第9話 人生で最も長い一日⑨

 

「……お兄ちゃん、ちょっと顔つき変わった?」


 ひとしきり愛を抱きしめて、身体を離したところで、俺の顔を見た愛が言った。


「なんかちょっと大人っぽくなったような……?」

「そうか……?」


 俺は、自分の顔を撫でながらすっとぼけた。

 浦島太郎によって老化した身体は、ここにくるまでの真アムリタのラッシュでほぼ元通りになっているはずだが、1〜2歳ほどは歳を取ってしまっているのかもしれない。

 が、そんなことはわざわざ愛に言うつもりはない。

 浦島太郎との遭遇も、それによる老化も、愛は何も知る必要はない。

 あまりそれに触れられたくなかった俺は、話題を逸らす意味も込めて愛へと問いかけた。


「それにしても、良くこんな奥まで逃げてこれたな」


 入口からここまでかなりの距離がある。

 正直、もっと浅い場所でマヨヒガに籠ってくれていたらもう少し楽だったんだが……。

 ちょっとだけそう思いながら言うと、愛は涙ながらにここまで逃げて来た経緯を語ってくれた。

 ハーメルンの笛吹き男にここに攫われてきてすぐ、愛はマヨヒガを召喚してそこに籠ったらしい。

 これは、モンスターの姿を見かけたらすぐにそうするように俺が予め言い含めていたからで、そのおかげで異空間スキルを持たない鼠たちの襲撃は回避できたというわけだ。

 しかし、お袋たちのところから愛を攫ったように、ハーメルンの笛吹き男は……というかイレギュラーエンカウントどもは、異空間型内部へ侵入することが出来る。

 マヨヒガに籠る愛たちに対して、ハーメルンの笛吹き男は、時折現れては子供たちを一人ずつ攫っていったらしい。

 愛たちは襲撃を受けるたびに少しずつ場所を移動し、気付けばこんな奥まで来ていたとのことだった。


「そうか……良く頑張ったな」


 俺は愛の頭を撫でてやりながらその奮闘を労わってやるしかなかった。

 突然ハーメルンの笛吹き男のような不気味極まりない怪物に襲われ、俺からカードを預かっていたことにより必然的に多くの子供たちの命を背負うことになって。

 しかし、どれだけ頑張っても一人また一人と攫われていく子供たち。その中にはきっと顔見知りもいたに違いない。

 さぞ、恐ろしく辛かったことだろう。


「それで他の子供たちは?」

「こっち」


 愛に手を引かれる形で、子供たちがいる部屋に案内される。

 客室の多くを潰して形成したと思われる大広間では、子供たちが布団に包まって静かに眠りについていた。

 大体百数十人ほどか……。それなりに大きな子が多い。どうやら愛と同じ学年の子供たちが中心に攫われたようだった。

 これもハーメルンの笛吹き男の嗜好によるものか、あるいは単に一纏めになっていて攫いやすかったからか。

 部屋の中央には、くるんとした羊の角を持った白髪の美女がいて、こちらに気付くとニッコリと微笑みかけてきた。


「アマルテイアか」

「うん。パニックになってる子も多かったから眠らせてもらったの」

「良い判断だ」


 国からカードを配られている子供たちが、パニックになって良いことがあるとは思えない。

 俺が愛でも同じ判断をしたことだろう。


「子供たちはこれで全部か?」

「う、うん……。ただ、何人かの男子が敵を倒すっていって飛び出していっちゃって……」

「…………」


 俺は、何も言わずに愛の頭を撫でた。

 男の子らしい冒険心の結果というにはその結末は悲惨すぎ、しかし愛が罪悪感を抱く必要がないことだけは、確かだった。


「……愛」


 一通り愛や、アオイちゃんやミオちゃんといった顔見知りの子供たちの無事を確認した俺は、愛へと向き直ると言った。


「俺はこれから愛たちを攫ったモンスターを倒しに行く。それまでここで大人しく待てるな?」


 俺の言葉に愛が動揺する。


「え? ど、どうして? ここで助けを待てば良いじゃん!」

「……助けは、来ない」


 俺は伝えるか伝えまいか迷ったものの、結局はそう真実を伝えることにした。

 助けが来ないのは、今だけの話じゃない。

 これから先ずっと……下手したら永遠に、誰も助けてくれない世界が来るかもしれないのだ。

 ギルドが、子供たちをシェルターから攫われても人的救援を出せず、自衛隊とも連絡がつかないというのは、そういうこと。

 もう、大人たちが守ってくれる社会は終わったのだ。

 愛には、今のうちにそれをわかってもらう必要があった。


「で、でも……!」


 なおも言いつのろうとする愛を、ふわりとアテナが抱きしめる。


「大丈夫。大丈夫ですよ、愛。妾がついていますから」

「……………………うん」


 それでやっと愛も安心したのか、身体の力を抜いて頷いた。

 そんな愛の頭を撫でてやりながらアテナがチラリとこちらを見てくる。

 俺は無言で頷き返した。

 疑似安全地帯を張っている間、アテナはその範囲から動けない。

 安全地帯は、マスターが中にいる状態で外でカードに戦闘させても解除されるし、中にいるカードに外のカードへと回復や支援をさせても解除されてしまう。

 つまり、ただでさえ召喚枠が少ない中、アテナ抜きでハーメルンの笛吹き男と戦わなければならないということ。

 だが、そんなことはわかりきっていたことだ。

 アテナを愛たちの守りに置くことは、彼女のアイギスが解禁された瞬間から覚悟していたことだった。


『……しかし、どうやって倒す?』


 これまで無言で俺たちのやり取りを見守っていた蓮華が、そう問いかけてきた。


『アムリタはあと一回。このままだとハーメルンの笛吹き男にたどり着くこともできずに鼠どもに食い殺されかねんぞ』

『……………………』


 実際、状況は苦しい。いや、絶望的と言って良い。

 使用回数が十回に増え、早々使い切ることもないだろうと高を括っていた真アムリタの雨も残り一回。

 無尽蔵に沸く鼠に対する抵抗策はなく、眷属召喚による数での抵抗も封じられている。

 だが……。


『策はある』


 俺はそう言うと、重野さんから受け取ったカードを取りだした。



【種族】アルテミス

【戦闘力】800

【先天技能】

 ・満ち行く三日月の女神:月と狩猟を司る女神であるアルテミスの権能を使用可能。

 ・三相女神

 ・凍てつく月の世界

 ・双神:伴侶や親兄弟などの密接な関係にある別の神と共に召喚することで真価を発揮する。二枚召喚しても迷宮の召喚枠を一つしか消費しない。また、生命力・魔力・スキルの使用回数・すべての後天スキルを共有を二枚で共有する。

 ・矢を射かける者:強力な呪いを込めた必中の弓矢を放つ。稀に即死。相手が女性であった場合、初撃に限って防御力無視、威力二倍。回数制限はないが、十分間のクールタイム有り。場にアポロンがいる場合に限り、攻撃対象が敵の女性全体に拡大される。装填、狩人スキルを内包する。

(装填:魔法を武器に籠めて放つことができる)

(狩人:狩人に必要な技能を収めている。武術、弓術、遠見、追跡、気配遮断スキルを内包する)

【後天技能】

 ・純潔の誓い

 ・神のプライド

 ・高等攻撃魔法

 ・高等状態異常魔法



 ————アルテミス。


 俺が求めていた月の三相女神の一角にして、ユウキのランクアップ先。

 残り二柱の神が揃えば、眷属封印の特殊スキルが使用可能となる。

 そして、その片方は、すでにこの手の中にある。


【種族】サキュバス(メア)

【戦闘力】1100(MAX!)(初期戦闘力450+成長分450+霊格再帰分200)

【先天技能】

 ・巫山の夢

 ・胡蝶の夢

 ・淫魔の肌


【後天技能】

 ・ファムファタール

 ・友情連携

 ・中等魔法使い

 ・高等状態異常魔法

 ・人を呪わば穴二つ

 ・生還の心得

 ・霊格再帰(CHANGE!):リリム(700)、ヘカテー(950)。数値は、初期戦闘力。

 ・耐性貫通

 ・詠唱短縮

 ・高等攻撃魔法

 ・魔力強化

 ・魔力回復



【種族】ヘカテー(メア)

【戦闘力】1600(初期戦闘力950+成長分450+霊格再帰分200)(レベルアップ使用時2100)

【先天技能】

 ・欠けゆく新月の女神:月と闇夜を司る女神であるヘカテーの権能を使用可能。

 ・三相女神

 ・凍てつく月の世界

 ・死者達の王女:ヘカテーの冥府神としての能力。月・夜闇・死・魔等の属性を持つ味方を強化(ステータスの大きな向上、持続回復、『生還の心得』を付与)し、それらの属性を持つ敵を弱体化(ステータスの大きな減少、衰弱、不死状態の解除)させる。

 ・魔女たちの女王:ラミアーの母とも呼ばれるヘカテーの騎行。眷属であるラミアーを召喚することができる。無限召喚型。高等魔法使いを内包する。


【後天技能】

 ・ファムファタール

 ・友情連携

 ・人を呪わば穴二つ

 ・生還の心得

 ・霊格再帰

 ・耐性貫通

 ・詠唱短縮

 ・魔力強化

 ・魔力回復

 ・巫山の夢

 ・淫魔の肌



 ケルトの三女神との戦いで手に入れたメアの新たなキーアイテム。

 それは、ヘカテーへの霊格再帰を可能とするモノだった。

 ヘカテーは、月の三女神の中で最も入手が難しいとされるカードである。

 その理由は、シンプルにその強さにある。

 敵と味方に強力なデバフ・バフをばら撒くスキルに、同じBランクであるラミアーの無限眷属召喚。

 ラミアーは、Cランクのモルモーを無限召喚でき、そのモルモーもエンプーサの無限召喚スキルを持つ。

 これほどの展開能力を持つカードは、Bランクでも珍しい。

 ネヴァン同様、三相女神でありながら単体でも十分に強いカードであり、それ故にセレーネーやアルテミスと異なり市場に出回ることがまずないカード。

 セレーネーとアルテミスが手元にあっても三相女神を揃えようとする者はいないが、ヘカテーが偶然手に入ったら何が何でも三枚を揃えようとする……そういうレベルのカードだった。


『月の三相女神による眷属封印、か。まあ、それしかねーだろうな。……だが、残りの一枚はどうする?』

『それは、これを使う』


 そう言って俺が取りだしたのは、ガーネットが入った宝石袋と宝籤カードだった。

 アンナに届けてもらったもののうち、本命はこれだった。

 それを見た蓮華が小さく嘆息した。


『やっぱそうか……しかし、引けるのか?』

『引ける。確実に』


 俺は、断言した。

 メアの新たなキーアイテムがヘカテーのものと分かった瞬間から、俺の中にはある予感があった。

 それは、いつか必ずヘカテーの……月の三相女神の特殊スキルが必要となる時が来るのではないか、というもの。

 その予感は、重野さんから受け取ったリストの中にアルテミスの名があった瞬間に確信へと変わった。

 同時に、俺の中にあった一つの疑惑もまた、確信へと変わった。

 すなわち、蓮華の中に眠る存在は、俺たちが勝手に警戒していただけで、少なくとも敵ではないのでは……ということだ。


 思い返せば、その存在が介入してくる時というのは、俺の危機が迫る前ばかりだ。

 大会前に都合よくアムリタを手に入れられたこと。猟犬使いに襲われる前にタイミング良く遭難のカードを手に入れられたこと。レース中に零落スキル持ちのサキュバスを手に入れられたことも、おそらくそうなのだろう。

 極めつけが、パーフェクトリンクの副作用である。

 浦島太郎との遭遇を前に偶然、都合よく、年を取りにくい副作用が出るなんてことがあり得るだろうか?

 あり得ない。必然、そう考えるのが自然。

 であれば、蓮華がパーフェクトリンクに危機感を抱けないのも当然である。俺には、パーフェクトリンクの効果以上に、その副作用こそが必要だったのだから。

 確かに、蓮華の中のナニカが、全幅の信頼を置くには危険すぎる存在であることは、間違いない。

 蓮華の中の存在がもたらしたものは、決して良いモノだけではない。

 ハーメルンの笛吹き男との一度目の遭遇にしろ、アンゴルモア前にホープダイヤなんて釣り餌をこれ見よがしに与えられたのにしろ、おそらくは蓮華の中のナニカによる仕込みだろうからだ。

 そう考えれば、この状況自体が、蓮華の中のナニカのせいと言える。俺自身の選択、自業自得によるものがあるとはいえ、だ。

 しかし、それでも、事ここに至れば間違いない。

 蓮華の中のナニカは、俺に死んでもらっては困るのだ。

 その真意がどうであれ、それだけは間違いない。


 ————ならば、この後一手足りない状況でも、きっと介入があるはず。


 俺は、胡坐をかいて座ると、袋の中のガーネットとダイヤを畳の上にばら撒いた。

 残りのカーバンクルガーネットは、元々持っていた約70個に加え、先ほどアンナのターニャに届けてもらった90個の計160個。ヴィーヴィルダイヤは、合計4つ。

 ガーネットが20個あればBランクカードを引けるから、8回は引ける計算となるが……因果率の歪みのことを考えれば、チャンスはせいぜい5回。

 その5回で、俺はセレーネーを引き当てなければならない。

 さもなければ……。

 俺は、アテナに抱きしめられた愛を見て、グッと唇を噛んだ。


「……やるぞ」


 俺はそう言うと、蓮華とパーフェクトリンクを行った。

 瞼の裏に広がる可能性の道は、そのほとんどが謎の闇に覆われて結果はおろか、道筋までろくに視ることが出来ない。

 おそらくこれは、アンゴルモア中ずっと続くのだろう。

 それでも宝籤のカードを引く程度の、直近の可能性の道くらいならなんとか見通すことができた。

 これなら、なんとかカードのドロップや宝籤カードの運命操作くらいならできるだろう。

 俺は祈る様な気持ちで一つ、また一つとガーネットの幸運を注ぎ込んでいく。

 頼む! 出てくれ……!

 ガーネットが砕け散る音と共に、宝籤カードが変化する。

 美しい女神の姿が垣間見え、俺の胸が期待に高鳴る。

 まさか、一発で……!? と、その名前を見て。


「フレイヤ……?」


 しかし、それはお目当ての月の女神ではなく、北欧神話における愛と豊穣の女神だった。

 生と死、戦いを司る美しく力のある女神であるが、今俺が求めているカードではない。


「く……っ!」


 違うのか? 俺の推測は間違っていたのか? いや、まだだ! あと4回チャンスはある!

 俺はじわりじわりと湧いてきた不安を振り払い、ヴィーヴィルダイヤで因果率の歪みを解消すると、二度目の運命操作を使った。


「白虎……次!」


 三度目。


「スレイプニル……まだだ!」


 四度目。


「キ、キマリス」


 ま、まずい。チャンスはあと一回。これで出なければ……。

 俺の推測は、間違っていたのか……?

 所詮は、都合の良い推測だったということか?

 それとも、蓮華の中の存在であってもそこまでの力はない?

 頼む、これで出てくれ!

 俺はまさに神に祈る気持ちで五回目の運命操作を行う。

 結果は————。


「よ、黄泉津大神(よもつおおかみ)……!?」


 俺は、思わぬ結果に眼を見開いた。

 黄泉津大神は、伊邪那美命(いざなみのみこと)の黄泉での神格であり、Bランク最上位のカードである。

 イザナミの頃の国産み、神産みの権能は黄泉戸喫(よもつへぐひ)をして黄泉の住人となってしまったことで失われているが、代わりに黄泉神としての……死を司る権能を有している。

 古事記によれば、イザナミは夫である伊耶那岐神(イザナギ)による黄泉の国訪問の際、「お前の国の人間を毎日千人殺してやる」と呪いの言葉を放ったという。

 黄泉津大神は、それを象徴するかのように『眷属殺し』のスキルを持つ。

 それは、俺が求めていたスキルだ。

 だが……黄泉津大神のそれは、一日に五回、その場の眷属を一掃するというもの。

 通常であれば十分過ぎるスキルだが、無尽蔵に鼠を召喚できるハーメルンの笛吹き男には心許ない回数だ。

 やはり、眷属封印でなければ……。

 だが、気になるのは、なぜここで眷属殺しのスキルを持つ黄泉津大神が出た意味だ。

 偶然か? あるいは「これで乗り越えて見せろ」ということか?

 ならば、これ以上引いても無意味……?

 五回までとはいえ、場の眷属を一掃できるなら、一回につき数分はハーメルンの笛吹き男と戦える余裕はある、か?

 ……いや、やはり無理だ! せめて一時間は続く月の三相女神による眷属封印でなければ!


「……………………」


 やる、しかない……か。

 俺は無言で、次の宝籤のカードを手に取った。

 ヴィーヴィルダイヤは使いきったが、ガーネットはまだ残っている。

 まだ、Bランクカードを引くことはできるということだ。

 さらに運命操作を使おうとする俺を見て、蓮華は——何も言わない。

 少し離れたところで愛の相手をしていたアテナもまた、静かに俺を見守るのみ。

 もはや、色々と警告する段階は過ぎたということなのだろう。

 これより先は、どのような結末であっても俺自身の選択によるもの。

 俺も、誰かに責任を押し付けるつもりはなかった。


「やるぞ」


 静かに告げて、六回目の運命操作を使う。

 ズン! と因果律の歪みが一気に重みを増す感覚。

 初の二連続での歪みの蓄積は、一回だけの時と比べてはるかに大きな歪みとなった。

 歪みの蓄積は、単純に足し算で増えていくのではなく、掛け算に近い形で増えていくのかもしれない。

 やはり、これまで因果律の歪みを解消してからにしてきたのは、正しかった。

 三連続の歪みの蓄積は、マズイ。直感的にそう理解する。

 だが……。


「ディ、ディアーナ……」


 月の女神ではあるが、こちらはローマ神話の神……。当然ながら、これでは凍てつく月の世界を発動することはできない。

 どうする……? 感覚的に、おそらくはここが新たな死神を呼び寄せずに済む安全ライン。


「……知ったことか!」


 こうなったら、三体目だろうが、四体目だろうが、何体でも相手をしてやる!

 どうせハーメルンの笛吹き男を倒せなければ終わりなのだ。

 今はただ、奴を倒すことだけを考える!

 完全に吹っ切れた気分で、七度目の運命操作を行う。

 これで駄目なら八回目。八回目が駄目だとしても……その時はある手札で戦うのみ!

 たとえ死んでも、奴に絶望した顔だけは見せてやらん!

 そう決意する中、宝籤のカードが変化していく。


 そして————。



「みんな、準備は良いか?」


 十数分後。

 しばしの休息をとり、心身を休めた俺は、マヨヒガの玄関口で皆を振り返った。

 そこには、蓮華、アテナ、ケルトの三女神……そして新たな三柱の女神の姿があった。


 満月を思わせる輝く金髪と深紅の瞳に、絶世のという表現が陳腐に感じるほどの極まった美貌。官能的な肢体を古代ギリシャ風の銀のドレスに包み、黄金の冠を頂いた満月の女神セレーネー。

 ミニワンピース風の純白のドレスと胸当てに身を包み、満ち行く三日月を象徴するかのように、成長途中の少女の美しさと溢れんばかりの活力を漲らせ、身の丈ほどもある大弓を背負った三日月の女神アルテミス。

 月の無い夜のような漆黒のドレスに身を包み、幼い風貌と裏腹にどこか老獪な雰囲気と妖艶さを漂わせた新月の女神ヘカテー。


 それは、月の三女神となったイライザ、ユウキ、メアたちであった。

 そう、俺は賭けに勝ったのだ。 


【種族】セレーネー(イライザ)

【戦闘力】2340(初期戦闘力1500+成長分840)(レベルアップ使用時3000)

【先天技能】

 ・輝く満月の女神:月と魔法を司る女神であるセレーネーの権能を使用可能。

 ・三相女神:このカードは、別の側面とも言える別のカードと三位一体である。三枚召喚しても迷宮の召喚枠を一つしか消費しない。また生命力、魔力、スキルの使用回数を三枚で共有する。

 ・凍てつく月の世界:周辺一帯を月明かりが照らす夜のフィールドへと塗り替える。味方以外の眷属を一掃し、新たな眷属召喚を封じる。場に、アルテミス、セレーネー、ヘカテーの三枚が揃っている場合のみ使用可能。一日一回のみ。

 ・獅子座の護り:眷属であるネメアーの獅子を召喚可能。一日一回、一体のみ。

 ・高等魔法使い


【後天技能】

 ・フェロモン

 ・暗殺

 ・献身の盾+頑丈→不滅の盾:防御系スキルの最高峰。後天スキルで、これ以上の性能の防御スキルは現状確認されていない。周囲の味方のダメージを肩代わりすることができる。使用中、防御力と生命力が三倍となり、一日に一回だけ一分間『不滅』状態となることができる。

(不滅:効果中、生命力以上のダメージを負ってもロストを免れることができる)

 ・精密動作

 ・魔力強化

 ・詠唱短縮→詠唱破棄

 ・直感

 ・フィンの親指

 ・限界突破

 ・生還の心得(NEW!)

 ・神のプライド(LOST)

 ・魔力回復

 ・文武一道:魔導と武道……二つの道に通じる真理を理解した証。魔法系のスキルを物理系のステータスで、物理系のスキルを魔法系のステータスで発動することができる。

 ・膏血を絞る


【固有技能】

 ・マイフェアレディ(知恵の泉):敵味方の内一体の後天スキルを一つコピーすることができる(?) 絶対服従、多芸、明鏡止水を内包する。

(多芸:メイド、演奏、罠解除、武術、騎乗を内包する)

(メイド:メイドに必要な技能を収めている。料理、清掃、性技、礼儀作法を内包する)



【種族】アルテミス(ユウキ)

【戦闘力】2400(初期戦闘力1600+成長分800)(レベルアップ使用時3200)

【先天技能】

 ・満ち行く三日月の女神:月と狩猟を司る女神であるアルテミスの権能を使用可能。

 ・三相女神

 ・凍てつく月の世界

 ・双神:伴侶や親兄弟などの密接な関係にある別の神と共に召喚することで真価を発揮する。二枚召喚しても迷宮の召喚枠を一つしか消費しない。また、生命力・魔力・スキルの使用回数・すべての後天スキルを共有を二枚で共有する。

 ・矢を射かける者:強力な呪いを込めた必中の弓矢を放つ。稀に即死。相手が女性であった場合、初撃に限って防御力無視、威力二倍。回数制限はないが、十分間のクールタイム有り。場にアポロンがいる場合に限り、攻撃対象が敵の女性全体に拡大される。装填、狩人スキルを内包する。

(装填:魔法を武器に籠めて放つことができる)

(狩人:狩人に必要な技能を収めている。武術、弓術、遠見、追跡、気配遮断スキルを内包する)


【後天技能】

 ・忠誠

 ・小さな勇者

 ・本能の覚醒

 ・真なる者

 ・限界突破

 ・真眷属召喚

 ・縄張りの主

 ・高等忍術

 ・騎獣

 ・物理強化

 ・見切り

 ・純潔の誓い

 ・神のプライド(LOST)

 ・高等攻撃魔法

 ・高等状態異常魔法

 ・残滓結晶(NEW!):かつて取り込まれ、ランクアップの際に失われた真眷属体の残滓……らしい。眷属体の人格・容姿情報を保存し、所有スキルの一部を有している。人物眼スキルを内包する。



 ランクアップにより、ここ最近の強敵たちの出鱈目な強さに押されがちだったイライザたちも、名実共に一線級の戦力に返り咲いた。

 ネックだった戦闘力は、MAX時で約3000となり、限界突破を持たないがため一段劣るメアも、ドレスらの装備化を使用すれば、横に並び立つことが出来る。

 だが、戦闘力の上昇以上に眼を引くのが、後天スキルの成長である。


 文武一道、不滅の盾、詠唱破棄、生還の心得、残滓結晶……。


 文武一道は、スキルの発動に求められるステータスを、自分の得意なステータスで判定できるという、特化型のカードを万能型とするレアスキル中のレアスキルである。

 大抵のカードは、ステータスの偏りと同様にそのスキルも偏るか、元々万能型のステータスとスキルのため宝の持ち腐れとなりやすいスキルだが、イライザのように多彩なスキルを持ち、セレーネーのような魔法特化型のカードにとっては、真の万能型となれる最高のスキルの一つである。

 月の三相女神のデメリットの一つが、後衛型に偏ることだったが、これでその心配の一つも消えた。


 不滅の盾は、防御系の最高峰となるスキルである。その効果は、献身の盾の完全上位互換。身代わり効果はそのままに、使用時のステータス上昇効果が三倍となり、さらに一日一回だけであるが不滅状態となれる効果を持つ。

 つまり、浦島太郎戦のように、オーバーキルレベルのダメージを受け続けても一分間はロストせずにすむというわけだ。

 効果切れ後は、当然そのままロストしてしまうことになるが、効果切れまでにアムリタの雨等で全回復させればロストせずにすむし、何よりイライザには生還の心得がある。

 浦島太郎戦でのロストの経験により、いつの間にか取得していたこのスキルがあれば、高確率でロストを免れることができるだろう。

 このクラスのスキルとなると、ドロップした時に持っているものであり、育成により取得した例はほとんどないレベルのレアスキルとなる。

 ハーメルン戦で蓮華を庇った瞬間から始まり、数々の戦いで仲間の代わりに血を流し続け、今ここにイライザはガード役として完成に至ったのだ。


 この二つのスキルの他にも、詠唱破棄へのランクアップやヴァンパイアからの膏血を絞るの引継ぎ……そしてなにより、残滓結晶という失うだけだと思っていた真眷属召喚の思わぬ引継ぎ要素も嬉しい誤算だった。

 人格情報やその後天スキルの一部を引き継げるのなら、これからはガンガンカードを取りこませていける。……まあ、さすがに真眷属召喚をこれから活用できる機会はなさそうだが。

 何はともあれ、無事にセレーネーを引くことができ、イライザたちも大幅にパワーアップさせることができた。

 これでハーメルンの笛吹き男への勝ち目も大分見えてきた。


 ハーメルンの笛吹き男の曲のレパートリーは、全部で五つ。


 奴の戦闘力と同数を上限とした、自己増殖型の鼠を召喚し襲わせる【蝗鼠(いなごねずみ)のカーニバル】。

 自身の眷属を一掃し、自身のステータスを向上させる【レミングの行進曲】。

 相手の眷属体のコントロールを奪い、敵全体に魅了の状態異常を与える【サーカスへの誘い】。

 殺した子供たちの魂を死霊系モンスターとして召喚する【仔羊たちの晩餐会】。

 そして視力と脚の自由を奪う【ハーメルンの笛吹き男】。


 このうち、眷属召喚である【蝗鼠(いなごねずみ)のカーニバル】と【仔羊たちの晩餐会】は、月の三相女神のスキルで封印。鼠百体につき10%、最大で十倍程度までステータスを向上させる【レミングの行進曲】に関しても、連鎖的に封殺。

 眷属強奪のスキルである【サーカスへの誘い】に対しては、眷属召喚をしないことで対応し、魅了の状態異常については元々耐性を持つメンバーが多いのと、耐性を持たないカードのためにギルドから精神異常耐性を上げるアイテムを受け取って来た。

 唯一【ハーメルンの笛吹き男】に関しては対策らしい対策は取れなかったが……曲の大半は封殺することができた。

 これで奴の脅威は半減したが……まだ油断はできない。

 奴は、浦島太郎や狼と七匹の子ヤギのような複雑なリドルスキルを持たない、純粋な戦闘型のイレギュラーエンカウント。

 メインスキルである楽曲のほとんどを封じても、まだまだ厄介なスキルを持っている。

 覚悟を決めて、行かなくては……。


「じゃあ、愛。行ってくる」

「絶対、戻ってきてね……?」

「ああ。約束する」


 最後に愛の頭を撫でて、アテナをチラリと見る。

 彼女はコクリと頷いて、愛を奥へと連れて行った。

 その姿が見えなくなるまで見送って、俺は玄関の引き戸に手をかけた。

 すると、カタカタと扉がかすかに音を立てた。

 最初は風かなにかかと思ったが……震えの発生源は、俺だった。

 そこではじめて俺は、自分の手が震えていたことに気付いた。

 手だけじゃない脚も震えているし、心臓もやけに大きく脈打っている。


「ああ……」


 そうか。俺は、怖いのか。当然だ。いくら覚悟していたって、死ぬかもしれないのに恐怖を感じなかったら、それはただ壊れてるだけだ。


 ————どうする? なんなら今回はアタシ一人で倒してきてやってもいいぜ?


 不意にそんな声が脳裏に蘇り、俺はハッと蓮華を見た。

 彼女は、何も言わずに静かな眼差しで俺を見ている。


「ふ……」


 小さく笑みが漏れた。

 そうだな、俺はもう子守りが必要なマスターじゃない。

 あの時の俺ですら立ち向かえたのだ。今の俺が出来なくてどうする。

 深く、深く深呼吸をする。

 すべての恐怖を吐き出し、代わりに詰め込めるだけの覚悟を身体へと取り込む。

 そして。


「行くぞッ!」


 勢いよく扉をあけ放ち、外へと飛び出した。




 その瞬間。




「————ゲームオーバー」




 痛みは、無かった。

 ただ、ドンと何かに強く押されたような感覚だけがあった。

 一拍遅れて、ズルリと視界が傾いていく。

 落下する感覚の中、俺が見たのは上半身を失い突っ立った自分の下半身と、表情を凍り付かせる蓮華たち。


「エンターテインメントは意外性がなくちゃネ!」


 そして、してやったりと嗤うハーメルンの笛吹き男の姿だった。







【Tips】モンスターの現代兵器耐性

 迷宮のモンスターやカードたちは、そのランクが上がるにつれ戦闘力の数値以上に現代兵器等に対する耐性が上がっていく。

 Fランクのモンスター程度なら武道経験者なら銃無しでも倒せるが、Eランクになると銃無しでは到底太刀打ちできなくなり、現代兵器が通用するのはCランク……それも中位クラスまでとなる。

 Bランクともなると、物理法則自体が通用しなくなり、たとえ核兵器であっても倒すことはおろか碌なダメージも与えることができないとされている。

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