第7話 金玉

 

「……退くぞ」


 屍の中にギルド職員が混じっていることを確認してすぐ、俺は撤退を決意した。

 ギルドのシェルターは、数体程度のBランクに襲撃された程度で破られない。

 最低でもBランクの大群、普通に考えればAランクがいたとしても全くおかしくない。……あるいは、『内側から』破られたか。

 いずれにせよ、危険なナニカが待ち受けている可能性が高い以上、ここに留まる理由はない。

 他に道がないとか、この先に立川が繋がっているとわかっているならばともかく、ここはリスクを冒す場面ではなかった。

 ……だが、ギルド職員の遺体を一つくらいは回収すべきか?

 三明の剣による神通力ならば、遺体から記憶が読み取れる。そこから敵の情報が少しは垣間見れるかも――。


『マスター! 来ます!』

「ッ!」


 そんな欲を抱いたのが良くなかったのだろう。

 ほんの数瞬、わずかに逡巡した間に、敵はすでにこちらに迫っていた。

 ユウキの警告の声に、俺はイライザに抱きかかえられる形でセイレーンの領域へと飛びのいた。

 カード達もそれに続き、全員が門の内側へと入ったところで扉がゆっくりと閉まっていく。

 扉があと少しで閉まりかけたその時、ガッと門を掴む巨大な手が現れた。

 黄金の鱗に覆われた四本爪の手。その指は、一本一本が大の男よりも太く大きい。

 続いて、これぞまさに龍! といった頭が覗き、その長い身体がズズズと門を押し広げながら入って来た。


「――――黄龍」


 そう呟いたのは、誰だったか。もしかしたら俺自身だったかもしれない。

 日本人なら誰でも知っている青龍・朱雀・白虎・玄武の四神。それを統べる長とされるのが、この黄龍であり……れっきとしたAランクだった。


「マスター! セイレーン様を殺させないでください! 門番の入れ替わりが起きます!」

「ッ……!」


 ナキンネイトの叫ぶような声に、俺はハッとセイレーンを見た。

 ただでさえ強力なAランクが、門番となって枷が外れたら……ッ!!


「ナキンネイト! セイレーンを連れてどっかに隠れてろ!」

「はい! ご武運を!」


 魚の下半身を蛇のように器用にくねらせて去って行くナキンネイトを尻目に、俺は黄龍を睨んだ。

 門を通り抜けた黄龍は、泰然自若といった風に優雅に宙へ身を躍らせている。

 その背にある門は完全に閉じており、幸いなことに増援はないようであった。


 ――――この時、俺は強い危機感を抱いてはいたが、心のどこかでは余裕を持っていた。


 黄龍は確かにAランクではあるが、その本場は中国であり、隣国であるこの国では幾分か力が落ちているはず。

 その力は、おそらくAランク下位か、良いとこ中位といったところだろう。

 こちらには、限界突破により戦闘力だけならAランククラスのBランクが揃っており、Aランクへの霊格再帰を得た鈴鹿もいる。

 Aランクである黄龍のスキルは未知数ではあるが、装備化スキルも合わされば戦闘力的には十分太刀打ちできるはずだ。

 そして何より、俺にはハーメルンの笛がある。

 セイレーンを殺されれば門番を取って代わられるということは、逆に言えば外にまでは追ってこれないということ。

 イレギュラーエンカウント戦とは違い、いざという時は逃げられるという安心感が、俺にある種の余裕を与えてくれていた。

 だが、そんな俺の余裕は――――。


「グォォォオオオオオン!!」


 ――――黄龍の雄たけびと共に現れた四体のモンスターを見て吹き飛んだ。


 黄龍を一回り小さくしたような蒼い東洋竜。青龍。

 大型トラックほどもある神秘的な白い大虎。白虎。

 孔雀とヒクイドリを掛け合わせたような紅い鳳。朱雀。

 四体の中でもとりわけ巨大で黄龍すらも上回る巨体の黒い亀。玄武。


 眷属召喚ッ! しまったッ! マズイぞ、四神の特殊スキルは……!?


『どれでも良い! 四神の一体を殺せ!』


 そんな俺の指示は、一手遅かった。

 四神の姿が溶けるように消えていき、セイレーンの領域を取り囲むように薄っすらと緑色の幕が現れた。

 クソ、遅かったか……!


 ――――四神相応結界。


 四神が全部揃った時のみ使用可能となるこの特殊スキルは、四神を起点として絶対結界を張ることが出来る。

 この結界は、効果時間が切れるまで絶対に破ることができず、外側へ向けて張れば絶対の守り、内側に張れば決して敵を逃がさぬ檻となる。

 それは絶対攻撃のスキルであっても相殺できず、緊急避難といった転移系すらも妨害するという。

 四神は結界の外側にいるため、おそらくは月の三女神の特殊スキルも結界に阻まれて届きはしないだろう。

 つまり、俺はいざという時の逃走手段を失ったというわけだ。


「クソッ!」


 黄龍は四神の長なのだから、それを召喚するスキルを持っていることぐらい、予想して然るべきだった!

 眷属召喚にも、四神のスキルにも思い至らなかったのは、やはり突然の黄龍の登場に動揺していたということなのだろう。

 あるいは、ここ数日で劇的に変化する状況に、自分では冷静なつもりでもすでにいっぱいいっぱいだったか。


「……ふぅ」


 小さく深呼吸。気持ちを切り替える。

 ぐちゃぐちゃに彩られていた脳内が、冷静な青一色に塗り替えられる感覚。

 ……まぁ、仕方ない。こうなった以上は覚悟を決めて戦うしかないだろう。


『マスター、霊格再帰する?』

『……いや』


 鈴鹿の短い問いかけに、少し考え、首を振る。


『まだ、早い。ここは温存しておいてくれ』

『了解』


 鈴鹿の霊格再帰は、Aランクということもあって負荷がデカイのか、これまでと異なり一度使うと優に一月の充填が必要となる。

 再使用には玉手箱の使用が必須となり、また効果時間も現状では数分程度と、慎重な使用が求められた。

 相手の手のうちがわからないうちから切って良い札ではなかった。

 だが、それ以上の出し惜しみはしない。


『メアはヘカテーに変身、眷属召喚をしながら念のために眷属封印が通用するか試して見てくれ! ドレスたちは『破壊と殺戮と勝利の宴』を使え! アテナは、アイギスの盾を! 初撃が最も恐ろしい! 相手はイレギュラーエンカウントと思え!』

『了解!』


 カードたちの力強い頷きに、俺は小さく微笑んだ。

 そうだ、Aランクがなんだ。俺たちは、あの浦島太郎とハーメルンの笛吹き男すら倒したのだ。

 複数ならともかく、単体ならば恐るるに足らず!


『行くぞ! おおおおおおおッ!!』




 ――――なんか普通に勝ててしまった。


 数分後。俺は黄龍の落とした戦利品を手に、微妙な気分で佇んでいた。

 黄龍は、確かに強かった。

 おそらくは結界内限定であろう眷属封印のスキルに、五行の理を利用した魔法反射スキル、そして湯水のごとく湧いて来る圧倒的生命力……四神の召喚能力も合わせて、まさしくAランクに相応しいスキルだった。

 もしかしたら俺からは見て取れなかっただけで他にも隠れたスキルがあったかもしれない。

 だが、悲しいかな。その戦闘力は、多く見積もっても4000程度であり、俺たちの敵ではなかった。

 鈴鹿の霊格再帰を使うまでもなく、黄龍は単純な力の差に沈んでいった。

 それは、初のAランクとの戦いにしては、あまりにあっけないものだった。


「まぁ、いいか」


 小さく首を振って気分を切り替える。

 勝てる分には問題ない。むしろ、苦戦するよりずっと良い。……ただ同じAランク級とされるイレギュラーエンカウント共とのあまりの落差に、ちょっと困惑しただけだ。

 さて、気を取り直して黄龍の戦利品を見てみるとしよう。

 黄龍が落としたのは、浦島太郎の物より少し小さい魔石と、黄金に輝く手のひら大の球体だった。


「これは、何だろう?」


 Bランクと違ってAランクの情報は、ほとんど出回っていない。

 そのドロップアイテムについても、わかっていないことが多く、せいぜい落とした種族から推測するしかなかった。

 黄龍が落としそうな物と言えば…………なんだ?


「たぶんキンタマーニだろうな」


 俺が金の玉を前に首を傾げていると、蓮華が言った。

 思わず呆気に取られて、聞き返す。


「……え? なんて?」

「だから、キンタマーニじゃねぇの? って」


 聞き間違えじゃなかった。俺は正気を疑うような眼差しを蓮華へと向けた。


「……お前、なんでいきなり下ネタを」

「下ネタじゃねーよ!」


 俺の白い視線に、蓮華は頬を赤らめて怒鳴った。


「仏教系の神がたまに持ってる宝珠だよ! 如意宝珠って言えばわかるか?」

「あ、ああ! 如意宝珠か、なるほど……」


 そこで俺はようやく理解して頷いた。

 ビックリした、いきなり真面目な顔で下ネタを言ったのかと……。


「そうか、如意宝珠か。確か、なんでも願いを叶えてくれる的な宝だっけ?」


 かの七つのドラゴンのボールを集める国民的な漫画のモデルになったと言われる玉だ。

 なるほど、だから黄龍が……。


「それ、凄まじいほどの幸運のエネルギーを感じる。たぶんカーバンクルガーネットやヴィーヴィルダイヤと同系統のアイテムだろうな」


 そう言われて慎重にキンタ……如意宝珠を探ってみれば、なるほど、たしかに幸運のエネルギーを感じる。


「ガーネットやダイヤと同じ系統ってことは、同じような使い方ってことで良いのかな?」

「さあ? 試しに砕いてみたらどうだ?」

「それはちょっと……」


 砕いたらそのまま壊れちゃいました、では困る。

 せっかくのAランクの、それもガーネットやダイヤと同系統のアイテムなのだ。

 使うとしても確証が出来てからか、よほど追い詰められた時ではないと試すのも怖い。


「使い方に関しては、妾に任せてください」


 うんうんと唸る俺を見かねてか、アテナが言った。


「相当に限られた知識でしょうから時間がかかるでしょうが、もしかしたらデータがあるかもしれません。妾の知の権能で探ってみます」

「頼む」


 俺は如意宝珠をカード化すると、大事にカードホルダーへとしまった。

 そこへ、顔の引き攣ったセイレーンと、眼を謎にギラギラとさせたナキンネイトがやって来た。


「まさかアレを倒してしまうとはな……」

「さすがです、マスター!」

「ああ、ナキンネイトか、無事でよかった。セイレーンも」


 ナキンネイトは仲間になったばかりで名づけもしていないため、ロストすればそこまでだ。本当は戦いの前に送還してあげればよかったのだろうが、そんな余裕はなかったし、彼女にはセイレーンを避難させて欲しかった。

 もしセイレーンが黄龍に殺されていたら、こうも楽には勝てなかっただろう。

 門番が殺されれば門番の役割を奪われることの忠告を含め、もしかしたらこの戦いにおけるMVPは彼女かもしれなかった。


「セイレーンも迷惑をかけて申し訳なかった」


 俺が小さく頭を下げると、セイレーンは少しビックリしたように目を見開くと首を振った。


「いや、構わぬ。まさか門の先からあれほどの者がやってくるとはな。それで? このまま先に向かうのか?」


 セイレーンの問いに、俺は首を振った。


「いや、行かない。別のルートを探す」


 黄龍が地上をうろついている時点で、この先の地域にはBランク以上の迷宮がある可能性が高く、また黄龍より強いモンスターが門番として封じられていることが確定している。

 仮にこのルートが立川に繋がる唯一のルートだったとしても、他の方法が無いかを模索するレベルだった。


「そうか、それが良いじゃろうな」


 そんな俺の返答に、セイレーンもどこかホッとしたように頷いた。

 ……俺がこの先へ行こうとすれば、また黄龍のような格上のモンスターが侵入してくる可能性が高いからな。気持ちもわかる。


「というか、今日はもう帰ろう……」


 さすがに、Aランクとの戦闘があったのに先ヘ進むのは、リスクが高すぎる。

 玉手箱を使って休息を取る手もあるが、玉手箱は戦闘時の切り札として取っておきたい。

 メアの霊格再帰を使ってしまったので玉手箱は使うが、玉手箱の再使用が可能となってから先へは進むべきだろう。


「それじゃあ、迷惑をかけたな」

「うむ。気にするな。また来なくて良いぞ」


 最後にもう一度セイレーンに詫びると、彼女の温かい言葉を背に、俺たちは愛のところへと帰ったのだった。



 そして翌る日。


 俺たちは、再び門の先を目指して旅立った。

 昨日に続き、できるだけCランク迷宮から離れた場所の階段を狙う。

 俺の推測が当たっていれば、ここもCランクとかのはず。

 ……だが。


「オルクス……Bランクか」


 見上げるような大きさの巨体。太く強靭な手足と、不気味にぬめった薄青色の肌……。瘴気立ち込める沼地の領域にいたのは、ローマ神話の死神オルクスだった。

 オルクスは、オークの起源となったとされる『ベオウルフ』に登場する巨人グレンデル、そのさらに起源とされる神である。

 それが関係してか、沼地には無数のグレンデルやオークたちが犇めいていた。

 ふぅむ……俺の推測が間違っていたのか、あるいは地域が隔離された時にたまたまBランクが侵入していたのか……。


「どうする?」


 遠めにグレンデルを観察しながら考え込む俺に、蓮華が問いかけてくる。


「いや、退く」


 門を通るに当たって、俺はできる限りBランクとの戦闘は避けるつもりだった。

 蓮華の真スキルを考えるに、Bランクの門番相手には警戒しすぎてもし過ぎるということはない。

 Bランクと戦うのは、Cランクの門番をすべて当たってからにすべきだろう。

 俺はオルクスの領域を引き返すと、次の階段へと向かった。……が。


「チッ……ここもBランクか」


 雪の積もった寒村風の領域内にCランクがうじゃうじゃといるのを見た俺は、小さく舌打ちした。

 これまで視たパターン的に、門番が領域内に同ランクのモンスターを招くことはない。それは、門番を倒せば門番の権限を奪い取れるというルールによるものからだろう。

 故に、領域内のモンスターのランクを見れば、門番のランクも凡そ見当がつく。

 とりあえず、門番の種族だけ確認してここは退こうと領域を見渡し……。


「……ん? どこだ?」


 門番が見当たらず、俺は首を傾げた。

 これまでの門番はすべて門の前に陣取っていたので見つけやすかったのだが、今回は門番はおろか門の存在すら見当たらない。

 これは、どういうことだ? 透明化スキル持ちか? と考えていると、ふいにオードリーが言った。


「ご主人様、もしかしたらここの主は異空間型なのでは?」

「異空間型の門番……」


 確かに、その可能性はあるか。

 異空間によって門が覆い隠されているとすれば、門が見当たらないのも頷ける。

 領域内のモンスターを観察してみれば、一見多種多様な種族に見えた領域内のモンスターが、特定の神話系統に偏っていることに気付いた。

 あの全裸で踊る美女は、パウチカムイ。あの蕗の葉を持った小人は、コロポックル。熊のモンスターはキムンカムイで、あの狐のモンスターはチロンヌプカムイか……。

 なるほど、ここの門番が何者か予想がついて来た。


「カムイ(アイヌの神)たちの領域……カムイコタンか」


 カムイコタンは、アイヌ語で「神の住む場所」を意味する、Cランク最上位の異空間型である。

 Cランク以下のカムイ系モンスターを無限眷属召喚する能力を持ち、その反面で核となる存在は戦闘能力をほとんど持たず、眷属召喚と同じ姿を取り、その中に紛れ込むという戦法をとると聞く。

 となると、この無数のモンスターの中に、門番が紛れ込んでいるってわけか。


「誰か、どれが門番かわかる奴はいるか?」


 カードたちを見渡しながらそう問いかけると、虚偽察知持ちの鈴鹿が腕を組みながら答えた。


「うーん、目視できれば化けているかどうか見抜けると思うけど、こうも数が多いと……。いっそ全部倒しちゃえば?」

「それは、ちょっとな……」


 昨日の黄龍のことを思い返しながら、俺は渋面を作った。

 俺が懸念しているのは、門番を倒した際に門がどうなるか、だった。

 門番を倒せば、次の門番が決まるまでは自由に通行できるようになるとは聞いているが、それが門が開きっぱなしになるという意味だとすると、ちょっとマズい。

 昨日のように、強敵がいる地域に繋がっていた場合、そこから強いモンスターがやってくるかもしれないからだ。

 それが一体だけならば門番として封じ込められるだけで済むが、複数体だった場合、階段を上がってこの地域にまでAランク・Bランクが溢れる可能性がある。

 さらにそこから他の地域へ……と門番が強いモンスターに乗っ取られていく連鎖が起こる危険があった。

 ……まあ、それに関しては、セイレーンが地上にいたケイローンに門番を乗っ取られていなかったことから可能性は低いと思うが、確実に起こらないとも言い切れない。

 ここは、なるべく慎重に動くべきだった。

 俺はダメ元で領域内のモンスターたちへと呼びかけて見た。


「ここの門番よ、俺たちは交渉での門の通過を望む! 聞こえていたら答えてくれ!」


 …………返答は無し、か。うーん、襲い掛かって来ないということは、好戦的ではなさそうだが。

 俺は振り返ると、ナキンネイトへと尋ねた。


「門番を倒した際、門がどうなるかとか知っているか?」

「申し訳ありません。私は門番でもありませんでしたし、門番が倒されたところも見たことがないので、なんとも……」

「そうか……」


 俺はしばし考えた末、答えた。


「仕方ない。とりあえず、残りの階段を見に行くか」


 それでCランクだったら交渉を試みて、Bランクだったらここに戻ってきて門番を倒すしかないだろう。

 引き返し、最後の階段を見に行く。

 その結果は……。


「……ヒュドラ。ダメだ、撤退、撤退」

「交渉はしないのですか?」

「ヒュドラは、ダメだ」


 アテナの問いかけに、首を振って答える。

 ヒュドラは、その毒で数々の英雄を殺してきた逸話を持つ。その中には不死だったケイローンもおり、苦しみのあまり不死を返上して死んだほどだ。

 通常のヒュドラには、そこまでの毒はないが、真スキル化したことによって解除不能の毒を持っていてもおかしくはなかった。

 死神の類であるオルクスも同様に却下である。


「仕方ない、カムイコタンのところへ戻るぞ。門番を倒す」


 門が開きっぱなしになったら……という懸念はあるが、この先、門番を倒さずにすべて交渉だけで通るわけにもいかないだろう。

 ならば、今のうちに門の仕様を確認しておくのも悪くはない。

 そう自分に言い聞かせ、俺はカムイコタンの領域へと戻った。

 そうして、目につく領域内のモンスターたちへと範囲攻撃を叩き込み、片っ端から始末していくと、やがて空間の揺らぎと共に景色が一変し、門が現れた。

 現れた門は、仄かに光を帯びている……。


「これは……門が通行可能になったってことか?」


 試しに扉へと触れてみると自動的に門が開きだす。

 そのままスルリと隙間から全員で通り抜けると、開きかけた門がゆっくりと閉まりだした。

 それを見て、ホッと胸をなでおろす。

 ……良かった。門番を殺すと開きっぱなし、なんてことはなかったか。

 もう一度門に触れてみると再び門が開かれ始め、慌てて手を離し後ずさると門が閉まる。

 続いてカードたちに触れてもらうも、門は反応しなかった。

 どうやら資格者が触れることで開く仕組みであり、それはカードではなくマスター自身にあるようだった。

 これなら門番を殺しても、階段の先からモンスターが逆流してくるようなことはないだろう。

 一先ず、最悪の懸念は回避されたか……。

 それを確認し、俺はイライザとユウキへと振り返った。


『イライザ、転移の準備を。ユウキ、イライザの準備が整ったら、縄張りの主の発動を』

『イエス、マスター』『了解です!』


 ユウキの縄張りの主は、周囲の敵の強さによってそのテリトリーの広さが変動する。

 その範囲の広さで、周囲の敵の脅威度も大体わかる。

 懸念は、すぐ近くにAランクがいて引き寄せてしまうことだが、そのためにいつでも逃げられるようにイライザの転移を準備しておく。

 これが、俺が昨日寝る前に考えておいた新たな地域についた際の対策だった。


「アオオオォォォーン!」


 ユウキの遠吠えと共に、波動が周辺一帯を突き抜けて行く。

 その範囲は、北海道のそれと同じくらいで、周囲にAランクのような怪物がいないことを意味していた。

 ……一先ず、二連続で外れを引かずに良かった、とホッとしていると。


『む! これは!』


 突然、ユウキが走りだした。


『なにがあった!?』


 と問いただしながら、彼女の感覚を共有する。

 そして、すぐに彼女が駆け出した意味を理解した。

 ユウキの強さを感じ取り、必死に縄張りの外へと逃げ出そうとしている無数のモンスターたち。その中に、俺たちが愛してやまない『あのモンスター』の気配が感じられた。……それも複数!

 その内の最も近い一体を始末し、ユウキが戻ってくる。

 戻って来たその手の中には、紅く煌めく宝石……カーバンクルガーネットがあった。


『どうぞ、マスター』

『ありがとう、でかしたユウキ』


 いそいそとガーネットをポケットに仕舞いながら考える。

 先ほどのユウキの感覚では、このカーバンクルの他にも複数のカーバンクルの気配を感じた。

 北海道エリアでは、あれほど広範囲にもかかわらず一体のカーバンクルも感知できなかったことを考えるに、ここにはカーバンクルの出現するシークレットダンジョンがある可能性が高い。


「ふっ、こんなにも早くこのカードの出番が来るとはな」


 俺はニヤリと笑うと、一枚のカードを取りだした。

 逞しい黒馬に跨った、毛皮の胸当てと腰巻きのみを身に着けた肌も露わな美しい女戦士のイラスト。


 ――――カーバンクルレーダーこと二代目キマリスのカードだった。


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