第6話 登竜門②

 


「登竜門ッスか?」


 アンナが首を傾げると師匠は頷いた。


「実は……プロクラスでもCランク迷宮ってあんまり潜らないんだよね」

「そうなのか? てっきりCランク迷宮ばっかり潜ってるとばかり……」


 俺は意外な思いで聞き返した。

 それはアンナや織部も同じだったようでやや目を丸くしている。

 Dランク迷宮とCランク迷宮におけるリターンの最大の違い、それはドロップアイテムの有無だ。

 ドロップアイテムがCランク階層以上からしか存在しない以上、どう頑張ってもDランク迷宮でCランク迷宮以上の稼ぎを出すことは不可能。

 それ故に、多くの冒険者たちはCランク迷宮に潜れるようになるプロを目指すのだ。

 ……そう、思っていたのだが。


「まあ確かにドロップアイテムは魅力的なんだけど……Cランク迷宮はプロであっても大変過ぎるんだよ。精神的な負担を考えればDランクをたくさん潜った方が楽なんだ」


 Dランクはそれに特化した編成なら一日で攻略できるようになるしね……と言う師匠に俺はなるほどと頷いた。

 アマチュアクラスの俺でも三つ(実質は二つだが……)のDランクを二十四時間で踏破出来たくらいだ。

 プロクラスならDランク迷宮を一日で踏破というのは難しくないはず。

 仮にCランク迷宮の攻略が三日以上かかるチームならば、Dランクを潜った方が心身ともに負担も小さい。

 カードのドロップやドロップアイテムといったモンスターを倒すことで得られる利益を一切切り捨てて、迷宮の踏破報酬だけに収益を絞るプロがいても何らおかしくはなかった。

 特にイレギュラーエンカウントのことを考えると、尚更Dランク迷宮をメインとした方がリスクは低い。


「ちょ、ちょっと待ってください。Cランク迷宮に潜らないなら、なんでみんなチームを組んでまでプロを目指すんスか? それじゃあ意味ないじゃないッスか」


 アンナの言う通りだ。

 Dランク迷宮がメインとなるなら、別に大変な思いをしてプロになる必要もない。

 逆に、プロとなる事で様々な義務に縛られることとなる。

 なのになぜプロを目指すのか……。


「理由は大体三つ」


 師匠は指を三本立てて答えた。


「一つは税金の関係だね。アマチュアクラスは累進課税だけど、プロクラスは分離課税だから」


 これについては周知の事実であったので、ただ頷く。

 累進課税とは、所得が多いほど税率が高くなる制度であるが、分離課税は所得の種類ごとに個別に課税され、どれだけ所得が増えても累進課税が適用されることはない。

 プロが迷宮から稼いだ利益に掛かる税金は、所得税10%、住民税5%、迷宮災害復興税5%のきっかり20%のみ。

 アマチュアクラスの時点で経費として認められる範囲などで様々な優遇を受けている冒険者であるが、プロクラスはさらに優遇されているのだ。


「もっとも、プロクラスからは迷宮の踏破にノルマが課せられますけどね」


 その代わりプロクラスからは色々と義務が課せられるようになる。

 アンゴルモア時の一般人の保護(これはアマチュアクラスにも多少はあるが、プロは比べほどにならないほどに重い)や、迷宮踏破のノルマなどだ。

 プロクラスが年間に課せられるノルマは、Dランク10個にCランク3つ。

 どちらもプロクラスなら大した負担ではないが、それは万全の状態ならばの話。

 怪我やカードのロストなどの事情によるノルマの免除は一切認められておらず、未達成=即三ツ星への降格となるため、そこそこ重いノルマと言える。


「そのノルマが二つ目のプロになるメリットだ」


 ところが師匠はそんなことを言う。


「どういうことッスか?」

「ノルマとなる迷宮はどの迷宮でも良いわけではなくて、一定期間攻略が行われていない迷宮が対象となってるんだけど……」


 そこまで聞いて、俺たちもピンときた。

 そうか、ギルドのクエストか!

 攻略する迷宮を冒険者が自由に選べる以上、必然的に攻略される迷宮にも偏りが生じる。

 中には冒険者に不人気で全然攻略が行われない迷宮もあり、それはアンゴルモアの要因となりうるため、ギルドもそう言う迷宮に対しクエストという形で賞金を懸けることで冒険者の攻略を促している。

 その懸賞金は難易度にもよるが大体踏破報酬の二倍以上。通常の踏破報酬ももらえるため、実質三倍以上の報酬を得ることができる。

 故に、たまにクエストが発生すると冒険者が殺到することになる。

 つまり、ノルマがメリットということは……。


「ノルマの対象の迷宮には、通常のクエストと同じように踏破報酬の二倍以上の賞金が懸けられてる。つまり……」

「アマチュアクラスに提示されたクエストは、プロのあまりってことか……なんかズルいな」


 俺なんかクエストに応募するたびに抽選に外れ続けてきたってのに……。

 思わずボヤくと師匠は苦笑した。


「まあそれだけギルド……国もCランク迷宮を攻略して欲しいってことだよ。正直、自衛隊はAランク迷宮での間引きとBランク迷宮の踏破でいっぱいいっぱいらしいし」


 元自衛官の姉を持つ師匠の言葉には重みがあった。

 国民に不安を与えないためか、そう言う情報はあんまり民間まで降りてこないからなあ……。


「三つ目のメリットは、今回の僕らのようにプライベートダンジョンの管理ができることだね」


 うちの高校に現れた迷宮のように、あまり部外者に入ってもらいたくないところに現れた迷宮は、管理のための冒険者を雇って一般の冒険者の入場を制限することがある。

 こうした私的に入場を制限した迷宮を、プライベートダンジョンと呼ぶ。

 大富豪の中には、リゾートタイプのFランク迷宮を土地ごと買い取ってプライベートダンジョンとしているケースもあると聞く。


「プライベートダンジョンの管理費用の相場は、Fランク迷宮で月百万。一つランクが上がるごとに十倍となっていく。まぁ、今回みたいに準シークレットダンジョンだったらタダとか逆に入場料を貰えるケースもあるけど、よほどの金持ちでもなければ一般公開せざるをえない額だ」


 Fランク迷宮を何ヶ月かに一回攻略するだけで毎月百万……。Eランク迷宮ならそれだけで年収一億だ。あまりに美味しすぎる。迷宮の管理はプロにしか許されていないので、特権と呼ぶに十分な利権だ。

 そりゃみんなプロを目指すわけだ……。

 としみじみと考えていると、アンナが肩を竦ませて言った。


「まぁ、迷宮の管理はコネがすべてッスけどね。プロってだけで貰える仕事じゃありません。むしろ有望な冒険者への繋ぎが目的というか、初めから迷宮の管理だけで食っていこうと思ってる輩はお呼びじゃないですし」


 それもそうか。

 それだけ美味しい仕事となれば、見ず知らずの他人に任せたりはしないだろう。

 よほどのコネか、逆に富豪側が付き合いを持ちたい相手へのプレゼントという感じになるだろう。

 迷宮の管理を任せる代わりに、その冒険者が何かレアカードや魔道具を手に入れた際は優先的に交渉できるって感じか。


「十七夜月さんの家ならプライベートダンジョンも持ってるんじゃないの?」

「まぁ、ウチというかダンジョンマート所有のものがいくつかあるっちゃありますね。Eランクの特殊型が一つに、社員の慰安用にFランク迷宮がいくつか……」


 おお……さすがは十七夜月家。

 そういえばダンジョンマートはファンタジーランドジャパンとか持ってるもんな。あれも考えてみればプライベートダンジョンか。

 こういう時、コイツが本当にお嬢様なのだということを思い出す。

 普段はオタク気質でちょっとズレてるだけの女の子って感じなんだけどな。


「さすが十七夜月……」

「ただFランク迷宮の方はファンタジーランドジャパン(FLJ)の管理のオマケにタダでやってもらってるらしいですけどね」


 そう言うアンナだが、ファンタジーランドジャパンは異界型の迷宮なので主を倒すだけで済む。主はCランクモンスターだが、Eランク迷宮を一個踏破するよりよっぽど楽だ。

 毎日主を倒さなくてはいけないのが手間ではあるが、それだって考えようによってはメリットだ。なんせ、毎日踏破報酬を手に入れられるのだから。

 それで年収一億なら俺だってFランク迷宮の管理くらいタダで引き受けるだろう。


「それで……プロになったら色々とメリットがあるのはわかりましたけど、この迷宮が登竜門になり得るというのはどういう意味ですか?」


 すっかりと脱線してしまった話をアンナが強引に戻す。


「プロの多くは、プロになった時点で満足してそこで歩みを止める。少数のさらに上を目指す者たちも、しかし今後はBランク迷宮というさらに分厚い壁に阻まれその大半が挫折する。Bランク迷宮はCランク迷宮よりもさらに過酷だからね。その壁を乗り越えられるごく少数の強者たちに共通する点はただ一つ。Cランク迷宮に、その中でも最難関の迷宮に挑み続けた……それだけだ。


 ————敢えて困難な道に挑み続けた者だけが、五ツ星の頂に指をかけることを許される」


 ……五ツ星。事実上の冒険者の頂点だ。

 冒険者のランクは六ツ星まであるが、六ツ星の達成条件が事実上不可能なため、実際は五ツ星までと言われている。

 なんせ、六ツ星の昇格条件はAランク迷宮の踏破。

 Aランク迷宮が今まで踏破されたことがない以上、六ツ星などないも同然だ。

 五つ星の昇格条件は、至ってシンプル。四ツ星冒険者であること、Bランク迷宮の踏破実績があること。ただこれだけなのだが……これが、頗(すこぶ)る難しい。

 現在五ツ星とされているのはそのほとんどがチームでの認定によるモノで、一人でBランク迷宮を踏破した真の五ツ星は世界でも十数人しかいない。

 この十数人にしたって、そう国が発表しているだけで本当に踏破したのか怪しい者や、国が威信をかけて最大限のバックアップをした結果の者が混じっており、純粋な個人でBランク迷宮を踏破したのはわずか数人と言われている。

 五ツ星ともなると、一年のうち迷宮の中にいる方がよほど長いと言われており、プロフェッサータイプの中には一年のうち一月ほどしか地上に滞在していない者すらいるほどだった。

 まさしく人生を捧げてようやく到達することができる、それが五ツ星という領域だった。


「もちろん、ただ難易度の高いCランク迷宮に挑むだけでは身体より先に心が壊れてしまう。モチベーションを保つには飴だって必要だ。飴と鞭のバランスが重要。それが——」

「準シークレットダンジョンってわけッスか。なるほど、それで登竜門……」


 アンナの言葉に、師匠は「その通り」と頷く。

 ……俺も少しだけわかってきた。

 なぜ準シークレットダンジョンなんてものが、あるのか。

 いくら普通のシークレットダンジョンと比べて効率が悪いと言っても、自衛隊ならば十分に管理できるし、利益も出るだろう。

 むしろ独占状態のままの方がカーバンクルガーネットなどの需給もコントロールしやすいはず。

 なのに、なぜわざわざ民間にパイを分け与えるような真似をするのか。

 これは国が用意した、五ツ星を育てるための餌なのだ。

 そして俺たちはそれにまんまと飛びついて、リスクに挑もうとしている……。


「ここで皆に聞いておきたいことがある。それは、これから僕たちがチームとしてどんな冒険者を目指していくのか、ということだ」


 師匠が皆を見渡しながら言う。


「僕らは現状でも世間的には十分成功している。正直アガリの状態と言っても良い。

 無理をする必要はなく、Dランク迷宮の踏破報酬だけでもそれなりに贅沢をして暮らしていけるだろう。

 その上で、あえてリスクを負ってでも貪欲にさらなる高みを目指していくのか。

 あるいは、現状に満足し、最低限のノルマだけをこなして生きていくのか……」


 場に沈黙の帳が落ちる。

 アンナも、織部も難しい顔で考え込んでいた。


「師匠は……?」


 俺は問いかけた。

 この場で唯一のプロでありチームの要である師匠は、一体どういう冒険者を目指しているのか……。


「僕は……僕の場合は、冒険者としての目標は正直ない。僕にとって冒険者は手段だ。

 目的さえ遂げれば、冒険者をやる理由もない。まぁ、すぐに辞める理由もないけどね。

 強いて言えば日々を暮らしていけるだけの金があれば良い、って感じになるのかな?

 だから皆に聞いておきたかった。僕はできる限りそれに付き合うよ。このメンバーといるのは好きだからね」


 師匠の目的……アレか。

 なるほど、冒険者がただの手段であるならばそうなるか。


「ウチは……」


 俯いて考え込んでいたアンナが顔を上げた。

 皆の顔を見渡し、言う。


「私は当然上を目指します。

 良い機会なので言っておきましょう。

 私はアンゴルモアによる文明崩壊はいずれ必ず、早ければ十年以内で起こると考えています。

 その際、火星のテラフォーミングが間に合えば一部の人々は火星に移住することができますが、大部分の人々は地球に取り残されることになるでしょう。

 私はその時、仮に火星に移住する権利を勝ち取れたとしても地球に残るつもりです。

 そして、自分の勢力を作りたい」


 じ、自分の勢力……?

 俺は予想外の言葉に、思わずポカンと口を開けてアンナを見た。

 俺よりも年下の女の子は、酷く大人びた表情で己の夢を語る。


「モンスターが溢れかえり、権力者や富裕層たちが火星へと逃げ去った地球は、既存の社会システムや秩序が完全に失われた世界となるでしょう。

 そうなれば物を言うのはモンスターから身を守れるだけの武力、すなわちカードとリンクの技量です。

 必然的に、地球に残った一部の富裕層や企業、冒険者たちが力を持つことになる。

 人々もそれらを頼りに集まることでしょう。

 つまり、我々が勢力を築き上げる余地は十分にあるということです。

 その勢力のトップは別に私で無くても構わない。ただ、父のように自分の力で一つの勢力を築き上げてみたい。

 それが、私の望みです。

 もっとも……残念ながら、私自身にはリンク……冒険者としての才能は、あまりないようです。

 だけど、他の勢力作りに必要な能力やセンスは持っているつもりですし、そのための勉強もしてきました。

 どうか皆さんには私の勢力作りに協力して欲しいと思っています」


 コイツ、色んな意味で凄いな……。

 正直俺は、アンナに対して尊敬と同時に恐怖を覚えざるを得なかった。

 外見が似ているだけの、別種の生物を見るような感覚すらあった。

 高校生の時点で自分の勢力を持ちたいとかそんなことを考えるものなのか?

 ただの空想や中二病というわけではない。アンナには確かなビジョンと実行力がある。

 この冒険者部もその一環だろう。

 アンゴルモアによる文明崩壊……。いつか冒険者部に俺が誘われた時もそんなようなことを言っていたが、ここまで本気だったのか。

 彼女と知り合ってもう数か月になるが、十七夜月アンナという少女がどういった人間なのか、朧気ながら俺にも見えてきた。


 ——ロマンティックな現実主義者、それが彼女の本質だ。


 ラノベに憧れて冒険者部を作ってみたり、合宿の時はわざわざフィールドを書き換えてまで花火をやったり……。

 基本的に浪漫重視の行動をしているため一見わかり辛いが、その奥底には冷徹なまでの現実主義者としての顔が存在している。


 十七夜月アンナは、いざという時は決して情に惑わされない……。


 仮に冒険者部の誰か一人を犠牲にしなくては全滅する時が来たとしたら、彼女は苦しみつつもより被害の小さい方を選択することだろう。

 その彼女が、アンゴルモアによる文明崩壊は必ず起こるというのなら、認めたくはないがそれは確かに起こる可能性が高いに違いない。

 その時、俺はどうすれば良いのか……。

 俺が考えこんでいると、織部がポツリと呟いた。


「我は……私は、アンナほどの強い意志はない。

 将来の夢、という意味ではプロクラスのグラディエーターとして活躍するのが夢ではあるが……それも特に急いでいないしな。

 大学卒業までにプロライセンスを取得してデビューできれば良い。

 正直、私はアンナのように文明が崩壊するとは思っていない。人類はそこまで愚かではないはずだ。

 仮に第三次アンゴルモアが起こるとしてもそれはもっと先のことだろう。

 それまでの間に、アンゴルモアを生き抜けるだけの力をじっくりとつけていけば良い。

 その間に何らかの解決策が見つかる可能性はゼロではない。

 迷宮の消滅が確認された以上、迷宮を消滅させる方法はあるはず。

 無論、皆が上を目指すなら付き合うが、リスクを背負ってまで急いで強くなる必要までは感じないというのが正直なところだ」


 ……アンナがロマンティックな現実主義者ならば、織部は現実主義のロマンチストだ。

 その中二病的な振舞いとは裏腹に普段はかなり常識的で現実的な思考をする彼女だが、その内面はかなり情が深く夢見がちな乙女みたいなところがある。

 占いが好きでラッキーアイテムを持ち歩いたり、俺のことを霊能力者と思って目を輝かせたり、実は部屋はぬいぐるみで一杯だったり……(アンナ談)。

 あからさまに周囲に壁を作っているためクラスでは孤立しているようだが、一度懐へ入れた者への面倒見はかなり良い。

 お嬢様学校を内部進学せずに、わざわざアンナに付き合ってこの高校に入学してきたのもその顕(あらわ)れだ。

 クラスで孤立気味というのも、彼女なりの自己防衛なのだろう。


 つまり、織部小夜という少女は、親しい人を失うことに酷く臆病なのだ。


 それ故に、簡単には他人を懐には入れず、一度懐に入れると今度は常に一緒に居たがる。

 しかし、その臆病さが、普段は明晰な彼女の思考に歪みを生じさせている。

 織部は、アンゴルモアはすぐには起こらない、人類が結束して協力し合えばその間に何らかの解決策を探し出せる……と信じているようだが、それは「今日と同じ日常が明日も続いて欲しい」という無意識の願望が多分に混じっていると言わざるを得ない。

 俺自身の考えは織部のモノに近いが、どちらが現実的かと言われればアンナの方だろう……。


 ふと気づくと、皆がこちらを見ていた。

 俺の答えを待っているのだ。


「俺は……」


 俺が冒険者になったのは……単にスクールカーストを成り上がりたかったからだ。

 スクールカーストを成り上がって、意中の女の子を振り向かせたかった。ただそれだけ。

 カードのことも便利な道具としか思ってなかったし、感情があり話すことが出来ることを知っていても、そこに人格は認めてはいなかった。

 だが……蓮華たちと出会い、ハーメルンの笛吹き男との戦い、学生トーナメントを経て、その考えも変わっていった。

 カードにも一枚一枚に意志があり、こだわりがあり、魂があることを知った。

 そして、その輝きに魅せられた。

 もっとコイツらと一緒に冒険したいと思った。


 ああ……そうか。そういう意味では俺も師匠と同じなのか。


 俺にとって冒険者は、コイツらと一緒に冒険をするため手段に過ぎない。

 ある意味、冒険者をやること自体が目的なのだ。

 だからゴール地点も達成する度に動かされた。

 最初はスクールカーストで成り上がれればそれで良かったのに、カーストトップになった後も三ツ星を目指し、それが達成されたら今度はプロを目指した。

 プロなんて高校生のうちになれるわけがないと思っていたから、当面の目標としてはちょうど良かった。

 何も考えずに蓮華たちと迷宮に潜り続ければ良いだけだからだ。

 だが、アンナたちが入学してきてチームを作ることになり、そこに四ツ星の師匠が加わったことで思いがけず早々に目標が達成されてしまった。

 正確に言えば俺はまだプロではないが、プロクラスのチームに所属しているなら同じことだ。

 そうして、俺はまた目標を失った。

 プロ以上の目標などそうそう見つからないため俺は宙ぶらりんの状態となったが、そこにタイミング良くモンコロレースやら学校の迷宮やらとイベントが舞い込んできたため、俺は次の目標を考えずに済んだ。

 もしこのままこの迷宮を踏破していたら、俺は今度こそ進むべき道を見失っていたことだろう。

 あるいは、その前に大失敗をしていたかもしれない。

 そんな地に足がついていない俺の状態を、師匠は見抜いていたのだろう。

 だからこのタイミングで今後について、なんて話題をぶっこんできたのだ。

 いよいよ俺も冒険者としてのゴールを定める時がきたのかもしれない。

 だが、すぐには思いつかない。

 アンナに付き合って勢力作りをするというのも悪くはないのだろう。

 文明崩壊が起こるにしろ起こらないにしろ、第三次アンゴルモアに備えるのは必要なことだ。

 ただそれが、リスクを取ってでも最短距離を突っ走るか、安全にゆっくりと力を付けていくか……という話なだけで。

 しかしそれは十七夜月アンナの目標に付き合っているだけで、北川歌麿の目標ではない。

 彼女の目指すところが俺の目標というなら話は別だが、そうでないならいずれ付き合い切れなくなる時が来るだろう。

 アンナの『流れ』は、ただ流されるだけの者には急すぎる。

 仮に同じ道を往くとしても俺自身の目標が必要だ。

 冒険者としての俺のゴールはどこにあるのか。

 俺は、冒険者として何を為したいのか……。


「……まあ、すぐに答えを出せなんて言わないよ。みんなもそうだ。この迷宮を踏破するまでの間に改めてじっくりと考えてみれば良い」


 俺が答えを出せずにいるのを見て、師匠はそう締めくくったのだった。



【プライベートダンジョン】

 私有地などに現れた迷宮のうち、プロなどに管理を任せるなどして一般の冒険者たちには公開しない迷宮のことをプライベートダンジョンと呼ぶ。

 一般公開されている迷宮と比べアンゴルモアの可能性が高いプライベートダンジョンは、国によって厳しい基準を設けられており、Fランク迷宮であっても四ツ星以上でなくては管理できず、その依頼料も非常に高額となっている。

 そのためほとんどのプライベートダンジョンはFランク迷宮か、逆にCランク迷宮以上の準シークレットダンジョンとなっており、その所有者も個人ではなく法人が多い。

 プライベートダンジョンの管理は冒険者として非常に美味しい仕事だが、それだけに管理の仕事を任されるかどうかはコネ次第である。

 なお、プライベートダンジョンとは言えアンゴルモア対策のためゲートの設置は義務であり、一定期間攻略が行われていないことを感知すると即座にプライベートダンジョン認定が解除され、管理者の冒険者ライセンスも没収される。

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