第4話 門番

「さて、まずは何から聞く?」


 市場の端。人気のない場所に移るなり、マイナデスはそう問いかけてきた。


「兄ちゃんの持つ魔石なら、なんでもいくらでも答えるで」


 ウチの知ってる範囲ならな、と笑うマイナデスへ俺は問いかけた。


「まず、領域ってなんだ?」

「ふむ。……外がバラバラに隔離されてるのは兄ちゃんも知っとるやろ?」

「ああ」

「それぞれの地域には、他地域への移動を制限すんための門番がおる。門番は自由に動けへんなる代わりに自分の領域をもらえて、自分の領域ではある程度の枷が外れる。それは門番が居住を許したヤツも同様で、ヘルメス神は商業神やから商売の意思があるモンなら誰でも迎え入れてくれとるっちゅーわけや」


 門番と領域……。


「枷ってなんだ? それが外れるとどうなる?」

「うーん。枷は、迷宮から人外に対する色んな制限やな。これはたくさんあるから一口には説明できへんけど……とりあえずここのモンは全員『人類に対する試練とそのご褒美』としての役割からは解放されとるで」

「……ご褒美?」


 その言葉に嫌な予感を覚え問い返す俺に、マイナデスはあっけらかんと答える。


「そんなんカードのことに決まっとるやろ。ウチらが倒されたらカードになるのは、試練を超えたご褒美やからな。その試練としての役割を解かれたなら、そのご褒美もなくなってしかるべきやろ」


 つまり、ここのモンスターを倒してもカードになることはないということか。


「ここのモンをカードにしたいんやったら、ウチらがカードになっても良いと認めさせてくれへんとな」

「ん!? お前らに認められたらカード化自体はできるのか?」


 驚き確認する俺に、マイナデスは「そうやで~」と軽く頷く。


「本来は主神クラスの方々だけの特権やったんやけど、ここではウチら程度の格のモンでも自分の意思でカードになるかどうか選べるんや」


 主神クラス……Aランクのことか? Aランクのドロップ数が極端に低いのは、それが理由か?


「たとえばお前をカードにしたいならどうすれば良い?」


 俺がそう問いかけるとマイナデスはニヤッと笑った。


「お? 兄ちゃんほどのマスターに見込まれるとは、ウチも中々やな~。でもせっかく自由に商売できるようになったばっかなんや。今のところはいくら積まれてもカードになる気はあらへんなぁ」

「そうか……」


 コイツを仲間に出来れば今後も色々なことが聞けると思ったのだが……。


「悪いな兄ちゃん。でも他の奴らなら誘ったら頷く奴らもおるかもしれへんで。器はそっちの方で用意してもらう必要があるけどな」

「器?」

「ほら、白い無地のカードがあるやろ? 色んなモンをいれられるヤツ。あれがあればウチらをカードにできるで」


 ああ、カード化の魔道具のことか。

 カード化の魔道具があれば、同意の上でカードにできる。逆に言えば、カード化の魔道具がなければカードにすることはできない……。

 これは、不味いぞ。今はこの領域だけだが、それがもし地上全体に拡大するようなことがあれば、俺たちはカードを手に入れることすら困難になるだろう。


「なぁ、もう質問はええんか? ならそろそろ料金を払ってもらいたいんやけど」


 俺が険しい顔で考え込んでいると、マイナデスがソワソワと言った。


「あ、いや。まだ聞きたいことはある。でもそうだな、ここまでの料金を一度払うよ。いくらだ?」


 その方が安心してマイナデスも答えてくれるだろうと、ハーメルンの笛吹き男の魔石を取り出しながら言うと、彼女は嬉しそうに笑った。


「さすが兄ちゃん、道理ってもんがわかっとるなぁ! そうやな、ここまでの情報全部まとめて……Cランクの魔石三つ分でどうや?」

「わかった。内部のエネルギーで良いんだよな?」

「ええで」


 とマイナデスが魔石と触れる。


「毎度あり。……ちなみにウチやから良かったけど、こんなこと他のモンにしたら代金を誤魔化されるかもしれへんから、気を付けた方がええで」

「む……」


 なるほど、確かにその可能性はあるか。

 人間の俺では魔石のエネルギーを観測できないため、多めに持っていかれてもわからない。

 次からは、カードの誰かに代金の支払いをやってもらった方が良いな。


「そうだな、その情報の分も次の支払いに入れといてくれ」

「こんな忠告で対価はとらへんよ。ウチはこう見えて三方良しでやっとるんや」


 そう笑って、マイナデスは誇らしげに胸を張った。

 その胸は、小柄なわりになかなか豊満であった。


「……それで、次の質問なんだが、他の地域に行く方法は知っているか?」

「もう察してると思うけど、各地域の門番を倒すか、門番に認められれば、先へ行けるはずやで」

「その二つの違いは?」

「前者はシンプルやな。倒せば、通行の邪魔をするヤツはいなくなるから先へ進める。ただ翌日には次の門番が選定されとるやろうし、門番によって領域の雰囲気も変わる。ここと違って侵入者は問答無用で襲ってくるところもあるやろうな。すべては門番の意向次第や。

 後者は、門番によって条件が異なるから何ともいえへんけど、上手くすれば戦わずに済む。交渉次第では、以降は戦いも交渉も無くフリーパスで通れるようになるかもしれへん」


 ふむ。前者は、単純だが毎回門番を倒して通る必要がある。後者は、最初はやや面倒くさいが、以降は労力なく通れるかもということか。


「ちなみに門番は迷宮の主と同じように強化されてる上に、スキルの枷も外されとるから気をつけてな」


 スキルの枷……それが蓮華のような真スキルのことを言っているなら、確かに面倒かもしれない。

 迷宮の主の同様ステータス補正もあると言うならば、その強さはワンランク上と考えても良いかもしれない。


「ここの門番はヘルメス様やし、取引でどうにかなる可能性も他の門番より高いんとちゃうかな? 交渉できるなら交渉で済ました方が得やと思うで。兄ちゃんも商業神の権能は知っとるやろ?」

「ああ」


 商業神の権能は、現在そして過去の商業神との商取引を可能とする。

 他の商業神が手に入れた物を、距離と時を超えて取り寄せることができるのだ。

 この権能の凄いところは、過去の商業神に対して注文ができることだ。

 たとえ現時点で在庫リストに載っていない物であっても、過去の商業神へと注文を送り、それをその時代の商業神が手に入れられれば瞬時に在庫リストへと反映される。

 やり取りできる物品は、自然からの産物か人の手で作られた物に限り、迷宮産の魔道具はやり取りできないなどの制限はあるようだが、それでもアンゴルモア前の物品を取り寄せできるというのは、今の世界において唯一無二の力だった。

 商業神は、その権能の特性から神のプライド持ちであっても話が通じる者が多いと言われている。

 ここのヘルメスも、交渉次第ではアンゴルモア前の物品を売ってくれるかもしれない。

 アンゴルモア前の物品を手に入れられる希少なチャンスと考えれば、倒すよりも交渉して取引相手とする方が良いように思えた。

 ただ気になるのは……。


「それは、ヘルメスからそう言うように言われてるのか?」

「おっ!?」


 俺の突然の問いかけに、マイナデスは目を見開いて驚いた。


「……なんでそう思ったか聞いてもええか?」

「明らかに俺とヘルメスが戦わないように誘導するような言動があったからな。ただ、それがお前自身の意思なのか、ヘルメスからの指示なのかがわからなかった」


 マイナデスの説明は、明らかにヘルメスと戦うことの不利益を説くものだった。

 それは、まあ別に良い。重要なのは、それがこの場所を失いたくないマイナデスの意思によるものなのか、ヘルメスの指示によるものなのかだ。

 もし後者であれば、相手も交渉を望んでいることを意味し、すでに交渉は半ば成立しているようなものだ。

 期待を込めてマイナデスを見る俺に、彼女は納得したように頷くと言った。


「なるほどなぁ、さすがにちょっと露骨すぎたか。……答えは、両方や。ウチ自身の意思でもあるし、ヘルメス様からの指示でもある」

「というと?」

「ヘルメス様からのご命令は、強そうで話が通じそうな相手だったら戦闘ではなく交渉を選ぶように誘導すること。……兄ちゃんさえよければこのままヘルメス様んところ案内するけど、どうする?」


 俺の答えはもちろん決まっていた。



 神殿の奥。精緻な彫刻の施された巨大な門を背に置かれた玉座。

 そこに、ヘルメスはいた。

 トーガを身に纏った、二匹の蛇が絡みついたような特徴的な杖――ケーリュケイオンを持った優男風の美男子。

 傍らにニンフらしき美女たちを侍らせ、退屈そうに頬杖をつくその様からは威厳らしきものは感じられないが、その身から放たれる威圧感は並みのBランクを大きく超えている。

 その威圧感に、愛が身を竦ませ、ギュッと俺の服の裾を掴んだ。


「おや、これはこれは、アテナではないか。なるほど、君を従える人間か。マイナデスがわざわざ案内するわけだ」


 ヘルメスは俺たちを見るなり言う。

 それにアテナはフンと鼻を鳴らすだけで何も答えず、ただ愛の手を優しく握るだけであった。

 アテナに無視される形となったヘルメスはわざとらしく肩を竦めると、俺へと視線を向けた。


「それで人の子よ、ここへは何の用かな?」

「用件は二つ」


 俺がそう切り出すと、ヘルメスは不快そうに顔を顰めた。


「人の子風情が……二つとは欲張ったね。ま、言うだけ言ってみたまえ」

「一つは、その門の先、他の地域へと向かう許可が欲しい」

「断る。この先に通りたければ僕を倒していくがいい」


 いきなり交渉決裂か、と俺たちの間に緊張が走る。


「……と言いたいところだが、一文の得にもならないのに戦うのも馬鹿らしいのも確か。しかるべき対価を払うと言うのであれば、この先へ行くことを許そう」


 ため息交じりのヘルメスの言葉に、ホッと空気が弛緩する。

 とりあえず即戦闘というのは避けられたらしい。


「一度通るだけならBランククラスの魔石を一つ。自由に行き来したいのであればAランクの魔石を貰おうか」


 ふむ……。明日になればイレギュラーエンカウントの魔石でフリーパスも払うことも可能だが、一度でも向こうの地にいければ、あとはイライザの転移で行き来できる可能性が高い。

 一先ずここは、一度だけで良いか。


「一度分の方で頼む」

「そうか。それで、もう一つは?」

「アンゴルモア前の物品を売ってほしい。できれば継続的に」

「そこのマイナデスを専属に就けるから、欲しいモノがあれば彼女に言いたまえ。いちいち人の子の相手をするほど暇じゃないのでね。取引は彼女を通して行う。話は以上かな?」

「ああ」

「では、さっさと行きたまえ。僕は忙しいのだよ」


 ヘルメスはシッシと俺たちに手を振ると、傍らの美女を抱き寄せその胸に顔を埋めるのだった。



「なんとも教育に悪い奴だったな」


 無事に門を取ったところで蓮華が言った。


「まったくです。妾の愛になんてものを見せるんですか!」


 それに愛を抱きしめながらアテナがプンプンと怒る。

 確かに、あのヘルメスは些か教育に悪かった。


「ほな、ウチはここまでや」


 門の先の階段を下り、前方で光が差し込みはじめたところでマイナデスが言った。


「こっから先に行くと、兄ちゃんらに襲いかかってまうやろからな」

「む」


 そうか、マイナデスが人類に対する試練を解かれているのは、門番の領域に限った話だから、そこから一歩でも出ると普通のモンスターに戻ってしまうというわけか。

 あまりに普通に話すものだから、彼女がカードではなくモンスターだということを忘れかけていた。


「ちゅーわけで」


 と手を差し出してくるマイナデス。門の通行料を要求しているのだろう。

 それに苦笑しつつ魔石を彼女へと差し出そうとして――ハッと隣のユウキへと渡した。

 危ない危ない、そう言えば迂闊にモンスターに魔石を渡したら駄目だったんだっけ。

 それを見たマイナデスが魔石に手を当てつつ、ニヤリと笑う。


「また無警戒に渡してきたら今度は根こそぎ貰っとくところやったわ。ほな、また! 気ぃつけてな!」


 マイナデスは最後まで陽気に手を振って去って行った。

 それを見送り、俺たちは先へと進む。

 そして階段を抜けた先にあったのは――。


「……雪?」


 一面の銀世界だった。

 積もり積もった雪は、俺の膝元くらいまであり、崩れた家々を半ばまで覆い隠している。

 それは東京であり得ないほどの降雪量であり、少なくともここが八王子の近辺ではないのは確かだった。

 周囲を良く観察してみれば、その無惨に破壊された街並みからは、どこか異国情緒を感じる気がする。

 ここは……まさか、外国か?

 てっきり隣接する地域へと出ると思い込んでいた俺が思わず呆然としていると…………。


「――――ァァァッ……!」


 カードたちの耳が、微かな悲鳴を捉えた。


『イライザ! ドレス!』


 俺の呼びかけに、ドレスの装備化を受けたイライザが悲鳴の方へと弾かれたように駆け出した。

 俺も巨大な狼へと姿を変えたユウキの背に飛び乗って後を追いながら、イライザの視界を共有する。

 風圧で雪を吹き飛ばしながら駆けるイライザの眼が、悲鳴の主とそれを襲うモンスターたちを目に捉える。

 悲鳴の主は、デュラハンに抱きかかえられた小さな金髪の女の子だった。

 その背には、数体のケンタウロスが迫っている。

 ケンタウロスの一体が、集団からやや離れ、弓を引き絞る。その狙いの先は、金髪の少女。逃げるのに必死のデュラハンは、それに気づいていない。少女の眼が、恐怖に見開かれる。

 そしてケンタウロスの矢が放たれた――――その瞬間。


「ッ!?」


 少女の眼前で、矢が掴み止められた。

 短距離転移の最大射程距離200メートル。ギリギリでその範囲に少女を捉えたイライザが、瞬間移動で駆け付けたのだ。

 そのままイライザは、ケンタウロスの排除に掛かる。


「パパ!」

「ッ!?」


 少女の声に、異変に気付いたデュラハンが振り返ったその時には、すでにケンタウロスたちは地に伏し、その身を魔石とカードへと変えるところだった。

 そこで、わずかに遅れて俺たちもその場へ到着する。

 一瞬身構えたデュラハンだったが、俺の姿を見るとイライザらがカードであることに気付いたのか、あからさまに安堵すると地面にへたり込んだ。

 兜を取ると、金髪を短く刈り込んだ壮年の男性の顔が現れた。

 途中からそうではないかと思っていたが、やはりこのデュラハンは中身入りだったようだ。

 明らかに外国人とわかる顔立ちに、俺は恐る恐る話しかけた。


「大丈夫ですか? May I help you? ……はちょっと違うか」


 えっと、英語で大丈夫ですか? ってなんて言えば良いんだっけ? 

Are you okay? つか、そもそも英語圏の人なんだろうか?

 俺がカードギアに通訳機能がついていることも忘れ一人テンパっていると、俺の様子を見た男性がフッと小さく笑った。


「大丈夫、日本語話せるから。ありがとう、本当に助かった」


 そしてすぐ顔を引き締めると。


「すまないが、他にもまだ襲われてる人がいるんだ! 助けてくれないか?」


 そう助けを求めてきたのだった。





【Tips】領域のモンスター

 門番の領域に住むことを許されたモンスターたちは、迷宮によって課された『人類への試練とご褒美』の枷を解かれている。

 これにより人類に対し無条件に襲いかかることは無くなったが、カードとしてドロップすることも無くなっている。

 交渉によりカード化することも可能だが、器としてカード化の魔道具が必要となり、契約時の条件を破った(あるいは守るつもりが無くなった)時点でカード化も解除される。



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