第3話 キマリスは 仲間になりたそうに こちらを見ている!

 

『————10、9、8、7、6!』


 東京ドームの闘技場。レースのスタート地点となった場所にて、壇上に上がった司会の男がカウントダウンをする。

 彼の背後に設置された十個の大型スクリーンには、さらに十分割された映像が映し出されており、そこにはレースの参加者たちの姿が映し出されていた。

 ほとんどの参加者が諦めたように地面にへたり込んでいる中、この場にいる者たちが注目しているのは三つ目の迷宮へと懸命に走る冒険者たちの集団。

 最後の関門の特殊型迷宮の主は、すでにミッションの報酬により運営のスタッフにより倒されている。

 そのため、あとはたどり着いてさえしてしまえばゴールとなる。

 清土鬼子母神堂のゲートを目前としながらも、無情に進むカウントダウン。

 そして——。


『3、2——1! タイムアップ! レース終了〜〜!』


 参加者全員のカードギアが一斉にアラーム音を鳴らす。

 膝から崩れ落ちる冒険者たちの集団。

 こうして、第一回キャットファイト・バトルロイヤルレースは終了した。






「————うん、確かに振り込みを確認した」

「ではこれで、レース時の契約は満了ということで」


 星と景品の交換を終えた俺は、東京ドーム近くの喫茶店で鷲鼻の男こと田中さんと会っていた。

 目的はもちろん、レース中の星の支払いについてである。


「ありがとう、助かったよ。これでカードを預かった他のメンバーへの補償もなんとかなる」

「いえいえ、こちらこそ」

「しかしよくよく考えると凄いな。なんせ高校生がポンと一億払っちゃうんだから」


 どこか揶揄うようにそう言う田中さんに、俺は「あ〜……」と頬を掻いた。


「まあ、あんまり実感はないんですけどね。稼いだ端からカードとか魔道具に使っちゃうんで、右から左にって言うか……」

「なるほどね……確かに冒険者は入る金もデカイが出てく金もデカイからなぁ」

「そうなんですよ。あと大金って言っても一千万超えた辺りからあんまピンと来なくって……」

「あ〜俺も最初の頃はそうだったなぁ。まあ、金の使い方を覚えてからは実感が湧くようになったけど……君の場合はまだ高校生だからなぁ」

「金の使い方ですか?」


 俺がそう問うと田中さんは気恥ずかしそうに頭を掻きつつ。


「うん、まあ、夜のお店で豪遊したり、女の子に高いプレゼント送ったりとか……そう言うのだよ」

「ああ……」


 あんまり良い金の使い方じゃないな、と苦笑する。


「ま、それも当分出来ないだろうけどな……ハーメルンの笛も無くなっちまったし」

「ハーメルンの笛、ですか……」

「ああ、かつてイレギュラーエンカウントと出会った時に手に入れたモンだったんだけどな。転移の魔法が使い放題っていうスゲェ魔道具だったんだ。俺が三ツ星になれたのもその魔道具の力が大きい。チームメンバーもハーメルンの笛目当てで集まったようなもんさ……」


 そこで田中さんはアイスコーヒーを一気に呷ると、やや乱暴にテーブルに置いた。


「だが今回のレースでまたそのイレギュラーエンカウントと出会っちまってな。ハーメルンの笛も没収されちまった。たぶん、見込み違いと判断されたんだろうな……」

「没収、ですか?」

「ああ……。戦闘中はカードの状態でしまってたんだが、助かった後に使おうとしたら力を失ってたんだ。今じゃただの笛さ……」


 ……ハーメルンの笛吹き男のお眼鏡に適わなかった奴は、たとえ生き残ってもそのドロップアイテムは効力を失う、ということか。

 消耗型ではない魔道具が突然その効力を失うなど聞いたことがない。やはりイレギュラーエンカウントはそのドロップアイテムまでどこか異質だ。

 あまりハーメルンの笛に頼り過ぎない方が良いのかもしれない……と思うも、すでにこの笛の力は俺の戦略の中枢にガッチリ食い込んでしまっている。

 今更この笛を手放すことはできない。

 危険とわかっているのに手放すこともできない魔性の道具……まさしく魔道具だ。


「チームメンバーから預かったカードもロストして、ハーメルンの笛も失って、チームは解散さ……。残ってるのは予備のDランクカードだけ。ランクこそ三ツ星のままだが実質二ツ星に落ちたようなもんだ」


 悲惨な話だ……。

 彼が悪い……というよりは普通に運が悪かった話なので、同情を禁じ得ない。

 まぁ、Dランク迷宮のイレギュラーエンカウントに遭遇して生きているだけ御の字とも言える。

 Dランクカードが残ってるというのなら再起の目はあるし、普通に生きていくだけの金も稼げるだろう。

 ……冒険者を続ける意思があるのなら、の話だが。


「じゃ、俺はもう行くよ。」

「はい、いつかまた」

「ああ」


 席に着いたまま田中さんを見送った俺は、すぐにスマホを取り出すと次の相手へと電話を掛けた。


『はい、遠野です』

「あ、北川です。こちらの用件は終わりました」

『了解です。ではそちらに向かいますね。十五分ほどで着くと思いますので』

「はい、お待ちしてます」


 十五分か……。紅茶のお代わりでも頼むか……とウェイトレスさんを呼び止める。


「すいません、紅茶のお代わりを」

「はい、かしこまりました。他にご注文はよろしいでしょうか?」

「ええ」


 と言いかけたその時。


『苺のタルト!』


 と蓮華の声が脳裏に突如響いた。


『な、なんだ突然』

『苺のタルト頼んでくれ、この期間限定の奴!』

『いや、頼んでもお前食えないだろうが』

『そんなのお前が喰ってるフリすりゃいいだけじゃねーか。な? 頼むよ……一生のお願い。この店に入った時からずっと食いたかったけど、あの鷲鼻がいる間はずっと我慢してたんだからさ!』

『お前の一生は何回あんだよ』


 と言いつつ。


「あ〜、すいません。苺のタルト一つ」


 どうにも蓮華のおねだりには弱い俺であった。


 それから俺がタルトを食べるフリをして蓮華に「あーん」で食わせてやっていると、ちょうど十五分ほどで遠野さんが入口に姿を現した。

 手を振り自分の存在を知らせると、遠野さんは笑みを浮かべてこちらへとやってきた。


「いやぁ、お待たせしました。今日はお時間作っていただき、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ呼びつける形になってしまい申し訳ありません」


 心なしかいつもより丁寧な態度の遠野さんにこちらも頭を下げる。


「さて、まずは北川さん。この度はレースのご優勝おめでとうございます」

「あ〜、あはは……ありがとうございます」

「いやぁ、ぶっちぎりでしたね〜。まさか一日以内にゴールするとは……さすがです」

「運が良かっただけですよ。たぶん、二度は無理です」

「またまたご謙遜を。ところで賞品については、やはりキマリスを?」

「ええ、まあ、一応目玉だったんで」

「ああ、良かった。……実は今日お呼びしたのは、そのキマリスについてなんです」


 おっと、もう本題に入ってきたか。

 朗らかな表情から真剣な雰囲気となる遠野さんに、こちらも姿勢を正す。


「実は、北川さんのキマリスをどうしても欲しいと仰っている方がいまして」

「キマリスを、ですか……」


 俺は腕を組んで考えるポーズを取った。

 やっぱ、そういう用件か〜。

 大会が終わったら即会いたいなんて連絡が来た時点で予想はしていたが……。

 しかし、キマリスか……。正直、手放したくない。

 そんな俺の内心を読み取ったか、遠野さんがバインダーをカバンから取り出しつつ言う。


「一応、北川さんが欲しがるだろうなというカードをご用意させていただきました。どうでしょう、こちらのリストを見てから決めていただく、というのは……」

「……拝見させていただきます」


 あんま気乗りはしないが、見もせずに断るのも失礼だよな……。遠野さんにはいろいろお世話になってることだし。

 という感じでリストを見た俺は驚きに目を見開いた。

 これ……どれもキマリスを超える市場価格のカードばっかだ。

 中には30億を超える物や滅多に市場に出回らない金額以上に希少なカードも載っている……。

 向こうからトレードを持ちかけてきた以上、キマリスよりも若干価値の高いカードを出してくること自体は予想していたが……これはさすがに予想を超えていた。


「どうでしょうか、キマリスとの交換でも満足していただけるものを揃えたつもりなのですが」

「それは、確かに……これなら。しかし、これでは赤字なのでは?」


 キマリスの平均市場価格は十五億前後。高くとも十八億を超えることは滅多にない。このリストのどれを選んでも赤字確定のはずだ。


「いえいえ、これがそのキマリスの価値ですよ」


 どこか含みを持たせた感じの遠野さんの言い方に、首を傾げる。


「と、言いますと?」

「つまりは……北川さんも使ったカードにプレミアがつくような冒険者になってきた、というわけです」


 な、なるほど……そう言うことか。プレミア、か。

 人気のあるグラディエーターが実際に試合で使ったカードには、市場価格を大きく超える額が付けられることも多い。

 その付加価値は選手の人気度合いや使い込み具合に大きく左右されるが、それがその選手を代表するようなカードであったり、何かの大会の優勝賞品であったりする場合、時として市場価格の十倍の値が付くことすらあるという。


「北川さんはアマチュアクラスではありますが、プロ入りを確実視されている新進気鋭の冒険者です。すでに霊格再帰の発見や凶悪犯の逮捕など大きな実績を上げ、今回のレースでもその実力と成長を証明しました。モンコロの試合においても試合数は少ないですが、その全試合で勝利を収めている。加えてカードに名づけをする主義でもあるので、そのカードも市場に出回りにくい……と、カードにプレミアがつく要素は十分ですよ」


 遠野さんはそう俺を褒めちぎるが、まあ実際は俺自身のプレミアというよりも、このキマリスが第一回モンコロレースの実質的優勝賞品ということが大きいのだろう。

 アンナが猟犬使いの賞金を全額寄付した効果も多少はあるのだろうが、所詮はアマチュアクラスの俺の人気など大したことはないはずだ。

 まぁ、今後俺がプロになって何らかの実績を立てることを期待しての、ちょっとした投資と言ったところなのだろう。


「それで、どうでしょう? 何か気に入ったカードはありますか?」

「そう、ですね……。今のところこの二つが気になる感じですね」


 そう言って俺が指さしたのは、古代ギリシャ風のドレスを身に纏い弓を構えた女神と、狼の毛皮を頭から被った女戦士の二枚のカード。

 片や、長く艶やかな黄金の如き髪と成熟した豊満な肉体を持ち、銀の馬車に乗った妙齢の美女。

 片や、健康的で鍛えられた肉体と、被った毛皮で顔の上半分が隠されて尚、その顔立ちの美しさが察せられる凛々しい表情の美少女。

 ギリシャ神話の月の女神セレーネーと、北欧神話の戦士ベルセルクだった。



【TIPS】死神からの贈り物

 イレギュラーエンカウントたちが残す特殊な魔道具は、ただの便利な道具ではなく彼らが獲物と認めた者たちへの勲章であり、マーキングとしての側面を持つ。

 そのため死神からの贈り物を持つ者はイレギュラーエンカウント全般とのエンカウント率が上がり、特に贈り物の主とはいずれ必ず再会する定めとなっている。

 それは仮に贈り物を手放し、冒険者を辞めて迷宮に潜らないようにしても避け得ぬ運命である。

 再会の際、それが死神たちを失望させるものだった場合、運よく生き延びられたとしても贈り物に込められた力は没収される。

 もしそれが嫌ならば、自らが獲物に相応しいことを証明し続けるか、死神たちに真の意味で認められなければならないだろう。

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