第2話 俺の中ではデート

 



 ————翌日、夏休み二十日目。


 昼下がりの立川駅前で、俺は織部と待ち合わせをしていた。

 目的はもちろん明後日から始まる過酷な迷宮攻略のための装備を買うため……というのは建前で。

 真の目的は、その『ついで』に行われる映画デートにあった。

 もちろん、織部との会話ではデートなんて単語は一度たりとも登場していない。

 あくまで装備を整えるついでに、以前から約束していた映画を見ることになっている。

 が、女の子と二人っきりでショッピングして映画を見るというのは、俺の中ではれっきとしたデートであり、つまるところこれは俺の人生における人生初のデートということであった。

 ……もっともデートと思っているのはこちら側だけなのが、悲しいところであったが。


 待ち合わせの時間まで、手持無沙汰にスマホを弄っていると、さっそく先日のレースのことが……というかカードギアのことがSNSなどで話題になっていた。

 レースの最中については賭博用にネットで生中継されてはいたが、一般用のエンターテインメント風に編集された番組はまだ放送されていない(というか、一応まだレースは続いている)。

 にもかかわらず、すでにSNSで大きな話題となっているのは、今回のレースが思っていたよりも世間に注目されていたのと、カードギアという新しい魔道具のお披露目があったからだ。


 ————迷宮の外でもカードと会話ができるようになる。


 この機能は、冒険者よりもむしろ一般人の興味を惹いたようだった。

 冒険者になって迷宮に入るのは怖いけれど、可愛い(格好いい)カードとおしゃべりしてみたい! と考える人々はかなり多かったのだ。

 すでにエメラルドタブレット社のHPにはサーバーが落ちるほどの問い合わせが殺到しているようで、レースの参加者がネットにアップした使用感をレビューした動画は、軒並みバズるか炎上していた。

 俺も、あれから家に帰ってから説明書を見ながら色々と弄ってみたところ、登録できるカードは入れ替え可能で、カードのビジョンもカードギアから10メートルくらいは自由に移動できたりと、思いのほか自由度が高いことがわかった。

 従来は、各階層の安全地帯に一つずつ中継器を置かなければできなかった迷宮内と外部との連絡も、カードギア同士なら普通に連絡が取れるし、地上においても北海道から沖縄まで日本中どこでも通話やメッセージを送ることが可能と、もう完全に次世代の携帯といった感じだった。

 今後、レース時に使ったカメラアイのような様々な付属品も発売予定らしく、より迷宮攻略の実況がやりやすくなるとダンジョンチューバーたちが自分の動画で絶賛していた。


 もう完全にカードギアに注目をかっ攫(さら)われた形だが、優勝者である俺のことも一応は話題になっていて……。


『一週間のレースで一日以内にゴールしててワロタw』

『相変わらず蓮華ちゃんがカッコ良くて素敵だった〜。メアちゃんも念願のランクアップおめでと〜! 今回勝った五万円で美味しいモノ食べます!』

『たまたま強いカードを手に入れられただけなのにイキって、マジで見ててイラつくわ。女の子カードでハーレム作ってるのもキモ過ぎる。つか、途中で目的の物手に入ったんならさっさとリタイアしろや。俺の十万返せ、クソガキが!』

『もう完全にプロクラスのデッキと実力。アマチュアの試合とか大会に出るのはもはや荒らしレベル。というか、勘弁してください(震え声』


 などなど、全体的に賛の声の方が多かったものの、否の方もチラホラ見受けられた。

 なお、最後のは、某『学生四天王最弱の顔と名前が思い出せない人』の書き込みである。

 一応彼も参加していたらしいのだが、まったく気づかなかった。どうやら知らない間に一瞬で追い抜いていたようだ。いまさらではあるが、この前遭遇した時に言っていた「アレ」とはこのレースのことだったのだろう。


 まぁ、基本的にはまだTV放送されていないこともあって、話題はレースのことよりもカードギアについてがメインだった。

 今日もここに来るまでの間にカードたちと会話しているのを見て、『売ってくれ』とか『譲ってくれ』とか、酷いのになると『自分だけ持ってるなんてズルい! エメラルドタブレット社に私にもタダで渡すように言え!』なんて言ってくるヤツすらいた。

 本人以外は使えないとちゃんと放送されていたはずなのだが、カードギアの存在を知っていてもそのことは知らない人は結構多いようであった。

 大体は説明すれば引き下がってくれるのだが、最後みたいなちょっと頭か心のどっちかがおかしい人には、『少しだけ不幸』になってもらいその隙にその場を立ち去らせてもらった。

 今は変な奴を寄せ付けないため、カードたちとの会話は諦めカードギアは仕舞っている。

 ちなみに、学校の皆からも連絡が来て『優勝おめでとう〜! ネットニュースで初めて知って驚いた〜』とか『先に言ってくれればみんなで応援したのに』とか少しだけ文句を言われつつも普通に祝福のコメントを貰っていた。


 そうしてスマホを弄りつつ待っていると……。


「お待たせしました、先輩」


 ようやく、待ち人がやって来たようだった。

 時間を見ると、ちょうど待ち合わせ時間のピッタリ五分前。実に彼女らしい到着だった。

 スマホを仕舞い、軽く手を上げる。


「よ、小夜」

「こんにちは。もしかして、大分待たせてしまっていましたか?」

「いや、全然」


 それより……と俺は織部の全身を見渡し。


「その服、似合ってるな」


 そう、称賛した。

 今日の彼女の装いは、いつものパンク風厨二ファッションとは異なり、白を基調としたノースリーブのシャツと黒いパンツスーツの大人びたデザインだった。

 いつもの厨二風ファッションもそれはそれで似合ってはいるのだが、今日の服はクールで大人っぽい彼女にピッタリで、とても似合っていた。

 俺のお世辞抜きの称賛に、織部は照れ臭そうに髪先を弄って眼を泳がせた。


「ぁ、ありがとうございます。先輩も似合って、……似合って、……いや、普通ですね」

「……だろ? 安いの着ても高いの着ても、俺が着ると凄く普通になっちゃうんだな〜これが」


 俺はそこそこ高かったブランド物のTシャツを指で摘まんで、ヘラリと笑う。

 ……ちょっと気合入れて着てきたけど、次からユニク〇で良いな、こりゃ。


「そ、それで、どうしますか? 先に装備を買いに行きますか? それとも先に映画を見に行きます? 一番早い上映時間までまだちょっと時間がありますが」


 気まずい空気を払拭するように、織部がやや早口気味に問いかけてくる。

 俺は腕時計を見つつ、できるだけ今思いついたように聞こえるように……。


「ん、そうだな……装備の大半は家に配達してもらうとしても多少は持って帰ることになるだろうし、嵩張るだろうから先に映画だな。時間まで……そこらのカフェに入って何か食べるか。映画見ながらポップコーンとか食べるだろうし、軽くで良いんじゃないか?」


 織部が笑顔で頷いたので、俺は内心で胸をなでおろしつつ『事前に調べてあった』女性に人気だというカフェへと彼女を誘導するのだった。




「————そう言えば、先輩はもうレースの賞品は交換したんですか?」


 二人でランチを食べながら雑談をしていると、話の流れはやはり徐々にレースについてへと移っていった。

 俺はカルボナーラをフォークで巻きながら答える。


「いや、賞品の交換は明日の表彰式の後で行われることになっているから、まだだな」

「なるほど、でももう何を選ぶかは決めているんでしょう?」

「もちろん」


 今回のレースで俺が最終的に得た星の数は、合計725個。

 そのうちの600はまず、目玉商品のキマリスに使わせてもらった。

 目玉商品だけあってキマリスの交換効率は全商品の中でもトップ。他のカードや魔道具の市場価値がおよそ星一個当たり150〜250万円程度なのに対し、300万円近い交換効率となっている。

 希少な軍団召喚持ちで装備化スキル持ちということもあり、これを逃す手はない。

 キマリスは高位の悪魔系カードに多いように両性の属性を持つため、女の子カードに適性を持つ俺とも相性は悪くない(逆に無性のカードが多い天使とは、男カードほどではないが相性が良くなかったりもする)。

 このままデュラハンと合わせて同時に運用しても良いし、ゆくゆくはデュラハンのランクアップ先にという手もあるだろう。


 残りの125個についてだが、カードは一枚のみで主に魔道具を選ぶことにした。

 カードの方は、星25個のマヨヒガというCランクカードを選んだ。

 これは滅多に市場に出回らない希少な異空間型スキル持ちで、自身の内部あるいは自身そのものが異空間となっているタイプのカードだった。

 海外の有名どころではティル・ナ・ノーグや桃源郷などが存在する。

 この手のモンスターの特徴としてはまず、空間そのものをいくら攻撃したところで倒せず、内部に隠れる本体(核)を倒さなくてはならないことと、本体自体はさほど強くないという点が上げられる。

 そのため主な戦闘方法は、内部に取り込んだ敵にリドルスキルを仕掛けつつ生命力を吸収したり、内部の味方の支援を行ったりといったものとなるのだが、異空間型モンスターには戦闘以外にも有益な使い道がある。

 それは、その異空間を利用した安全で快適な拠点としての用途だ。

 異空間型モンスターの内部は、外部と完全に隔離されているため、豪雨の中だろうが吹雪の雪山だろうが、周囲の環境の影響を受けずにぐっすりと体を休めることができる。

 ランクが上がるごとに過酷な環境が増えていく迷宮において、装備化スキルと並んでプロクラスの必需品と言われていた。

 ちなみにマヨヒガは家妖精——家妖精というかもはや家だが——としての属性を持っているため、シルキーのランクアップにも使うことができる。


 魔道具の方は、大通連と黄金の手綱、そしてドラゴネットのキーアイテム五種を選んだ。

 大通連は、持つ者に神通力を与えるという伝承を持つ三明の剣の一振りで、カードが装備することで戦闘力を200向上させ、神通力のスキルを一時的に得ることができる。

 三明の剣は三種すべて揃うことで真価を発揮すると言われており、二つ三つと重ねていくことで神通力のスキルも強力かつ多彩になっていく。

 大通連のみでは他のスキルで言う初等クラスが精々となるのだが、神通力は強力なレアスキルであるため、初等クラスといえども侮れない。

 具体的に言えば、大通連のみで付与される神通力でも、「念動力(神足通)」「地獄耳(天耳通)」「悪意の感知(他心通)」「物質の記憶を読み取る(宿命通)」「カルマを見る(天眼通)」「除霊(漏尽通)」とその能力は幅広い。

 それだけにその需要も相応に高く、星も七十個と高額だった。

 カードで言えばBランククラスのお値段である。

 とはいえ、市場に出回ることも少なく、値段以上に入手が難しい魔道具ではあるので、これでも安い方だろう。

 もし残りの二振りもリストにあれば、キマリスを諦めてでも揃えていたところである。


 黄金の手綱だが、これは装備させたカードに騎獣のスキルを、手綱を握る者に騎乗のスキルを一時的に付与する魔道具だ。

 おそらく元となっている伝承は、アテナが英雄ベレロポーンに与えたとされるペガサスを乗りこなすための黄金の手綱なのだろう。

 これは、騎乗スキルを得たがっていたイライザと、騎獣スキルを得たがっていたユウキに対するご褒美として選んだ。お値段は星十個也。


 最後に、ドラゴネットのキーアイテム五種についてだが、これは色々と片っ端から試していけば一つはヒットするだろう、という適当な考えからである。

 現在の研究でわかっているドラゴネットのキーアイテムは全六種のため、五つも試せばどれかヒットする可能性は高い。もしヒットしなければ、残りの一種で確定するということで、その時はその時だった。


「…………なるほど、なかなか良いものを選びましたね」


 俺の選んだ品を聞いた織部が少し羨ましそうに言う。


「だろ? マヨヒガなんかは今回の迷宮攻略でも役に立つだろうしな」

「普通に羨ましい……。しかし、今回のレースは先輩としても得るモノが多かったようですね」

「まあ、な」

「当初の目的だった零落スキル持ちのサキュバスに、キマリス、マヨヒガ、いろいろな魔道具、それになにより————吉祥天・黒闇天の戦利品」

「え……」


 ドキリ、と心臓が跳ねる。

 なぜ……それを……!?


「あの戦いで先輩も戦術を学び、一つ殻が破れた感がありますし……これはまた差が広がってしまいましたね」

「あ、ああ……」


 なるほど、そっちか……。内心でホッと胸を撫でおろす。一瞬カードのドロップのことがバレたのかと思ってマジでビビった。


「……いや、戦術を学んだってほどじゃないし、その方面に関してはまだまだ勉強中だよ。小夜の足元にも及ばないさ」


 ちなみに、吉祥天と黒闇天のカードについてだが、今のところランクアップは保留としている。

 アドヴァンテージカードの最大の強みは、その復活コストの安さだ。

 確かに、ランクアップすれば強さはより安定するし、運が良ければ零落スキルが残ってさらなる霊格再帰への道が拓けるが、ロストしてしまった際の復活は絶望的となってしまう。

 ランクアップ自体はいつでもできるし、蓮華はいつでも復活できる状態で運用する、という両親との約束もある。

 そういうわけで、現状そこまで戦力に困っているわけでもないこともあり、判断は保留としていた。


「…………。……ご謙遜を。……ところで、先輩はレース中にお金で星を結構買い取っていたはずですが、そちらの支払いの方大丈夫なんですか? カードのパックで相当散財していたはずですが……」

「ああ、それね……」


 と苦笑し、頷く。


「知り合いにカードを買い取ってもらえることになったから、一応なんとかなる」


 レース中に鷲鼻の男から星を一億四千五百万で買った俺だったが、これは俺の貯金総額を若干超える額だった。

 俺は当初これを星の換金をすることで払うつもりだったのだが、賞品を選んでいるうちに欲が出てきた。

 どう考えても星を現金に換金するのは金をドブに捨てる行為だ。

 できる限り星は賞品と交換したい……そこで思い出したのが、砂原さんのことだった。

 以前買ったパックで当てたヘケト。これを砂原さんに買い取ってもらったのだ。

 個人間でのカードの売買は経費として計上できないのでその年の税金が高くついてしまうのだが、事情を聞いた砂原さんは快く快諾してくれた。

 しかも、ギルドの買い取り価格よりもかなり高く、市場価格よりも若干安めという価格で、だ。

 受け渡し自体はあちらのスケジュールの都合で少し先となっているが、お金自体はすでに振り込んでもらっている。

 これで鷲鼻の男への支払いはなんとかなりそうだが、砂原さんには一つ大きな借りができてしまった。

 本人は元々欲しかったカードだったから気にするなと笑っていたが、そう遠くないうちになにか借りを返さなくてはならないだろう。


「そうですか……」


 なんとかなる、という俺の返答を聞いた織部は少し残念そうにそう呟いた。


「先輩が金策に困っているようなら私が貸しても良いと思っていたのですが」

「さすがに後輩の女の子から金を借りたりしないって。それなら素直に星を換金するわ。つか、なんで残念そうなんだよ」

「それはもう」


 織部はニヤリと笑って。


「先輩に貸しを作る貴重なチャンスですからね」

「闇金よりエグイ利子がついてそう」

「利子なんて、そんな。むしろお金では一円たりとも受け取らないのでご安心ください」

「むしろ怖いわ」


 一体金の代わりに何をさせられることやら……。

 そんなようなことを話していると、織部のスマホからアラーム音が鳴り始めた。


「ぁ……そろそろ時間みたいですね」


 もうそんな時間か、と時計を見て見ると。


「……ちょっと早くないか? まだ上映まで三十分近くあるぞ?」

「ここから映画館まで五分くらい掛かりますし、夏休みだから売店も混むでしょう。早めに行って損はないかと」


 そんなもんか、と頷いていると織部がフッと微笑んだ。


「それに……私は映画が始まるまでのあの時間も好きなんです」

「ああ……」


 それはなんとなくわかる気がした。あの薄暗闇の中で、上映を待つあの独特の気配。あれは家でDVDを見る時は絶対に味わえない、映画館でのみ味わえる醍醐味だった。

 むしろそれを味わうためにわざわざ映画館に観に行くと言っても過言ではないだろう。


「なるほど。じゃあ行こうか」

「はい」


 俺たちは互いに笑みを交わすと、連れだって映画館へと向かうのだった。






【TIPS】異空間スキル

 カードのスキルには、妖精郷や神界、冥界と言った異空間に出入りできたり、あるいは異空間そのものを作り出せるモノも存在する。

 それら、この世界とはわずかに位相のズレた空間に干渉することが出来るスキルの類を異空間スキルと呼ぶ。

 異空間の内部は外部と完全に隔てられているため、内部から外部へ攻撃を出来ない代わりに外部からの(異空間スキル持ち以外の)干渉も受けない。

 プロクラスでは、この性質を利用して異空間型スキル持ちを迷宮内での安全な拠点として利用している。

 装備化スキルと並び、プロクラスの必需品とされている。

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