第6話 登竜門
翌朝、俺たちは早朝から迷宮の攻略を再開した。
Eランク階層。昨日よりも敵のランクは一つ上がるが、障害となり得ないことに変わりはない。
ユウキの縄張りの主スキルの効果は健在で、敵とは出会うことすらなく先へ先へと進んでいく。
F・Eランク階層の敵は、環境とフィールド効果……それだけだ。
それらにしたって、今日は四人での攻略だからか昨日よりもずっと楽に感じる。
それは一人の時よりも魔道具が充実するためか、あるいは苦労を分かち合う仲間がいるからか。
キマリスの存在によりカーバンクルガーネットの回収も順調で、わずか6時間ほどで俺たちはEランク階層を踏破した。
もっとも簡単なのはここまでだ。
縄張りの主の効果が通用するのは2ランク下まで。実質Bランク相当の戦闘力を持つユウキならばDランクの敵すらもその範疇ではあるが、CランクのライカンスロープがDランクの敵まで遠ざけるのはさすがに不自然だ。
アンナたちにはユウキの敵除けのスキルを使っているとだけ説明してはいるが、プロの師匠ならばそのスキルが縄張りの主であることも察しがついているだろう。
限界突破のスキルは最優先隠ぺい事項である以上、Dランク階層からは縄張りの主を使うことはできない。
フィールド効果次第ではDランクの敵であっても無視できない脅威となりうる。
つまり、これからが本番だということだ。
そう思って覚悟を決めていたのだが……。
「————D階層は攻略しません。ショートカットしようと思います」
アンナの発言に、俺はポカンと口を開けて絶句した。
今、俺たちは、マヨヒガで休憩を兼ねて昼食をとっているところだった。
オードリーが作ってくれた絶品のサンドイッチに舌鼓を打ちながらも、話題は自然とDランク階層をどう効率的に攻略するかという話に移っていった。
そこで開口一番アンナが言い放ったのが、Dランク階層は攻略しないというまさかの発言であった。
「攻略しないって……」
どうやって、と聞こうとしてすぐに気づく。
「もしかして、遭難のマジックカードを使うってことか?」
「はい。はっきり言ってDランク階層の攻略は時間の無駄ですから。夏休みまでという時間制限がある以上、時間切れの可能性は少しでも減らすべきです。
Cランク迷宮とは言え、今更Dランク階層を攻略したところで大きく成長するわけでもありませんし、ボス部屋まで行って日数に余裕があるようならカーバンクルガーネット回収を兼ねて攻略する……くらいで良いと思います」
アンナの説明に、一同はなるほど……と納得する。
Dランク階層での戦いはCランク階層での戦いの良い予行演習にはなるだろうが、逆に言えば予行演習以上の役には立たない。
本番がCランク階層での戦いであり、夏休みまでという時間制限がある以上Dランク階層はスキップできるならスキップしたいところだ。
しかし……。
「遭難を使うとは……贅沢な話だ」
俺はハーメルンの笛を使い放題だからいまいち実感が湧かないが、遭難のカードは非常に高額だ。
安い時でも300万はする遭難のカードを、準シークレットダンジョンとは言えCランク迷宮の攻略に使うとは……。
普通はBランク迷宮の攻略に使うものだぞ……と呆れるような感心するような気持ちでアンナを見る。
「ええ、まあ……確かにコストはかかりますが、確率としては三分の二以上の確率でCランク階層のどこかには転移できるわけですから、そんなに分が悪い賭けでもありませんしね」
「なるほど……」
「あ、もちろんこの分はウチの自腹なのでご安心を。皆さんに負担はおかけしませんので」
「いやいや! そこは俺も出すよ。チームで使うんだから」
自腹を切るというアンナに慌ててそう言うと、皆も頷き自分も出すと言った。
「いや〜、マジで気にしなくて良いッスよ。ウチの独断ですし」
「ダメダメ、こういうのはしっかりしないと……逆にチームとしてダメな金の使い方ならちゃんと反対するし」
俺がキマリスを貸し出しても良いと言った時に、こういうのはちゃんとしないといけないと言ったのはアンナの方だ。
マジックカードはモンスターカードと違って消耗品なのだから、尚更しっかりしなくてはいけない。
「うーん……それもそうか。じゃあ申し訳ないッスけど、これに関してはチームでの負担ということで」
「うん。あ、それと今更だけど貸してもらってる緊急避難のカードについてはどうする? ガーネットの配分から少しずつ払う形にした方が良いか?」
今更ながら俺が猟犬使いの調査の時から借り続けている緊急避難のカードを話題に出すと。
「あ、それに関してはチームに誘った者としての責任があるんで、そのまま持っておいてください。というかそういう細かいことまで言い出すと、先輩のハーメルンの笛の分の報酬の分配とか、神無月先輩のプロライセンス分の報酬とか、色々めんどくさいことになるんで、ある程度はゆるい感じでいきましょう」
……確かに、あんまり厳密に貸し借りを計算し出すと逆にめんどくさいか。
俺にはハーメルンの笛、師匠はプロライセンス、アンナは実家の金とコネと、メンバーそれぞれに特徴があり、お互いに助けられている面も大きい。
それを金銭的な価値に変換するのは難しいし、何より友情や信頼に値を付けるようでなんとなく嫌だ。
「む……そう考えると我の貢献度が低いな……」
「いやいや、小夜は頭脳面で貢献してくれてるじゃないッスか」
「ああ、小夜のテスト予想には俺も助けられたし」
「そうそう、僕も転校したばかりだから助かったよ」
「アンナなんかもしかしたら今も補習中だったかもしれんぞ」
「ああ……それはマジであり得ますね」
全教科補習となった自分の姿を想像したのか、ガックリと項垂れるアンナ。
それを見た織部も一応の納得をしてくれたようであった。
「ん……今は皆の厚意に甘えておくとしよう。しかし、何らかの方法は考えておかねばいかんな……」
「まぁ、あんまり思い悩まないようにな」
努力で取得した師匠のプロライセンス以外は、俺のハーメルンの笛も、アンナの生まれについても運の要素が大きい。
プロライセンスに関しても、いずれはオンリーワンじゃなくなるだろうしな……。
誰が貢献しているとか、していないとか、あんまり考えすぎてもギスギスするだけだ。
俺は今の雰囲気が気に入っているのだから、このままで良い。
損得だけで付き合っているわけじゃないのだから。
食事を終えマヨヒガを出たらさっそく遭難のカードを使用する。
転移した先は、薄暮時の森……いや山のフィールドのようだった。
「先輩、ここが何階かわかりますか?」
「……イライザ」
「イエス、マスター」
アンナの質問をそのままイライザへとパスする。
彼女はハーメルンの笛に額を当てて集中すると答えた。
「……わかりました。ここは42階層かと思われます」
「おお、なかなか良い位置じゃないッスか!」
アタリと言っても良い位置を引けたことにアンナが喜びの声を上げた。
「サブルートが十階層分だから、本ルートは確定か」
「まぁ、守護者を倒さないと主への挑戦はできないけどね」
「それでも主手前までスキップできたのはラッキーではあるな」
「どうする? とりあえず主の手前まで行くか? それとも引き返してサブルートから攻略していくか?」
俺はアンナへと問いかける。
「うーん……まず主の手前まで行きましょう」
「良いのか? もし途中でテレポーターの罠に掛かったら位置情報もリセットされるぞ」
そうなれば、数階層分ではあるが主ルートの数階層分の攻略が無駄になる。
「ええ、大丈夫です。元々スキル封印の階層は先輩抜きで攻略して、階段までの安全なマップが出来たら先輩を連れて次の階層に行くつもりだったんで。位置情報のことは心配しないでください」
おいおい、俺抜きかよ……。
と思ったが、確かにハーメルンの笛の位置情報が失われるリスクを考えたら俺抜きで攻略して、テレポーターの罠がないルートを探し当ててから俺が同行した方がリスクは少ないのか。
もし部員がはぐれても攻略済みの階層ならすぐに迎えに行けるしな。
アンナたちがスキル封印の階層を攻略している間は……俺はDランク階層の攻略でもやっとくか。
「じゃあ、主ルートの攻略からするか。ここのサブフィールド効果は?」
「えっと〜42階層の効果は……おっふ、召喚制限二枚ッスね」
「うへぇ……最悪がスキル封印ならその一歩手前って感じだな」
「しかし一人二枚か。誰がどのカードを召喚するかが問題だな」
織部が腕を組み、言う。
通常は一人八枚まで召喚できるため、誰がどのカードを召喚するかなどの役割分担はそこまで考えないが、一人二枚しか召喚できないこの階層においては個人個人の役割分担が重要となる。
「まず、罠解除を持つカード。次に索敵系スキル。回復系も必須か」
「ふむ、数的不利を少しでも埋めるため、眷族召喚持ちも一枚は欲しいな」
「その上で前衛2、遊撃2、後衛2、補助2位がちょうど良い感じッスかね?」
「いや、前衛はもう少し欲しいな」
「じゃあ前衛3、後衛2、遊撃1、補助2って感じッスかね?」
そこで黙って見守っていた師匠が待ったを掛けた。
「……いや、ちょっと待ってくれ。多分、僕らは想定通りには動けないと思う」
その言葉の意味にすぐに気付いたのは織部だった。
「……そうか。連携不足か」
「うん。一人のマスターがリンクを使って戦うならその配分がベストなんだろうけど」
マスター同士にリンクはない。つまり、二枚ずつのカードが個別に戦う形になるのか……。
だとすれば、守りの要となる前衛を他の人間に任せるのは不安が残るな。
「……一人一枚前衛のカードを呼び出すのが結果的には安全か?」
「ん、そうなるだろうな」
「とすると、罠解除とかの役割を持たせた上で担当を考えると——」
皆で話し合った結果、呼び出すカードは以下の通りとなった。
俺:イライザ(Cランク・前衛・罠解除要員)、ユウキ(Cランク・遊撃・索敵要員)
師匠:前鬼・後鬼(Cランク・前衛、後衛・二体一対型)、アラディア(Bランク・補助・回復要員)
アンナ:デュナミス(Bランク・前衛)、エルフ(Cランク・後衛)
織部:デュラハン(Cランク・前衛)、火雷大神(Cランク・補助・眷属召喚要員)or女郎蜘蛛(Bランク・補助・眷属召喚要員)
決め方としては、高ランクカードの少ない織部とアンナから決めて、俺と師匠が足りない部分を埋める形となった。
回復要員としては霊格再帰でアムリタの雨を使える蓮華と、高等魔法使いスキルを持ち後衛として万能のアラディアのどちらにするか議論となったのだが、アラディアは魔力回復・消費軽減系のパッシヴスキルを持つということで継戦能力を重視し、基本的にアラディアを使うこととなった。
また後衛の攻撃要員についても師匠が前衛と後衛を両方こなせる二体一対型のカードを持つということで、俺の担当は罠解除・索敵の斥候となった。
索敵要員に関しては、師匠の後鬼も索敵の真似事のようなことができるが、気配察知スキルは持たないらしく、やはり気配察知を持つユウキが選ばれた形だ。
もっともこの陣営はスタート地点の話で、ダメージや魔力消費次第で高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変にカードは入れ替えられていく予定だ。
そうして作戦も決まり、俺たちの本当のCランク迷宮攻略がいよいよ始まったのだった。
————少し、想定が甘かったか。
「また敵の増援! Cランク三体! 眷属のDランク十体! 眷属を送って、小夜!」
「もう送っている!」
「メテオを撃つ! 十七夜月さん、射線を空けてくれ!」
「ちょっと待ってください! ……今!」
「了解!」
俺はさかんに飛び交うやり取りを見ながらそう反省せざるを得なかった。
今、俺たちは敵の猛攻に晒されていた。
押し寄せる敵の一体一体は大したことがない。俺たちならば一人でも倒せる戦闘力だ。
だが、それが数体ずつ断続的にとなると話が違ってくる。
最初は一体の討ち漏らし。そこへ増援が来て、討ち漏らしが二体に。そうして徐々に殺しきれない敵が積み重なっていって、やがて眷属召喚持ちが現れたことで戦力バランスは完全に狂い、敵の数はついに二十を超えた。
こうなると八枚しかないこちらは一気に苦しくなってくる。
「ッ! 先輩、すまん、そっちに一体抜けた!」
織部がこちらへと警告を飛ばすと同時、敵が俺の眼前へと現れる。
神々しさすら感じる生命力溢れた巨大なヒグマ——キムンカムイだ。
織部の展開した眷属の包囲網を突破してこちらへと迫るアイヌの伝承に伝わる山の神は、その毛並みを敵の返り血と己の血の両方で染めつつもその敵意は衰えさせることなく、大木のように太い腕をこちらへと振りかぶった。
脆弱な人間の身体などバターのように切断してしまいそうなその爪は、しかし俺まで届くことはなく、キムンカムイは横合いから突っ込んできた同じくらい巨大な狼に嚙みつかれ、地に組み伏せられる。
巨狼の背には冷たい美貌の女が跨っており、その手には一振りの長剣と黄金の手綱が握られていた。
女は突撃の勢いのままその剣をヒグマの眉間へと突き立てる。
いくら通常の生物とは比較にならないほどの生命力を持つモンスターと言えど、急所というものは存在する。脳へと剣を差し込まれたキムンカムイは、それでも十数秒ほど藻掻いていたが、やがてその身を一つの魔石へと変えた。
それを確認してから俺は織部へと答えた。
「こちら北川、キムンカムイは倒した」
「……さすが」
織部が微かに笑う。
だが一息つく間もなく、さらなる敵の増援が現れる。
「ごめん、織部さん! 少しだけ眷属巻き込む!」
「了解した! どうせいくらでも湧いて出る! 気にせず敵ごと撃ってくれ」
「ごめん、小夜! こっちも眷属ごとやっちゃった! 壁を抜かれそうだから至急補充の眷属を送って!」
「死ね」
「ちょ……! ウチの時だけ態度が違いすぎでしょ!」
自分の時だけとても辛辣な返事をされたアンナが抗議の声を上げると、織部は珍しく声を荒らげ——。
「当たり前だ、このボケが! これで一体何度目だと思っている。敵にやられた数よりもお前にやられた数の方が多いぞ!」
「うう、だって急に射線に入られたから……」
「気持ちはわかるが、眷属召喚で呼び出したトークンはカードと違って大雑把にしか動かせないんだ。そっちが配慮してくれ」
「はぁ〜い……」
う〜ん……、やっぱ連携の面で問題があるな……。まぁ、ろくに練習もしていないから仕方ないが。
リンクにより一心同体の動きが出来るカード同士と違い、リンクで繋がっていない人間同士の連携は純粋な練習と経験により高めていくしかない。
それですら、どれほど高めたところでリンク以上の練度とはなり得ないだろう。
人間同士でもリンクが繋げられるような魔道具でもあればな……。
そんなようなことを考えながら戦っていると。
「マロ! ターゲットを発見した!」
先ほどから後鬼の式神をドローンのように飛ばしていた師匠から、ようやく敵の眷属召喚持ちを見つけたとの知らせがあった。
眷属召喚持ちさえ始末してしまえばかなり楽になる!
「了解! すぐに向かう!」
俺はすぐさま答えると手のひらサイズの式神を掴み、巨狼——狼形態となったユウキの背へと跨った。
イライザが俺を後ろから抱えるような形で固定すると、ユウキが風のように駆けだした。
景色が凄まじい速度で後ろへと流れていく。
こうしてユウキに乗るのはクーシーの頃以来だが、その乗り心地は正直以前よりもかなり良い。
身体が大きくなったためか毛皮も厚くなっており、天然のクッションは俺の尻が半ば沈みこむほどに柔らかく、手触りも極上。
黄金の手綱の効力によるものか、跳ねるように駆けているというのに揺れらしい揺れもほとんど感じられない。
これならば、かなりの悪路であっても尻が痛くなることはないだろう。
ユウキも狼形態を手に入れたし、良い買い物をした……と俺はほくそ笑んだ。
ターゲットに近づくにつれ散発的に襲ってくるようになった下級悪魔(レッサーデーモン)を屠りながら進むこと数分ほど、俺たちは眷属を吐き出し続ける羊頭の悪魔を発見した。
猛スピードで迫る俺たちに気付いた羊頭の悪魔がこちらへと振り返り、すぐに反転して逃げ出そうとする。
ここで逃がせば厄介なことになる! と判断した俺は一つ切り札を切ることにした。
『やるぞ、イライザ!』
『イエス、マスター』
————マイフェアレディ。
イライザのカードが発光し、そこに新たな技能が浮かび上がる。
未だ不安定なそれの発動を確認した俺はニヤリと笑みを浮かべ、そのままユウキの限界突破スキルをコピーさせる。
さらにレベルアップの魔法により戦闘力を最大化。騎手であるイライザの戦闘力が激増したことにより、騎獣であるユウキのスピードも加速する。
騎手のスピードが上がることで騎獣のスピードも上がる……というのは少し不思議な感覚もするが、騎乗スキルは自身のパワーとスピードを騎獣へと上乗せするスキルだ。騎手自身のスピードが上がる事で、合算のスピードが上がるのはシステム上何もおかしくはない。
通常のCランクの4倍以上もの速度となった俺たちはみるみるうちに羊頭の悪魔との距離を詰め、勢いのままその首を刎ねた。
その後も遊撃として飛び回って戦い、三十分後。眷属召喚持ちを始末した俺たちは徐々に数の差を逆転し、戦闘に勝利したのだった。
「ふぅ〜、ようやく一息つけましたね」
オードリーの淹れてくれた紅茶を片手にアンナが言う。
戦利品をかき集めた俺たちは、一度休憩のためにマヨヒガへと避難していた。
「敵に異空間スキル持ちがいないのは幸運だったな、こうして安全に休憩がとれる」
クッキーをハムスターのように齧りながら言う織部。
その顔には、さすがに色濃い疲労がにじみ出ていた。
「まぁ、マヨヒガから一歩でも出たら出待ちしてるファンの方々と連戦&連戦だけどな」
マヨヒガは異空間スキルを持たない敵の干渉を受けないが、別にそこに存在していないわけではない。
一度敵に認識されてしまえば、敵はいつまでもそこで俺たちが出てくるのを待ち続けることだろう。
下手な場所で籠れば周辺一帯をモンスターに囲まれ、ちょっとした四面楚歌……ということもあり得た。
一応かくれんぼのスキルで姿と気配を隠してはいるが、敵は俺たちの気配が消えたこの周辺をしつこく嗅ぎまわっていることだろう。
というか……。
「これ、もしかしてDランク階層に戻って連携の練習をしてからの方が良いんじゃね?」
「うっ……!」
俺がふともらした言葉に、アンナが顔を引き攣らせた。それを見て俺も失言に気付く。
しまった、少しアンナの判断を責めるような感じになっちまったか。
「……と思ったけど、三時間経ってもこの階層を攻略できてないことを考えるとそんな時間はないか」
俺が慌ててそうフォローを入れると師匠もそれに続く。
「うーん、こんなに時間が掛かるのはこの階層と後はスキル封印の階層くらいだと思うけど……まあDランク階層で練習したところで時間の無駄なのは確かだろうね。一週間や二週間Dランク階層で練習を積んだところで、劇的に連携力が上がるでも無し。なら難易度の高いCランク階層で痛い目を見ながら身に着けて行った方がよほど上達も早い」
そう言う師匠の台詞からは、「……その方がこの迷宮を踏破できなかった場合も得るモノが大きいだろう」という言外の意味が読み取れた。
もしかして、師匠はこの迷宮の攻略は難しい、あるいは出来ないと考えているのか……?
確かにこの階層にしたって師匠一人で攻略できるとは考え辛い。
プロ試験では、召喚制限のない迷宮を宛がわれたのか、あるいは人工魔道具などもフルに活用して走り抜けたか……。
いずれにせよ、この迷宮ほどの糞仕様ではなかったはずだ。
ということは、この迷宮の難易度はある意味で四ツ星昇格試験以上……そういう風に考えることもできる。
「もしかしてこの迷宮って俺たちが思っていたよりも難易度高いのか……? ちょっと疑問に思ってはいたんだよな……なんで学校側は俺らから金を取らねぇのかなってさ」
この迷宮の一周あたりの利益は、カーバンクルガーネットとヴィーヴィルダイヤだけで二億。
一月に一周もできれば年二十億以上の利益が出るわけで、専業のプロチームともなればそれ以上の利益が見込める。
迷宮の管理は通常有料で依頼するモノであるが、この利益は逆に冒険者側がお金を払って独占の権利(と攻略の義務)を買うレベルだ。
学校法人についての法律やら売り上げについてはよく知らないが、仮にこの迷宮で得た利益の一割でも使用料として貰えるならば、学校側としてもぜひとも欲しい筈。
もちろん部外者を極力入れたくないというのも本音なのだろうが、それだけでは少し説明がつかなかった。
莫大な利益を生む迷宮の管理を、あえて学生に使用料タダで任せる理由があるとすれば……。
「使用料タダでもプロチームが嫌がる難易度……ってことッスか」
「まぁ、プロから見てもあんまり攻略したくない迷宮なのは確かだね。準シークレットじゃなければ僕も絶対嫌だし」
師匠はそう苦笑し、ただ……と続け。
「それだけにこの迷宮は登竜門となりうると思う」
そう言ったのだった。
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