第9話 トレード



 その後、詳細を詰めた結果、翌日にも島へと分身を派遣することになった。

 それに伴い、ギルドとの会談も明日行うことになり、俺も出席することに決まった。

 ギルドとの会談はアンナたちに任せて俺は池袋の調査に行くことも考えたが、眷属の派遣中は迷宮に潜れない(階層を超えたら眷属が消える)ことに気付いたため、どうせ迷宮に潜れないならと俺も出席することになった。


「本日は、お時間をいただきまして誠にありがとうございます」


 翌日、昼。ヘスペリデスの外で展開されたアンナのマヨヒガの一室にて。

 俺の前では、先日やって来た矢口と彼の上司だと言う男が揃って頭を下げていた。

 歳の頃は、矢口より一回りか二回り上くらい。髪に白い物が混じり始めたメタボ体型の初老の男だ。


「私、東京都冒険者協同組合立川支部、大規模迷宮災害戦略部支援課、課長の矢口と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「……矢口?」


 聞き覚えのある苗字に思わず俺が反応すると、課長の矢口はニッコリと笑って答えた。


「はい、こちらは私の甥になります」

「なるほど……とりあえずお掛けください」

「失礼いたします」


 アンナが着席を促し、彼らが席に着いたところでさっそく本題に入る。


「えー、では矢口さん……っと、課長の方の矢口さん」

「課長で結構です」

「では失礼して。矢口課長。本日は、避難民の受け入れについてとのことでしたが」

「はい。……その前に一応の確認なのですが、こちらの学校に避難していらっしゃる皆さんでギルドに避難するおつもりは?」

「それは現状考えてませんね」

「ふむ、理由をお伺いしても?」

「お答えしなければなりませんか?」


 ニッコリと笑って強気に返すアンナに、矢口課長はチラリと俺を見やり。


「や、結構です。一応、上の方から聞いて来るように言われてましてね、ははは」


 矢口課長はそう白々しく笑うと、「さて」と話題を切り替えた。


「ここからは腹を割って話すとしましょうか。正直に言いまして、今の立川シェルターに、新しい避難民を受け入れる余裕はありません。すでに、容量オーバーなのですよ」


 じゃあ、全員で避難して来いというのは何だったんだよ? まさかヘスペリデスの園狙いだったわけじゃねーよなぁ?

 ……なんてことはアンナも聞かない。そんなこと、わかり切ったことだからだ。

 この話し合いは、その上でどうするか、というものだった。


「では、避難民の一部受け入れはしていただけない、と?」

「そうですね。一時的に、ということであれば可能ではありますが」

「一時的に、ですか」

「一時的に」


 一時的に、というワードを強調して話す二人。

 ……要は、「ギルドが増長した避難民に現実を教えてあげますよ」と、そういうわけか。

 こちらに不平不満を持つ避難民を一時的にギルドで預かり、今よりも劣悪な環境に置くことでこちらでの暮らしが如何に恵まれているものだったのかを分からせる。

 現実をわからされた避難民たちは、以降俺たちに従順になる、と。

 当然、こちらの避難民からのギルドの印象は悪化するわけだが、それを含めてギルドからの今回の件に対する詫びというわけなのだろう。


「そうですね。一時的にであっても預かっていただけるなら、こちらとしても助かります。しかし、最終的にはこちらで面倒を見るわけで、問題は何も解決していないと思うのですが?」


 暗に更なる賠償……もとい支援を要求するアンナに対し、矢口課長は「わかってる」とばかりに頷き。


「はい、もちろんギルドもできる限りの支援をさせていただきます。まず、こちらの学校を臨時の避難所として認定し、支援物資を送らせていただきます」


 アンゴルモアの際、冒険者が民間人を保護したは良いけれどやむを得ない理由により指定の避難所に避難できない、あるいはギルド側に事情があって受け入れができない場合、冒険者のいる場所を臨時の避難所とすることがある。

 こうした臨時の避難所には、保護している人数に応じて自衛隊から、自衛隊からの支援が遅れる場合はギルドから、食料等の支援が送られる仕組みとなっている。

 要は、多少の支援はするから自力で頑張ってくれというわけだ。


「支援物資とは、具体的には?」

「基本的には、食糧と防衛のためのカードとなります……が、こちらは食糧も豊富で防衛力もあるようですので、そちらをカットする代わりに生活用品を増やすというのはいかがでしょうか?」

「カードはウチとしましてもいくらあっても良いのですが?」

「防衛用のカードと言いましても、臨時の避難所にはCランクカードが一枚、こちらの事情を最大限鑑みても三枚が限度となりますが……」

「ふむ、それではマヨヒガなどの異空間型カードは?」

「申し訳ございません、異空間型カードは支援対象外となります」

「そうですか。そういうことであれば、カードは結構です」

「ご理解いただきありがとうございます」


 Bランクやら異空間型カードを貰えないだろうことは、想定の内である。そのためアンナも特に食い下がることなく引き下がった。

 しかし、現状得られる物は避難民の教育と、生活用品だけか。

 どちらも助かると言えば助かるが、ギルドにやられたことを考えれば物足りない。

 カードが難しいというなら、やはり魔道具か。

 アイコンタクトでその考えを共有し、アンナがそう切り出そうとしたその時。


「……代わりと言ってはなんですが、こちらで機械破壊等により壊れた電化製品などがありましたら、無料で修理させていただきます」


 これには、俺たちも意表を突かれ、軽く目を見開いた。

 機械破壊で壊れた電化製品の修理……? 機械破壊は、呪いというか概念破壊に近く、仮に内部の基盤などを取り換えたとしても不思議と動かないと聞いたが……。


「そんなことが可能なのですか?」

「正確に言えば、修理というよりは再生産と言った方が正しいでしょうか? 機械破壊で壊された機械類は、通常の手段では修理もできませんが、原材料レベルまで戻し、一から新しく作ったものであればちゃんと使えるようになります」


 ……なるほど、修理ではなく新生か。それなら機械破壊の呪いも取り払えるのかもしれない。


「ギルドには機械製品を再生産できる設備がある、と?」

「ギルドはシェルター内に地下工場を備えているのですが、各ギルドは一定の生産設備を備えた上で、それぞれの役割に特化した設備を有しております。ある支部は、地下農場を、ある支部は衣服類を、ある支部は生活用品などを、と言ったように。やはり一つのところで纏めて作った方が効率的ですからね。そして立川支部の場合は……」

「機械製品の修理、いや生産というわけですか」


 コクリと頷く矢口課長。

 なるほど、各ギルドで一つの分野に特化した工場を、か。

 ギルドには転移門を利用した独自の流通網があった。いわば、転移門によっては各地のギルドは一つの組織にまとまっていたわけだ。

 それを考えれば、各ギルドに最低限の機能を持たせた上で、それぞれ特化した役割を持たせるというのは合理的な考えだ。

 もっとも、その流通網も今や無惨に破壊しつくされてしまったが……。


「機械製品の再生産についてですが、たとえばどこかから拾ってきた機械なども無料で再生産して頂けるんですか?」

「部品が完全に揃っているものであれば、もちろん。そうでない場合は、有料での再生産か、あるいは買い取りという形になるかと」

「その際の代金は?」

「現金かライセンスのチャージで大丈夫です……と言いたいところですが、申し訳ございません。昨今の状況を鑑みて、魔石払いということでよろしくお願いします」


 もう完全に魔石が通貨になってるな。

 まぁ、食料系カードや商業神の権能を考えれば当然のことだが。

 しかし、拾ってきた機械でも無料で再生産してくれて、しかも買い取りまでしてくれるのか。

 立川ギルドからしてみれば、今回の件のお詫び兼この辺一体の資源の回収を俺たちに代わりにやらせる、くらいの気持ちなのかもしれないが、俺のハーメルンの笛のことを考えれば……。

 チラリとアンナと織部を見れば、彼女たちもコクリと頷き返してきた。

 これは、下手な魔道具なんかより、よっぽど価値がある支援だ。


「わかりました。それでよろしくお願いします。……支援はそれで以上ですか?」

「そうですね。……ああ、それともう一つ。そちらで重犯罪を犯してしまった人が出た場合は、よろしければギルドの方で引き取りいたします」

「重犯罪、ですか」

「はい。申し訳ございませんが、軽犯罪に関しましては、そちらである程度対処していただければ、と」


 俺たちは思わず顔を見合わせて、考え込んでしまった。

 これは……どう判断すれば良いんだ? 単に「俺たちでは持て余すだろう」と親切で言っているのか、あるいは「裁判権」を俺たちに与えたくないのか。だが、その割には軽犯罪に対しては俺たちに任せると言っている……。

 アンナはしばし難しい顔で悩んでいたが、やがて矢口課長へと問いかけた。


「……窃盗、特にカードの窃盗や恐喝は軽犯罪に当たりますか?」

「そうですね……。昨今の状況を鑑みて、重犯罪という扱いで良いのでは? そこらへんの匙加減は、皆さんにお任せします」

「ギルドで引き取った後の処遇は?」

「アンゴルモア前同様、禁固刑ですね。……まあ、当面は、とつきますが」

「そうですか。……少し相談しても?」

「はい」


 別室へと移り、防音結界を張ると、アンナがさっそくとばかりに問いかけてきた。


「どう思います?」

「うーん、子供たちの手には負えないという親切心からか、あるいは裁判権はギルドで握りたいのか……」

「そのどちらも、という可能性もあるぞ」


 織部の言葉に、二人で頷く。

 ギルドとしては、裁判権を自分たちで握っておきたいという想いも当然あるのだろう。

 だが、それと同じくらいに、「この学校が内部崩壊されては困る」という想いもあるのではないだろうか?

 現状この立川に存在するある程度大きな集団は、ギルドと俺たちのみ。それ以外のコミュニティは、滅ぶか俺たちに吸収されたと見て良いだろう。

 両者は相容れない部分はあるが、力の無い人々を保護し、奴隷扱いしたりはしていないという点では共通している。そして、これ以上の避難民を受け入れる余裕がないということも……。

 その状況下で、俺たちが崩壊した場合、どうなるか?

 そのまま野垂れ死にしてくれれば、それならそれで良い。だが、しぶとく生き残った場合、強力な力を持った野盗集団が発生する可能性がある。

 ならば、今の形のままで緩い協力関係を保ったまま存続していてもらった方がお互いに良い。その間に、上手いこと俺たちを懐柔して穏便に統合吸収する……というのがギルド側からの理想的な展開なのではないだろうか?

 裁判権は、コミュニティの統治において重要な要素ではあるが、人が人を裁くというのは、とにかく恨みを買いやすい。

 どんなに公平で適切な判決を下したとしても、加害者側は「重すぎる」、被害者側は「軽すぎる」と思い、「この判決は本当に妥当なものなのか?」という疑いを持つ。

 その判決を下したのが、子供であればなおさらのこと。

 小良ヶ島のように公開裁判として、民衆を裁判官とすれば少なくとも公平感の演出はできるが、これはこれでリスキーな手だったりする。

 加害者側と被害者側ならば、被害者側の味方につきたくなるというのが人情で、よほど強い理性がないと、判決は被害者側に偏っていくものだからだ。

 なんせそれを望んでいるのが民衆自身なのだから、判決はどんどん苛烈にエスカレートしていくことだろう。

 行きつく先は、どんな小さな罰でも死刑にするディストピアというわけだ。

 もっとも、そこまで行きつくのは稀で、大抵はその前にコミュニティが崩壊する。

 ギルドとしてはそれでは困るので、俺たちでも捌ける程度の裁判権を残し、手に余るような犯罪者は引き取ると言ってきたのだろう。


「俺は、別に良いんじゃないかと思うんだが……要はギルドが刑務所代わりになってくれるということだろ?」


 俺がそう言うと、二人も深々と頷いた。


「ぶっちゃけ犯罪者の面倒まで見たくないッスからね。強制労働で許せるのは、せいぜい軽犯罪が限度ですし」

「裁判権については、軽犯罪はこちらで裁けるのであれば、十分だろう」


 どこまでを重犯罪として、軽犯罪とするかはこちらの裁量だしな……。


「じゃあ決まりということで。……しかし、結局カードや魔道具は取れませんでしたね」

「まぁ、それは予想の内だしな。キーアイテムは難しいとしてもヴィーヴィルダイヤくらいは欲しいところだったが……」


 そこまで言って、ふと閃いた。


「いっそのことBランクカードとのトレードを打診してみるか?」




【Tips】ギルドプラント

 各ギルドのシェルターには、長期的な避難生活、あるいは『文明復興の拠点』を想定して、プラント(工場)が備えられている。

 これらのプラントは、各ギルドごとに一つの機能に特化している。

 これは、汎用性を高めるよりも一つの機能に特化させた方が効率的に生産が可能なためである。

 アンゴルモア前のギルドの想定では、転移門によるネットワークを介し、それぞれのギルドのプラントで生産された物資を流通させることで、様々な物資を過不足なく行き渡らせることができる……はずだった。

 なお、何らかの要因によっていずれかのギルドが機能不全に陥った場合、連鎖的に共倒れするのを防ぐため、いざという時は特化プラントの一部を転用し一通りの物資を生産できるようにもなっているが、それで作られるのは質と量ともに必要最低限レベルのものとなる。


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