第14話 ラストプレゼント
翌日、俺はアンナの案内で彼女の家を訪れていた。
今や日本でも有数の大富豪、十七夜月家。その家は果たしてどれほどの豪邸なのか……。
昨夜急遽クリーニングに出した制服(下手なブランドの服を着ていくよりも無難と判断した)を身に纏い、緊張しつつ向かった俺だったが——。
「案外、普通なんだな……」
予想に反し、こじんまりとした普通の一軒家を前に、俺は思わず拍子抜けして呟いた。
十七夜月家の外観は、一言で言えば横長の白い豆腐だろうか。
二階建てで、縦よりも横に長く、飾りらしい飾りは全くない、シンプルなデザイン……たしか、シンプルモダンと言っただろうか?
特徴としては、一階部分に全く窓がなく、代わりに二階は一面ガラス張りとなっていること。ガラスは特殊な加工が施されているのか、カーテンも無いのに外から中は窺い知れない。
確かに北川家よりも二倍ほど大きいものの、大豪邸といった感じはなかった。
TVで見る十七夜月社長は派手好きな印象だったのだが、私生活では案外おとなしめなんだろうか? と首を傾げていると……。
「意外ッスか? ま、中に入ってみればわかりますよ」
意味深に笑うアンナに促され、妙に頑丈そうな扉を開け、中へと入る。
「……おじゃまします」
「いらっしゃいませ~」
玄関部分は、まるでモデルルームのように綺麗で、なんだか妙に生活感が無かった。
普通、他所の家に入るとその家の生活臭みたいなモノが漂ってきて「ああ、他の家に来たんだな……」と思うモノなのだが……。
そんなことを考えながら奥へと進んでいく。
「……………………」
……やはり、おかしい。
玄関までならともかく、他の部屋、リビングまで生活感が無い。
これでは、本当にモデルルームだ。
それに、アンナがリビングなどに俺を案内せず素通りしているのもおかしい。
それに、アンナの両親はどこなのか。
たとえ気に入らない男がやってきたとしても、出迎えぐらいはすると思うのだが。
そうしている間にもどんどん奥へと進み、地下室への階段を下り始めた辺りで俺はついに堪えきれずに問いかけた。
「……なあ、どこに向かってるんだ?」
「もちろん、両親の元にッスよ」
……なんか嫌な予感がするな。
ホラー映画だと、死体とか剥製とかになったアンナの両親を見せられるパターンだぞ、これ。
そんな馬鹿なことを考えていると……。
「おいおい、なんでダンジョンマートのと同じ鋼鉄の扉があんだよ……」
階段の先には、お馴染みの鋼鉄の扉があった。
「まさか……この先に迷宮があんのか?」
「いえ、無いッスよ。これは単純に頑丈なんで設置してるだけッス」
そこまでして何を守ってるんだよ……と思っている間に、アンナは指紋認証やら網膜認証やら、妙に厳重なチェックを行っていた。
まるでスパイ映画のような光景に絶句していると、プシューという音と共に扉が開く。
その先には……。
「……門?」
高さ3メートル、横幅2メートルほどの重厚な門が、部屋の中心に建っていた。
これは……いや、まさか!
「もしかして、転移門か!?」
「ご明察」
転移門。
二個一セットの魔道具で、設置した地点を相互に転移することができる魔道具だ。
使い捨てではなく、何度も使用できる希少な転移魔道具であり、何よりも迷宮外でも使えるということで国が片っ端から買い占めており、市場に出回ることが全くない魔道具だった。
これ、個人が所有できるモノだったのか……。
「ウチがスポンサーをやってるプロ冒険者から買い取ったらしいッス」
「なるほどね……」
「じゃあ、手を繋いでもらって良いッスか?」
「え?」
思わずアンナの顔を見ると、彼女は少しだけ気恥ずかしそうに……。
「や、これ事前に登録した人じゃないと使えないんで。一緒に連れて行きたい人がいる場合は接触する必要があるんスよ」
「ああ、なるほど……わかった」
頷き返し、アンナの手を握る。
……うわ、手ぇちっちゃ、柔らけぇ。
思わずニギニギしたくなる衝動を抑え、アンナと共に門へと触れる。
すると次の瞬間、景色が歪み……。
「……眩し!」
眼を刺す強い光に眼を細めつつ周囲を見渡すと、そこは見知らぬ草原だった。
さわさわと草木が揺れ、心地よい風が頬を撫でる。
その中に潮の香を嗅いだ気がして振り返ると、そこには綺麗な青い海が広がっていた。
ここは……。
「ここは十七夜月家が所有する無人島ッス。さっき通って来た家は、まあダミーみたいなもんスね」
「無人島……ダミー……」
色々想像を超え過ぎてついていけねぇわ……。
「そんなに特別なことじゃないッスよ。先輩の家にもシェルターがありますよね? ウチの場合は、それがこの無人島ってだけッス」
「全然規模が違うわ」
これだから金持ちは……。
「でも今の先輩なら、買おうと思えば無人島の一つや二つ買えるでしょ?」
「そんなこと……………………できる、な」
そこそこのBランクカードを一枚か二枚売れば、小さい島くらいなら買えるだろう。
迷宮は、人口が多いところに発生しやすい性質を持つため、無人島には迷宮も基本的にない。
Bランクカードを一枚買うか、そもそも迷宮の存在しない安全な土地を買うか……という違いと考えれば、十七夜月家の考えもわからないでもなかった。
「じゃ、そろそろ家に向かいましょう。徒歩だとちょっと遠いんで、魔道具で移動しましょう。確か先輩も飛行型の魔道具を持っていましたよね?」
「ああ」
俺は空飛ぶ絨毯を、アンナは人工魔道具と思わしきSFチックなバイクを取り出して乗る。
見覚えがある。たしか国内バイクメーカーとエメラルドタブレット社が共同で開発した、空飛ぶバイクだ。
「それ、かっけえなあ!」
「でしょー? まあ、学校の迷宮じゃ使えないんスけどね」
そんなようなことを話しながら飛んでいると、本当の十七夜月家が見えてきた。
それは、俺が当初抱いていたイメージ通りの大豪邸であった。
普通の家が優に十個は収まってしまいそうな白亜の宮殿のような家。玄関前の広場には噴水があり、庭にはウォータースライダー付きの巨大なプール。裏には小さな滝があって、小川も流れていた。
「うわ、すげぇ……ハリウッドスターの家みたいだ」
「無駄に広いだけッスよ」
滅多に見ることのできない豪邸に眼を輝かせる俺に対し、アンナは冷めた様子で家を見下ろす。
案外、これだけ広いと実際に住んでたら不便なことも多いのかもしれない。
噴水前に着陸する。
玄関まで行くと、アンナが扉を開けて迎え入れてくれた。
「どうぞ、先輩。今度こそいらっしゃいませ」
「ありがとう、おじゃまします」
玄関ホールは、やはり予想通り広かった。
だが、外観を見た時ほどの驚きはない。
内装で言えば、マヨヒガも負けず劣らずの豪華さだからだろうか?
「ただいまー! 先輩連れて来たよー!」
アンナがそう叫びながら先へと進むと、すぐにパタパタという音を立てて二人の男女がやって来た。
一人は、アンナの姉かと思うほどに若々しく美しい赤毛の美女。朗らかで優しそうな笑みを浮かべ、豊かな母性の象徴を揺らしてこちらへと小走りに駆け寄ってくる。……こんなことを思ってしまうのもアレだが、かなり、デカい。俺はあまり見ないように、もう一人の方へと視線を逸らした。
女性と違いゆっくりと歩いてくるその男性の顔には、俺も見覚えがあった。TVでも何度も見たことがある、十七夜月 創一(そういち)社長……その人だ。
若いころはそれなりに精悍だったのだろうと思われる顔は、かなり丸みを帯びてしまっていて、お腹周りなんかも大分ポッコリしてしまっている。それでも肥満だとか、メタボだとかそう言った悪印象が湧かないのは、その活力に満ちた顔つきによるものだろう。実年齢は五十近かったはずだが、十歳は若く見えるほどのエネルギーを感じる。
この人が、日本を代表する大企業の社長。となれば、隣に立つアンナの姉にしか見えない女性の正体も限定されてくる。
つまり、この二人こそ、アンナのご両親だった。
「パパ、ママ。こちらが、北川先輩」
「北川歌麿です。娘さんにはいつもお世話になっております。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
アンナが軽く俺を紹介したので、俺も頭を下げて挨拶する。
定型文に近いセリフではあったが、特に問題はない言葉遣いのはずだった。
……が。
「ほーぅ? お世話ねえ?」
アンナパパが意味深に呟いた。
「具体的にどう、お世話になっているのか……ぜひ聞きたいものだねえ、うん?」
そう言って俺の肩に手を置き、顔を寄せて凄むアンナパパ。
うわ、さっそく来たよ。
俺が何も言えずに顔を引き攣らせていると……。
「————なーんてな! 冗談冗談!」
一転してアンナパパは笑顔となり、そのまま俺の肩を抱いて招き入れてくれた。
「いやあ、一度こういうことが言ってみたくてね! ようこそ、よく来てくれたね。さ、上がって上がって!」
「あ、はい……」
「もう! そういうのは止めてって言ったでしょ!」
目を白黒させて戸惑うしかない俺に代わり、肩を怒らせてアンナが抗議する。
「すまんすまん、つい我慢できなくてな。ホラ、なんせ、ある意味娘を持つ父親の憧れのシチュエーションだろ?」
「……まあ、その気持ちはわからないでもないけど」
そこで理解示しちゃうんスね、アンナさん。やっぱ似たモノ親子か。
「パパもアンナが家に初めてボーイフレンドを連れてきて、テンション上がってるのよ。許してあげて。北川さんもごめんなさいね」
「ああ、いえいえ。おじゃまします」
「貴方たちとは一度お会いしたいと思ってたの。ねえ、パパ?」
「ああ。本当によく来てくれた。夕食はまだだろう? ディナーを用意してある、ゆっくり食事をしながら話をしよう」
「ありがとうございます。いただきます」
思いのほか歓迎してくれるらしい雰囲気にホッと一安心しつつ、俺は頭を下げたのだった。
————十七夜月家での夕食は、実に楽しいものとなった。
半住み込みで雇っているのだという専属シェフの松本さんの作る食事は、三ツ星レストランにも勝るとも劣らないもので————といっても俺は三ツ星レストランで食べたことなんて無いのでアンナパパの紹介を鵜呑みにしただけであったが————俺は貪り喰わないように気を付けて食べなくてはならなかった。
如何に美味しい食事とはいえ、その場の雰囲気が酷ければその味も砂を噛むようなものとなる。しかし、アンナパパは聞き上手の語り上手で、来客の俺に気を遣わせることもなく、自然に話を盛り上げてくれた。
食事が終わった頃には、俺はすっかりアンナパパに気を許しており、なんというか親近感のようなものすら抱いていた。
こういうのを、カリスマというのだろうか?
大企業の社長の、恐るべき人心掌握術であった。
「我が家の食卓はどうだったかな?」
「とても楽しくて美味しい夕食でした。ありがとうございます」
「それは良かった。松本もきっと喜ぶよ」
————食後。
俺は、二人で話したいというアンナパパと共に十七夜月邸を案内して貰っていた。
十七夜月邸は、外観に違わずその中身も豪華で、ビリアードやダーツなどが置かれた遊戯室に、小さな映画館のようなシアタールーム、ちょっとしたジムのようなトレーニングルームや、屋内温水プールに、来客を持て成すためと思われるバーカウンターまであって、まるでリゾートホテルのような設備の整いようだった。
「この島には、魔道具を埋め込んでいてね。島自体を気配遮断と透明化の結界で覆っているんだ。海流も少し操作していて、ゴミはもちろん漂流者なんかも絶対に流れ着かないようにしている。転移門を通らなくては、この島にたどり着けないようになっているんだ」
「へぇ~……それってやっぱりアンゴルモア対策ですか?」
「もちろん。いくら頑丈な建物を作ったところで、高ランクモンスター相手には限界があるからね。見つからないこと、それこそが一番の防衛策というわけだ」
「なるほど……」
「地下には大型商業施設用の魔石発電機もあるし、屋敷の設備は全部オール電化にしているから、電力に関しては心配することはない。魔石の備蓄も地下に優に二百年分はあるから安心してくれ」
「……? はい」
俺は少しだけアンナパパの引っかかるモノを感じたが、とりあえず頷いた。
「清掃についてもこの屋敷そのものが一つの人工魔道具となっているから、自動的に汚れや埃(ほこり)なんかは綺麗にしてくれる。だから特に掃除の必要もない。生ごみは肥料にしてくれる魔道具があるから、それに適当に突っ込んでおけば良い。それ以外のゴミに関しても、魔力化してから電力に変えてくれる魔道具が地下にあるから、それで処理すれば良い」
「……………………」
やはり、おかしい……。
最初はただ屋敷の設備自慢かと思っていたが、この口ぶりはまるで……。
「まあ、あとの細かいことはアンナに聞けばわかるだろう。思い入れのある家だから、大事にしてくれると嬉しい」
「それは……。どういう意味でしょうか?」
俺が思わず立ち止まり問いかけると、アンナパパも振り返り俺の顔をみた。
「この家と島は君にあげる、という話だよ」
その顔は至って真顔で、冗談を言っている顔ではなかった。
「まあ、さすがにタダというわけにはいかないがね」
「……これほどの豪邸を島ごと買えるほどの余裕はありませんが」
「なあに、金については心配しなくて良い。ちょっとした依頼を聞いてくれれば、それで良い」
「依頼……?」
「そう。いざという時は、アンナだけでも連れてこの島に逃げること……それがこの島と家を譲る条件だ」
やっぱ、そういう話か……。
「君たちが今進めている学校の拠点化とやら、失敗した際には逃げ込むための場所が必要だろう?」
「……結論からお答えしますが」
俺がそう言うと、アンナパパはニッコリとほほ笑んだ。
その笑みは、娘であるアンナそっくりだった。
「うん、いいね。話が早い」
「この話、お引き受けします。いざという時は、必ずお嬢さんを連れてこの島に逃げるとお約束します」
「良かった。これで一安心だ」
そう言って大袈裟に胸を撫でおろすアンナパパは、しかし心から安心しているように見えた。
「ただ、一つ……いや二つほどお聞きしたいことが」
「なぜ、無理やりにでもアンナを連れて行かないのか。なぜ、君なのか……かな?」
「……はい」
さすが、アンナパパだ。俺の疑問など百も承知といった感じか。
「アンナからもう聞いていると思うが、私たち夫妻は特別なシェルターに避難することになっている。設計上は、Bランクモンスターの襲撃にも耐えうる、政府の高官なども逃げ込むシェルターではあるが、それもどこまで安全か疑わしい……」
「なぜです? 聞いた話では安全そうに聞こえますが」
「仮に『外』からの攻撃に安全だとしても『内』側はどうかわからないという話だよ。考えてもみてくれ、多くの人間が高ランクカードを持って、閉鎖的な空間に逃げ込むんだぞ?」
「ああ……」
俺は深く納得した。
なるほど……それはある意味外よりも危険かもしれない。
Bランクカードを持った人間がいるというのは、ある意味でBランクモンスターがいるというのと変わりない。
高ランクカードが大量に集まるというのは一見安全そうだが、裏を返せばそれだけの爆弾が一か所に集まるということ。
しかも、彼らのほとんどは、これまで人の上にしか立ってこなかったような人間たちだ。
想像するだけで悍(おぞ)ましい、複雑怪奇な人間模様が展開されることだろう。
……戦国の世では、あえて家を分けて両陣営につくことで、どちらが勝っても家が続くよう計らった事例も多かったという。
アンナを無理にでもシェルターに連れて行かないのも、言い方は悪いが、ある意味で保険というわけだ。
見たところ、アンナママもまだ若い。子供ならシェルター内でも作れるだろうしな。
「それで……なぜ自分を? アンナに……娘さんに直接譲れば良かったのでは?」
俺がもう一つの疑問を問いかけると、アンナパパは肩を竦めてみせた。
「娘は、きっとこの家も島も受け取らんだろうな。アレは、外見こそ幸いにも妻に似てくれたが、中身は私そっくりだ。親に対する反抗心……いや、向上心が強いというべきか。いつまでも親の庇護下にいることが耐えられないのだよ。自立できるだけの力を身に着けた今、私からの施しを受けることを良しとはすまい」
「ふむ……その割にはこれまで、あー、家の力を結構利用してきたように思えますが……」
「そりゃ未熟なウチは、使えるモノは使うだろう。私だってそうだった。そこは意地を張ったって、自立の時が遠のくだけだ。むしろ、私のコネをこれまで使ってこず、自力でやっていたら、私は絶対にシェルターに連れて行ったよ。無駄死にするだけだからね」
なるほど……。俺は納得した。これは、確かにアンナは父親似だ。
「アレも中学生の頃までは要らん意地を張っていたところもあったがね。大会で、君に負けたことで良い意味で吹っ切れたようだ。高校に入ってからは、ちゃんと親に頼るようになって安心したよ」
ふむ……確かに、初めて会った時のアンナは、父親の七光りと見られることを嫌っているような印象だった。
だが、高校で再会した時には、むしろ実家のコネを最大限利用するようになっていた。
どういう心境の変化かと思っていたが、どうやら俺との対戦がきっかけになっていたらしい。
もっとも、俺との戦いがどう作用したのかは、よくわからないが。
「だが、自立すると決めてからも親に頼っているようでは、成長の妨げになる。私もこれからは協力しないつもりだ。……とはいえ、私も娘が可愛い。最後に一つ……贈り物がしたくてね」
それが、この家と島というわけか。
「これだけのモノを受け取ったら、君もアンナからはそうそう離れたりはしないだろう? 見たところ、義理やら人情といったものを人一倍大切にするタイプと見た。ブラック企業でも、お世話になった先輩や上司がいる限りは離れられないタイプだな」
これ、褒められてるのか? あんま、褒められてないような……?
複雑な表情をしていたのだろう、俺の顔をみたアンナパパが笑う。
「もちろん褒めているんだよ。娘の仲間としてこれほど心強い存在はいない、とね」
「そ、そうですか……」
オタクの娘さんってブラック企業の社長タイプじゃないッスよね? とは聞けなかった。
「義理堅く、冒険者としての才能もある。運も持っている。なにより、女が群がるほど色男というわけでもない。娘のパートナーとして、まあ、ギリギリ、オマケつきではあるが……及第点と言ったところだ」
一部引っかかるところはあったが、娘を愛する父親からの評価としては、これ以上高いものはないだろう。
どうやら、俺はアンナパパに認められたようだった。
「娘を頼んだよ、北川歌麿くん」
「はい」
俺は、アンナパパが差し出してきた手を、硬く握り返したのだった。
「父に何か変なことされませんでした?」
「ん……何もなかったよ」
帰り道、見送りに出てくれたアンナが、二人きりになった途端に問いかけてきた。
「ふぅん……なら良いッスけど」
そう言いながらも、アンナは俺の全身をジロジロと見渡している。
アンナパパ、娘からの信用無いな~。
と苦笑していると……。
「ところで、この家と島は、無事に貰えました?」
「ッ!?」
俺は思わずギョッとしてアンナを見た。
そんな俺の顔を見てアンナが笑う。
「あっ、やっぱそういう話でしたか」
「お前、聞いて……いや、カマをかけたのか?」
「カマをかけたというか、まあ、父ならそうするだろうな……と」
コイツ……すべてお見通しだったのか。
アンナパパなら俺にこの家と島を譲るだろうと思っていたから、俺を今日家に招いたのか?
というか……。
「お前……それがわかってるなら素直に受け取ってやれよ。お前が受け取らないからわざわざ俺に渡すっていう遠回りなことまでしたんだぞ……」
親不孝な奴だな、と俺が呆れているとアンナは意味深に微笑み。
「フフ……父がウチに贈りたかったのは、先輩ッスよ」
「は?」
呆気にとられる俺に、アンナが島全体を指し示すように両手を大きく広げて見せた。
「父は、この島と……それに親の愛を先輩に託すことで、先輩がウチから離れられないように楔をつけたんです。この先、もう守ってやれない自分たちの代わりに、娘を守ってくれる忠実な部下を、と。それが、今日の父の本当の狙いというわけです」
「……………………」
そうか、そういうことか……。
今日の一連の流れをようやく理解し、俺は深く納得した。
アンナパパが、今日俺を招いたのは……娘に忠実で信用できる戦力を遺すためだったってわけか。
しかも、そのために使われるコストは、どうせ自分たちはもう使わなくなるこの家土地と、今日一日分の時間だけ。
実質捨てるだけのモノで、見事にプロクラスの冒険者を一人、娘の部下とすることができたわけだ。
なんというコストパフォーマンス。これが大企業の社長か……、と思わず苦笑してしまうくらいだ。
なにより、一番苦笑せざるを得ないのは、結局思惑通りに俺がアンナを守ってしまうだろうこと。
まさしく十七夜月社長の人物眼は、正しいと言わざるを得なかった。
しかし……。
「それを俺に言ったら、せっかくの策略が台無しじゃないか?」
もし俺がそれで逆に絶対にアンナパパの思惑になど乗ってたまるかと反発したらどうするつもりだったのか。
「ウチなりの誠意ッスよ。先輩はウチを信頼して、最も重要な秘密を話してくれました。そういう人を、父の策略で言いなりにしたくないな、と」
なるほどね……。
「そう言うわけなんで、父との約束とかは抜きにして、この島は遠慮なく貰ってください。先輩の能力に対する対価としては安すぎますが、ウチから……というか十七夜月家から渡せるモノはこれくらいなんで」
「そんなこと言って、俺がいざという時は、自分だけ逃げるとは思ってないんだろう?」
俺が少し意地悪にそう問いかけると、アンナはペロッと可愛らしく舌を出す。
「あ、バレちゃいました? 正解です、先輩の性格を考えたら、仲間やご家族くらいは連れて逃げてくれるだろうな、とは思ってました。まあ、それが父との約束によるものなのか、あるいは先輩自身の意思によるものなのかが、ウチとしては重要なんですよ。乙女心的にね」
乙女心ね……と苦笑する。
「一体いつから、この島の存在は計画の内だったんだ?」
「うーん、最初からッスね。学校の拠点化は、この島の存在ありきではありました」
だろうな、と頷く。
アンナの用意周到さを考えれば、学校以外のサブ拠点を用意しないのは不自然だからな。
十七夜月家に頼れないにしても、皆で田舎の一軒家でも買い取ってそこをサブ拠点化するくらいはしてもおかしくないと思っていた。
まあ、学校が攻め落とされたら特定の拠点を持たずに放浪するのかと思っていたから、そこまで疑問に思ってもいなかったのだが……。
「ただ、それが先輩に譲られることになるかどうかは、半々でしたね。父が先輩を家に呼ぶように言いだしてから、もしかして? って感じッス。で、先輩が秘密を明かしてくれた時に、ウチもこの拠点を先輩に渡すことを決めました。たとえ父が先輩に譲らなくても、です」
「なるほど……ちなみに俺がもし秘密を話してなかったら?」
俺がそう言うと、アンナはニヤリと笑い。
「その時は、このネタバレはありませんでしたね」
つまり、アンナパパの思惑通り、アンナの駒になってたってことか。
いや、まあ、結果は変わらないんだけどな。
「でも、これでいざという時の逃げ場もバッチリというわけか」
「ですね。……もう先輩のものなんで、ウチがどうこう言える義理じゃないんスけど、一応ここのことは他言しないようしてもらえると助かります」
「わかってるよ」
……いざという時に自分たちだけは逃げられる場所を用意してるってのは、間違いなく嫉妬と反感を買うだろうからな。
それに、この島は本当に最後の逃げ場だ。できれば使わないに越したことはない。
そのためにも、『表』の拠点である学校の拠点化を万全としておきたいところだった。
異界クラスの異空間型スキル持ちに、食料等を生み出せる魔道具やカード。ドワーフなどの生産能力を持つカードもまだまだ欲しいし、装備化スキルや眷属召喚スキル持ちはいくらあっても多いということはない。欲しいカードや魔道具はいくらでもある。
クダンの予言の発表があったら物価も上がるだろうし、本当に時間が無い……。
と、そこまで考えたところで、ふと気づく。
「そういえば、政府の発表遅いな……」
「……そうッスね。予言の精査をしていた……という言い訳が世間に通るのは、精々一ヶ月やそこらが限界なんで、そろそろ発表されてもおかしくないんスけど」
「もしかして、最後まで隠し通す気じゃあるまいな?」
「さすがにそれは……無いと思いたいッスけど。だとしたら相当マズイことになりますし」
政府の発表がないということは、政府は世間からの批判を気にしていない……すなわち、アンゴルモアの終息自体を諦めている、と取ることもできる。
その場合、最悪自衛隊の出動自体なく、自分たちの身の回りの護りだけを固めることもあり得た。
映画や漫画の見過ぎと言われるかもしれないが、一部の都市(あるいは異界クラスのカードの中)に戦力を集中させて安全地帯を作る……なんて可能性もある。
自衛隊も、大半は庶民出身だろうから人々を見捨てて権力者たちを守れ、なんて命令に従うとは思えないが、家族をその都市に住まわせてやると言われたら従う者たちも一定数いるかもしれない。
「まあ、そろそろ発表あるんじゃないッスか?」
「そう願いたいもんだな」
————だが、それから一週間経ち、二週間経ち。
……十月が終わろうとしても、政府からの発表は無かったのだった。
【TIPS】転移門
二個一セットの転移アイテム。大きさがネックであるが、使い放題で、迷宮の外でも使える貴重な転移アイテムであることから、人類に非常に重宝されているアイテム。
一般人の所持は禁止ではないが、国が金に糸目を付けずに集めているため、入手は実質不可能に近い。
Aランク迷宮の攻略はもちろん、ギルドのシェルターにも相当数配備されており、転移門による疑似的なネットワークにより、全国のギルドと人員及び物資のやり取りが可能となっている。
こんな貴重なアイテムを家と島ごとくれるなんて……アンナパパってすっごく良い人なんだね!
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