果があり、物覚えが良くなる。
ペレのタパ:ペレ(門番)からのドロップ。強力無比な火除けの加護が籠められており、ありとあらゆる炎や溶岩が避けて通る。また身に着けた者の体型を、遺伝子が許す範囲で、理想の体型へと少しずつ変えてくれる。
純潔の証:フーリー(門番)からのドロップ。イスラム教における天国で信者たちを性的に持て成してくれる永遠の処女フーリーのシンボル。これを持つ者は永遠の純潔を保ち、性交したとしても処女を失わない。
デメテルの大鎌:デメテル(門番)からのドロップ。大地へと突き立てれば荒れ地を耕し、一振りですべての麦を刈り取ることが出来る。武器としても使え、植物系への特効を持ち、稀に即死させる。カードで言えば戦闘力500相当。
・Cランクのレアドロップ(924)+Bランクのノーマルドロップ(21)
白紙のカードの束(19)
宝籤(33)
宝箱(37)
魔石袋(27)
カードホルダー(25)
遭難のマジックカード(44)
他色々(760)
■カーバンクルのドロップ
ガーネット合計294個(内、17個使用)
■金色のガッカリ箱(294)
白紙のカードの束(5)
スキルオーブ(3):アタリ1、ハズレ2。アタリはドレスに与えて見たものの、何のスキルも増えなかった。おそらくすでにあるスキルと被ったものと思われる。ハズレはそのまま放置。
宝籤のカード(8)
宝箱(13)
変若水:若返りの水。一つにつき、一歳若返る。回復効果の無いアムリタ。
反魂丹:ソウルカードを一度だけロストから復活させてくれる。
不死鳥の尾羽:ソウルカードを一度だけロストから復活させてくれる。
照魔鏡:相手の真の姿を映し出す鏡。変身や幻影系スキルを解除する他、女性のすっぴんの姿も映しだしてしまうため、女性からは嫌われる。
魔法のバスケット:一人分の食料を入れると百人分の食料が出てくる魔法のバスケット(一日一回まで)。ブリテン島の十三の宝の一つ。
ゲイ・ボウとゲイ・ジャルグ:ゲイ・ジャルグは、魔法無効化。ゲイ・ボウは再生阻害の効果を持つ。カードで言えばそれぞれ戦闘力200相当。モリガンが欲しがったため、彼女へ。
無銘の名刀(2):特殊効果無し。カードで言えば戦闘力100相当。
無銘の名剣
無銘の名槍
無銘の名弓(3)
緊急避難のマジックカード(5)
遭難のカード(8)
その他・ハズレ(239)
「さて、この中からどれをトレードに――」
「まず、このペレのドロップは絶対に残すべきだな」「異議なし」
出すべきか。そう言いかけたところで、食い気味に二人が言った。
その勢いに面食らいつつ、俺はペレのタパの効果説明文メモを見て、納得した。
身に着けた者の体型を、遺伝子が許す範囲で、理想の体型へと少しずつ変えてくれる、か。
確かに、これは全女性垂涎の効果だろう。
アムリタや変若水などの若返り系アイテム、黄金のリンゴやアムブロシアなどの不老系アイテム、そしてペレのタパのような美容系アイテムは、全女性の憧れのアイテムである。
自分のスタイルにコンプレックスを抱えているであろう織部はもちろん、すでに理想的なスタイルを持つアンナもスタイル維持という面で欲しがって当然だろう。
……まあ、たぶんペレのタパは、この状況下ではギルドもそう高値はつけてくれないだろうから、ウチの女性陣のために取っておいてあげるとしよう。
「じゃあ、ペレのタパは残すとして……後はどれを残す?」
「そうッスね。まず魔道具から。Aランクのドロップである如意宝珠とガーネットを使ってドロップしたアイテムは当然残すとして……無限の大岩、丸太は残したいところですね」
「ふむ、その心は?」
てっきりトレード最優先候補と思っていた二つが上がったことに、俺はちょっと意外に思いつつ問いかけた。
「避難民の住居問題の解決に繋がる可能性があるからッスね。現状、ウチはヘスペリデスを始めとした食料系のカードのおかげで食料に関しては問題ありません。衣服に関しても避難民たちが自分で持ち込んだ分があるため、当面は問題ありません。問題は、衣食住のうち残る住。これが、ウチの問題の大部分を占めています」
それはわかる、と頷く。
学校の避難民たちは、現在マヨヒガとウィンチェスターハウスを交代制で使用している。片や一流旅館並、片やお化け屋敷の環境の落差もさることながら引っ越しの労力自体も避難民のストレスとなっており、それが俺たち冒険者部への不満や不信に繋がっている面もあった。
「逆に、全員に同じレベルの住居を与えれば問題は解決します。そこで、この二つの魔道具を使って仮設住宅を作り、避難民たちには全員そちらへ移ってもらおうか、と」
避難民に家を与えることで、異空間型カードの容量問題を解決する、というのは俺も小良ヶ島でやったことである。
だが、立川では小良ヶ島のように高等家事魔法による家の修復は出来ない。
そこで一から仮設住宅を作って与えようというのだろう。
だが……。
「すまん。俺が玉手箱の中に籠って一気に仮設住宅を作れば良いと思ってるならそれは無理だ。ヘファイストスは小良ヶ島の防衛の方に残しちまった」
ヘファイストスがあれば、確かに玉手箱の中で仮設住宅を作るということも可能だった。
アレが一枚あれば、カード化に耐えうる家の設計も、軍団召喚を使った人海戦術も可能だったからだ。
小良ヶ島から返してもらえばよいと思うかもしれないが、貸してから数年経ったとなると、もう当人たち的には自分たちの物という感じだろう。
果たして返してと言ってすんなりと返して貰えるものか……。
クソ、こんなことになるならヘファイストスを残してくるべきではなかったか? いや、だが……。
「別に先輩がわざわざ建ててあげる必要はないでしょう。自分たちで住む家なのだから自分たちで建てさせれば良い」
懊悩する俺を見たアンナが言った。ハッと顔を上げる。
「もちろん建設の技能があるカードを持つ人ばかりではないでしょうから、そういう人は他の人に作ってもらう必要があるでしょうが……それは有料とすべきでしょう。そうすれば仕事も生まれますし、何より愛着も生まれます。
……私も今回のことで、少し避難民たちを甘やかしすぎたと反省しました。上げ膳据え膳で何でも用意してもらっているから、あのように我が儘な奴らになってしまったのでは? と。
人間はどんなに良い物でもタダで手に入った物には愛着を持たず、苦労して手に入れた物には愛着を持つ性質があります。
彼らにとってタダで手に入れた物だから、自分たちがどれほど恵まれているかも知らずに平然と不平不満が言える。簡単にギルドに乗り換えようと考える……。
なので、ここらで一つで彼らにも苦労をしてもらうとしましょう。
苦労して建てた家にはきっと愛着を持ち、ひいては自らの所属する集団に対する愛着に繋がることでしょう」
そう語るアンナの表情は氷のように冷たいもので、そこからは避難民たちに対する静かな怒りが感じられた。
「……確かに、少し甘やかしすぎだったのかもな」
「人は与えられることに慣れるとあっという間に豚へと堕ちる。我らは、人材を自らの手で豚にしてしまったのかも知れん。ここらで自らの手で何かをつかみ取る喜びを取り戻してもらうとするか」
自分たちの住む家を自分の手で建てるのだから、強制労働だのなんだのと言われることもないだろう。
それでもなお文句を言う奴らには、そのままウィンチェスターハウスにでも住んで貰うとするか。
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