第8話 知人



 


 ――――階段を下ると、そこは地獄だった。


 草木一本も生えていない荒野に、無数の牛や馬の頭を持った鬼たち――獄卒がひしめき、罪人らしき人間の影を思い思いの方法で拷問している。

 罪人の影たちは自分たち同士でも戦い殺し合い、死んですぐに蘇っては再び戦い続けている。

 仏教の地獄における等活地獄、いたずらに命を奪う者たちが落ちるという地獄が、そこにはあった。

 俺たちがそこに足を踏み入れるとすぐに侵入者の存在に気付いた獄卒が、俺たちを取り囲む。

 ここも外の領域同様にモンスターたちの試練としての枷は解かれているはずだが、極卒たちは言葉を交わすこともなく問答無用で襲い掛かってきた。

 これまでにいくつかの門を通って来た経験から、穏健な者は穏健な門番の領域へ、攻撃的な者は攻撃的な門番の領域へ集まる傾向があり、鬼という種族が概ね攻撃的な者ばかりなことを知っていた俺は、動揺することなくそれを迎え撃った。

 イライザと鈴鹿のガード役が前に出て、その後ろでヘカテーへと霊格再帰したメアと『破壊と殺戮と勝利の加護』を発動したドレスが眷属召喚を開始する。

 メアによって召喚されたラミアーがモルモーを召喚し、そのモルモーがエンプーサを召喚することによって爆発的にその数が膨れ上がっていく。

 あっという間に数の差は逆転し、さらにそのすべてにドレスの装備化が掛かることにより質と量ともに敵を圧倒する。

 眷属たちが地獄の獄卒たちを掃討していく中、俺たちは悠々と門番の元へと進む。

 やがて門の前へとたどり着いた俺たちを、一組の男女が出迎えた。

 戦装束を身に纏った恐ろしい顔つきの偉丈夫と、美しくも濃厚な血の匂いを漂わせる鬼女――――羅刹と羅刹女の夫婦だ。

 迷宮の主として二体一対型の敵が出るように、門番も一枠で複数体いることもあるのだな……と一人納得していると、羅刹がこちらを険しく睨みながら口を開いた。


「随分と好き勝手してくれているようだな、人間よ」

「……襲い掛かってきたから迎え撃っただけだ」

「ハッ! なんとも、羅刹よりも羅刹らしい人間だな!」


 俺の答えに羅刹たちは殺気立ちつつも、愉快そうに笑う。


「ちょうど敵らしい敵もおらず、暇を持て余していたところよ! 敵として不足なし! いざ尋常に……勝負!」


 そう言い放つと、羅刹たちはエンプーサら眷属を蹴散らしながら猛然と向かってくる。

 羅刹たちの戦闘力は、1800と1700。対するエンプーサらは『破壊と殺戮と勝利の加護』により戦闘力が3000を超えているにもかかわらず、まるで太刀打ちできていない。

 門番の補正と、羅刹たちの持つ狂化のスキル、そして何よりもその戦いの技術とセンスによって力の差は埋められ、逆転されているようであった。

 ならば、と俺は蓮華へと合図を出す。

 俺の無言のシグナルに蓮華は頷き、その身を鬼子母神へと変えた。


「その姿はッ!?」


 自らの母の姿を見た羅刹たちが、大きく目を見開く。

 さらに空間に無数に生まれた口によりエンプーサらが捕食されるのを見て、その表情が激しく歪む。

 オリジナルと同等の自我と技量を持つ最高位眷属体の羅刹の軍勢により、門番たちは一転して劣勢へと追い込まれていく。

 それでもなんとか一組の眷属羅刹を屠ったところで、その傷が己に返され、門番らは地に跪いた。


「ク、ハハ……! さすがに多勢に無勢であったか。だが、ただでは死なん! 我らをこのような数打ち物と一緒にしてくれるなよ!」

『ッ! アテナ!』


 その台詞に嫌な予感を覚えた俺は、ここまで温存していた万が一のための切り札を躊躇なく切った。

 俺たちの身体をアイギスの光が包むのと同時、門番たちが自らの胸に刃を突き立て、衝撃波が領域全体を突き抜ける。

 俺たちから離れた、アイギスの効果範囲から漏れた眷属体の羅刹たちが、一斉に身体を切り刻まれ消滅していく。

 これは……羅刹どもの『死なば諸共』か? 本来は単体が対象のはずのそれが、真スキルと化したことにより、全体対象となった……のか?

 それを理解して、俺の額を一筋の冷や汗が垂れた。


「危な、かった……」


 アイギスがなければ、最悪この一撃で全滅……とまではいかなかっただろうが、誰かがロストしていたかもしれない。

 やはり、真スキルの有り無しで、同じ種族でもまるで別物か……。


「マスター、羅刹たちの戦利品を回収してきました」

「ああ、ありがとう」


 俺が改めて真スキルのヤバさに肝を冷やしていると、イライザらが戦利品を搔き集めてきてくれた。

 領域のモンスターはカードを落とさない代わりに、魔石とレアドロップを確定で落とし、門番はそれに加えて自身と同じランクの白い魔石と、そして金色のガッカリ箱が出現する。

 迷宮の踏破報酬としてお馴染みの白い魔石は、同サイズの魔石の十倍のエネルギーを秘めており、また一部のスキルの触媒や、人工魔道具の作成には欠かせない材料となる。

 領域のモンスターが落とすレアドロップの中には、白いカードの魔道具などもあり、リスクを冒してでも戦うだけのリターンはあった。

 さて、ドロップアイテムの整理は後でゆっくりするとして……。


「まずは、先へ進むか」


 俺たちは、次の領域へと進むべく、門を通るのだった。



 ――――アンゴルモアが始まって、はや十三日目。


 この十日間で俺たちは、この羅刹の領域を含む30個の門を越えてきた。

 そのうちCランク領域は21、Bランク領域は9で、24の領域は交渉で通れたが、残る6つは戦いとなってしまった。

 戦いとなったのは、ほぼBランクの門番であり、Cランクの門番はほぼすべて交渉で通ることが出来た。例外は、カムイコタンとヴァンパイア、それともう一つだけだ。

 そのもう一つは、ここと同じ鬼種の領域で、最初から交渉の余地なく襲い掛かってきた。

 どうやら門番の種族によっては、戦いを免れないこともあるようであった。

 門番との戦い以外にも地上のBランクモンスターの間引き等も行いながら進んだため、大分戦利品も溜まって来た。

 以下が、この数日で俺が手に入れた戦利品となる。




 ■カードのドロップ

 ・Dランクカード合計1990枚(その内、人気・生産カード1360枚)

 ヘドンホールハウス:イギリスのヘドンホールにあるシルキーが住むと言われている家。マヨヒガと同等の広さと食料生産能力を持ち、食事もそこそこ美味しくて、核となるシルキーが色々とお世話してくれると、Dランクの異空間型カードの中では最も人気が高く、アンゴルモア前は予言の発表前から常に品切れ状態だった。

 ウィンチェスターハウス(2)


 ・Cランクカード合計122枚。

 一本ダタラ:単眼一本足の妖怪。鍛冶師の妖怪であり、鍛冶神である天目一箇神が零落した姿とも考えられている。鍛冶の能力に優れ、日本版ドワーフとも。→愛へ。


 チロンヌプカムイ:アイヌの狐の神。山の上から大声で吠えることで災厄が迫ってくることを伝えてくれるという逸話を持ち、気配察知や危険察知等を内包した複合的な察知スキルを持つ。優秀な斥候役として人気が高い。→愛へ。


 ベンニーア:バンシーの亜種。呪い型の装備化スキルを持つ。呪い型は、他の装備化スキルよりも強化率がワンランク上な代わりに何らかのデメリットを併せ持つ。→愛へ。


 シーオーク:名前にオークが入っているが、姿は人間と変わらない美しい妖精。ケルト版のエルフとも。異空間移動スキルを持つ。なぜかオークからランクアップできるため、オークに愛着を持ってしまったマスターの中には、このカードの入手を目標としている者も多い。→愛へ。


 グリフォン:ドラゴンと並ぶファンタジーの代表格。Dランクのヒッポグリフの無限眷属召喚スキルを持つ。→愛へ。


 レプラコーン:靴職人の妖精。Cランク以下では貴重な宝探しのスキルを持つ。俺が昇格試験で離脱中、アンナはこのカードでカーバンクル探しをしていた。→愛へ。


 猫又屋敷:マヨヒガ級の規模と快適さ、Dランクの猫又の無限眷属召喚による防衛能力を兼ね揃えたCランクでトップクラスの異空間型カード。アンゴルモア前は欲しくとも市場に出回らず、ついぞ手に入れられなかった。→愛のマヨヒガとチェンジ。


 鈴彦姫:鈴の付喪神とされる妖怪。大きな鈴の髪飾りをつけた美女。天照大神を天岩戸から出す時に活躍した女神アメノウズメが原型と思われ、異空間系スキルの隔離状態を強制的に解除するスキルを持つ。通常の付喪神と異なりアイテムを取り込むことはできないが、物品憑依型とも同時装備可能。→俺がキープ。


 カルキノス:巨大な蟹。友達のヒュドラを助けるためにヘラクレスに挑みかかったが、あっけなく踏みつぶされたという悲しい逸話を持つ。その友情に免じてかヘラによって蟹座に召し上げられた。死後出世するタイプのフレンズ。味方一枚のロストを肩代わりする特異なスキルを持つ。→俺がキープ。


 サッパン・スックーン:南米の子守り妖怪。農村の母親達が畑仕事をしている時に現れ、子供に母乳を飲ませてくれたり遊び相手をしてくれるという。特筆すべきはその容姿であり、小麦色の肌と雪のように白い手のひら、長い髪と魅力的な大きな瞳を持つ美人であり『とんでもない爆乳の持ち主』とされる。名前の由来もこの爆乳が打ち合った際に「サッパン……スックーン……」という音がするからというものであり、逸話からしてとにかく胸の大きさが強調されている。しかも、なぜか常に一糸まとわぬ全裸という、スケベな男が酔って考えたとしか思えない妖怪。時として、巨大な姿で現れ、そのおっぱいで男どもを捕まえてどこかへ連れ去ってしまうという。イナゴマメの木の化身としての一面も持ち、彼女へと捧げる祭りがあることから下位の地母神か、それが零落した妖怪と考えられる。全裸でおっぱいを揺らして歩いているのを見つけて、ガーネットを一つ使って確定ドロップした。→俺がキープ。


 マヨヒガ:偶然見つけたため、ガーネットを消費してゲット。→俺がキープ。

 アラクネー(8):運よく群れを見つけたため、ガーネットを一つ消費してドロップ率を三倍にして狩った。→俺がキープ。

 デュラハン(3):すべて愛へ。


 他100枚:すべて愛へ。



 ・Bランクカード合計1枚

 デルピュネー:ギリシャ神話最強の怪物・テューポーンと怪物たちの母・エキドナの子。テューポーンとの戦いに敗れ奪われたゼウスの手足の腱の番人。アポロンに倒された怪物ピュートーンと同一視されており、半人半竜の美女形態と巨大な蛇竜形態の二つを持つ。ガーネット14個で幸運操作し、ドロップ。



 ■アイテムのドロップ合計923個(レアドロップのみ)


 ・Bランクのレアドロップ(12)

 ケイローンの首飾り:ケイローンからのドロップ。カードに教導スキルを付与し、スキルの習得率が上昇する。人間が身に着けても多少は効果があり、物覚えが良くなる。

 ヒュドラの毒:ヒュドラからのドロップ。使用することで対象に猛毒と再生阻害の状態異常。汎用スキルでの解毒は難しい。10回は使用可能。

 アリアドネーの糸:ミノタウロスからのドロップ。安全地帯で使用することで、迷宮の入り口へと転移できる。何度使っても無くならない。

 魔人のランプ:ジンからのドロップ。こすると三回だけジン(女の場合はジーニー)が現れて戦ってくれる。

 トートの書:エジプトのトート神によって書かれた魔導書。カードに高等魔法使いスキルと死体の状態を保つ魔法を与える。後者の魔法の使いどころはイマイチ不明。


 不死鳥の尾羽(2):フェニックスからのドロップ。ソウルカードを一度だけロストから復活させてくれる。ガーネットを二つ消費し、確定レアドロップ。

 黄金のリンゴ(真):イズンからのドロップ。食した者に永遠の命を与えるとされる黄金のリンゴ。食えば十年間歳を取らない。分割して食うことで効果の分散も可能。効果中は浦島太郎の老化効果も無効化できるため、この手のアイテムとしては珍しく富豪よりも冒険者からの需要が高い。ガーネットを一つ消費し、確定レアドロップ。

 ネクタル:ディオニュソスからのドロップ。飲むものを不死にするとされるギリシャ神話の神酒。この世にこれ以上の美酒は存在しないと言われる。飲んだ者を一歳若返らせ、また一年間歳を取らなくする。盃一杯分飲み干さなければ効果はでない。ガーネットを一つ消費し、確定レアドロップ。


 グラム:ファフニール(門番)からのドロップ。竜属性への特効を持ち、たとえ折れても鍛冶技能持ちに打ち直させることで修理可能な珍しいタイプの魔道具。カードで言えば戦闘力500相当。

 アムブロシア(真):ラドン(門番)からのドロップ。食した者に永遠の命を与えるとされる黄金のリンゴ。北欧神話由来の黄金のリンゴと区別するため、こちらをアムブロシアと呼称する。効果は、イズンの黄金のリンゴ(真)と同じ。

 羅刹刀:羅刹・羅刹女(門番)からのドロップ。羅刹はこの剣で煩悩を断つといわれ、魅了等の状態異常を完全に遮断し、また狂化中であっても理性を保つことができる。カードで言えば戦闘力500相当。



 ・Cランクのレアドロップ(887)+Bランクのノーマルドロップ(24)


 白紙のカードの束(15)

 宝籤(30)

 宝箱(34)

 魔石袋(24)

 カードホルダー(22)

 遭難のマジックカード(41)

 他色々(745)



 ■カーバンクルのドロップ

 ガーネット合計217個(内、21個使用):Dランクのシークレットダンジョンがある地域の発見により、ガーネットを一日20個程度安定して手に入れられるように。


 ■金色のガッカリ箱(220)


 白紙のカードの束(3)

 スキルオーブ(4):自己再生(ドレスへ使用)。残り三つは、マイナススキルの気配がしたため放置。

 宝籤のカード(4)

 宝箱(8)


 肉人:人間大の人型の肉。カードが食べることで怪力スキルを得る。ドレスが使用。

 変若水:若返りの水。一つにつき、一歳若返る。回復効果の無いアムリタ。


 真実の口:これに手を入れた状態で嘘を吐くと腕を嚙みちぎられるという拷問染みた虚偽察知の魔道具。ローマにある真実の口がモデルと思われる。

 トロイの木馬:超巨大な木馬。使用することで異空間型スキルへと侵入できる。

 魔法のチェス盤:金の盤と水晶と銀製の駒からなる豪華なチェス盤。自動で駒が動く。ブリテン島の十三の宝の一つ。

 魔法の鍋と皿:好きなご馳走を出せる魔法の鍋と皿(一日三回まで)。ブリテン島の十三の宝の一つ。

 魔法の角笛:好きな飲み物が出せる魔法の角笛。ブリテン島の十三の宝の一つ。


 天女の羽衣:天女の力の源。カードに装備させることで飛行能力を与える。女性専用装備。

 無銘の名刀:特殊効果無し。カードで言えば戦闘力100相当。

 無銘の名剣(2)

 無銘の名槍(2)

 無銘の名弓


 緊急避難のマジックカード(3)

 遭難のカード(3)

 その他・ハズレ(181)




 この中で特筆すべきは、デルピュネーのドロップについてだろうか。 

 デルピュネーは、知名度は低いもののヒュドラやキマイラと同じれっきとしたテューポーンとエキドナの子供であり、強力なドラゴンである。

 アポロンに殺されたピュートーンとも同一視され、人型の美女形態、半人半竜のデルピュネー形態、巨大な蛇竜のピュートーン形態の三つの形態を持つ。

 美女形態では戦闘能力をほとんど持たない代わりに予言の力と巫女スキルを持ち、デルピュネー形態では『財宝の護り手』として防衛に特化したスキルを、ピュートーン形態では巨神化スキルを内包しウチの学校の校舎ぐらいならグルリと一巻きにできるほどの巨体を誇る。

 三つのモードを切り替えることで様々な局面に対応できる多彩な能力を持ったカードである。


 このデルピュネーであるが、当初はドロップするつもりではなかった。

 Bランクは他にもイズンなどの有用な種族とも遭遇しており、これらのカードも幸運操作でドロップするか非常に迷ったのだが、結局はガーネットの温存を選んだ。 

 ハーメルンの笛吹き男との戦いでは、あの場でセレーネーが引けなかった場合、眷属召喚を封じることができず、そのまま詰みかねなかった。

 ガーネットは、もしもまた同じように対抗策が無い相手と遭遇した際の保険だ。

 たとえBランクと言えど、どうしても欲しいカードでもない限り、ガーネットの消費は極力温存すべきだ、と考えたのだ。

 その考えが変わった理由は、マイラにある。

 このデルピュネー、実はヴィーヴィルのランクアップ先なのだ。


 多彩な変身能力が売りのマイラであるが、メンバーのほとんどがBかC+となったことで、さすがにランクの低さが目立つようになってきた。

 戦闘力の方は、ケルトの三女神による装備化スキルがあるとしても、スキルの方も出力不足となってきたのだ。

 かといってヴィーヴィルにランクアップしたところで、変身能力を失い逆にマイナスである。

 が、ヴィーヴィルのさらに先のカードを手に入れたのならば話は別である。

 Bランクならば、五種の変身先を失ったところで十分おつりがくる。

 そう考えて以前アンナから買い取ったヴィーヴィルへと変身させたところ―――。



【種族】ヴィーヴィル(マイラ)

【戦闘力】1250(MAX!)(初期戦闘力400+成長分400+霊格再帰分100+霊格強化分250+ヴィーヴィルダイヤ分100)

【先天技能】

 ・宝竜玉

 ・宝竜鱗

 ・宝竜息

 ・破鏡再び照らさず:メイド、中級収納スキルを内包。


【後天技能】

 ・霊格再帰→零落せし存在→霊格再帰(CHANGE!):ヒュドラ(850)。数値は、初期戦闘力。

 ・霊格強化

 ・滅私奉公 

 ・中等魔法使い

 ・戦略(CHANGE!)

 ・ヴィーヴィルの瞳

 ・耐性貫通

 ・魔力消費軽減

 ・中等補助魔法(ヴィーヴィル所持)→高等補助魔法(CHANGE!)

 ・中等状態異常魔法(ヴィーヴィル所持)→高等状態異常魔法(CHANGE!)

 ・忠誠(NEW)



 無事に零落スキルを引き継げ、さらに手持ちのドロップアイテムからそれらしいアイテムを片っ端から見せてみたところ、ヒュドラへの霊格再帰にも成功した。

 零落スキルの引継ぎを期待していなかったと言えばウソとなるが、まさか本当に零落スキルを引き継いで、さらにそのまま霊格再帰先も見つかるとは、嬉しい誤算だった。

 本来は、このままデルピュネーにランクアップさせる予定だったが、霊格再帰持ちとなれば話が変わってくる。

 またも多重霊格再帰持ちの可能性もあるため、しばらくヴィーヴィルのまま他のキーアイテムがないか探っていくつもりだ。

 なお、こちらがヒュドラに霊格再帰した際のステータスとなる。



【種族】ヒュドラ(マイラ)

【戦闘力】1700(初期戦闘力850+成長分400+霊格再帰分100+霊格強化分250+ヴィーヴィルダイヤ分100)

【先天技能】

 ・不死の九頭竜:不死の怪物たるヒュドラの所以。不死身とも言える生命力を持ち、頭を切り落とされようと傷口を焼かない限りその頭は瞬く間に再生され、逆に増え続ける(最大百)。毒竜玉、毒竜鱗、毒竜息、多頭龍を内包する。

(多頭龍:複数の頭を持つドラゴン。すべての頭が別々に思考・行動が可能で、同時にブレスや魔法の発動が可能)

 ・ヒュドラの毒:息を吸っただけで死に至り、そこにいるだけで周囲を毒の地へと変える猛毒。耐性を無視し、高等回復魔法でも解毒困難な猛毒と再生阻害の呪いを与える。ギリシャ系の種族に対し特効。高等状態異常魔法を内包する。

 ・海蛇座の加護:海蛇座の加護により弱点を突かれない限り不死の力を持つ。中央の頭を不死とする。不死、生命の泉を内包する。中央以外のすべての頭を潰すことで解除。

 ・高等攻撃魔法


【後天技能】

 ・霊格再帰

 ・霊格強化

 ・滅私奉公 

 ・中等魔法使い→高等魔法使い(CHANGE!)

 ・メイド

 ・戦略

 ・ヴィーヴィルの瞳

 ・耐性貫通

 ・魔力消費軽減

 ・忠誠


 ヒュドラの売りは、なんといってもその不死身っぷりと、毒のスキルである。

 さすがにアムリタの雨のようなBランククラスのスキルともなると解毒されてしまうが、ヒュドラの毒は特に使用回数も無い。

 息や鱗に触れただけで毒に侵されるため、ほとんどパッシブのようなものだ。

 状態異常を完全に防ぐようなスキルでもない限り、治しても治しても鼬ごっことなるだろう。

 この手のタイプは、とっとと倒して落ち着いてから解毒するのがセオリーとなるが、ヒュドラのもう一つの売りは、その生命力である。

 汎用スキルでは解除不能な猛毒でじわじわと敵の命を削りつつ、頭をすべて潰されない限り死なない不死性で粘るのが、ヒュドラの基本戦術だった。

 内包する竜玉等のドラゴン系スキルがCランククラスと、Bランクのドラゴンにしては低いのだけがネックではあるが、多頭龍スキルにより手数や最大火力も申し分ない。

 デルピュネーにランクアップせずとも、十分に活躍してくれることだろう。



 全体的に順調に進んでいる旅路ではあるが、問題もあった。

 先へ進むうちに保護した人が、俺の持つ異空間型カードで養える数を超えてきたのだ。

 新たに訪れた地域で俺は、助けられそうな人はできる限り助け、同行を希望する人はすべて連れてきていた。

 うちのカードの力を見た人々はもれなく同行を希望してきたため、その数はどんどん膨れ上がっていき、今では五百人を超えていた。

 現在俺が持つ異空間型カードは以下の通り。


 マヨヒガ(3):生産可能食料50~100人分。結構美味しい(ミシュラン一つ星クラス)。

 ・猫又屋敷(1):生産可能食料50~100人分。結構美味しい(ミシュラン一つ星クラス)。

 ・ウィンチェスターハウス(2):生産可能食料100~200人分。あまり美味しくない。

 ・ヘドンホールハウス(1):生産可能食料50~100人分。まあまあ美味しい(街の洋食屋クラス)。


 デフォルトでの収容人数は450人ほどで、この内ウィンチェスターハウスは居住には適さず、諸事情により別の用途に使っているため、実際は250人となる。

 すでにデフォルト状態での収容人数を大幅にオーバーしており、現在は魔石を使用してのブーストや、アルテミス等のスキルで生み出した食材を消費することでリソースを節約してなんとか養っている状態だった。

 食材を用意できるならそれを使って料理を出してもリソースはほとんど使わないため、居住特化にすればもう少しは受け入れられるだろうが、根本的な解決になっていない。

 問題は、俺が無計画に人を受け入れすぎていることと、新しい異空間型カードが中々手に入らないこと……。

 前者は、助けを求める人を見捨てることが心情的に難しく。

 後者は、元々異空間型が希少なのと、せっかく異空間型を見つけてもほとんどが領域にいるせいでカード化できないのが要因だった。

 どうやら異空間型カードは領域へと行く習性があるらしく、俺が新たに手に入れた異空間型カードも、避難民たちから買い取ったモノや、迷宮から出てきたばかりと思われるものを偶然見つけた結果だった。

 Bランクの異空間型ならば逆に、乗っ取りを警戒した門番から出禁を喰らい地上を彷徨っている可能性も高かったが、そう都合よくBランクの異空間型が見つかるはずもなく……。

 この調子で無計画に助けを求める人を助けていては、いずれ破綻するだろうことは明白であった。

 アンゴルモア前に危惧していた、キャパシティー以上に人を助けたら共倒れするだろうという予測の通りになりつつあった。

 本当はどうすれば良いか、頭では理解している。

 心を鬼にして、これ以上の避難民の保護を断る。それしかない。

 だが、できれば、それはしたくない。

 本当に限界ならともかく、今はまだ、もう少しだけ受け入れることができる。

 それまでは、ギリギリまで受け入れて……。

 いや、それで限界間近にドカンと避難民を保護してしまえば、それこそ誰を受け入れて誰を受け入れないかという難しい選択を強いられることになる。

 やはり、今のうちに助ける人間と助けない人間を取捨選択していくべきだ。

 だが、明らかな悪人ならともかく、助けるべき人間と助けない人間をどう選ぶ……?


「一体、どうすれば……」


 マヨヒガの自室で一人頭を抱えていると――――。


「お兄ちゃん、ちょっと良い?」


 ノックの音と共に愛がそう声を掛けてきた。

 ドアを開けると、そこには愛とヴィクトリアちゃんが手をつないで立っていた。

 俺はそんな二人の姿を見て「すっかり仲良くなったな」とホッコリした気分となる。

 歳が近くビスクドールのように可愛らしいヴィクトリアちゃんを愛はたいそう気に入ったらしく、出会ってからまるで本当の姉のように甲斐甲斐しく面倒を見ていた。

 そんな愛にヴィクトリアちゃんも懐き、その仲の良さは愛にゾッコンのアテナが密かに嫉妬の炎を燃やすほどであった。


「どうした?」

「トラブル発生。ヴィクターさんがお兄ちゃんに来て欲しいって」

「またか……」


 俺は思わずため息を吐いた。

 これもまた、問題の一つだった。

 三十人の少人数だった頃はヴィクターさん一人のまとめ役でなんとかなっていたが、わずか数日で数百人に膨れ上がったことでそうもいかなくなっていた。

 細々としたもめ事は、自主解決として貰っているが、中には俺でなくては解決が難しいものもあった。


 持ち込んだ物資で商売をする奴。勝手に賭場を開く奴。女の子カードを使った売春や、カードや魔道具の詐欺や恐喝行為。

 詐欺や恐喝行為は論外として、商売やギャンブルについては勝手にすれば良いとも思うが、問題は俺の渡したカードを勝手に売り払う奴や、借金のカタに取り上げる奴がいることだった。

 俺が渡すカードは、あくまで安全のために貸してあるだけであり、決して避難民たちの物ではない。

 人の善意につけこんでナメたことをする奴らは、全員追放してやりたいところだが、それでは実質死刑と変わらぬと、ヴィクターさんにウィンチェスターハウスを預け、一先ず全員そちらに隔離とすることにした。

 無論、カードの再配布は無し。それで死んだとしても、もはや自業自得だ。

 売り払われたカードや借金のカタとなったカードも没収とし、買い主や胴元への補填も一切しなかった。それでもカードを買い取る奴やカードを借金のカタと認める奴は後を絶たず、ウィンチェスターハウスへの収容者は日に日に増加していき、すでに二十人を超えていた。

 ……正直、舐められているのを感じるが、やはり実質的な死刑である追放は難しい。それを見抜かれているのか、収容者が増え始めたのは、最初の違反者を追放処分ではなくウィンチェスターハウスに留めてからのことだった。

 多少おいたをしたところで、追い出されることまではなさそうだと、判断されてしまったのだろう。

 それでも、そうしたはみ出し者たちが、全体の5%以下なのは、外の状況を考えればまだマシな方なのかもしれなかった……。


 こうしたトラブルに追われる中で、ある程度ルールも形となり、俺の手が煩わされることも減っていったが、それでも俺の仕事がゼロになることはなかった。

 とりわけその中でも多いのが――――。


「またアナタですか……REINA(レイナ)さん」


 ――――彼女の起こす騒動だった。


 愛たちに呼ばれて玄関ホールに向かうと、ちょうどヴィクターさんがボディーアーマーを身に纏った十数名ほどの集団に囲まれているところだった。

 俺の声に、集団の先頭に立っていた二十代後半程の美女が振り返る。

 艶のある茶髪のロングヘアーに、ちょっとキツめの美しい顔立ちと、ボディーアーマー越しにもわかるグラマラスかつ良く鍛え挙げられた肉体。

 そこにいたのは、かつて俺とも戦ったことのあるプロ冒険者、元『美しすぎる格闘家』ことレイナだった。


「あっ、北川くん!」


 俺の姿に気付いたレイナは、掴んでいたヴィクターさんの胸ぐらを離すとにこやかに話しかけてきた。


「ちょうど良かった、このオッサンじゃ話にならなくてさあ。ね、明日の遠征には私らも連れてってよ」


 またそれか、と俺は何度目かのため息を吐いた。

 レイナの起こす騒動の内、何割かはこうして遠征の同行、あるいは外出の許可を求めてのモノだった。

 俺は、保護した避難民たちに対して外出を一切許可していない。

 勝手に出て行って行方不明になられてもいちいち探しになんて行ってられないし、それで見捨てられただのなんだと言われても面倒だからだ。

 遠征の同行も、足手纏いが増えるだけである。

 ただ、これは戦う力のない避難民のためのルールであり、それを仮にもプロ冒険者の彼女にも適用するのは杓子定規と思われるかもしれないが――――。


「ね、おねがーい。足手纏いにはならないからさ!」


 可愛らしく小首を傾げておねだりしてくるレイナに、俺は冷めた眼差しで言った。


「そうは言ってもレイナさん、アナタ今ろくな戦力がいないじゃないですか」

「うっ……!」


 俺が、プロの彼女にまで外出を禁止するのは、相応の理由があった。

 彼女は今、主力となるBランクカードとCランクカードのほとんどをロストしているのだ。

 俺が彼女を保護したのは、およそ六日前。一回目の安息日のことだ。

 俺はその日、Bランクモンスターが休眠期に入るこの安息日を利用して、Bランクの数が多いため後回しにしていた地域の捜索を行っていた。

 その地域は、カードギアの情報によればDランク以下の迷宮しかなく、本来ならば多くのBランクがいるはずのない土地であった。

 いるはずのない数の敵がいる……。その理由としては、大きく二つが考えられた。

 一つは、このアンゴルモアで運悪く新たにBランク迷宮が発生してしまったケース。もう一つが、迷宮の少ない土地に多くの人が移住してきた結果、それが逆にBランクモンスターを惹きつけてしまったケースだ。

 前者であれば、Aランクがいる可能性が高く生存者は絶望的だが、もし後者であれば、まだ奇跡的に生き残った人がいるかもしれない。

 そう考え索敵した結果、Aランクモンスターの存在は確認できず、BランクモンスターもBランク迷宮があるにしては少なすぎたため、俺は後者と判断し、生存者の捜索に向かった。

 そうして出会ったのが、Bランクモンスターとの戦闘で手持ちのほとんどを失ったレイナと彼女率いるチームメンバーたちだったというわけだ。


「い、一応控えのCランクなら何枚か持ってるし……」

「具体的には何枚なんですか?」

「……二枚」


 視線を逸らしポツリと言うレイナさんに、俺は憐みの眼差しを向けつつ言う。


「それじゃBランク相手じゃ戦力にならないってわかってるでしょう?」

「そ、それでもCランクとかの横入りくらいは防げるからさぁ」


 横入りの妨害ねぇ……。

 なぜ彼女がここまで遠征の同行を希望してくるのか。

 それは、戦利品の分け前が目的に他ならない。

 俺に最も危険なBランクの相手をさせている間に、その周囲のCランク、Dランクを倒してそのドロップを手に入れるのが目的なのだ。

 確かに、Bランクとの戦いのサポートとなればそれくらいの見返りはあっても良いが、それがサービスの押し売りとなれば話は異なる。

 戦闘中の横入りを防いでほしいのは、むしろ他のBランクであり、彼女にそれを防げるだけの戦力が無い以上、周囲に他の人間がいる方が煩わしいというのが本音だった。


「申し訳ないですが、連携の取れない人がいても邪魔なだけなんで」

「じゃ、じゃあせめて明日の外出だけでも認めてよ!」


 取り付く島もない俺の態度にレイナは、その矛先を変えてきた。


「そしたらここの皆のために色々と物資とか拾ってくるからさぁ。明日なら安息日で安全だし、良いでしょ?」

「む……」


 確かに、明日はDからBランクまでのモンスターが休眠期に入る安息日である。

 主力のほとんどを失っていると言ってもCランクカード持ちのプロならば、まず安全と言って良い。

 しかし、彼女にだけ例外を許すのは……。


「もし、私だけがってのが問題なら、明日は希望者全員に許可を出すってのはどう?」


 なに? とレイナを見ると彼女はどこか不敵な笑みを浮かべ、続ける。


「地上の建物はほとんど倒壊してるだろうけど、地下には結構物資とか残ってると思うんだよね。それらを全部ウチのチームだけで持ってなんか来れないだろうし、いっそここの避難民全員でやった方が効率的だと思うの」

「……………………」

「DランクカードがあればEランク以下のモンスターなんて安全って北川くんも知ってるでしょ? 万が一の時は、私が責任取って守るからさぁ」

「うーん……」

「ね、お願い。皆暇つぶしの道具も無くて暇してんだって」


 ふと周囲を見渡すと、俺たちのやり取りを遠巻きに見ていた他の避難民らが、こちらを期待の眼差しで見ていた。

 ……………………仕方ない、か。


「わかった、明日の安息日に限り希望者の外出を認める」


 俺がそう言うと同時、ワッと歓声が上がった。

 レイナ! レイナ! とコールが巻き起こる。

 プロ冒険者であり、美人なレイナの人気は、避難民の間でも高い。彼女もそれを分かった上で、振舞っている節があった。

 俺が苦笑していると、心配そうな顔のヴィクターさんが話しかけてきた。


「リーダー、良いのか?」

「ああ、さすがに皆も限界っぽかったしな」


 ここに娯楽が少なすぎることは、俺も気付いていた。

 ギャンブルで身を持ち崩す者や、俺が渡したカードを売るほど『大人のサービス』に通い詰める奴が多すぎるのが、その証拠だ。

 危機的状況で、少しでも力が欲しいというのもあるのだろうが、他にやることがないため、わかりやすい刺激を求めてしまうのだろう。

 俺が他の娯楽を用意してやろうにも、ヘルメスの取引ではどうしても生活雑貨を優先せざるを得ないため、どこかのタイミングで外から物資を漁ってくる必要があるとは思っていた。

 明日の安息日が、その絶好のチャンスなのは確かだった。


 その後、俺たちは物資回収について細かいことを打ち合わせると、物資回収の希望者を募った。

 まず、物資に関しては原則こちらですべて回収とする。避難民の中には外が恐ろしくて物資回収に行きたくても行けない者も当然おり、その者らにも物資を行きわたらせるためである。

 ただそれだと物資回収に行く者のメリットがないため、一定量の物資を回収した者にはDランクカードを新たに一枚貸し出すことにし、そのカードは回収した物資が上位の者から選べるようにした。

 その際、選べるDランクカードの中にはエンプーサなどの女の子カードや、リビングアーマーなどの人気カードをある程度含めた。

 これならば皆張り切って回収するだろうし、一定量を集めた後は懐に入れる者も減るだろう。

 最後に、外での物資回収はすべて自己責任とし、俺は一切の責任を取らないことを明言した。

 露骨な責任逃れではあったが、反発らしい反発もなく、避難民の大半が物資回収に応募してきた。

 それは俺の提示した報酬が魅力的だからというのもあったが、それ以上にみんな暇を持て余しており、これを一種のイベントと考えている者が多いようであった。

 それでも完全に自分たちだけとなれば不安にも思っただろうが、プロ冒険者であるレイナが護衛につくことが彼らに安心感を与えたようであった。

 そうして、希望者の班割りなどをするうちに慌ただしく時は過ぎ、翌日を迎えた。 


「……………………」


 イライザの転移で一足先に新たな地域へと足を踏み入れた俺は、周囲を見渡した。

 階段の先は、ごく普通の住宅地だった。

 一軒一軒が庭付きで、家と家の間隔が広く、全体的にひと昔前のデザインの家が多く、都心よりも田舎的な雰囲気を感じる。

 遠くには雄大な富士山が望め、海が近いのか微かに潮の香りがするような気がした。

 だが、なによりも重要なのは、そういった雰囲気がわかるほどに原形を留めた家々が多いこと。

 昨日、転移のためにチラッと覗いた時も思ったが、これまでに見てきた地域とは街並みがハッキリと異なる。

 Cランク迷宮が一つでもあれば、街並みは破壊しつくされてしまうはずなので、もしかしたらこの地域は低ランク迷宮しかない可能性が高い。

 だとすれば、この地域はかなり多くの人が生き残っているかも……。


「どうしたの? Bランクの間引きには行かないの?」

「ちょっと待った」


 俺の後に現れたレイナがそう言うが、俺は片手で制止した。

 もしここの生存者が多いとすれば、このまま物資回収を開始した場合、面倒な事態になる可能性がある。

 まず、軽く周囲を調べて……。


「ッ!? 誰だ、お前ら!?」


 俺がユウキたちを斥候に出そうとしたその時、荒々しい誰何の声が俺たちへと掛けられた。

 見れば、そこには低ランクのカードを引き連れ、ヘルメットやバットといったモノで武装した男たちがいた。

 

「お前ら、ここらのモンじゃねぇな……ソロモン派のモンか!?」


 バットを握りしめ、あからさまに敵対的な雰囲気の彼らに、俺はレイナと顔を見合わせると彼らへと答えた。


「俺たちはこの階段の先、別の地域からやって来た者です! 貴方たちはここの地元住民ですか!?」

「お前ら、その開かない扉からやってきたのか!? 一体どうやって!?」


 俺が、空間の隔離と階段の関係や、門番と領域についてなど軽く説明すると、彼らは困惑したように顔を見合わせあった。


「ど、どうする?」「とりあえず、俺らに判断できる話じゃねーだろ。……なんか強そうだし」「だな、リーダーにぶん投げちまおう」「つか、あれREINAじゃね?」「誰それ、REIKAのパチモン?」「そんな感じ」


 相談が終わったのか、彼らの一人が、最初の頃の威勢の良さはどこへやら、どこか低姿勢に話しかけてきた。


「あの~、すいません、とりあえずにウチのリーダーに会ってもらって良いですかね?」

「わかりました。すいません、レイナさん、ちょっとここで待っててください」

「え、ええ……わかったわ」


 彼らの後半の声が聞こえたか顔が引き攣っているレイナに、避難民らを任せ、俺は彼らについて行くことにした。

 道中、彼らに問いかける。


「すいません、ここはどこなんですか?」

「え? ここは、仮空野(かくうの)市の小良ヶ島(おらがしま)だに」

「……それって何県ですか?」

「静岡県だけど……オタクら、本当にどこから来たの?」


 そんな会話をしながらついていくこと十数分。

 案内されたのは、長い坂道の上にある小さな村役場らしき建物だった。

 完全に原形を保っている建物のロビーに入ると、そこにはボディーアーマーを身に纏った冒険者らしき青年が、数人の人と話し合っていた。

 その見覚えのある姿に、俺は思わず彼の名を呼んでいた。


「え? ユージンさん?」

「え? ……誰?」


 そこにいたのは、名前の思い出せないあの人こと、佐藤ユージンだった。








【Tips】安息日

 アンゴルモア中のモンスターは、常に活動し続ける迷宮内と違い、積極的に暴れまわる活動期と、あまり動かずエネルギーを蓄える休眠期を繰り返す。

 このモンスターの休眠期を安息日と呼び、すべてのモンスターの安息日が重なる日を『完全休息日』と呼ぶ。

 そのサイクルはランクごとに異なり、以下の通りとなる。


『Fランクモンスターは、27日動き1日休む』

『Eランクモンスターは、26日動き2日休む』

『Ⅾランクモンスターは、13日動き1日休む』

『Cランクモンスターは、12日動き2日休む』

『Bランクモンスターは、6日動き1日休む』


 なお、この安息日は、モンスターが迷宮から出てきたタイミングによって多少のズレが出てくるため完全にあてになるわけではないため、あくまで目安となる。




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