第18話 もっと今を大事にしたらどうだ?②

 


 さて、戦うと決めたなら、問題は召喚するカードだ。

 呼び出したカードが、ドロップするカードの性能を左右する以上、召喚するカードは慎重に選ばないとな……。


 吉祥天と黒闇天は、三つずつ計六つのスキルをコピーしてドロップした。つまり、三相女神の今回は、計九つのスキルを覚えさせてドロップさせられるということだ。

 どのスキルがコピーされるかは運次第——さすがに運命操作でコントロールはできなかった。それが出来たら試練にならないということなのだろう——ではあるが、どのスキルがコピーされても嬉しいカードを選びたいところだ。


 まずは、戦闘メンバーとなる六枚から決めていこう。

 蓮華は確定として、イライザ、ユウキ、メアも安定の決定。残りの二枚は、ドジスキルを克服したドレスと、霊格再帰でパワーアップしたマイラで行こう。霊格再帰により多彩な先天スキルを持つ彼女は、後天スキルをコピーしてくる特殊型迷宮の主向きのカードだ。

 残る三枚のコピー要員だが、鈴鹿とオードリー……それとヘスペリデスにするか。

 俺はヘスペリデスのカードを取り出すと、そのステータスを見た。



【種族】ヘスペリデス

【戦闘力】600

【先天技能】

 ・黄昏の娘たち:世界の西の果てに住まう三人のニンフたち。アイグレー、エリュテイア、ヘスペレトゥーサの三名で一枚となっており、複数体同時に出現し、その戦闘力も複数に分散される代わりに、すべての個体が死なない限りロストしない。歌手、農家、メイドを内包。

(歌手:歌手に必要な技能を収めている。歌唱、演奏、舞踏、精密動作を内包)

(農家:農家に必要な技能を収めている。耕作、栽培、畜産、集団行動を内包)

(メイド:メイドに必要な技能を収めている。料理、清掃、性技、礼儀作法を内包)

 ・ヘスペリデスの園:ヘスペリデスたちが住まうとされるヘラの果樹園を展開する。ヘスペリデスの園には、食べた者に不死を与える黄金のリンゴが実るとされ、それを守護するBランクモンスターのラドンが住まう。この園に実る黄金のリンゴには不死の力はないが、侵入者を強烈に惹きつける効果があり、食した者に『生還の心得』を一時的に付与する。また、非常に美味。

 ・上級地精霊:下級の地母神に近い地の精霊。存在するだけで大地に恵みを与え、植物の成長を促進させる。地形操作、地質操作を内包。

(地形操作:周辺の地形を望み通りに改変できる。)

(地質操作:周辺の地質を望み通りに改変できる。少量ではあるが、土から貴金属や宝石を作り出すことも可能)

 ・高等補助魔法



【後天技能】

 ・従順

 ・中級収納:物を収納できる内部空間を持つ。中級は十畳程度の広さ。

 ・簡易神殿:地面に魔方陣を描くことでその場に簡略化した神殿を形成することができる。神殿内において、全ステータス向上、持続回復、一部スキルの出力向上。神属性は効果向上。



 ヘスペリデスに期待するのは、簡易神殿のコピーだ。

 簡易神殿は優秀な陣地系スキルだ。ヘスペリデスがすでに持つとはいえ、このカードを最前線に出すことがほとんどないだろうことを考えると、戦闘向きのカードに一枚コピーさせておきたいスキルである。

 その他のスキルについても、高位の神は『神のプライド』を持つ可能性が高いから従順がコピーされても良いし、中級収納もニーズの割に取得がしにくいスキルだからコピーできて損はない。

 というわけで、コピー要員はヘスペリデス含めたこの三枚で行くことにする。


「よし、行くか」


 まずはコピー要員を召喚し、それを戦闘メンバーに入れ替え、イライザにドレスを装備させ、蓮華が黒闇天を呼び出し、メアを霊格再帰させ……と諸々の準備を整えたところで、満を持して主へと挑む。

 安全地帯を一歩踏み出し、相手の間合いに入った瞬間、敵は待ち構えていたように即座に動き出した。

 ネヴァンが眷属の召喚を開始し、ヴァハが地面に魔法陣を描き始め、モリガンが前衛として姉妹たちの前に立つ。

 ……改めてこうしてみると、前衛、後衛、サポーターと姉妹でバランスよく揃っているものだ。

 そんなようなことを考えながら、こちらもメアにサキュバスの召喚を始めさせる。

 序盤は、互いに様子見からスタートした。

 向こうは眷属を増やしてからでないと戦略が回らないところがあるし、ヴァハのスキルも男性特化であるため、積極的に動かないのも頷ける。

 だが、こちらがそれに付き合う必要もない。

 様子見なのはお互い様だが、嫌がらせレベルのことはさせてもらう。


『マイラ、バジリスクだ』

『ハッ!』


 俺の命を受け、マイラが鶏の頭部にも似た頭部を持つ、巨大な大蛇へとその身を変える。


【種族】バジリスク(マイラ)

【戦闘力】1060(MAX!)

【先天技能】

 ・毒竜玉:猛毒と生命力を生み出し貯蓄する毒竜の心臓。

 ・毒竜鱗:極めて頑丈な竜の鎧。物理攻撃及び魔法攻撃に対する耐性を持つ。その鱗には猛毒が含まれており、攻撃してきた者を毒に侵す。

 ・毒竜息:竜の代名詞とも言える技。魔法をブレスとして吐き出すことで、魔法の威力を強化し、詠唱無しで放つことができる。その吐息には猛毒が含まれている。

 ・毒を以て毒を制す:ありとあらゆる毒を喰らい、それを糧とすることができる。自身の毒の効果を強化し、また毒により回復する。毒の魔眼、石化の魔眼を内包する。

(毒の魔眼:見るだけで状態異常を与える魔眼)

(石化の魔眼:見るだけで状態異常を与える魔眼)


【後天技能】

 ・霊格再帰

 ・滅私奉公 

 ・初等魔法使い→中等魔法使い

 ・新米メイド

 ・戦術


 バジリスクは毒の状態異常に特化したドラゴンである。

 猛毒は、耐性を一定割合無視する上位の状態異常であり、状態異常耐性があろうとも完全には無効化できない。

 バジリスクは、その猛毒を全身に孕んでおり、自らが攻撃した者はもちろん、自らを攻撃してきた者にすら毒を与えることができる。

 さらには、『毒を以て毒を制す』のスキルにより、毒で回復することが可能で、自らが生み出す毒により常に持続回復状態にあり、通常の竜種と比べても生き汚いと言えるほどの生命力を誇っていた。

 その分、他のドラゴンに比べて攻撃能力は低い傾向にあるため、状態異常と生命力で勝負する持久戦型と言えるだろう。

 敵単体で出現した際は、しぶとく鬱陶しいだけの敵であるが、他のモンスターと同時に出現すると途端にデバフ役として輝き始める……そんなモンスターである。

 それは、こうして味方として存在する時も同様だ。


 マイラが、全長40メートルを超える巨大な身体をくねらせ、その嘴から毒々しい暗緑色のブレスを吐き出す。

 ブリザードの魔法が元となっているのか、氷の粒子が混じるそのブレスは、デュラハンの鎧の肉体を凍り付かせ、また宙へ浮かぶバンシーたちを猛毒で冒し、墜落させていく。

 バジリスクのブレスは、Cランクであるバンシーとデュラハンたちを一網打尽にするほどの効果はない。

 だが、放置していれば確実にその生命力を削り、眷属の増加を抑制するだけの効果はある。

 その間、こちらは着実に眷属を増やしていくことができる……。


 敵の判断は早かった。


 ネヴァンたちの威圧感が一気に倍増し、毒に冒されていたデュラハンたちが生き生きと動き出す。

 彼女たちの特殊スキル『破壊と殺戮と勝利の宴』を発動させたのだ。

 デュラハンと合体したバンシーの一体が、上空から俺へと斬りかかってくる。

 その前に立ち塞がるは、我らが盾イライザ。


 両者の剣が激突し————イライザが吹き飛ばされる。

 幸いにして、技量の差により力の大半を受け流すことに成功したようだが、その光景は俺に衝撃を与えた。

 同時に、脳内の冷静な部分がすばやく電卓をはじく。


 ステータス二倍強化については、フルシンクロ分の戦闘力向上と相殺として……。

 イライザの戦闘力は、1680。そこにドレスの戦闘力の半分400が加わり、さらに戦闘力500相当のダーインスレイヴも持つ。

 一方で相手はというと、バンシーのマックス戦闘力が760で、そこにデュラハンの戦闘力の半分400が加わり……差は1420。

同じタイプの装備化スキルは重複しないから、本来ならここは互角の場面のはず。

 だが、結果は圧倒的な力負け。

 これは、ネヴァンが限界突破をコピーしていることは確定か。

 いくら限界突破をコピーされたとはいえ、フル装備のイライザがいくらでも湧いてくる雑魚敵に太刀打ちできないとは……! やっぱ、このスキル……いくら三相女神とは言え、ぶっ壊れてやがるな。

 遊びは無しだ。こっちも切り札を切る……!


『蓮華!』


 俺の呼びかけに、無言で応える気配。

 吉祥天と黒闇天……二人の蓮華が、光に包まれ、一つに重なっていく。

 同時に、大気が……いや、空間そのものが震えはじめた。

 ただならぬ異様な気配に、女神たちが警戒するように凝視する。

 やがて、繭から孵るように、妙齢の美女が姿を現した。

 長く艶やかな朱の混じった黒髪に、母性の象徴のような豊満な乳房としなやかな四肢。その美しい顔立ちは、娘である吉祥天とどこか似ている。

 天女の羽衣をはだけ、母というには些か色気に溢れる鬼子母神は、その端正な顔をどこか苦し気に——しかしそれすらもどこか官能的に……——歪めているように見えた。


『う……く……!』

『どうした、蓮華!?』

『…………ふぅ。いや……なんでもない。少し……飲まれそうになっただけだ』

『それは……』


 本当に大丈夫なのか……?


『そんなことより、さっさと指示出せ。ナイスバディになったアタシのカラダに鼻の下伸ばしてんじゃねーぞ』

『伸ばしてねーよ』


 どうやらいつもの蓮華のようだ、と内心で胸をなでおろしつつ、命令を下す。


『……喰らい尽くせ、蓮華』

『ああ……!』


 蓮華の黒曜石の瞳が、金色に染まり、まるで獣のように縦に割れる。


 スキル————『鏡面神格荒魂・鬼子母神』。


 自らの子供を産むために、他人の子を攫い喰らっていたという鬼子母神の、荒魂としての側面を表す子殺しの権能。

 その効果は、眷属殺し。場に存在するすべての眷属を敵味方問わずに喰らい尽くす。

 四方八方、ありとあらゆるところに、空間の裂け目が……いや、『口』が現れる。

 『口』は抗いようのない力で眷属たちを吸い込み、咀嚼し、飲み込むと、消えていった。

 両者の眷属が一掃されたことで、一気に場が寂しくなる。

 だが、それは一時的なこと。『鏡面神格荒魂・鬼子母神』のスキルには、セレーネたちのスキルのように新たな眷属召喚を封じる効果はない。 

 そして、眷属喰らいのスキルは一日に一度切りの切り札。

 故に、その前に勝負を決める。


 スキル————『鏡面神格和魂・鬼子母神』。


 喰らった子供を栄養に、自らの子供を産み出す、子産みの権能。

 生贄に捧げた眷属の数だけ、Bランクモンスターの羅刹・羅刹女を召喚することができるスキル。

 召喚に生贄というプロセスを挟むためか、生み出される眷属も些か特別製だ。


【種族】羅刹

【戦闘力】3600(MAX!)

【先天技能】

 ・修羅道を往く者:決して終わりのない戦いに明け暮れる修羅道の住人。狂気と戦いこそが日常であり、それ故に死を恐れず、狂化状態でも暴走状態とならず、自らの意思で狂化を解除できる。戦士、狂化を内包。

(狂化:戦闘を終了するまで暴走状態となり徐々に生命力が減っていく代わりに、全ステータスが三倍となる。)

 ・二体一対

 ・死なば諸共:自身がロストする際、自らに最もダメージを与えた存在に戦闘力と受けたダメージに応じたダメージを与える。夫婦であり半身である「羅刹女」と同時召喚でなくては使用ができない。

 ・生還の心得


【後天技能】

 ・最高位眷属体:スキルとして呼び出された仮初の肉体。後天スキルを持たず、成長もしない。最高位眷属体はオリジナルと遜色ない自我と初期戦闘力の2倍の戦闘力を持ち、また召喚者の後天スキルを一つ共有できる。

 ・限界突破



【種族】羅刹女

【戦闘力】3400(MAX!)

【先天技能】

 ・修羅道を往く者:決して終わりのない戦いに明け暮れる修羅道の住人。狂気と戦いこそが日常であり、それ故に死を恐れず、狂化状態でも暴走状態とならず、自らの意思で狂化を解除できる。戦士、狂化を内包。

(狂化:戦闘を終了するまで暴走状態となり徐々に生命力が減っていく代わりに、全ステータスが三倍となる。)

 ・二体一対

 ・死なば諸共:自身がロストする際、自らに最もダメージを与えた存在に戦闘力と受けたダメージに応じたダメージを与える。夫婦であり半身である「羅刹」と同時召喚でなくては使用ができない。

 ・自己再生


【後天技能】

 ・最高位眷属体:スキルとして呼び出された仮初の肉体。後天スキルを持たず、成長もしない。最高位眷属体はオリジナルと遜色ない自我と初期戦闘力の2倍の戦闘力を持ち、また召喚者の後天スキルを一つ共有できる。

 ・限界突破


 鬼子母神が生み出す眷属は、最高位眷属体というスキルを持ち、これはオリジナルの成長限界と同じ戦闘力と、親が持つ後天スキルを一つ共有することができる。

 共有するスキルは、もちろん限界突破。

 戦闘力にして3000オーバーの羅刹の集団が、空間の裂け目から雄叫びのような産声と共に姿を現す。

 一気に多勢に無勢となったネヴァンたちは、新たな眷属を召喚するも完全に焼け石に水。

 ネヴァン達が呼び出す眷属の戦闘力は、バンシー(760×2)+デュラハン(800÷2)+ネヴァン(1600×2)の5000オーバーで、モリガンらにおいては6000を超えるが、圧倒的数の差と、自爆特性を持つ羅刹たちによって、その生命力はみるみるうちに削られていく。

 その光景に勝ちを確信した俺は、今のうちに運命操作をしようとして、ハッと気づいた。


『お、おい! お前、今の姿で吉祥天の権能は使えるのか!?』

『あっ……マズイ!』


 蓮華が慌てて変身を解く。

 鬼子母神が場から消えたことにより、眷属である羅刹たちの姿も消える。

 だが、三姉妹たちはすでに致命傷を負っており、その生命力は風前の灯火。

 間に合うか間に合わないかの瀬戸際で、俺はなんとかホープダイヤを取り出し、運命操作を発動した。

 法則から言って確定ドロップにはガーネットが十四個必要であるはずだが、個数の調節をしている暇がないため、ちょっと多めに持ってきた二十個ほどのガーネットを一気にぶち込む。


 果たして結果は————。


『ぎ、ギリギリ……』

『あ、危ねえ……』


 三姉妹がいた場所には、三枚のカードの姿があった。

 へなへなと力なく座り込む。

 これでドロップし損ねてたら、洒落にならなかったぞ……。

 脱力している俺の元へ、メアたちが三姉妹のカードを持ってきてくれた。

 受け取り、そのステータスを確認する。




【種族】ネヴァン

【戦闘力】1600

【先天技能】

 ・死と勝利の戦女神:戦場における死と勝利の女神であるネヴァンの権能を使用可能。

 ・三相女神:このカードは、別の側面とも言える別のカードと三位一体である。三枚召喚しても迷宮の召喚枠を一つしか消費しない。また生命力、魔力、スキルの使用回数を三枚で共有する。

 ・破壊と殺戮と勝利の宴:『毒のある女』の装備化対象と『大いなる女王』の強化対象を眷属含む味方全体に拡大し、『赤い鬣のヴァハ』の効果に陣地破壊の効果を追加する。場に、ネヴァン、モリガン、ヴァハの三枚が揃っている場合のみ使用可能。一日に一回のみ。

 ・毒のある女:死の予兆であるバンシーとデュラハンの起源。高等クラスの装備化スキル。他のカード、あるいはマスターを祝福することで、自身の戦闘力を加算させることができ、また自身の持つ装備化スキル以外の先天スキル一つと、すべての後天スキルを共有する。バンシーとデュラハンを無限召喚可能。



【後天技能】

 ・神のプライド

 ・眷属強化:場の味方眷属の眷属体スキルをランクアップさせる。

 ・遠見の術:上空に疑似的な眼を生み出し、高くから俯瞰するように周囲を見ることができる。

 ・メイドマスター (オードリー)

 ・限界突破 (イライザ)

 ・高等忍術 (ユウキ)




【種族】モリガン

【戦闘力】820

【先天技能】

 ・支配と殺戮の戦女神:支配と殺戮の女神であるモリガンの権能を使用可能。

 ・三相女神

 ・破壊と殺戮と勝利の宴

 ・大いなる女王:愛した者に祝福を与える夢魔の女王。対象一体にレベルアップの魔法を掛け、ステータスを二倍にし、自己再生と状態異常耐性を付与する。戦士、高等攻撃魔法を内包。

(戦士:戦士に必要な技能を収めている。武術、剣術、槍術、弓術、騎乗スキルを内包する)


【後天技能】

 ・神のプライド

 ・物理強化

 ・怪力

 ・目隠し鬼 (鈴鹿)

 ・かくれんぼ (蓮華)

 ・不屈の精神 (ドレス)




【種族】ヴァハ

【戦闘力】780

【先天技能】

 ・怒りと破壊の戦女神:怒りと破壊の女神であるヴァハの権能を使用可能。

 ・三相女神

 ・破壊と殺戮と勝利の宴

 ・赤い鬣のヴァハ:出産間近であるにもかかわらず馬と競争させられ、死産となったヴァハの怒り。敵全体の男に陣痛と同等の痛みと体力の消耗を与え、また狂乱の呪いを与える。

(狂乱:コントロール不能となり、敵味方の識別ができなくなる状態異常)

 ・高等魔法使い


【後天技能】

 ・神のプライド:高位の神格としての誇りと傲慢さを持つ。相手を認めぬ限り、人間であるマスターの言うことはまず聞かない。自由行動に対する極大のプラス補正。

 ・魔力強化

 ・魔力回復

 ・簡易神殿 (ヘスペリデス)

 ・詠唱短縮 (メア)

 ・戦術 (マイラ)



 限界突破は、ネヴァンだけか。それと、案の定黒闇天はコピー対象とならなかったか。

 まあ、しょうがない。他のカードも限界突破をコピーしてたらここまで楽には勝てなかっただろうし、それを差し引いても良いスキルが揃っている。……神のプライドだけはちょっと気になるところだがな。

 カードの確認をしている俺に、メアたちが興奮気味に話しかけてくる。


「蓮華の新スキル、ヤバくない!? 眷属殺しだけじゃなく、眷属召喚もできるのは反則的じゃない?」

「凄かったですねー。ボク、ちょっとビビっちゃいましたよ」


 確かに、鬼子母神のスキルは、ちょっと怖かった。

 神という種族の、荒ぶる側面を見せつけられたというか。

 あれが、Bランク最上位……ほぼAランククラスのスキルか。


「……あれ? 蓮華、なんか元気なくない?」


 そこで、メアが蓮華の様子に気づく。

 確かに、普段ならここでメア相手にイキリ散らかすところだ。


「ああ……ちょっとさすがに疲れてな。やっぱ霊格が変わるヤツって、最初はキツいわ」

「あー、わかる。メアも、最初に霊格再帰使った時はキツかったし」


 ふむ、鬼子母神の変身も、霊格再帰のような負担があるのか。

 となると、慣れないうちは変身時間とかも短いのかもな。

 蓮華も、霊格再帰を覚えた頃は変身時間も短く、だんだん最大時間である一時間に伸びていった感じだし。

 そうだ、霊格再帰と言えば……。


「マイラ。今日は活躍だったな」

「ハッ! 恐縮であります!」


 バジリスクの毒により、相手の切り札を早めに切らせることができた。

 同じことは、蓮華の黒闇天にも出来たとは思うが、回数制限のあるスキルを使わずに相手に切り札を切らすことができたというのは、戦略的に大きい。

 マイラの活躍は、今日だけの話ではない。

 四種の霊格再帰を覚えてからというもの、彼女の働きは目覚ましく、これまでの鬱屈ぶりを晴らすように八面六臂の活躍だった。

 しかも、四種の霊格再帰を持つマイラは、一種の霊格再帰しか持っていなかった蓮華やメアと異なり、通常の四倍もの時間変身し続けることができ、さらに時間内であればいつでも形態を切り替え可能という特性を持っている。

 最もバランス良く戦闘能力に優れるドレイク、飛行能力に優れ広範囲の高速移動が可能なワイバーン、魔法能力とバフに特化した東洋龍、生命力と毒のデバフ特化のバジリスク……。

 壁役からバフ・デバフ、偵察に移動まで。今やマイラは、イライザに次ぐ万能タイプとなりつつあった。

 だが、そんな大活躍のマイラに、嫉妬の炎を燃やす者もいるようで……。


『むぐぐぐ……ちょっとおかしくないですかぁ? なんで、新武器を手に入れた私より、最近パワーアップしたソイツが先に活躍するんですぅ?』


 カードギアのビジョン越しに、恨めし気な眼差しをマイラへと送る鈴鹿。

 そんな彼女に、俺たちは顔を見合わせた。


「……なに言ってるんだ、鈴鹿? 普段の迷宮攻略じゃちゃんと活躍してるじゃないか」


 実際、普段の迷宮攻略では、鈴鹿も大通連を片手に迷宮のモンスター相手に無双している。

 大通連は、特異なスキルである神通力を持ち主に与える優れた魔道具だ。

 サイコキネシスによる型に嵌らぬ戦闘ができる神足通、フロア中の音を拾える天耳通、悪意を感知し不意打ちを防ぐ他心通、サイコメトリーによる罠の鑑定を可能とする宿命通、霊体モンスターへダメージを与える漏尽通……と、それ一本で迷宮攻略に必要な能力を粗方与えることができる。

 その大通連の効果もあってか鈴鹿は、同ランクであるCランク階層の敵を相手に、まるで格下を狩るように無双していた。

 その活躍ぶりに、仲間たちからも敬意の対象となり、『掃除屋鈴鹿』『雑魚敵無双の鈴鹿』の異名を与えられたほどだ。

 しかも、いろいろと嫉妬深い彼女に気を遣い、大通連は事実上彼女専用となっているくらいなのに……一体何が不満だというのか。

 まるで理解できないと首を傾げる俺たちに、鈴鹿は酷くもどかし気に言う。


「そうだけど! なんか、描写されてない気がする! 私の活躍がバッサリカットされてる気がするんだよぉ、マスター!」


 やれやれ……何を言い出すかと思ったら。


「何を馬鹿な……漫画やラノベじゃないんだから。なあ? 蓮華?」


 同意を求めて蓮華を振り返った俺だったが、予想に反し彼女は鈴鹿に同情的な眼差しを送っていた。


「……安心しろ。たぶん、多分近いうちにてこ入れが入るから」

「……ホント? 信じるからね、クソガキ」

「ドレス、マイラと来たんだから、サイクル的に次はお前辺りだろ」


 ……一体何の話をしているんだか。


 おっと、そろそろガッカリ箱を回収しないとな。

 まあ、どうせ踏破報酬以外はろくなのが入っていないだろうが。

 そんなようなことを考えながら、ガッカリ箱を開けると……。


「お……!?」


 ガッカリ箱には、珍しくアタリが入っていた。


「これは……?」


 短槍……だろうか?

 長さは1メートルほどで、先端にはシンプルなナイフのような刃先が、柄には何らかの植物らしき葉、狼、馬、蛇が調和を持って刻みこまれている。

 穂先があるから槍と判断したのだが、反対側に行くほど徐々にだが太くなっていく独特な造りをしており、石突がある部分は窪み……というか何らかの器のような形となっていた。


『ふむ、槍ではなく杖ではないですか?』

「ああ、杖か」


 なるほど、そっちの方がしっくりくる。


『意匠は、狼と馬と蛇……それにトリカブトですか』

「うーん、何由来のアイテムだろう」

『さて……なんとなく魔術や死を象徴する神な気もしますが』


 俺とアテナが杖について考察していると、こういう時はあまり関わってこないメアがいつの間にか近くへと寄ってきて、杖を覗き込んでいることに気づいた。


「……どうした、メア? なにか気づいたか?」

「あ、マスター。たぶんなんだけど、これ……メアのキーアイテム、かも?」

「マジ!?」


 まさか、メアももう一つ霊格再帰を持っていたとは……。

 しかも、それがちょうどこのタイミングで手に入るとは、なんという幸運————いや、待て!

 俺は、慌ててガーネットの使用数をチェックした。

 こんな幸運が偶然起こるはずがない! 偶然でないのならば、それは……!

 俺が腰に着けていたポーチを見ると、そこには見事にすべて砕け散ったガーネットがあった。

 やはり、必要分を超えた幸運の分が、ガッカリ箱へと流れてしまったか……。

 ……いや、それもおかしい。

 ホープダイヤを使うとガーネットが砕けずに済むように、余った幸運は使用されずに残る。

 幸運操作ならばともかく、すべての幸運エネルギーをコントロールできる運命操作で、余った分が勝手にどこかに流れ込むということはないのだ。

 故に、俺は大胆に手持ちすべてのガーネットをぶち込んだのだ。

 にもかかわらず、すべてのガーネットが砕け散ったということは……。


「使われた、か」


 蓮華の中に潜む意思が、その分の幸運をドロップへと勝手に割り振ったということ。

 なぜメアのキーアイテムを……これから俺に必要になるということなのだろうか?

 あるいは……他の物を出そうとして失敗したか?


「え……てこ入れってそっち!?」


 考え込む俺を他所に、鈴鹿のどこかズレたツッコミが境内に響くのだった。





【TIPS】多重霊格再帰


 二個以上の霊格再帰を持つカードは、その分変身時間が伸び、さらに時間内ならば他の姿に切り替えることができる。

 霊格再帰の変身時間と『溜め』の関係は、格闘ゲームの必殺技ゲージがイメージとしては近い。

 通常の霊格再帰持ちはゲージを一本しか持たないが、多重霊格再帰持ちはその分ゲージを複数持っている。ゲージが一本でも溜まっていれば変身可能だが、ゲージを一本溜めるためにかかる時間は同じで(一日一本溜まるとすれば、マイラは全部で四日かかる)、一本だけ使用し残りの三本は残しておくという使い方もできない(一度変身すれば、すべてのゲージを使い切る)。

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