第9話 対立


「え!? お前、北川なの!?」


 それが、俺が北川歌麿であると名乗った際のユージンの第一声だった。


「あっ! 良く見たら格好は変わってるけど連れてるカードが北川のだ! ど、どうしてそんな姿に……」

「まぁ、色々あったんですよ……」


 そう前置きし、俺が浦島太郎との遭遇の件を語ると、ユージンは同情と感嘆混じりの息を吐いた。


「そうか……浦島太郎ね。そりゃ大変だったなと言えばよいのか、良く倒せたなと感心すりゃ良いのか……」

「ユージンさんは、どうしてここに?」

「ああ、俺はここが地元なんだよ。予言が発表されて、故郷に戻って来たってわけ。つか、お前こそどうやってここに? 確か八王子が地元だったら?」


 だったら? と首を傾げつつ、俺は空間の隔離と階段について説明した。


「そうか……階段の先はそんなことになってたのか。こっちは触らぬ神に祟りなしって近づかないようにしてからな」


 難しい顔で腕を組むユージンに、俺はここに来てから一番気になっていたことを問いかけた。


「ところで、ここはずいぶん被害が少ないみたいですけど……」

「他がどうなってるのか知らないけど、ここの被害が少ないとしたら単純に迷宮の数が少ないからだろうな」


 ユージン曰く、ここら一帯にはDランク以下の迷宮しか存在せず、特にこの島には人口が一万人程度で人もあまりいなかったことから元々Dランクが一つとEランク以下の迷宮が数個しかなかったのだという。

 ユージンは、アンゴルモアが始まると、予め最下層まで攻略していた島内迷宮をすべて転移のカードを使って速攻で踏破して沈静化。Dランクカードを配布した島民による自警団を組織して迷宮を封鎖すると、その後は本島から飛んでくるモンスターから島を防衛していたのだという。


「本島からCランクが何体か飛んできたけど、幸いBランクまではこなかったし、防衛はなんとかなったんだが……このアンゴルモアで新しくDランク迷宮がいくつかできちまってな。その特定と沈静化に時間がかかって、結局かなりの被害が出ちまった」


 迷宮は独特の波動を放出するため、平時であればすぐにその位置を特定できるのだが、アンゴルモアではそれが地上全体へと拡散されるため特定には千里眼の魔法等を用いる必要がある。

 それに時間がかかったということは、ユージンには千里眼の魔法が使えるカードがなかったのだろう。


「空間の隔離後は、モンスターも来なくなったし、今は新しく出来た迷宮を封鎖しつつ、島内のモンスターを少しずつ駆除しているところだ」

「なるほど……」


 およそ、理想的な展開である。

 自衛隊とギルドによるフェイズ1スタートからのアンゴルモア対策を、自力でやったという感じだ。

 それを可能にしたのは、奇跡的ともいえるこの島の環境にある。

 元々迷宮の少なかった環境に、ギリギリ空間の隔離に届く人口があったこと。新しく高ランクの迷宮が発生しなかったこと。そして佐藤ユージンという郷土愛を持つ三ツ星冒険者の存在。

 それらが上手く噛みあったことにより、島の被害が最小限に抑えられたのだろう。

 フェイズ4による空間の隔離が、プラスに働いたケースと言える。

 ……いや、元々空間の隔離は、外からの強力なモンスターを防ぐという意味では、地方には有利に働いているのか。

 高ランクの迷宮がある地域にとっては逃げ場のない地獄だが……もしここと同じようなところが他にもあるなら、意外と地方にも生き残ってる人がいるかもしれなかった。


「……凄いですね、ユージンさん」


 故郷を守るというのは、俺にはできなかったことだ。

 それを成した佐藤勇刃という人物は、素直に尊敬に値した。


「そうだら? と言いたいところだが、ぶっちゃけ運が良かっただけだよ。……色々と問題もあるしな」


 問題? と聞き返そうとしたところで、俺のカードギアにレイナから着信があった。

 ユージンさんに断りを入れて通話に出る。


「はい」

『あ、北川くん? 皆が焦れてきているから、そろそろ指示を貰えると助かるんだけど……』

「あー」


 そう言えばここには物資回収に来たんだったな。

 だが、元々の住人が無事となると、トラブルの予感しかしない。

 ぶっちゃけ、物資回収と言いつつやってることは火事場泥棒だしな。

 今後のことを考えたら、ここの人たちとは出来るだけに友好的にしたい。

 

 ――――俺は、ここを活動の拠点とすることを考えていた。


 現状の異空間型カード頼りで避難民たちを連れて旅をするスタイルには、どう考えても無理がある。

 衣食住のうち、衣と食に関しては色々とどうにかする方法があるが、住に関してはそうもいかない。

 異界クラスのカードを偶然手に入れるか、助ける命の取捨選択を行うかのどちらかしかないと考えていたが、ここにきて別の選択肢が出てきた。

 すなわち、安全な土地への定住である。

 一番のネックであった住を異空間型カードではなく仮設住宅等で代用できるのであれば、命の取捨選択などしなくて済む。

 そのためにも、ここの人たちとは友好的に付き合っていきたい。

 火事場泥棒などもってのほか。物資回収は中止……はさすがに勿体ないから、昨日までいた地域でやるか。俺が間引きしたBランクモンスターもまだ復活していないだろうし、再び地上に出てくるまで猶予がある……はず。

 イライザに転移で送らせて、そのままユウキと護衛につければ良いだろう。

 俺はリンクでイライザらに指示を出すと、ユージンさんとの会話に戻った。


「お待たせしました」

「うん。それで、北川はこれからどうするんだ?」

「それなんですが――――」


 俺は道中で保護した避難民たちの事と、ここへの移住を考えていることを伝えた。

 話を聞いたユージンさんは、腕を組むと難しい顔で唸った。


「うーん、俺としては歓迎したいところなんだけど、今はちょっと難しいな。みんな余所者には、敏感になってるから……」


 余所者? と俺が首を傾げたその時。


「ユージンさん! ソロモン派の奴らが来た!」


 俺をここまで案内してきた若者の一人が、中へと飛び込んできた。


「噂をすれば影か! すまん、北川、話はあとで!」


 険しい顔つきとなったユージンさんが、外へと飛び出していくのを俺もついて行く。

 すると外では、俺をここまで案内してくれた自警団の人たちと、思い思いの恰好で武装しカードを引き連れた集団が睨みあっていた。

 その二つの集団を見た俺は、自警団の人たちと対峙する集団の雰囲気の違いに違和感を覚えた。

 別に人種が違うとかそう言うわけではない。どちらも日本人だ。

 だが、仮に両者が入り混じってもすぐに見分けがつくほど、両者の雰囲気は異なっていた。

 一体なんだ? と俺が首を傾げていると、新しく現れた方の集団から一人出てきて、先頭に立った。

 驚いたことにそれは、中学生か高校生くらいの女の子だった。

 長い髪を綺麗な茶髪に染め、お洒落なブランド物の服とアクセサリーを身に着けた、ボディーアーマーさえなければ読者モデルか何かと思ってしまいそうな美少女。

 それで、俺はようやく両者の雰囲気の違いの理由に気付いた。

 こう言ってはなんだが、どこか野暮ったいここの自警団の人たちと違って、彼女らは服装や髪形が垢ぬけているのだ。


「今日こそ彼女たちを返してもらうぞ!」


 先頭に立った少女が、子猫のような可愛らしい顔立ちに見合わぬ荒々しい口調で吠えた。

 それを合図に、少女の後ろに立つ集団が口々に吠え始める。


「この偏見的な田舎者どもが! 今日こそケジメをつけさせてやる!」

「そうだ! 元々住んでたからって何しても良いわけじゃねーぞ!」


 それにユージンら自警団側も反論をする。


「だから! それは俺らじゃないと何度も言ってるだろう!」

「そうだ! 変な難癖つけやがって!」

「お前らのせいで町が無茶苦茶だ! これだから余所者は!」


 そこから始まる罵詈雑言の応酬。

 加速度に高まっていくテンションに、両者の悪感情が爆発しかけたその時。

 

 ――――降り注ぐ光の雨が、すべてを癒した。


「ふざけんな! もう我慢……えっ!?」

「なん、だ……これ?」


 心身を癒してくれるアムリタの雨に、高まった怒りや憎しみと共に、この状況や未来に対する不安などのストレスなどもすべてが洗い流されていく。

 この場のすべての人たちが我に返ったのを見計らって、俺はパンパンと手を叩いて注目を集めた。


「とりあえず、詳しい話を聞かせてもらおうか?」


 明らかにBランクとわかるカードたちを引き連れた俺に異を唱えるだけのガッツがある人物は、どうやら誰もいないようだった。



 その後、俺は両者をオードリーのマヨヒガへと招くと適当に持て成しつつ、ユージンさんと向こうのリーダーらしき少女――――南沢(みなみさわ) 絵美(えみ)を別室に呼んで詳しい話を聞いた。

 二人の話を簡単にまとめると、こうだ。


 予言発表後、迷宮の多い都市部から迷宮の少ない地方への移住がブームとなると、この地域にも移住者が大量にやってきたそうだ。

 納得である。この島ほどの環境なら、それに目を付ける人がいない方がおかしい。

 不動産業の中には、カード化した建売住宅を売るところもあるため、土地さえ買うか借りさえすれば、ちょっとした基礎工事ですぐに引っ越すことが出来る。

 幸いにして、この島も最盛期には数万の人が住んでいたこともあり、居住可能な土地だけは有り余っていた。

 特に過疎化の進んでいた島の南側に移住者が集まりだすと、あっという間に島の人口は一気に二倍に膨れ上がり――――当然の如く元の住人との軋轢が発生した。

 行事に参加しなかったり、挨拶が無かったり、島の商店の商品を買い占めたり……。細かいこと上げればキリは無いが、移住者側の行動は、地元住民への配慮が欠けるものだった。

 移住者が皆が皆そういった者たちばかりだったわけではないが、大半の者はあくまでアンゴルモア対策の一時的な避難のつもりだったため、基本的にこの島に馴染むつもりがなかったのだ。

 さらに移住者による暴行事件や、これまで滅多になかった空き巣(驚いたことに、この島の人はちょっとした外出じゃ玄関に鍵を閉めない家も多かったそうだ)などの犯罪が相次いだことで、住民感情は最悪に。

 余所者=犯罪者、厄介者という認識が地元住民らに浸透するようになり、それに引きずられる形で、真っ当な移住者も元の住人たちと対立するようになった。

 ユージンさんが帰郷したのもちょうどこの頃で、アンゴルモア対策に自警団を結成すると、それもマイナスに働いた。

 自警団の存在を自分たちに対するモノだと思った移住者側も自警団を結成すると、当初は迷宮対策だったはずの自警団は、本当に移住者対策の面を帯び始め、それぞれの自警団同士の衝突が絶えないようになったそうだ。


 まさに一触即発の状況だが、それでも最後の一線を超えなかったのは、皮肉にもアンゴルモアの存在のおかげだった。

 アンゴルモアの開始と既存の迷宮をすべて沈静化する、というユージンさんの迷宮対策には移住者側も一定の理解を示していたため、平時はお互いに不干渉として、アンゴルモア中はお互い協力して当たることになっていた。

 協力とは、具体的どういうことかと言うと、アンゴルモア中に新しく発生した迷宮の報告である。

 元々島内にあった迷宮は、ユージンさんが沈静化するため、島内にモンスターが溢れ出したなら、本島から大量にやってこない限り、新しく迷宮が発生した可能性が高い。

 そのためアンゴルモアが始まったら移住者側は島の南側を、ユージンさんらの自警団はそれ以外の島全域を見回り、モンスターを発見したら速やかにユージンさんへ連絡する取り決めだった。

 迷宮を放置したら自分たちも危険に晒すことになるため、ユージンさんらもこの件に関しては移住者側を信頼していたという。


 ……だが、その信頼は裏切られた。


 移住者側の地域からモンスター溢れ出したのだ。

 少しでもモンスターを見かけたらすぐに報告する約束だったのに、地元住人側が気付いた時にはすでにDランクモンスターが溢れ出していたのだという。

 これは、最初から見回りなどせずサボっていたとしか考えられなかった。

 移住者側は、アンゴルモアが始まるなり引き籠って迷宮の探索をしなかったのだ。

 結果、移住者側の地域にできたDランクによって島には少なくない被害が出たのだった。


 ……と、ここまでがユージンさんら地元住民らの言い分である。

 南沢ら、移住者側の言い分はまた異なる。

 まず自警団の存在を自分たちに対するモノだと錯覚した件に関してだが、これは実際に自警団によって移住者に被害を受ける者が出たからなのだという。

 若い少女が絡まれたり、お店に行っても物を売ってもらえなかったり、家に落書きをされたり……地元住民の多い学校に転校した子供がイジメやカツアゲなどの被害にあうこともしょっちゅうだったとか

 この南沢という少女も、引っ越して一週間ほどで学校には行かなくなったという。

 これにはユージンさんも気まずそうな顔をしていたことから、事実としてそういうことがあったのだろう。

 徐々にエスカレートしていく地元住民らからの嫌がらせに、移住者側も自警団を結成。

 その中心人物が――。


「そろもん? ダンジョンチューバーの?」


 意外な名前に、俺は思わず問い返した。

 

「ああ、北川はモンコロレースでアイツと会ったことあったんだっけ? アイツ、予言発表後のわりとすぐにここに引っ越してきてるんだよ」

「そろもんさんはスゲェんだぜ! Bランクのソロモン七十二柱のカードを持ってるんだ!」

「……C+の霊格再帰だけどな」


 目をキラキラとさせる南沢少女に対し、顔を顰めて小さく言うユージンさん。

 ふぅん……なるほど、なぜ三ツ星のユージンさんがいながら余所者側と勢力的に拮抗しているのか不思議だったが、相手側にも三ツ星、それもC+持ちがいたか。

 ソロモン七十二柱への霊格再帰があるならば、たとえマスターが一ツ星程度の実力だろうが、三ツ星クラスにも対等に立ち回れることだろう。

 そういえば、レースの商品にはいくつか零落スキル持ちのCランクが出品されていたな……と思いつつ、続きを促す。


「ユージン側はウチらが見回りをサボったって言うけど、それは違う。ウチらはちゃんと見回りをしてた、最初はな」

「結局、途中で止めたんだろ? それを世間じゃサボったって言うんだよ」

「だからそれは何度も言ってんだろ! お前らに襲われたから切り上げざるを得なかったんだよ!」

「はいはい、落ち着いて。一体どういうことなんだ?」


 子猫のようにユージンさんを威嚇する南沢を宥めつつ問いかける。


「ふん! ……こっち側の、若い女が何人も行方不明になってんだよ。それも美人ばっかがな!」

「だからそんなん知らねえって。モンスターに襲われたんだろ?」

「行方不明の人が出た時、まだモンスターは外に出てきてなかった! もし出てきてたとしても、Dランクカード持ちの見回り班がカードギアで助けを求める暇も無くやられたのはおかしい! 同じ人間に不意打ちでやられたんだ!」

「ハッ! ……不意打ちを疑うなら、むしろ身内の方が可能性が高いんじゃねえか?」

「なんだと!?」


 ……ふぅむ。

 今にも掴み合いを始めそうな二人を他所に、俺は静かに腕を組んだ。

 双方の話を聞いて、一つだけハッキリしているのは、二人とも嘘をついていないということだ。

 ここまでの話で、二人は一度も鈴鹿の虚偽察知に引っかからなかった。 

 それは、この態度含めて二人が本心から語っていることを意味する。

 そう思い込んでいるのか、あるいは誰かに騙されているか……。


「で、北川はどう思う?」


 このままでは埒が明かないと思ったのか、ユージンさんが俺へと水を向けると、南沢もこちらへと胡乱気な眼差しを送って来た。


「……つーか、このオッサンは誰なんだよ?」

「オッサ……」


 まあ、オッサンか……。今の俺は二十後半くらいのはずだしな、この年頃の少女からしたら十分にオッサンだろう。


「オッサンは止めて差し上げろ。これでも俺よりも年下なんだから」


 地味に落ち込んだ俺を見かねてか、ユージンさんがそうフォローを入れると、南沢は驚愕に眼を見開いた。


「えっ……いくらなんでも老け顔過ぎだろ」

「わけがあるんだよ、わけが」


 俺が浦島太郎に遭遇したことを伝えると、少女は一転して同情的な眼差しを向けてきた。


「そっか……まあ、あんま気にすんなよ。結構精悍な感じでカッコ良いしさ、同じ年の彼女だってできるって」

「ありがとよ」


 苦笑し、南沢のお世辞を受け流すと、俺はユージンさんの問いに答えた。


「まず、俺には虚偽察知持ちのカードがいる」


 ドヤ顔で立つ鈴鹿を親指で指し示しながら俺が言うと、二人は「おっ!」という顔をした。


「そういえば、北川は虚偽察知持ちのカードを持ってるんだったか」

「ってことは、ウチらのどっちが嘘をついてるかわかってるってことか」


 挑発するようにユージンさんを見る南沢に、俺は頷くと言った。


「ああ……二人とも嘘をついていなかった」


 それに南沢は目つきを険しくして俺を睨み、ユージンさんは考え込むように腕を組んだ。


「対象が本心からそうだと信じていれば、虚偽察知は反応しない。そうだよな?」

「ああ」

「つまり、南沢があっち側から嘘を吹き込まれていた場合、虚偽察知ではそれを見抜けないってわけだ。トップである俺とは証言の重さが違う」


 ユージンさんの言葉に、南沢はフンと鼻を鳴らし反論する。


「それはお互い様だろ? アンタが下から上がってくる報告を鵜呑みにしてたんなら、証言の重さに違いなんてねーだろ。そもそも……」


 そこで南沢は俺を疑いの眼差しで見ると。


「アンタらは元々知り合いだったんだろ? ならお友達を庇っていることもあり得るわけだ。中立じゃない裁判官の言うことなんて信じられないね。そもそも虚偽察知スキル持ちかどうかも疑わしい」


 たしかに、俺とユージンさんが元々の知り合いである以上、審判として中立とは言い難く、また虚偽察知スキル持ちが嘘をついていないかの証明は難しい。

 まあ俺にはそれを証明する方法があるわけだが。

 俺はカードホルダーから一枚のカードを取りだすと、そのカード化を解除した。

 俺の前に、円形の人の顔が彫刻された石の壁が現れる。


「これは、虚偽察知の魔道具だ。真実の口という名前に聞き覚えは?」


 突然出てきた石の壁に驚く二人へと俺は言った。


「たしか、ローマにある観光名所だっけ? 嘘をついた人間の手を食いちぎるとか……まさかッ!?」


 そこまで言って、ハッと俺を見る南沢。

 俺は頷き返すと言った。


「俺の言うことは信じられなくても、魔道具なら信じられるだろ?」

「でも……これが本物だとは……」

「そう思うなら試して見れば良い」


 か細い声で反論する南沢にそう切り返すと、彼女は俯いて沈黙した。

 それを確認した俺は、ユージンさんの方を振り向くと言った。


「ユージンさん、この魔道具をお貸し……いえ、差し上げます。その代わり……」

「ああ、わかった。北川たちの移住を認める」


 俺が最後まで言い終わることなく、ユージンさんが言った。


「いいんですか?」


 これだけで足りないなら、島のモンスターの間引きやら、ヘルメスとの取引の件やら、アルテミスの獣の権能の件やらまだまた材料があったのだが……と思いながら問い返す俺に、ユージンさんは力強く頷いた。


「ああ、この虚偽察知の魔道具だけでお釣りが出るくらいだ。元々俺的にはお前の移住は賛成だったし、みんなの説得材料に困ってただけだしな。これがあれば、公平な裁判が可能になる。説得材料として十分だ」


 皆、この水掛け論にもウンザリしてたしな……と小さくボヤくように言うユージンさんに、なるほどと頷く。


「居住地なんだが、島の北と東側に廃村がいくつかあるから自由に使ってくれ。……まあ廃村になるだけ移動とか不便なところはあるが」

「十分です、助かります」


 申し訳なさそうに言うユージンさんに、俺は礼を言って頭を下げた。

 安全な土地さえあれば、あとはどうにでもなる。


「そう言ってもらえると助かる。あとで案内するよ。それと、南沢」

「な、なんだよ?」


 狼狽える南沢に、ユージンさんは一勢力のトップらしい真剣な表情を言う。


「そちらのトップに話し合いがしたいと伝えてくれ。いい加減、白黒つけようとな」


 南沢はそれに頬をかすかに赤らめて視線を彷徨わせると。


「……わかった」


 コクリ、と頷いた。

 その年相応の可愛らしい姿に、俺とユージンさんは顔を見合わせて小さく笑ったのだった。

 


 ――――それが、俺たちが見る元気な彼女の最後の姿になるとも知らずに。



【Tips】自衛隊のレポート:安全地帯と疑似安全地帯の仕様

 現在までに判明している安全地帯についての仕様をここに纏める。安全地帯は、迷宮攻略に当たって必須の知識であるため、全員が目を通して置くこと。


 ・安全地帯は、モンスターの干渉を完全に遮断する効果がある。

 ・迷宮の安全地帯は転移ポイントを兼ねている場合が多いが、これは厳密には別の物であり、迷宮内の安全地帯でも転移が出来ない物も存在する。

 ・安全地帯内からカードやマスターが外のモンスターへ攻撃したり、外にいる味方へ支援・回復を行った場合、全階層の安全地帯が消滅する。これは、迷宮を踏破するまで復活しない。

 ・安全地帯内にカードが残っていても、マスターが外におり、安全地帯内のカードが攻撃や支援といった行動をしなければ安全地帯は消滅しない。ただし、マスターがダイレクトアタックを受けると、バリアによるダメージの肩代わり支援に該当するのか、安全地帯が消滅する。

 ・大規模迷宮災害(以降アンゴルモアと称する)の際は、安全地帯のモンスター除けの効果は失われる。安全地帯自体が消滅するわけではなく、転移ポイントとしての能力は健在。またアンゴルモア中に、安全地帯内で戦闘しても安全地帯は消滅しない。


 続いて、一部のスキルで生成可能な疑似安全地帯の性質についても纏める。

 ・疑似安全地帯の性質は基本的に迷宮の安全地帯と同じ。ただし、転移系のスキルやアイテムの対象とはならない。

(追記:安全地帯の消滅した迷宮の安全地帯で使用した際は転移が可能となったため、このことから安全地帯と転移ポイントは厳密には別物と判断した)

 ・効果範囲はスキルによって異なるが総じて迷宮のものよりも狭く、多くは半径100メートルの球体状。

 ・アンゴルモア中であっても「モンスター除け」の効果は無効化されない。ただし迷宮の階段前に展開した場合のみ「モンスター除け」の効果が無効化されることを確認。

(階段付近に「モンスター除け」の効果を無効化する作用アリか? 要検証)

 ・疑似安全地帯は、疑似安全地帯作成スキルで解除可能(敵の疑似安全地帯作成スキル持ちに解除される恐れあり)。

 ・異空間型カードの「内部」でも発動可能。

 ・展開した異空間が安全地帯の範囲よりも大きかった場合、はみ出した分は安全地帯の効果を受けない。

 ・アンゴルモア中、迷宮のゲートに重なる形での疑似安全地帯作成は、沈静化状態であれば可能。




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