第5話 孤立
その後、まくし立てるように助けを求める男性から話を聞いた結果、彼らは避難していたホテルのシェルターがモンスターによって破られ、そこから逃げてきたということがわかった。
「私たちはなんとか逃げ出せたが、ホテルにはまだ多くの人が残ってる! 頼む! 助けてあげてくれ!」
「落ち着いてください。まず、ホテルとの距離はどれくらいですか? それと敵のランクは?」
俺の質問に男性はもどかしそうな顔を一瞬したが、重要な質問であることを理解してか真剣な表情で答えた。
「ホテルまでは、ここから数百メートルくらいだ。敵はさっきみたいな奴らがほとんどだが、一体とんでもなく強い奴がいた。ソイツのせいでシェルターは破られたんだ」
敵は主にケンタウロスか。そのボスとなると……Bランクのケイローンあたりか?
いずれにせよ、今の俺たちの敵ではなさそうだ。
そういうことなら……。
「ユウキ、縄張りの主を」
「はい! ――――アオオオオォォォォォンッ!!」
彼らにもわかりやすいようにと、あえて口頭での俺の指示に、ユウキが高く遠吠えをする。
周辺一帯に彼女の気配が拡散されていき、それに動揺したモンスターたちが波を引くようにここから離れて行くのを感じる。
それはケンタウロスを率いていたBランクモンスターも例外ではなく、一瞬迷うような素振りを見せつつ、すぐにここを離れて行った。
ランクアップした今のユウキならば、Cランクのモンスターでも確実に追い払うことができる。
Bランクとなると遭遇率を減らす程度が精々となるが、撤退を選んだところから見るに、どうやらBランクでも下位のモンスターだったようだ。
「これで、この辺のモンスターは追い払えたはずです」
「ほ、本当か? そのカードのスキルなのか?」
「ええ。ホテルへ案内して貰えますか?」
「す、すごいな……。わかった。こっちだ、ついてきてくれ」
男性の案内でホテルへと向かう。
その間に、軽い自己紹介を行った。
男性は、ヴィクター=パラス、42歳。女の子の方は、ヴィクトリアちゃん、9歳。
二人はやはり父娘のようだ。お母さんについての話題は出てこなかったので、こちらも敢えて触れなかった。
自己紹介を終えたところで俺はヴィクターさんへと尋ねた。
「ところで、ここはどこなんですか?」
「ん? どこって、ここはフィンランド村だが……」
「フィンランド……村?」
ここはフィンランドなのか? だが、村とは? 普通自分の国の名前を村につけるか?
首を傾げる俺を見て、ヴィクターさんも怪訝そうな顔となる。
「外国村ってヤツだよ。国内にいながら外国の暮らしが体験できるっていう。北海道は雪国で北欧に環境が近いから」
「ああ!」
俺は納得した。なるほど、外国村か。それで外国風の街並みだったのか!
同時に、安堵する。いや、マジで良かった。本当に海外だったらどうしようかと思った。
もしここが海外だったら立川への帰還は、本気で絶望的となる。
八王子から北海道も大概だが、それでも世界中ランダムに繋がってるよりかは、よほど希望がある。
「ヴィクターさんはここで働いているんですか?」
「ああ。ここで飲食店を経営している。……まあ、フィンランド人だったのは亡くなった妻で、俺はドイツ人なんだけどな」
「なるほど」
そんなようなことを話していた俺たちだったが、ホテルへと近づくにつれて口数はどんどん減っていった。
逃げ切れなかったのだろう人々の亡骸が、目につくようになったからだ。
それらは一目で手遅れであることがわかるような有様で、カードの感覚で探ってみても、もはや生者としての気配を放っていなかった。
俺たちは、それぞれ愛とヴィクトリアちゃんの眼を隠して進み、やがてひと際大きな建物前で立ち止まった。
元は相当に立派だったのだろうマナーハウス風のホテルは、ところどころ大穴が空き、半ば崩れかけていた。
ホテル前に無造作に転がる大量の亡骸から目を逸らしつつ、大穴から中へと入って地下シェルターへの階段を下る。
そして…………――。
「ア……ガ……!」「……痛い、よ。ママ……」「死に、たくない……」
そこにあったのは、本当の地獄絵図だった。
優に数百人は入れるだろう大広間の中には、幸運にも、そして不幸にも生き延びてしまった人たちのうめき声が木霊していた。
彼らは手足を失うくらいならまだマシな方で、腸を曝け出してもがき苦しむ者、全身を焼かれて黒焦げになっている者、猛毒に冒されて半ば溶けかけている者、顔面を抉られて悲鳴すら上げられない者と、死が確定していながらも死にきれない生き地獄を味わ合わされていた。
それは、俺にハーメルンの笛吹き男によって胴体を切断された時のことをフラッシュバックさせるには十分な光景で――――。
『……ろッ! 歌麿! しっかりしろ!』
『ッ!』
体の芯を叩くような蓮華の声に、ハッと我に返る。
『蓮華! アムリタの雨を!』
『ああ!』
部屋の中心へと降り立った蓮華がアムリタの雨を降らしていく。
「ア、ァ……あれ?」「痛くない?」「体が……」
完全に死んでさえいないのであれば、死の淵にあっても完全に癒してくれるアムリタの雨により、まだ息のある人々が次々に我に返り身体を起こしていく。
「これは……おお、神よ」
そんな奇跡としか言いようのない光景に、ヴィクターさんが目を見開いてブルブルと体を震わせる。
「ヴィクターさん、申し訳ないですが、生き残った人たちを集めてもらえますか? 俺の持っている異空間型カードに避難させたいので」
フェイズの進行により、すでに地上にAランクが現れていてもおかしくない。
それらがユウキの縄張りの主によって引き寄せられてくる可能性がある。
念のため、今のうちにマヨヒガへと避難して、疑似安全地帯を展開しておきたかった。
「あ、ああ。わかった!」
ヴィクターさんはブンブンと勢いよく頭を振ると、何が起こったのかわからないという顔をしている人たちの元へと駆け出していった。
『ユウキ、ここ以外にも生存者がいないか探しに行ってくれ』
『わかりました』
それから数分後。
周辺一帯の生存者の捜索と治療を行った俺たちは、オードリーのマヨヒガの中へ移っていた。
結局、俺たちが保護できたのは、三十名ほどだった。
そのうち四割ほどが宿泊客で、残りがヴィクターさんら従業員とその家族である。
ここには百名以上の宿泊客と、二百名以上の従業員とその家族がいたらしいので、実に九割近い人が犠牲になったこととなる。
これだけの被害がでた最大の要因として、敵にCランクの異空間移動スキルを持ちが混じっていたことが挙げられる。
この外国村もアンゴルモアにはできる限りの備えをしており、Dランクではあるが数枚の異空間型カードを保有していた。
しかし、敵に異空間移動スキル持ちが混じっていたことにより、マスターであるオーナーが暗殺されてしまい、異空間型カードをロスト。その後は、ご覧の有様というわけだ。
よりによって異空間移動スキル持ちがアサシンタイプというのも不幸だった。ここにはヴィクターさんのように自前でDランク、Cランクのカードを保有している人も多く、単に異空間移動スキル持ちが侵入してきただけなら、十分に撃退できるだけの戦力を備えていた。
しかし相手がアサシンタイプであったことにより侵入に気付けず異空間型カードを失い、敵のボスであるBランクによって蹂躙されてしまったというわけだ。
敵に異空間移動スキル持ちがいなければ、それがアサシンタイプでなければ、ここまでの被害者は出なかっただろう。
とにかく、ヴィクターさんから改めて詳しい事情を聞いた俺は、
「……何と言うか、ツイてなかったですね」
としか言いようがなかった。
「まったくだ……今思えば、せめて異空間型カードのマスターをオーナー一人だけじゃなく我々従業員で分散すべきだった」
そう嘆息するヴィクターさんだが、異空間型カードはオーナーの個人財産だったようなのでそれも心情的に難しかっただろう。
持ち逃げ等を考えると、従業員とはいえ簡単に預けることはできない。
シェルターに入り、持ち逃げできなくなってから他の人に分散するという手もあっただろうが、冒険者でもない一般人に緊急時にそこまでの判断を求めるのは酷か……。
「貴方が来てくれなかったら、我々は皆殺しにされていただろう。ここの人間を代表して、改めて礼を言わせてもらう。本当にありがとうございました」
ひとしきり嘆いていたヴィクターさんだったが、やがて我に返ると改めて深々を頭を下げてきた。
「しかし、貴方はどうしてここに? どうやら宿泊客じゃないようだが……」
「俺はただの冒険者ですよ」
俺はここへ来た経緯を簡単に話した。
日本中で地区ごとに空間が隔離される現象が起こっていること。地上に迷宮の階段のようなものが現れたこと。家族や仲間と合流するために階段の先へ向かったところ、八王子からここへ出たこと。
神域やら枷の外れたモンスターたちについては、説明しても混乱させるだけなのでは、今は省いた。
「空間の隔離……そんなことが」
「とにかく、こうなった以上他の避難所に移るべきでしょう。最寄りのギルドは?」
「ううむ……」
俺の問いに、ヴィクターさんは難しい顔で唸った。
「最寄りのギルドは札幌になるが、40キロはあるぞ……」
「よ、四十キロ……?」
俺は思わず絶句した。
北海道の距離感はおかしいと聞いていたが、まさかこれほどとは……。
そこまで遠いとなると、まず確実に札幌のギルドとは隔離されていることだろう。
仕方ない……八王子のギルドを頼るか。果たして北海道の避難民まで受け入れてくれるだろうか。
「わかりました。俺の方で、皆さんを受け入れてくれるところがないが当たってみます」
「おおっ! 本当かい?」
「ええ、ただどこも受け入れ人数というものがあるので、今から入れてくれるかどうかは……」
と、一応釘を刺しておく。
「それでもありがたい。どうかよろしく頼む」
そこで愛がヴィクトリアちゃんの手を引いてトコトコやって来た。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。みんなをお風呂に入れてあげたらどうかな?」
それに避難民を見回すと、確かにみんな酷い有様だった。
服が血で汚れていない者はおらず、中には服も失って毛布にくるまっている者もいる。
「そうだな、良く気付いた」
俺は愛に頷くと、ヴィクターさんへと言った。
「とりあえず、皆さんでお風呂にでも入ってゆっくりしてください」
「ありがとう」
オードリーにヴィクターさんらの案内を頼み、俺は重野さんへと連絡を取る。
あとで実際に詳しい話をするとして、先にアポイントを取って軽く説明しておいた方が良いだろう。
一分ほどの呼び出し音の後、一旦切った方が良いかと思った時、重野さんが通話に出た。
『はい、重野です』
「お忙しいところすいません、北川です。取り込み中でしたか?」
『いえ、こちらも北川さんに話があったので、ちょうど良かったです』
「話ですか?」
『いえ、先にそちらの用件を伺いましょう。緊急の用件なんですよね?』
俺は重野さんの話が気になったが、まずはこちらの用件を伝えることにした。
地上の階段のこと。モンスターの領域と、交渉可能なモンスターの存在。門番のヘルメスについて。そして八王子と北海道が繋がっていて、そこで避難民を保護したこと。
枷がどうのこうのという難しい話は省き、できる限り簡潔に状況を伝える。
重野さんは、その間、驚きの声や唸るような声を時折上げつつも、口を挟まずに聞いていた。
『お話は大体わかりました。貴重な情報をありがとうございます』
重野さんは、まず礼を述べ。
『それで、避難民の保護なんですが、すいません、ウチでは無理となります』
そう言った。
『すでに八王子ギルドは、定数を大幅に超えて避難民を受け入れており、完全にキャパシティーオーバーの状態です。ここからさらに市外の人間を受け入れるのは難しいでしょう』
「そう、ですか……」
半ば予想していた答えに、俺は嘆息するしかなかった。
『そして、北川さんもウチにはしばらく帰ってこない方がよろしいかと』
が、続く言葉には、俺も動揺を隠せなかった。
「ど、どういうことですか?」
『実は……今ウチでは、北川さんにカードや魔道具の供出を求めるべきという意見が上がっているんです』
重野さん曰く。
今の八王子シェルターは、キャパシティーオーバーの避難民を受け入れた結果、食料系カードが生み出す食料を消費が上回っている状態にあるらしい。
備蓄した食料や魔石は十分にあるため当面は大丈夫だろうが、ギルド間の交通網が立たれ、アンゴルモア終息の見通しが立っていない現状で、一方的に物資を消費していることに上層部は危機感を抱えていたらしい。
そこで登場するのが、イレギュラーエンカウントの魔石を二つも抱えてやってきた俺の存在である。
尽きぬ油田であるイレギュラーエンカウントの魔石は、それ一つでシェルターの供給バランスを改善する。
ギルドにはすでに一つイレギュラーエンカウントの魔石を渡しているが、俺が持つもう一つの魔石があれば完全に供給が消費を上回る計算らしい。
また俺に渡したアルテミスは、獣の権能により魔石と引き換えに牛や豚などの動物を産み出すことが出来る。
魔石の消費が激しいため食料系カードと見なされず支援リストに載ったが、使い放題のイレギュラーエンカウントの魔石が手に入った今、アルテミスの食料系カードとしての価値も上がった。
ここに至って、八王子ギルドは、支援として送ったアルテミスのことが惜しくなり始めたのである。
そこで、例の法律を利用して、イレギュラーエンカウントの魔石と支援として送ったアルテミスの回収をしようという意見がとあるギルド幹部から出た。
もちろんしかるべき対価は支払う。支払うが、それはアンゴルモアが終息してからのことになる。
事実上の没収であった。
そして、俺からイレギュラーエンカウントの魔石とアルテミスを回収しようと言い出したギルド幹部は、ハーメルンの笛吹き男によって子供を攫われて帰って来なかった親の一人であり。
子供を助けるために、重野さんと共に難色を示すシェルター上層部を説得してアルテミス等のBランクカードを支援リストに載せてくれた俺の恩人でもあった……。
「……………………」
すべてを聞き終えた俺は、重いため息を吐いた。
例の法律を利用して俺から魔石とアルテミス(もうユウキのランクアップに使ってしまったから返しようもないが……)を取り上げようとしていると聞いた時は、正直怒りを抱いた。
だが、それもその提案をしたのが、子供の帰って来なかった親の一人だと聞いて、完全に吹き飛んだ。
おそらく、その人は自分の子供の遺体を見てしまったのだろう。
奴によって無惨に弄ばれた我が子の姿を……。
ハーメルンの笛吹き男によって子供が攫われ、子供を助けるために奔走し、でも他の子は帰ってくる中、自分の子供だけ帰って来なくて。
そんな中、我が子の遺体を見た。
怒りを、恨みを抱いても当然だった。
俺はかぶりを振ると、半ば話を逸らすように、聞いていて気になったことを問いかけた。
「……お話はわかりました。しかし、その方はともかくとして、他の人たちは俺がギルドシェルターを出て行くとは考えなかったんでしょうか?」
俺がただの三ツ星冒険者だったならともかく、Aランク相当のイレギュラーエンカウントを倒せる冒険者である。
十分にシェルター外でも生きていける力があり、不条理な目にあってもシェルターに残り続ける意味はない。
客観的に見て、俺は対イレギュラーエンカウント用の戦力として有用だと思うのだが……。
『それは、おそらく北川さんに他に行き場がないと考えているからだと思います』
それが、重野さんの答えだった。
『上層部は、北川さんからと他のギルドからの報告で空間の隔離については知っていますが、まだ地上の階段とその先については知りません。他に行き場が無いと考えているなら、一度シェルターを出て行ったとしても、いずれギルドの物資や設備を求めて戻ってくると考えているのでしょう』
重野さんの推測に、俺はなるほどと納得した。
階段の先が別地域に繋がっていることを知らなければ、他に行き場がない俺が最終的に設備の整ったギルドのシェルターに戻ってくると考えてもおかしくない。
『とにかく、今は戻ってこない方が良いでしょう。他の上層部は、欲に駆られて便乗しているだけです。北川さんの罪悪感につけ込んで、さらなる要求をしてこないとも限らない。……発端となった彼も、今は我を忘れていますが、元は理性的な男です。いずれ、折り合いをつけるでしょう』
それは、どうだろうな。家族を失った怒りと悲しみを、簡単に解決できるとは思えない。
内心でそう思いつつ、俺は別れの挨拶をして、通話を切った。
「……ふぅ」
参った。ヴィクターさんらの保護が無理となった時点で八王子ギルドを離れて行動することは確定していたが、まさかギルドに戻ることすらできなくなってしまうとは……。
受け入れは難しくとも、生活雑貨等の支援は期待していたのだが。
一体これからどうすれば良いのか。
俺は一人、立ち尽くすのだった。
【Tips】魔石のランクごとのエネルギー目安
一世帯(家族四人)当たりの一日の電気使用量をエネルギー1をとした場合。
F:30~60
E:60~120
D:240~500
C:2000~4000
B:30000~60000
A:1000000(100万)~???
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