第6話 模索②
「……ビンゴ!」
四方を海に囲まれた小さな島。その中心に聳え立つ巨大な門の前には、やはり玉座があり、そこにはCランクモンスターのセイレーンがいた。
その光景に、俺は思わずガッツポーズをする。
地上にケイローンがいたにもかかわらず門番がCランクということは、空間の隔離後により強いモンスターが出現しても門番の入れ替わりは起こらないことが確定した。
周囲にいるモンスターも、マーメイドやハーピーといったDランクばかりで他にCランクのモンスターは見られない。
ヘルメスの領域にも他にBランクの姿は見えなかったし、領域には基本的に門番のランクよりも低いモンスターしかいない可能性が高いな。
これからは、領域のモンスターを見て、門番のランクにアタリが付けられそうだ。
そんなことを考えながら、セイレーンの元へと向かう。
あちらは、すでにこちらに気付いているらしく、その美麗な顔を険しく歪めてこちらを睨んでいる。
これは戦いになるかな? とも思ったが、取り巻きが攻撃を仕掛けてくる気配もなく、俺たちはセイレーンの元へとたどり着いた。
「人の子よ、一体何用で参った」
「この先へ通りに」
「……門番として、タダでここを通すわけにはいかん。どうしても通りたくば、相応の対価を置いて行け」
ここまではヘルメスと同じやり取りだが……。
「対価とは?」
「一度通るだけならば、そなたらがCランクと呼ぶ格の魔石を。何度も通る権利が欲しいのであれば、Bランクの魔石を貰おう」
ふむ、通行量は門番の魔石に比例するのか。
別に払っても良いが、これを断ったらどういう反応をするのか気になるし、ここらで門番となるとどれだけ強化されるのか知っておきたいところではある。
俺は少し考え、答えた。
「うーん、少しまけてくれないか?」
「ならん」
にべもなく断るセイレーン。
値引きは、駄目か。
「では仕方ない、戦おう」
「ッ! ま、待て……」
アッサリと俺が戦うことを選ぶと、セイレーンは明らかに怯んだ様子を見せた。
お? これは……と思いつつ、問う。
「では、まけてくれるのか?」
「それは……できん。これは妾でもどうしようもないルールなのじゃ」
ルール……なるほど、門番も単に枷を外されたわけではなく、その代わりの新しい枷を嵌められているというわけか。
俺は新たな情報を得るべく、セイレーンには可哀想だが、少しばかり彼女をイジメさせてもらうことにした。
「では、どうする? 言っておくが、魔石を払うくらいなら戦いを選ぶぞ」
「うぐぐぐぐ……!」
恐怖の表情を浮かべつつもなす術もない、といった様子のセイレーンに、俺は一つの提案を出した。
「こういうのはどうだ? お前が俺に魔石を渡し、俺がそれで通行料を払うというのは」
店員からカツアゲした金で料金を払う的なとんでもない話だが、しかしセイレーンは少し考え込むような素振りを見せ、落胆したように首を振った。
「それは駄目だな。それでは、実質タダで通したも同然となる」
ふむ、これは彼女自身はそうしたいが出来ないという感じだな。
これはやはり先へ通るには、門番のランクに応じた魔石を払うか倒すしかないということなのだろう。
さて、大体仕組みもわかってきたことだし、イジメてしまった詫びも兼ねて魔石を払ってやるとするか、と俺がイレギュラーエンカウントの魔石を取り出そうとしたその時。
「――――では、こういうのはどうですか?」
俺たちのやり取りを固唾を飲んで見守っていたセイレーンの取り巻きの一人が突然そう言った。
俺は、何気なくそちらに視線を向け――――思わず二度見した。
そこには、とんでもなくデカイ胸を持った美しい人魚がいた。
……で、デケェ。ウチの最大戦力である鈴鹿を軽々と上回り、鬼子母神・蓮華にも迫ろうかという圧倒的な大質量! それでいて一切垂れても崩れてもいない完璧な形!
背中まで届く美しい金髪と輝くような白い肌、そしてこの胸。間違いない彼女は――。
「……ナキンネイトか」
「おや、よくお分かりになりましたね」
一目で彼女の見抜いた俺に、ナキンネイトは貝殻ビキニで先端を申し訳程度に隠した胸を揺らし、妖艶に笑う。
わからいでか! 俺は内心で激しくツッコんだ。
ナキンネイト。美しい金髪と輝くような白い肌、異常に大きいおっぱいを持つとされ、船乗りたちを誘惑して水中に引きずり込むというフィンランドに伝わる人魚である。
カードのスタイルには個人差があるとはいえ、このクラスともなると地母神のように種族的に巨乳が確約されている種族しかありえない。
この世に胸の大きさに言及している種族はいくつかあれど、人魚でそれに該当するとなるとナキンネイトしか存在しなかった。
「それで、何の用だ?」
その胸のあまりの存在感に意識を持っていかれそうになりつつ、鋼の意思で理性を保ってナキンネイトへと問いかける。
「貴方様は通行料をまけてもらいたい。セイレーン様は戦いたくはないが、通行料をまけることはできない。ならば、代わりのモノで割り引いてもらうのは?」
「代わりのモノ?」
「私です」
オウム返しに問うに俺に、ナキンネイトはニッコリ笑って答えた。
「私はこう見えて歌姫のスキルを持っています。この身を配下とすることで、通行料の差額としていただけませんか?」
「ほう……」
歌姫。歌手のマスタークラスである。
ナキンネイトはDランクカードであるが、マスタークラスのスキルを持つなら、十分価値がある。
それに、領域のモンスターのカード化には興味があった。
「どうでしょうか?」
「わかった。そちらがそれで良いなら、俺は構わない」
「交渉成立ですね」
パンと手を打ち鳴らして満面の笑みを浮かべるナキンネイト。
ふぅむ、どうも嫌々身売りをする様子ではなさそうである。
「それでどうすれば良い?」
「ここのような領域のモンスターをカード化するには、空の器が必要なことはご存知でしょうか?」
知っていると頷くと、ナキンネイトは「それならば話は早い」と笑って、胸の谷間から白紙のカード化の魔道具を取り出した。
「こちらをお使いください。互いに契約の条件を述べ、同意があれば契約は成立。カード化はなります」
ふむ? この準備の良さ、端から人間のカードになるつもりだったのだろうか?
……そんなわけないか。ここのモンスターは自由なんだし。たぶんたまたま持っていたとかそんなんだろう。
「俺はセイレーンにちゃんと通行料を払う。その代わり、お前は俺のカードになる、で良いんだよな?」
「はい。ただそのままですと、私は枷が一部外れたままカード化することとなりますので、通常のカードと同じ枷を課すことを条件に付け加えていただいた方がよろしいかと」
なに? カードになっても、一度外れた枷はそのままなのか? それに、なぜそれを言う? 何も言わなければ、そのままだっただろうに。
「枷とは具体的になんだ? なぜそれを俺に言う?」
「我々のような枷の外れた者をカードとした場合、マスターに対し危害を加えることも可能となります。それを隠してカードとなったとして、いずれマスターがそれを知れば私を危険視することでしょう。危害を加えるつもりがないのであれば、最初から正直に言った方が信用されると思っただけのことです」
「……なるほどな」
確かに、領域のモンスターのカード化の仕様を後から知った場合、俺は確実にナキンネイトを危険視したことだろう。
だが、それにしてもこのナキンネイトの従順さは気になる……と思っていると。
「ただ、カード化にあたって一つお願いがあります」
キランと瞳を光らせてナキンネイトが言った。
「なんだ?」
「いずれ、私が使えると判断されたなら、私をランクアップしていただきたいのです。――――できれば、お連れの方々同じくらいに」
ああ、なるほど。
俺はここでようやく彼女がこのような取引を持ち掛けてきた理由がわかり、納得がいった。
これが、彼女の本当の狙いか。俺が高ランクのカードを連れているのを見て、一緒に着いて行けばランクアップの機会があると見込んだか。
カードやモンスターにとってランクアップがどのような価値があるのかは人間の俺にはわからないが、少なくとも彼女には自由と引き換えにするだけの価値があるのだろう。
「もしそれを条件として盛り込んでいただけるのであれば、絶対服従を誓います」
「ふむ、仮にそれを破ったらどうなる?」
「約束を破った、あるいは初めから破るつもりで契約した場合、即カード化は解除されます」
『……鈴鹿、ここまでで嘘は?』
『ないね。全部本気で言ってる』
良し! 決まりだな。
「わかった。それで良い」
「ッ! ありがとうございます!」
俺が頷くと、ナキンネイトが喜色を浮かべ、頭を下げた。
うーん、凄い向上心だな。もしかしたら『上昇志向』あたりのスキルを持っているのかもしれない。
「では条件をまとめるぞ。俺はナキンネイトのカード化の代わりにセイレーンへと正規の通行料を払い、またナキンネイトのランクアップを約束する。ナキンネイトは、通常のカードと同じ枷を課された上で俺に絶対服従を誓う。……これで良いな?」
「はい」
ナキンネイトが頷いた瞬間、彼女の全身が輝き、光の球となってカードへと吸い込まれていった。
そして――。
【種族】ナキンネイト
【戦闘力】130
【先天技能】
・魔歌:歌に魔法スキルを乗せ、その効果範囲を拡大する。
・色仕掛け:容姿と妖艶な仕草で相手を魅了する。
・初等状態異常魔法
【後天技能】
・歌姫:歌手に必要な技能を必要以上に極めている。明らかに歌手に必要のない技能も極めている。歌手スキルの効果極大向上。合奏相手の行動にプラス補正。
歌手、合唱、美声、絶対音感、低級収納、集団行動、教導、性技、礼儀作法、水泳、漁業を内包する。
(歌手:歌手に必要な技能を収めている。歌唱、演奏、舞踏、精密動作を内包)
(美声:自身の声質が向上し、常に声質を維持できる)
(絶対音感:音域を完全に聞き取り、望み通りの音を出すことができる)
・上昇志向:強い上昇志向を持つ。成長が望めないマスターの元では、極めて反抗的となり、まず言うことを聞かない。スキルの習得率が向上する。
・初等補助魔法
・絶対服従(NEW!)
「おお……!」
凄い後天スキルの数だ。それに、この新しく覚えている絶対服従。イライザ以外で見るのは初めてだが、これは契約によるものだろうか? 契約次第では新しく覚えさせられるスキルもあるということか?
色々と気になることはあるが、まずはこちらも契約を守るべく、ナキンネイトを召喚して共にセイレーンの元へ向かう。
「セイレーン様、お世話になりました」
「うむ……」
頭を下げるナキンネイトに、セイレーンは複雑そうな表情だった。
自分の力の無さ故に同朋が身売りすることになったことへの後悔……じゃないな、これは。味方が困ってるのを逆に利用して上手く敵に取り入ったことに対する呆れ半分感心半分といったところだろう。
「それで、どうする?」
「フリーパスの方で頼む」
フリーパスを買えば、ちゃんと上りの階段側からでも入れるのか確認するため、フリーパスを頼むとセイレーンは「コイツ、また来んのかよ」という風に一瞬顔を顰めた。
どうやら嫌われてしまったらしい。まあ、一度確認したら二度とこないだろうから許せ。
「うむ、まあ……達者でな」
どこか疲れた顔のセイレーンに見送られる形で、門へと向かう。
これで、二連続で門番と戦わずに先へ進むことが出来た。
ナキンネイトという新たな仲間も出来たし、案外この調子でサクサク進めるんじゃないだろうか?
「ッ……これは!?」
――――そんな俺の楽観的な考えは、門を通った瞬間に吹き飛んだ。
門の先にあったのは、数え切れないほどの死体。死体。死体。
逃げ場を求めて階段を上がり、開かない扉を前に絶望しながら死んでいったのだろう無数の屍が、階段のずっと先まで続いている……。
その凄惨な光景と、吐き気を催す死臭に思わず後ずさり、ふと屍の中に同じ制服を着た者たちが混じっていることに気付いた。
それは紛れもなくギルドの職員の制服であり――。
「まさかこの人たちは、ギルドのシェルターの……?」
――――この先にギルドのシェルターを打ち破れる存在が待ち受けていることを意味していた。
【Tips】アンゴルモア中のドロップ率
アンゴルモア中は、フェイズの進行にあわせてカードのドロップ率が上昇していくことが確認されている。
これは、アンゴルモア自体が試練の役割を果たしているからであり、正確に言えば『カードのドロップ率が本来に戻っていく』が正しい。
平時における迷宮でのドロップ率は、『戦場を自分で選べる』『いざとなれば撤退できる』という時点で試練の難易度が落ちており、その分ご褒美も厳しくなっている。
そのため、ドロップ率が本来の値に至った時点で、ドロップ率はそれ以上上昇しなくなる。
以下が本来のドロップ率となる。
Aランクのドロップ率:無し(相手に認められたら)。
Bランクのドロップ率:0.1%
Cランクのドロップ率:1%
Dランクのドロップ率:10%
Eランクのドロップ率:50%
Fランクのドロップ率:100%
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