第6話 お釣り





 ――――急用が出来ましたため、ギルドに戻らせていただきます。


 そう言って矢口が立ち去り、俺がドレス以外のカードたちを戻す(あるいは隠す)と、周囲にわずかに喧騒が戻って来た。

 Bランクカードの放つ威圧感から解放された避難民たちは、口々に、しかし決して大きな声は出さずに、何かを囁き合っている。

 彼らの視線の先にいるのは、当然俺で。その眼差しには、紛れもない恐怖が宿っていた。

 それは、味方側である冒険者部員たちですら例外ではなく……。


「…………ふぅ」


 俺は、誰にも気づかれないよう小さく嘆息した。

 やはりこうなるか……。先ほど俺が見せたカードたちは、この学校の人々を容易く皆殺しにできるほどの戦力だ。俺のカードの詳細は分からずとも、放つ威圧感だけで、それは十分に理解できたことだろう。

 その力が今後は自分たちに向けられるのでは? と彼らが恐れるのも当然のことだ。暴力を持って、自分たちを支配するのでは? と。

 ……とはいえ。自分でそうなるように仕向けておいてなんだが、やはり化け物を見るような目で見られるのは、あまり気分が良いものじゃなかった。

 まあ、仕方ない。舐められるより恐れられる方が面倒がないのは事実。

 これで厚かましい要求も少なくなるだろうし、なによりウチの家族にちょっかいを出す馬鹿も減るだろう。

 ……その主犯格であったギルドについても、俺のメッセージがちゃんと伝わっているならこれ以上の手だしは控えるはず。

 そんなようなことをぼんやりと考えながら周囲の様子を観察していると、ふと懐かしい顔を見かけた。

 思わずそちらに足を向けると、その周りの人々が波が引くように下がっていく。

 ……そこまで怖がらなくても、と少しだけ傷つきつつ、俺は笑顔で話しかけた。


「久しぶり、西田」

「マロ」


 どこか硬い表情で、西田が俺の名を呼ぶ。

 一月振りに見た友人は、さらに一回り痩せ、腕や肩回りなど全体的に筋肉質になっていた。

 どうやらダイエットと筋トレは継続しているようだな……と思いながら西田の前に立つと、俺は誰にも見えない角度で腹へと拳を叩き込んだ。


「ぐふっ!? な、なにを……?」

「オイコラ。……俺が大変な目にあってる間に彼女とよろしくやってたらしいな?」


 突然の腹パンに目を白黒させる西田の耳元で俺は囁いた。


「うっ……!? な、なぜそれを……東野の野郎か?」


 俺が無言で頷くと、西田はため息を吐きつつ額を抑えた。


「やっぱりか。ったく」

「こっちは大変だったって言うのに、良い身分だなぁ、おい」


 ウリウリと拳をめり込ませていくと、西田が降参という風に両手を上げた。


「わ、悪かったって。つか、マロも童貞ってわけじゃないんだろ? マロなら選り取り見取りだろうし」

「…………。……ふっ。まぁ、な」

「なら別に良いじゃん。彼女持ちならこの状況でそう言う感じになるってのも、わかるだろ?」

「そ、そう、だな」


 俺は引き攣った笑みを浮かべつつ、西田の腹から拳を放した。

 ……クソッ! これが彼女持ちの余裕ってヤツか!

 俺が内心で歯噛みしていると、そこで西田が初めてホッとしたように笑った。


「まぁ、マロがマロのままで良かったよ」


 ……………………。


「そういうお前はすっかり変わっちまったな」

「へへ、結構いい感じになってきたろ? 見ろよ、この力こぶ。腹とかもだんだん割れてきたんだぜ?」

「……身体鍛え始めたヤツって、なんかナルシストっぽくなるよな」

「え? もしかして、キモい?」

「というか、ウザい?」

「ヒド」


 周囲から遠巻きにされながら、そんな風に西田と談笑していると、俺たちに近づいて来る影に気付いた。


「よ! 久しぶり」

「神道!」


 振り返れば、そこには懐かしい級友の顔があった。


「見てたぜ、ちょっと見ない間にまた一段と頼もしくなったな」


 そう言う神道の顔には、隠しきれない恐怖の色があったが、俺はそれを見ない振りをして、笑顔で肩を叩き、まずは互いの無事を喜んだ。


「あれだけのBランクカードをどうやって手に入れたんだ?」

「普通にドロップだよ」

「……なるほど、それだけ過酷な旅だったってことか」


 幸運操作や運命操作のことなどは話せないため適当にそう答えると、神道は勝手に納得してウンウンと頷いた。

 その脳内に浮かぶのは、何千体ものBランクの群れを蹴散らして進む俺の姿か……あるいは他者からカードを奪う俺の姿か。

 願わくば前者であって欲しいものだ、と思っていると神道が思い出したようにポンと手のひらを叩いた。


「っと、そうだ。閣下が、後で部室に来て欲しいってさ」

「うん? ああ、わかった。すぐ行く」


 神道に伝言を頼んだということは、アンナもここにいたはず。なら直接俺に言えば良いのに……と疑問に思いつつ、俺はとりあえず頷いた。

 たぶん俺が西田に話しかけに行ったのを見て、友人と話す時間をくれたとか、そういう感じなのだろう。

 俺は西田たちに軽く別れを告げると、アンナの待つ部室へと向かった。





「いやぁ、やっぱり先輩は最高ッスね!」


 部室へやって来た俺を出迎えたのは、頬を上気させ興奮気味のアンナと織部の二人だった。


「しっかりと避難民受け入れの言質を取った上での砲艦外交! 完璧! まさに完璧な対応でした!」

「うむ! これでギルドもこれ以上ちょっかいを出すのは控えるだろう」

「先輩の力を見たアイツらの顔と言ったら……ぷくく」


 二人……特にアンナはご満悦だった。

 よほど、矢口に対する俺の対応がお気に召したらしい。それだけストレスが溜まっていたのだろう。

 そこで、ふと織部が気づかわし気な顔をした。


「……しかし、先輩の手札をほとんど晒してしまったようだが良かったのか?」


 それに、ご機嫌だったアンナも笑みを消して真剣な顔で俺を見る。

 高ランクのカードになるにつれて、そのスキルはジャンケン染みてくる。

 ハーメルンの笛吹き男に眷属封印がなければ勝てなかったように、特定のスキルが無ければほぼほぼ詰み……というケースが高ランクになればなるほど増えて行く。

 手持ちを知られるということは、ジャンケンで次に出す手が知られるも同然。

 戦力の公開は、抑止力にもなるが、対抗策が練られるリスクとのトレードオフでもあった。

 だが……。


「まぁ、大丈夫だろう」


 切り札となるアテナやC+組は伏せたし、俺が見せたのはあくまで表面的な戦力。

 鈴鹿の霊格再帰や限界突破などのスキルまでは、外見から見抜くことは出来ない。

 高ランクになるにつれてジャンケン染みた力関係になってくるとは言っても、最後に物を言うのは戦闘力だ。

 もしもハーメルンの笛吹き男がBランク相当の戦闘力しか持っていなかったら、月の三相女神がいなくても何とかなっていただろう。

 それだけ戦闘力の差というのは大きい。

 仮にうちのメンバーのメタスキルを完璧に用意してきたとしても、相手が通常のBランクカードなら戦闘力でごり押しすることが出来るだろう。

 見せたメンバーにしたってオードリーなどランクアップを繰り返したことにより、外見からは種族を推測しにくいメンバーも多い。特に道化師姿のイライザなどは悪魔系種族にしか見えないくらいだ。

 ウチのメタデッキを用意するのは、極めて困難なはず。せいぜい、女性特化のカードを用意する程度だろう。

 何より……。


「いざとなれば逃げちまえば良いしな」


 俺には、ハーメルンの笛というチートスキルがある。

 仮に相手が俺の完全なるアンチデッキを用意してきたとしても、ハーメルンの笛で逃げてしまえば良い。

 相手に対策が無い内は抑止力となり、抑止力が無くなった際はいつでも逃げられる能力。

 イライザが健在である限り、俺の安全は保障されていた。

 ……それだけに、転移での逃亡が通用しない星母の会が脅威なのだが。

 俺の答えに納得したように頷く二人へと、今度はこちらが問いかける。


「それで、これからどうする?」

「そうッスね……やはり出来るだけこちら優位に軟着陸させたいところッスね」

「無駄に争ったところで百害あって一利なしだからな」


 二人の答えに内心でホッと胸をなでおろす。

 良かった。あり得ないとは思っていたが、俺の戦力を見て「ギルドを倒し支配下に置きます!」なんて言われたらどうしようかと思った。

 向こうから攻め込んできたならともかく、こちらから攻め込んでギルドを支配するなんてやってられんからな……。


「……とはいえ、落とし前はしっかりとつけてもらわないとな」


 俺の言葉に、二人も深々と頷く。

 全面戦争もあり得ないが、謀略を仕掛けられて何もなしもあり得ない。

 何らかの落とし前は、絶対に必要だ。

 問題は何を求めるかだが……それは向こうの出方次第か。


「ところで、先輩はこの後のご予定は?」


 話が一段落したところでアンナが問いかけてきた。

 この後か……。


「とりあえず、家族とゆっくりとするつもりだ」


 親父のいる池袋へ転移できるようになるまで、まだ数時間ほどある。

 それまでは、久々の家族団欒と行くつもりだった。現状把握を優先して、ろくに話す時間も取れなかったからな。


「うむ、帰ってきてからというもの働き詰めだったからな。それが良いだろう」

「お疲れの中、本当にありがとうございました。どうぞ、ごゆっくりとお休みください」


 そうして会議が終わると、俺はお袋や愛と久々の家族団欒の時間を過ごした。

 残念ながら全員集合とはいかないが、カードギアで通信を繋いで、親父も会話には参加してもらう。

 明日の親父との合流などの事務的な打ち合わせは必要最低限に留めて、俺たちは昔話に花を咲かせた。

 初めてマルを家に迎えた時の話。愛が生まれた日の話。

 俺が幼稚園の頃、遊園地で迷子になって、トイレの場所もわからずお漏らしをしながら泣いていた話。

 俺が中学校に上がった時、もう一緒に小学校に登校できないことに愛が泣いた話。

 ちょいちょい恥ずかしいエピソードが混じりつつも、俺たちの話は尽きることなく続いた。アンゴルモア中の話は、誰も自然に話を避けながら……。

 そして楽しい時間があっという間に過ぎ、星母の会の転移門が使える時間がやって来た。



「アンナ、小夜――――これを」


 星母の会へと向かう直前。

 俺は部室へと寄ると、二人へとカードを渡した。


「これは……!」


 小首を傾げながらカードを受け取った二人は、大きく目を見開いた。

 それは、ハーメルンの笛吹き男との戦いの中で手に入れたフレイヤと黄泉津大神のカードと、道中で手に入れたカードキーのエルフと火雷大神だった。

 こちらの意図を探る様な目で見てくる彼女たちへと、俺は言う。


「それで俺が留守の間、皆を守ってくれ」


 フレイヤと黄泉津大神。

 この二枚……特にBランク最上位である黄泉津大神があれば、大抵のことはどうにかなるだろう。

 正直、この旅の間ここがいつまで無事でいてくれるか気が気じゃなかったからな……。

 俺が親父を迎えに行っている間の、そして万が一俺がここに帰って来れなかった場合の備えとして。

 これぐらいあった方が、むしろ俺としても安心というものだった。

 俺の言葉に、二人はなるほどと頷いた後、困ったように頬を掻いた。


「いえ、しかし、神のプライド持ちは、正直ウチらでは使いこなせない懸念が……」


 無論、その可能性も考えていた。


「その時は、ランクアップに使ってもらって構わない。フレイヤはエルフ、黄泉津大神は火雷大神のランクアップに使えたはずだ」


 神のプライドによる問題が、ランクアップで解決できることは、ウチのカードたちで証明済みだ。

 イライザやユウキのように最古参のカードだけでなく、比較的新顔のオードリーやドレスでも神のプライドが消滅したことを考えるに、最低限名づけを受け入れるだけの好感度があれば神のプライドを無効化できると考えて良い。

 神のプライドは決してマイナスだけのスキルではないため、一概にスキルが消滅してしまうことが良いこととは言えないが、少なくともいざという時に使い物にならないという事態は防げるはず。

 カードキーのエルフと火雷大神をつけたのも、そのためだ。

 マイナーチェンジを使えば、カードの人格そのままにマイナーチェンジ先のスキルを得ることが出来る。

 それからフレイヤと黄泉津大神にランクアップさせれば、Bランクの限界突破スキル持ちの出来上がりと言うわけだ。

 ……まぁ、エルフからエルフのような同種族間のマイナーチェンジは、後天スキルがマイナーチェンジ先に完全に上書きされてしまうという欠点はあるが、アンナたちなら適当なカードを間に噛ませるとかして対処するだろう。


「ランクアップに……本当に良いんですか?」


 そんなようなことを考えていると、アンナが真剣な表情で問いかけてくる。

 ランクアップに使用して良いというのは、事実上の譲渡を意味する。

 共にアンゴルモアを乗り越える運命共同体の俺たちであるが、それでもさすがにBランクカードを融通しあうのは、利益を度外視しすぎている。

 それでも俺が彼女たちへBランクカードを渡すのは、それによって家族や仲間たちの安全性が飛躍的に向上するからと……。


「構わない。それは、俺からの詫びのようなものだと思ってくれ」


 この集まりがアンゴルモアのための運命共同体である以上、そこには「勝手な行動はしない」「みんなの迷惑になることはしない」という暗黙の了解がある。

 にもかかわらず、俺はと言うと、初日に学校を飛び出したきり実に一月近くもの間、留守にしてしまった。

 ハッキリ言って、帰ってきた時に皆が暖かく迎え入れてくれたのが奇跡なレベルの大失態である。

 事前にヘスペリデスの園をお袋へ預けていたから良かったものの、もし俺がそのまま持って行ってしまっていたら……想像するだけでゾッとする。

 避難民たちはもちろん、アンナたちですら危なかったかもしれない。

 これで「不可抗力だったんだから仕方ない。無事だったんだから良いじゃん」と開き直るようなら、最初から誰かと集団行動しない方が良い。集団に所属する資質にあまりに欠けている。

 アンゴルモアが始まったらユウキの縄張りの主を使って、グレムリン等の機械破壊モンスターから校舎や設備を守る。それが、チームにおける俺の仕事だったのだ。

 いかなる事情があったとはいえ、それを途中で投げ捨てた俺に、本来ここにいる資格はない。

 その上、俺はこれから親父を迎えに行くため、またもここを離れようとしている。

 正直、俺はアンナたちの寛容さに甘えている状態だ。自分の有益さを逆手にとって脅していると言ってもいい。

 俺がいなかったら戦力的に困るよな? 多少くらい自分勝手に振舞っても許せよ、と行動で語っているも同然だ。

 それは、アンゴルモアに向けて色々と準備をしてくれたアンナたちの目に見えにくい努力に安値を付ける行為である。

 アンゴルモアが始まったら迅速に生徒の家族を回収するための作戦の立案。異空間型カードや食料系カード、様々な生活用品、漫画やDVD等の娯楽の準備。様々な機械類のリース……それらはすべてアンナたちが手配したものだ。中には学生が色んな機械を借りることを不審に思われないよう織部の親族の名で契約したものもある。

 その間、俺は迷宮に潜り、裏で運命操作で資金源となるカードをガチャってただけだ。その功績の大小はともかく、労力的にはアンナたちの足元にも及ばない。

 自分の功績には高値を付け、他人の功績には安値を付ける。……組織の一員として最も嫌われる行為だ。

 今ここにあるすべては、冒険者部の誰一人として欠けていても成り立たなかったものなのだ。それを忘れてはならない。

 その上で、これ以上勝手な行動をしようと言うのなら、それが許されるだけの何かが必要となる。

 渡した二枚のカードは、その代金のようなものだった。

 

「うーん、一応言っておきますと」


 そうした俺の考えを感じ取ったのか、アンナは困ったように眉をハの字にしつつ言った。


「アンゴルモア中は、部員とその家族の安全を最優先に考えると言うのが、我が冒険者部の元々の方針でした。それに従ってご自身の家族を助けに行かれた先輩の行動は、何ら方針に背くものではありませんし、その結果として空間の隔離により帰還できなくなってしまったことも不可抗力です。ゆえに、この一月の不在や、これから御父上を迎えに行かれることを責めるつもりもまったくありません」


 アンナの言葉に、織部も無言で力強く頷く。


「……が、それはそれとして、残されたご家族の安全のためにこのカードを置いていきたい、と先輩がおっしゃるのであれば、これは有難く受け取らせていただきます。

 その方が間違いなく安全性は向上しますし、まあ、ぶっちゃけもらえるなら欲しい! というのが本音ですしね」


 そう言ってウインクするアンナに、素直な奴めと俺は苦笑していると、織部が言った。


「とはいえ、それではこちらが一方的に貰い過ぎなのも確か。そこで、多少ではあるが、お釣りを渡そうと思う」

「お釣り?」


 首を傾げる俺に、織部は腰のカードホルダーから一枚のカードを取り出し、手渡してきた。


「これは……」


 それは、いつぞや織部が買い取った零落スキル持ちのペルセポネーのカードだった。


「全く足りず申し訳ないが、今の我に渡せるのはそれくらいしかなくてな……」

「いや、助かる」


 どこか恥じ入るように小さく頭を下げる織部に、俺は本心からそう答えた。

 ドロップした当初は、ウチのデッキにどうしても欲しいというわけではなかったため購入を見送り織部に譲ったペルセポネーだが、今となってはウチのデッキにかなり欲しいカードへと変わっていた。

 その理由は、セイレーンへとランクアップしたプリマだ。

 プリマをセイレーンからペルセポネーへとマイナーチェンジすれば、セイレーンを無限召喚できるようになり、ハーピーたち合唱団の展開力も格段に向上する。

 そうなれば、イライザのハーメルンの笛スキルもさらに使いやすくなることだろう。

 問題は、このペルセポネーは零落スキルにより眷属召喚スキルが使えなくなっているため、ちゃんと使うためにはまずは零落スキルを解消する必要があることだが……そのためのキーアイテムも心当たりがあった。

 そう、つい先日倒したデメテル、彼女の落とした大鎌である。

 デメテルは、ペルセポネーの母であり正統なランクアップ先。このペルセポネーの霊格再帰先の可能性は十分にあった。

 ペルセポネーの霊格再帰まで行ければ、プリマを仲間にした際の契約も守ったことになる。

 彼女との契約条件は、「俺の仲間と同じくらいまでランクアップさせること」。あの場には、Bランクだけでなく、メアやマイラなどC+の面々もいたため、同じC+にすれば一応約束は満たしたことになるだろう。

 うんうん、これは良い貰い物をした、と頷いていると……。


「ウチからはコレを」


 今度は、アンナが高級そうなビロードの小袋と、一枚のカードを渡してきた。

 見れば、小袋の方はガーネットとダイヤのようだった。俺のいない間も学校の迷宮を攻略してくれていたらしい。ガーネットとダイヤはいくらあっても良いため、素直に嬉しい。

 そしてカードの方はというと……。


「……注連縄?」


 それは、モンスターカードではなく、カード化した魔道具だった。

 一体何の魔道具だろうと首を傾げていると、アンナが言った。


「合宿で花火をした時のことを覚えていますか? これはその時使ったフィールド改変魔道具です」

「ああ! アレか!」


 モンコロレースのために合宿した時のヤツか! と俺はポンと手を打った。

 確かあの時は、昼のフィールドを無理やり変えて花火をしたんだったか。

 そんなに前の話ではなかったというのに、なんだか酷く昔のことに感じる。


「今の私に渡せるので最も価値があるのはそれくらいですし、先輩のカードとも相性が良いかと」


 確かに、月の三女神をはじめ、ウチには夜のフィールドと相性の良いカードが多い。

 太陽神などの夜や月を封じる敵と戦うことになった際の備えとなり得るだろう。

 と、その時。


『マ、マスター、ちょっと、それ見せてもらって良い?』


 透明化して後ろに侍っていた鈴鹿が、微かに声を上ずらしつつ声を掛けてきた。

 なんだ? いや、まさか……!

 内心で興奮しつつ、俺は姿を現した鈴鹿へと天岩戸の注連縄のカードを渡した。

 突然姿を現した鈴鹿を不思議そうに見やるアンナと織部を他所に、鈴鹿は何かを確かめるようにじっとカードを見つめ……。


『うん、やっぱり間違いない。これ、私のキーアイテムの一つだと思う』

「マジかよ!?」


 俺は思わず、そう声に出して叫んでしまった。


「えっ!? なに? なんですか?」「まさか……?」


 突然、大声を上げた俺に二人はビックリしたように目を見開いた後、すぐに状況を察したのか一転して鋭い視線を向けてきた。

 そんな彼女たちに、俺はコクリと頷き返す。


「ああ。鈴鹿が天岩戸の注連縄に反応した。……キーアイテムだ」

「天岩戸の注連縄に! ってことは……!?」「まさか、天照大神……!?」


 天岩戸の注連縄と関連のある瀬織津姫の霊格再帰先など一つしかない。

 この日本における最高位の神、天照大神。それしかなかった。

 確かに、瀬織津姫は、天照大神の荒御魂——撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめ)とされることもある。

 それを考えれば、霊格再帰の可能性はあったが……まさか茨木童子と鈴鹿御前だけでなく、天照大神もとは……!


「霊格再帰とはいえ天照大神になれるとか、もう最強じゃないッスか!」

「ああ……! うまく行けば、星母の会にも抵抗できるようになるかもしれん!」


 天照大神のカード化例は、海外にすらない。それはつまり、ネイティブではない海外でも天照大神はAランクの格を有するということ。

 本場であるこの日本でなら、その各は間違いなくAランク上位! 場合によってはAランク最上位もあり得る!

 そのクラスの戦力ともなれば、星母の会も多くは抱えていまい。

 こちらに一枚でもそのクラスのカードがあれば、抑止力として十分だ!


「しかし、天照大神ともなれば、そのキーアイテムを揃えるのも大変そうだな」


 キャッキャと盛り上がっていた俺たちだったが、ふと思い出したような織部のその一言で、ハッと我に返った。

 確かに、Aランク最下位の茨木童子で『髭切』と『茨木童子の腕』の二つ、下位か中位と目される鈴鹿御前で三つ以上……。

 Aランク上位か最上位だろう天照大神ともなれば、四つか五つのキーアイテムを求められても不思議ではない。

 今だ鈴鹿御前のキーアイテムすら集まってない俺に果たして集められるか……。


「……まぁ、あまり期待しすぎず、揃ったらラッキーぐらいの気持ちでキーアイテムを探してみましょう」

「ああ」


 さて、思わぬ出来事で時間が取られてしまったが、そろそろ行くとするか。

 イライザに合図を出すと、彼女が笛を奏で始めた。

 笛の音色が流れる中、二人へと言う。


「それじゃあ、後は任せた。……ああ、一応言って置くが、カードキーを手に入れたからって、この立川の迷宮を消すのは止めてくれよ」


 俺がいない間に、爆速で時間が経っていても困るし、カードキーや迷宮消滅のことについてギルドや学校の避難民たちたちから聞かれると困るだろうからな。

 

「言われずともわかってますって」


 そんなこと百も承知とばかりに苦笑するアンナに、俺も「だよな」と苦笑を返すと、改めて出発を告げる。


「じゃあ、行くわ。何かあったら即連絡をくれ」

「ええ、先輩もくれぐれもお気を付けて」

「ああ」


 心配そうなアンナと織部に見送られながら、俺は星母の会のシェルターへと転移した。








【Tips】国ごとの同名種族のキーアイテムの違い

 カードの種族は、同名種族であっても別種と考えられている。

 これは、種族名が同じであっても戦闘力やスキルが異なること、他国のカードでは蘇生に使えないためである。

 一方で、迷宮から現れる魔道具のランクと能力は、カードと違って全世界同一である。

 ここで疑問にあがるのが、「ネイティブカードと他国で大きくランクが異なるカードのキーアイテムはどうなるのか?」である。

 母国ではAランクでも、他国ではBランクのカードは珍しくない。

 たとえば鈴鹿御前などは母国である日本においてはAランクであるが、他国においてはCランクか、良くてBランクである。

 CランクやBランクへの霊格再帰に、母国である日本の鈴鹿御前と同じキーアイテムが必要となるのは割に合わない。

 そのためか、他国の『スズカゴゼン』の場合は、日本の鈴鹿御前と違い三明の剣のどれかのみが必要となることが多い。

 一部の学者たちは、これを迷宮による一種の救済措置と考えている。

 

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