第14話 もしかして俺、アイツのこと……。
『………………』
俺たちは、とても微妙な空気に包まれていた。
間違いなく嬉しいはずなのに、素直に喜べないなんか変な感じ。
どうしても漂うコレジャナイ感……。
俺たちは、サキュバスのカードを手に入れる時は、達成感や充実感に包まれながらそれを手に入れると思っていたのだ。
それからレースの勝利を祝うパーティーをしながら、皆に見守られつつ、メアがランクアップする。
そんな筋書きを頭の中で描いていたし、実際イライザがヴァンパイアにランクアップした時はそんな感じだった。
それをメアが羨ましがっていたのはみんな知っていたし、故にそんな彼女のささやかな願いを叶えるために、みんなで一致団結して頑張ってきた。
それが、こんなあっさりとカードがドロップするとは……。
しかも、まさかの零落スキル持ち。
お目当ての物が手に入ったのは嬉しい。凄く嬉しいが……俺たちのこの一週間の努力は一体なんだったのかと思ってしまう。
例えるなら、海賊王の大秘宝を探しに冒険に出たら、二番目か三番目のあんまり強くない敵が、海賊王に託され隠し持っているのを見つけてしまった……って感じだった。
盛り上がりもへったくれもない展開である。
戦闘自体も全く盛り上がるものではなかった。
サキュバスは、魅了や幻影を得意とする対男性に特化したモンスターである。
対して、こちらは女の子モンスターしかいないパーティー。
汎用魔法や状態異常があるため、女性相手に全くの無力と言うわけでもないが、先天スキルの強みを潰されて格上の戦力に勝てるはずもない。
そもそも、このメンバーに対して主とは言えCランク一枚で何ができるのか、という話でもある。
サキュバス自体も、超人気カードではあるが、Cランク最強というわけでもない。精々、上の下と言ったところだろう。
ハッキリ言って、まったく苦戦することなく終わってしまった。
哀愁漂う顔で消えていくサキュバスを見送り、さあ魔石とガッカリ箱を回収するかとしたところで、地面にポツンと落ちたカードを見つけた。
おお! 幸運の貯金を使っていないのに、Cランクカードがドロップした!
と喜んで拾い上げてみれば、まさかの零落スキル持ち。
俺たちがレースに参加した動機が、道半ばで達成されてしまった瞬間だった。
きっとこの瞬間も撮影されて、ネットで生中継されてるんだろうなぁ……。零落スキル持ちのサキュバスを手に入れるためにこのレースに出ることをTwitterで告知しちゃってるし、フォロワーの皆さんとか、どう思ってんだろ……。
そんな風に微妙に現実逃避していると。
「な、なんでこんなあっさり……いつもいつもメアの時だけ……」
地面に手を突き、項垂れているのはメアである。
サキュバスのカードを手に入れ、とりあえずメアを呼ぶかと召喚した途端、彼女はこうして地面に崩れ落ちたのだった。
「蓮華の時はドラマチックな覚醒イベントがあって、イライザの時は大会で優勝するために頑張って、ユウキの時はなんかミステリアスな展開だったのに……どうしてメアの時だけいつもこうして地味な展開なの……」
心中察するに余りある……。俺たちはメアへと同情の眼差しを向けた。
このレースに向けた準備中、彼女は常にテンションが高かった。
メアは、エンプーサへのランクアップの時も地味だったし、他のカードのように思い出深いイベントがあったわけでもなかったため、今回のレースを自分のイベントだと思い非常に張り切っていたのだ。
それが、まさかの道中での目的達成。しかもここまで彼女に大して出番なし。
彼女が複雑な気分になるのも無理はなかった。
ちなみに、鈴鹿の「私は……?」という小さなツッコミは全員にスルーされた。
「ま、まあまあ、良かったじゃん。これで確実にランクアップできるわけだし」
「そ、そうですよ! レースで優勝できるとも限らなかったわけですし」
さすがの蓮華も憐れに思ったのか、そうフォローすると、ユウキがそれに続く。イライザは無言で頷き、鈴鹿は無視をされて拗ねたのかそっぽを向いていた。
そんな仲間たちのフォローにメアはやっと顔を上げた。
「そう、だよね。やっとランクアップできるんだもん。贅沢な悩みだよね……」
「そうそう! 大体、Eランクのインプからサキュバスまで出世するヤツなんてお前くらいだぜ。その時点で超恵まれてるっての」
「い、言われてみればその通りかも……」
メアがまんざらでもない顔をする。
確かに、わざわざインプをサキュバスまでランクアップさせるようなマスターは滅多にいないだろう。
俺はさらにプッシュしてやろうと一枚のカードを取り出した。
「そ、そうだ。メア、実はお前のために用意してた物があるんだよ」
「メアに?」
「ああ」
と頷いて俺は『三天使の護符』を彼女へと手渡した。
「サキュバスの霊格再帰用のキーアイテムだ。もしもランクアップ先がリリムなら、これですぐに変身できるようになるぞ!」
俺がにっこりと笑ってそう言うと、後ろから小さく「あっ……」という蓮華の声が聞こえた。
それに首をかしげていると、メアが愕然と目を見開き。
「か、覚醒イベントもスキップされた……!」
再び地面へと手を突いたのだった。
それから数分後。
紆余曲折あったが、無事メアはサキュバスへとランクアップした。
「ふふ〜ん、どう新しい私は!」
サキュバスとなったメアが、自分の身体つきを強調するようにポーズを取る。豊満な胸元がむにゅりと柔らかそうに形を変える。
ランクアップにより、メアは小6か中1くらいだった見かけから、一気に高校生くらいまで成長した。
幼げな顔は、幼さを残しつつも大人びたモノとなり、スラリと伸びた肢体は女性らしい魅力的なラインを描いている。
エンプーサの頃の特徴であった青銅の脚は消え、驢馬の尻尾は先端がハート形の黒い尻尾へと姿を変えた。
背中には飛ぶには頼りない小さな蝙蝠の翼が生え、側頭部からは山羊のようなくるんとした角が伸びている。
まさに、人々が思い描くサキュバスに相応しい姿となっていた。
「……ゴクリ」
予想以上に好みの姿に成長したメアに、思わず生唾を飲み込む。
そんな俺の姿に彼女は満足気に笑みを浮かべ。
「どう? 成長したメアは。羨ましいでしょ〜」
「あぁ? なんでアタシが羨ましがらなきゃいけねぇんだよ」
そう言いつつも、蓮華は地味にイラッときている様子だった。
「本当は羨ましいくせに〜」
そんな彼女の頬を、上機嫌にウリウリと突くメア。
……見かけは大人っぽくなっても中身は子供っぽいままだな、と苦笑する。
蓮華がメアの指をパシッと払いのけつつ、うんざりしたように言う。
「あ〜もう、いいから元の姿に戻れや」
「はいはい」
メアは肩をすくめ、エンプーサだった頃の肉体年齢に戻った。
……見かけを自在に変えられるのか。だが、顔立ちや肌艶などはエンプーサの頃よりも明らかに美しくなっていた。
そのまま蓮華とじゃれ合う彼女を見ながら、中身を考えればこっちの方がしっくりくるかな、と思いつつ成長したステータスを見る。
【種族】サキュバス(メア)
【戦闘力】690(140UP!)
【先天技能】
・巫山の夢:対象へと強力な眠りの呪いを掛け、夢の中へと入りこみ、精気を吸収する。相手が男性であった場合、初撃に限ってありとあらゆる耐性を貫通する。
・胡蝶の夢:対象に現実と見分けがつかないほどの精巧な幻影を見せる。その精巧さは、脳の錯覚によるダメージが生じるほど。対象が男性であった場合、相手の理想とする姿へと変身し、強力な魅了の呪いを掛けることができる。
・淫魔の肌:肌の触れた相手に快感を与えるとともに精気を吸収する。フェロモン、娼婦スキルを内包。
(娼婦:娼婦として必要な技能を収めている。淫らな心、性技、演奏、舞踏、礼儀作法を内包)
【後天技能】
・小悪魔な心
・一途な心
・友情連携
・初等魔法使い→中等魔法使い(CHANGE!)
・中等状態異常魔法→高等状態異常魔法(CHANGE!)
・人を呪わば穴二つ
・生還の心得
・零落せし存在→霊格再帰(CHANGE!)
・耐性貫通(NEW!):対象の耐性をある程度貫通し、攻撃の威力や状態異常の確率を上げることができる。
・詠唱短縮(NEW!)
サキュバスは、男性特化の状態異常型カードである。
対象が男であれば、耐性を無視した眠りや魅了のスキルにより、戦闘力の差をある程度無視して相手を一発で戦闘不能にできる強みがある。
反面、相手が女の場合は多少強い状態異常型に過ぎない。
それでも相手を眠らせなければほぼ無力だったエンプーサだった頃と比べ、圧倒的に使い勝手が良くなっているのは事実だった。
また、後天スキルについてもかなりの成長がみられる。既存のスキルが成長しただけでなく、新たなスキルを得ることができた。
その中でも特筆すべきは、耐性貫通のスキルだ。
カードはランクが上がるにつれてスキルに記載されない状態異常耐性がどんどん上昇していく。たとえ、状態異常耐性スキルを持っていないカードであっても、ランクの低いカードの状態異常は、ランクの差により弾かれてしまうことが多い。
この耐性貫通のスキルは、相手の耐性をある程度貫通することができるパッシヴスキルだ。
状態異常型のカードからすれば喉から手が出るほど欲しいスキルだが、滅多に出現することがないレア中のレアスキルである。
これでメアは格上であっても、状態異常型として戦えるカードとなった。
気になるのは霊格再帰後のステータスだが、さすがにここで試すのは勿体ないので、あとのお楽しみとするしかないだろう。
『で、これからどうする? もうリタイアするか?』
一段落したところで、蓮華が問いかけてくる。
確かに、当初の目的であるサキュバスは手に入れたわけだが……。
『いや、せっかくだからレースの優勝を目指す。……一応番組の推薦枠で参加してるわけだしな』
目的の物が手に入ったんでもう止めまーす、では確実に今後仕事が来なくなるだろう。
そうして俺たちが海の迷宮に入った時には、時刻午後八時を回っていた。レース開始からすでに十時間近くが経っている。
「う……」
一階層の安全地帯に足を踏み入れたところで、クラリと軽いめまいに襲われる。
かなりの強行突破で迷宮を踏破してきたため、レストで疲労を取ってもぬぐい切れないリンクによる疲れが脳の奥を重く痺れさせていた。
ここまでで約十時間か。まあ、行けるだろ。
そう判断した俺は、ワーキング24のカード化を解除し、一気に呷った。
迷宮産のポーションを成分調整して作られたこの目覚め薬は、使用者の眠気を取り払い24時間絶好調をキープしてくれる効果がある。二本まで連続使用が可能なため、最大48時間は無理をすることができる。
その代わり、使用後は通常の三倍の疲労と眠気が襲ってくるのだが……まあ、48時間以内にゴールできれば問題はない。
ワーキング24が喉を通り胃に落ちた瞬間、俺の視界がカッと広くなり、脳がギンギンに冴え始めた。
うおお、スゲェ効き目だ。ちょっと怖くなるくらい元気になってきた。
……今更ながら副作用がちょっと怖くなってきた。
とワーキング24を飲んだことを後悔しつつ、カードたちを召喚しながら周囲を見渡す。
一階層の安全地帯には、数人の選手が力なく項垂れて座り込んでいた。
おそらく、早々にレースから脱落した者たちだろう。
ここにいるということは、星は失っていないがカードに損害が出たというところか。
その数の少なさに、俺は小さく舌打ちする。
……さすがに、ちょっと早すぎたか。
俺が人数の少ない方の迷宮を選んだのは、そちらを踏破後に人数の多い迷宮で脱落した選手たちから情報などを買うためである。
だが、俺が自分でも予想外なほどに順調に攻略できてしまった結果、まだこちらの迷宮で脱落者があまり出ていないうちにこちらへと来てしまった。
これでは、チェックポイントの情報もあまり期待できないだろう。
こんな序盤に脱落しているような連中が、深い階層の情報を持っているとは思えないからだ。
俺が密かに落胆していると彼らの一人が俺に気付き、こちらへとやってきた。
「も、もしかして、地下迷宮の踏破者か?」
「ええ……まぁ、はい」
「す、すげぇ……こんなに早く踏破してくるなんて。な、なあ、アンタ……その、もしよければ俺の星を買ってくれないか?」
「………………」
「い、一個百万……いや、八十万で良いぜ! アンタなら確実にゴールできるだろ? 全部で五個ある。ど、どうだ?」
『一応言っとくと、嘘はついてないみたい』
切羽詰まった様子の男に対し、鈴鹿がリンクでそう告げる。
一個八十万か……悪くない話ではあるが、問題はこいつがどれくらいチェックポイントの情報を知っているかだな。
下手すると、最初にチェックポイントすら到達していない可能性がある。
とりあえず聞いてみるか、と口を開きかけたその時、不意にカードギアがバイブレーションし、着信を知らせてきた。
これは……運営からのミッションか!
内容は——。
【ミッション!:地下迷宮型が北川歌麿選手によって踏破されたことで、海型迷宮のハンターが深き眠りから目覚めようとしている! 解き放たれたハンターは最下層から這い上がり、選手たちを襲っていくだろう! これを阻止するためには、一時間以内に選手全員で合計百個の星を捧げるか、北川歌麿選手を敗北か逃走させる必要がある! 選手全員で団結してハンターの解放を阻止せよ!】
「んなっ!?」
な、なんてミッションを発令しやがる……!
こんなん完全に一位潰しじゃねぇか! ここまでやるか!?
……どうする? 最悪、一時間ここで待機していれば、他の奴らはどうにもできないが。
俺が考えこんでいると、一階層のあちこちでゲートが発生し、そこから何人かの選手たちが現れた。
……わざわざ転移でやってきやがったのか。贅沢なことだ。それにしても、早い。たまたま安全地帯の付近にいたか、あるいは仲間を待機させていたのか……。
「北川選手はいるか! ミッションについて交渉がしたい!」
現れた選手たちの一人、がっしりとした身体つきをしたやや鷲鼻の男が声を張り上げる。
それに答えたのは、先ほどまで俺に星を売りつけてこようとしていた男だった。
「お、俺知ってるぜ!」
「どこだ!?」
「そ、その前に、俺の星を買ってくれよ。そしたら教える。い、一個百万の五個で良いぜ」
そう交渉する男に対し、転移で現れた男は冷たい視線で一瞥すると、その男が直前まで話していた者……つまり俺のところへとやって来た。
「北川選手だな?」
「いや、人違いですけど……」
「時間がない。つまらないやり取りをする時間が惜しいのは、お互い様だと思うが?」
……チッ。内心で舌打ちする。
まあ、普通に考えてわかるわな。優勝候補としてHP上に顔写真も載っているわけだし、事前対策がバッチリのグループ派が優勝候補をチェックしないわけがない。
「そうですけど、何の御用ですか?」
「ミッションは見たんだろう? みんなのために、降参か逃走してくれ」
思わず、鼻で笑ってしまった。
いくらなんでもその建前は酷すぎるだろう。むしろみんなの脚を出来るだけひっぱるように努力するのが、この手のバトルロイヤル型レースのはずだ。
鷲鼻の男はそれに一瞬だけ不愉快そうに眉を跳ね上げたが。
「プロ冒険者がハンターとして解き放たれたら困るのは、俺たちも君も同じだと思うが?」
確かに困る、と頷く。
だが……。
「困る度合いが全然違うでしょう? そっちは最下層近く、俺は一階層。俺はあなたたちがハンターとやり合っている間に、距離を詰めることができる」
目下、ハンターの脅威に晒されているのは、俺ではなくあちらの方なのだ。
ある意味、このミッションは俺に対するボーナスと見ることもできた。
「俺たちのグループや、道中の冒険者全員を敵に回す気か? ゴールすらも怪しくなるだろうな」
鷲鼻の男がそう言うと、彼の仲間らしい選手たちが俺を取り囲んだ。6、7、8……合計9人か。かなり多いな。
……戦闘禁止区域を一歩でも出たら連戦&連戦をレースが時間切れになるまで仕掛けてやる、という脅しだろう。最悪共倒れになろうとも、お前だけは潰す、と。
まぁ、そんなこと本当にできるとは思えないが……俺は余裕の表情で鼻を鳴らし、言った。
「ま、ハンターが放出されて困るのは、俺も同じ。だが、さすがにタダというわけにはいかないな。アンタらのグループが持っているすべての階層のルートとチェックポイントやヒントの情報を全部貰おうか」
「……欲張りだな。有利なのがどっちかわかってるのか?」
「もちろん」
と即答する。この交渉で有利なのは、俺の方だ。
「俺は別に一時間ここでゆっくり休んでも良いんだぜ? 特に得することはないが、損することもない」
結局コイツ等には俺を無理やり、安全地帯の外に連れ出すこともできないし、こうしている間にもほかのライバルたちは先に進んでいるのだ。
鷲鼻の男は数秒ほど悩む素振りを見せたが、やがて渋々頷いた。
「わかった。情報を渡す」
「あ、今、コイツ嘘ついたよ」
間髪を入れずにそう言った鈴鹿の言葉に、ギョッと男が目を見開いた。
俺は、さっそくかよ……とため息を吐きつつ。
「あ〜……時間の無駄だから最初に言っておく。見ての通り、このカードは虚偽察知のスキルを持ってる。嘘をついてもすぐわかるし、面倒だから三回嘘を吐かれた時点でこの話は無しだ。大人しく星を百個運営に捧げてくれ」
鷲鼻の男は諦めたようにため息を吐き「……わかった」と頷いた。
「ただし、渡せる情報は二十階層までだ。それ以上は渡せない。これで駄目なら取引も無しだ」
「……嘘はついてない」
鈴鹿の言葉に俺は数秒ほど考え、頷いたのだった。
その後、情報の交換を終え、俺が星を一つ賭けて降参したのを見届けると、彼らは転移で最前線へと戻っていった。
その際にチラリと見えたのだが、どうやら彼らもハーメルンの笛を持っているようだった。
まあ、ハーメルンの笛吹き男もこれまでに幾度となく倒されているし、その中にはあの不気味なピエロに認められた者もいるだろう。
そう自分に言い聞かせるも、それを見て胸が騒めいたのは否めなかった。
————なんだ、この気持ち……。俺、もしかして、アイツのことを……?(トゥンク)
なんて冗談はさておき。
彼らの持つハーメルンの笛を見た時、嫌な予感を覚えたのは事実だった。
それは便利な魔道具を他の人も持っていることに対する安い独占欲ではなく、どちらかというとパーフェクトリンク時に感じる因果律の歪みを見る時のそれに似ていた。
……イレギュラーエンカウントの残すドロップアイテムは、ただの便利なアイテムではなく、奴らが獲物に付けたマーカーのようなものだ。
それを持つ者は、いずれ必ず奴らとの再戦が待ち受けている。
彼らはもしかすると、あの不気味なピエロとの再戦の時が近いのかもしれなかった。
さて、取引の結果この階層に一時間留まることが決まった俺だったが、別に一時間大人しくしなくてはいけないとはルールに書いていない。
そこで俺は思わず出来た時間で、脱落者組と交渉をすることにした。
結果、俺は計三十一個の星を、要らないDランクカードと交換することに成功した。
俺は売っても大した金にならないDランクカードで一個百万円の星を、彼らは戦力を失った中で不人気カードとは言えDランクカードを実質タダで手に入れられる。
WIN-WINの取引と言えるだろう。
そうしている間に、地下迷宮からあちらのトップ陣が現れて俺を追い抜いていったが、特に気にすることもなかった。
道中のチェックポイントの情報を持つ俺の方が圧倒的に有利だからだ。絶対に途中で追い抜けるという確信があった。
そうして一時間の拘束時間が過ぎ、交渉した連中から星を回収した俺は、海の迷宮の攻略を開始した。
海の迷宮では、水場を渡れないコシュタ・バワーに乗れないため、主に魔法の絨毯での移動となる。
さすがに魔法の絨毯の面積(大体畳一畳ほど)では、カードたち全員を乗せることはできないため、迷宮探索に必須のイライザ、索敵と魔物除けを担当するユウキ、それに宙を飛べる蓮華とメア、を乗せての移動となった。
今度はヒントポイントに寄らずに済むこともあって、俺たちは最短距離をどんどんと突き進んでいく。
虚偽察知で嘘がなかったことはわかっているとは言え、念のため最初のチェックポイントはヒントを辿って情報が正しいかを確かめたが、特に騙しは仕込まれていなかったため、それ以降は最短距離を突っ走った。
嬉しい誤算だったのは、道中で他の選手たちが全く仕掛けてこなかったことだ。
どうやら、地下迷宮のトップ陣が現れ始めたことで彼らの思考が変化したらしい。
つまり、レースでの上位入賞を諦め、レースの完走と勝てる相手から星を拾う方向へと変えたのだ。
彼らは、レース終盤での星の取り合いに備えて、戦力の温存をし始めたのだろう。
唯一警戒すべきは、海の迷宮組が雇った足止め用の選手たちだが、彼らは迷宮の深くで待ち受けているようで、今のところその気配は見られない。
結果、俺たち地下迷宮組は海の迷宮をほとんど妨害無しで進むことができていた。
————だが、そんな順調な状況も、二十一階層に着くまでのことだった。
約三時間後。二十一階層の安全地帯に到達した俺を待ち受けていたのは、鷲鼻の男の仲間たちだった。
「よお、予想より早かったな。北川選手」
「……何の用だ?」
「悪いけど、ここからは通行止めだ。通りたかったら俺ら全員倒して進んでくれ」
「チッ」
露骨に足止めしてきやがったか。
二十階層までの情報しか売ってこなかった時点で予想はしていたが、ここまで露骨にやってくるとは……。
どうするか……。逃げるのは不可能。とは言え、さすがに八連戦は厳しいな……。
「アンタらここを通る奴ら全員にこんなことしてるのか?」
「まさか! 優勝候補のうち数人だけだよ。ちなみにアンタはその筆頭。アンタと他の候補者が同時に通ろうとしたら、アンタだけは止めろってさ」
「ああ、そう……」
随分と評価されてるみたいで、涙が出るほど嬉しいぜ。
「一応聞くが……交渉の余地は?」
「無い。他の奴らは星次第で通したりもしたが、アンタだけはそれも無しだ。うちのリーダーがこの迷宮を踏破するまではここで休んでいてくれ」
「そうか……」
仕方ない。やるしかない、か。
俺が覚悟を決めると、男たちがたじろいだ。
どうやらこっちがマジで戦闘を選ぶとは思っていなかったらしい。
「お、おいおい、本気か?」
彼らが慌てたようにそう言った時、不意にカードギアが震えた。
……また運営からの連絡か。あの鷲鼻の男が主を討伐したか?
だとすれば、この連中との交渉の余地も生まれるかもしれない……そう思いながらカードギアを見ると。
『なっ!?』
鷲鼻の仲間たちが愕然とした声を上げ、俺も思わず絶句する。おいおい、マジか……。
「おい! リーダー! お前今どこにいるんだ? 無事なのか! おい!」
「クソ! 駄目だ! 通信が通じない!」
男たちが、慌ただしくリーダー(鷲鼻の男のことだろう)へとカードギアで呼びかけるが返事はない。
迷宮内ならどこにいても繋がるカードギアが通信できないということは、つまり、そういうことなのだろう。
ご愁傷様に……と思いつつ、カードギアへと視線を落とす。
そこにはこう書かれていた。
【緊急のお知らせ。海の迷宮、最下層にてイレギュラーエンカウントの発生が確認されました。現在、プロによる討伐を行っておりますので、選手の皆様はその場で待機をお願い致します】
【Tips】モンコロの放送
モンコロの試合は、まずネット上でリアルタイムの中継が行われた後、エンターテインメント風に編集されてTV番組として放送されるのが一般的な流れである。
ネット中継を行うのは、主にギャンブルのためであり、観客たちは試合前から試合終了直前までリアルタイムで変化するオッズを見ながらいつでも札券(モンコロ版の馬券のような物)を購入することができる。オッズは試合前の物が最も控除率が低く(割が良く)、試合が進むにつれて予想がしやすくなるため控除率も高くなっていく(割が悪い)。
普段マロたち学生が言うモンコロの放送は、TV放送の方。
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