第7話 十六夜商事


「————お待ちしておりました」


 シェルターに転移するなり、そんな声に出迎えられた。

 そちらを見れば、部屋の入り口にハトホルとセクメトがこちらを見て立っていた。

 ハトホルは相変わらず穏やかそうな笑みを浮かべて、セクメトは何がそんなに気に入らないのか、不機嫌そうに俺を睨んでいる。


「ここにいらっしゃったということは、我々の仲間になるということでよろしいでしょうか?」

「……ああ」


 静かな笑みを湛えて問いかけてくるハトホルに、俺はしっかりと頷き返した。


「星母の会に、入る」


 俺の言葉にハトホルは嬉しそうに笑い、セクメトが小さく舌打ちする。


「それでは、行きましょうか」

「……どこへ?」

「ご家族のところへ行きたいのですよね? 詳しいお話は、北川様の諸々の用事が済んでからで良いと、聖女様からそのように承っております」

「……そう、ですか」


 星母の会の俺に対するこういう気遣いが気持ち悪いが、正直ありがたい。

 ハトホルとセクメトと共に部屋を出て歩き出す。


「道すがらで申し訳ありませんが、教団における北川様の特権について軽く説明させていただきます」


 門の神ヤーヌスのところへと向かう最中、ハトホルがそう前置きすると、星母の会の制度についてなどを歩きながら説明し始めた。

 曰く、星母の会では、アンゴルモア前での貢献度(寄付や勧誘)に応じて階級制を敷いているのだと言う。

 信者は階級に応じて様々なサービスが受けられ、個室や異空間型カードなどが与えられる。

 誰がどの階位なのかは、ロザリオの星の数で一目でわかるようになっており、一ツ星から六ツ星までの全六段階。無論、六ツ星が最上位で聖女、一ツ星が一般信徒たちである。

 この話を聞いて俺が真っ先に思い浮かべたのは、冒険者のランクだ。

 ギルドも冒険者のランクを星で表している。

 単にギルドの制度を真似ただけなのか、それとも……。


「北川様は、五ツ星クラスの星導師か五星将が与えられるご予定となっております」

「……それは、どういう違いが?」

「そうですね。まず五ツ星クラスの基本的なサービスに違いはありません」


 六ツ星は、聖女のための階級であるため、五ツ星クラスは、実質的な最上位となる。

 そのため、転移門含め各種娯楽施設など教団内の施設は自由に使うことができ、住居としてマヨヒガなどの異空間型カードも与えられる。

 望めば、世話係としてサキュバスやシルキーなどのカードも支給されるのだとか。


「その上で両者に違いがあるとすれば、職能上での違いでしょうか? 星導師が教団内のことを取り仕切るのに対し、五星将が教団の敵に対処するのが役割となっております。そのため前者はシェルター内の、後者は遠征の際の物資や人事に対する権利を持ち、特に五星将には専用のBランクのデッキも与えられます」


 Bランクカードを、ではなくデッキを、か。

 さらっとヤべーこと言いやがる。それだけ潤沢な戦力を抱えているということなのだろう。

 しかし……。


「……カードやモンスターの開放を謳うわりには、カードを物みたいに支給するんだな」


 ちょっと皮肉を交えて探りを入れてみれば、ハトホルはニッコリと笑って答えた。


「ええ、五つ星クラスはカードとの共生を体現しているとされる人物ということですから。人間の部下をつけるのと変わりありませんよ」


 なるほどね……。


「なら、俺が君を専用のカードにと望めば、それは叶うのかな?」


 俺の問いに、ハトホルは「おっと、そうきたか」という顔をすると。


「申し訳ございません。『我々』は聖女さま直轄の所属となりますので」

「……そうか」


 やはり、断られたか。なんとなくそんな感じじゃないかと思っていたが、コイツらは聖女の側近のようだ。

 恐らくは、枷なども外れているのではないだろうか? もしかしたら、カードではなくモンスターという可能性もあった。

 そんなようなことを話していると、門の神のところに着いた。


「来たか。すでに準備はできておる」


 俺たちを見たヤーヌスが言う。


「それでは私たちはこれで。無事にご家族とお会いできることをお祈りしております」

「ああ」


 深々と頭を下げるハトホルと、結局一言も口を開くことのなかったセクメトに短く答えると、俺は門を通り抜けた。


「————結局、これで北川も飼い犬、か」


 転移する寸前、そんなセクメトのどこか寂し気な小さな呟きが、妙に耳に残った。




「ユウキ」

「はい。――――アオォォォォォォンッ!」


 転移するなり、俺はまずユウキに縄張りの主を発動させた。

 雑魚除けと、周辺の敵の強さを測るためである。


「……どうだ?」


 俺の問いかけに、ユウキはやや険しい顔でゆるゆると首を振った。


「……マズイです。テリトリーの範囲がだいぶ狭い。Aランクが少なくとも一体、Bランクも多数」


 そのユウキの報告に、ピリッと空気が引き締まる。

 それは、この地域にBランク迷宮が少なくとも一つあることを意味していた。


「チッ……このアンゴルモアで新しく発生したか」


 俺は舌打ちすると、カードギアで現在地を確認した。

 ……サンシャイン水族館前か。親父との職場とは、駅を挟んで反対側だ。

 まあ、カードの速度なら一瞬の距離だが。


『マスター、敵が集まってきています!』

『オードリー、フェンサリルの展開を。ドレス、破壊と殺戮と勝利の加護』

『かしこまりました』『了解です』


 とりあえずフェンサリルを展開させて退避する。

 これだけBランクがいれば、まず異空間型がいるだろうから空間隔離は解除されるだろうが、その前に親父の職場の前まで移動する。

 そしたら即、疑似安全地帯の発動だ。

 そんな風に頭の中で段取りを組み立てながら、フェンサリルが展開されるのを見ていると。


『むっ!?』

『どうした、オードリー!?』

『……いえ、申し訳ございません。一部、フェンサリルが弾かれ展開できませんした』


 弾かれた? ……何らかの結界系スキルか?


『これは……おそらく、大旦那様の勤め先の辺りかと』

『なるほど……』

 

 十六夜商事ほどの大企業ともなれば、シェルターを高ランクの異空間スキルや結界系スキルで二重三重にガードしていてもおかしくない。

 如何に頑丈な障壁と言えど、異空間スキル経由なら無いも同然だからな。異空間スキル対策は、このくらいの規模のシェルターでは当然の所作と言える。


『とりあえず向かうぞ』


 イライザの魔法の馬車に乗って、親父の会社の辺りまで向かう。

 すると、そこには薄っすらと緑がかった光の帳が下りていた。


「これは……」

「絶対結界————四神相応結界ですね」


 俺の呟きに答えるように、アテナが言った。

 そうだ、確かに見おぼえがある。黄龍の召喚した四神の張った結界が、こんな感じだった。

 なるほど、十六夜商事は四神のカードを持っていたか。

 絶対結界ならば、疑似安全地帯ほどではないにしても、それにも迫る防御性能を有しているし、その範囲は疑似安全地帯よりも格段に広い。眷属と違い、カードの四神ならば結界も半日は張り続けることが出来るし、枚数分のスキル回数回復スキルを用意できれば、常に結界を維持できる。大企業のシェルターとしては、最適のスキルと言えた。

 しかし……。


『イライザ、結界の向こうに転移は?』

『試してみます』


 イライザの姿が一瞬掻き消え、次の瞬間、バチンッ! という音と共に幕の前で尻もちをついた。


『……申し訳ありません、弾かれました』

『だよな……』


 やはりか、と嘆息した。

 絶対結界は、緊急避難などの転移の魔道具も無効化するという。

 イレギュラーエンカウント由来のスキルであるイライザのハーメルンの笛であっても、それは変わらないということなのだろう。

 まぁ、それがわかっていたから、俺は黄龍とリスクを冒してでも戦ったわけだからな。

 しかし、こうなるとちょっとマズイな。

 親父との打ち合わせでは、イライザの瞬間移動で十六夜商事のシェルター内に侵入して、親父を確保した上で、なし崩し的に交渉する予定だった。

 初手で無断侵入をするという無礼を働く形になるが、これは万が一にも親父を人質に何らかの要求をされることを防ぐためである。

 十六夜商事を敵と考えているわけではないが、このご時世で無条件に信頼するほど、平和ボケも出来なかった。

 少なくとも、このBランクモンスターが溢れる状況で自分たちのシェルターの前までやって来れている時点で、俺がかなりの戦力を有するのは明らか。

 それをみすみす逃すようなら、十六夜商事は年商五兆円の大企業にはなれなかったことだろう。

 だが、絶対結界を解く方法が俺には無い以上、なんとか交渉で俺を招き入れてもらうしかない、か……。

 果たして、このBランクが溢れる状況で絶対結界を解除して貰えるか……俺は憂鬱な気分になりつつ、親父へと連絡した。


「もしもし? 俺」

『歌麿か!? どうした? 何かあったか?』


 俺が親父へと通話を掛けると、待ち構えていたのか、即反応が返って来た。


「いや、今、十六夜商事のシェルターの前にいるんだけど……」

『おお! ん? じゃあ、なんで入って来ないんだ?』

「それが、結界が張られててさ、入れないんだよね。ちょっとそっちのお偉いさんと繋いでくれないかな」

『む、そうなのか……わかった、歌麿は安全なところへ避難して待っててくれ』

「了解」


 親父との通話が切れると、俺はアテナへと疑似安全地帯を張ってもらい、しばしそこで待つことにした。

 そして待つこと、たっぷり一時間。ようやく、親父から連絡が来た。

 

『すまん、待たせた』

「いや、それでどうだって?」

『それについて、黒原専務から直接お話があるらしい』

「あー、了解」

『どうぞ、黒原専務』


 親父がそう言うと、カードギアから


『や、ただいま代わりました。はじめまして、黒原と申します』

「北川歌麿です。いつも父がお世話になっております」

『いえいえ、とんでもない! こちらこそ、北川部長には、アンゴルモア前から頼りっぱなしで。いや~それにしても、この状況下でお父さんを助けにくるとは、実に親孝行な息子さんですな! いや、本当に素晴らしい!』


 そんな軽い社交辞令を交わすと、俺たちは本題へと入った。


『……それで、ウチのシェルターに入るために結界を解除して欲しいとのことでしたが』

「ええ。……無理を承知で、なんとかなりませんでしょうか?」

『うーん、正直なところ非常に難しいと言わざるを得ませんな。北川さんもこの状況下で外を移動できるほどの冒険者ですのでおわかりでしょうが、この状況下での結界解除は……』


 リスクが高すぎる、と。

 それでも、と俺は食い下がる。親父との合流が掛かっているのだ。ハイ、ソウデスカと簡単に諦めることは出来ない。


「そこをなんとか。ほんの一瞬、わずか一秒でも解除して頂ければ、それで十分なのですが」

『……ふむ。いえ、申し訳ありませんが。その一瞬でモンスターが侵入してくる可能性もあるわけで』


 く、やはり駄目、か……。正直、十六夜商事側のメリットが欠片も無いからな。

 一瞬でも結界を解除すれば、周辺にうじゃうじゃといるBランクモンスターから深刻な被害を受ける恐れがある上に、それで得られるメリットは欠片も無い。

 それどころか、俺が親父を連れて行くことにより、親父へと俺が預けたマヨヒガ等のカードを利用できなくなる。

 マジで百害あって一利なし、だ。俺が十六夜商事でも断るだろう。こうして交渉のテーブルに着いてくれるだけで有難いほどだ。


「ちなみに、シェルター内にどこかと繋がった転移門はありますか?」

『ふむ? ……いえ、ありませんが』


 鈴鹿をチラリと見る。首を振る鈴鹿。駄目か……。

 最悪、転移門があれば、ヤーヌスの権能で行ける可能性もあったのだが。

 どうしたものか……。せめてリスクを排除するか、リスクを完全に上回るほどのメリットを提示しなければ、向こうは絶対に頷かないだろう。

 少なくとも感情に訴えるのは悪手だろうな。そんなのは、性質の悪いクレーマーとなんら変わりない。最悪、今後の交渉テーブルも断られることだろう。

 アテナの疑似安全地帯……は、十六夜商事のシェルターをすべて覆うほどの範囲がないから無意味。縄張りの主も、この状況下では高ランクモンスターを招き寄せるだけ。

 ならば、メリットか。代金に、何らかのBランクカードを渡すか? あるいは、蓮華の若返りスキルはどうだ?

 ……いや、ダメだ。下手な対価の提示は、親父を人質に際限なく搾取される可能性がある。

 チッ、八方塞がりだな。ここは、一度退くべきか?

 幸い、絶対結界のおかげで親父の安全は担保されている。防御性能は、ギルドのシェルター以上。それこそ、イレギュラーエンカウントでも襲ってこない限りは、ほぼほぼ大丈夫と見て良いだろう。

 これ以上粘って悪印象を残すよりかは、今日のところは大人しく引き返して、落ち着いて考えるか。


「わかりました……。今日のところは諦めるとします」

『すいませんね。外にモンスターさえいなければ、温かく迎え入れてあげたいところなのですが……』


 モンスターさえいなければ、か。……いや、待てよ? ふむ、リスクの排除とメリットの提供か。


「黒原さん、外の状況についてはどの程度ご存知でしょうか?」

『外、ですか。そうですね。このシェルターの外では、無数の高ランクモンスターが徘徊しており、街は完全に崩壊状態。自衛隊や池袋ギルドからの救援もなく、連絡も繋がらないことからギルドもすでに陥落した可能性アリ。詳細は不明ながらAランクらしきモンスターも確認されており、アンゴルモアはフェイズ3を超え、推定フェイズ4に移行していると思われる……といったところでしょうか』


 ……池袋ギルド、落とされてんのかよ。まぁ、今はそれは良い。どうやら空間の隔離のことは知らないようだな。ずっと引き籠っていたのなら無理もない。親父も特に上に報告を上げたりはしなかったのだろう。

 俺は、現在起こっていること……空間の隔離について説明した。


『……なるほど、そんなことが。この池袋は完全に隔離されているというわけですか。どおりで自衛隊からの救援も来ないわけだ……』

「ええ、おかげで元々深い迷宮がなかった地域では、元々あった迷宮を沈静化して地上のモンスターを掃討することで平穏を取り戻しているところもあったりするのですが……」

『逆に、ウチのように強力なモンスターと共に閉じ込められているところもある、と』


 黒原さんが現状をある程度理解してくれたところで、俺はおもむろに切り出した。


「そこで、提案があるのですが」

『……なんでしょう?』


 どこか警戒したような声音で答える黒原さんへと、俺は言った。


「————もし俺がこの池袋周辺の迷宮を沈静化して、地上のモンスターもすべて始末する、と言ったら……どうします?」




【Tips】絶対結界

 内と外を完全に隔てる結界。

 一度発動すれば、術者自身ですら出入りできない、絶対なる護りにして檻。

 空気や音、光などは普通に通すため、絶対結界により酸欠や、光の遮断による暗闇が起こることは無い(ただし毒ガスや『攻撃』レベルの強い光や音は遮断される)。

 Bランクが単体で持つことは滅多に無く、大抵は四神などの複数のBランクで発動する。


 疑似安全地帯との違いは、範囲が広めで、絶対結界はマスターとそのカードの侵入も阻むこと(疑似安全地帯はモンスターしか阻めない)。

 敵がモンスターだけだったアンゴルモア前では、味方の出入りも邪魔するとして短所扱いだったが……。

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