第6話 模索
三十人もの避難民を抱え八王子ギルドへ戻れなくなった俺が、まず頭を悩ませたのは「俺が門番の相手をしている間どうやって愛と避難民を守るか」だった。
門番の強さや領域の雰囲気は、階段を実際に下りてみるまでわからず、また門番は真スキルにも目覚めていると思われ、そこへ愛たちを連れて行くのは危険すぎる。
かといって、愛たちを地上に残して階段の先へ向かうというのも不安がある。なぜならば、地上は地上でAランクやイレギュラーエンカウントがうろついているかもしれないからだ。
ならばアテナのアイギスで守れる俺のすぐ傍にいる方が、まだ安全である。
「いや、待てよ?」
地上にどの程度の脅威が残っているか、門番の強さはどの程度なのかは、本当に階段を下りてみるまでわからないのだろうか?
あのマイナデスは、「門番は空間が隔離された時点で最も強い存在が選ばれる」と言っていた。
ならば、基本的に門番はその地域の最もランクの高い迷宮の主が選ばれると思われ、その強さもその地域の迷宮からある程度推測できる。
他所からよりランクの高いモンスターが入り込んでいたとしても、地上での数は限られ、倒せばそれ以上リポップしない。
イレギュラーエンカウントに関しても、いれば門番として選ばれるだろうから、地上にいる可能性も低くなる。
ならば、一緒に連れて行くより、地上に残していく方が安全なのでは?
「……いや、決めつけは危険だ。イレギュラーエンカウントも門番に選ばれるとは限らん」
迷宮の主を乗っ取って移動できる奴らだ。アイツらだけ空間の隔離を物ともせず移動できてもおかしくない。奴らに関しては、常に例外と考えるべきだ。
……だが、その地域の迷宮のランクから門番のある程度の強さが推測できるというのは、悪くないアイディアに思える。
地上を索敵してみて、迷宮の主と同ランクのモンスターしかいなければ他所から高ランクのモンスターが入り込んでいる可能性も低くなるし、それらを倒してしまえば一時的に地上の安全性はグッと上がる。
その際にイレギュラーエンカウントが確認できなければ、地上に残して襲われる可能性も比較的下がる……。
イレギュラーエンカウントも門番に選ばれる場合、逆に連れて行くことで愛たちを巻き込んでしまうし、地上で強いモンスターを粗方片付けてから俺一人で階段の先に向かう方が安全……か?
先に地上の脅威を粗方始末しておいて、俺が次の地域へ進むまでの間、愛たちには地上で待っていてもらう。それが一番リスクがないだろう。
「やあ、良いお湯だった、ありがとう。ウチのホテルよりも良い所だな。さすが一流の冒険者が持つカードだ」
ある程度の方針が定まったところで、ちょうどヴィクターさんらが風呂から上がって来た。
「それは良かった。ところで、受け入れの件なんですが――」
八王子ギルドから受け入れを断られた件を告げると、浴衣を身に纏ったヴィクターさんは肩を落とした。
「……そうか、受け入れは無理だったか」
「それで、代わりの避難所が見つかるまで俺が保護しようと思ってるんですが――」
「本当か!?」
俺が最後まで言い終わる前に、ヴィクターさんが前のめりに言う。
それを両手で宥めつつ、俺は続けた。
「ええ。ただ、俺も家族と仲間との合流を目指しているので、先へ進みながらでよろしければ、になりますが」
俺が保護しなければここの人たちはまず先はないので、選択肢を与えているようで実際は強制だが、俺もここは譲れない。
「命を救ってもらった上で面倒も見てもらうのだから文句を言える立場じゃないよ。もし文句を言う奴がいたら俺が責任をもって説得するから任せてくれ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ドン! と厚い胸板を叩いて言うヴィクターさんに安心しつつ、俺は問いかけた。
「ところで、ここの皆さんで戦えそうな人はどのくらいいるんでしょう?」
「うぅむ……」
難しい顔で腕を組むヴィクターさん。
「辛うじて戦えるのは俺くらいだな。他の皆は、今回のことでほとんどカードをロストしている。俺に関してもカードを持ってるだけで、冒険者ってわけじゃないからなぁ」
ふむ、やはり戦力になる人はいないか。予想通りではあるが、最低限の身の守りとなるカードすら持っていないというのは、さすがにちょっと怖いな。
お守り代わりに適当なDランクカードでも配るか……。
そう考えながら、ヴィクターさんらに夕食を振舞って、今日のところは眠りに着いたのだった。
翌朝、俺はさっそく階段突入のための下準備に動き出した。
まずは、カードギアの迷宮情報と千里眼の魔法を駆使して、この地区にどの程度迷宮があるのか調査する。
カードギアに載っていない迷宮は、シークレット迷宮かこのアンゴルモアで新しく生まれた迷宮ということになるが、前者は八王子ギルドで貰ったシークレットダンジョンマップで、後者は実際に赴けばフィールド効果の有り無しでその凡そのランクがわかるだろう。
そうしてマヨヒガの自室で、千里眼の魔法を使用して――――俺は眉をひそめた。
「階段が八つ……? それに、範囲も大分広い」
階段が上り下りで一組しかなかった八王子周辺に対し、この地域には上り下りで合計四組もの階段があり、その範囲も八王子よりも数倍は広大だった。
どういうことだ? なぜ八王子とここでこんなにも差がある? 人口の差か? ならばむしろ八王子の方が多いが……。
そこまで考えたところで、不意に脳裏に閃くものがあった。
「もしかして、人口が少なかったから隣の地区とくっついた、とか?」
一定以上の人口で空間隔離が行われたと仮定した場合、一定の人口に満たなかった地域は、隣接する地域と合体し、それが基準に満たされるまで繰り返されるのではないだろうか?
結果、人口密度が著しく薄かったこの地域は、数個の地域が合併するに至った……。
そう考えるとしっくりくる。
「もしそうなら、日本は都市部と地方に分断された形となるな……」
より正確に言うならば、ギルドのような大規模シェルターと中小規模以下のシェルター群で分かたれた、と言うべきか。
大きな駅(≒ギルドのシェルター)や大きな避難所が多い都会と異なり、地方は中小規模な避難所がメインとなる。
これは、人口密度が都会と比べて薄い地方では、大きな避難所よりも小規模な避難所を多く作る方が効率的だったからである。
アンゴルモア中は公共交通機関も止まり、車等での移動も非推奨であるため、少数な大きな避難所だとモンスターが溢れ出すまでに避難が間に合わない可能性があるからだ。
そのため地方では、とにかくすぐに逃げ込めるように小さい避難所をたくさん作る方針だった。
自宅でのシェルター建設も推奨され、補助金も出ていたほどだ。
これは、従来通りアンゴルモアがフェイズ1からスタートするなら、効果的な対策――のはずだった。
だが、フェイズ3から始まったことで、すべてはひっくり返った。
「せめて政府がフェイズが引き継がれる可能性を告知してくれていたら……」
そう呟いて、かぶりを振る。
「いや、結局は同じか」
仮に政府が予めフェイズ3の可能性を教えていたとしよう。そうなれば当然人々はギルドのシェルターに入るため都会に殺到する。
しかし、ギルドのシェルターも人数制限があるため、すべての人を受け入れることはできない。
結果、シェルターに入れぬ人々が大量に出ることになり、せっかくフェイズ1から始まったとしてもモンスターに多くの人が殺されて、フェイズが進行してしまう。
それならフェイズ1から始まる可能性に賭けて、地方に人々が分散してくれた方がまだ生き残りの目がある。
政府がフェイズ3スタートの可能性を民間に伏せたのは、それなりに合理的な判断だったというわけだ。
「しかし、こうなってくると星母の会が頼りになってくるな……」
星母の会のシェルターは、都会よりも地方をメインに建設されていた。
好意的に見るならば、国やギルドがカバーできない地方の人々を助けるため。
悪意的に見るならば、ギルドのシェルターという最大のライバルがいる都会を避けて地方の人々の不安を突いた戦略、といったところだろうか。
確かなのは、こうなった以上、地方においては星母の会のシェルターが頼りだということ。
カルト宗教のシェルター内で貢献度の低い信者がどういう扱いなのかは知らないが、少しでもまともな扱いであることを祈るしかなかった。
――――それから数時間後。
『領域と門番。どこに繋がっているかわからない門。それに枷の外れた倒してもカードにならないモンスターたちッスか……』
俺は、マヨヒガの外でアンナとカードギアでこれまでの報告を行っていた。
地上の索敵に向かったイライザらが戻ってくるまでの時間を利用して、お互いの近況報告をすることにしたのだ。
わざわざ外でやっているのは、マスターである俺が内部にいる状態でカードが戦うとアテナの疑似安全地帯が解除されてしまうからである(安全地帯内にカードが残っていても外のモンスターに攻撃をしたり、味方に回復などの支援を行わなければ安全地帯は消滅しない)。
そのため、イライザら月の三女神とドレスらケルトの三女神、それに機動力としてマイラを加えた七枚を索敵班とし、残りをマヨヒガの外で待つ俺の護衛とすることにした。
アテナだけ愛の傍に残して残り全体で飛び回るのも考えたのだが、やはりいざという時にアテナのアイギスがないのは不安という意見が出たため、この形となった。
神の寵愛や不滅の盾もあることだし、いささか心配しすぎな気もしたが、絶対攻撃の例もあることだし、俺に何かあったら結果的に愛もピンチになると言われ、納得せざるを得なかった。
どうも、ハーメルンの笛吹き男によって俺が真っ二つにされて以来、一部のカードが過保護になっている節があった。
特に顕著なのがイライザと鈴鹿で、さすがに玉手箱内ではなかったが、昨日は風呂にまで着いてこようとして焦った。
疑似安全地帯の中なのに何を心配しているのかと呆れたが、どうやらヴィクターさんたち他の人間を警戒しているようであった。
何か悪意や敵意を感じたのかと問えば特にそういうわけでもなく、過保護になっているとしか言いようがなかった。
『空間隔離が隔離されているだけでなく、扉の先がどこに繋がっているのかわからないのが厄介ッスね……』
「ああ、最初は外国に出たかと思って心底肝が冷えたぞ」
『それはウチもッスよ……』
数キロから十数キロの範囲で土地が切り離されている中、行先まで世界中ランダムとなればアンナやお袋たちとの再会は絶望的である。今生の別れの覚悟をしなければならないところだった。
『しかし、門番とは交渉可能で、しかも最初の門番が商業神であるヘルメスだったのは、不幸中の幸いでしたね』
確かに、と頷く。
人間は寝る所と食う物さえあれば良いと言うものではない。ハブラシやら石鹸やら生理用品やら、健康で文化的な生活のために必要な物は他にいくらでもある。
俺が持つのは、アンナに持ってきてもらったバックパックに入っていた迷宮攻略用のお泊りセットくらい。
俺だけじゃなくヴィクターさんら三十人の面倒を見ることになった今、ヘルメスとの繋がりもより重要となっていた。
初対面時は、下手に弱みを見せるのも危険と強気に行ったが、次からはもう少し下手に出る必要があるかもしれない。
「ところでそっちは大丈夫か?」
『こちらは、先輩がお母上に残してくださったヘスペリデスのおかげでなんとかなってます』
高校と立川駅周辺には、幸いにもAランクやBランクの迷宮はなく、Cランク迷宮(もちろん学校の物ではない)が一つとDランク迷宮がいくらかある程度。
他所から入り込んできていたBランクモンスターが結構な数いるようだが、そのどれも異空間移動スキルを持っていないようで、ヘスペリデスへの侵入もたまにCランク・Dランクが散発的に侵入してくる程度で、それもラドンによって自動的に始末されていると言う。
『現在は、次の安息日を利用して外のBランクモンスターの間引きを予定しているところです』
Bランクに異空間移動スキル持ちがいないと言っても、Cランク以下に異空間型カードが一体でも居たらそれが玄関口となってBランクもヘスペリデスに入って来れるようになってしまう。
現在Bランクの侵入が無いのは単なる幸運であり、Bランクの集団侵入がある前にその間引きを行うべき、というアンナの意見には俺も頷くところだった。
「避難民や生徒たちの様子はどうだ?」
『こちらは大丈夫です。先輩は安全確実な合流に専念してください』
学校の様子を伺うも、やや強引にはぐらかされてしまった。
どうやらトラブルが起こっている予感がするが、あちらはそれを言うつもりはないようだ。
……まあ、言われたところで俺に出来ることはないのだが。
「マスター、任務完了しました」
アンナとの通信が終わったところで、ハーメルンの笛のゲートが開き、イライザらが戻って来た。
「ご苦労様。どうだった?」
「地上にいたBランクは先日のケイローンのみ。Aランクやイレギュラーエンカウントは確認できず、ケイローンもすでに討伐済みです」
その報告にホッと胸をなでおろす。
とりあえず地上にAランクやらイレギュラーエンカウントがウロウロしているという最悪のケースはこれで免れたか。
Bランクが一体のみ、というのも嬉しい情報である。
この地域に元々あった迷宮は、Cランクが一つに、Dランクが数個(Eランク以下はノーカウント)。
ケイローンの他にBランクがいないということは、このアンゴルモアで新しく発生したCランク以上の迷宮もない可能性が高い。
さらに言えば、Aランクが門番となる時は同じ迷宮から出てきたBランクが複数その地区で確認されるだろうから、門番もBランク止まりである可能性がグッと高まる。
そこで、ふと思い出し、イライザへと問いかける。
「……そう言えば、ケイローンはガッカリ箱を落としたか?」
「いえ、ガッカリ箱は出現しませんでした」
「ふむ……」
ケイローンが、ガッカリ箱を出現させなかったということは、迷宮の主ではなかったのか? 他の地域からやって来た野良だった?
いや、それだとこの地域に他にBランクがいないことの説明がつかない。
……ああ、いや、あるいは、この地域の迷宮の主は他の地域で隔離されている、という可能性もあったか。
それならば、ケイローンが野良であっても、他にBランクが出現しないのにも納得がいく。
だが、まあ、それ以上に濃厚なのは、「外に出た主を倒してもガッカリ箱が出現するのは迷宮の最下層に固定されている」という可能性だろう。
浦島太郎もどこかの主を乗っ取って出てきたはずだが、倒してもガッカリ箱は出なかったからな。そういう仕様と考えるべきだ。
ガッカリ箱は開けずにいると一時間ほどで消滅してしまうため、倒してから最下層を目指してもまず間に合わないだろう。
そこまでする労力に見合うか? というのもある。
今後しばらくは、主のガッカリ箱とは縁が無さそうだった。
そんなことを考えながら、続いてイライザの差し出してきた戦利品を確認する。
「Cランクが5枚に、Dランクが70枚か。それぞれどれくらい戦った?」
「Cランクは40体程度。Dランク以下は数え切れないくらいに。Dランクのカードに関しては拾いきれず、装備化スキル持ち等の人気の物のみ回収してきました」
ふむ……Cランク40体と戦って、ドロップは5枚……約10%か。
アンゴルモア中はカードのドロップ率が上昇するという話は、どうやら本当のようだ。
過去に自衛隊が公開したデータによれば、カードのドロップ率はフェイズの進行と共に上昇していくらしい。
その倍率はフェイズ1でおよそ2倍、フェイズ2で5倍、フェイズ3では10倍にもなったとか。
俺のドロップ率は蓮華の加護により常時十倍となっているから、フェイズ3においてCランクのドロップは10%、Ⅾランク以下は確定ドロップということになる。
しかし……。
「Cランクのドロップ率が10%のままということは、まだフェイズ3ということなのか……?」
いや、さすがにこの状況を考えるにそれは無いだろう。
逆に、これでフェイズ4じゃなかった方が恐ろしい。
フェイズ4になっても、Cランクのドロップ率は上昇しなかったと見るのが正しいだろう。
Bランクも、そのドロップ率は二倍止まりであったというから、ランクによってドロップ率に上限がある可能性が高い。
「Cランクは……」
一本ダタラ(日本版ドワーフ)とチロンヌプカムイ(アイヌの狐の神)、それにケンタウロスが三枚か。
このケンタウロスは、ケイローンが率いていた群れのモノだろうか? カードとして残ったということは、眷属体ではなく野良のモンスターを率いていたようだ。
Cランクは全部キープとして、Dランクは良さげなのだけ残し、後はヴィクターさんらに配ってしまおう。
ドロップアイテムの方は……ケイローンがネックレスを落としてるな。
すぐさまカードギアからケイローンのドロップアイテムとその詳細を調べる。
ケイローンの鏃:武器ではなく鏃をネックレスにした物。ギリシャ神話において数々の英雄の師となったケイローンに因んでか、カードに教導スキルを付与し、スキルの習得率が上昇する。人間が身に着けても多少は効果があり、物覚えが良くなる。
「教導とスキル習得率の上昇か、こりゃ助かる」
普段は俺が身に着けておき、玉手箱内ではカードの誰かに持たせておくとしよう。
あとは……大したのはなさそうだから後でゆっくりと確認するか。
Dランクの選別をさっと終え、マヨヒガの中へ入るとオードリーにヴィクターさんを呼んでもらう。
「呼んだかい?」
「ええ、昨日も話したように、そろそろ階段の先へ向かおうと思っています」
「うん、こちらは問題ない。不安がっている人もいるが、説得済みだ」
「ありがとうございます。それで、なにがあるかわからないため、こちらを皆さんに配ってください」
そう言ってDランクカードの束を渡すと、ヴィクターさんはギョッと目を見開いた。
「えっ、ちょ、さすがにこれは」
「あげるわけじゃなく、貸すだけです。さすがにカードのバリア無しだと、こちらも怖いので」
「ううむ、それにしたってDランクカードは……私たちにはEランク以下で十分だよ」
「この状況では最低Dランクでないとお守りにならないので。それに今は、Eランクカードを集める手間もDランクカードを集めるのもあまり変わらないですし」
俺は、アンゴルモア中はカードのドロップ率が上がること、それはフェイズの進行によって上昇していき、現在は十倍になっていることを伝えた。
「というわけで、正直、倒してもカードを拾いきれないほどで、集める手間はEランクとあまり変わらないんですよ」
「なるほど……君にとっては、Dランクであっても貴重ではないということか」
ヴィクターさんは感心したように頷くと、申し訳なさそうにカードを受け取った。
「そう言うことなら有難く受け取っておくよ。しかし、私からではなく君から配った方が良いんじゃないか?」
確かに、その方が避難民らに恩を売るには良いのだろうが……。
「すいません、俺も色々とやることがあるので、まとめ役はヴィクターさんにお願いします」
ぶっちゃけ面倒くさい、というのが俺の本音だった。
俺が配るとなると、配るカードの格差とかで不満を持つ人も出るだろうし、逆にこちらを依存や崇拝してくる人が出てきても、それはそれで面倒くさい。
俺の目的は一刻も早くお袋たちと合流することであり、王様になることではない。
最低限、俺のやることにごちゃごちゃ言ってこないならそれで良かった。
ならばヴィクターさんというまとめ役を一枚噛ませて、細かい調整は任せた方が楽だ。
ただ、あまりに勝手なことをされても困るので一応釘を刺して置く。
「一応言っておきますが、それは復讐や戦うためのものではないので、護身以外では使わないように周知をお願いします」
「承った。確実に守らせる」
力強く頷くヴィクターさんに「よろしくお願いします」と頭を下げ、俺はいよいよ階段の先へと向かうことにした。
最寄りの階段の前へとオードリーのマヨヒガごと転移して、避難民らに愛のマヨヒガに移ってもらう。
万が一、門番がイレギュラーエンカウントだった場合、オードリーのマヨヒガごと奴らの領域に引きずり込まれないようにするための備えである。
愛のマヨヒガが異空間に隠れたのを確認して、俺たちだけで偵察に向かう。
今回は、下りではなく上りの階段を選んだ。
ヘルメスのところでは、玉座の後ろに扉があって、その先が北海道方面への階段となっていった。
では、上りの階段から行ったら門番の背後から出ることになるのか、と気になったからだ。
が、結果は……。
「開かない、か」
階段の先の扉は、どうやってもこちら側からは開かなかった。
では破壊はできるのか、と蓮華たちに攻撃をしても、扉には傷一つ付かない。
どうやら破壊不能オブジェクトのようだ。
もしや、と思い八王子方面への階段を上ってみると、やはり扉は開かなかった。
「これ、もしかしてヘルメスに門前払い喰らったってことか?」
ヘルメスは、俺に一度切りの通行権とフリーパスの二つの選択肢を提示してきた。
そこで俺は転移ができるだろうからと一度切りの通行料を払ったわけだが、その後のアンゴルモア前の商品についての取引について、ヘルメスは明らかにおざなりであった。
あの時は、高慢な神らしい態度と気にしていなかったが、あれはもしかすると俺がお得意様とならないと思っていたからなのかもしれない。
まあ、俺には転移があるのでいつでも行けるのだが……って!
「しまった! ちゃんと転移で行けるよな!?」
転移で行ける前提で考えていたが、よくよく考えてみたら一度も試していない。
これで転移が出来なかったら相当マズイぞ!
俺は慌ててイライザにハーメルンの笛を使うように指示を出し――。
「……良かった、ちゃんと飛べたか」
ちゃんと転移できたことにホッと胸をなでおろした。
「おっ!? 兄ちゃんやんか!」
そこへ、目ざとく俺を見つけたマイナデスが駆け寄って来た。
「一体どうやって来たん!? あの扉は一方通行なんに!」
「いや、知ってたなら教えてくれよ」
俺がジト目で言うと、マイナデスは気まずそうな半笑いを浮かべた。
「アハハ、いや~、あれもヘルメス様の試しみたいなもんやから……。まっ! こうやってまた来る手段があったってことは合格ってことでええやろ! 何か買ぉてく?」
「そうだなぁ」
せっかくだからヴィクターさんたちの服とか生活雑貨でも買っていくか。ホテルの物資を回収はしたが、モンスターの襲撃で破損も多かった。
ここらで一通りそろえておいた方が良いだろう。
俺が要望を伝えると、マイナデスはフンフンと頷き。
「ふむふむ、これならヘルメス様に注文せんでも在庫分だけでなんとかなりそうやな。値段は、まとめてBランクの魔石20個でどうや?」
……結構するな。まあ、今じゃ簡単に手に入らない物だから仕方ないか。
それに、俺に取っちゃタダみたいなものだしな。
例の如くイレギュラーエンカウントの魔石で支払いを済まし、荷物をカード化して仕舞う。
「毎度アリ! 在庫にないモンはヘルメス様に発注せんとアカンから、纏めて買ぉたい時は次からあらかじめに言ってな~」
マイナデスの声を背に受けながら、転移でヘルメスの領域を去る。
さて、少しばかり寄り道をしてしまったが、今度こそ階段に向かうか。
どれが当たりで外れなんてわからないから、ここは適当に――――いや、そうでもないのか?
俺は少し考え、Cランク迷宮から出来るだけ離れた階段へと転移した。
門番は、空間が隔離された瞬間にその地域で最も強いモンスターが選ばれる。ならば、【Bランク複数いる地域A】と【Cランクがトップの地域B】があったとして、空間の隔離後その二つの地域がくっついたとしても、地域Bの門番はBランクモンスターに取って代わられることなくCランクモンスターのままなのではないだろうか?
もしそうならば、周囲に低ランク迷宮しかない階段は、門番がさほど強くない可能性がある。
もちろん、門番が自動的に最も強いモンスターに入れ替わるシステムだったり、空間の隔離が起きる前に強いモンスターが入り込んでいたりする可能性もあるが……試す価値はあった。
果たしてその結果は――――。
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