第8話 二度あることは三度ある

 




 火山が噴火し、流れ出た溶岩流が川となり『壁』となった地獄のような光景の階層。

 そこで俺は十を超えるCランクモンスターと対峙していた。

 牛、馬、豚、虎と様々な動物の頭を持った筋肉隆々の鬼たちは、フィールドに相応しいどれも地獄の獄卒である。

 身の丈2メートルを遙かに超える鬼たちは拷問具のような禍々しい金棒を振り上げ、こちらを磨り潰そうと迫る。

 それに相対するのは、やはり鬼。妖艶な女鬼と、気品を感じる女吸血鬼……鈴鹿とイライザだ。

 ダーインスレイヴとデュラハンの鎧を身に纏うイライザに大通連を振るう鈴鹿の二枚は、数に勝る屈強な鬼たちを洗練された武術で見切り、投げ、躱し、転ばせ、いなしてよく対抗してはいるが基本的に劣勢であり、じりじりと後退させられている。

 その美しい肌には少しずつ傷が刻まれ、一方の鬼たちは傍目にもわかるほどに傷を負った端からそれが塞がっていくのがわかる。

 この階層のフィールド効果は回復不能。こちらの傷は癒すことができず、相手は鬼系の先天スキルの自己再生により何もしなくとも傷が癒えていく……。

 それを歯がゆく思いつつ、今はイライザたちに耐えてもらうしかない。

 そして、ついに彼女たちが溶岩流の壁を背に追い詰められ——。


『今だ!』


 俺は伏せていたカードたちに一斉に号令を下した。

 隠れていた蓮華の攻撃魔法が鬼たちへと降り注ぎ、ユウキが空蝉の術でイライザたちを救い出す。

 突然敵の姿を見失った獣頭の鬼たちは混乱するが、そこに新たに召喚されたメアのスキルが掛けられた。

 蓮華、鈴鹿、メアの友情連携のスキルにより効果範囲、状態異常確率ともに引き上げられた胡蝶の夢は、鬼たちを一体残らず幻影に掛け、魅了した。

 魅了された鬼たちは、メアの仕掛けた幻影に導かれるようにフラフラと一か所に集まり————そこにあった罠を盛大に踏み抜いた。


 轟音。地面が吹き飛び、赤い柱が立ち上がる。


 それは一言で言うならば溶岩の間欠泉。

 噴き上げた溶岩はそこにいた鬼たちを焼き尽くし、しかしどういう仕掛けか周囲への影響は多少熱気がくる程度で全くない。

 やがて赤い柱が消えた時、そこには鬼たちのドロップアイテムだけが残されていた。

 それを見て思わず呟く。


「Cランクが即死、か……。相変わらずこの罠の破壊力には寒気が走るな」


 まぁ、それを悪用している俺たちが言えたことではないが。

 そこに師匠がやってきて言った。


「お疲れ様、マロ。そろそろ交代しよう」

「了解。サンクス」


 師匠に礼を言って、織部のデュラハンが呼び出したコシュタ・バワーの馬車へと戻る。


「うは……! 涼し〜」


 中に入った俺はひんやりとした冷気に喜びの声を上げた。

 馬車の中には盥に入った大きな氷の塊が置かれており、それが冷気の発生源であった。


「お疲れッス、先輩」

「ご主人様、ドリンクをどうぞ」

「おお、ありがとうオードリー」


 後方からデュラハンのドジ対策をしてくれていたオードリーが差し出してきたスポーツドリンクを有難く受け取る。盥の氷水で冷やされたドリンクは犯罪的な美味しさだった。


「ふぅ〜……しかし、俺たちも大分Cランク迷宮に慣れてきたな」

「ですね、全員で戦わなくてもよほどキツイフィールド効果じゃなければ交代制で戦えるようになりましたし」


 まあウチと小夜は二人セットでようやくッスけど……と肩を竦めるアンナ。


 俺たちがCランク迷宮の攻略を始めてから、早くも二週間が経った。

 すでに俺たちはサブルートのほとんどを攻略し、守護者のヴィーヴィルがいる階層を目前とするところまで来ていた。

 最初はCランク階層を一つ踏破するだけで一日近くかかったことから試験の達成も危ぶまれたが、スキル封印や召喚制限と言った厄介なフィールド効果以外の階層はそこまでキツくもなく、大体一日に2〜3階層は進めることが出来ていた。

 この二週間のリザルトは以下の通りだ。


 ■カードのドロップ

 ・Dランクカード合計24枚(その内、人気カード8枚)

 ・Cランクカード合計4枚。

 ドリュアス:木精のニンフ。エルフに迫るほどの美貌を持つ人気女の子カード。アルラウネを眷属召喚する能力を持つ。

 レオナール:サバトの雄山羊と呼ばれる、羊頭の悪魔。淫魔の一種であり、魔女たちのサバトを取り仕切る。Dランク相当の下級悪魔を呼び出す眷属召喚スキルを持つ。

 馬頭鬼(メズキ):馬頭の地獄の獄卒。二体一対型のカードであり、牛頭鬼(ゴズキ)とセットでその真価を発揮する。

 やまらのおろち:ヤマタノオロチではない。八つの蛇の頭の代わりに男の一物が生えた下ネタの権化のような妖怪。海外での別名はジャパニーズヘンタイモンスター。その外見から主に女性冒険者たちによってドロップしても即ロストさせられることも多い哀れなカード。実は普通に結構強く、特に女相手には無類の強さを発揮する。



 ■アイテムのドロップ合計262個

 ・レアドロップ(13)

 白紙のカードの束:カード化の魔道具。十枚入りで対象をカードに保存することができる。所持禁止類魔道具。

 バロメッツ(2):羊が実る奇怪な樹。たまにカニの味がするモノが混じっている。食べても人体に影響はない……らしい。

 飛竜の翼膜(2):ワイバーンの翼。カードに使用することで一定時間ワイバーンのような翼が生え、飛行が可能となる。5〜10回は使用可能。

 毒竜の瞳:バジリスクの瞳。使用することで対象に猛毒と石化の状態異常。5〜10回は使用可能。

 薬水の水差し

 魔石袋(2)

 遭難のマジックカード

 転移のマジックカード

 レベルアップのマジックカード(2)


 ・ノーマルドロップ(249)

 ミドルポーション(134)

 ハイポーション(29)

 中等攻撃魔法のマジックカード(51):各種中等攻撃魔法のマジックカード。

 イミュニティのマジックカード(6):免疫のマジックカード。一定時間、状態異常を防ぐ確率を上げる。

 アンロックのマジックカード(4):開錠のマジックカード。鍵のかかった扉や宝箱の罠を解除する。

 コンセイトレーションのマジックカード(7):集中のマジックカード。次の魔法の威力と消費魔力を二倍にする。

 マジックウェブのマジックカード(4):拘束のマジックカード。相手を魔法の糸で拘束する。

 リフレッシュ(5):中等回復魔法・壮快の魔法が封じられている。体力と精神、様々な状態異常を回復する。

 ブレス(5):中等回復魔法・祝福の魔法が封じられている。魔力を回復させる。

 リジェネレイト(4):中等回復魔法・再生の魔法が封じられている。対象を一定時間回復させ続ける。


 ■カーバンクルのドロップ

 ・ガーネット合計49個。未回収残り6個(Cランク階層スキル封印分3個、Dランク階層未踏破分3個)。


 ・金色のガッカリ箱

 宝籤(2):十枚セットの黒色無地のカード。使用することでランダムでモンスターカードへと変化する。

 転移のマジックカード

 ミドルポーション(15)

 ハイポーション(2)

 ハズレ(29)

 


 ドロップや金色のガッカリ箱などについては、蓮華の特性を知られたくなかったため特に幸運操作などはしなかったのだが、冒険者部全体の運気が高まっていたのか、期待値を大きく上回る収穫となった。

 これらのうち特筆すべきは、カードのドロップと所持禁止類魔道具のカード化の魔道具だろうか。


 まずカードについて。

 ドロップしたカードは、各自のカーバンクルガーネットやヴィーヴィルダイヤの配分からの支払いで引き取ることが可能ということになった。

 値段については、ギルドの買い取り値段を参考に、そこから他の部員が持つ四分の一ずつの所有権を買い取る…という形となる。

 例えばギルドでの買い取り価格が4000万円のカードがあったとして、まず購入希望者がこれを4000万円分のガーネットで買い取る。

 その後、購入者含めて4000万円分のガーネットを四等分する……という流れだ。

 もしも購入希望者が二人以上の場合は、オークションとなる。


 それぞれのカードについてだが、まずドリュアスはアンナが引き取っていった。

 ドリュアスはエルフとの相性も良くシナジーが見込めるため、それを狙ってのものだろう。

 実はドリュアスは俺も欲しかったのだが、人気カードでギルドでの買い取り価格も8000万円を超えるということで泣く泣く諦めた。

 欲しい理由もコレクション的な意味合いが強く、戦略性によるものではなかったため、理性がギリギリで欲望を上回った形だ。


 次にレオナールは織部と師匠が取り合いになった結果、6000万円で師匠が引き取っていった。

 魔女のサバトを取り仕切るレオナールと、魔女の守護神であるアラディアのシナジーを狙っての物と思われた。

 レオナールとの争いに敗れた織部は、馬頭鬼(メズキ)を2000万円で引き取っていった。もし今後|牛頭鬼(ゴズキ)がドロップした際は織部が優先的に取得できる権利付きだ。

 そして、やまらのおろちに関しては当然のように誰も欲しがらなかった。


 やまらのおろちのように誰も欲しがらなかったカードは、しばらくはチームでの預かりとなり、年末まで誰も欲しがらなかった場合売り飛ばされることとなる。これは他の魔道具類も同様で、税金のことを考えてため込んだカードや魔道具の精算は基本的に新年に行われることになった。

 例外は、部員全員の同意があった時か……チームが解散することになった時のみだ。


 俺以外のメンバー全員がカードを購入したため俺のガーネットの配分は9000万円分……数にして45個とほぼすべてのガーネットを受け取れることになった。

 これだけあればいろいろと実験に使えそうである。



 次に魔道具類に関して。

 まずは法律で所持・使用が禁止されているカード化の魔道具についてだ。

 これについては、ドロップしたその日のうちにギルドで売り払った。所持禁止類魔道具は取得から売却まで時間が経てば経つほどギルドの取り調べが長くなるため、即売り払うことが推奨されていた。

 取り調べには虚偽察知の魔道具が使われ、そこで引っかかると今度は読心の魔道具が使われ他の余罪もないか徹底的に洗われることとなる。

 ちなみにCランク迷宮に年に一回以上入った者は、年一回ギルドの取り調べを受ける義務があるため、これを回避することはできない。

 なお、カード化の魔道具の買い取り価格についてだが、これは十枚入りで一千万となった。ギルドのカード化のサービスが一回百万なので、ギルドの取り分はゼロの形だ。

 これはあえてギルドの取り分をゼロにすることで、隠し持つメリットを無くしギルドへの積極的な売却を促す措置である。

 そのため、所持禁止類魔道具の売却で得た収入には税金もかからない。

 普通の冒険者にとって犯罪に使うつもりでもなければ、さっさとギルドへと売り払って必要な時だけサービスを利用すれば良い……というわけだ。

 ……カード化の魔道具に関しては試してみたいことがあったのだが、法を破ってまで試したいことでもなかったので、素直に諦めた。


 またモンスターからのドロップ以外に金色のガッカリ箱からドロップしたアイテムとして、転移のマジックカードと宝籤のカードが2セット出た。

 宝籤のカードは、通常のモンスターの表面が黒色に染まっている外見の魔道具で、使用することでFランクからAランクのどれかのカードに変化するという魔道具だ。

 当然高ランクほど出現する確率が下がり、Dランク以上が出る確率は1%以下なのだが、かつて一度だけどこかの国でAランクが出たことがあり、一枚百万円とその効果の期待値に反して国が妙に高値で買い取っている魔道具であった。

 そのため自分で使ってFランクやEランクカードの雑魚カードに化けさせてしまうよりもギルドに売ってしまった方が賢いのだが……こういう運次第の魔道具というのは俺の、というか蓮華の最も得意とするところである。

 本来ならば年末での換金アイテム行きの予定であったが、皆に交渉してその場で頭割りで配分してもらった。

 ちょうど二十枚と四人で割り切れるのも良かったのだろう、「先輩も大概ギャンブラーッスねぇ」とアンナに笑われつつも5枚手に入れることに成功した。

 もしかすると出現した時点で結果が決まっている類の魔道具なのかもしれないが、それを確かめるのも目的の一つだ。

 この迷宮の攻略が終わり、ガーネットを受け取ってから色々と試してみるつもりだった。


 その他、モンスターを倒した際の魔石や踏破報酬の魔石に関しては、チームでの活動費として積立られ攻略に必要な物資に使われることとなった。

 これは誰かのカードがロストした際の補填にも使われるとのことなので、特に誰も反対はしなかった。




 以上のように様々な成果のあったCランク迷宮攻略だが、得たモノは何もカードや魔道具ばかりではない。

 Cランク迷宮で戦えるだけの経験と戦術も大きな成果だ。

 罠や環境を逆に利用する戦術もその一つ。

 通常、迷宮のモンスターたちはデフォルトで罠の存在を感じる機能があるため、罠に掛かることがない。

 そのため冒険者側にとって迷宮の罠とは邪魔なだけの存在と考えてしまいがちなのだが、何もモンスターには罠が効かないというわけではない。

 そのため、魔法で罠のある場所に吹き飛ばしたり、魅了して罠を踏ませたりして上手く追い込んでやれば、逆に罠に嵌めてやることで大ダメージを与えることも可能だった。

 Dランク迷宮まではそんな小細工をせずとも力押しで勝てていたため思いつかなかったが、ランクが対等となってくるCランク迷宮では「あと一押し!」が欲しい時も多く、必要に駆られて手に入れた戦術の一つであった。

 ちなみに罠やフィールドの環境を利用した戦術はプロでは割と必須技能らしいのだが、俺たちが思いつくまで師匠は教えてくれなかった。

 曰く、こういうのは自分で思いつかないと意味がないから、とのこと。

 そう言うのいいから最初から一から十まで教えてくれ、と思ってしまうのは俺が今時の若者だからなのだろうか……?



 ————とまぁそんな感じで、最初は少し躓いたものの順調に攻略を進め、俺たちはついに残すは守護者と主を倒すだけという所まで来た。


「……さて、この階段を降りればヴィーヴィルとの戦いが待っているわけだけど……守護者の性質については覚えてる、マロ?」


 Cランク階層に入ってから微妙に教師モードに入ってる師匠がそう問いかけてくる。


「はい、先生。まず守護者は主同様迷宮のバックアップを受け強化されます。ランクアップはしないものの、単体強化か眷属召喚の能力を付与されます。また、サブフィールド効果が一つ追加され、メインフィールド効果と合わせてすべて守護者仕様へと変更されます」


 俺の回答に神無月先生は「その通り」と頷く。


「このうちメイン効果については、守護者の種族の強化に特化したものになることが多い。この迷宮の場合だと、機械破壊が種族・ヴィーヴィル強化になるわけだね。眷属召喚型の守護者だと種族・ドラゴン強化とか少し効果が落ちる代わりに範囲が広くなることもある。まぁ、迷宮からの強化と合わさって大体通常よりも2倍はステータスが強化されると考えておいて。

 さて残りのサブフィールド効果についてなんだけど、これはある程度ランダムとなっている。ランダムとは言っても、守護者にとって意味のない効果はない。例えば雪女の守護者に炎強化とかね。

 ではここで問題です。もしサブフィールド効果がスキル封印や召喚制限などだった場合、皆ならどうしますか?」

「はい!」


 と勢いよく手を上げたのはアンナだった。


「リセマラします!」

「うん、正解。サブフィールド効果は一日経てばまた変わるからあんまりキツイようなら出直す方が無難だね」


 まぁ、俺たちの場合は日数制限があるからいつまでもリセマラするわけにはいかないが、スキル封印とか来たらリセマラせざるを得ないだろう。

 それでも本命の主のことを考えればリセマラできるのはせいぜい2回までくらいか。


「……ヴィーヴィルの弱点とかについては、皆も予習してきてるだろうから別に良いか」


 その師匠の言葉に皆で頷く。

 ヴィーヴィルは魔法全般に強い耐性を持つ一方、物理攻撃に弱いモンスターだ。つまり物理で殴れば良いというある意味やりやすいモンスターとなっている。

 注意点としては、ありとあらゆる攻撃を一度だけ反射する先天スキルを持っていることだが、これについては大技で一気に沈めようとせず、ジャブやボディーブローのようにジワジワと攻めていけば良いだけなので特に問題ない。


「じゃあ、行こうか」


 俺たちはお互いの準備が整っていることを確認し、守護者の階層へと足を踏み入れた。





「ぐわああああ————ッ!!」


 穏やかな日差しが木々の隙間から差し込む湖畔に、戦闘シーンをカットされたヴィーヴィルの悲鳴が響き渡る。

 ドウッ! と地に倒れ伏したヴィーヴィルは、しばし恨めし気にこちらを睨んでいたが、やがてその美女の上半身と飛竜の下半身という異形の身を一つの宝箱へと姿を変えた。

 それを見たアンナが額を拭いつつ言う。


「いや〜ヴィーヴィルは強敵でしたね!」

「白々しい……」


 ひたすら囲ってボコるだけの戦闘で強敵も何もないだろう。

 守護者としていくら強化されていようと、32対1で苦戦するはずもない。

 これでフィールド効果がスキル封印や召喚制限だったら話は別だったが、もしそうだったら出直してきただけのこと。

 つまり、相手には勝ち目など端からなかったわけだ。

 そりゃあヴィーヴィルも恨めし気な眼をするというものである。


「ま、倒した敵なんでどうでも良いッス。重要なのは宝箱ッスよ、宝箱。ダイヤ以外に何が入ってるかな〜」


 いそいそと宝箱を開けようとするアンナを、やはり中身に興味津々の俺たちも囲む。

 皆が見守るなか宝箱の蓋が開けられ——。


「お、おお……? ダイヤが……二つ?」


 宝箱の中に入っていたのは、大粒のダイヤだった。

 片や無色透明の大きさ以外は一般的なダイヤ。

 もう片方はサファイアかと錯覚するほどに青い、不思議な輝きを持つダイヤ。

 無色透明の方が恐らく確定ドロップのヴィーヴィルダイヤだとは思うのだが……。


「これは……もしかしてホープダイヤか?」


 蒼いダイヤを覗き込んだ織部が呟くように言った。


「ホープダイヤ? それって確か不幸を呼ぶとか言う……?」

「うむ。持ち主を次々と破滅させながら、人の手を渡り歩いていく呪われたダイヤ……それがホープダイヤだ。もっともそれはあくまで脚色された都市伝説のようなもので、実物はアメリカの博物館にある。だがこれは——」

「ホープダイヤの伝説が元に生まれた魔道具……本物の呪いのダイヤってことか」


 俺が引き継いでそう言うと、織部はコクリと頷いた。

 さて、どうしたもんか……こりゃ随分と難しいモノが出てきたもんだ。

 これが呪われた宝石なんていう都市伝説がついているだけのただの宝石だったなら気にせず持ち帰って売り払って終わりだったのだが、それがちゃんと効果を持った魔道具となると話は違ってくる。

 伝説を元にしたと思われる魔道具の類は、基本的にその逸話に沿った効果を持つ。

 それが、持ち主を不幸にしたという逸話を持つならば持ち主を不幸にするのは間違いないのだ。


「……どうします? ヴィーヴィルダイヤだけ回収して、ホープダイヤの方はこのままおいて帰りますか? それとも一応持ち帰るだけ持ち帰って売れるかどうか試して見ます?」

「うーん、どうだろう。逸話通りの効力を持つなら、触るだけでも危険かも……。もしかしたら持ち主の幸運をすべて吸い取ってから次の人のところへ行く……なんて効果かもしれないわけだし」

「ああ……そういうケースもありますね」


 アンナと師匠がそう話し合っているのを織部と二人見守っていると……。


『ふぅん? おい、歌麿。どうやらこのダイヤ、不幸だけ運んでくるってわけでもなさそうだぜ』


 ホープダイヤを覗き込んでいた蓮華がそう言った。


『どういうことだ?』

『このダイヤ、幸運と不幸が絶妙なバランスで同時に混在してやがる。普通は幸運と不幸は互いに打ち消し合うもんなんだが、このダイヤの中には幸運は幸運のまま、不幸は不幸のまま同時に存在してるみてーだな』

『つ、つまり……?』


 察しの悪い俺に蓮華は一瞬呆れたような眼差しをくれた後。


『つまり、このダイヤは持ち主の運の揺れ幅を大きくする効果を持つってことだよ。本当なら小金を得る程度の幸運を大金を得るモノに、本来なら軽い怪我を負う程度の不幸を大怪我にするモノに……それがこのダイヤの効果ってわけだ』

『なるほど……』


 それが本当だとすれば、幸運をある程度コントロールする俺たちにとっては中々有用な魔道具かもしれん。

 不意のトラブル、例えばイレギュラーエンカウントなんかは恐ろしいが……持っているだけで効果がある類の魔道具もカード化している状態では効力を発しない。普段はカード化しておけば一種の封印として機能するはず。

 そうして俺が一人考え込んでいると。


「では、皆さん。このホープダイヤは持ち帰らずここに置いていくってことで良いッスか?」

「僕は構わない」

「我もだ」

「…………」

「先輩?」

「あ、いや……誰もいらないなら俺が欲しいんだが」


 俺がそう言うと皆が「ええっ!?」と驚きの声を上げて俺を見た。


「いや、マロ……魔道具の効果を甘くみない方が良いよ」

「本当にホープダイヤだとしたらギルドも高くは買い取ってくれないでしょうし、下手したら引き取り料とか取られる可能性もありますよ?」

「そうッスよ、それにただでさえ先輩は見た目の割にトラブル体質なんスから」


 見た目は余計だ。


「……ホープダイヤの逸話を考えるに、このダイヤはただ不幸を呼ぶだけの魔道具じゃないように思える」

「というと?」

「逸話では、ホープダイヤの持ち主は最後には破滅してはいるものの成功者の元に渡っているのは間違いない。ある意味では富の象徴であることは間違いないわけだ。つまり、このダイヤは与えた幸運の不幸を最後に回収する魔道具、あるいは単純に運の振れ幅を大きくする魔道具と考えることもできる」


 俺は蓮華に聞いた話をさも自分の意見かのように語った。


「ふむ……まあ、一理ある、かな? でもそうだとしてもリスクがあることには変わりない気もするけどね」

「普段はカード化しておくから大丈夫だろ。迷宮で宝箱を開ける時とかだけ使ってみようかと」

「なるほど……それなら大丈夫、なのかな?」


 俺の言った使い方に、皆も首を傾げつつも頷く。


「まぁ……要らなくなったら適当な迷宮でポイ捨てするって手もありますからね。もし先輩の言った通りの効果なら使い道がないわけでもないですし。先輩が欲しいならあげても良いとウチは思いますが……」

「我も構わんが……」

「うーん……ちょっと心配だけど、効果が気になるのも事実かな」


 そういうことで、このホープダイヤは無事俺の物となった。

 迷宮を出たら速攻でギルドに行ってカード化しておくことにしよう。


「さて、まだ時間がありますけど……どうします? Dランク階層のガーネットを回収に行くか、一度ボス部屋を覗いてみるか」

「うん……一度ボス部屋を覗いてみる、で良いんじゃないかな? フィールド効果がちょうど良かったら速攻でDランク階層のガーネットを回収して、一度休憩を取り、24時間以内にボスに挑む。ボスのフィールド効果がキツかったらDランク階層のガーネットを回収して、一日休み……これが一番時間的なロスは少ないと思う」

「ではそうしましょうか」


 特に異論がなかった俺と織部も頷き、ハーメルンの笛でマーキングだけしておいた最終階層へと飛ぶ。


「お、フィールドが変わってる」


 以前チラリと覗いた時は夜の砂漠だったフィールドは、無機質な地下迷宮へと姿を変えていた。

 というより、戻ったというべきか。

 さすがにBランクモンスターともなると、周囲の環境を自分好みに書き換える力も大分強くなり、かなり大胆にフィールドを書き換えてくる。

 Dランクの水虎ですら通路を水浸しにすることができたのだから、Bランクともなると砂漠にするくらい容易ということなのだろう。

 地下迷宮ということは、相手は特に地形で有利不利にならないタイプのモンスターなのだろう。


「うーん、地下迷宮ッスか。となるとボスの傾向をフィールドから探るのは不可能ッスね」

「だな。まあ、まずはフィールド効果の確認からだ」

「ですね」


 その後皆でフィールド効果の確認を行ったが、特にスキル封印や召喚制限といった厄介な効果は確認されなかった。


「特にデバフらしきデバフは無し、と。こりゃ主の強化に全振りで間違いなさそうッスね」

「……とすると、まぁアタリの方ではあるか。ぶっちゃけバフよりもこっちのデバフの方が戦略狂ってキツイからなぁ」

「こうなると主の種族だけでも確認しておきたいッスね。それで与しやすそうな相手なら速攻でDランク階層のガーネットを回収して、今日にでもこの迷宮を踏破しちゃいましょう!」

『異議なし』


 と頷き、念のため安全地帯を出てから各自気配遮断持ちのカードを斥候として放つ。


「とりあえず、眷属召喚型ってわけじゃなさそうだな」


 しばしカードを走らせてみたものの、今のところ気配らしい気配はない。

 眷属召喚型であればこの時点ですでに誰かが眷属と接触していてもおかしくない。それがないということは、少なくとも眷属召喚型ではないということになる。

 これはますます美味しい相手だ……と俺が考えていると。


「マロ、油断は禁物だよ。主が眷属召喚型で、フィールド効果が気配遮断、透明化って暗殺特化編成の可能性もある」

「あ……」


 そうか、そのパターンもあったか。いかんな、ついDランク迷宮を基準に考えていた。


「……そう言えばマロ、これから先どうするかもう決めた?」


 俺が反省していると、ふいに師匠が問いかけてきた。

 それに、アンナや織部も興味深そうに俺を見てくる。


「ん〜まあ、一応」

「聞かせてもらっても良いッスか?」

「ああ……とりあえず上を目指せるだけ目指すことにしたよ。それが目標を一番達成できそうだからな」

「ほほう、その目標とは?」

「それは秘密」


 俺は笑って誤魔化した。

 ……さすがに「最高のデッキを作る」なんて高校生が言うには子供っぽ過ぎる。

 特にこの大人びた奴らが多い冒険者部の面々の前では、絶対に口に出せなかった。


「え〜、なんでッスか。教えてくださいよ。あ、わかった! 全女の子カードを集めてハーレムを作ることとか?」

「違いますぅ〜」


 と否定しつつ、それも結構アリだな……と密かに心のメモ帳に記しておく。

 最高のデッキを作った際には、次の目標として目指しても良いだろう。


「ふぅむ……先輩の目標とやらは気になるが、まあそういうことなら我もアンナに付き合うことにするか」

「僕も、前言った通り出来る限り付き合うよ」


 師匠と織部がそう言うと、アンナが嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「あ〜、良かった! これで冒険者部全員で一丸となって上を目指せますね! 皆さんにはアンナと愉快な仲間王国の幹部の椅子を用意しておきますから期待しておいてくださいッス!」

「もし本気でその名前にするつもりなら絶対協力できねーわ」


 などと言いつつ先へ進んでいくと、ユウキが敵の気配を捉えた。

 それを皆にも伝え、皆のカードと合流させてから慎重に主へと近づいていく。

 主らしき気配は一か所から動く様子がない。

 やがて見えてきた主の姿は……。


「……牛?」


 一匹の牛であった。

 乳牛だろうか? ホルスタイン柄の大きく乳の張った牛が、どこか苦し気に地面に横たわっている。

 Bランクにこんなモンスターいただろうか……と脳内のモンスターリストを探っていると。


「ま、さか……」


 ポツリと師匠が呟いた。

 その顔は、今まで視たことがないほどに強張り、心なしか青ざめて見えた。

 同時に師匠の金華猫——もしやかつて戦ったケットシーだろうか?——が、牛へと近づいていく。


「ちょ! あんまり近づくと戦闘に……!」

「待てアンナッ!」


 それを見たアンナが慌てて止めようとするが、それをさらに織部が止める。

 見れば織部も顔色が悪い。


「先輩、私たちも近づいてみましょう。……たぶん、戦闘にはなりません」


 戦闘にはならない? ………………まさか。

 それで俺にもようやくあの牛の正体が朧気にわかってきた。

 もしそうなら……。

 ユウキを牛へと近づけていく。

 やがて全員の斥候用カードが牛の傍へと寄ると……。


「ブモォォォオオオオオッ!!」


 牛が酷く苦しみ、ボコボコとお腹が不気味に脈動し始めた。

 それを見た師匠が呟く。


「間違いない————クダンだ」


 その瞬間、牛の腹を突き破ってソレは現れた。

 卵が腐ったような臭いが周囲にプンと漂う。

 あまりの悪臭に、カード越しだというのに俺たちは数歩後ずさってしまった。


「ぁ、ぇ、ぇ……!」


 ソレは、まさしく異形としか言いようのない姿をしていた。

 ソレに体毛はなく、ピンク色の肌はうっすらと内臓が透けて見えていて。

 ソレに手足はなく、のたうつその姿は醜い芋虫に似ていて。


 ——ソレは牛の頭でなく人間の老人のような悍ましい顔をしていた。


 眩しそうに瞼を閉じていたソレが眼を開く。

 そして半分飛び出したような眼球をギョロギョロと動かして、やがてこちらを見つけるとゆっくりと口を開いた。


「来るよ、ちゃんと聞いておいて」


 静かに言う師匠に無言で頷く。

 俺たちが見守る中、老人の顔を持った子牛は妙に甲高い声で言う。


「あ、あ、あ……三度目の禍が、この地を襲う。地獄の蓋は開かれ、あふれ出した滅びが地上を覆うだろう。守りの盾は、すでに謀略に倒れた。汝、生き延びたくば、滅びに備えよ」


 ガクリ、と子牛が首を垂れる。

 その身が少しずつ消え去っていき、最後には一つの宝箱が残された。


『……………………………………………………』


 場を沈黙が支配していた。

 何分も誰も喋らない、喋ることが出来ない時間が続く。

 俺はクダンの残した予言を頭の中で繰り返し反芻していた。


 クダンというモンスターは、極めて特殊なモンスターだ。

 極まれに迷宮の最下層に出現し、予言を残して死んでいく……。

 それだけならば、ただの奇妙なモンスターだが、問題はクダンが現れるのは大きな禍の前だけであり————その予言が絶対に、それも半年以内に起こるという点だ。


 予言の自己破壊という言葉がある。


 予言がされたことによって、それを知った者たちの行動が変わり結果として予言が外れてしまう……という現象のことだが、クダンの予言に関しては予言の自己破壊は起こらない。

 それが人災であれ、天災であれ、どれだけ努力したとしても絶対に回避できないことが、過去の予言により証明されている。

 クダンの予言に関して人間ができることは一つ。……それが起こるものとして備え、少しでも被害を小さくすることだけだ。


 そして今回のクダンの予言。

 三度目の禍……その単語で思い浮かぶものは二つ、第三次世界大戦と第三次アンゴルモアだけだ。

 このうち世界大戦は、迷宮の出現により各国の意識が内側に向かっている現状、起こる可能性はかなり低いように思える。

 となると可能性が高いのはやはり第三次アンゴルモアだ。

 しかし、こちらに関してもアンゴルモア対策がかなり万全に近いことを考えると、半年以内に起こる可能性はやはり低いように思える。

 それでも第三次世界大戦と比べると可能性が高いと言わざるを得ないのは、二度と起こらないとされていた第二次アンゴルモアが起こってしまったという事実があるためだった。

 第一次アンゴルモアでの失敗から、人類は第二次アンゴルモアを起こさぬよう万全の対策を行っていた。

 にもかかわらず起こってしまった第二の悲劇。

 しかもそれは全世界同時という未曾有の大災害であった。

 その原因は、十年経った今でもはっきりしていない。

 研究者の中には、原因が見つからないことこそが理由……つまりアンゴルモアは対策を行っていたとしても何らかの負担が溜まっていずれ必ず起こってしまうのでは? という説を唱える者もいる。

 まあこれに関しては、中国が迷宮を増やすために第一次アンゴルモアを人為的に起こしてからわずか五年後に第二次アンゴルモアが起こっているため、時限爆弾説は一応否定されていた。

 とにかく、起こらないとされていたモノが起こってしまった実績がある以上、アンゴルモアの可能性は否定できない。

 むしろ確実に起こると考えて行動すべきだろう。


 気になる点はもう一つある。

 それは守りの盾は謀略に倒れたというフレーズだ。

 守りの盾とは何を指しているのか。謀略とは。誰が誰に仕掛けたものなのか。

 単に比喩という表現もある。

 だがどうにも嫌な予感がしてならなかった。


「……とりあえず、ギルドにクダンが出たことを報告しよう」


 師匠が半ば独り言のように言った。

 クダンが出た際は速やかにギルドに報告することを義務付けられている。

 普通は録画などもして提出するのが望ましいとされているが、機械破壊の迷宮に潜っていたことを言えば虚偽察知の魔道具を使って証明してくれるだろう。

 踏破報酬を回収し、出口のゲートへと向かう。


「——先輩」


 師匠と織部に続いてゲートをくぐろうとしたところで、アンナに呼び止められる。

 俺は何気なく振り返って——凍り付いた。


「なんだか大変なことになっちゃいましたけど、これから頑張りましょうね!」


 そう言って屈託なく笑うアンナの貌は、どこか楽し気で……。


 眩暈がするほどに妖艶だった。




【TIPS】件の予言

 クダン。この不気味で哀れな子牛ほど人々に忌み嫌われ、しかし重要視されているモンスターもいないだろう。

 迷宮出現以降、ただの一人も被害を出していないこの無力なモンスターが嫌われる理由は、ただ一つ。

 不吉の兆候だからである。

 クダンという妖怪は、大きな災害の前にのみ姿を現すと言われている。

 それだけなら災害を未然に防ぐことが出来ると嫌われることもなかっただろうが、クダンの性質が悪いところは、その予言が決して回避できないと言われていることだ。


 そして、大規模な自然災害や戦争がほぼ無くなったこの時代において、災害とは一つしか意味しない。


 この日本のマイナーな妖怪の名が世界中に知れ渡ったのは、第二次アンゴルモアの際である。

 全世界でほぼ同時に現れたクダンに対し、世界各国は手を取り合ってアンゴルモアの防止に動いたが、結局防ぐことが出来なかったという苦い経験を持つ。

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