第4話 オーダーメイド


 




 夏休み、二十二日目。早朝。

 俺はまだ薄暗い通学路を一人歩いていた。

 明け方ということもあり周囲に人気はないが、軍人のようにボディアーマーを身に着け、子供一人くらいは入りそうなバックパックを背負った物々しい装いの俺を、時折すれ違う人々がチラチラと見てくる。


『ついにこの日がやってきたね、マスター! パワーアップしたメアちゃんの力を見せる時が!』


 突然俺の前に手のひらサイズの立体映像が現れ、銀髪褐色肌の美少女の上半身が映し出された。

 山羊の角と小さな蝙蝠の翼を生やした人外の少女は、やる気をアピールするようにシュバババッとシャドーをする。

 念願のサキュバスになり、リリムへの霊格再帰も得たメアはやる気満々のようであった。


『……霊格再帰の先輩として言っておくが』


 そんな彼女へと親友の座敷童が一つアドバイスを送る。


『迷宮の主との戦い以外で霊格再帰するチャンスはあんまりねーぞ』

『なん……だと……』


 バンバン霊格再帰して眷属召喚を使って活躍する自分を想像していたのだろうメアが、愕然とする。


『Dランク迷宮でもアタシが道中で霊格再帰するところなんてあんまなかっただろ?』

『で、でもそれは主以外で霊格再帰するまでもなかったからじゃ……』

『それもあるが、主な理由は一日一回しか使えない霊格再帰を温存するためだ。むしろCランク迷宮では切り札としてさらに霊格再帰は慎重に使われるはずだぞ』


 そう言って「なあ?」とこちらを見る蓮華に俺も頷いた。

 メアの霊格再帰は、Cランクモンスターがいくらでも湧いてくるCランク迷宮では、ある意味蓮華以上の戦力だ。

 Cランク迷宮ではこちらの数倍の敵に囲まれることも想定される。その際、サキュバスを無限に召喚できるメアは、数の差という不利を覆すことが出来る唯一の切り札だ。

 そんなメアをどうでも良いところで使って、いざという時切り札がありませんでは話にならない。

 よって、彼女の霊格再帰の使用は蓮華以上に慎重なモノとなるだろう。


『そんな〜』


 せっかくの霊格再帰が自由に使えないことを知ったメアがガックリと項垂れる……が。


『でも切り札的存在ってのも悪くないかも!』


 すぐに持ち直した。

 前はコンプレックスからか拗ねると長かったメアも、ランクアップによりかなりポジティブになったようであった。

 まあ実際、今のメアは霊格再帰以外にも男性特攻、人を呪わば穴二つ、生還の心得、耐性貫通と切り札と呼ぶに相応しい力があった。

 ……出会った頃はただのインプだった彼女がよくここまで育ったものだ、と少し感慨深くなる。


『これは蓮華からマスターの相棒の座を奪い取る日も近いかも!』


 ……そしてすぐに調子に乗っちゃうところも、彼女の可愛いところだった。


『ああん? 百年はえーんだよ、ボケ』

『雑魚じゃありませーん。お前と同じC+でーす』


 そう言い返すメアに、蓮華は「ふん」と鼻を鳴らし、何やらコメカミ辺りを弄る様な仕草を見せると……。


『最大戦闘力たったの1500か。雑魚が』

『ぐ……!』


 戦闘力というカード間の絶対の格差を持ち出され、言葉に詰まるメア。

 晴れてランクアップと霊格再帰という力を得た彼女であったが、蓮華との間にはまだ限界突破という越えられない壁が存在していた。

 ……いつもならこの辺りで泣きが入るメアだが。


『ふ、ふん……カードの価値は戦闘力だけじゃないわ! 私たちにはもう一つの格付けがある! ————そう、値段よ!』

『……ッ!』


 思わぬメアの反撃に、今度は蓮華の方が言葉に詰まる。

 ……なかなか興味深い展開になってきた。

 カードが自分の価格をどう思っているのか、というのはマスターとしては気になりつつも簡単に聞けない繊細な話題である。

 かつて学生トーナメントの際、蓮華は自分の値段にコンプレックスを持っているようなそぶりを見せていたが……。


『メアのサキュバスは〜最低でも一億以上なんですけど〜座敷童さんのお値段はおいくらでしたっけ〜?』

『ぐぐぐ……て、てめぇ』

『確か四千万円でしたっけ? あ! でも、確か蓮華さんは半額シールが貼られてたから二千万か〜。う〜ん、お手頃!』

『ああ!? 半額シールなんて張られてねーわ! そもそもアタシは吉祥天にいつでもランクアップできるんだから、そっちの値段で考えるべきだろうが!』

『でもお預け喰らってんじゃん』

『くっ!』


 ……今日のメア、レスバつえーな〜。

 と感心しながら見守っていると、蓮華がこちらをギッと睨み。


『おい、歌麿! 今すぐアタシを吉祥天にランクアップさせろ!』


 しまった、こちらに飛び火して来たか。


「お前、それは話し合ってまだしないってことで納得しただろうが」

『メアに舐められたままでいられるかよ!』


 ガキかよ。……ガキだったわ。座敷「童」だし。

 どう宥めたもんか……と俺が頭を抱えていると。


『はぁ〜、まったくこれだから安物どもは……。五十歩百歩の争いを、見苦しい』


 そこへ急に割って入る、新たなロリ。


『値段で言うならば、このアテナが一番に決まっているではないですか。尤も、この妾に値段を付けること自体が不敬極まりないですがね』


 そう言って見事なドヤ顔を晒すアテナに、しかし蓮華とメアはしら〜とした眼差しを向け。


『いや、アンタこそマジモンの欠陥品じゃん』

『零落スキル持ちだった頃のアタシ以下。半額シールどころか、80%オフレベルだろ』

『な、な、な……!』


 滅茶苦茶辛辣な二名の言葉に、愕然とするアテナ。

 ……うん、まあ、ぶっちゃけ反論の余地がないというか、このアテナの価値って眷属召喚を除けば他のアテナの蘇生用としてしかないというか……。


『歌麿! 貴方の信ずる守護神が木っ端の神と淫魔風情に馬鹿にされていますよ! 貴方はそれで良いのですか!?』


 涙目となって縋るような眼差しを向けてくるアテナ。

 いや、うちの守護神はイライザさんなんだが……。


『ちゃんと幼体スキルの解除方法は調べているのですか!? 歌麿!』

「解除方法かぁ……」


 うーん、と腕を組み考える。

 俺もどうにかアテナのマイナススキルを解除できないかと色々と調べてはみた。

 が、色んな考察サイトを見ても幼体解除に繋がりそうな情報は見つからなかった。

 俺自身も、もしかして一見迷宮内では使い道のない『育児』スキルが幼体解除に繋がるのでは? とか自分なりに考えてみたが、すでに何年もかけて幼体スキル持ちを『育児』スキルで育成してみた研究所があるらしく、俺が思いつくようなことは頭の良い奴らが先に思いついているよなぁ……としみじみ思った。

 というわけで。


「いやぁ、探しているんだけど……ちょっと見つからなかったわ」

『くっ……』


 今しばらくアテナが本領発揮する日は来ないようであった。

 まあ、だからと言って売り払ったりする予定もないけどな。

 このアテナを売り払えば、彼女が行きつく先は蘇生用だろうし、一度でも呼び出して会話してしまった以上、それはさすがに気が引ける。

 そして何よりもこのアテナとは『フィーリング』が合う。

 俺も冒険者だからデッキを組む際は戦闘力やスキルのことを考えて組む。だが、最後の決め手はフィーリングとなる。

 これが結構に馬鹿にならない話で、自分の体質や嗜好がダイレクトに影響してくるリンクにおいて、フィーリングというのは重要な要素なのだ。

 というわけで、俺はどんなに有用なカードであっても、フィーリングが合わなければデッキに組み込むことはないし、逆に今は欠点だらけのカードであってもフィーリングが合えばとりあえず手元に残して置くつもりだった。


「ま、これから潜るCランク迷宮で思わぬヒントが見つかるかもしれないし、それを期待するしかないな」

『頼みますよ、歌麿……。妾の臆病スキルもおそらくは幼体スキルによる弱体化が影響しているはず。幼体スキルさえ解除されれば妾も万全に力を発揮できるはずなのです』

「ああ、期待しているよ」


 俺は本心からそう言った。

 アテナがすべての力を発揮できるようになれば、単独でのCランク踏破すらも夢ではない。

 Bランク最高峰のアテナには、それだけのポテンシャルがある。

 そうなれば、今はプロチームの一員というだけの俺であるが、単独でのプロライセンス取得も可能となるだろう。


『……でも、マスターももうCランク迷宮か〜、メアが出会った時はまだ一ツ星だったのに、そう考えると凄いよね』


 俺とアテナの会話を聞いていたメアが、どこか感慨深そうに言う。

 ……そうか、メアを手に入れたのは二ツ星昇格試験でのことだから、あの時はまだ一ツ星だったか。

 それが、一年と経たずCランク迷宮に挑もうとしている……そう考えると確かに凄いとしか言いようがなかった。


『このままのスピードで駆けあがっていったら、一体どうなっちゃうんだろ?』

「そりゃあ……。………………」


 俺は答えようとして言葉を失った。

 まったくビジョンが浮かばなかったからだ。

 一年前は、まだ冒険者ですらなくスーパーでバイトをしていた。

 それが今ではCランク迷宮に挑もうとしている。

 じゃあ、一年後は一体どうなっているのか……。

 全く想像できなかった。

 とにかく高みを目指してガムシャラに突っ走ってきたが、目指すところも無いのに走り続けてどこへ向かうつもりだったのか……。

 これまでは漠然とプロを目指していたが……。

 俺は、冒険者としての目標を持っていなかったことに今更ながら気付いたのだった。






「お、来たね。おはよ、マロ」

「おはよう、先輩」


 校門に着くと、そこにはすでに師匠と織部の姿があった。


「ああ、おはよう」


 俺の顔を見た師匠と織部が首を傾げる。


「うん? どうしたの、マロ?」

「なんだか顔色が悪いが……」

「……ちょっと昨日眠れなくてさ。ところで、アンナは?」


 周囲を見渡し言う。

 話題を逸らすためになんとなくそう言ったが、彼女はこういう時に大抵一番乗りしてくるので、姿が見えないのは気になった。


「まだ来ていないな……もう五分前なのだが」


 スマホを取り出して織部が答える。


「……小夜、スマホ持って来たんだな」


 スマホは、冒険者の必需品だが、今回の迷宮では役立たずだ。

 うっかり持ち込んで壊れたら困るので、俺は家に置いてきていたのだが……


「うむ、確かに迷宮の中では役には立たないだろうが、一人くらいは持ってきていないといざという時に連絡を取れないのも困るだろうと思ってな。もちろん迷宮に入るときには置いていくさ」


 なるほどね、と後輩の気配りに感心しつつ問う。


「それで、アンナから連絡は来てたか?」

「いや、何も。アレはあれで真面目な性格をしているから、ここにきて何の連絡もないということは時間までには着くということなのだろう」


 そう織部が言った瞬間。


「————皆さん、おはようございます! 時間通りッスね!」


 通りからではなく、校門の向こうからアンナの声が聞こえてきた。

 ……なんだ、もう学校に着いてたのか。


「皆さん装備についてはばっちりッスか? 一足先に迷宮の場所を見てきたんスけど、もう自衛隊の方々は撤収して、ダンジョンマートもすでに商品が並んでました。さすがダンジョンマート、仕事が早い!」


 朝からテンション高いなぁ……。

 まあ、気持ちはわかる。今日からの攻略次第で、莫大な富を生み出す準シークレットダンジョンを独占できるかが決まるのだ。気分が高揚しないはずもない。

 それに加えてアンナは補習から解放されたというのもハイテンションの要因なのかもしれなかった。


 壊れたら困る機械類の類だけ下駄箱のロッカーに預け、いよいよ迷宮へと向かう。

 うちの高校には珍しく展望台があるのだが、数年前に天文学部が廃部となって以降、屋上ごと封鎖され長らく使われていなかった。

 今回迷宮が出現したのはこの展望台で、すでに展望台に隣接する形でダンジョンマートが建っていた。


「おっ、マジでダンジョンマートが出来てる」

「学校側には悪いが、学生の身としては学内にコンビニが一個あると助かるな」

「最寄りのコンビニも結構遠いッスからね」

「これからは屋上も出入り自由になるだろうし、お昼をここで食べる生徒も増えるかもね」


 そんなようなことを話しながら迷宮へと入ろうとしたところで、ふと気づく。


「おっと危ない。このまま入ったらライセンスが破壊されちまうところだった」


 俺の言葉に、皆もハッと自分のライセンスを取り出す。


「危ないところでした。ゲートを開けるのに必要だからナチュラルに持ち込んで壊しちゃうところでしたね」

「どこかに預けるところは……ないか。このまま床に置いていくしかねぇか」

「まあ、今日のところは他の人間も入ってこないし、盗まれる危険はないだろう」

「うーん、でもいつまでもこのままってのもちょっと不用心ッスね。家に頼んでゲートの部屋にコインロッカーでも設置してもらえるように頼んでみます」


 そうしてライセンスを床に置いて、今度こそ迷宮へと足を踏み入れた俺たちを待っていたのは、灼熱の太陽と砂漠の大海原だった。


「あっちぃな……」


 俺は、決して沈まぬ太陽を忌々しく睨みながら、ホルダーからサラマンダーの外套を取り出した。

 カードパックで当てたこのマントは、持ち主を火や暑さから守るという効果を持つ魔道具だ。

 これにより燃え盛る家屋だろうが炎天下の砂漠だろうが火傷一つ負わずに行動できるようになるのだが、このマントが防いでくれる暑さは肉体に支障をきたさないレベルなため、30度前半までの熱は普通に通してしまう。

 30度オーバーという気温は、エアコンペンダントですっかり真夏でも快適な温度に慣れてしまった俺にはやや厳しいものがあった。

 とめどなく噴き出してくる汗を拭いつつ他の冒険者部の面々を見ると、皆もルーンの刻まれたお守りや氷精らしきモンスターを召喚したりと各々の方法でこの暑さに対応しているようであった。


「アンナ、この階層のサブフィールド効果は?」


 俺はさりげなくアンナの召喚した氷精の近くに寄って涼みつつ問いかけた。

 Cランク迷宮から発生するフィールド効果には、その迷宮全体が持つメインフィールド効果のほかに、階層一個一個が個別に持つサブフィールド効果が存在する。

 かつて俺が【不死】の効果を持つ階層で撤退せざるを得なかったように、フィールド効果によっては圧倒的格下相手に思わぬ苦戦をさせられることも十分にあり得た。


「えっと……この階層の効果は衰弱のデバフみたいッスね」


 自衛隊から渡された資料を読みつつアンナが答える。


「衰弱か……」


 俺は一面の砂漠を見渡した。

 目印らしい目印もなく、道なき砂の大海原。

 ただでさえ体力を奪う灼熱の砂漠の中を、衰弱の効果で体力を奪われながら進まなければいけないというわけか……。

 なかなかに鬼畜な組み合わせだ。

 やはりCランクの壁を一枚隔てて一気に難易度が上がった感がある。

 まぁ、でも……。


「雑魚しか出てこないことを考えれば、まだマシな方か」

「うむ、この手の階層は敵が手強くなればなるほどに地獄だからな……」


 しっかりと準備をしてきた俺たち冒険者部の面々からすれば、さほどの障害でもない。


「さて、ではまずはカーバンクルを探しながら先へと進むとしましょうか。全員がひとまとめに行動しても無駄でしょうし、ここは手分けして……」

「いや、ちょっと待ってくれ」


 アンナがバラバラになっての行動を指示しようとしたその時、織部から待ったがかかった。


「みんなで手分けして探しながら進むのも悪くはないが、先輩には一人先に進んでもらうのはどうだ?」

「俺だけ?」

「ああ。Cランク迷宮とは言え我々の実力ならばFランク階層の攻略は容易のはず。ならば最も時間と労力を要するカーバンクルの捜索は我々に任せ、ハーメルンの笛を持つ先輩にはどんどん先に行ってもらった方が効率的だ」

「なるほど……。確かに千里眼持ちのカードと転移の魔道具を持つ先輩を遊ばせておくのは非効率か……。先輩がアマの中ではトップクラスの機動力を持つことはレースの結果からも証明されるわけですし」


 問題は……、とこちらを見るアンナ。


「先輩には行けるところまで一人でCランク迷宮を進んでもらうことになりますが……大丈夫ッスか?」


 その質問に答えたのは、俺ではなく師匠だった。


「それは、大丈夫なんじゃないかな? 以前一緒にCランク迷宮に潜った時もEランク階層を単独で踏破できるだけの力はあった。さすがにCランク階層は厳しいだろうけど、今のマロならこの迷宮でもDランク階層まで踏破できる実力はあるはずだよ」

「ああ、俺もあれから成長したし、今回は準備もバッチリだ。任せてくれ」


 この場で唯一のプロからのお墨付きと俺の同意を聞いたアンナは一つ頷く。


「ではお願いします。でも念のため行けたとしてもEランク階層までにしておいてください。ここはCランク迷宮の中でもトップクラスの難易度ッスから、慎重に行きましょう」

「了解」

「それじゃあこの自衛隊の資料は渡しておきますね。カーバンクルガーネットを回収したらバッジで連絡するんで、次の安全地帯に到達した時に迎えに来てください。転移でまだ未回収の階層に送ってもらう……って感じでどうッスか?」

「わかった」


 大まかな方針が決まり、さっそく四方へと散らばっていく仲間たちを見送る。

 ……この広大な砂漠でたった一匹のカーバンクルを探すのは大変だろうな。

 ただ先へ進むだけで良いという単純な役割を与えてもらったことに感謝しつつ、俺もカードを呼び出すことにする。

 まずはイライザからだな。千里眼の魔法を持つ彼女を呼ばなくては攻略も始まらない。

 移動はデュラハンのコシュタ・バワーか魔法の絨毯か。どちらでも問題ないが、衰弱のフィールド効果もあることだし、ここは魔法の絨毯で……。

 そこまで考え、ふとドラゴネットの顔が脳裏に過った。

 ドラゴネット、か……。

 これまであえてあまり触れないようにしてきたが、ある意味良い機会か。

 こういう時にドラゴネットを呼ばないのなら、何のためにキーアイテムを用意したのかという話になってしまう。

 このまま放置し続けるくらいならば、いっそ手放してしまった方が良い。

 そして、それはしないと……ドラゴネットは手元に置いておくと決めたのは俺自身のはず。

 ならば……。


「来い! ドラゴネット!」


 光と共に現れたのは、漆黒の鱗を持った小型の竜。

 ピシリと背筋を伸ばしこちらを見つめるドラゴネットへと、恐る恐る声を掛ける。


「……久しぶりだな、ドラゴネット」

「ハッ! お呼びいただき光栄であります!」


 敬礼のつもりだろうか……バッと翼を大きく広げハキハキと答えるドラゴネット。

 その態度からは、半ば放置気味であったことへの不満は全く感じられない。


 ————本当に、このドラゴネットに『裏』なんてあるのか……?


 俺はかつてした蓮華との会話を思い出した。





「————歌麿、あのドラゴネットには一応注意しとけよ」


 それは、猟犬使いの事件が一応の解決を迎えて、少し経った頃……。

 俺が自室で所持カードの整理を行っている時のことだった。

 普段使っていないカードのスキルを見ながら、レギュラーメンバーとのシナジーを狙えないか考えていたところ、ふいに蓮華がそう言ったのだ。

 蓮華が仲間に対してそんなことを言うのは初めて聞いたので、俺は内心でかなり驚いた。


「……なんかあったのか?」

「おそらくだが、たぶんあのドラゴネットには裏がある」

「……それは、なんか企んでいるってことか?」


 俺はドラゴネットの実直な態度を思い返しながら問い返した。

 ドラゴネットは強力だが扱い辛いと言われるドラゴン系にあって、滅私奉公のスキルもあってかとても従順で使いやすいカードである。

 その従順さに甘えて些か便利に使い過ぎていることは否めないが、裏で何か企むほどの恨み辛みを貯め込んでいるほどには見えなかった。

 蓮華を信頼している俺だが、彼女が全知全能だとまでは思っていない。何らかの思い違いや勘違いという可能性もあった。


「アレは多分、お前らが呪いのカードと呼ぶものに近い」

「……呪いのカード」


 その時、俺の頭に過ったのはアヌビスのカードに殺された猟犬使いの手下の男だった。

 呪いのカードには、カードからマスターを守るセーフティーを外す力がある。

 もしもドラゴネットもその呪いのカードというのならば、確かに警戒は必要だろう。

 ……だが、呪いのカードというのならば鈴鹿や、他ならぬ蓮華自身も呪いのカードのはず。

 呪いのカードとは言え、それが必ずしも持ち主に牙を剥くとは限らないのだ。

 ならばなぜ、鈴鹿の時は特に何も言わなかったというのに、ドラゴネットの時だけこうして警戒するのか。

 そんな俺の疑問に対し、蓮華はどこか言葉を選ぶように答えた。


「……確かに、鈴鹿は呪いのカードではあるが、アレとは少し違う。呪いのカードは、言わば製造過程で歪みが出た規格外品だ。規格外品だけに多少不具合は出たりするが、まあそれだけだ。鈴鹿の奴も寂しがり屋なだけで、マスターを積極的に害する意識はない。規格外品ではあるが……『|贈り物(プレゼント)』であることには変わりないからな」


 規格外品……なるほど、確かに蓮華や鈴鹿は、良くも悪くも規格外という言葉が似合う。

 通常の座敷童や鬼とはかけ離れた性格。カードでありながらマスターである人間を操ることのできる力……。

 まぁ、蓮華の出鱈目さに比べると鈴鹿はちょっとおかしなカードという枠を越えないが、普通じゃないのは確かだ。

 それに恐れを感じないのは、彼女たちが俺を害することはないと信じているからだろう。

 かつて鈴鹿は一度だけ俺を操ろうとしたことがあったが、あれは彼女なりに俺の身を案じてのこと。俺の人生を滅茶苦茶にしてやろう、とかそういうものではなかった。

 便宜上、呪いのカードなんて呼んではいるが、彼女たちは俺を不幸にする存在ではないのだ。

 なるほど、確かに呪いのカードであっても贈り物に変わりないのだろう。

 贈り物というものは、幸せなモノなのだから。

 逆に言えば……。


「だが……アレは違う。アレには、明らかに悪意が籠められている」


 不幸なモノは贈り物とは呼べないということだ。


「あのドラゴネットの忠実な態度は演技ってことか?」

「いや、多分ドラゴネット自身にその意識はない。今のアレの人格は、内に秘めた悪意に気付かれないための外殻みたいなもんだ」

「外殻……」


 それは、カード本来の人格に仮初の人格が覆いかぶされている、ということだろうか?

 そんなことがあるのか? そんなことが可能なのか?

 悪意ある呪いのカードに、善良な人格を被せて他人のところに潜ませるなど……。

 もしそうだとすれば、まるでトロイの木馬のようだ。

 普段は危険な存在だと悟らせず、いざという時にその本性を露わにして宿主を操る……。

 言わば真の呪いのカードと言ったところか。

 ……ドラゴネットは元々俺が猟犬使いに襲われた迷宮で青木兄とトレードしたものだ。

 ならば、やはり送り主は青木兄、か? あのタイミングで猟犬使いに襲われたこともあってかなり怪しく思える。

 いや、ウイルスみたいなもんとすれば無差別にばら撒かれていたのをたまたま彼が手に入れてしまったという可能性も高いか。それがたまたま俺のところに回って来た、と。

 怪しくはあるが、現在のところは推定無罪といったところ。


「選択肢としては大体三つ」


 蓮華が指を三本ピッと立てる。


「危険物はさっさと手放すか、あえて爆発させて送り主の真意を探るか。あるいは……」

「あるいは?」

「仮初の人格たる外殻が本物になるほどにちゃんと育てるか……悪意を完全に封じ込められるくらいにな」

「……………………」

「ま、どれを選ぶかはお前次第だ。……アタシはどの選択肢を選んでも、お前の意思を尊重するぜ」






「……マスター?」


 ドラゴネットの気遣わしげな声にハッと我に返る。


「いや、何でもない。それよりお前に見てもらいたいものがあるんだが」


 そう言って俺が取りだしたのは、星で交換したドラゴネットのキーアイテムだった。


 ————蓮華に忠告されてからというもの散々悩んだが、俺はドラゴネットの仮初の人格を本物にする道を選ぶことにした。


 最初はさっさと売り飛ばしてしまうことも考えた。……が、それはそれで誰かにババを押し付ける形となるし気が引ける。

 かといって、あえて暴発させて相手の出方を探るのもリスクがある。

 ならば仮初の人格を本物にして不発弾化させてしまう方が俺の性に合っている……そう思ったのだ。

 もしそれで地雷が爆発したとしてもそれはしょうがないことだ。蓮華や鈴鹿もいることだし、たぶんドラゴネットに乗っ取られることはないだろう……たぶん。

 というわけで、これまで放置気味だったドラゴネットであるが、歩み寄りの第一弾として俺が用意したのがこのキーアイテムだった。


「これは……」


 ドラゴネットが、食い入るようにキーアイテムを凝視する。

 真竜の角、飛竜の翼膜、地竜の化石、毒竜の瞳、龍の玉……。

 これらはそれぞれドレイク、ワイバーン、ザウルス、バジリスク、東洋龍に対応するキーアイテムだ。

 これにヴィーヴィル(半人半竜)を加えた六種が、ドラゴンとしての基本的な分類とされている。

 とりあえずこの五つのキーアイテムのどれかに反応してくれたらと思っているのだが……。


「どうだ? 何か感じるものはあるか?」

「…………………………」

「ドラゴネット?」

「ッ! 申し訳ありません、つい魅入ってしまい……。そう、ですね……妙に惹きつけられるモノを感じるのは……」


 そう言ってドラゴネットが爪先で示したのは、真竜の角。

 ドレイクか。ある意味正当進化系って感じだな、などと俺が思っていると……。


「これ……それと、これと、これ……」

「え!?」


 ドラゴネットは続けて飛竜の翼膜、毒竜の瞳、龍の玉を指差していく。

 ザウルス以外の全部、だと……?

 確かに、遠野さんから貰った研究データから複数の霊格再帰を持つカードがあるということは知っていたが、それは極めて稀という話だったはず。

 しかもそれらだってほとんどが二つの霊格再帰を持つだけで、三つ以上は世界でも数例という話だったはずだ。

 その貴重な多重霊格再帰持ちが、偶然俺のところへ……?

 あまりに出来すぎている。作為を感じざるを得ない。ドラゴネットを送り込んできた者があえてそういったカードを選んで送って来た。……そんな風に感じてしまう。

 だとすれば相手の狙いはなんだ? ドラゴネットを霊格再帰させること、か……?

 もしそうならこのままドラゴネットを霊格再帰させようとするのは危険かもしれない。

 やはり、手放すべきか……? しかし……。

 俺の考え過ぎなのかもしれない。

 だが……直感があった。

 この問題からは、安易に逃げるべきではない。この経験は、必ずいつか俺の身を助けてくれる、という直感が。

 ならば……。


「……ドラゴネット」

「ハッ!」

「お前さえ良ければ、名づけをしたいと思っているんだが」

「……む。名づけ、でありますか」


 これまで明朗に答え続けてきたドラゴネットが、ここで初めて悩む素振りを見せる。

 俺は緊張しつつ、返答を待った。

 そして。


「実に光栄な話ではありますが……申し訳ございません。未熟者ゆえ、今はまだ……」

「そ、そうか……」


 初めて名づけを断られた俺だったが、内心では逆にホッとしていた。

 これまで放置気味であったドラゴネットとの間に、名づけを受け入れてもらえるほどの絆を築いていたとは俺も思っていない。

 逆に名づけを受け入れられる方が不自然。無条件で名づけを受け入れるよう仕込まれていたのでは? と疑っていたところだ。

 だが、ドラゴネットはちゃんと名づけは断った。

 少なくともこの外殻的人格については白と考えても良いだろう。

 ならば、あとはこの外殻的人格との仲を深めていけば良いだけだ。


「申し訳ございません……」

「いや良いんだ。いつか、ドラゴネット自身が受け入れても良いと思ったら言ってくれ。まあ、それはともかくこのキーアイテムについては受け取ってくれ」

「ハッ、いえ、しかし……」

「元々お前のために用意したものだし、遠慮なく受け取ってくれると助かる」


 これらのキーアイテムは、霊格再帰のため以外にはあまり使い道のないアイテムとなっている。

 一応使おうと思えば使い捨ての魔道具として使うこともできるが、その効果が値段と釣り合っているとは言い難い。

 ならばいつかドラゴネットが名づけを受け入れてくれる日を期待して、あらかじめ与えてしまっても変わらないというものだ。


「……………………うう」


 しかし、名づけを断ったことへの後ろめたさか、ドラゴネットは中々受け取ろうとしない。

 零落スキル持ちの本能からか、何度か手を伸ばそうとしては引っ込めるということを繰り返している。

 もう一押し、か? いや、だが下手なことすると滅私奉公が働いて逆に受け取ってくれなくなるかもしれない。

 どうしたものか……と俺が頭を抱えたその時。


『マスター、よろしいでしょうか?』


 カードギアからイライザの立体映像が浮かび上がる。

 彼女が自分からこの機能を使って話しかけてきたのは初めてのことで、俺は内心かなり驚きつつも答えた。


「なんだ?」

『そういうことでしたら、ドラゴネットの教育はこの私に任せて頂けませんでしょうか?』

「イライザに?」


 これまた珍しいことが起こった。まさかイライザが誰かの面倒をみたいと言い出す日が来るとは……。


『聞けばそのドラゴネットは未熟さ故マスターの名づけを受け入れられないとのこと。であれば、未熟でなくなれば名づけを拒む理由もなくなるかと……』

「いや、それは……」


 未熟者故ってのは建前で、本音としてはまだ名づけを受け入れられるほど俺のことを信じ切れていないだけだと思うが……。

 ……まあ、イライザにはまだ、本音と建て前の判断は難しいか。


『それに……』


 とイライザはわずかに口籠り……。


『……これは個人的なことなのですが、ドラゴネットの教育は私が教導スキルを得るための貴重な経験になるかと』

「ああ、なるほど」


 俺は納得した。

 イライザにはメイドスキルの習熟と共に教導スキルの習得を命じていたが、順調な前者と異なり教導スキルの方は遅々として進んでいなかった。

 俺は単にレアスキル故に必要熟練度が多いスキルなのだろうと気にしていなかったが、イライザが教えを受けるばかりで誰かを教えた経験がないため、と考えれば納得できる。


「そういうことなら、イライザに任せようかな。ドラゴネットがそれで良いならだけど」

「ハッ! 了解であります。これよりイライザ殿の指導下に入ります。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


 ビシッと敬礼するドラゴネットの眼は、いつになく精気に満ちているように見えた。

 やはりドラゴネット自身も、戦力外の自分の身に何かしら思うところがあったのかもしれない。

 そんなドラゴネットを見て、イライザも心なしか満足げに頷き。


『お任せください、マスター。必ずやドラゴネットを一人前のメイドに育て上げて見せます』

「「え? メイド?」」


 思わずハモる俺とドラゴネット。

 そんな話だったっけ……。まあ、いいか。ドラゴネットの教育はイライザに任せるとしよう。

 俺は助けを求めるような目を向けてくるドラゴネットからスッと目を逸らした。


 こうしてイライザに初の弟子(部下?)が出来たのだった。







【TIPS】フィールド効果

 アマチュアクラスとプロクラスを分ける最大の壁、それがフィールド効果である。

 フィールド効果には全階層に共通して付与されるメイン効果と、一階層ごとに個別のサブ効果があり、メイン効果がその迷宮の大まかな難易度を決める。

 フィールド効果は、プラスの効果は迷宮側のモンスターにのみ、マイナスの効果は冒険者側のみに働くという特性があるため、冒険者側は常に不利な戦いを強いられることとなる。

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