第7話 道は邇(ちか)きに在りて遠きに求む
翌日、俺は一人八王子の街をぶらぶらしていた。
あれからなんとか一日掛けて42階層を踏破した俺たちは、予想以上に溜まった精神的疲労に一度休みを取ることにした。
俺は降って湧いた休みに、家でゴロゴロして過ごそうかと思っていたのだがどうにも心がモヤモヤして落ち着かず、こうして当てもなく街をブラついていた。
ギルドのカードショップを覗いたり、新発売の冒険者用品を物色してみたりするもさして興味を惹かれるモノもなく、いつしか俺の足は昔の思い出を辿るように懐かしの場所へと向かっていた。
通っていた小学校、秘密基地を作った森、魚釣りをしたドブ川……。
普段は全く思い出さないというのに、不思議と現場を前にすると当時のことが鮮明に蘇ってくる。
好きな女の子にあえてちょっかいを出したりして普通に嫌われたこと、友達に捨てられたエロ本コレクションの隠し場所を教えたら翌日すべて持ち去られていて喧嘩したこと……。
中にはのたうち回りたいほど恥ずかしい記憶もあって、そう言う時は足早にその場を立ち去った。
もしかして普段思い出さないのは記憶を封印したからなのだろうか……?
などと思いつつも、小学校の前を通った時は、俺の通っていた校舎がすでに取り壊されて新校舎となっているのを知って、思わぬ寂しさに襲われたりもした。
そうしてよくたまり場としていた公園と隣接した駄菓子屋へとやって来た時。
「あ、お兄ちゃん」
友達と遊んでいた愛が俺を見つけ声を掛けてきた。
「愛? ここで遊んでたのか」
「うん。アオイちゃんとミオちゃんと一緒に」
「お久しぶりでーす」
「ども」
愛の幼馴染で良く家に来る二人がペコリと小さく頭を下げてくる。
アオイちゃんは物怖じしない社交的な性格で、髪を染め最新のファッションに身に包んだ今時の女の子。
ミオちゃんは一見黒髪ロングの物静かな文学少女といった風貌なのだが、女子小学生でありながら投資に興味があり、すでにお年玉で株やバイナリーオプションをやっているという強者だった。
うちの愛も小学生にしてはませている方だと思うが、この二人と比べるとまだまだ普通でちょっと安心するのは内緒だ。
『よっ!』
『ちゃんと水分を取っていますか、愛?』
「あ、蓮華ちゃん、アテナちゃん!」
ブゥンッ……と蓮華とアテナの立体映像が浮かび上がり、愛へと挨拶する。
元々仲の良かった愛と蓮華であったが、カードギアで外部とコミュニケーションがとれるようになるとすぐにアテナも仲が良くなった。
意外だったのはメアがあんまり愛と仲が良くならなかったことで、別に嫌いというわけではないようだが、どうやら迷宮の外でも蓮華と遊べることに嫉妬しているようであった。
一見陽気で人見知りしない印象のメアであるが、実はその性質は『深く狭く』な内側へと向かっているところがある。
そういう所は鈴鹿と通じるところがあって、蓮華、メア、鈴鹿の友情連携はメアが仲立ちとなることで成立しているのかも? と思ったり。
そんなわけで微妙に壁のある愛とメアだが、愛の方はメアと仲良くなることに積極的で、アニメ鑑賞などを通じて愛とメアの距離は徐々に縮まりつつある。
なので、俺は特に干渉せず、温かく見守るつもりであった。
一方のアテナというと、何やら愛のことが妙に気に入ったのか、夏休みの宿題の面倒を見てやったり、一緒にクイズ番組を楽しんだりと、ほとんど姉のように接している。
すぐビビる印象の強いアテナだが、あれですぐに蓮華やメアと打ち解けたりとコミュ強なので陽の者同士愛とは波長が合ったのかもしれない。
他にも、イライザとオードリーがお袋に我が家のレシピを教えてもらったり、ドラゴネットとデュラハンが親父から将棋を学んだことで意気投合したり、ユウキがマル(愛犬)に謎の対抗心を燃やしたりと、カードギアのおかげで我が家は大分賑やかになってきた。
「うわ〜、それが話題のカードギア!? いいなぁ〜」
「凄い。なんかSFみたい。……これはエメラルドタブレット社の株価はまだまだ上がるな」
空中に浮かび上がるビジョンを見たアオイちゃんとミオちゃんが眼を輝かせて寄ってくる。
こういう所はまだまだ子供だなと微笑ましくなる。……ミオちゃんの喜び方はちょっとズレてる気もするが。
「私も欲しいな〜、マロマロちょうだい?」
「無理。一度登録したら本人しか使えないし。発売されたら親にねだって買ってもらえ」
「発売日っていつなの?」
そうアオイちゃんに問われ、俺はアンナから聞いたことを思い出す。
「ん〜、たしか夏休み明けからだったはず。とりあえず一週間のレースでも不具合とか出ないのを確認できたのと、思った以上に世間の反応が良かったからこの試作機をそのまま正式版ってことにして発売日を早めたとかなんとか」
カードギア、アンナがどうにかコネを駆使して手に入れようとしたけど、結局無理だったんだよな。
というよりも、夏休み明けには発売されると聞いて無理に手に入れようとせず引き下がったと言うべきか。
その代わり、夏休み明けには俺の持っているのと同じハイエンドモデルを人数分確保できたらしいので、さすがは十七夜月家のコネといった感じであった。
「ふぅん……まあいいや。それよりもさ〜、またファンタジーランド連れてってよ〜」
「忙しいからダメー。菓子奢ってやるから我慢しろ」
俺はアオイちゃんのおねだりを軽く躱すと駄菓子屋を指差して言った。
「やった!」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「ゴチになります、マロ兄さん」
一目散に駄菓子屋へと駆け込んでいく三人を見てまだまだガキだなとほくそ笑みつつ、俺も駄菓子屋へと向かう。
すると俺を見た店主の婆ちゃんが懐かしそうに声を掛けてきた。
「あら、久しぶりだねぇ。小学校卒業以来だから五年ぶりくらいかい?」
「婆ちゃん久しぶり」
そうか、もう5年くらいになるのか。
学校帰りに寄ることのできた小学生の頃と違い、通学路に被らない中学は自然とここからも足が遠ざかっていた。
元々ここは小学生たちのたまり場であり、小学生たちを委縮させることになるからと、中学に上がったらこの公園も卒業する空気があったため、婆ちゃんも卒業した子が来なくなるのは慣れっこだろうが……。
こうして顔を覚えてもらっているのを知るとたまには顔を出せばよかったなと思ってしまう。
「TVで見たよ。冒険者になって、なんだかすごい発見をしたり、すごいじゃないの」
婆ちゃんはそう言って俺の肩を叩いた後、心配そうに言う。
「……でもあんまり危険な真似はしないようにね」
おそらく猟犬使いの件を言っているのだろう、と俺は大人しく頭を下げた。
「お兄ちゃん、これ買って!」
お菓子を選び終わった愛たちがそう言って買い物カゴを渡してくる。
その中にはジュースやらお菓子がカゴいっぱいまで入っていた。
コイツ等……マジで遠慮がねぇな。半分くらいダメ元なんだろうが……。
と思いつつ「一日で食べつくしたりすんなよ」と注意だけしてカゴを婆ちゃんの元へ持っていく。
数年間ご無沙汰だった分、店に金落としていかねぇとな。
婆ちゃんが山盛りの菓子を見て目を丸くする。
「おや随分買ったねぇ、払えるかい?」
「大丈夫、稼いでるからさ」
と言ってスマホを取り出そうとして気付く。
しまった……! 財布忘れた!
ここのところスマホと冒険者ライセンスだけで買い物していたから!
妹たちの手前、ここで財布忘れたというのはカッコ悪すぎる……。
と俺が焦っていると。
「ああ、P〇yPay使えるよ」
そう言ってレジの横の電子マネーの対応リストを指差す婆ちゃんに、俺はこの日最大の時の流れを感じたのだった。
「そう言えば、お前らなんか将来の夢とかあるの?」
公園のベンチで愛たちと並んでアイスを食っていた俺は、ふと思いついて愛たちへと問いかけた。
「え〜、なんか突然だね。どうしたの?」
俺の突然過ぎる問いに愛も首を傾げる。
「ああ、いや……ちょっと俺も将来の事で悩んでてさ」
「え!? お兄ちゃん冒険者やるんじゃないの?」
「ん? いや、そうだな。冒険者をやることだけは決まってるな」
驚く愛に首を振って否定する。
そう、冒険者をやること……それ自体は決まっている。
問題は、どういう冒険者になるか、だ。
「あ〜、なんだ、ビックリした。将来のことで悩んでるって、プロフェッサーになるかグラディエーターになるかって話?」
「んん……まあ、そう言うのもあるか」
モンコロも文化の一つとして世界中に広まったことで、そろそろワールドカップを作ろうという話もある。
そこでの優勝を目指し、グラディエーターとして世界一になる……というのも冒険者としての目標としてはアリではある。
「ふぅん……よくわからないけど、グラディエーターを目指すならパパとママも安心するかもね。プロフェッサーと違って命の危険はないし」
「ああ……」
確かに、お袋たちはそちらの方が安心するだろう。
親を心配させない、というのも重要な要素だ。
「ウチはモデルになりたいな〜読者モデルのスカウト来ないかな」
ふむ、アオイちゃんはモデルになりたいのか……。
二人とも愛の友達だけあって可愛いし、アオイちゃんは足もスラリと長いから、中学に上がったらスカウトとかあるかもしれん。
「私は投資家になる。目指せ、億トレーダー」
……相変わらずこの子だけちょっと愛たちとは世界観が違うな。
「ミオちゃんは投資家としてどれくらいの腕なの?」
俺が問うと愛が答えた。
「ミオちゃんは凄いよ〜、十万円から始めて一年で5倍にしちゃったんだから」
「5倍!? そりゃ凄いな」
「いやたまたまです。最初に名前を知ってるってだけで買った株がどんどん上がって五倍になっただけなんで」
いやそれでも十分凄い……。大抵の奴は、上がり切るまでにどこかで利確しちまうからな。
投資もギャンブルも、金を持っている方が圧倒的に有利というのには変わりない。
個人投資家のほとんどが退場することになるという世界で、運が良かったとは言え資産を数倍にできたのは凄いことだ。
俺も株で資産運用を出来ないかと勉強してみたことがあるが、あまりに複雑怪奇な世界に、こりゃ迷宮に潜った方がよほど堅実に稼げると断念したことがある。
今なら蓮華の能力もあるしもしかしたらイケるかもしれないが……それで億とか稼いだら迷宮に潜る気が無くなりそうだし、なによりしっぺ返しが来そうで怖い。
ということで俺は株とか投資には手を出す気がなかった。
「二人とも凄いな〜、私は将来とか考えたこともないな〜」
「え? そうなの? 愛は冒険者になりたいと思ってた」
「うん」
「う〜ん、冒険者にはなってみたいけどね。お兄ちゃんみたいにプロを目指せるかって言ったら私は無理かなって最近は思っててさ。なんだかんだ、危険で恐ろしい世界だしね」
俺は少し驚いた。
愛は冒険者の良い面しか見ていないと勝手に思っていたからだ。
だから、もし愛が俺を見て冒険者なんて簡単だと思って冒険者になろうとしたのなら、その危険性などをしっかり教えておこうと思っていたのだが……。
「そうなんだ、なんか勿体ないな〜せっかく凄い冒険者のお兄ちゃんがいるのに」
「身近で見てるからこそ私たちにはわからない苦労が見えてるのかも」
「はえ〜やっぱそうなんだ。クラスの男子とかは中学上がったら冒険者になってマロマロのことくらいすぐに超えるとか息巻いてるけどね〜」
「アレこそ現実が見えてない。ただイキってるだけ」
「確かに〜。この前もさぁ〜、吉田の馬鹿が————」
それから如何にクラスの男子たちが馬鹿で阿呆かという話題へと移ってしまい俺は苦笑した。
しかし……小学生も色々考えてるもんなんだな。
俺がこのくらいの時は、将来のシの字すら考えていなかったと言うのに。
小学校の卒業文集、将来の夢にはなんて書いたっけ……。
アイスが溶けて地面に落ちるまで考えたが、どうにも思い出せなかった。
愛たちと別れた俺は、再び駅周辺まで戻ってブラブラしていた。
街を歩いていると、色々と冒険者関係の職業があることに気付く。
例えばビルの大型ビジョンに流れているCM。それに映っているのは人間ではなく、俗にタレントカードと呼ばれる芸能活動をするカードだ。それらのタレントカードに払われる給料を受け取るのは、当然カード自身ではなくその所有者である。
俺も霊格再帰が発見され騒がれた当初、いくつかの事務所から蓮華にタレント活動をさせてみないかというオファーを貰ったことがある。
世間的な知名度と人気を得たカードにタレント活動をさせてその報酬を受け取る『カードプロデューサー』。これも今の世の中ではれっきとした職業である。
例えば書店の店頭に置かれた雑誌。その見出しには預かったカードにスキルを仕込む育成屋なるビジネスの実態が紹介されている。変なところに頼むとそのままカードの持ち逃げをされるというトラブルも存在するようだが、信頼と実績のある大手などはそこそこの大金が掛かるというのに半年以上の予約待ちとなっている、と聞く。
育成は俺の冒険者としての長所の一つだ。猟犬使いの件で知名度と信頼もそこそこある。育成屋をやることも不可能ではないだろう。
他にも壁には自衛隊の募集のポスターが張られているし、遠野さんのような札商という生き方もある。冒険者としてのそれなりの活動実績があれば推薦で行ける大学も多いし、迷宮関連の研究をしている企業や機関も多い。
今までは我武者羅に突っ走ってきたが、こうして立ち止まって周りを見渡して見ると意外と色々な道が広がっていることに気付く。
何も迷宮に潜り、闘技場で戦うだけが冒険者ではないのだ。
「あれ? マロ?」
そんな風に八王子駅の空中遊歩道(ペデストリアンデッキ)から駅前の風景を眺めていると、後ろから声が掛けられた。
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにいたのは案の定東西コンビであった。
「東野、西田! なんで八王子に?」
俺の問いに東野が答える。
「格ゲーしに来たんだよ。
「俺は適当にブラついてるだけだよ。久しぶりフリーだったから」
「お前……今日休みなら言えよ。そしたら誘ったのに」
「すまんすまん、昨日の夜急に決まったからさ」
俺は東野へと軽く謝ってから西田へと目を向け。
「というか……西田、痩せた?」
西田がニヤリと笑う。
「あ、やっぱわかる? 実は里香から冬コミでは一緒にコスプレしようって誘われててさ。今の体型じゃ格好つかないからダイエット&筋トレ中」
「マジか……」
あの生まれてから一度も痩せてた時期がないと言っていた万年デブが、彼女のためとはいえダイエットと筋トレをする日が来るとは……。
西田は何気に背も高いし、肩幅もあって体格良いから、痩せたらなかなか精悍な感じになるやもしれん。
「とりあえずマロも暇ならゲーセン行こうぜ。コイツと二人だと要所要所で惚気を挟んできて殺意湧くんだよ」
「はいはい」
独り者特有の荒んだ眼で言う東野に苦笑しつつ三人で行きつけのゲーセンへと向かう。
それからゲームに興じることしばし……。
「バ、馬鹿な……一勝もできない、だと……?」わが目を疑う東野。
「貴様、いつそんなにやりこみを……。冒険者活動で忙しかったはずでは……」慄然とした眼差しを送ってくる西田。
そんな二人に、俺は「ククク……」と嗤った。
俺が最近やりこんでないと思って油断したな……。こう見えて俺は毎晩のように蓮華と熾烈な死闘を繰り広げているのだ。
最初の頃はコンボなども理解せず一方的に俺に嬲られるだけ——接待プレイをすると逆に機嫌が悪くなるから本気で相手をするしかないのだ——だった蓮華も、コンボや駆け引きを覚えた結果、最近ではかなりの腕になりつつあった。
リンクを習得してからというもの動体視力や思考速度も上がり、特に最近はその成長が顕著な俺にとって、プロゲーマーでもない東西コンビを負かすことなど赤子の手をひねるよりも容易いことであった。
「くそ〜! マロをフルボッコしつつジュースとかゲーム代を奢らせる計画が!」
「マジかよ〜、お前ホントに真面目に冒険者活動してんのか?」
東野がわなわなと震え、西田が悔し気な視線を向けてくる。
やはりコイツら、そういうつもりだったか。一番勝率が悪い奴がジュース奢りなんて言いだした時点でそうじゃないかと思ってたぜ。
「残念だったな、オラ、西田ジュース買ってこい。ダッシュでな」
「わかったよ……二人ともお汁粉で良いよな?」
「いいわけねーだろ! ちゃんと冷たいジュース買ってこい」
俺はそう言って西田のケツを引っ叩いたのだった。
「あのさ、なんか悩みでもあんの?」
ゲーセンを出てジュースを飲みながら一服していると、東野がそんなことを言いだした。
「どうして?」
「いや、なんかいつものマロと違うからさぁ。なんかどこか上の空っていうか……」
「ああ、それは俺も思った。マロが冒険者になった頃もこんな感じだったわ」
「……………………」
コイツら……凄いな。
俺はピタリと言い当てられたことに驚いた。
同時に、友人たちの俺への理解の深さになぜか嬉しくもなる。
そうだな……せっかくだし相談してみるか。
「あのさぁ、お前らって将来のこととか考えてる?」
「な、なんだよ、急に……もしかしてマロの悩みってそういう感じの話?」
「まあそんな感じ」
「え〜……マジか。そんなこと言われても俺らも特に将来のこととか考えてないからなぁ」
なあ? と西田へと同意を求める東野だったが……
「いや? 俺は将来イラストレーターとして食っていきたいと思ってんだけど」
「ヴェッ!?」
西田の答えに、東野はなぜか酷い裏切りを受けたかのような顔をした。
「へぇ、西田がイラスト描いてるのは知ってたけど……プロを目指してたのか」
「まぁね。最初はラノベかソシャゲの仕事から始めて、いずれはゲーム制作とかもしたいなって考えてるんだよね」
「ゲーム制作ってそういう会社に専属絵師として入るってこと?」
「いや、出来れば気の合う仲間と同人から始めて、いずれ会社に出来たらなって考えてる」
「マジか〜!」
予想以上に具体的に考えていることに俺は驚きを隠せなかった。
「そこまで言うってことは、もしかしてすでに動き始めてんの?」
「まぁね。SNSで絵を上げてるのもある意味その一環だし。やっぱ同人から立ち上げるとなると絵の力が大きいからさ、今のうちから少しでもファンを作っておこうと思って。プログラムに関しては里香が高校卒業したらそっち系の専門学校進む予定だから俺も同じ学校のイラスト学科に入って、そこでサークル作って……ってのが今のところ理想かな」
「ほぉぉぉ〜! お前、凄いな。出来たら俺にもやらせてくれよ」
「むしろマロも手伝ってくれよ。第一作は冒険者物にする予定だから。監修? っていうの? そういうのやってくれると嬉しい」
「おお、やるやる。最後のクレジットにちゃんと俺の名前も乗せてくれよ」
「逆にありがたいわ。実際の冒険者監修ってことにできるし」
そこで西田が思い出したように問いかけてきた。
「ってか、なんでそんな話すんの?」
「ああ……実は——」
俺は先日の師匠の話を、所々暈(ぼか)しつつ二人へと話していった。
「……………………なるほどなぁ、難しい話だなぁ」
俺の話を聞いた東野が難しい顔で腕を組む。
「冒険者としての目標、ゴールかぁ……なんつーか、俺には想像もできないレベルだわ。すまん、俺はあんまり役に立てん。マロがしたいようにするのが一番、としか……」
「ああ、わかってる。ありがとう」
苦心の末、月並みな言葉を送って来た東野に苦笑しつつ、同じく難しい顔で考える西田へと目を向ける。
将来のことなど碌に考えていない東野と違い、目標に向けて努力している西田には俺も少しだけ期待を寄せていた。
しばし答えを待っていると、やがて頭の中で言葉をまとめたらしい西田が口を開き始めた。
「うーん……なんというか、マロはその都度にゴールを動かしてきたって言ってたけど、別にそれって悪いことじゃなくね?」
「というと?」
「うん。例えば俺だってゲーム会社を立ち上げるのが目標だけど、別にそこがゴールってわけじゃないし、むしろある意味でスタート地点なわけじゃん?
そうなると次はヒット作を出すことが目標になるわけだけど、それで大ヒット作を出したら終わりってわけじゃないよな?
そりゃそれで満足する人もいるだろうけどさ、普通は次々とヒット作を出したいってなるもんだろ?
むしろここがゴールって決めつけるのって逆に危険なことだと思うな……」
「……!」
俺は西田の言葉にハッと目を見開いた。
ゴールを決めつける危険性……。それはゴールを持たなくてはいけないと思っていた俺にとってまさしく目から鱗な言葉だった。
西田はさらに続ける。
「っていうか、冒険者の世界について俺は詳しくないからよくわからないけど……マロは目標とゴールを混同してる気もするな。
マロって冒険者……っていうかカードに一生関わっていきたいんだろ?
ならもうそれって人生ってことじゃん。
人生って、目標はあってもゴールはないんじゃないかな?」
ゴールはない……。
「勝手に自分の終着点はそこだって決めて、ゴールしたは良いけど燃え尽き症候群になったマロは見たくねーなー」
なんだかんだ言って、おれらのヒーローだしさ……。
と気恥ずかしそうに言う西田に、俺も照れくさくなって俯いた。
そんな青臭い空気を払拭するように、おどけた風に東野が言う。
「……っていうかお前ら将来とかそういう話すんの止めてくれよ〜。なんか焦るじゃねぇか」
俺は東野へとジト目を向けて言った。
「いや東野はちょっと考えた方が良い……」
「俺らもう高2だし、普通に進路とか考える時期だろ」
「クラスの奴らもこの夏は予備校の夏期講習とか行ってる奴ら多いぞ」
「一緒になって遊んでる俺が言えたことじゃねぇけどさ、高校出たら働くつもりじゃないなら勉強した方が良いんじゃね?」
「うああああ! 聞きたくない!」
東野は耳を塞いで叫ぶ。
だが俺たちは容赦なく追撃していく。
「お前が耳を塞ぎ目を閉じて現実逃避してる間にも現実は進んでるんだぜ?」
「高3になって慌てて受験勉強するも志望校には落ちて、親からもFランの進学は認めてもらえず止む無く浪人。浪人中も家に金を入れるように言われバイトを始めるも、そのうち勉強もせずにフリーター化。高校時代の同級生から同窓会の知らせが来るもフリーターである自分を知られたくなくて欠席。そうしているうちにどんどん昔の友人たちとの付き合いも希薄になっていき、年齢が進むごとにバイトも続けにくくなり……」
「やめろおおおおおおお! つか、俺のことはいいんだよ! 話聞いてて思ったけど、牛倉さんのことはどうなったんだよ! マロが冒険者になった最初の動機ってぶっちゃけそれだっただろ!」
「う……!」
思わぬ反撃に俺は仰け反った。
「牛倉さんはなぁ……なんというか、親しくなればなるほどに、その中に越えられない壁を感じるというか……」
「ああ……それはなんとなくわかる。牛倉さんって人当たりは良いけど、なんか一線を引いて接してる感じがあるよな」
「ってか牛倉さんってたぶん男に興味ないというか……ぶっちゃけ——」
「おっとそこまでだ!」
禁断のワードを言いかけた西田を俺は制止する。
「それ以上はやめてくれ……頼む」
「お、おう……すまん」
「まあ、本人の口から聞くまではシュレーディンガーの猫だからな……」
東野の言う通りだ。
仮に牛倉さんが男に興味ない系だったとしても、それを本人の口から聞くまでは俺にも微粒子レベルの可能性が存在するのだ。
……もっともそれを確認する勇気は俺にはないが。
「どうする? もう一戦するか?」
腕時計を見た東野が問いかけてくる。
「格ゲーはもういいよ。なんかマロすげー強くなってるし。カードマスターやろうぜ」
「カードマスターなら勝てるしな。マロ雑魚だし」
「んだとコラ! 金に飽かせて組んだ俺の金満デッキの力を見せてやる!」
「可哀想なマロ……少ないお小遣いでデッキのやりくりをする少年の心を失ってしまったのね……」
「俺たちでレアカードの力に頼り始めたマロに戦略とデッキコンセプトの大事さを教えてやろーぜ、西田」
————その夜、俺は小学校の卒業文集を引っ張り出し、将来の夢の欄を読んでみた。
そこには、「冒険者になって好きなカードを集め、最高のデッキを作る」と書いてあったのだった。
【TIPS】アイテムドロップ
迷宮のCランク階層以上では、倒したモンスターが魔石やカード以外にも魔道具を落とすようになる。
そのドロップ率は一割程度と決して低くなく、また落ちるアイテムの価値もモンスターのランクにより一定以上の質のものが落ちるため、プロクラスの大きな収入源となっている。
モンスターが落とすアイテムの中には極まれにレアドロップと呼ばれる希少品が含まれており、そのほとんどは高値で取引されているが、中には使い道がわかっていないために安値が付けられているものも存在する。
霊格再帰の発見以降、それらのハズレもキーアイテムとしての使い道があるとわかり、ハズレの数はかなり減ったが、それでもまだある程度のハズレが存在している。
落とすアイテムは一定以上の大きさのモノはカード化されて出現するが、人間大程度の大きさの物まではそのままの大きさでドロップするため、プロクラスからはその運搬方法にも頭を悩ますこととなる。
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