第16話 十七夜月アンナの焦燥

 

『――――このようなことを突然言って申し訳ございません』


 ノートパソコンの四角い画面の中で、白い美少女が頭を下げている。


『ですが、この動画をご覧の皆様にとっては突然の事と思われるかもしれませんが、我々にとっては、これは少なくとも二か月は前のことなのです』


 髪も服も肌も白い中、唯一赤い目に怪しい光を宿しながら、巷で聖女と呼ばれる女は言う。


『我々も、当初は、しかるべき方々に任せるべきと考えていました。その方が、社会的混乱も少なく、もっとも良い時期に発表されることになるだろう……と』


 かすかに眼を伏せ……。


『しかし、待てど暮らせど、その時が来ることはなく、二か月の時が経った今、我々はこう判断せざるを得ませんでした。……このままでは、発表よりも先に悲劇が訪れかねない。社会に混乱を招くことになろうとも、人々が準備をする時間を与えるべきだ、と』


 聖女は悲痛な表情で、訴えかけるように言う。


『このようなことを突然言っても、すぐには信じてもらえないかもしれません。我々の過去の過ちにより、星母の会自体を信じられない方もいらっしゃるでしょう。ですが、これだけは信じてください。――――このクダンの予言は、真実なのだということを……』


 そこで、アンナは動画の再生を止めると、嘆息するように言う。


「まずいことになりましたね……」


 星母の会によるフライング発表の翌朝。

 俺たち冒険者部の面々は、授業前に部室に集まって緊急会議を行っていた。

 議題は、もちろん聖母の会の発表と、それがもたらすであろう今後の影響について、だ。


 影響については、すでに出ている。

 昨日の帰り道の時点で、ギルドには予言の真偽とカードを買い求める人々の長蛇の列が並び、スーパーやドラッグストアでは食料品や医薬品等が枯渇。なぜかマスクやトイレットペーパーまでが店頭から消えた。

 政府にも問い合わせが殺到し、急遽用意された専用HPは数分もしないうちにダウン。

 一秒ごとに高まっていく政府への批判に対し、総理による緊急記者会見が開かれ、正式なクダンの予言の発表が行われたが、なぜ隠蔽していたかの具体的な説明はなく、炎上はさらに加速する結果に終わった。

 今朝出かけにみたニュースでは、偉そうな肩書を持ったコメンテーターたちが、親の仇のように政府を批判、罵倒していた。


「何がマズイって、これで政府の信頼が地に堕ちたことですよ。なんせ、二か月以上もの間クダンの予言を隠蔽していたわけッスからね。……政治屋たちの馬鹿さ加減によっては、総理の辞任を求める可能性すらあります」

「……いくらなんでもそれはないだろ」


 この一分一秒を争う状況で、総理を交代させてなんの得があるというのか。

 なにも無能な人間から順番に総理に選んでいるわけではないのだ。一刻も争うこの状況での足の引っ張り合いは、百害あって一利なしなのは、政治の素人である俺ですらわかる。

 日本が滅んだら次の選挙で議席取っても何の意味もないんだし……と笑う俺に対し、アンナは冷めた表情で首を振って見せる。


「わかりませんよ。シェルターの中で政治ごっこを続けるつもりなら、今のうちにライバルの足を引っ張っておこう……そんなようなことを考える馬鹿もいるかもしれません」

「…………」


 ここで、そんな馬鹿いるわけがない……と胸を張って否定できたらどれほど良かったことか。


「星母の会め、余計なことを……とは、さすがに言えぬか」


 織部の言う通り、星母の会が先走ったというには、政府の動きがあまりに遅すぎた。

 俺たちもそうだが、予言の事を知る人間は相当焦れていた。星母の会が発表しなくとも、早晩他の誰かから暴露があっただろう。

 しかし、それにしても……。


「なぜ政府は、隠蔽の理由を言わなかったんだろうな……」


 せめてちゃんとした理由を話せば、ここまでの騒ぎにはならなかっただろうに……。

 そんな俺の呟くような疑問に答えてくれたのは、師匠だった。


「たぶんだけど、外交が絡んでいるんじゃないかな?」

「外交? ……そうか」


 カードの相場を見るに、日本だけでなく世界各国でクダンの予言があった可能性は高い。

 つまり、クダンの予言を隠蔽していたのは日本だけではないということ。

 その裏には、世界各国で連携してのアンゴルモア対策が行われていたのだろうが、それを素直に言うわけにはいかない。

 おそらくは今日中にでも、アメリカを筆頭に世界各国が、クダンの予言の発表を行うことだろう。

 泥をかぶってくれた日本に感謝をしながら……。


「で、これからどうする?」


 師匠が言った。

 そうだ、重要なのはソレだ。

 発表がここまで遅れた理由は気になるが、より大事なのは自分たちが生き残るためには何をすべきかだった。


「……発表こそ予想外のところからでしたが、結局我々がやることは変わりません。幸い、食料品等の物資に関しては粗方集め終わっているので、これからはカードや魔道具を中心に狙っていきましょう」

「ガーネットに関してはどうする?」


 これからは、カーバンクルガーネットは資金源とならないのではないか。

 そう問いかける織部に対し、アンナは平然と答える。


「ああ、それに関しては心配しないで。すでにガーネットの売り先に関しては契約済みだから、少なくともアンゴルモアが始まるまでの分は、これまで通りの相場で捌ける」

「ふん? なるほど……」


 織部は、少しだけ怪訝そうな顔をしたものの、特に何も言わずに頷いた。

 ここはあまり深くツッコまれたくないところだったので、俺は内心でホッと胸をなでおろした。


「それよりも、この後皆さんクラスメイトからクダンの予言について聞かれると思いますが……」

「わかってるよ。知らなかったフリをすれば良いんだろ?」


 みなまで言うな、と俺たちは頷いた。


「はい。……そんな噂を聞いたことはある、くらいのことは言っても良いッスけど、まさか本当とは思わなかったとか、適当にはぐらかしてください。絶対に、予言を知っていたことは秘密に」

「ふむ……。もしクラスメイトたちに、冒険者部に入りたいと言われたらどうすれば良い?」

「……そうだね。放課後にはたくさんの入部希望者が殺到すると思うけど?」

「それは――――」


 とアンナが答えかけた時、ちょうど予鈴のチャイムが鳴った。


「もうこんな時間ッスか。とりあえず冒険者部に入りたいと聞かれたら部長に聞いてくれとウチに回してください。では、また放課後に」


 そうして、朝のミーティングは解散となった。






 それからは大変であった。


 予想通り、俺たち冒険者部員の元へ、クラスメイト……いや、他のクラスの生徒たちすら殺到した。

 朝のHR(ホームルーム)と担任のヒヨリちゃんを無視しての質問攻め。

「星母の会の発表は本当なのか?」「予言の内容は、アンゴルモアを意味しているのか」「アンゴルモアが来たら、どうすれば良いか」

 その中には、当然「予言のことは事前に知っていたのか」というものもあった。

 休み時間の度に襲来してくる質問者たちに、俺はトイレに行く隙すら見いだせず、小野がさりげなく助けてくれなければ、失言か小便のどちらかを漏らしていたことだろう。


 なんとか放課後を迎えた俺たちを待っていたのは、大量の入部希望者の群れであった。


 入部希望者の数は、優に百を超え、当然ながらライセンスもDランクカードも持っていない生徒が多かった。

 彼らの目的が冒険者になることではなく、アンゴルモアでの戦力、あるいは俺たちの庇護を求めてのことであることは、明らかであった。

 だがアンナは、今度は彼らを門前払いにせず、全員の面接を行うことを宣言した。

 以前はライセンス持ちであっても追い返していた彼女のこの方向転換に、チャンスを見出した生徒は多く、部室の前には連日長蛇の列が並んだ。

 そんなようなことをしていたら当然迷宮攻略をする時間などあるわけもなく、その間の攻略は、アンナ抜きでのものとなった。

 予言の存在が知れ渡った今、かつてのように門前払いすれば反感を買う。形だけでも一通りの面接を行う必要はある。そこから有望そうなのだけ拾い上げれば良い……と、この時点では俺たちも不満はなかった。


 それから一週間後。


 迷宮攻略に専念していた俺たちが気づいた時には、わずか四名しかいなかった冒険者部は総勢60名に膨れ上がっていたのだった。




「はえ~……先輩このニュース見てくださいよ。政府が国民全員にEランクカード一枚とFランクカード五枚の配布を決定ですって。なんか急速に世界が変わっていきますねー」

「……………………」


 笑顔でそんなスマホのニュースページを見せてくるアンナに対し、俺は眉を潜め無言で返した。


「あれ? なんかご機嫌斜めッスか?」


 こちらのあからさまに不機嫌な様子を見たアンナが、可愛らしく小首を傾げる。

 そんな彼女に、俺は言った。


「お前、ちょっと最近強引すぎるぞ」


 俺は今、部室で彼女と二人っきりになっていた。

 副部長として、最近のアンナの行動にやや思うところがあり、織部と師匠に先に帰ってもらい、二人で話せる時間を作ったのだ。

 俺の言葉に、アンナは少し考え答える。


「ふむん……カードの貸し出しの件ッスかね?」


 俺が無言で頷くと、アンナはやや困ったように頬を掻いた。


「えーっと、でも先輩にだけはあらかじめ言っておきませんでしたっけ? 先輩も良いって……」


 たしかに、俺にだけはアンナから事前に連絡があった。

 部員数は結構増やすかもしれません、と。

 俺もそれにわかったと答えていた。

 だが……。


「いくらなんでも、入部希望者の半分以上を入れるのはやり過ぎだ」


 俺が想定していたのは、まずはライセンス持ちを中心に、二軍として有望そうな奴を十数人程度受け入れ、それ以上は段階的に増やしていくというもの。

 一気にこれほどの数を増やすのは、さすがに予想外だった。


「しかも、カードまで貸し出して……」


 新規入部者のうち、ライセンス持ちはわずか十名ほど。残りの五十名弱は、当然カードも金も無く、そんな彼ら彼女らに、アンナは冒険者部でキープしていたDランクカードを貸し出し、さらには冒険者登録料すらも彼女が負担していた。

 部でキープしているDランクカードは、共有物である。それをろくに知らない奴らに貸しだすことに対して、さすがに他の面々から苦言というか心配する声が上がったが、アンナはこれをすべてのDランクカードを彼女が買い取るという形で、押し通した。

 アンナの所有物を貸し出したわけだから俺たちが文句を言う筋合いはないのだが、この急速な勢力の拡大には、元々排他的な性質を持つ織部はもちろん、師匠ですらも眉を潜めていた。

 自勢力を作る、というアンナの野心があまりに剥き出しだったからだ。

 とはいえ、俺が問題としているのは、部員数の急激な拡大でも、アンナの野心についてでもない。アンゴルモアを前にしてアンナと他の中核メンバーとの間に亀裂が入ってしまうことだった。

 なので、他の二人には先に帰ってもらい、こうして副部長として抗議というか牽制をしに来たというわけだった。


「んー、あー……ごめんなさい! なんか、ちょっと思い違いがあったみたいです。でも、とりあえずはウチの考えを聞いてもらっても良いッスか?」

「ああ」

「ありがとうございます。……我々は、この二か月ほどの努力と、なにより先輩のおかげでかなりの戦力を揃えることに成功しました。おそらく、我々だけでも第二フェイズまでは余裕でこの拠点を防衛できるでしょう。そんな我々にとって、もっとも足りていない物がなにかわかりますか?」


 もっとも足りていない物?

 単に足りていないというならば、すべてが足りないと言えるが、もっとも足りていない物か……。


「……時間、とか?」


 そう俺が答えると、アンナは苦笑した。


「確かに、それもウチらにとって一番足りていない物ッスね。答えは、召喚枠ッス」


 なるほど……。俺は深く納得した。

 どう足搔いても手に入らない物を除けば、確かに俺たちに最も足りないのは、ソレだ。

 アンゴルモア中の召喚枠は、フェイズに関係なく十二枚となっている。これは、Aランク迷宮に準ずる。

 つまり、第三フェイズまでは冒険者は、むしろ迷宮よりも有利な状況で戦えるということなのだが、一般人を守ることを考えるとこの十二枚という召喚枠はあまりに少なすぎた。

 俺が仮に召喚枠すべてをBランクカードで埋めたとしても、一人で学校の皆を守りきれるかと言えば、それは間違いなく不可能だ。

 それは、三相女神や軍勢召喚のスキルを持ったカードがあったとしても同じことだ。召喚枠という制限がある限り、どうしても一人に出来ることには、限界があるのだ。

 その問題を最も手っ取り早く、かつローコストで解決しようと思うならば、なるほど、召喚枠すなわち人手を増やすのが手っ取り早い。

 この方法の最も良いところは、保護要員をそのまま防衛力に回せることだ。

 保護要員が傷つくリスクを減らしつつ、戦力を増やせる。まさに一石二鳥。

 問題は……。


「持ち逃げや、敵前逃亡に関してはどうする? それと、暴走のリスクは?」


 その人材が、信用できるかということ。

 カードを貸したからと言って、大人しく従ってくれるとは限らない。最悪、カードという力を得たことで増長し、保護すべき人々に、逆に横暴に振る舞う奴も出てくることだろう。

 いや、必ず出てくる。


「前者に関しては、これからアンゴルモアが起きるまでの間に見定めていくつもりッス。明らかに持ち逃げしそうな奴は面接の時点で弾いてますし、臆病者に関してはカードを没収していきます。契約書にもそう書いてますしね。暴走に関しては、これを見てください」


 そう言ってアンナが差し出してきたのは、新入部員のリストだった。

 名前と学年と性別、それに貸し出したカードを記入しただけのシンプルなものだったが、それを見て俺はすぐにあることに気づいた。


「……女が多いな」


 リストのうち実に三分の二ほどが、女子だった。


「新入部員に関しては、女子を優先して取るようにしました。これで、少なくとも性的な暴走に関してはある程度防げるんじゃないかな、と思ってます。女子の眼があれば、馬鹿なことをする男子も減るでしょうし、まあ、いざとなれば処分するだけのことです」


 処分……。極刑じゃないッスよね、アンナさん?

 ま、まあ、これで少なくともある程度の横暴についてはセーブが効くか。逆に、女尊男卑的な風潮ができないかが心配ではあるが、そこはまあ、なんとかなるだろう。

 というか……。


「小野はともかくとして、一条さんも入部したのか……それに、東野と西田、神道も」


 リストの一番上の方には、俺が良く知る面々の名前が載っていた。

 一条さんに関してはそんなに驚きはないが、東西コンビや神道に関しては寝耳に水だったのでちょっと驚いた。


「先輩の知人については、ほぼ無条件で合格にしました。レンタルするカードについても良いのを回すつもりッス」


 どうやら忖度させてしまったようだ……。


「この名前の横のマークはなんだ?」


 リストの中には、無印と、〇印、〇の中には小の字が入った者がチラホラと見受けられた。


「ああ、それはライセンス持ちッス。小の字が入っているのは、小野さんからレンタルしたカードで冒険者になった人たちッスね」

「ふぅん、なるほど……小野派ってことか」


 見ると、小野派はライセンス持ちの約半分ほどを占めているようであった。

 学内の冒険者の総数は、元々十数名ほどでいたはずであったから、こうしてみると元々のライセンス持ちは、その過半数以上が冒険者部へは入らなかったということになる。


「……お前、どんな門前払いの仕方したん?」

「ちょ、ウチのせいじゃないッスよ。普通に、相手のプライドを傷つけないように断りましたって。今は普通に様子見してるだけじゃないッスか?」


 カードを持ってない奴ですら入部できるんだから、ライセンス持ちなら諸手を上げて歓迎されると思っているのだろう。

 ……こう言っては何だが、時勢を見る力がないな。

 むしろライセンス持ちが優遇されるのは、今の時期だけだというのに。


「まあ、アンナの考えはわかった。召喚枠が必要というのは、俺も同意見だ。」


 FランクやEランクカードの中にも、便利なスキルを持つものは多い。たとえばブラウニーやシルキーなんかは、迷宮攻略よりも日常生活で輝くカードの筆頭だ。戦力とはならずとも、避難所生活を快適にしてくれることだろう。

 少数精鋭では、それらのカードを有益に活用できないのは、俺も問題と思っていたところだった。


「ただ、次からちゃんとみんなに相談してからにしてくれ。理由さえ話してくれれば納得するんだから」

「そう……ッスね。ちょっと、いや、かなり焦ってたのかもしれません」

「焦り? なるほどな……」


 確かに、アンナが焦る気持ちもわかる。

 当初の予想では、一か月程度で政府の発表があると思っていたのが、二ヵ月。しかも、別の場所から暴露されたわけだからな。

 本来は、部員たちと意思疎通を取りながらもう少し段階を踏んで増やしていく予定だったのが、計画を早回しにせざるを得なくなり、結果として事を性急に見せてしまったということか。

 そう想像した俺だったが、しかしアンナの焦りの要因は単なる時間の問題ではなかったようで……。


「政府の発表がここまで遅れた背景について想像すると、どうしても……ね」

「…………」


 政府、か。

 確かに、政府の動きについては不安を覚えざるを得ない。

 一週間経った今でも、発表が遅れた理由については黙秘してるしな。

 ……ひょっとしたら、星母の会の発表がなかったら、まだ黙秘していて、誰かが暴露するまで秘密にするつもりだったんじゃないかとすら思ってしまうくらいだ。

 そして、それは日本だけでなく世界全体の話で、決して仲良しこよしとは言い難い国を含めてそこまで密に連携を取っていたというのが、もはや不気味としか言いようがなかった。

 国が頼りになるかわからなくなってきたことで、ただでさえ不透明だったアンゴルモア後の未来が、ここにきてさらに予測が困難になっている。

 その焦りは、俺の中にも、いや、全国民の中にあった。


 ……もしかしたら、このアンナの暴走とも言える行為も、単純な勢力の拡大というよりは、少しでも多くの生徒に最低限自衛の力を与えてやりたかっただけなのかもしれない。

 勢力化のことを考えれば、少数による全体の統制が一番リスクもなく効率的なわけだからな。このカードをばらまくようなやり方は、むしろ彼女の勢力化という目的に反していると言える。

 男子より女子を優先しているのも、戦力よりも自衛力を重視している証明だ。

 というか、これ、もしかしてアンナなりに俺の意向を尊重した結果だったりするんだろうか?

 家族と友人が最優先、余裕があれば学校の皆も……という会議の時の俺の言葉をアンナなりに実行した結果が、これなのかもしれない……。


 そして、今回のことで気づいたことが一つある。

 それは、どうもアンナは報連相(ほうれんそう)を怠る癖があるようだ、ということ。なまじ頭の回転が速く、行動力がある分、突っ走る傾向があるというか……。

 いや、一応報告や相談とかはしてるのか。ただ、それに幅を持たせているだけで。

 まあ、それで深く聞かずにOKサインを出した俺にも問題あるんだけどな。

 真リーダー云々はいまだにピンとこないが、副部長としてもうちょい深く聞いておくべきだった。

 アンナも悪かったし、俺も悪かったということだな。

 まあ、俺もアンナも、所詮は高校生。ちゃんと社会に出たこともない身で、組織運営の真似事をしているのだから襤褸(ぼろ)が出るのも無理はない。

 お互い、これから成長していけば良いのだ。

 ……その時間があれば、の話だが。


「ところで、先輩に一つお願いがあるんスけど……」

「ん? なんだ?」


 自分のことを棚に上げて注意から入ってしまったこともあり、ちょっとしたことなら聞いてやろう。

 そんな思いで問うた俺に、アンナはまるでコンビニお使いを頼むような気軽さで言う。


「ちょっと四ツ星昇格試験受けてきてもらっても良いッスか?」

「はあ?」


 俺は突然の話に、呆気にとられた。


「四つ星って……」


 そんな簡単になれたら苦労しないし、なにより……。


「今さら四つ星になるメリットあるか……?」

「まあ、そうなんですけどね」


 とアンナはため息を一つ吐き。


「実は、神無月先輩がちょっと一時離脱するかもしれないらしくて……」

「え!? ……やべぇじゃん」

「ヤバいッス。マジヤバです。最初聞いた時、ショックのあまりアへ顔ダブルピースするかと思いましたよ」

「どんなショックの受け方だよ」


 とはいえ、実際これはかなりヤバイ。語彙力が貧相になって、ヤバイしか出て来なくなるくらいヤバイ。

 なんせ、師匠が離脱したら、当然Cランク迷宮にも入れなくなるわけで。今後の計画も大きく崩れることになる。


「えー、理由はなんでって?」

「言えない、というか知らないそうです。どうしても断れない筋から、もしかしたら呼ぶかもと言われたそうで……」

「マジか……」


 師匠が断れない筋となると、お姉さん絡みだろうか?

 アンゴルモアを前に、渡世の義理なんて無視するか、あるいはその前に貸し借りを清算しようとするかは人それぞれだろうが、師匠は間違いなく後者の人間だろうしな……。

 そういう人間だからこそ信用してアレースの運用を任せてるわけだし。


「それっていつからいつまでよ?」

「うーん、いつからの方は、早くて一か月後くらい。いつまでの方はちょっとわからないそうです。……アンゴルモアが始まったら即合流するそうですが」


 果たして本当に戻ってこれるのか、戻ってきてくれるのか……。


「一か月後か……」

「なんで、先輩にはそれまでの間に四ツ星になってもらえたら、と」

「うーん、話は分かった」


 だが……と、俺は申し訳なく思いながら言う。


「正直、厳しい……」

「……やっぱ、そうッスよね」

「ああ。実技の方はなんとかなるにしても、その、筆記の方がな」


 俺も筆記試験の勉強はしているも、これが予想以上に難しい。

 四ツ星の筆記試験の合格に必要な勉強時間が、平均して凡そ500時間ほどとされている。これは宅建士などの資格に匹敵する難易度だ。

 実技だけならともかく、筆記含めてとなると厳しい……というか絶対に無理だった。

 ところが、そんな俺に対しアンナはキョトンと首を傾げると。


「ん? 実技の方は大丈夫なんスか?」

「ああ……まあ、たぶんなんとかなると思う」


 通常のCランク迷宮よりも遥かに困難なウチの学校の迷宮に潜るうちに、俺も多少なりとも冒険者として成長した実感がある。

 今の俺なら、パワーアップした蓮華の能力もあれば、なんとかソロでのCランク迷宮踏破も不可能ではないはずだ。

 そんな俺の答えを聞いたアンナは、喜色を浮かべパンと手を叩いた。


「おぉ! じゃあ、イケるじゃないッスか! 筆記の方はウチがクリアしてますね!」


 俺は思わず「あっ!」と声を上げていた。

 すっかり忘れていたが、このアンナは、筆記試験をすでにパスしていたのだ。

 しかし……。


「お前、よくあの試験を中学の時に合格できたな~……あっ」


 そこまで言って、俺は気づいた。気づいてしまった。

 コネ……か。


「な、なんスか……あっ! って! 言っときますけど、完全に努力の賜物ッスからね! 一応国家試験の一種なんで、コネとか不正とかは通用しないんで!」


 それもそうか……。


「ってか、お前あの試験合格できる頭があるのに、なんでそんな頭……というか成績悪いの?」

「……いや、そこまでストレートに言われると普通に傷つくんスけど。あの試験を合格したのに成績悪いというか、合格したから成績悪いというか……」

「ああ……なるほど」


 ……学校の勉強を生贄に捧げて、試験に合格したか。

 考えて見りゃ、冒険者やりながら500時間も他の勉強してたら、そりゃあ学校の勉強も疎かになるってもんだ。

 基礎となる中学の範囲が身についていないのだから、高校の範囲も当然理解できるはずがない。

 頭の回転事態は早く記憶力も悪くないアンナが、赤点を取っているのは、単にやる気の問題と思っていたが、実際は四ツ星試験の勉強のせいだったのだ。


「ま、いまはその話はいいや。実技はなんとかなりそう。筆記はアンナがクリアしてる。となるとあとは踏破実績となるが……」

「ん~……それに関しては大丈夫だと思います。実は、近々四ツ星昇格試験が簡略化されるって話でして」

「え? マジ?」

「ええ……まあ、まだ表沙汰にはなってない話ではあるんスけど、まあ、まず間違いないと思います。どうも、国も少しでも四ツ星を増やしたいらしく、Dランク迷宮の踏破実績は十個に、筆記試験もカードギアの持ち込みを可にするとかしないとか」

「えー……カードギアの持ち込み可とか、めっちゃ簡単になるじゃん」

「そうなんスよ! こちとら学校の成績を生贄にしてまで合格したってのに!」


 机に拳を打ち付けて悔しがるアンナ。

 まあ、気持ちはわかる。

 カードギアには、ダンジョン内での揉め事を解決しやすいよう六法全書もインストールされている。

 そのカードギアが持ち込みとなると、試験の難易度は一気に自動車の免許くらいまで落ちる。

 学校の成績を犠牲にし、おバカキャラのレッテルを張られたアンナからすれば、腹立たしいにもほどがあるだろう。


「そこまで簡単になるなら、俺一人でも四ツ星に合格できそうだな」


 ぶっちゃけ、一番のハードルだった試験がカードギア持ち込み可になるなら後は実技さえ超えてしまえば四ツ星になったも同然だ。


「うーん、それはちょっと待ってもらえませんか? 神無月先輩の離脱の件、これって四ツ星なことが絡んでる気がするんスよね……」

「ああ……なるほど、それは確かにありそうだな」


 四ツ星を招集しなくてはいけない何かが有り、それに師匠のお姉さんのラインから声をかけられた……そんな感じはする。

 となると、俺が四ツ星を取っても、師匠と同じように招集される可能性もあるわけで、それでは意味がない。


「……とりあえず、詳しいことがわかるまでは実技までに留めておくか」

「それが無難だと思います」


 あと問題点は何があったかな……そうだ!


「俺が別行動になるなら転移とかガーネットの回収はどうする? というかそもそも学校は?」


 俺が別行動している間は、当然ハーメルンの笛による効率的な攻略もできなくなる。俺も、いくらハーメルンの笛があっても学校を通いながら試験を受けるのは厳しいものがある。


「ガーネットの回収に関しては、ウチも宝探しの能力を持ったカードを手に入れたんで大丈夫ッス。学校に関しては……ぶっちゃけもう真面目に授業受ける必要ないでしょ。学校もこうなったらとやかく言ってこないッスよ。というわけで、これからは授業を休んで泊りがけで迷宮に潜るんで、ハーメルンの笛がなくても一月くらいならなんとかなります」

「なるほど……」


 たしかに、予言が発表された以上、バカ真面目に授業を受ける必要はもうないか。

 一か月や二か月学校を休んだって留年しないしな。

 ……しかし、これでカーバンクルレーダーことキマリスさんもお役御免か。いよいよ本格的に運用を考えないとな。

 そのまま使うか、トレードするか、あるいはデュラハンのランクアップに使うか……。


「……それと、先輩が試験のために別行動している間のドロップについてなんですが」

「む、そうだな、そこはちゃんと決めておかないとな」


 同じ冒険者部ということで戦利品はすべて分配するのか、あるいは別行動中は手に入れた隊の物とするのか……。


「試験中、先輩が手に入れたカードについては、先輩の物にしちゃってください。その代わり、学校の迷宮で手に入れたカードについては、こちらで分配させてもらいます。ただし、ガーネットや金色のガッカリ箱からのドロップについては、冒険者部の都合で先輩に別行動してもらうわけッスから、先輩にも分配します」


 なるほど……ドロップについては手に入れた隊の物か。まあ、別行動中の隊が何をいくつ手に入れたかの把握は難しいし、その記録も煩わしいしな。

 そして、一番の懸念だったガーネットの分配は、冒険者部都合の場合は分配有り、自分都合の場合は分配無しか。つまり、今回の場合だと俺はチーム都合だからガーネットを貰えるが、個人都合で離脱する師匠はもらえないって形だな。

 ちょっと師匠がかわいそうな感じもするが、個人都合で離脱している人にまで分け前を与えていたら、他の人員に不満が溜まるだろうから、ここら辺はシビアに定めていくべきだろう。


「ま、これは建前ッスけどね」


 ふむふむと頷いていたら、アンナが聞き捨てならないことを言い出した。


「建前?」

「はい。べつに、別行動なんだろうがドロップは公平に分配しても良かったんスけど……この方法なら先輩が手に入れたカードは先輩の物に出来るでしょう?」


 そう言って、ニッコリと笑うアンナ。

 それで、俺もようやく彼女の意図を理解した。


「……ああ、なるほど、そういうことか」

「そういうことッス」


 つまり、せっかく別行動になるんだから、思う存分自分の戦力を強化してこいってことか。

 たしかに、冒険者部で行動している間は、せっかくBランクカードをドロップしても皆の共有財産になるからな。

 それでアンゴルモアでの生存率が上がるなら俺としては何の不満もなかったのだが、アンナとしては気になる部分だったのだろう。

 たしかに、考えてみれば、これは魅力的な話だ。

 昇格試験の一か月間は、Cランク迷宮と特殊型迷宮を一つ、独占できる。

 当然踏破してしまえば試験はそこで合格となってしまうが……逆に言えば主さえ倒さなければ、欲しいカードの主が出るまでリセマラできるということ。

 一月……三十回で望みの主が出現するかは運次第ではあるが、特殊型迷宮の方は、俺のデッキの弱点を突くか、強みを上回ってくるカードが出てくるから、ランクアップ用のカードが手に入る可能性はかなり高いだろう。


 しかし、一か月か……。

 運命操作をした時のみ見える謎の闇。それは、かなり間近に迫りつつある。

 たぶん後二ヵ月くらいはあるとは思うが、それでも闇自体が近づいてきたり離れたりしているため確実ではない。

 これがアンゴルモアかはわからないが、その可能性はかなり高いだろう。

 その前になんとか特殊型迷宮にまた行っておきたいと思っていたので、これは渡りに船な話だった。


「わかった。……試験中に、一回り成長して戻ってくるよ」

「期待してます」


 アンナはそう言って、ニッコリと笑ったのだった。



【TIPS】カードの生み出したアイテム

 カードが生み出したアイテムは、基本的にカードに戻した後や迷宮を出た後も物質として残る。

 中には植物だけではなく、牛や豚などの動物すら無から生み出すカードすら存在する。

 そうして生み出された食物は、当然ながら人間が食べても何の問題もなく、中には特殊な効果を持つモノもある。

 ヘスペリデスの園が生み出す黄金のリンゴ(偽)もその一つだが、迷宮から出現する同名の魔道具と比べて効果が著しく落ちる。

 そのため、こうしたカードが生み出した魔道具は、迷宮産の魔道具と区別するために疑似魔道具と呼ばれる。

 これらのアイテムは、売る際にちゃんと疑似魔道具であることを明記することが義務付けられているが、見た目が同じであること、食べないと効果の真偽が分からないことを利用した詐欺は後を絶たない。


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