第13話 大人たちも頑張っていたんだよ

 

 ――――十月一日。


「二年C組。10時から劇やってます! 無料ですので、よろしくお願いします!」

「一年A組、カジノやってまーす!」

「三年B組、メイド喫茶やってます~! 可愛……くはないかもしれないけど、JKにご奉仕して欲しい方はどうぞ!」


 この日は、ウチの高校の学園祭だった。

 ウチの高校では、特に入場チケットなどは配布していないため、近隣の住民でも自由に入れるようになっている。

 そのため、正門近くでは各々のクラスの呼び込み係が声を張り上げて客引きを行っており、その脇には焼きそばやチョコバナナ、綿菓子などの定番の食べ物を売る屋台なども並んで、かなり本当のお祭りに近い賑わいとなっていた。

 そんな中、俺はというと……。


「二年C組、クレープ屋やってまーす! 椅子に座ってお休みになりたい方は、ご休憩いかがッスか~」

『クレープ……どうぞ』

『クレープ美味しいですよー! 食べたことないけど!』


 カードギアでイライザやメアのビジョンを出して客引きをやっていた。

 なぜ俺が客引きをやっているのかというと、カードギアという客引きに使えそうなアイテムを持っているのと……ぶっちゃけ、事前の準備にほとんど参加しなかったからだ。

 これはどこの学園祭でも同じだと思うのだが、学園祭での役割は準備と当日の係に分かれていることが多い。

 皆できれば当日は色んな所に遊びに行きたいわけで、当日の係は準備にあんまり貢献しなかったヤツから割り振られていく。

 迷宮攻略で碌に準備に参加しなかった俺が、当日の係を割り振られるのは当然のことであり、こればかりはカーストトップのパワーを持ってしてもどうすることもできない。

 そのため、普通の奴は二日間の内どちらか一日、かつ午前か午後のどちらかの持ち回りなのに対し、俺は二日間とも午前と午後の両方とも客引きをやらされることとなっていた。


「おお、これって噂のカードギア? 凄いね」

「どうも。二年C組でクレープ屋やってるんで、どぞ!」

「もしかして、キャットファイトの北川選手? レースでの優勝おめでとうございます!いつも応援してます!」

「応援ありがとうございます! よければ二年C組でクレープ屋やってるんで、どぞ!」

「あの座敷童の子は出さないの?」

「アイツはこういうの大っ嫌いなんで……。よければ二年C組でクレープ屋やってるんで、どぞ」


 俺の客引きはやはり目立つのか、他のクラスの客引きよりも明らかに注目度が高い。

 声を掛けられることも多く、中にはモンコロでの俺のファンなんかもいて、そう言う人たちにはイライザやメアと軽く会話させてあげたりとかしてファンサービスしてみたりもした。

 ちなみになぜイライザやメアなのかというと、蓮華はこういうことは端から拒否、アテナはあまり大っぴらにできず……というわけで、イライザとメア、ユウキと鈴鹿、デュラハンとドラゴネットのコンビでローテーションを組んで客引きを行っていた。

 当初はオードリーもローテーションに組み込んでいたのだが、リアルメイドであるオードリーの存在は大いに人の目を引き、近くの(かわいい子はいないらしい)メイド喫茶の客引き担当からの猛抗議を喰らい、メイドっぽいカードは敢え無く出禁となった。


「……さすがに、北川くんのカードギアは凄いね」


 客の波が退いて来たところで、クラスメイトの加藤が声を掛けてきた。

 同じくカードギアを持っているということで客引き担当となっていた彼だったが、登録しているカードの差からか俺ほどの集客力はなかった。

 そのためか、こちらを見るその表情は、やや複雑なものを滲ませているように見える。

 まぁ……普段目立たない加藤としては貴重な活躍の場だったのが、俺に搔っ攫われたようで面白くないのだろう。そこらへんは、元々日陰の存在だった俺としても理解できるところだ。


「俺のは、モンコロでの補正もあるからなあ……」

「確かに、北川くんは有名人だもんね」


 それで納得したのか、眼から複雑な色が消える加藤。

 カードギア抜きにしても、俺自身が今やそこそこの知名度を誇る。

 普通に街を歩いている分には、特徴のない顔立ちもあって気付かれることは少ないが、こうしてカードギアでカードたちのビジョンを出していれば、『あの北川歌麿』と気付く人も結構な割合でいる。

 カードギアの物珍しさに加えて、持ち主の知名度も加わるのだから、加藤と集客力に差が出るのは当然のことだった。


「ところでさ、冒険者ってどんな感じ? やっぱ危険だったり大変だったりするのかな?」

「……興味あるのか?」


 そう問い返すと、加藤はちょっと照れ臭そうな顔で頭を掻いた。


「まあ、ちょっとね。カードギアを手に入れてから興味が出てきてさ……」


 ……やっぱこういう奴が出てきたか。

 とりあえず当たり障りのない答えを返しておく。


「うーん、危険じゃないとは言えないし、大変かどうかは人によるけど……少なくとも俺は冒険者になったことは後悔してないな」

「そっか……」


 そこで加藤はやや挑むようなそぶりを見せ……。


「ねえ、北川くんってカードのレンタルとかやってる噂で聞いたんだけど」


 ああ……なるほど、そういう系の話か。

 まったく、どこで聞いたのかは知らないが……。


「あー、すまん。ちょっと前はそういうことも少しだけやってたんだけど、今はやってないんだ」

「……どうしてか聞いても良い?」

「簡単に言うと、貸し出せるカードがないんだよ。今まではソロでやってたから余ったDランクカードとかもあったんだけど、今はチームでやってるからドロップもチームで一纏めにしててさ。戦利品の清算とか分配は、税金の関係で新年にまとめてやることになってるから……ぶっちゃけDランクカードに関しては、ソロの頃より自由になるカードが少ないんだ。だから、今はレンタルとかする余裕はちょっとない」

「ああ、そうなんだ」


 もちろんこれは、加藤の話を断る建前だ。

 確かに当初は、税金のことを考えて年末に一括して戦利品の分配や清算を行う予定だった。

 が、アンゴルモアがいつ起こるかわからない今となっては、年末まで戦利品を抱えている余裕はない。そのため、迷宮を一回踏破するごとに分配や売却をするシステムに切り替わっていた。

 税金に関してはやや高くついてしまうが……来年も税金を払えるくらい社会が安定してくれているなら、それはそれで喜ばしいことだ。

 よって、今現在レンタルするカードに余裕がないのは事実だが、レンタル用のカードくらいすぐに……それこそ数日ほどで手に入るのである。

 にもかかわらずこういう言い方をして遠回しに断ったのは、俺が使わないカードでもできるだけ家族用にストックしておきたいのと、なにより高額なカードをレンタルするほど加藤のことを信用できないからだ。

 正確に言えば、信用できるほど加藤のことを知らないから、と言うべきか。

 加藤から話が広まって次から次へとカードを貸してくれという輩が寄ってきたら面倒だからというのもある(……こうして加藤がやってきてる時点でこれに関しては手遅れな気もするが)。

 とは言え、それをそのまま言ったら無意味に角が立つ。よって、こうして遠回しに断ったというわけだ。

 それに……。


「そういう話なら俺より小野に言った方が良いと思うぞ」


 カードのレンタルという話なら、俺より良いところがある。


「小野くんに?」

「ああ、アイツ、今三ツ星昇格試験のためにDランク迷宮に潜ってるから。多分、レンタル用のDランクの一枚か二枚か持ってると思う」


 これは別に、小野に加藤のことを押し付けたわけではない。

 小野自身から、カードのレンタルの話を持ち掛けられたら自分に回してくれと言われているのだ。

 その思惑についてハッキリ聞いたことはないが、おそらくこれも「二軍の雛型を作る」という話と関係があるのだろう。

 なお、三ツ星昇格試験にあたり、小野には、俺からCランクカードを一枚貸し出してある。

 冒険者部の誰も欲しがらなかったカードを一枚買い取り、それを貸し出したのだ。

 購入代金に関しては、表向きはガーネット払いとし、実際にはアンナに渡したBランクカード……ディオニュソスの売却代金から支払われた。

 これは、二週間ほど前に宝籤カードで引き当てたカードで、Bランクカードの中ではそれほど戦闘向きではないにもかかわらず、15億もの大金で売れた。

 ディオニュソスの市場価格は、俺の記憶が確かなら一月ほど前まで7~8億ほどだったはずなので、凡そ二倍ちかくに高騰していることになる。

 おそらくその理由は、アンゴルモアを見据えた富裕層による需要が増したためだろう。

 ギリシャ神話の酒神であるディオニュソスは、極上の美酒を生み出す権能を持つのだ。

 迷宮出現以前の話であるが、ロマネコンティの中には億を超える額が付けられていたものもあったくらいだ。

 アンゴルモアでの避難中、神が生み出すお酒をいくらでも飲めるとなれば、それくらいの金を出しても惜しくないという金持ちも多いのだろう。


 ちなみに、貸し出したカードは、やまらのおろちである。

 持ち逃げ……はさすがに心配してないが、万が一ロストされても痛くないカードとなると、これくらいしかなかったのだ。

 なんせ、市場価格で一千万、チームからの買い取り価格で500万という破格の安さだったので……。

 実質Dランクカード並みの値段で、能力はCランクカードでもそこそこと言う、レンタル用のカードとしてみれば最適なカードなのだ、やまらのおろちは。


「そっか、ありがとう。小野君に聞いてみるよ」


 お礼を言って離れて行く加藤を見送る。

 ……ふぅ、これでこの一月で三人目か。

 そのすべてがカードギア持ちというあたりに、カードギアが一般人たちに与える影響力を感じる。

 校内ですらこれだ。きっとギルドの方では、毎日のように新規登録者がやってきているのだろう。

 カードギアも順調に増産が進んでいるというし、これからも冒険者の数はどんどん増えていくに違いない。

 もしかして、アンゴルモアさえ来なければ、そのうち国民のほとんどがカードの一枚や二枚は持っているという時代が来たのだろうか。

 そこで、ふと気付く。

 そうか……国の狙いはそれだったのかもしれない。

 携帯端末の所持率は、国民の九割近い。もしも携帯の代わりにカードギアをみんなが使うような日が来れば、国民のほとんどが最低でもカードを一枚以上持ち、アンゴルモア時にも多少の自衛を誰もができるようになる。

 そうなれば、フェイズの進行も遅くなり、その間に自衛隊がアンゴルモアを終息させられる可能性も高まる……。

 たとえアンゴルモアが不可避のもので半年ごとに定期的に起こるようになったとしても、国民一人一人がDランクカードを持ち、モンスターに対処できるようになれば、フェイズもそれ以上進まず、それはアンゴルモアの克服を意味する。

 アンゴルモアも、毎年来る大きな台風程度の感覚になる日が来たかもしれない。


 そこまで考えて、首を振る。

 いずれにせよ、仮定の話だ。国民のほとんどがカードギアを持ち、アンゴルモア時に自衛ができるようになるまでには、時間が足りなすぎる。

 人類は、間に合わなかったのだ。

 それだけが、事実だった。






「さて、それでは皆さん心の準備は大丈夫ですか?」


 迷宮の最下層。古代ギリシャを思わせる白亜の神殿のフィールド、その安全地帯にて。

 車座に座る部員たちの顔を見渡しながら、アンナが問いかける。

 俺たちは、それにただ無言で頷き返した。


 学園祭が終わり、その翌日の休み。

 俺たちは約一か月越しに主に挑もうとしていた。

 前回の攻略では、結局本来の主ではなく特殊型モンスターのクダンが出現してしまったため、これがCランク迷宮における初めての主(ぬし)戦となる。

 すでに偵察により、主の正体も判明している。

 黄金色の鎧を身に纏い、両手に巨大な槍を二本持った偉丈夫……ギリシャ神話の戦神、アレースだ。

 フィールド効果については、その詳細は判明しなかったものの、特にこちらにデバフが掛かっている様子もないため、主を強化するタイプのモノと思われた。


「しっかし、いい加減休みが欲しいな。体力的なアレは魔法やポーションでなんとかなるにしても、さすがに精神的にきつい」


 この一ヶ月間、俺たちは一日の休みも無く迷宮に潜り続けていた。

 昼は学校の授業をちゃんと受け、放課後は毎日夜十時近くまで迷宮に潜り、休日は泊まり掛けで攻略を行う日々。

 さすがに一ヶ月もの間、休みもなく毎日過酷なCランク迷宮に潜るというのは、いくら魔法による回復やポーションがあっても精神的に辛いモノがあり、心が休息を求めていた。

 俺の愚痴に、他の面々も頷いているのを見て、アンナも少し考え込むような仕草を見せ……。


「そうッスね。じゃあ、今日首尾よく主を倒せましたら、明日の日曜は丸一日休みにして、以降は日曜と木曜は休みにしましょうか」

「ふむ……日曜と木曜にした理由は?」


 織部が問いかける。


「日曜の休みは、一日完全リフレッシュの日があった方が良いから。木曜は金曜と土曜の泊まり込みに備えてッスね」


 なるほど、休日が一日丸ごと休みになるのは有難いな。

 だが……。


「日曜を丸ごと休みにしてペース的には大丈夫なのか? 正直、休日が攻略のメインだろ?」

「そこらへんは、遭難のカードを上手く使っていこうかな、と。正直、このままだとスキル封印の階層はコスパが悪すぎますし、なんか思ったよりも遭難のカードのドロップ率が良いんで」


 確かに、スキル封印の階層は、この迷宮の攻略において完全にネックとなっていた。

 今の俺たちは、夏休みの攻略でCランク迷宮に多少慣れたこともあって、Cランク階層までは凡そ一週間、Cランク階層は平日で一階層、休日は二~三階層のペースで進むことが出来る。

 それでもここまで来るのに約一ヶ月もかかってしまったのは、スキル封印の階層で平日の攻略が完全に足止めされてしまったせいだった。

 スキル封印の階層の踏破は、今の俺たち(……と言っても俺は未参加だが)でも、丸一日は掛かる。

 Dランク階層までならまだ平日でも一日で踏破できるから良いが、Cランク階層は平日では踏破できないのが痛すぎた。

 途中からはスキル封印の階層の平日の攻略は諦めて、戦いやすい階層でドロップ目当てに戦っていたが、その時間を遭難のカードで短縮して休日に充てる……というのは名案に思えた。

 使用する遭難のカードについても、今回の迷宮攻略だけで三枚もドロップした。

 すでにいつアンゴルモアが起こっても良いように階層数分の遭難のカードは集めてあるので、今回手に入れた分は完全な余りということになる。

 それをスキル封印の階層のスキップに使うというのは、普通に売るよりよほど有意義な使い方だった。


「それでは、そろそろ行きましょうか」


 休憩を兼ねた雑談が終わり、俺たちはカードを伴い安全地帯を出る。


 ――――その瞬間、俺たち目掛けて無数の矢が降り注いだ。


 だが、師匠の隣に立っていた美しい黒髪の鬼――――後鬼が一歩前に出て、その手に持っていた鉄扇を一振りすると凄まじい風が起こり、矢をすべてはじき返してしまう。そればかりか、柱や通路の陰に隠れていたその射ち手たちまでも吹き飛ばしてしまった。


 芭蕉扇。一度仰げば風を呼び、二度仰げば雲を呼び、三度仰げば雨が降るという効果を持つ魔道具だ。今回の攻略で得た戦利品の一つである。


 突風で壁に叩きつけられた敵が、その姿を露わにする。

 それは、肌も露わな格好をした美しい女戦士たち……アマゾネスたちだった。

 神話上では、アマゾネスはアレースを祖とする部族とされている。

 そのため、アレースは自身の娘とされる三名のアマゾネスの女王――――ヒッポリュテー、アンティオペー、ペンテシレイアを呼び出すことができ、彼女たちもまた配下であるアマゾネスたちを無限に召喚できる眷属召喚のスキルを持つ。

 このアマゾネスたちは、そのアレースの軍団召喚スキルによって呼び出された先兵たちであった。


『アテナ』

『わかっています。ニケ!』


 眷属召喚には、眷属召喚がセオリーだ。

 アテナに命じられたニケが、戦車隊を呼び出していく。

 他の部員たちもまた、各々の眷属召喚持ちのカードに命じ、それに続く。

 英霊の戦車隊、黄泉軍や大蜘蛛、アルラウネ、邪悪な風貌の下級悪魔(レッサーデーモン)たち……。

 この場における数の差は瞬く間に逆転し、一転して少数派となってしまったアマゾネスたちに、ニケの戦車隊を先頭に各々の眷属たちが突撃していく。

 アマゾネスは、優秀なDランクであるが、こちらの眷属もどれもDランク。バランスも戦車隊と黄泉軍が前衛、アルラウネとレッサーデーモンが後衛とこちらの方が整っている。

 今や数にも劣るアマゾネスに太刀打ちできるものではなく、容易く一蹴できる。


「■■■■■■■■……ッ!」

「む……!」


 ――――はずだった。


 だが、結果は逆。

 アマゾネスたちの声にならぬ咆哮と共に、こちらの眷属たちが腕の一振りで吹き飛ばされていく。

 明らかにDランクの戦闘力を逸脱した戦闘力。これは……。


『アレースの軍神としての権能ですね』


 アマゾネスの戦いぶりを見たアテナがつまらなそうに言う。


『なるほど……これが』


 よく見れば、アマゾネスたちの美しい顔は獣のように歪み、その身体をうっすらと赤いオーラが覆っていた。

 これは、狂化のスキルを発動している時の特徴だった。


 アレースは、『城壁の破壊者』の異名を持つ神である。


 アテナと同じギリシャ神話の軍神であるが、『都市の守護者』の異名を持ち、戦場における勝利や栄光を司るアテナと異なり、アレースは戦場における破壊や狂気を司る。

 そのため、そのスキルも守りのアテナに対し、より攻撃的というか荒々しいものとなっている。

 アレースの持つ『城壁の破壊者』と『アレースの帯』は、味方に戦争を戦う力と、狂気を与えるスキルだ。

 具体的に言うと、味方全体にレベルアップの魔法を掛け、さらに戦士、狂化のスキルを付与することができる。

 狂化は、劣化ベルセルクと呼ばれるバーサーカーが持つスキルで、戦闘を終了するまで暴走状態となり徐々に生命力が減っていく代わりに、全ステータスが三倍となるスキルだ。

 生命力が尽きるまでに敵を倒しきれなかった場合、そのままロストしてしまうリスクを背負ったスキルだが、全ステータスを三倍という上昇量は凄まじい。

 レベルアップの魔法で、眷属体でありながらカードの成長限界と同じ戦闘力まで引き上げ、戦士のスキルで戦うための術を与え、狂化のスキルでそのステータスを三倍にする……。

 このスキルにより、アレースは眷属たちの実質的な戦闘能力をワンランクアップさせることができると言われている。

 狂化によるロストのリスクも、いくらでも呼び出せる眷属なら大したデメリットとはならない。

 これほど眷属召喚と相性の良いスキルも無いだろう。

 まさに軍神と呼ぶに相応しい力だ。

 神話上では人間のディオメデス相手に負けたり、ギリシャ神話一の暴れん坊ヘラクレスに半殺しにされていたりとあまり良いエピソードの無いアレースであるが、カードとしては非常に優れた神なのである。

 ……とはいえ、如何に強力なスキルとはいえ、対処の方法はある。


「……オードリー!」


 俺は、敢えてリンクではなく肉声でオードリーへと呼びかけた。

 俺の呼びかけに、後方から支援を行っていたオードリーが頷き、マヨヒガを展開する。

 俺の声から一連の流れを注視していた部員たちは、それでこちらの意図を察し、速やかにマヨヒガへと退避していった。

 眷属たちを殿に置く形で、無事マヨヒガに全員入った俺たちは、そこでホッと一息ついた。


「ふぅ、あとはアレースのスキルの効果時間が切れるのをここで待つだけだな」


 アレースのスキルは確かに強力であるが、その効果時間は一時間と短い。

 ならば、こうして安全な空間に閉じこもってスキルの時間切れを待てば良いだけの話だった。

 ちなみに、安全地帯や他の階層に避難しないのは、そうすると主の生命力やらスキル回数やら諸々が全回復してしまうためだ。

 そのため、あくまで同じ階層のバトルフィールドで時間切れを待つ必要があった。

 そういう点でも、比較的安全に時間切れを待てる異空間型カードはプロの必需品と言えた。


「……もっとも、まだ気は抜けないッスけど」


 僅かに緩んだ部員たちの意識を締め直すように、アンナが言う。

 確かに、このヒキコモリ戦法には、二つほど懸念があった。

 一つ目は、主用のフィールド効果によって、アレースのスキルの効果時間が延長されている可能性があること。

 主専用のフィールド効果の中には、スキルの効果時間を延長したり、スキルの回数制限を無限にしたりといったモノがある。

 デバフの類が特にない今回の戦闘では、特にその手の効果が選ばれている可能性が高かった。

 そして、もう一つが……。


『ッ……!? ご主人様!』


 オードリーの警告と同時に、マヨヒガ全体が大きく歪むほどの衝撃が俺たちを襲った。

 壁に大穴が空き、粉塵が視界を阻害する。


「おいおい、展開がはえーな……」


 軽くむせながら、ぼやく。

 アマゾネスたちの強化のタイミングといい、俺たちが閉じこもって即襲撃してくることといい、敵はどうやらかなりせっかちな性格のようだった。


 ……二つ目の懸念が、これだ。


 アレースの『城壁の破壊者』は、相手の『陣地』を破壊して侵入できる効果を持つ。

 縄張り、結界、神殿、城塞……そして異空間。

 アレースの前に、破れぬ陣地構築系のスキルは無い。

 例外は、迷宮の安全地帯、それとアテナのアイギスくらいか。

 俺たちが、マヨイガに籠り時間切れを待とうとも、かの戦神は我が物顔で乗り込んでくることができるのだ。


 粉塵が晴れ、乱入者がその姿を現す。

 四頭立ての戦車に乗った鎧姿の美青年……主であるアレースの登場だった。




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