第15話 禍を転じて福と為す②
『行くぞ、蓮華!』
『ああ!』
敵の姿が見えた瞬間、俺が取った行動は問答無用の先制攻撃だった。
蓮華とフルシンクロし、最大火力の一撃を叩き込む。
仮に相手が限界突破を持っていようと、迷宮からエネルギーを回され強化されていようと、大ダメージは必至。
高等攻撃魔法・エクスプロージョンが吉祥天へと直撃し、爆炎と衝撃波が大気を激しく震わす。そこへさらにメアやイライザたちが次々と追撃の攻撃魔法を叩き込んだ。
やがて土埃が晴れた時、そこには明らかに深手を負った吉祥天の姿があった。
良し! と喜ぶよりも先に、今はトドメを優先する。
ユウキを縮地で相手の背後へと回り込ませ、イライザに斬りかからせようとした————その時。
『マスター!』
イライザが突如警告を発し、献身の盾を発動した。——マズイッ!
何が起こったのを把握するよりも先に、本能のままに蓮華からイライザへとシンクロの対象を切り替える。
さすがにフルシンクロとまではいかなかったが、ギリギリで80%ほどまでシンクロ率を高められたところで、俺たちの側面から流星群が襲った。
『ぐぅぅぅ……う、う!』
歯を食いしばって献身の盾を維持するイライザ。凄まじい速度で彼女がため込んだ血液が消費されていく。それを表すかのように、彼女と生命力を共有しているデュラハンの鎧までもが、ひび割れ徐々に砕け散っていく。
一拍遅れてメアがプロテクションの魔法で、蓮華がリジェネレイトを使いイライザのサポートをする。
なんとか敵の攻撃を凌ぎ終わった時、イライザはほぼすべての血液のストックを使い尽くし、身に纏う鎧も原形を留めておらず、ロスト寸前と言った有様であった。
『イ、イライザァ!』
メアが悲鳴のような声を上げつつサキュバスを召喚し、それをイライザへと捧げる。彼女は血走った眼で無防備なサキュバスの首筋に喰らい付き、無我夢中で血液を啜り始めた。
みるみるうちに傷が癒えていくのをチラリと確認して、今の攻撃の主を見る。
そこには漆黒の衣を纏った、病に爛れた肌と老婆のような髪を持つ醜い女が立っていた。
————黒闇天。やはり、出てきたか。
特殊型迷宮の主は、一体しか出現しないと言われている。だが、これは誤りで、正確に言えば一体ではなく、『一枠』と言うべきだった。
当然、その一枠で二枚召喚することができるようなスキルがあれば、特殊型迷宮の主と言えど二体同時に出現することができる。
そう、例えば二体一対スキルや————その上位スキルである二相女神のように。
二相女神は、二体一対スキルのように二枚揃うことで使えるようになるスキルは存在しない(というよりも二枚揃わなくても代表的なスキルを使えるようになっているというべきか……)が、その代わりに二枚揃った時の特典が強化されているスキルだ。
二体一対型スキルの頃にあった生命力の共有に加え、『魔力や後天スキルの一部共有』や『使用回数制限があるスキルの条件緩和に回数の増加と共有』『戦闘力の増加』など、様々な恩恵を持つ。
黒闇天も、それに霊格再帰できるタタリモッケのカードも手に入る見込みがなかったため、これまで強く意識してこなかったが、本来は二枚揃うことで力を発揮する強力なスキルなのである。
しかし、こちらが二相女神のスキルを活かせずとも、相手はこうして当たり前のように出現してくる。
迷宮によっては普通に一体ずつしか出現しないことも多いため、頼むから一体しか出て来ませんように、と祈っていたがどうやら無駄に終わったようだった。
……というよりも、俺のそんな苦手意識を汲み取ってこの二体を迷宮は呼び出してきたのだろう。
『……ぁ、雨……』
メアが上を見上げて呟く。
寺社の境内に、光り輝く雨が降り注ぐ。敵の吉祥天のアムリタの雨だ……。
こちらがイライザの傷を手当している間に、向こうもすっかり全回復してしまったようだ。
しかも、こちらは一回しか使えないアムリタの雨であるが、あちらは後何回も使えるだろう。
…………クソ、羨ましいな。
こういう時は、厄介な回復役から潰すのがセオリーだが、二相女神には生命力を共有する力もあるため、二枚分のダメージを与えなければ倒すことができない。
当然、わずかでも生命力が残っていればアムリタの雨で全回復してくるだろう。
ボスが全回復魔法を使ってくるとか、これがゲームだったら酷評レビューをあちこちに書き込んでいるところだ。
……とにかく、厄介極まりないが、攻略方法ははっきりしている。
二体同時でロストさせるほどの一撃を叩き込むか、二体同時に眠らせてメアが内部から衰弱死させるかのどちらかだ。
眠りの状態異常は、なんとか機会を見つけてここぞという時に試すとして、まずはじわじわと生命力を削りつつ、一撃で倒せる射程範囲内に収めるしかない。
問題は、相手はどう見ても限界突破持ちで、逆にこちらが一発でやられかねない火力ってことだ……。
『メアはそのままサキュバスの召喚を頼む。イライザは呼び出されたサキュバスをガンガン喰って血を蓄えろ! どうせこの火力じゃ出てきても即やられるだけだ』
先の流星群を見るに、確実に限界突破はコピーされている。そんな敵の前に戦闘力300台のサキュバスを出したところで、一瞬で溶けるだけだ。ならば、イライザの栄養源になってもらった方が良い。
『それとダーインスレイヴはユウキに渡してくれ。ユウキ、これを履け』
イライザからダーインスレイヴを受け取ったユウキへと、羽の生えたサンダル——タラリアを渡す。
今はまだ、相手は地上にいるが、空へと逃げられたらユウキに追いかける術はない。
イライザとユウキのどちらに渡すかギリギリまで判断するために温存していたが、ここはユウキに渡すのが最善だ。
『鈴鹿は姿を隠して、丑の刻参りを使えるタイミングを探してくれ。蓮華は主力だ。とにかくガンガン魔法を撃ち合うぞ』
指示を聞いたカードたちが動き出す。
ユウキの張った火遁の術による煙幕に紛れて鈴鹿が境内のどこかへと隠れ、イライザとメアが俺を連れて後方へと下がる。ついでにコシュタ・バワーを召喚し、その中へと隠れた。
無いよりはマシ程度の盾だが、気配遮断と透明化もついていることだし、ゼロよりは良い。
カードたちを通じた視界では、ユウキがタラリアによる高速移動と縮地で敵を翻弄しつつ、吉祥天へと斬りかかったところだった。
ダーインスレイヴには再生阻害の効果がついている。さすがにアムリタの雨にはその呪いも洗い流されてしまうが、それ以外の回復魔法を無効化できるのは大きい。
一瞬で背後に回り込んだユウキに、さすがの吉祥天も反応できずにその背を袈裟斬りにされ————。
『なにっ!?』
ユウキの切り裂いた吉祥天が丸太へと変わり、彼女からかなり離れたところへと吉祥天を抱いた黒闇天が姿を現した。
糞! 高等忍術をコピーしやがったのか!
吉祥天を抱いた黒闇天は、縮地で境内を縦横無尽に駆け回りつつ、範囲攻撃魔法をばら撒き始める。
こうなるとユウキも魔法から逃げるのが精一杯で、蓮華もユウキを巻き添えにすることを恐れて碌に攻撃することができない。
『最悪の高速移動砲台だ……』
思わず呻く。
戦闘力の高さだけでなく、かなり戦術も駆使してきやがる……。
と、その時黒闇天の抱えている吉祥天が親指を咥えているのが見えた。
『フィンの親指か……!』
フィンの親指で知能を高めた吉祥天が、頭脳となってこの作戦を指示しているのだ。
……このレースのためにした準備の数々が、逆に俺に牙を剥いてきているように感じ、俺は歯噛みする。
『メア! 胡蝶の夢の幻影でユウキをサポートしてやってくれ!』
『うん!』
やむを得ず、サキュバスの召喚を一時中断させてメアをユウキのサポートへと回す。
メアの幻影はユウキの姿を隠し、偽物のユウキを何体も生み出すと、幻影たちは縦横無尽に境内を走り回った。
これで少しは楽になるはず……。
『嘘! なんで!? 幻影に全然引っかからない』
だが、黒闇天たちは幻影には引っかからず、姿が見えないはずのユウキをピンポイントで狙ってくる。
クッ、これは……鈴鹿の虚偽察知か!
どういうことだ! 手に入れたばかりのスキルのくせに俺よりも上手く使いこなしてるじゃねーか!
俺のカードたちが持っているスキルは、敵に回すとこんなにも厄介だったのか……。
……いや、違う。そうじゃない。敵がスキルの使い方が上手いのではなく、俺がスキルの使い方、組み合わせが下手くそなだけなのだ。
だから、俺のカードのスキルのごく一部だけを持っているだけの敵に、こんなにも翻弄されている。
すべては俺の司令塔としての能力が低いため……。
一言で言ってしまえば、俺は『カードゲーム』が弱いのだ。
ヘボプレイヤーが、なぜそのカードが世間で強いと言われているのかも良く理解せずに、とにかく強いからデッキに組み込むように……高い戦闘力とレアスキルを持つカードをかき集めた冒険者。それが、俺という男だった。
まさに宝の持ち腐れ。豚に真珠の、猫に小判。
……だがそれは、この場で気付いたからと言ってすぐにどうにかできる問題じゃない。
戦術の閃きは、センスと積み重ねた経験から生まれるモノだ。
ここを生き残って後でコツコツと定石を学ぶことは出来ても、この場で最適解を編み出すことは、俺には出来ない。
————だから、とりあえず真似から始めることにしよう。
初心者が上級者のデッキをそのままコピーしてその戦略を学ぶように、相手の戦略をそのまま真似させてもらう。
まずは、ユウキに蓮華を背負わせて、敵の高速移動砲台の真似をさせてもらう。ただ真似をするのではあまりに芸がないので、空中も含めて上下左右から魔法爆撃をしてやることにした。
これにより、相手は一方的に攻撃することができなくなり、両者の戦いは超高速の読み合いへと変化した。単純な速さの戦いから、相手の移動先を予測して攻撃しつつ、相手に移動先を予測されないように動かなければならないという頭脳戦へと戦いのステージが移行したのだ。
その頭脳戦を担当するのは当然俺ではなく、直感とフィンの親指を組み合わせたイライザだった。
俺はただネットワークの中間地点に過ぎない。
ひたすらに、イライザの思考が蓮華たちに届くまでのタイムラグを無くすことに専念する。
つまりは、複数枚同時のシンクロ——マルチシンクロである。
蓮華のフルシンクロを維持しつつ、シンクロ率は低くともユウキとイライザにも同時にシンクロを行う。
両手で上手な字を書くことはできなくても、右手でちゃんとした字を書きつつ、左手で落書きをしつつ、口で下手くそな口笛を吹く程度のマルチシンクロは今の俺にもできる。
考えてから伝えることになるテレパスと違い、マルチシンクロは思考を共有するリンクだ。
イライザが敵の動きを予測した時、同時に蓮華たちも同じ思考に至っている。
これにより、ようやく一心同体である吉祥天と黒闇天たちと同等の土俵で読み合いが可能となっていた。
そしてその読み合いは、演算能力で敵がやや上回りつつも、直感による理屈ではない閃きの分、今のところこちらがやや有利なようだった。
こちらの攻撃は少しずつだが相手の生命力を削りつつあり、逆に相手の攻撃は今のところ紙一重で回避できている。
このまま拮抗状態を維持できれば、勝負の天秤は徐々にこちらに傾いていくだろう。
……だが。
『う、ぐ……!』
コシュタ・バワーの馬車の中、俺は脂汗を流して激しい頭痛に耐えていた。
この状態の維持。ただそれだけのことが、今の俺にとって一番の難関だった。
未だ完全に習得していないマルチシンクロのぶっつけ本番での行使は、予想以上に脳と精神へと負担が掛かっていた。
一つのことに極限まで集中していくパーフェクトリンクとはまた違った、同時並行的作業を強いられるマルチシンクロの負担は、俺の普段使っていない脳の部位を酷く疲労させていく。
このままでは、間違いなく敵の生命力を削り切るまでにリンクが維持できなくなるだろう。
その前に、吉祥天と黒闇天をどうにかして一気に決着をつける必要があった。
だが、イライザが脳をフル回転させてもそんな隙は見当たらない。
鈴鹿……はダメだ。今忍ばせている彼女を使っても、一瞬状況が楽になるだけ。むしろ伏兵の存在を教えてしまう分、大きなマイナスだ。見えない伏兵の存在は、少なからず相手にプレッシャーを与え、演算能力を割かせているのだから。
メアも、イライザの吸血ストック用のサキュバスを召喚するのに忙しい。イライザは右手の親指を咥えつつ、蝙蝠形態とした左手でサキュバスの吸血を行っている。またいつ献身の盾を使うかわからない以上、イライザの補給は最優先事項だった。
デュラハン……は今となっては完全なお荷物だ。彼女を装備させていなかったらイライザがロストしていた可能性が高いので、判断ミスとまでは思わないが……彼女の存在を上手く使いこなせない自分を歯がゆく思う。
なにか、なにかこの拮抗を打破できる方法は……!
————マロの冒険者の強みは、カードを育てるのが凄く上手いことなんじゃないかな。
師匠の言葉が脳裏に蘇る。
それじゃあ、この場じゃ意味ねぇんだよ……! 強く、歯が砕けそうなほどに食いしばる。今の手札じゃ勝てない敵にも、勝てるくらいの強みでないと……!
武器が欲しい。俺だけの、冒険者としての特徴が……。
『——マスター』
その時、ふいに俺の顔を温かいモノが包み込んだ。
一瞬遅れて、イライザの胸に抱きしめられたのだと気付く。
『イライザ……?』
『私が証明です』
『なにを言って……』
戸惑う俺に、イライザはまるで聖母のような暖かな笑みを向け、言った。
『私が、冒険者としてのマスターの強みの……証明となります』
その時、胸元に仕舞っていたカードが光を放った。カードのスキル習得の光。
カードを見てそれがどんなスキルかを見るよりも前に、それがどんな力なのか……心で理解した。
これは……このスキルは——。
『私は、もう、人形ではありません。貴方がずっとそうあれと望んでくれたから……』
これは、イライザというカードを象徴するスキルだ。この世でただ一人、彼女だけが持つ力。故に、このスキルには名前もない。
仮に、イライザそのものと言えるこの名も無きスキルに名を付けるとすれば————。
『————マイフェアレディ』
カードの光がひと際大きくなって、弾けた。
スキルの名付けにより、スキルが確かな形となって彼女へと定着する。
俺は彼女の胸元から身体を離し、言った。
『イライザ』
『はい』
イライザが、俺の命令を待ちわびるように頷く。
『————敵の吉祥天の“限界突破”をコピーしろ』
『イエス、マスター』
その瞬間、彼女のすべての力が拡張された。その力はフィンの親指へと注がれ、演算能力が飛躍的に向上する。
それは、蓮華とユウキの動きの向上という形で、直ちに戦場に反映された。
掠らせるのがやっとだった攻撃が直撃するようになり、敵の攻撃は手に取るようにわかるようになった。
一気に勝負の天秤がこちらへと傾く。イライザを通じて、こちらの陣地(・・)が加速度的に広がっていくのが、俺の平凡な脳みそでもわかった。
これが、イライザの新しい力。先天スキルでも後天スキルでもない、彼女だけの固有(ユニーク)スキル……、敵や味方のスキルを一つコピーすることができるスキル。
多彩なスキルを貪欲に習得し続けてきた彼女だからこそ至ることの出来た、一種の極致。
そこで、境内に光の雨が降り注ぐ。敵の吉祥天が再びアムリタの雨を使ったのだ。
これでまた一回、敵に切り札を切らせることができた。
イケる……このスピードならできる。俺の脳みそのスタミナが切れるまでに、押し切れる。
勝利の予感に、俺の身体がカッと高揚するのがわかった。
だが……俺は理解していなかったのだ。
————俺たちが敵に回しているのが幸運の女神と、それと同等の疫病神だということを。
それは、偶然だった。計算の結果ではなく、不運な事故……。
蓮華の放った岩の槍により、黒闇天の放とうとしたライトニングの魔法の軌道がズレた。
放たれた雷の槍は、両者にとっても予想外の方向へと向かう。
そう、隠れていた俺たちの乗るコシュタ・バワーの方へと。
ただの事故というにはあまりにもピンポイント過ぎる不幸。ならばそれは疫病神による必然と言うしかなく……。
『マスター……!』
イライザがギリギリで献身の盾で俺たちを守る。
限界突破で戦闘力が底上げされていたこともあり、なんとか一人で防ぎ切ることができた彼女だったが、さすがにコシュタ・バワーまでは守り切れず、俺たちは消滅した馬車から投げ出された。当然敵もこちらの存在に気付く。
さらに、攻撃を受けたことでなんとか保っていたマルチシンクロも解除され、司令塔を失った蓮華たちは機能不全に陥った。
その隙を、敵は当然見逃さなかった。
威力よりも発動速度を重視した中等攻撃魔法が、こちらへと放たれる。
——マ、ズイ……!
背筋が凍りつき、思考が走馬灯のように超高速回転する。
俺へのダイレクトアタックは、一度だけなら大丈夫だ。事前にインシュアランスの魔法を掛けてあるから、なんとかなる。二連撃であっても、冒険部のバッヂがあるから問題ない。
問題は、傷ついたイライザだ。今の彼女にこの攻撃に耐えられる生命力はない。サキュバスを喰らって得た血液も先ほどのですでに底をついていた。
攻撃を喰らえばマズイのは、俺ではなくイライザ。
ならば当然頭の切れる敵が狙うのは、傷ついた吸血鬼だった。
雷の槍が彼女を貫く——寸前。
『アアアアアア!』
メアが、咄嗟にその身を曝け出した。
『メア……!』
激しい電流が一発で彼女の生命力を焼き尽くし、しかし、生還の心得がギリギリでその命を繋ぎとめる。
『こ、の……!』
そこでようやく蓮華たちが動き出すが、司令塔を失った一撃は虚しく空を切る。
それは、黒闇天たちがもう一度攻撃できる隙を作ってしまったことを意味していた。
黒闇天がこちらへと手のひらを向ける。追撃の気配。
引き延ばされた一瞬の中で、俺は選択に迫られた。
……イライザか、メアか。
どちらも、この状況で失うには重すぎる手札。
俺がわずかに逡巡している間に、真っ先に動いた影があった。
『イライザ——!』
半死半生の吸血鬼が、自らの意思で献身の盾を発動する。
こういう時に一切の躊躇なくその身を捧げることができるのが、イライザという女で。
しかし、それは俺たちの決定的敗北を意味してもいた。
黒闇天の背後が揺らめき、地上と宇宙を繋ぐゲートが現れる。
そこから流星群が降り注ぎ————。
「……は?」
————なぜか黒闇天たちを直撃した。
ポカンと呆気にとられる。カードたちからも唖然とした感情が伝わってくる。他ならぬ黒闇天たちも、重傷を負いながら戸惑っている様子だった。
なんだ? まさかうっかり自分を攻撃したとでも言うのか? そんな馬鹿な……いや、まさか!
ハッとイライザの纏う鎧を見る。
その時俺の胸にこみ上げてきた感情は、筆舌に尽くしがたいものだった。
コイツら! デュラハンのドジをコピーしてやがったな……!
後天スキルのコピーは、選択式ではなくランダムだったということか。ここまで相手にとって都合の良いスキルしかコピーされていなかったから、てっきり選択式だと思っていた。だが、今はそんなことどうでも良い。
重要なのは、これがチャンスだということだった。
途轍もなく、大きなチャンス。
俺が指示をするまでもなく仲間たちはそれを理解しており、すでに動き出していた。
自らのメテオの魔法で体を穿たれた吉祥天たちが、突如地面へと膝をつく。
蓮華のグラビティの魔法だ。凄まじい重力がそのまま彼女たちを押しつぶそうとした寸前、吉祥天のアムリタの雨が発動される。
全身の傷が消えさり、グラビティからも解放された吉祥天が顔を上げた瞬間、その口を小さな淫魔に塞がれた。
死の快楽。直接の口づけは、一瞬で吉祥天の精気を根こそぎ奪い取っていく。
当然相手も黙って見ているわけがなく、黒闇天の放った雷の槍がメアを貫き——ポンと言う音を立てて丸太へと変わった。
空蝉の術。ユウキに抱えられ俺の元へと戻って来たメアは、すかさずイライザへと口づけをして、その精気を彼女へと移す。
精製された生命力である精気は、回復魔法や血液の吸収などよりも遙かに効率よく吸血鬼の肉体を癒してゆく。
その様を見ていた黒闇天が、憎悪の表情でこちらへと手のひらを向ける。メテオか、グラビティか。
だがそれが放たれるよりも一手早く。
『——鈴鹿!』
『ふふ、完全に忘れ去られたかと思ってたよ』
鈴鹿の丑の刻参りが発動していた。
黒闇天が胸を抑え、跪く。耐性無視の呪術攻撃は、種族として呪いに耐性を持つ黒闇天であっても抵抗できるものではなかった。
それを見た吉祥天が、アムリタの雨を放つ。これで五回目。……一体何回使えるんだ。
だが、もうあと何回使えようと関係ない。
これで、決める!
『蓮華、メア、鈴鹿!』
『うむ!』『任せて!』『いくよぉ〜!』
友情連携——『世界終末の夜』×『巫山の夢+耐性貫通』×『可愛さ余って憎さ百倍』
黒い雨が降り注ぎ、吉祥天と黒闇天がなす術もなく昏倒する。
すかさずメアが吉祥天の中へと入りこみ、数秒ほど様子を見て起きる気配がないのを見て取り、俺はドッカリとその場に座り込んだ。
よ、ようやく、終わった……。
そのまま地面に大の字になろうとして、最後に一つ仕事が残っていたことを思い出す。
『……蓮華』
『ああ、やるのだな?』
俺は無言で頷き、深く彼女と心を重ね合わせていく。
パーフェクトリンク。こんな機会滅多にない。散々苦戦させられたことだし、ここで何としても吉祥天のカードを手に入れておきたかった————が。
『く……さすがに幸運が足りないか』
前回の使用から約二週間。途中でカーバンクルのガッカリ箱の分の幸運も貯めてきたが、BランクどころかCランクの確定ドロップ分の幸運も貯まっていなかった。
と、その時、ふと俺は自分の持つ幸運のほかに、大きな幸運の塊が傍に存在することに気付いた。
何気なくそれに触れ……。
『これは……! そうか、そういうことだったのか!』
その正体を知った俺は、躊躇なくすべての幸運をつぎ込んでいく。同時に響く、何かが砕け割れる音。
そして——。
『マスター』
俺を呼ぶ声に目を開けると、そこにはイライザの整った顔があった。
彼女はカメラアイの死角になるように、こっそりと何かを渡してくる。
手の感触でそれが『二枚のカード』であることを確認すると、俺はニヤリと笑みを浮かべた。
『落ちる瞬間は?』
『イエス、マスター。ご安心ください。ユウキと私で隠しておきました』
『よくやった』
サキュバスのドロップの時は偶然だったため隠せなかったのは仕方ないが、今回のBランクカードのドロップはさすがに視聴者に見せることは出来ない。
さすがにサキュバスに加えて吉祥天と黒闇天のカードもとなれば、確率の偏りに疑問を持たれるだろう。
俺はカードをこっそりと懐にしまうと、背中のバッグを見た。そこには、道中で手に入れたカーバンクルガーネットが入っていたのだが……。
「やっぱ、そういうことか……」
カーバンクルガーネットがすべて砕け散っていることを確認した俺は、小さく呟いた。
あの時感じた、大きな幸運の塊は、カーバンクルガーネットだったのだ。
以前、師匠と共にカーバンクルの確定出現するシークレットダンジョンを見てから疑問に思っていることがあった。
それは、市場に出回っているカーバンクルガーネットの量の少なさについてだ。
シークレットダンジョン一つから算出されるガーネットの数は、一日につき十数個以上。今回の地下迷宮のように一階層で複数体出るような迷宮の場合、さらに多くなる。
カーバンクルの出るシークレットダンジョンは日本国内に相当数あると思われるため、一日の産出量は最低でも四桁以上となるはずだ。
それだけのガーネットが算出されているにしては、市場に出回っている量があまりに少なすぎる。
最初は、値崩れしないようにコントロールしているのかとか、魔道具の加工に使っているのかもしれないと思っていたのだが、今回のこれで別の可能性が浮上してきた。
すなわち、幸運操作や運命操作での幸運の補充としての使用方法だ。
これは、政府側に蓮華のようなカードを持つ者が存在し、政府もその能力を把握しているということを示唆していた。
「……………………ふぅ」
ま、ここで考えても仕方ないことか。
俺に出来るのは、今まで通り蓮華の能力を隠して使っていくことだけだ。
それよりも気になるのは……。
俺はイライザのカードを取り出すと、カメラに映らないようにそのステータスを見た。
【種族】ヴァンパイア(イライザ)
【戦闘力】840(MAX!)
【先天技能】
・膏血を絞る
・夜の怪物
・中等攻撃魔法
【後天技能】
・フェロモン
・奇襲
・献身の盾
・精密動作
・高等補助魔法
・魔力強化
・詠唱短縮
・直感
・フィンの親指
【固有技能】
・マイフェアレディ(NEW!)
先天技能と後天技能欄の下に新たに現れた、固有技能欄……。
その下には、俺が勝手に名付けたはずのスキル名が記載されている。
また、後天技能の欄からは絶対服従や多芸、明鏡止水と言ったスキルも姿を消していた。
固有技能……カードに先天技能や後天技能以外のスキルがあるなど聞いたこともない。
蓮華やユウキの限界突破も出鱈目なスキルではあるが、それでも既存のスキルの枠に収まっていた。
だが、これはこれまでのカードのシステムの枠から明らかに逸脱している。
ふと、師匠の言葉が脳裏に蘇った。
……先天スキルや後天スキルは、カードの表層的な力の一部に過ぎない、か。
師匠なら、このことについても何かわかるのだろうか。
俺は疲れ切った頭で、ぼんやりとそう思うのだった。
————レースリザルト。
ゴールタイム:21時間11分。獲得星数225個。着順——1位。
第一回キャットファイト・バトルロイヤルレース優勝者・北川歌麿。
【Tips】二相女神
二体一対型スキルの上位スキルとして、二相女神や三相女神が存在する。
二体一対型スキルがもう一枚のカードが場に存在しなくては無意味なのに対し、二相女神は場にもう一枚のカードがなくとも固有のスキルが使え、さらにはもう一枚のカードへと変身が可能と、条件が緩和されている。
だが、当然そのカードの真価が発揮されるのは二枚揃った時であり、生命力の共有に加え、
『魔力や後天スキルの共有』や『使用回数制限があるスキルの回数増加と回数共有』など、様々な恩恵を持つ。
その分一枚だけの時の性能は他のBランクカードに劣る傾向があり、他のカードに比べて若干値段は低くなる。
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