第15話 不意打ち①

 


「なんか、すっかりハロウィーンって感じ」


 放課後。

 一条さんと二人で八王子の街を歩いていると、街の風景を見た彼女がポツリと呟いた。

 彼女の視線を辿ると、そこにはオレンジ色のカボチャ頭が。

 そうか……明日は、ハロウィーンか。

 それはつまり、俺が冒険者になって一年が経っていたことを示していた。

 ふいに、俺が冒険者になった日のことが脳裏に蘇る。

 もしあの時、蓮華たちを引かなかったら、今頃俺はどうしていただろうか……。

 アンゴルモアが目前に迫っていることも知らず、東西コンビとのほほんと過ごしていたのだろうか。

 ……そのままアンゴルモアを迎えた時のことを想像し、背中に冷たいモノが走る。

 改めて、あの時蓮華たちを引けたのは人生最大の幸運だったとしみじみ思う。

 あれで、俺の人生は、まさに180度変わったのだから。


「なんか、悪いね。アタシの我が儘に付き合ってもらっちゃってさ」


 物思いに沈む俺に、一条さんが珍しくややバツが悪そうに言った。

 それに、俺は首を振って答える。


「いや、気にしないで。俺も気分転換になるから」


 ここ最近俺は、冒険者部が休みの日に、一条さんと共にDランク迷宮に潜る日を送っていた。

 以前、お願いされていた二ツ星昇格のお祝いというわけだ。

 当初の話では一回だけという話だったが、俺も彼女がどういった迷宮攻略をしているのか気になっていたこともあり、一回と言わずに一周踏破するまで付き合うことにしたのである。

 たまの休みくらい、家でしっかり心身を休めた方が……とは俺も思うのだが、どうにも家でごろごろしていると焦りのようなものが膨らんできて、どうにも落ち着かないのだ。

 気分転換になるというのも嘘ではなく、普段Cランク迷宮の過酷な環境に揉まれていると、Dランク迷宮の簡単すぎるくらいの難易度が心地よく感じるのである。

 ならば、負担にならないくらいに迷宮に潜っていた方が、精神衛生上良いというわけだった。



「ふぅん……でも学校の迷宮の攻略とかも忙しいっしょ? そっちは大丈夫なわけ?」

「ああ、大丈夫。だいぶ、落ち着いて来たから」



 この二か月の攻略で、アンゴルモア対策は結構整ってきた。

 以下が、新学期からのリザルトである。



 ■カードのドロップ

 ・Dランクカード合計25枚(その内、人気カード8枚):すべて冒険者部でキープ。


 ・Cランクカード合計7枚。

 ペルセポネー(零落スキル持ち):ギリシャ神話の冥府の女王。同ランクのセイレーンを無限召喚できる、Cランクでも最高峰の眷属召喚スキル持ち。……なのだが、零落スキルにより眷属召喚スキルを失っている。織部が2億4000万で購入。

 レディヴァンパイア:イライザのロスト用の保険に、俺が4500万円で購入。

 ドワーフ(2):エルフと並ぶファンタジーの代表格。優れた鍛冶や工作の腕を持つ。冒険者部でキープ。

 雪女:日本人なら知らぬ者はいない女妖怪の代表格。雪や氷のフィールドでは無類の強さを発揮する。今後の女の子カードの値下がりを考え、4000万円にて売却済み。

 マギウス:ウィッチの男版。2000万にて売却済み。

 ケンタウロス:半人半馬。1500万にて売却済み。


 ・Bランクカード合計1枚

 アレース:ギリシャ神話の軍神。ギリシャ人に嫌われていたのか、碌な逸話がないが、その性能は軍神に相応しい。冒険者部でキープ。師匠が運用。


 ■アイテムのドロップ合計547個

 ・レアドロップ(29)


 紫金紅葫蘆:今回の主であった金角よりドロップ。名前を呼んだ相手を問答無用で吸い込めて閉じ込めることができる瓢箪。中には毒液が詰まっており、相手を徐々に溶かしていく。閉じ込められる時間は相手の戦闘力に依存し、Dランクモンスター程度なら自力で出る前に溶かしきることが可能。

 コールドアイロン(10kg×2):魔よけの力を持った金属。壁などに混ぜることで、霊体モンスターのすり抜けを阻害する効果があり、金と同じ価格で取引されている。10kgあたり7000万円で売却済み。

 孟婆湯:飲んだ者の記憶を完全に失わせる薬湯。所持禁止類魔道具。買い取り価格1000万円。

 白紙のカードの束(3):売却3000万円

 竜の生き血(2):カードに与えることで、鋼のように硬い身体と高熱への耐性を一時的に与えることができる。冒険者部でキープ。

 集中鉢巻:作業の前に頭に巻くことで、一つのことに集中できる鉢巻。一時間持続し、再使用には十分のインターバルを要する。受験勉強に最適。冒険者部でキープ。

 バベルのカフス:ありとあらゆる意思を持つ生物の言っていることがわかるようになるカフス。外国人はもちろん、動物や一部の植物などにも使えるが、高度な知能を持っていない生物相手だと大雑把な意思しか伝わらない。冒険者部でキープ。


 カードホルダー(2):冒険者部でキープ。

 魔石袋(3):冒険者部でキープ。

 遭難のマジックカード(8):冒険者部でキープ。うち三枚は、攻略に使用済み。

 転移のマジックカード(3):冒険者部でキープ。

 レベルアップのマジックカード(2):冒険者部でキープ。



 ・ノーマルドロップ(518):すべて冒険者部でキープ。


 アダーストーン(11):真ん中に穴の開いた石。幻術や隠れた存在を見抜く力を持ち、穴を通して見ることで透明化スキルや異空間スキルを目視できる。使い捨て。

 ポーション類(333)

 中等クラス以下の各種マジックカード(174)



 ■カーバンクルのドロップ

 ・ガーネット合計104個。未回収残り6個(Cランク階層スキル封印分6個)


 ・金色のガッカリ箱

 芭蕉扇:西遊記に登場する風を起こす扇。一度扇げば風を呼び、二度扇げば雲を呼び、三度扇げば雨を呼ぶ、という効果を持つ。師匠が4000万で買い取り。

 変若水:若返りの水。一つにつき、一歳若返る。回復効果の無いアムリタ。8000万円で売却。

 ギュゲースの指輪:自在に姿を消せるようになる指輪。迷宮の外でも使用可能なため、所持禁止類魔道具となっている。買い取り価格5000万円。

 アルスルグウェン:別名、アーサー王のマント。透明マントとも。身に付けた者の姿を消せる魔道具。所持禁止類魔道具。買い取り価格5000万円。

 惚れ薬:飲ませた相手の自分への好感度を増幅する薬。そもそも好意を抱いていない相手には効果が薄くなる上に、使うたびに相手に急速に耐性がついていくため、最終的に破局が約束されている、ある意味呪われたアイテム。それでも悪用しようと思えばいくらでもできるため、所持禁止類魔道具となっている。買い取り価格1000万円。

 宝籤のカード(2):今回は皆で分配せずに、裏で俺がすべて買い取り。



 ※以下、冒険者部でキープ。


 アリアドネーの糸:安全地帯で使用することで、迷宮の入り口へと転移できる魔道具。転移先が入り口に限定されているため、使い放題の転移系の魔道具としては安いが、それでも一億以上で売れる。

 道標の手帳:目標を書き込むことで、達成のための手順がスケジュールとして記載される手帳。書かれた通りに行動すれば大抵の目標は達成できるが、自身に出来る能力の限界ギリギリを要求してくるため、実行には強い意志が必要。

 ネームモノクル:相手の名前を頭上に表示してくれる片眼鏡。相手の名前を忘れた時に便利だが、つけていることで逆に「あっ、コイツ人の名前覚えてないな……」と思われてしまうことも……。

 分身の巻物:使えば24時間の間、自分のコピーを一体生み出してくれる。自分の代わりに作業を行わせることができ、その経験や記憶は消失後に本人へと統合される。ただし話したりすることはできないので、人と会う仕事には不向き。一回限り、三巻セット。

 完全消化薬:体内の消化効率を上げ、食べた物をすべて吸収できるようになる丸薬。有害なモノは、取り込まれずに分解される。トイレに行かなくて済むため、軍人や冒険者御用達の一品。ただし、太りやすくなるため、使いすぎに注意。

 脂肪変換薬:体内の脂肪を筋肉へと変換してくれる薬。生きるために必要ない部位から変換されていくため、女性の場合は胸が小さくなってしまうことも……。

 代眠の小人:自分の代わりに睡眠をとってくれる小人。眠気の解消や頭の整理は行ってくれるが、肉体の疲労までは回復してくれないため、使い過ぎによる過労に注意。

 着火グローブ:指を鳴らすことで、指先に小さな火を出すことが出来る指空きグローブ。ただそれだけの、カッコいいだけのアイテム。中学二年生くらいの男子に人気。


 緊急避難のマジックカード

 転移のマジックカード(4)

 ミドルポーション(29)

 ハイポーション(6)

 ハズレ(49)



 モンスターからのドロップや、ガッカリ箱からアタリからの売却益だけで4億以上。それにカーバンクルガーネットが2億円分に、ヴィーヴィルダイヤでさらに2億円の、合計8億円。

 このうち、ガーネットと売却された(あるいは買い取りされた)カードのドロップの分は、各部員たちに配分されるとして、残りのドロップアイテムの売却益により、学校の拠点化に必要な物資は、最低限整った。

 あとは異界クラスの異空間型カードをどうにか手に入れたら、時間制限までにどれだけ物資を蓄えられるか……といった勝負になるのだが、実は異界クラスの異空間型カードについては、俺とアンナで密かに確保済みであった。


 そのカードの名は、ヘスペリデス。

 ギリシャ神話において食した者を不死にするとされる黄金のリンゴがあるとされる果樹園————ヘスペリデスの園を呼び出すことが出来るカードだ。


 ヘスペリデスというのは、個体名ではなく複数形で、夜の女神ニュクスが生んだ三人のニンフたちの名称である。

 そのため、ヘスペリデスは一枚のカードで複数の本体が出現する珍しいタイプのカードとなっている。

 日本の妖怪で言うと、鎌鼬(カマイタチ)などが複数体のカードとして有名だろうか?

 鎌鼬は、相手を転ばす役、相手を切りつける役、切りつけた相手に痛みを消す薬を塗る役……とそれぞれ別の役割を持った三匹の鼬が出現する妖怪だ。

 一枚で三体も出てくるからには、通常の三倍強いのかと言えばその逆で、むしろ一体一体は戦闘力が分散されているため非常に弱い。三相女神の逆パターンと言えばわかりやすいだろうか?

 三体全員やられない限りロストしないのが、唯一の長所である。

 そのため複数体のカードは、ランク詐欺と言われることも多いのだが……ヘスペリデスに関しては問題ない。

 なぜならば、彼女たちは異空間型カード。本体はむしろオマケで、その真価は、スキルの方にあるからだ。


 ヘスペリデスの園は、ゼウスの妻であるヘラが所有する果樹園で、そこには食した者を不死にするという黄金のリンゴを実らせる樹が一本だけ存在する。ヘスペリデスは、その黄金のリンゴの樹を世話するニンフたちに過ぎない。

 黄金のリンゴの樹には、さらに護り手がおり、それが百の頭を持つことで有名な、かのラドンである。

 ラドンはBランク相当の戦闘力を有し、常に黄金のリンゴの樹を守るように常駐している。

 仮に倒されても一日で復活し、しかもラドンが倒されてもヘスペリデスの園はロストすることはない。あくまでも本体はヘスペリデスたちだからだ。

 黄金のリンゴは、侵入者たちを強烈に惹きつける効果を持ち、モンスターはもちろんマスターを持つカードたちであってもそれは例外ではない。

 黄金のリンゴに惹きつけられた侵入者たちの相手をラドンがしている間に、ヘスペリデスたちはどこかに身を隠す……というのが、このカードの基本的戦術であった。

 ヘスペリデスの園には、黄金のリンゴの樹以外にも様々な果物を実らせる果樹が豊富にあるため、食料の供給源としても期待できる。

 つまり、ヘスペリデスの園は、俺たちが欲していた防衛力と食料供給源を兼ねたカードというわけだ。


 ちなみに、黄金のリンゴについてであるが、残念ながら逸話ほどの効果は無い。精々、十年ほど老化を抑制する程度である。

 それも魔道具としてドロップした黄金のリンゴの方であり、ヘスペリデスの園で取れる黄金のリンゴに不死の効果は無い。

 吉祥天のアムリタの雨もそうだが、若返りだとか不死だとかの効果を持つアイテムと同名のスキルを持っていても、そのスキルに若返り等の効果は、基本的に無い。

 基本的に、と言ったのは蓮華のような例外があることを俺が知っているからで、普通は無いと断言される。

 ヘスペリデスの園の黄金のリンゴも、食べた者に一度だけ『生還の心得』スキルを24時間付与できる、という効果となっている。


 ただ、このリンゴの優れている点は、あくまでスキルではなくカードが生み出すアイテムだということだ。

 食料などを生み出すカードが生み出した物は、カードを送還したり迷宮から出ても消えたりしない性質を持つ。

 つまり、ヘスペリデスの園が生み出す黄金のリンゴ(偽)は、『生還の心得』スキルを付与できるアイテムとしてストックができるのだ。

 難点は、一週間に一つのペースでしか実らないこと、収穫後は普通のリンゴ同様腐ってしまうことだが……入れた物が腐らないなんて魔道具はいくらでもある。

 そのため、黄金のリンゴ(偽)は、『生還の心得』スキルを付与できるアイテムとしてそこそこ市場に出回っていた。

 お値段は一つ百万円。やや高い気もするが、基本的な購買層がプロクラスであること、一つのヘスペリデスの園から年間で50個ほどしか収穫できないことを考えれば、これぐらいはするのだろう。


 異空間型カードが値上がっていること、黄金のリンゴ(偽)がそれなりのお値段で売れることも相まって、ヘスペリデスも30億と非常に高額であった。

 それだけのお金をどうしたのかというと、それはもちろん新しく宝籤カードで出したBランクカードで賄った。

 この一月で、俺は宝籤カードからさらに二枚、新しいBランクカードを手に入れていた。


 一枚目は、アレースをドロップしてから二週間後に手に入れた、ヒュドラ。

 かのヘラクレスと戦った不死の怪物として有名なドラゴンの代表格であり、逸話通りの不死身の生命力と、ありとあらゆる耐性を貫通する毒を持つ強力なカードである。売却価格は、20億円。


 二枚目は、先日金角・銀角を倒した後に引き当てた、スレイプニル。

 北欧神話の主神オーディンの騎馬であり、邪神ロキの血を引くれっきとした神獣である。

 その八本の脚は、空中も自在に駆けることができ、冥府であるヘルヘイムをも行き来した逸話を持つ。騎獣としては最高クラスであり、異空間移動スキルを持つ優秀なカードではあるが、如何せんBランクでは下位ということもあり売却価格は、6億となった。


 合わせて26億とヘスペリデスを買うにはやや足りなかったが、不足分は以前ガーネットとダイヤの買い取り代金としてアンナに渡したディオニュソスの売却益から出した。

 元々ディオニュソスの売却価格は、半年分のガーネットとダイヤ代をキープしてもまだ余るし、ガーネットや部員が買い取ったカードの代金の分配は、俺にも当然ある。


 というわけで、食料など物資もある程度揃い、異界クラスのカードも確保したことで、今この瞬間にアンゴルモアが来ても最低限大丈夫なくらいの準備が整ったこともあって、俺も一段落ついたな……といった感じであった。

 こうして冒険者部が休みの日に一条さんに付き合うくらい大した負担ではない。



「なら良いけど……この借りはいつかちゃんと返すから」

「別に気にしなくて良いけど。別に無料ってわけでもないんだし……むしろ貰いすぎっていうか」


 一緒に潜ると言っても俺は基本的に後方から見てるだけだ。

 元々、安全にDランク迷宮を体験したいという話だったため、一条さんが危なそうな時だけ手出しする約束となっている。

 そのため、ドロップ等も基本的には一条さんのモノで、俺が少しでも手助けした場合は俺が貰う、ということになっていた。

 踏破報酬に関しては、コーチ代として俺が貰えることになっており、今のところ一条さんも俺に頼ることもなく順調に攻略を進めているのもあって、今では逆に申し訳なく思っているくらいだった。


「アタシとしては、安すぎと思ってんだけどね。こうして学校に通いながらDランク迷宮を攻略できんのも、北川の笛のおかげなわけだし」


 それに……と一条さんが俺の顔を覗き込む。


「北川が教えてくれるアレも……本当はお金払えば教えてもらえるってわけでもないんだろ?」

「まあ、ね……」


 俺は、この迷宮攻略中に、軽くではあるがリンクの指導を行っていた。

 それは、ただついていくだけで踏破報酬を貰うのに申し訳なく思ったこともあるが、最大の理由は、彼女がリンクに目覚めつつあるのに気付いたからだった。

 一条さんのそれは、時々カードの感情が伝わってくる、何を言わずともカードが思い通りに動いてくれることがある……程度のものであったが、間違いなくテレパスの発露の前兆であった。

 リンクに関しては、小野にも口頭でその概念と習得方法について教えてはいるが、未だに習得には至っていない。

 小野が冒険者になったのは、俺とほぼ同時期であるが、別に奴にリンクの才能が無いわけではない。これが、普通の冒険者という奴なのである。

 にもかかわらず、一条さんはわずか三ヶ月足らずという短い期間で、自力でテレパスの習得に至りかけていた。

 俺がテレパスを習得したのも二ヵ月とちょっとくらいであったが、これはハーメルンの笛吹き男との遭遇という危機的状況を乗り越えた経験と、大会中にリンクの存在を知り得たことが大きい。

 特に生命の危機を経たわけでもなく、普通に迷宮に潜っていただけの彼女が自力でリンクに目覚め掛けたというのは、恐るべき才能と言えた。

 おそらく一条さんならば、俺が特に指導せずともそのうちテレパスを習得できたことだろう。

 ならば、ここで教えてあげて恩を売った方が得策というものだった。


「北川ってプロにはなんねーの? 実力的にはもうプロクラスなんでしょ?」

「うーん……」


 確かに、俺はこれまでプロを目指して頑張って来た。

 だが、今となっては、プロを目指す意味が薄れてきたのも事実だった。

 プロのメリットは、主に税金面とCランク以上の迷宮に入れることだが、アンゴルモア後にはそれらのメリットは消える。

 文明が崩壊すれば税金なんて徴収できなくなるだろうし、ゲート前の扉についても内側からぶち破られて自由に入れるようになることだろう。

 一方で、四ツ星からは様々な義務が増える。

 メリットは消え、義務だけが残る……デメリットしかないのだ。

 まあ、その義務も無視してしまえば良いだけなのだが、要は四ツ星というか冒険者のランク制度自体が、無意味になる可能性が高いのだ。

 ああ、でも、四ツ星になればギルドの避難所に行ったとしてもカードや魔道具の供出を断れるようになるのか。

 プロからカードや魔道具を取り上げたとして、それを誰に使わせるのかという話だからな。

 むしろ、避難してきた人たちから供出させたカードが回ってくることになるだろう。

 それと、後は単純にネームバリューか。

 四ツ星という肩書は、人々に大きな安心感を与えるだろうし、四ツ星冒険者の肩書を振りかざすだけで、人々が素直に従ってくれることは多いだろう。

 ……まあ、でもそれを踏まえてもメリットはないか。

 供出はギルドの避難所に行かなきゃ関係ないし、ネームバリューもすでにプロに匹敵するものがあるしな。

 そこまで考えて、俺は答えた。


「いつかはなるだろうけど、無理に学生の間にならなくても良いかな」

「ふぅん……まあすでにCランク迷宮に潜ってるしね」

「そうそう。それより、今日はいよいよボス戦だけど、準備は大丈夫?」


 俺は、迷宮が近くなってきたところで彼女へと問いかけた。

 当初の予定では、主は俺が担当することになっていたのだが、これまでの一条さんの戦いぶりを見て、まずは彼女一人でやらせてみることになっていた。

 現在の彼女のデッキは、俺が貸した三枚のDランクと、この攻略で得たDランク四枚となっている。

 三ツ星への壁と言われるDランクカード六枚の条件こそ達してはいるが、Cランクカードは無く、俺が貸したカード以外はドロップ品をそのまま使っているため、カード同士のシナジーなどは期待できない。

 主に挑むには、些か戦力不足は否めないが、ピンチになったら俺が助けに入れるし、これも経験になると、まずは彼女一人で挑ますことにしたのだ。


「ま、頑張る」


 ……大丈夫かな。

 まあ、いざとなったら俺が助けに入れば良いし、確かになんとかなるか。

 むしろ、失敗も貴重な経験……昇格祝いのプレゼントのうちだ。

 そんなようなことを考えながら、俺たちは迷宮へと入るのだった。



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