第9話 朱に交われば……。②



 


 部屋には、重い沈黙が満ちていた。

 ……人間じゃなくなりつつある、か。

 なるほど、さすが知を司る女神だけあって、アテナの説明はわかりやすく、納得できるものだった。

 だが……。

 俺は、思い悩むような表情の蓮華をチラリと見て、アテナへと問いかけた。


「それで、俺に何の影響があるんだ?」


 結局それが重要だ。俺の魂が人外に近づくことで、果たして何の影響があるのか……。

 それに対するアテナの答えは……。


『わかりません』


 だった。


「わからないって……」

『妾も全知全能というわけではありませんし、こんなバカな真似をする人間と——』


 チラリと冷たい眼差しで蓮華を見る。


『……カードには、会ったことがありませんので。良い方に考えるならば、魂の格が上がることで肉体が頑強になったり、何らかの力を得たり、老化が遅くなって寿命が延びたりするかもしれません』


 なんだ結構良いじゃん!

 なんて内心で少し喜んでいると、アテナが冷たい目で続けた。


『逆に……悪い方に考えるならば、それこそキリがありません。ある日突然ぽっくり死んでしまうかもしれませんし、腕が生えたり目が増えたりするかもしれません。蓮華そっくりに容姿が近づいていって、女の子になってしまう……なんてこともあるかもしれませんね』


 腕が生えたり、眼が増えたりするって……化け物じゃん。それはさすがにマズイ……。


『つまり……わからないことこそがデメリット、というわけです。そして……』


 アテナが蓮華を横目に見る。


『最大の問題は、ソレがこの問題に思い至らなかった、ということです。普段のソレは間違いなく常に貴方を気にかけ、大切にしているように見えます。しかし、特定の事となると途端に貴方の安全に気を払わなくなる……』

「アタシ、は……」

『悪いことは言いません。歌麿、早いうちにソレとの縁を切りなさい。……ソレが今以上の力を取り戻す前に』


 そこで、部屋に沈黙が落ちた。

 静かな眼差しで俺を見るアテナ。顔を顰め、どこか泣きそうな……初めてみる表情をした蓮華。

 俺は数秒ほど目を瞑り、自分の心に迷いがないことを確認すると、答えた。


「アテナの忠告は嬉しいが……俺は蓮華と縁を切るつもりは、無い」

「……ッ!」


 蓮華が息を飲み、アテナが本当に憐れなモノを見る目をした。

 俺の人生は、蓮華たちとの出会いによって変わり、始まった。その時から、終わりも蓮華たちと共にあると決まったのだ。

 たとえその道が、善意によって舗装された地獄へと続く道だろうと、蓮華と別れるということだけはあり得なかった。


『殉教者……か。つくづく惜しい』


 そう言って首を振るアテナに、これまで黙っていた他のカードたちが次々に答えた。


『ちょっと〜アテナ、あんまソイツをイジメないでくれる? 張り合い無くなったらつまんないし』

『メア。別にイジメていたわけでは……』

『よくわからない部分も多かったですが……蓮華さんがマスターの敵に回ることはありえないと思いますよ』

『ユウキ……。妾が心配しているのは……まあ、良いです。言っても伝わらないでしょうし』

『くふふふふ、無駄無駄。その手の忠告は私が散々したし、今更ぽっと出のアンタの言うことなんか聞くわけないじゃん』

『は? 何ですか、貴方。馴れ馴れしいですね。勝手に話しかけてこないでくれます?』

『くっ……コイツ、私にだけ!』


 なぜかいつも鈴鹿に対してだけ妙に塩対応なアテナに苦笑しつつ、俺は蓮華の背中を軽くポンと叩いて言った。


「ま、蓮華だけじゃなく他の仲間もいるし、なんとかなるだろ」

「歌麿……」


 そんな俺たちを見たアテナが呆れたように首を振る。


『殉教者相手にいくら言っても無駄ですね。まあ、ソレの人格も強くなりつつあるようですし、必ずしも悪い目に転ぶとは限りませんか。ですが、これだけは約束してください。それが次の霊格再帰を得るまでに、妾のマイナススキルを解除する……と』

「……わかった」

『そして大きな神殿を建て、万の信者を集めるように』

「それは断る」


 舌打ちして消えていくアテナを見送り、蓮華へと振り返る。

 そして、努めていつも通りの口調で言った。


「良し、じゃあ実験の続きをやるか!」

「この流れでやるのか……まあ、いーけどよ」


 蓮華は少しだけ照れ臭そうに微妙に俺と目を合わさずに、しかしどこか安心した様子で答えた。


「まぁな。霊格再帰の時間制限もあるし、サクサクやっていくぞ」


 まずは、ガーネット一個分での幸運操作からだ。

 蓮華が頷き、ガーネットの内部に蓄えられた幸運のエネルギーを宝籤カードへと注ぎこんでいく。

 ……やはり、エネルギーが感じ取れるな。

 普通の量の幸運エネルギーはわからずとも、ガーネットぐらいの大きな幸運の塊なら、かろうじてその量と流れを感じ取ることができる。

 ガーネットの幸運エネルギーがすべて注ぎ込まれたところで、俺は宝籤カードを使用した。

 結果は……。


「おっ! 送り狼か」


 送り狼。Dランクの狼型のモンスターだ。夜道を歩く人の後をつけて、相手が転んだところを襲うという妖怪である。親切を装って女性を送るように見せかけて女を襲う男を指す送り狼という言葉は、この妖怪が語源と言われている。

 宝籤カードでDランク以上が出る可能性はわずか1%以下。送り狼はDランクでも下位の方のカードだが、ガーネット一つでこの結果は悪くない。

 これは、俺が持っていても活用できないだろうし、愛にでも預けておくとしよう。

 送り狼は、人を襲うだけでなく、地域によっては無事に帰れるように見守ってくれるという逸話を持つ妖怪だ。

 学校帰りにアンゴルモアが起こった時には、愛が無事に家まで帰れるようお守りとなってくれるはずだ。


「じゃあ次はホープダイヤを使って試すぞ」


 今度は、ガーネットと共にホープダイヤを取り出して、再び宝籤カードを使う。

 これでCランクが出るようなら、ホープダイヤにはかなり期待できるが……!?


「おお……!?」


 俺は、現れたカードを見て、思わず歓喜の声を上げてしまった。

 古代ギリシャ風の衣服を身に纏い、羊のような角を持った妙齢の美女のカード。


「アマルテイア、Cランクか!」


 一気にCランクか! Dランク上位のカードがでれば御の字と思っていたが。

 宝籤カードの出現確率がどうなっているのかはわからないが、カードのドロップ率に準じていると仮定するならば一気に十倍近い結果になったことになる。

 つまり、ホープダイヤはガーネット十個分の効果ということか?

 いや、さすがにそれは、効果が大きすぎる気もする。

 それよりは、ガーネットが持つ幸運は元々ギリギリCランクに届かないくらいで、それがホープダイヤによってCランクに届くようになった。

 そう考えた方がしっくりくる。


「しかし、アマルテイアか……」


 アマルテイアは、ギリシャ神話において幼いゼウスに自らの乳を与えて育てたと言われるニュンペーだ。

 彼女の逸話は幾通りものパターンがあるのだが、その中でも共通して語られることが多いのが、ありとあらゆる食料を生み出せる豊饒の角コルヌコピアというアイテムを持つというものだ。

 カードとしての彼女もその力をスキルとして有していて、主に果物や動物の乳をメインに様々な食材を生み出し、それを食したもののステータスを一時的に強化できるという効果を持つ。

 普段の迷宮攻略でも役立つだろうし、これからアンゴルモアに向けて食料の供給源としてもどんどん価値があがっていくだろう、かなりの当たりカードだった。


「うーん……迷うが、これはシェルター行きかな」


 自分で使うという選択肢が頭を過ったが、熟考の末これは地下シェルター行きとすることにした。

 アマルテイアは『王の乳母』としての役割を持つ神だ。砂原さんが持つバステトもそうだが、『王の乳母』や『王の養育者』といった役割を持つカードは、守りのスキルを持つことが多い。

 アマルテイアのそれは、バステトほど守りの力はないが、気配遮断の効果を持つ結界を張り、内部にいる者のダメージを肩代わりするスキルを持つ。

 アンゴルモアにおいて、気配遮断の結界は、下手な戦闘型のカードよりもよほど頼もしい能力だ。

 迷宮攻略にも有益なカードではあるが、ここはやはりシェルター行きだろう。

 Cランクカードが一枚でも家に備えてあるだけで、安心感がだいぶ違う。


 ……さて、それではいよいよ最後の実験、本命の時間だ。


「蓮華、パーフェクトリンクをするぞ」

「はあ!? おま、さっきの話を忘れたのかよ!?」


 俺の言葉に、蓮華がギョッとした顔をした。

 さすがに、さっきの今で俺がパーフェクトリンクを使おうとするとは思っていなかったのだろう。

 だが……。


「ああ。はっきり言って、あるんだかないんだかよくわからないリスクを恐れてパーフェクトリンクを封印する余裕はない」


 前回のアンゴルモアでは、なんとかAランクモンスターが迷宮の外に現れることを阻止できたが、より迷宮数が増えた今回のアンゴルモアでは、Aランクモンスターが地上にあふれ出してしまうかもしれない。

 Bランクモンスターまでならなんとか迷宮周辺で封じ込めができる自衛隊と言えど、さすがにAランクモンスターの封じ込めはできないだろう。

 いわば、地上そのものがAランク迷宮と化すということだ。

 ハッキリ言って、そうなればBランクカードがいくらあっても安心できない。

 パーティー全部をBランクで揃えて、ようやく必要最低限の装備というレベルだ。

 Aランクモンスターを前に、あの時パーフェクトリンクを使ってカードを手に入れておけば良かったと後悔しても遅いのだ。

 家族を守るためにも、少しでも強いカードを手に入れる必要がある……。


「アンゴルモアが始まるまでは、因果律の歪みが発生しないギリギリまでパーフェクトリンクを使って戦力を揃えていくつもりだ。その代わり、このアンゴルモアを乗り越えられたらパーフェクトリンクはもう封印する」

「……………………」


 俺の方針に、蓮華はしばし顔を歪めて懊悩していたが……。


「正直……アタシはもう、アタシ自身が一番信じられない」


 それは、俺が初めてみる蓮華の弱音を吐く姿だった。


「アテナが言ったことは正しい。アタシの中には、アタシじゃない意思が存在していて、ソレは自分の力を取り戻すためにアタシたちを誘導してる。これまでは自覚できなかったけど、今ハッキリとわかった。なぜなら……」


 そこで蓮華は少しだけ言い淀むようなそぶりを見せ、しかし結局は諦めたように続けた。


「……なぜなら、事ここに至ってもお前がパーフェクトリンクを使っても問題ないと、そう考えているアタシが、心のどこかでいるからだ。どう考えてもこれ以上パーフェクトリンクを使うのはヤバいはずなのに、な」

「蓮華……」


 基本的に俺の意思を尊重する蓮華であるが、本当にヤバいことに関しては忠告してくれる。

 その蓮華が、明らかにヤバいパーフェクトリンクに関して問題ないと思ってしまうというのは、確かに思考を操作されている可能性が高かった。


「たぶんソイツは、アタシたちが気付かないように運命操作をしているはずだ。その結果発生した因果律の歪みを、アタシたちは知覚できないようにしてな。つまり、アタシたちが知らないうちに因果律の歪みが溜まりまくっている可能性があるってことだ。それでもお前はパーフェクトリンクを使うのか?」

「ああ、使う」


 即答した俺に、蓮華が眼を見開く。


「お前らしくないな、蓮華」


 そんな彼女へと、俺はあえて不敵に微笑んで見せた。


「重要なのは、自分の意思で生きることだ。だろ?」


 蓮華がハッと息を飲む。

 これは、いつかお前が言ったセリフだぞ。


「状況や選択肢が強制されていることなんて、人生じゃ普通にあることだろ。俺は、家族を守れる力を手に入れるためパーフェクトリンクを使うと自分の意思で決めたんだ。たとえ、そういう選択をするように状況を整えられていたとしても、その意思は俺のものだ。なら、その結果どうなったとしても少なくとも納得はできる」


 納得できる。それが、最も重要だった。

 逆に、運命を操作されているかもと、ここでパーフェクトリンクを使わず、その結果力及ばず家族が死んだら、俺は一生後悔するだろう。

 納得して死んでいくのと、後悔しながら爺になるまで生きていくのならば、俺は前者の方が好みだ。

 そして、それは————。


「なるほどな……納得か。確かに、それは重要だな」


 ————蓮華も同じはずだった。


 いつものように勝気な笑みを取り戻した蓮華に、俺はニヤリと笑う。


「それに、降りかかる火の粉はお前たちが払ってくれるんだろ?」

「ああ……そうだな」

「それじゃあ、ジメジメした話題はここまで。さっさとガチャを回して、爽やかに終わろうぜ」


 パンと手を叩いて、蓮華へとパーフェクトリンクを使った。

 99%のフルシンクロの壁を越え、俺と蓮華の魂が完全に同調する。

 生身でも少しは幸運のエネルギーを感じ取れるようになったからだろうか、可能性の道がいつもより鮮明に見える気がした。

 だが……。俺は思わず眉を顰めた。


『どういうことだ? Aランクカードを引ける未来が無い……』


 どれだけ可能性の道を探そうとも、Aランクカードを引ける未来はどこにも存在しなかった。

 途中で道が途絶えているわけでなく、そもそも可能性の道自体が存在しないのだ。

 可能性が存在しないならば、どれだけ幸運を消費してもカードは手に入らない。

 宝籤カードでは、Aランクカードは手に入らないのか?

 だが、噂では一度だけだがAランクカードが出たという話だったはず。あれは、ただのデマだったのか?

 ……まあ、良い。元々、Aランクカードを引けるとも思っていなかった。

 予定通りBランクカードを引くとしよう。

 Bランク以上のカードを引くのに必要な幸運の量は……と。

 一つ、二つ、三つ、……合計二十個か。

 特殊型迷宮で吉祥天と黒闇天をドロップした時の使用量が十四個だったから、それよりも多い。

 迷宮と違って、攻略や戦闘などの試練を超えていないからだろうか?

 ホープダイヤの分の幸運量はどれくらい加算されているんだろうか?

 首を傾げつつ、一先ず幸運を消費して宝籤カードを変化させる。

 そうして手に入れたカードは————。


「……………………吉祥天、か」


 実に意味深な、意味深すぎるカードだった。


「あるいはそんなこともあるかとも思ったが、もはや隠す気ゼロだな。蓮華、因果律の歪みは?」

「……いつも通りの量だ」

「そうか……」


 ただの偶然なのか、あるいは運命操作をされていて、その分の因果律の歪みは隠されているのか……。


「とりあえず、アムリタを使うぞ」

「ああ、頼む」


 鼻血は出ていないが、身体に倦怠感はあるのでアムリタを使ってもらう。

 これでまた人間から一歩遠のいたか……なんてな。


「む……? 歌麿、見てみろ。ガーネットが十個しか割れてねーぞ」

「お?」


 蓮華の言葉に傍らのガーネットを見ると、使用するはずだった二十個のガーネットのうち、十個が無事に残っていた。


「これは……ホープダイヤのおかげってことか?」

「どうやらそうみたいだな」


 となると、ホープダイヤの効果はガーネット十個分くらいってことか?

 いや、というよりも幸運量をランダムで数倍にするって感じかもな。

 Bランクを運命操作で引くのに必要だった幸運量がガーネット二十個。

 必要な幸運量が、カードのドロップ率に比例するとすれば、Cランクを引くのに必要な幸運量は凡そガーネット十個。

 ガーネット一つの幸運操作では、ホープダイヤ未使用でDランク、ホープダイヤ使用でCランクだったことを考えると……ガーネット一つ分の幸運量はDランク以上Cランク未満で、ホープダイヤの増幅量は大体二倍から十倍くらい……かな?

 ああ、いや、そもそも宝籤のカードを迷宮でのカードのドロップ率に当てはめること自体が間違ってるのか……。

 となると、確定なのは、少なくとも二倍以上に増幅してくれるって程度だな。

 まあ、これに関しては何度かやって記録を付けていくうちに揺れ幅もわかってくるだろう。


 今はそれよりも吉祥天のカードだ。


 このタイミングでこのカードを引いたことには、『いい加減ランクアップさせろや、オラッ!』という何者かの意思をヒシヒシと感じる。

 まあ、これで吉祥天は二枚目となったわけだし、ランクアップさせても良いのだが、そうなるとアンナたちにどう説明するかが問題となってくる。

 ……そろそろ蓮華の能力について説明すべきか?

 アンゴルモアという脅威を前にして、隠すメリットよりも隠すデメリットの方が大きくなってきた。

 蓮華の能力を正直に伝えて、ガーネット等を優先的回してもらった方が、より効率的に戦力を強化できるだろう。


「でも、なあ……」


 引っかかるのは、あの日のアンナの表情だ。

 あの時、アイツは明らかに喜んでいた。

 多くの人に被害が出るであろうアンゴルモアを前に、自分の能力を試す時が来たと高揚しているように見えた。

 その彼女に、蓮華の能力を告げた場合、どう転ぶか全く予想できない。

 じゃあ、隠すとしていつまで隠すのかという問題もある。

 アンゴルモアが始まったら、吉祥天と黒闇天を始め、それまでに手に入れたBランクカードを隠さずに使うことになるだろう。

 そうなれば、どちらにしろ蓮華の能力がバレることになる。

 それならば、アンゴルモアよりも前に知らせておいた方が信頼に繋がる。

 逆に隠し通す気ならば、冒険者部自体から離れた方が良い。

 だが、それはアンゴルモアという脅威を単身で生きていくことを意味する。

 ……無理だ。一人で生きていくという意味なら出来るだろうが、家族を守ろうと思ったら集団に所属する必要がある。

 それになにより、すでに俺は冒険者部という集団に愛着を抱いてしまっている。

 アンナに対しても危うさを感じる一方で、その思想に惹かれつつある気持ちもあった。


 ……やはり、いつまでも隠しておくというのは無理があるな。

 アンゴルモアよりも前に開示する必要があるだろう。

 問題は、開示の仕方と時期。

 ……とりあえず、この吉祥天に関してはランクアップさせてしまおう。


「蓮華、ランクアップするぞ」

「あん? ……いいのか?」

「ああ……これ以上引っ張ると、逆にランクアップせざるを得ないシチュエーションに追い込まれそうで怖い」

「ああ……それは、あり得るな」


 蓮華が顔を顰めつつ頷いた。

 今考えると、コイツが霊格再帰を手に入れた時のシチュエーションもちょっと疑わしいところがあるしな。

 偶然アムリタを事前に手に入れていて、偶然それが霊格再帰のキーアイテムだったというのは些か出来すぎている。相手が、霊格再帰が無ければ勝てず、またカードをロストさせないよう手心を加えてくれる師匠だった、というのも合わせてだ。

 霊格再帰に覚醒するための舞台を整えるよう運命を操作されていたとしか思えない。

 というわけで、ついに蓮華をランクアップさせる時がきたわけだが……。

 俺は、三枚のカードを見比べた。



【種族】吉祥天

【戦闘力】1500

【先天技能】

 ・吉祥天の真言

 ・二相女神

 ・アムリタの雨


【後天技能】

 ・高等攻撃魔法

 ・高等補助魔法

 ・詠唱短縮

 ・限界突破 (蓮華)

 ・フィンの親指 (イライザ)

 ・虚偽察知 (鈴鹿)


【種族】黒闇天

【戦闘力】750

【先天技能】

 ・黒闇天の真言:黒闇天の不運と呪いと毒の権能を使用可能。

 ・二相女神

 ・世界終末の夜:ありとあらゆる呪いを孕んだ毒液の雨を降らすことができる。様々な状態異常と共に高等攻撃魔法クラスのダメージを与える。高等攻撃魔法、高等状態異常魔法を内包。


【後天技能】

 ・追加詠唱:通常よりも長く詠唱することで、最大二倍まで威力を強化することが出来る。

 ・魔力消費軽減:魔法使用時の魔力消費を軽減する。

 ・魔力強化

 ・高等忍術 (ユウキ)

 ・生還の心得 (メア)

 ・ドジ (デュラハン)



 まず、レースの時に手に入れた吉祥天と黒闇天のステータスが、これ。

 特殊型迷宮でのドロップは、元々持っていただろうスキルに加えてコピーしたスキルのうちいくつかを持った状態で落ちる。

 コピーしたスキルの枠数は、出現した迷宮のランクによって違い、Dランクの迷宮ならば大体三つくらいコピーして落ちるのだが、今回は二体一対型のカードだったため六つすべてのスキルをコピーした状態でドロップしたわけだ。

 特殊型迷宮では、上手くすればこのように強力なスキルを持ったカードをドロップさせることも可能な迷宮なのだが、強いスキルを持ったカードを連れて行けば行くほど敵は強くなるし、逆に弱体化を狙ってマイナススキルを持ったカードをたくさん連れて行けばドロップするカードの価値も落ちる。

 しかも、どういうわけかプラススキルよりもマイナススキルが引き継がれる可能性の方が、圧倒的に高いのだ。

 まあ、楽して試験を通ろうとしたペナルティーと言ったところなのだろう。

 ちなみに、この性質を利用して零落スキルを持ったカードを生み出せないかという実験が行われたが、特定のスキルはコピー対象にならないらしく、失敗に終わったらしい。


 そして、今回新しく手に入れた方の吉祥天のステータスがこちら。



【種族】吉祥天

【戦闘力】750

【先天技能】

 ・吉祥天の真言

 ・二相女神

 ・アムリタの雨


【後天技能】

 ・神のプライド

 ・高等補助魔法

 ・魔法陣:魔法陣に対する一定の知識と技能を持っている。魔法陣を介しての魔法の威力強化や、持続化、トラップ化を可能とする。



 一見、特殊型迷宮から手に入れた吉祥天の性能の方が優れているように見える。

 限界突破のおかげで戦闘力は二倍になっているし、即戦力クラスのスキルが揃っている。

 ……しかし、蓮華のランクアップ先と考えると、実は新しいカードの方が優れたカードだったりする。

 正直、強い方の吉祥天はすでに蓮華が持っているスキルと被りまくっているのだ。

 両者の内、蓮華が持っていないスキルは、高等補助魔法、フィンの親指、虚偽察知、神のプライド、魔法陣の五つ。

 この内、高等補助魔法は両方とも持っているため、判断材料から除外する。

 残るは、四つとなるわけだが……虚偽察知はパーティーで一枚持っていれば良いスキルだし、フィンの親指は有益であるがアイテムで手に入るスキルである。

 一方で、神のプライドはマイナススキルとしての側面を持つスキルだが、しっかりとした信頼関係があれば自由行動に極大のプラス補正がある強スキルだし、何より魔法陣のスキルが有益過ぎる。


 魔法陣のスキルは、読んで字のごとく魔法陣を作成することができるスキルだ。

 魔法陣は、詠唱での魔法よりも発動に時間が掛かる分威力を強化出来たり、予め地面や物に仕込んでおくことで魔法の遠隔起動や持続化を可能とする。

 つまり、攻撃魔法の魔法陣を仕込んで罠を造ったり、回復魔法や補助魔法が持続化する魔法陣を描いて簡易的な陣地としたり、紙に書いて持っておけばいつでも好きな時に発動できる……いわば簡易的なマジックカードとして使えることもできる、ということだ。

 最後のが特に反則的で、ぶっちゃけカード化の魔道具に魔法陣のスキルで魔法を込めたのがマジックカードなんじゃねえの? と俺は疑いを持っているくらいだ。

 もしそうならばマジックカードの相場が大きく崩れかねないし、こっそりカード化の魔道具を使おうとする冒険者も出るだろうからギルドもガンとして認めないが、冒険者たちの見解としては間違いないだろうと見られている。


 このように実に有益な魔法陣のスキルであるが、強力なスキルで良く見られるように全くの無制限というわけではない。

 まず魔法陣は、普通に魔法を使うよりも大きな魔力を使う。次に、時間経過と共に込められた魔力が徐々に失われていき、それが魔法一発分の魔力を下回った時点で消滅する。最後に、魔法陣を作った者がカードに戻った時点で魔法陣が消滅する。つまり、迷宮を出た時点ですべての魔法陣が消滅する。

 要は、迷宮内で簡易的なマジックカードを大量生産しても、迷宮外でマジックカード代わりに売ることができないということなのだが……それは迷宮外で活動できない普通のカードの話。

 迷宮外でも普通に活動できる蓮華なら、迷宮を出入りしても魔法陣が消滅しない……はず。

 実のところ、この魔法陣のスキルを見た瞬間から、俺の心は半ば決まっていた。

 唯一の懸念点は、ランクアップによって蓮華の限界突破が失われないかだが……これについてはおそらく心配せずとも大丈夫だろう。

 蓮華の中にいるという者の狙いが力を取り戻すことならば、限界突破が失われるようなことはないはずだからだ。

 同時に、それはユウキのランクアップに対する懸念も大分軽くなるということ。

 そういうわけで、俺は新しい方の吉祥天でランクアップをすることを決めた。


「それじゃあ、ランクアップするぞ。……霊格再帰した状態でもランクアップできるのかな?」


 俺がふいに浮かんだ疑問を口にすると、蓮華も首を傾げた。


「どうだろうな? できなくても何も起こらないだけで、問題ないんじゃねーか? 別にカードが失われたりはしねーだろ」

「それもそうか」


 ということで蓮華のカードへと吉祥天のカードへと重ね合わせる。

 徐々に薄く消えていく吉祥天のカードと、光を放つ蓮華のカード。

 どうやら普通にランクアップできるようだ。

 そうして光が消えた時、そこには特に変化した様子のない蓮華と、ステータスの変化したカードがあった。

 ……なんとも盛り上がらないランクアップだが、今まで何度も霊格再帰でランクアップ後の姿を見てきたからこんなもんだ。

 だが、カードのステータスの方は、ちょっとした事件が起こっていた。



【種族】吉祥天(蓮華)

【戦闘力】2100(初期戦闘力750×2+成長分700-零落スキル分200+霊格強化分100)

【先天技能】

 ・真吉祥天の真言

 ・真二相女神

 ・真アムリタの雨


【後天技能】

 ・廃棄されし者

 ・限界突破

 ・明星の瞳

 ・霊格再帰→零落せし存在(CHANGE!)

 ・霊格強化(NEW!):霊格再帰を得たカードがランクアップした際に得るスキル。霊格再帰の戦闘力強化を引き継ぎ、零落スキルによるスキルの弱体化を軽減する。

 ・自由奔放→天衣無縫(CHANGE!):自由行動への極めて強いプラス補正、精神異常と拘束スキルの無効化、状態異常に対する耐性。

 ・高等攻撃魔法→高等魔法使い(CHANGE!)

 ・詠唱破棄

 ・魔力回復

 ・友情連携

 ・かくれんぼ

 ・神の寵愛(CHANGE!):高位の神からの寵愛を受けた証。プライドの高い神から寵愛を受けることは極めて珍しく、世界でも数例しか確認できていない。自由行動への極めて強いプラス補正、マスターからの命令に対する極めて強いプラス補正。ダイレクトアタック時に、カードへのダメージのフィードバックを軽減する?(←マスターのバリアの強度がカードの防御力と同等に? 詳細不明。スキル所有者は情報提供をお願いします。日本冒険者協同組合)

 ・魔法陣(NEW!)


「なんじゃ、こりゃ……」


 先天スキルに全部、真がついてやがる。

 当たり前みたいに零落スキルを引き継げていたり、色々とスキルが変化していたりと後天スキルも色々と気になることになっているが、先天スキルの異常さに比べたら些細なことだ。

 先天スキルってのは種族で固定のもので、変化しないはずじゃなかったのか?


「蓮華、この真ってのはどういうことなんだ?」

「ん〜……」


 俺の問いかけに蓮華は、しばし自分の中で整理するように目を瞑り。


「まず、真言の方は普通に出力が強化されてるだけみたいだな。まあ、お前に与えてる幸運の加護がちょっと強くなった程度に思っておけば良い。次にアムリタの方だが、若返りの効果とスキル使用回数の回復も出来るようになった感じだな。あと回数もちょっと増えた」

「若返りとスキル回数の回復って……」


 軽く言ってるけど、とんでもないこと言ってるぞ……。

 この能力を公表すれば、世の富豪や権力者たちが群がってくること間違いなしだ。

 仮にアンナたちに蓮華の能力のことを言うとしても、若返り効果については絶対秘密だな。


「若返りの方は、どこまで若返るんだ? 使うたびに若返って赤ん坊になるのは、ちょっと困るんだが」

「ああ、それは安心しろ。元々アムリタとかの若返りは、本人が望む年齢までしか効果ねーから」


 なら、その点では安心か。


「それとスキル回数の回復は、全回復じゃなくて、アムリタ一回につきスキル回数が一回分回復する感じだ。それに、スキル回数が回復するスキルの使用回数も回復できない」

「ふむ、そこらへんはスキル回数を回復できるスキルの基本ルール通りなのか」


 ハトホルの『母なる愛の雫』のようなスキルの使用回数まで回復できる類のスキルは、スキル回数回復系スキルの使用回数は回復できないというルールがある。

 まあ、これが可能ならハトホルがいれば『母なる愛の雫』→『真アムリタの雨』という形で無限ループできてしまうから仕方ない。


「回数については、単体で一日五回。黒闇天が場にいる場合は、合わせて十回って感じだな」

「もう使用回数についてはあんまり心配しなくて良さそうだな……」


 一気にパワーアップしたことにもはや少し呆れてしまうが、アンゴルモアを控えている身としては頼もしい限りだった。


「それで、真二相女神についてだが……」

「そう、それ。それが一番気になってた」


 ただでさえぶっ壊れ性能だった二相女神が、真化してどうなったのか……。


「……これについては、見せた方が早いか。黒闇天のカードをくれ」

「ん? あ、ああ」


 蓮華に言われるがままに黒闇天のカードを渡すと……。


「えっ!?」


 蓮華が、黒闇天のカードをバリバリと嚙み砕く。

 これ、ユウキの真眷属召喚の時にも見た光景だぞ!


「ふぅ。歌麿、カードを見てみろ」

「え? ……な!?」


 カードを食い終わった蓮華に促されカードへと視線を向けた俺は、本日何度目かわからない驚愕に目を見開いた。


【種族】吉祥天/黒闇天(蓮華)

【戦闘力】2600(500UP!)

【先天技能】

 ・真吉祥天の真言

 ・真二相女神

 ・真アムリタの雨


【後天技能】

 ・廃棄されし者

 ・限界突破

 ・明星の瞳

 ・零落せし存在

 ・霊格強化

 ・天衣無縫

 ・高等魔法使い

 ・詠唱破棄→知恵の泉(CHANGE!):尽きることなき魔力と、魔法に対する様々な知識と技能を持つ。魔法系スキルの習得率向上。魔法系ローカルスキルの習得可能。魔法発動時、極めて強いプラス補正。魔力感知(NEW!)、魔力隠蔽(NEW!)、魔力回復、魔力強化、魔力消費軽減、詠唱破棄、追加詠唱、魔法陣を内包。

(魔力感知:他者の魔力に対する感覚を強化し、隠蔽された魔力を見破りやすくする)

(魔力隠蔽:自分の魔力を隠蔽し、魔法の発動や魔法陣の存在を隠しやすくする)

 ・友情連携

 ・かくれんぼ

 ・神の寵愛

 ・高等忍術(NEW!)

 ・生還の心得(NEW!)

 ・ドジ(NEW!)


「おま! ドジを引き継いじゃってるじゃねぇか!」

「いや、最初に言うことがそれか……?」

「いや、わりと死活問題だろ! 今のお前のスペックでフレンドリーファイアは洒落にならん!」


 脳裏に蘇るのは、レースでの自爆した黒闇天の姿。あれが、わが身に降りかかったらと思うとゾッとする。


「心配しなくても、知恵の泉とか神の寵愛とか、行動に極大補正がかかるスキルがあんだから大丈夫だっつの」

「そ、そうか……言われてみればそうだな」


 ドジのスキルはランダムで極大のマイナス補正がかかるスキル。二重、三重に極大プラス補正のスキルを持つ蓮華なら十分相殺可能だ。


「でもなんとなく心配だから、早めにドジスキルは消すようにしよう。なんならお前もメイドコースに入門するか?」

「ソイツはかんべん。心配せずとも、極大プラス補正スキルが揃ってんだから、そのうち勝手に消えるっつの」


 ドジスキルの解除方法は、地道に行動を成功させ続けることなのだが、極大プラス補正スキルがあると常に行動が大成功判定となるため、ドジスキルを消すための熟練度も上がりやすい。

 俺が、様々な技術系スキルを持つイライザとデュラハンをセットで行動させているのは、これが理由である。

 装備者が獲得した熟練度のうちいくらかは、装備化スキル持ちにも入ると言われているのだ。


「で、この種族が二重になってるのと、戦闘力が500上がってるのは、なんでだ? それと黒闇天のスキルが引き継がれているみたいだけど……」

「お前も大体想像ついてるだろうけど、黒闇天はアタシの中に取り込まれた。戦闘力が上がったり、黒闇天のスキルが統合されたのはその影響だな」


 そう言って、蓮華は真二相女神の説明を始めた。


 曰く、真二相女神は、真眷属召喚同様カードを取りこんで自在に召喚することができるようになるスキルである。召喚されたカードの戦闘力は、本体と同値となる。

 真眷属召喚と違うのは、取り込めるカードが片割れとなる種族一枚のみだということ。厳密にいえば眷属ではなく、分身であること(眷属を対象とするスキルの影響を受けない)。

 二相女神との違いは、共有される後天スキルが一部ではなく全部となる事。同時召喚時の恩恵である戦闘力増加が、二倍となること(吉祥天の場合は250)。

 そして、二体で合体することで別のカードに変身することができるようになること……。


「変身?」

「ああ、二相合一……二つの存在を一つとすることで、存在を昇華できるようになる。まあ、疑似的な霊格再帰みたいなもんだな」

「霊格再帰ってことは……まさかAランクになるってことか!?」


 喜色を露わにする俺に、しかし蓮華は首を振る。


「吉祥天と黒闇天の昇華先は、鬼子母神だ。鬼子母神のランクは、お前ら人間の分類だとどうなってる?」

「鬼子母神は……Bランクだな」

「Aランクじゃなくて残念だったな」

「いや……」


 肩を竦め言う蓮華に、俺は首を振って否定した。


「鬼子母神は、アテナと同様Bランク最上位のカードだ」


 そのランクの最上位とは、戦闘力こそ上位のランクに届かないものの、他のカードに見られない唯一無二のスキルを持つか、上位ランクにも匹敵するスキルを持つカードへと与えられる評価だ。

 アテナが前者の意味でBランク最上位ならば、鬼子母神は後者に当たる。


 ————ガーネットと宝籤カードのコンボ。ランクアップで大幅にパワーアップした蓮華。


 蓮華の中に眠る謎の存在や、パーフェクトリンクによる副作用など色々と気になることはあるが……。

 アンゴルモアを生き残り、家族や友人たちを守れる希望が湧いてきた。

 だが、まだまだだ。

 AランクやBランクの群れ相手に太刀打ちできるほどの力ではない。

 油断せずに、戦力を揃えていかなければ……。

 俺はそう決意するのだった。





【TIPS】モブ高生簡易年表


 1999年7月 迷宮出現。

 2000年1月 アメリカでレイスの被害。世界的に迷宮の封鎖を開始。

 2000年7月 先進国を中心に第一次アンゴルモア発生、迷宮の攻略を続けていた国には被害無し。カードの使用方法が明らかになる。冒険者の原型であるサマナーの登場。

 2003年8月 北川昌磨、一条愛歌、出来ちゃった結婚する。

 2004年2月 マロ、誕生。アメリカで冒険者ギルド発足。

 2004年8月 中国、ロシアを始めとするアンゴルモア未発生の国が、迷宮数の増加のため、あえて第一次アンゴルモアを起こす。民間への被害なし。


 2009年3月 愛、誕生。北川家、夢のマイホームを得る。

 2010年7月 第二次アンゴルモア発生。全世界同時。

 2011年4月 日本、アメリカの冒険者制度をパクる。


 2012年~  モンコロなどの冒険者関係のメディア化、冒険者ブームの到来。

 2019年10月 マロ、冒険者に。原作開始。



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