第16話 夏はまだまだ続く


 

「————もしかすると、それってマロのユニークリンクなのかも」


 レースが終わり、その夜。自宅へと帰宅した俺は、師匠と電話で話をしていた。


 話題は、無事レースで優勝したことと、そのお礼。そして、イライザが目覚めた新たな力……固有技能についてである。

 カードのステータスに新たに刻まれた、先天技能でも後天技能でもない未知の技能欄。これについて何か知っていることはないかと、師匠へと尋ねてみたのだ。

 もちろん、『マイフェアレディ』の能力に関しては伏せて、だ。

 あの能力については、俺も感覚でしかわかっていないのだが、どうやら敵や味方の後天スキルを一時的にコピーできる能力らしいことはわかっていた。

 スキルのコピーは、迷宮の主の中でも特殊型迷宮の主にしか許されていない反則技である。

 いくら師匠とは言え、そう簡単に話せることではなかった。

 師匠も能力の内容については気になったようだが、深くは踏み込んでこず、俺としても助かった。

 そうして一通り俺の話を聞いた師匠が言ったのが、この一言であった。


「ユニークリンク、ですか……」


 師匠の言葉を、頭の中で反芻する。

 ユニークリンク……冒険者の持つ属性を極めた先にあるという、リンクにおける一種の極み。

 その習得には、ひたすらに自分に合った属性のカードを使っていくしかなく、プロであっても習得していない者がほとんどだと言う。

 そんなリンクを、冒険者歴一年未満の俺が使えたとは信じられないが……。


「そのイライザさんのスキルって、今はもうカードに記載されていないんだよね?」

「ええ、戦闘が終わって、リンクを切ったら無くなってました」


 俺はそう言いながら、イライザのカードを見た。そこには、確かに得たはずの新スキルの名はどこにも存在していなかった。

 同時に、消えていた絶対服従や多芸、明鏡止水のスキルが後天技能へと戻っていた。


「で、帰りに迷宮に寄ってまたリンクを繋いでみたら現れた、と」

「現れたり、現れなかったり……ですね。なんか安定しない感じで……」


 帰り道、電車の中でイライザのカードを何気なく見たところ固有技能が消えていたことに気付いた俺は慌てて近くの迷宮へと寄り、もう一度固有技能を出現させてみようと様々な試みを行った。

 そうしてわかったのが、イライザとシンクロを行っている時のみ、極まれにいくつかの後天スキルが消え、固有技能へと変化するらしいということだった。


「目覚め掛け、ってことなのかな。いずれにせよ、リンク中にのみ出現するということは、マロの属性に影響を受けていると見るべきだろうね」


 目覚め掛け……。俺の中で発芽し始めているユニークリンクが、イライザの高い資質と反応して一時的に形となった、ということなのだろうか。


「それとイライザさんの成長が、他のマロのカードと比べても早い件なんだけど」

「あ、はい」

「彼女は、もしかしたらギフテッドなのかも……」

「ギフテッド……?」

「極まれにあるらしいんだよ。妙にスキルの獲得が早かったり、戦闘力やスキル以上に強いカードが。いわゆる、カード中の天才って奴。そう言うのを、迷宮からの贈り物ってことでギフテッドカードって呼ぶんだ。……まあ、根拠のない噂みたいなもんなんだけどさ」

「へぇ〜」


 ギフテッド、か。確かにある分野に天才的な力を発揮する人間のことをそう呼ぶこともあるが、イライザはまさしくカードの中のギフテッドと呼べるだろう。

 ユニークリンクについても、イライザと同じくらい付き合いの深い蓮華やユウキでは微塵も発動させられる気配がないことを考えると、原因は俺の才能というよりもイライザの方にあるのだと考えれば、むしろしっくり来た。


「……ところで、レース中カーバンクルガーネットとか結構手に入れたみたいだけど、それどうするの?」

「え……? ……普通に換金したり、母親とか妹とかにプレゼントするつもりですけど」

「ふぅん……そっか」

「どうしてそんなこと聞くんです?」

「いや? 特に大した意味はないよ。……もしかして、織部さんとかにプレゼントでもするつもりなのかな〜って思っただけ」

「いやいやいや、なんでそこで小夜が出てくるんですか」


 俺が慌ててそう答えると、師匠は揶揄うような声音で。


「あれ? でも今度映画デートに行く予定なんでしょ?」

「いや、デートって感じじゃないッスよ。普通に映画とかを空いてる日に見に行く予定なだけです」

「アハハ、まあ、そういうことにしておこうかな。……ま、その固有技能とやらは僕も調べてみるよ」

「え、ええ……よろしくお願いします」

「何はともあれ……優勝おめでとう、マロ。それじゃあまたね」

「はい、また」


 プツッという音とともに、通話が終わり。


「ふぅ〜……」


 俺はどさりとベッドに身を預けた。

 結局、師匠でも固有技能のことはわからなかったか……。

 しかし、ユニークリンク、か。

 もしこれが俺のユニークリンクによるものだとしたら、俺の能力は『カードに固有技能を追加するリンク』ということになるのだろうか?

 ……それは、なんとなくだが違う気がした。

 きっと、固有技能自体はどのカードにも備わっているシステムなのではないだろうか。

 故に、先天技能などと同じように欄としてステータスに並んでいるのだ。

 ならば、固有技能とはカードを成長させていった先にある技能と考えることもできる。

 では、俺のユニークリンクは『カードが固有技能に目覚めやすくなるリンク』ということなのだろうか?

 ……微妙に違う気もするが、方向性はあっている気がする。

 元々師匠には俺のカードの成長は早いと言われていたし、俺のユニークリンクはカードの成長を手助けするタイプなのかもしれない。

 ……いや、きっとそうだ。

 カードの育成特化。それが俺の冒険者としての資質であり、強みなのだ。

 俺はようやく冒険者として目指す道筋が見えた気がして、グッと力強く拳を握ったのだった。





 ————それから二日後。

 俺は都内の最大規模のプールへとやってきていた。

 今日は終業式の日に約束していた、プールの日だった。


「それにしても、北川の仕事が予定より早く終わって良かったよ」


 更衣室で水着へと着替えていると、神道がそんなことを言いだした。


「北川が突然、モンコロのレースの仕事が入ったからプール行けないかもって言いだした時は、これでプールの約束は完全に流れたな、って思ったもん」

「悪かったって。突然オファーが来たからさぁ。でも、ちゃんとプールの日までには終わらせてきただろ?」


 俺が神道へとそう答えると。


「それがおかしいんよなぁ。一週間の予定のレースで、二十四時間以内にゴールするとか」


 そんなツッコミが、神道の反対側の方から聞こえてきた。

 俺はため息を吐きつつ、そちらへと首を向け。


「……つか、なんでここに小野がいるんだよ」

「師匠こそ冷たいんとちゃうか? 可愛い弟子をハブいて女の子とプールに行こうなんて……」

「なにが可愛い弟子だ」


 よよよ……と泣き真似をする小野へと突っ込みを入れつつ、横目で神道を見る。

 すると彼は「悪い」と両手を合わせつつ。


「いや、なんかどこからか俺らがプールに行くって話を聞きつけたみたいでさぁ。ちょっと断り切れんかった」

「いや、まぁ、良いんだけどね」


 小野には借りがないこともないし、別に本気で嫌がっているわけではない。

 ただ、当日待ち合わせ場所に行ってみたら当たり前のようにこの男が立っていたから少し突っ込みたくなっただけだ。


「そうそう、つまらんこと気にせんと、今日は楽しもうや! こんなチャンス滅多にないんやし!」


 だが、やっぱりなんとなくイラッと来たので、俺は神道と二人で小野のケツへと蹴りを入れると、更衣室を出たのだった。



 プールサイドへと出ると、プールはかなりの客で賑わっていた。

 プール自体はかなり広く、波のプールや流れるプール、ウォータースライダーなど見渡しただけでも10種以上のプールがあり、中にはショーも可能な広いエンタメプールもあったが、それでも少しだけ狭く感じるほどに多くの客が訪れているようだった。


「うひゃー、偉い混み合っとるなぁ。む……F発見」

「ウォータースライダーとか結構並んでるな。あれじゃ遊べるのは大分先になりそうだな。お、G発見」

「ありゃGじゃなくてHはあるだろ〜。……ある程度混雑が解消されるまで、波とか流れるプールで楽しむべきだな、こりゃ」


 そんな風に、水着のお姉さんたちの鑑賞をしつつ女子勢を待っていると。


「お待たせ〜!」


 ついに待ちに待った瞬間がやって来た。

 俺たちは三人同時に勢いよく振り返り。


『おお〜!』


 そう歓声と拍手を送った。

 四之宮さんの水着は、黒色のクロス・ホルター・ビキニで、身体のラインに自信のある人にしか身に着けられないタイプのデザインだった。

 さすがは読者モデルといったところか……こうしてみると本当にスタイルが良いのがわかる。

 程よい大きさの胸の谷間と、くびれた腰にスラリと伸びた白い脚が何とも眩しい。

 いつもは低い位置で一本結びにしている髪を、ポニーテールにしていることもあって、なんだか活動的な雰囲気だった。


 その隣に立つ牛倉さんは、というと、こちらは白と黒のストライプ柄のタンキニで、自分の体型を隠すようなタイプの水着だった。

 トップスは丈の長いタンクトップ型で、そのたわわな胸の谷間もウエストも完全に隠している。下もパレオを巻いており、太もものラインすらも隠す徹底ぶり。

 ……もしかして、四之宮さんほど身体が細くないのを気にしているのだろうか?

 牛倉さんの密かなコンプレックスが窺えるようなチョイスだった。

 だが、彼女の名誉のために弁明しておくと、牛倉さんは決してデブではない。

 胸の大きな女性の中には、ぽっちゃりという言葉では誤魔化せないような体型の人も多いが、牛倉さんは同年代の娘と比べても太っていない。

 むしろ胸のサイズを考慮すれば、かなり痩せ型と言えるだろう。

 彼女のコンプレックスは、おそらく女子の理想的体型をしている四之宮さんの隣に居続けたからと思われた。

 だから恥ずかしがらずに、大胆なビキニを着てくれ……!

 俺は(口には出せなかったので)内心でそう叫んだ。


 ……そして、もう一人。俺は三人目へと目を向けた。

 そこには、白の眼帯ビキニ姿の一条さんがいた。

 牛倉さんほどではないがFかGはありそうなボリューム感ある胸元に、うっすらと縦に割れたくびれたウエスト、スラリと伸びるムチムチとした太もも……。

 それに日に焼けた褐色の肌と、その官能的な身体つきを隠そうともしない挑発的な水着のコントラスト。

 こ、これはさすがにエロすぎるだろ……。ラノベの世界に一人だけエロゲのキャラが混じってるようだ。

 俺は、思わずゴクリと生唾を飲み込みかけてなんとか堪えた。

 ここでそんなリアクションをしたらさすがに露骨すぎる。

 だが、俺の隣からはゴクリと唾をのみ込む音が聞こえてきた。

 カードたちである程度免疫の出来ている俺と違って、コイツラは我慢ができなかったようだった。

 そんな男性陣の反応を見た四之宮さんがため息を吐き、牛倉さんが苦笑する。


「ほらぁ、だから言ったじゃん、かおり。その水着はさすがに刺激が強すぎるってさぁ」

「そう? 別に普通じゃね?」


 そう言って興味なさげに髪をかき上げる一条さん。

 そんな何気ない仕草ですら、今はエロティックに見えた。


「師匠、ナイス」

「よく一条さんを誘ってくれた」


 小野と神道がこっそりと俺に囁いてくる。

 本来来る予定ではなかった一条さんがなぜここにいるのかというと、俺が誘ったからだった。

 以前、犬の散歩中の彼女と遭遇した際、俺は有料でカードをレンタルするという契約を交わしていた。

 基本的な内容としては、レンタル料は月額五万で最大二枚まで、ロストしてしまった場合は市場価格での弁償とし、最初に担保として五十万円預かるということになっていた。

 これは大学の冒険者サークルでのレンタル契約が元となっているのだが、大学のそれと違うのは、担保としてある程度の額を預かることと、メンター制度がないことである。

 メンター制度とは、貸主である先輩が指導(と監視)をする代わりに、踏破報酬の何割かを持っていく制度で、先輩の指導を受けられ万が一の際に安全な反面、先輩がいない時は迷宮に潜ることが出来ないというメリットデメリットがあった。

 このメンター制度については、新入部員が一人では迷宮に潜れないことを悪用してレンタル料をかさ増しさせて借金漬けにする悪質サークルが存在するなど問題もあるのだが、基本的にはイレギュラーエンカウント対策となっており、利点も多い。

 そのため、俺がメンターをできない分、大学のそれよりもカードの質を高くし、盗難防止に担保として五十万預かるということで話がついていた。

 なお、契約内容の決め手となったのは、カードがロストした際の弁償方法として一条さんが言った「万が一の時はカラダで返す」というセリフだったりする。


 ……とまぁ、そんなわけで、契約の内容については無事その場で話が纏まったのだが、問題となったのは「いつカードを渡すか」であった。

 俺もこの夏はそこそこ忙しく、なかなか彼女にカードを渡す機会も少なく、そこで俺はふとした思い付きから、今日のプールの約束に彼女も誘ってみたのである。

 今度四之宮さんや神道らとプールに行くんだけど、一緒にどう? と。

 それに一条さんも頷き、他のメンバーも快く了解したことで、今日ここに一条さんもいるというわけだった。

 我ながら、実にファインプレーであったと言えよう。


「さて、じゃあまずはどこに行く?」


 俺はプールを見渡しながら皆へと尋ねた。

 このプールには、定番の波のプールや流れるプールのほかに、4種のウォータースライダーや、湖のように広大なスイミングプールや、海底洞窟を模した迷路のプール、海賊船がモチーフのアドベンチャープール、温水プールなどが存在する。

 ……が、今見渡したところ波のプールや流れるプールは人で込み合って泳ぐには狭すぎ、四種のウォータースライダーにはどれも長蛇の列が並んでいるようだった。


「ウォータースライダーは昼ぐらいまでは空かないだろうし……水に漬かりもせずにこの暑さの中あの列に並ぶつもりは、ウチはないな〜」

「私も」

「と言っても最初からスイミングとか温水プールってのもね。あれは遊び疲れたころにゆっくりプカプカするところだし」


 そんな女子三人組の意見を考慮しつつ、男子勢が話をまとめる。


「ってことは、海底洞窟か海賊船やな」

「うーん、海賊船の方も結構子供たちで混んでんな。……ペアでの入場になっちゃうけど、海底洞窟の方でまずは良いんじゃね?」

「じゃそうするか。……ペアはどう決める?」


 俺がそう言うと、すかさず小野が答えた。


「別に、普通にジャンケンとかでええんちゃう?」

「良いと思う」

「うん、賛成」


 さすが小野だ、と内心で頷きつつ俺と神道は同意した。

 こういう時、「誰々さんが良い」と指名するのは悪手である。

 三人がそれぞれバラバラの相手を指名できればあまり問題はないが、もしも狙いがかち合った際、必然的に女子が一人あぶれることとなる。

 そうなれば、この場にいる女子はみんな容姿に自信があるだろうから、確実に選ばれなかった女子のプライドを傷つけることとなるだろう。

 それは、紳士として絶対に避けたい事態である。

 ……というのは建前で、本当は自分が選んだ女子から拒否られたら悲しいから、というのがピュアボーイたちの本音であった。


 ————が。


「え、アタシ、北川と一緒が良いんだけど」

『ッ!?』


 一条さんの発言で、その場に激震が走った。

 小野や神道はもちろん、四之宮さんや牛倉さんすらもちょっと驚いたように目を見開いている。

 まさか女子の方から指名してくるとは……よ、予想外だった。というか、え、なんで俺を? も、もしかして一条さんって俺の事……?

 と俺の中の思春期が暴走しかけたその時。


「ぶっちゃけ今日来たメインの目的ってカードのレンタルのことで北川と話がしたかったからだし。早めに済ませて心置きなく遊びたいんだよね」


 あ、そう言うことね……。

 俺の中の思春期が一瞬で鎮火する。

 いや、別に落ち込んでないけどね。俺、牛倉さん一筋だし。うん、本当、一条さんなら全然アリとか考えてなかったから。

 俺が内心で誰ともなく言い訳をしていると、小野が俺の脇を肘で突いて来た。


「なんや師匠、カードのレンタルってどういうことやねん」

「んぁ? 別に一条さんが冒険者になりたいって言うから、有料でカードをレンタルするだけだよ」

「へぇ〜、そんなん始めたんなら僕にも教えてくれや。どんなカード貸し出しとるん? Cランクも貸し出しとるんか?」

「Cランクなんか貸せるほど持ってねーっつの。まあ……そういうのは後でな」

「後でな。絶対やで」


 小野は目をギラつかせつつも、この場では引き下がった。

 ……なんか、コイツも結構ガチになってきたな。この夏休み、迷宮に潜りまくってるみたいだし、新学期にはもしかすると、もしかするかもな……。


「あ〜、一条さんもその話は昼飯の時ってことで良いんじゃね? どうせカードの受け渡し自体は帰る時になるんだし」

「ん……まあ、それもそうか」


 俺がそう言うと、一条さんも大人しく引き下がった。

 それを見た四之宮さんがちょっとホッとしたように言う。


「じゃあ、シンプルにグーチョキパーで決めるってことで良いよね?」

『OK』


 俺たちは頷き、拳を差し出した。

 そして————。


「————結局、一条さんとか」


 幻想的なライトが照らす洞窟風の水路を、ゴムボートで進みながら俺は小さく苦笑した。

 そんな俺の小さな呟きを聞き逃さなかった一条さんが、細い眉を寄せ、凄む。


「は? なに? アタシじゃ不満とでも?」

「いやいやいや、滅相もない! 光栄です、はい!」


 俺が慌てて弁明すると、一条さんはフンと詰まらなそうに鼻を鳴らした。


「……ま、いいけどね。どうせアレでしょ、北川は牛倉と一緒になりたかったんでしょ?」

「えっ!? ……な、なぜ」

「だって北川って巨乳好きじゃん」

「ッ……!?」


 ば、馬鹿な……。なぜそれを知っている……!? まさか読心の魔道具か!?

 俺が愕然としていると、一条さんは呆れたような、憐れむような眼で俺を見た。


「いや、さすがにわかるっての。アタシと話してる時もチラチラ視線感じてたし。逆に胸の小さい娘と話す時は全然胸見ないし……たぶん、クラスの女子はみんな知ってると思うよ?」

「マジっすか……」


 うぁ〜……し、死にてぇ……。俺が胸見てるの、女子にみんなバレてたのかよぉ〜。ぐぁ〜! なんか、新学期学校に行きたくなくなってきた……。

 俺が羞恥と自己嫌悪に項垂れていると。


「ま、アタシはそういうの気にならないタイプだからいくら見られても良いけどね」

「えっ!?」


 そ、それって見放題ってこと!?


「だからってガン見して良いとは言ってねーから」


 グイッ、と首の方向を変えられる。う、今首から変な音が……。


「つか、アタシは気にしないけど、大きい娘は結構それがコンプレックスだったりするから、あんまり露骨に見ない方が良いんじゃね? 牛倉とかたぶんその典型だし」

「……はい。肝に銘じます」


 俺はゴムボートの上で正座しつつ、頭を下げた。

 まさか、女子に視線がバレバレだったとは……。もしかして、俺が収入や知名度の割にモテないのってそれが原因だったのか? 耳に痛かったが、今日ここで聞けて良かった。

 これからは気を付けて…………バレないように見るスキルを上げなくちゃな。


「……ところで、そろそろ本題に入りたいんだけど、どんなカード貸してくれんの?」

「あっ、ああ。一応これなんか良いんじゃないかと思ってんだけど」


 と俺は腰に着けていたカードホルダーから数枚のカードを取り出した。


「とりあえずオススメはこれだな。リビングアーマー」



【種族】リビングアーマー

【戦闘力】170

【先天技能】

 ・生きた鎧:騎士の鎧に怨霊が宿った存在。鎧のどこかにある核を破壊しない限り消滅しない。状態異常耐性を内包する。

 ・鎧化:初等クラスの装備化スキル。他のカード、あるいはマスターへと憑依することで、自身の戦闘力の四分の一を加算させることができる(マスターへの装備化の場合はすべての戦闘力とスキルを共有できる)。

 ・武術


【後天技能】

 ・虚ろな心

 ・剣術

 ・庇う



「やっぱ装備化スキルがあると安定感が違うよ。このリビングアーマーは武術スキルに加えて剣術スキルを持ってるから、いざという時に魔道具と合わせて装備してマスター本人が戦うってもアリだな」

「へぇ……装備化スキルってのを持ってればマスター本人が戦うのもアリなんだ?」


 思いのほか、自分自身で戦うことに乗り気な様子の一条さんに意外に思っていると。


「何その顔。こう見えて、中学ん時は剣道部で、初段だったんだけど?」

「マジ!? すげぇな……」

「まぁね〜、最近は道場とかサボりがちだったけど……」

「へぇ〜……まあそう言うことならリビングアーマーはますますオススメだな。格闘とか剣道経験者は、武術スキルをより活かせるし。サービスに魔道具の剣もつけるよ」

「マジ? 超太っ腹じゃん」


 俺が純粋な善意からダブっていた聖銀製の長剣を取り出すと、一条さんは目をしばたたかせ……。


「……もしかして、身体でのお返しとかを期待してる?」

「いやいやいやいや! そういうんじゃないから! 純粋な善意だって!」


 慌てて首を振り、否定する。

 ただでさえ、いつもおっぱいを見ている男というレッテル(事実)を張られているというのに、恩着せがましく身体での見返りを求めているヤツと思われたらたまったものではない。

 すると一条さんはスッと身を引き。


「あっそう? なんか悪いからおっぱいくらい触らせたげようかと思ったんだけど」

「え……」


 思わず一条さんの胸元へと視線を送る。

 そこには、推定FかGのたわわな膨らみが蠱惑的に揺れていて。


「でも純粋な善意ってんなら逆に悪いか。ごめんごめん」

「あ、うん……」

「あれ? なんかテンション下がってる?」

「ううん? 別に?」


 俺は無の表情で首を振った。

 そんな俺を見てクスクス笑う一条さん。

 そこでようやく揶揄われていたことに気付く俺。

 くそ〜……舐めやがって! 次の機会があれば絶対そのおっぱいを揉んでやる。

 と硬く決意しつつ、次のカードを出す。


「一枚目は、リビングアーマーで確定として、そうなると残りはサポーターかアタッカーかな。一応候補としてはこっちの二枚はどうかと思ってるんだけど」


 そう言って俺が差し出したのは、ユニコーンとバイコーンのカードだった。

 癒しと補助が得意なユニコーンで安定感を重視するか、攻撃と状態異常が得意なバイコーンでリビングアーマーの攻撃力不足を補うか……。

 これはもはやその冒険者の好みの問題であるため、彼女自身に選んでもらった方が良いだろう。

 ……というのは建前で、本当はもしもユニコーンを渡して「これアタシじゃ乗れないんだけど」と突っ返されたら気まずいなんてもんじゃないから、というのが本音であった。

 すると一条さんは二枚のカードを見て……。


「……もしかして、これって北川なりのリトマス試験紙? さっきの仕返しのつもりだったり?」

「ッ!? いやいやいや! そういうつもりじゃないッス! ホント!」


 一条さんのジト目に、俺は慌てて否定した。

 よくよく考えれば、女の子にユニコーンとバイコーンを選ばせるとか、セクハラにもほどがある。どう考えても相手が経験済みかを調べているとしか思えない。

 もちろんそんな意図はなかったのだが、端から見てそう思われても仕方ない行動であった。

 一条さんはそんな俺を目を眇めつつ疑わしそうに見ていたが、やがて。


「ふぅ〜ん……ま、良いけどね。一応、どっちでも大丈夫とだけは言っとく」

「あ、そっスか……」


 俺はホッと胸を撫でおろしつつ、密かに思う。

 どっちでも大丈夫ってことは、そういうことだよな? ……正直、ちょっと意外だ。


「あれ? このカードってなんか似てる。姉妹かなんか?」


 そんな俺を他所にカードを眺めていた一条さんが、ふいに二枚のカードを指さす。

 それは、フェニアとメニアのカードだった。


「あぁ、これは二体一対型ってカードで、二枚で一枚のカードなんだよ。一個の召喚枠で二枚召喚出来て、同時召喚で特殊なスキルが使えるってカード」

「へぇ〜……」


 俺がそう説明をすると、一条さんは興味深そうにフェニアとメニアのカードを手に取りマジマジと見つめた。

 明らかに、ユニコーンやバイコーンの時よりも興味を引かれている様に、俺はふむ……と顎に手を当てた。

 フェニアとメニアのカードは、正直あまり貸す気はなく、こんなカードもあるんだよ、という説明のために出したカードだった。

 さすがにこの二枚のカードは、貴重な二体一対型のカードで、グロッティの歌という面白いスキルも持っていることもあり、貸すには惜しい。……が。

 その一方で、この二枚のカードを実際に使う機会がそうあるかと言えば、首を傾げざるを得ないのも事実であった。

 確かに、色々と希少なカードであるのは確かだが、正直今の俺のメンバーと比べると戦闘力不足なのは否めない。

 ならば、このまま俺の女の子カードコレクションとして死蔵するくらいならば、むしろ……。


「……気に入ったんなら、リビングアーマーとそれにする?」

「え? でも、レンタルできるのはDランクカード二枚までって話じゃなかったっけ?」


 確かに、当初の話では貸し出すカードはDランク二枚ということになっていた。

 これは、一ツ星の踏破報酬で安定してレンタル料を払えるのは二枚までが限界だからである。

 俺は、たとえ知り合いであったとしても、いや、知り合いだからこそレンタル料の延滞などを許すつもりはない。

 親しき中にも礼儀あり。知り合いだからこそ金の絡む話はちゃんとすべきで、故に彼女が払える分しか貸すつもりはなかった。

 ただ、まぁ……。


「……それは二枚揃わないと意味ないカードだから、一枚分のレンタル料で良いよ」


 こっちが貸し出したいならば、多少は妥協しても良いだろう。

 このまま死蔵するよりも、レンタル中に使いこんでもらった方がカードの成長にもつながるし、いずれ買い取りということになってもそれはそれで悪くない話なのだから。

 ……一瞬、ドラゴネットという言葉が脳裏を過ったが、そちらは頭を振って振り払った。


 ————あのカードについては俺の手元においておく、蓮華と話し合って決めていた。


「んん……」


 一条さんはしばし迷うような、あるいは申し訳なさそうな顔で悩んでいたが、やがて。


「……じゃあ、そういうことでお願いしても良い?」

「了解。……まあ、あれだ。できれば大切にしてやってくれると嬉しいな」

「もちろん。約束する」


 一条さんはそう力強く頷くと、そっと指で三枚のカードを撫でたのだった。




 その後、ペアを変えて周回したり、誰が一番早く海底洞窟を抜けられるかなどを競っていると、ちょうど昼時となった。


「さすがに腹減って来たなぁ。昼どうする?」


 神道が腹をさすりながらそう言うと、小野が答えた。


「そうやなぁ、男女で分かれてジャンケンして、男で負けたやつが買い出し兼昼飯奢り、女子で負けた子がその手伝いってことでええんちゃう?」

「俺は良いけど……」


 と頷きつつ、神道を見る。俺と小野は金を持っているから昼飯の奢りくらい問題ないが、テニスに忙しい神道はあまり金を持っていないはず……。


「俺もOK」


 と思っていたのだが、思いのほかあっさりと頷く神道。意外とお小遣いをもらっているのか、あるいは男の見栄か。

 とにかく男子勢の合意は取れたので女子勢を見ると、あちらも問題なさそうだった。

 そうして男女で分かれてジャンケンをした結果……。


「じゃ、行こうか四之宮さん」

「うん」


 俺と四之宮さんが買い出しに行くことになった。


「みんなは何が食べたいって?」

「え〜と、神道がケバブとアクエリで、小野がおにぎりと焼きそばとたこ焼きとポテトハンバーガー……ってあのデブ食いすぎだろ」


 皆から預かったリクエストの書かれた紙を読み、俺は悪態をついた。

 あのデブ、俺が金持ってることを知っているせいか、こういう時に遠慮がない。


「しょうがない、何往復するしかないか」

「だね。ま、小野のは後回しで良いっしょ」

「完全に同意」


 俺たちは頷くと、フードコートへと並んで歩きだした。


「うは〜、やっぱプールから上がるとアッチィね〜」

「確かに、もう肌が乾いて来たもんなぁ」


 燦燦と照らすお天道様を見上げ、二人で愚痴る。

 プールから上がってまだ数分も経っていないのに、身体はすでに乾きつつあった。

 ある意味絶好のプール日和ではあったが、さすがに日差しがうっとうしかった。


「でも、アレだね。去年の今頃は、マロとこんな風にプールに来るようになるなんて想像もしてなかったよ」

「確かに。……俺にとって四之宮さんたちは完全に高嶺の花ってか、雲の上の人だったもんなぁ」

「プッ、なにそれ」


 俺の言葉にクスクスと笑う四之宮さん。


「いやいや、マジで。俺なんか、四之宮さんたちと言葉も交わすなんて恐れ多いって感じだったから」

「ふぅん、変なの。部活やバイト先と違って、みんな同い年で、みんな学生じゃん。同じクラスなんだから」

「だよなぁ……今となっちゃ俺もそう思えるんだけど、当時は違ったんだよ」


 不思議そうに小首を傾げて言う四之宮さんに、しみじみと頷く。

 学校という子供だけの世界を半歩抜け出し、少しだけ大人の社会に出たことで、俺が思っていたよりもクラスメイト同士の間で差なんてないと気付けたが……当時の俺にとってクラスカーストによる差はとてつもなく大きなものだったのだ。

 とりわけ、努力ではどうすることもできない容姿の差は、俺にとって絶対の差であった。


「……そっか。よくわかんないけどサ」


 そう言って四之宮さんはスッと俺の手を握ってきた。

 驚く俺に、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。


「でも今はこうして隣で並んでるんだし、それで良いんじゃない?」

「……だね」


 俺たちはそのままなんとなく手を繋いだまま歩き出した。

 見上げた空はどこまでも高く、爽やかな風が肌を撫でるように通り過ぎていく。


 夏休みはまだ十八日目。まだまだ夏は続く。






【Tips】ギフテッドカード

 カードにも、向き不向きや才能と言ったものが存在する。

 同じ種族のカードであっても、その容姿や性格が異なってくるように、その才能にも大きな差が存在する。

 カードの才能は、スキルの覚えやすさや後天スキルの最大習得数などに影響を及ぼし、その中でも天才としか言いようのないカードをギフテッドカードと呼ぶ。

 イライザやメイドマスターのシルキーもまた、そうしたギフテッドカードの一枚である。

 ギフテッドカードや高い才能を持つカードは、外見やステータスから見抜くことはできないが、ギフテッドカードの特徴として最初からレアな後天スキルを持っていることが多い。

 メイドマスターのシルキーなどはこのタイプであるが、往々にして真なる天才……『努力の天才』とは、そう言ったわかりやすい特徴を持たないモノである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る