第8話 分身の巻物
「————というわけで、池袋の全迷宮の沈静化をすることになった」
あれから立川に帰還した俺は、アンナたちへと事情説明をしていた。
池袋の全迷宮を沈静化し、地上のモンスターを掃討する代わりに、シェルターの結界を解除して貰う……。
その俺の提案に対して、黒原さん、というか十六夜商事側の反応は「はあ……。まぁ、そんなことが本当に出来るならお願いします?」といった風であったが、俺がちゃんとやり遂げた際には、結界を解除して俺を招き入れてくれることを約束してくれた。
なお、これはフリッグの権能を介した正式な契約となる。
向こうは「そんなことできるわけがない」と思っての軽い口約束のつもりだったのかもしれないが、フリッグの権能は正当な対価さえ交わされているのであれば、必ずしも双方の認識は必要はない。
そのため、俺が約束を果たした暁には、黒原さんには「契約を履行しなければならない」という強制力が働き、もしもそれが果たされなかった際には、俺の差し出した対価と同等の代償が降りかかることになる。
今回の場合、黒原さんは「十六夜商事の専務」という立場から俺と交渉し契約した形となるため、約束が守られなかった場合、その代償は黒原さんのみならず十六夜商事自体にも降りかかることになる。
すなわち、結界の解除あるいは無効化である。
半ば騙し討ちの形となってしまったが、問題ないだろう。なぜなら結界が解除される時というのは、すでに俺によって周辺の脅威が排除された後だからである。
あとは、俺が池袋の全迷宮を沈静化し、地上のモンスターを掃討すれば、晴れて家族全員の合流が叶うわけだが……。
「問題は、池袋に新たに出来たというBランク迷宮ッスね」
俺の話を聞いたアンナが言った。
「今の先輩であればCランク以下の迷宮は何個あろうと問題ないでしょう。あらかじめ全迷宮を踏破寸前まで攻略してから地上のモンスターを掃討。高ランクの迷宮を順番に踏破していき、踏破した迷宮はウチらが入口を異空間型カードで覆うことで沈静化が解かれるのを防ぐ。場合によっては、Dランク以下の迷宮は完全沈静化や消滅させても良いでしょう。これで、地域の全迷宮の沈静化はできるはず」
作業内容自体は、小良ヶ島での全迷宮の沈静化を大規模にしただけだ。やり方のマニュアルはすでに出来ていると言える。
「ならば残る課題は、Bランク迷宮を踏破できるか。それに尽きます。私たちは学校の防衛などもあるため、迷宮攻略にまでは協力できません。……つまり、ソロでの攻略になります」
そこでアンナはやや前かがみになり、俺の眼を覗き込むようにして問いかけてきた。
「ズバリ聞きます。勝算は、どの程度お有りですか?」
勝算、か。
Bランク迷宮の単独攻略実績は、世界でも十数人しか確認されていない。しかも、その内の大半は国が威信をかけてバックアップした結果であり、本当の意味での単独攻略は世界で数人程度と言われている。
つまりBランク迷宮のソロ攻略をするというのは、世界最高峰の冒険者になると同義であり、その自信があるかと問われれば……。
「正直、フィールド効果や総階層数次第としか言えないな……」
Bランク迷宮のフィールド効果は、Cランク迷宮の倍と言われている。これはメイン効果、サブ効果共に同じで、つまり各階層四つの効果がある形となる。
もしメイン効果のどちらかに転移無効やスキル封印、召喚制限などの重い効果があった場合、攻略は到底無理だろう。
さらに、Bランク迷宮からは複数回廊がデフォルトとなり、また分岐も比較的浅い階層から発生することが多い。三個以上の複数回廊を抱えることもザラだ。
Bランク迷宮の深さは、51階以上100階以下と言われているが、実際の階層数はその何倍ということもあり得た。
「だが、迷宮の沈静化は最終手段だからな。問題ないだろう」
「最終手段?」
「沈静化の手段は、迷宮の踏破だけじゃない。地上に出た迷宮の主を倒すことでもできる。池袋エリアには少なくとも一体のAランクがいたから……」
「それを倒すことで攻略せずに沈静化は可能、と」
俺の言葉を引き継ぐように続けたアンナに、頷き返す。
「なるほど、それならば沈静化の労力は格段に下がりますね。それなら踏破するのは、Cランク以下の迷宮で済みますか」
「ふむ……しかし、そのAランクモンスターが他所から来た、という可能性は? あるいは、迷宮の主が他の地域に行ってしまっている恐れは?」
「その恐れはある」
織部の指摘に俺は頷きつつ。
「が、その可能性はかなり低いはずだ。タイミング的に、Aランクモンスターが地上に出てるようになったのは、空間隔離と同時のはず。Aランクが他所の地域に行ったり、他所からAランクが来る時間的余裕はなかったはず」
ハーメルンの笛吹き男のいる迷宮に入るまで、Aランクの姿は地上で見られなかった。
Aランクの姿を見かけるようになったのは、空間隔離以降。それを考えれば、池袋エリアにいるAランクは、迷宮の主と見るのが妥当だった。
俺の答えに、織部も「なるほど」と納得したように頷く。
さらに、俺は続ける。
「それに、もし織部の懸念通りでBランク迷宮を攻略しなくてはならなくなったとしても、最後までBランク迷宮を攻略するとは限らないしな」
「それは、なぜ?」
怪訝そうに問いかけてくるアンナに答える。
「Bランク迷宮を踏破できずとも、攻略の最中に絶対結界をどうにかできるカードか魔道具が手に入れば、それで良い。そうだろう?」
絶対解除。疑似安全地帯を除く、ありとあらゆるスキルの効果を解除するスキル。
このスキルがあれば、絶対結界を解除できる。
俺の目的は、あくまで親父との合流。その過程で対絶対結界スキルが手に入れば、わざわざBランク迷宮を踏破する必要もない。
十六夜商事とわざわざフリッグの契約まで交わしたのは、それ以外の手段が見つからなかった際の最終手段に過ぎなかった。
なるほど、と頷くアンナと織部に、俺は続けて言う。
「それに、フェイズが進行したことでモンスターの行動原理も変化した。場合によっては、アンゴルモア前よりもBランク迷宮の難易度も下がっているかもしれん」
モンスターたちの自我がカード並みになったということは、人間を見つけても必ずしも襲ってくるとは限らなくなったということ。
時には交渉次第でどうにかなることもあるだろう。スキル封印の階層を、その階層のモンスターを護衛に雇うことで突破する……なんてことも可能になるかもしれなかった。
「迷宮のモンスターを逆に護衛に、か。なるほど、その発想はなかったな」
「領域のモンスターと取引をしている先輩ならではの発想ッスね!」
俺の考えを聞いた二人は、感心したように言う。
頭の良い人にこういう風に賞賛されると、ちょっと誇らしい気分になる。
「幸い、親父の安全はある程度確保されている。安全マージンを取って、地力をつけるつもりで挑むよ」
「そうですね。それが良いと思います」
俺の答えに、アンナがどこか安堵したように笑った。
……たぶん俺が勝算もなくBランク迷宮に挑もうとしているのなら止めるつもりだったんだろうな。
その結果、親父を見捨てることになり、俺との仲が険悪になったとしても、俺が冷静さを失っているようであるのなら、と。
それが、俺にちゃんと考えがあることがわかって安心したのだろう。
「そういうわけで、また当面単独行動が続くことになるわけだが……」
俺が申し訳なく思いながら頭を下げると、二人は皆まで言うなと笑った。
「ああ、それはお気になさらず」
「代金も前払いされていることだしな。留守は任せてくれ」
どうやら、この程度までなら先に渡したカードの分で相殺してくれるようだ、とホッと胸をなでおろす。
「ところで、星母の会についてなんですが……」
話が一段落したところで、アンナがそう切り出した。
「星導師? と、五星将? でしたか? 何やら色々と特権がある地位を与えてくれるとのお話でしたが……」
「ああ。五星将の方は、太っ腹なことに専用のBランクデッキまで与えてくれるらしい」
「Bランク、それもデッキですか……」
俺の言葉にアンナは顎に手を当て少し考え込み……それから赤毛を揺らして首を横に振った。
「一見魅力的ではありますが、危険過ぎますね。獅子身中の虫になりかねません」
「うむ。枷が外されている可能性が高い……というか、確実に外されているだろうからな。受け取るべきではないな」
二人の言葉に、俺も頷き返す。
Bランクのデッキと言えば聞こえは良いが、枷が外されていることを考えれば、それは呪いのカードのデッキと変わりない。
わざわざスパイを懐に招き入れることもないだろう。
「カードは要らないから、代わりに魔道具をくれと言ってみるのは? Bランクのデッキの代わりと言えば、かなりの物が貰えるのでは?」
「そうだな……もしかしたらキーアイテムなんかも手に入るかもしれん。言うだけ言ってみるか」
カードは呪いのカードの可能性が高いため受け取ることが出来ないが、物資を吸い上げることは、こちらの強化だけでなく相手の弱体化にも繋がる。
魔道具や物資などは積極的に要求していくべきだろう。……たぶん、というか間違いなく断られないだろうしな。
「となると、やはりシェルター内に縛られる星導師より、遠征などで自由の効く五星将ですか」
「そうなるな。内政関連の役職なんて貰ってもな……」
「五星将の方なら、池袋での地上のモンスターの掃討作戦にも星母の会の人員を使える可能性もあるしな」
そこで織部は、ふと思いついたように。
「星導師と五星将。どちらもある程度の人事権があるのだろう? それを利用して星母の会の内部を引っ掻き回すというのは?」
内部から、か。
織部の言葉に、俺は少し考えてから首を振った。
「……いや、ダメだな。今はまだ明確に敵意を見せるのは怖すぎる」
確かに、強固な階級制度を敷いている星母の会を、人事権を使って内部から引っ掻き回すというのは、大きなダメージを与えられるかもしれない。
アンゴルモア前に大した貢献もしていない者を俺が勝手に引き上げ、代わりに多大な寄付金を積んだ者を最下級まで落とせば、信者たちからの怒りを買い、ひいてはぽっと出の俺を第二階級へとつけた聖女に対する不信に繋がるだろう。
だが、それは同時に聖女からの怒りも買うことになる。
何の対抗策を持たないうちからやるべきではない。
「そうだな。今は、向こうが懐柔策を取っているうちに少しでも力をつけることに専念すべきか」
織部もさほど本気ではなかったのだろう、あっさりと引き下がる。
そこで、アンナがパンと手を打ち鳴らした。
「っと、そうだ。先輩が池袋に行っている間に、立川ギルドの方から連絡がありました」
「へぇ、その日の内にか。ずいぶん早いな」
2~3日は、ギルド内の話し合いなどに時間が費やされると思っていたが……。
「先輩のカードを見て、よほど肝を冷やしたのでしょう」
「ふむ、謝罪は?」
「それはありませんでしたね。あくまで、避難民の受け入れについて、出来るだけ早く話し合いたい、と」
まぁ、初手から白旗を上げたりはしないか。向こうも、できれば責任の所在をあいまいにしたまま軟着陸させたいところだろうしな。
ギルドにも面子というものがある。表向きは謝罪や賠償といったことはせず、何らかの優遇措置あるいは支援という形で賠償を払いたいと考えているのだろう。
俺たちがそれに合わせてやる義理はないが、事態を軟着陸させたいのはこちらも同じ。わざわざ事を荒立てる必要もないだろう。
しかし、そうなると、避難民たちの生活支援に直結しないような賠償は難しいか? カードはあちらも手放したがらないだろうし、かと言ってそれ以外でギルドから欲しい物があるかと言うと……。うーむ、難しい所だ。
「話し合いには先輩も同席しますか?」
「ふむ、交渉の場所は?」
「こちらに来て下さるとのことです。ギルドに出向いても良いと言っては見たのですが、やんわりと断られました」
さすがに向こうも警戒してるか。自分たちが謀略を仕掛けた自覚はあるようで、何より。
「できれば出席してくださると色々と捗るんですが……」
「うーん、出るのはかまわんが……」
「何か気になることでも?」
「ああ、そろそろ小良ヶ島がどうなってるのか気になってな」
丸一日以上が経って、向こうでは十年近くが経っているはず。もちろん、その間に向こうで新たな迷宮が発生していた場合、時間差は埋まることになるから、実際はそれ以下になるだろうが、それでも数年は経っているだろう。
何か危機的な問題が起きたら連絡するように言ってあるから、それが無いということは無事ではあるのだろうが……ここら辺で一度様子を見に行きたいところだった。
「うぅん、なるほど、小良ヶ島ですか……」
「もしかして、アンナは小良ヶ島への移住は、あんま気が進まない感じか?」
なんだか微妙そうな顔をしているアンナに、俺は問いかけてみた。
「気が進まないというか、判断がつかないというか……。時間差のせいで、先輩の知っている頃からどう変化しているか不明ですし、仮に時間差がある程度埋まっているとすれば迷宮数はこちらとあまり変わらないわけですよね? なら無理に小良ヶ島に引っ越さなくても立川の迷宮の沈静化とモンスターの掃討をするというのもアリなんじゃないかな、と」
ああ……そうか。なるほど、確かに、迷宮数が同じくらいになっているのなら、小良ヶ島ではなく立川の方を安全にしてしまうという手もあるのか……。
ギルドという潜在的な敵勢力があるのがネックではあるが、アンナにとっては小良ヶ島もそれは同じ。
それどころか小良ヶ島が仮に迷宮の沈静化作業をキープし続けて安全な状態を保っているとすれば、その戦力はギルドすら超えている可能性が高い。
潜在的な危険度は立川ギルド以上とさえ言えるだろう。
逆に、小良ヶ島にそれだけの戦力がなかった場合、引っ越しのメリット自体も消えるわけで……。
「もちろん小良ヶ島の海産物は是非とも欲しい物ですし、小良ヶ島と友好関係をキープをして交易を結ぶのは大歓迎ですが、それと移住をするかはまた別の話かな、と」
「付け加えるならば、我らからすると、先輩が色々とあちこちに転移すること自体に不安があるというのもある。また離れ離れになったら、とな」
「池袋に関してはお父上との合流があるので仕方ないとして、それ以外の転移はできる限り最小限にして欲しいかな……というのがウチらの本音ではありますね」
なるほど……。
二人の不安も最もだった。転移先で転移が出来なくなって帰還が出来なくなることは、俺も頭の片隅に懸念としてあった。立川にいる間、ちょくちょく小良ヶ島の様子を見に行ったりしなかったのもそのためだ。
こうして池袋や星母の会のシェルターを行き来できている以上、九分九厘は大丈夫だと思っていたが、それでも万が一のことを想像すると軽々な転移に心理的なブレーキが掛かっているのも確かだった。
……まぁ、万が一ハーメルンの笛での転移が出来なくなったとしても星母の会ルートという保険もあったが、こちらも星母の会次第というイマイチ信用のおけない命綱には違いない。
それを二人が不安に思うのも十分に理解できた。
「実際に転移する前に、カードギアで連絡を取ってみるのも良いのでは? それで、どの程度時間差が埋まっているかもわかるだろう」
「それもそうだな、そうしてみるか」
織部の提案に俺は頷くと、ユージンさんへと連絡を送ってみることにした。
えーっと、なんて送ろうかな。
『元気? 生きてる?』
……これで良いか。なんか数年ぶりに元カノに送るラインみたいになってしまったが、このご時世ならこれ以上にピッタリな文面もある意味ないだろう。
すると、俺が送信してから一分ほどで返事が返ってきた。
『生きてるよ(笑) そっちは?(笑)』
俺にあわせてか、なんかウザいノリで返してきた。
『元気だよ。仲間とも合流できた。残念ながら親父とは色々あってまだだけど。そっちの状況は?』
二分か三分か経って返信が返ってくる。
『こっちでは、北川が旅立ってから七年くらい経ってる。色々あったけど、なんとかやってるよ。最近になって迷宮もかなり増えたし、時間差も結構埋まってるんじゃないか? こうしてやり取りしてても特に時間差は感じないしな。色々と話したいこともあるから、近い内に来てくれると助かる』
ふむ……。この感じだとメッセージのやり取りは、その場でやっているようだな。時間差が健在なのであれば、返信は一瞬で返ってくるはず。それが数分後に返ってくるということは、時間差はさほどないということになる。
「どうでした?」
カードギアを見ながら考え込んでいると、アンナが問いかけてきた。
「どうやら時間差は大分埋まっているようだな。無事ではあるようだが、色々と話したいこともあるから、近い内に来て欲しいとのことだ」
「ふぅむ……時間差は埋まっている、つまり迷宮の数は同じくらいにはなっているが、先輩が残してきた伝手は健在、ということッスか」
「俺としては、一度この目で確認したいところなんだが……」
俺の言葉に、二人は『うぅん』と腕を組んで唸ると。
「……まぁ、ちゃんと行き来できている以上、恐れすぎではあるか」
「万が一が起こったとしても、そのためのフレイヤと黄泉津大神ですしね。あまり頼りたくはないですが、星母の会ルートという保険も一応あるわけですし」
そう渋々とではあるが、頷いた。
……だが、まぁ、そうだな。念には念には念を入れておくか。
「そんなに心配なら、とりあえず最初はカードだけの派遣にしてみるか?」
俺がそう言うと、二人は揃って「おっ!」という顔をした。
「いいッスね、それ!」
「ついでに、我らもカードを送ってみるか」
「ああ、いいんじゃないか」
自分の眼で見た方が、より現地の様子もわかるだろう。
「問題は、カードを派遣している間は、隔離状態を解かないようにヘスペリデスの外に出ている必要があることだが……」
「それぐらい先輩のフェンサリルの中で待ってれば良いでしょ。長くとも一日以内だろうし……と思ったけど、万が一カードが帰ってこれなかったらマズい、か」
「万が一のことを考えれば、自害ないしは所有権の破棄をしても良いカードにする必要があるな……」
うぅん、さすがにそれは……。名づけをしたカードを自害させるのも、カードを使い捨てにするのも抵抗がある。
それは、発言者の織部も同じなのか顔を顰めていた。
何か他に良い方法は……そうだ!
「分身の巻物を使うのはどうだ?」
分身の巻物:使えば24時間の間、自分のコピーを一体生み出してくれる。自分の代わりに作業を行わせることができ、その経験や記憶は消失後に本人へと統合される。ただし話したりすることはできないので、人と会う仕事には不向き。一回限り、三巻セット。
これなら使用後は記憶や経験が本人に統合されるし、自分の眼で見るのと変わらないだろう。
しかも、おあつらえ向きに三巻一セットと人数分ある!
「おお! それがあったか!」
「先輩、冴えてますね!」
二人からの手放しの称賛に鼻を高くしていると、織部がふと思い出したように言った。
「しかし、分身の巻物での分身は確か話すことが出来ないんじゃなかったか?」
……そんな仕様だったっけ? 確かに、それはちょっとマズいな。俺も色々と聞きたいことがあるし。
「筆談させるとか?」
「分身の巻物を使ったことがないから何とも言えぬが、分身が話せないというのは、そもそも自我や意思疎通の能力が組み込まれてないということではないか?」
「ああ、あり得るね。本体の記憶や経験を元に単純作業をさせるためだけの魔道具ってことか……」
「ならば、分身の巻物を派遣したところで、島を見て回らせることぐらいしかできないのでは?」
「うーん、それでもいいちゃいいんだけど……」
二人の会話を見ながら、俺も頭を捻る。何か良い方法はないものか。
『ご主人様、少しよろしいでしょうか?』
そこでオードリーが声を掛けてきた。
『ん? どうした?』
『名もなき女神侍女にドレスの装備化を掛けて、分身のサポートをさせるというのはいかがでしょうか?』
「おっ!?」
オードリーからの思わぬ提案に、思わず声を漏らすと二人がちょっとビックリした顔で振り向いた。
「ど、どうしました?」
「いや、オードリーが、眷属の名もなき女神侍女にドレスの装備化を掛けて分身のサポートをさせるのはどうかって」
そう言うと、二人は顔を見合わせた。
「眷属を分身のサポートに? ……アリだな」
「詳しいお話を伺っても? 『名もなき女神侍女』を選んだ理由と、ドレスさんの装備化をする理由は?」
「オードリー」
俺がそのままパスすると、オードリーが姿を現して説明を始めた。
「はい。まず『名もなき女神侍女』を召喚する理由は、私が眷属維持のスキルを持つためです。通常の眷属であれば一時間ほどしか持ちませんが、眷属維持、魔力回復、魔力消費軽減のスキルを持つ私であれば分身が島の様子を見て回る間、十分に眷属を維持できます。
次にドレスの装備化をする理由についてですが、分身の護衛と後天スキルの共有のためです。ドレスは眷属強化とメイドマスターのスキルを持っており、その中には秘書スキルも内包されています。眷属強化のスキルにより中位眷属体の『名もなき女神侍女』はオリジナルと同等の自我を持つ高位眷属体となり、秘書スキルにより分身の代わりに島の方々ともやり取りができるようになるかと」
「「「ほぉ~」」」
オードリーの理路整然とした説明に、俺たちは感嘆の声を上げた。
……なるほど。確かに、喋れない分身を秘書スキル持ちにサポートさせるというのは理にかなっている。
呼び出す眷属を、眷属維持が効く『名もなき女神侍女』とし、それをドレスの装備化で色々と補強するというのも納得だ。
しかも、この方法なら旅の途中で俺が見つけたシークレットダンジョンのガーネット回収も並行して行える。
ケルトの三女神やキマリスを装備化させた眷属をイライザのハーメルンの笛で、送り込むだけだからな。
眷属なら万が一、帰還ができなくなったとしても惜しくない。
「いいんじゃないか? 本人ではなく分身が行くというのは、予め向こうの人に言っておく必要があると思うが」
「ええ、これならノーリスクで向こうの様子が探れます」
「分身が行くことについては、本体はどうしても立川を離れられない事情があるとでも言っておけば良いだろう」
決まりだな。俺が直接島に行かずに済んで、二人もご満悦である。
しかし、半ば箪笥の肥やしとなっていた分身の巻物がこんな風に役立つことになるとは……。
こりゃ眠らせている魔道具の中にも、思わぬ可能性が眠ってそうだな。
次に玉手箱に長期で籠ることがあったら、魔道具の活用方法を皆で色々と研究をしてみるか。
あるいは、それ専用の部署を作るのも良いかもしれない。
俺はそんなようなことを考えるのだった。
【Tips】絶対スキル
その名の通り、絶対的な性能を持つスキル。
現状で最高位のスキルと考えられており、Bランクでもごく一部のカードしか持っていない。
現在確認されている絶対スキルは以下の6つ。
・絶対命中:疑似安全地帯内を除く、ありとあらゆる対象に絶対に命中させることができるスキル。絶対回避とは相殺され、絶対防御には防がれる。
・絶対攻撃:疑似安全地帯を除く、ありとあらゆる防御を貫通して攻撃できるスキル。絶対防御とは相殺され、絶対回避には当たらない代わりに使ったことにもならない。
・絶対解除:疑似安全地帯を除く、ありとあらゆるスキルを解除できるスキル。スキルの効果を無かったことにするスキルではないため、すでに受けたダメージを無効化したり、癒した傷を元に戻したりはできない。
・絶対回避:ありとあらゆる攻撃を回避できるスキル。絶対命中とは相殺される。絶対防御に性能が被っているが、効果時間制の絶対防御と異なり回数制であり、大体は一日一回のみ。
・絶対防御:ありとあらゆる攻撃を防ぐことが出来るスキル。絶対攻撃とは相殺され、絶対命中は防げる。
・絶対結界:内と外を完全に隔てる結界を張るスキル。外からはもちろん、内側からも干渉できなくする代わり、絶対解除以外の絶対スキルをも防ぐことが出来る。
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