第13話 物欲センサーは実在するか否か
東京ドームの外へと出た選手は、全体の七割近い集団と三割ほどの少数の集団に分かれた。
前者は海の迷宮へと、後者は駅へと駆け出していく。
海の迷宮を選ぶ者が多いのは、地下型迷宮に向かえば往復で一時間近いロス(正確に言えば三十分ほどの差)が生まれてしまうことを嫌ったのと、ヴィーヴィルダイヤを手に入れられればこのレースにおける黒字が確定するからだろう。
末端価格で一億からの取引となるヴィーヴィルダイヤさえ手に入れられれば、もうその時点でリタイアしても良いほどの利益を得られる。
三つの迷宮を走り切る体力がない者でも、一つだけの迷宮を全力疾走するなら不可能ではない。
またキマリス目当ての者も、レースでの一位とヴィーヴィルダイヤで目標の星600に届くために一石二鳥に見えたのだろう。
一方で後者を選ぶ者たちは、少しでもカーバンクルガーネットによる少額の利益を拾いたい者が多く、ソロ派でもグループ派でもない有象無象が大多数を占めていた。
自分の力に自信のあるソロ派の者は前者を、グループ派は海と地下迷宮の二つに半々でメンバーを振り分けているようだった。
選手たちの最後方で走りながらその流れを観察していた俺は、魔法の絨毯へと飛び乗り、駅へと飛んだ。
俺が時間のロスが発生する地下迷宮を選んだのは、単純に人数が少なかったからだ。
もしも、海型が少なかったならそっちを選んでいただろう。
迷宮のタイプや、直前のルール変更には左右されず、基本的に一つ目の迷宮は人数が少しでも少ない方を選ぶ……それが冒険者部の皆で考えた作戦方針だった。
魔法の絨毯で頭上を飛ぶ俺を見上げる他の選手たちの視線を感じながら、上空をショートカットした俺は、真っ先に改札を通り、ギリギリで電車に滑り込むことに成功した。
これで電車一本分リードすることができた、とタッチの差で乗れなかった選手たちの悔し気な顔に内心でガッツポーズをする。
そのまま真っ先に地下迷宮のあるダンジョンマートに到着すると、第一階層の安全地帯で番組スタッフがテントを張って待ち受けていた。
「おはようございます! さっそくですが、こちらの端末にカードギアのタッチをお願いします」
言われた通りカードギアをタッチすると、カードギアの立体映像の右上に☆10という数字が刻まれた。
「そちらが星の残数となります。これで運営のコンピューターと北川さんのカードギアが紐づけされましたので、他の選手のカードギアとお取り間違いなどのないようご注意ください」
これで他の選手に寝ている間に物理的に星を盗まれたりする危険が無くなったわけか。
ま、それでもカードに見張りをさせる必要はあるけどな。
「それでは、頑張ってください!」
スタッフの激励を背に、まずはカードを召喚していく。メンバーは蓮華、イライザ、ユウキ、鈴鹿、デュラハン、そしてメイドマスターのシルキーだ。
すぐさまデュラハンを装備化したイライザが漆黒の馬車、コシュタ・バワーを召喚し、一斉に乗り込んだ。
「——頼んだぞ、イライザ、シルキー」
「イエス、マスター。お任せください」
「新人メイドの失敗は私がカバーして見せますので、ご安心を」
「よろしくお願いいたします、先生」
そう言って、メイドマスターのシルキーは自信満々に頷いた。
……これが、彼女を召喚枠の六枚の一つに選んだ理由である。
デュラハンのマイナススキルによって生じる致命的ミスを、メイドマスターのスキルで相殺するのだ。
そう、イライザはこの一週間というわずかな時間に新たなスキルを習得していたのである。
【種族】ヴァンパイア(イライザ)
【戦闘力】840(MAX!)
【先天技能】
・膏血を絞る
・夜の怪物
・中等攻撃魔法
【後天技能】
・絶対服従
・多芸:新米メイド(NEW!)、演奏、罠解除、武術を内包する。
(新米メイド:メイドとして必要な技能を最低限収めている。たまに失敗してしまうことも。特定行動時、ランダムで弱いマイナス補正。料理、清掃、性技、礼儀作法を内包)
・フェロモン
・奇襲
・静かな心→明鏡止水(CHANGE!):一切の邪念なく、澄み切った心。精神異常無効、思考能力を大きく向上させる。
・献身の盾
・精密動作
・中等補助魔法→高等補助魔法(CHANGE!)
・魔力強化
・詠唱短縮
・直感
・フィンの親指(NEW!):親指を咥えることで、思考能力を大きく向上させることができる。また両手に癒しの水を生み出すことができる。癒しの水の効能は、ミドルポーション+リフレッシュと同程度。
新たに新米メイドのスキルを習得し、静かな心が明鏡止水へと、中等補助魔法が高等レベルにランクアップした。
性技と礼儀作法というメイドスキルの内半分のスキルを所有していたとは言え、この極めて短期間にメイドスキルを取得できたのは、元々キャンプでの料理や片付けの経験が蓄積されていたのと、この一週間のシルキーによる地獄の扱き、それに何よりも本人のやる気と努力の賜物だろう。
見事メイドスキルを得たイライザに対し、俺はお祝いとしてフィンタンを与え、彼女はフィンの親指を習得した。
これで、彼女は血の再生以外にも回復スキルを得たことになる。
状態異常に対する高い耐性に、補助魔法と自己回復を備えた耐久型ガードの完成形と言えるだろう。
それにしても、ここ最近のイライザの成長は目覚ましいものがある。
彼女本来の資質の高さに加え、シルキーの教導や多芸などのスキルによってスキルの習得効率が上がっているとは言え、このスキルの習得速度、成長性は、はっきり言って異常だ。
……もしかすると、彼女の中で何かが開花し始めているのかもしれなかった。
『——イライザ、次、右だ』
『イエス、マスター』
敵の出現しない地下迷宮型とあって俺たちの乗る馬車は猛スピードで通路を進んでいく。
わずかに地から浮いていることからスイッチを踏むことで作動する罠の大半は素通りし、たまにある気配に反応して矢などを飛ばしてくる罠なども気配遮断でスルー。唯一生命力を感知して攻撃してくるタイプの罠だけは回避できなかったが、それは事前に罠を感知していたイライザが献身の盾で受け止める。
小部屋の扉やそこに設置された罠だけは馬車を止めてイライザが解除する必要があったが、それでも考えうる限り最速で迷宮を突き進んでいる。
ユウキの索敵によれば、他の選手たちはかなり後方だ。
完全に俺の独走状態である。
他の選手との接触判定が解放される一時間以内に出来る限り進んで置きたいところだが……と考えていると、最初のヒントポイントに到着した。
しかも……! カーバンクルも一緒だ!
……もしかして、ヒントポイントはカーバンクルの部屋と重ねてあるのか? いや、それはないか。人を見たらすぐに逃げ出すカーバンクルと同じ場所にヒントポイントを設置するのは不可能。ただの偶然だろう。
すぐさまユウキにカーバンクルを拘束させ、デュラハンに始末をさせる。ほぼ未強化のデュラハンの強化は最優先である。
現れた金色のガッカリ箱に関しては……。
『蓮華、どうだ?』
『ん……まあまあってところだな。ハズレではない、はず』
『そうか……じゃあその幸運は貯金しといてくれ』
『了解』
そこそこのアタリを出すはずだった金色のガッカリの幸運を抑え込み、貯蓄へと回す。
当然、中身に期待はできなくなるわけだが————なんと中身は黄色のスキルオーブだった。
『……幸運を貯金したってことは、これはマイナスのスキルオーブの可能性が高いな』
『だな。幸運を貯金しなきゃプラスのスキルオーブだったかもな』
『失敗したか? まあ、仕方ない。これは放置だな』
スキルオーブを使うことなく、カーバンクルガーネットを回収しその場を立ち去る。
これを後続の選手が一か八か使ったりしたら、ちょっと可哀そうな気もするが……まあ仕方ないだろう。
さて、ヒントは、と。カードギアに追加されたチェックポイントのヒントを見る。
【3のは。x146、y626】
……ん。「3のは」の内容はいまいちわからないが、xとyの方は、迷宮内の座標だろう。
まさかそのままチェックポイントの場所、ということはないだろうから……パターンBだろうな。
パターンBは、師匠が模擬レースのチェックポイントを決める際のいくつかある傾向の一つだ。
これは四つのヒントポイントの座標を線で結ぶことにより、二本の線が交差する中心点をチェックポイントとする方法だ。
他のパターンのように特に複雑な謎解きなどはないが、四つすべてを集めないと詳細な位置がわからないため、すべての情報を集める必要がある。
別名、海賊王方式。
さて、この階層のヒントは回収したことだし……。
『イライザ、クレアヴォイアンスを』
『イエス、マスター』
イライザが高等補助魔法・クレアヴォイアンス(千里眼)を使用すると、俺の脳裏にこの階層の構造が浮かび上がってきた。
千里眼の魔法は、現在いる階層の構造を一定時間知覚できるようになる魔法だ。
普段はギルドからマップ情報が買えるためあまり価値を見出されない魔法ではあるが、ギルドでも情報の取り扱いが少ないBランク迷宮や、そもそもマップを売っていないシークレットダンジョンなどでは必須となる魔法だ。
もしもイライザが高等補助魔法まで成長してくれていなかったら、このレースはかなり厳しいことになっていただろう。
メイドスキルと違って高等補助魔法のランクアップは狙ってやった結果ではなかったので、これは本当にラッキーだった。
一応、サブプランとしては可能な限り千里眼のカードをかき集める方法と、ニケの高等補助魔法に頼る方法があり、これはヒントポイントを一切合切無視して彼女の召喚時間制限内に行けるところまで行き、召喚時間制限が切れてからハーメルンの笛で階層を戻り、ヒントを集めていく……というモノであった。
前者の方法では莫大なコストが、後者の方法ではかなりの時間ロスが生じていただろうから、イライザが高等補助魔法を覚えてくれたのは本当に助かった。
というか、移動もデュラハン&イライザ、罠の対応もイライザ、マップの把握もイライザと、イライザが大活躍すぎる。
これ、途中でイライザがロストしたら、詰むな……。
そう考えると、他の選手との戦いで彼女を使うのも考え物ではある。
とは言え、メインのガード役である彼女を外すわけにもいかないし……。
そんなことを考えながら突き進んでいくと、二階層目のヒントポイントに着いた。
敵は、普通にスケルトンやウォータースライムといった雑魚共だ。
さすがに、二回連続でカーバンクルってのはないか。
敵を瞬殺し、ヒントを取得すると今度は【2のち。x-246、y-634】と書かれていた。
……四つの点を結ぶタイプで確定だな。一応これでこの直線状のどこかにあることが判明したわけだが、問題なのは最初の暗号だな。多分、パスワードか何かだとは思うが……。
次の階層へと向かう途中、再びカーバンクルと遭遇する。
いいぞ……積極的に探しに行くほどではないが、こうして偶然出会えるのは純粋に嬉しい。
またデュラハンに始末させ、ガッカリ箱の幸運を貯金する。中身はローポーションだった。ちょっと勿体ないが、さっきの針の傷を治すのに使ってしまう。
第三階層に到達するが、未だに俺たちに追いつく選手はいない。
それどころか、二番手との距離もじわじわと引き離しつつある。
やはり、コシュタ・バワー+罠解除+千里眼の組み合わせは反則的だな。さすがイライザさんだ。うちのパーティーの迷宮攻略はイライザさんで持っていると言っても過言ではない。
それでも完全に引き離せないということは、この二番手のヤツも移動とマップを把握手段を持っているのだろう。……あるいは俺の軌道を把握し、それを追跡しているのか。
いずれにせよ、要注意人物だ。
ここのヒントは【1のあ。x-982、y-342】で、道中でカーバンクルとは遭遇できなかった。
第四階層。ここではヒントに到達するまでに三回もカーバンクルと遭遇することができた。かなりラッキー。ちなみに、蓮華による幸運消費や運命操作は行っていない。純粋な偶然だ。これで、デュラハンとシルキーの戦闘力がMAXまで成長した。ヒントは、【4のい。x945、y22】だった。
そうしてようやく、チェックポイントの存在する第五階層へと到達した。ここまでかかった時間は、三十数分程と言ったところか。かなりベストのタイムに近い。そろそろ、一時間の不接触タイムも終わるころだ。ここからは益々他の選手との距離にも気を払っていかなくてはならない。
チェックポイントは、至って何でもない通路上にポツンと置かれたテントだった。
中へと入ろうとしたが、結界が張ってあるのか、不思議と入口を開けることができない。
すると、中から声が掛けられた。
「————合言葉をカードギアに入力してください」
言われるままに「あ、ち、は、い」と入力すると。
「お入りください」
テントの中へと迎え入れられた。そこにはボディーアーマーを身に纏った冒険者らしき番組スタッフと、猫又のカード、グレムリンがいた。
一瞬グレムリンを見て警戒する俺に。
「ああ、ご安心ください。こちらは私のカードなので大丈夫です。カメラアイの映像を高速で確認するためなので、ご理解ください」
「あ、はい」
機械破壊が悪名高いグレムリンではあるが、電子の精霊としてデータの管理などの能力を持つという側面も存在した。良くも悪くも、最も現代的なモンスターなのである。
「え〜、それでは、これからする質問に、嘘偽りなくお答えください。……ここに来るまでの間に、何らかの不正を行いましたか?」
「……いいえ」
「————はい! 結構です! それでは、水晶にカードギアをタッチしたらレースを再開してください」
「あっ、はい」
これで終わりか、と思いつつテントを出る。
む……チェックポイントに寄ってる間に二番手のヤツがちょっと距離を縮めてきてるな。それに三番手のヤツも同じ階層に追いついて来てやがる。
このプレッシャー、ちょっと嫌な感じだな……。
そう思いながら、俺はレースを再開した。
————それから約二時間後。俺は二十一階層に到達していた。
ここまでで、俺は合計十四匹のカーバンクルと遭遇し、ガーネットを手に入れていた。
特に探し回っているわけでもないのに、こうも順調に出会うことができたのは、蓮華の恒常的幸運の加護のおかげだろう。
その間、ガッカリ箱の幸運は貯蓄し続けてきたので、大分幸運を貯め込むことができた。
タイムについても、考えうる限り最高のタイムを維持し続けている。
正直、ここまでスムーズに進めるとは思っていなかった。
冒険者部での事前シミュレーションでは、他の冒険者との戦闘を避けても二十階層を超えるまでに最低三回の戦闘がある想定だったのだ。
そうならなかった要因としては、魔法の絨毯により俺だけ一本先の電車に乗れたこと、そこから一人で独走状態をキープ出来たこと、俺以外の先頭グループが戦闘を避ける方針だったことが多い。
————だが、順調なのもここまでだろう。
ここからは敵がDランクモンスターとなり、これまでのように瞬殺とはいかない。
またライバルたちも、俺に最下層一番乗りを許さないだろう。
これまではできるだけ戦わない方針だったが、ここからは積極的に仕掛けてくるはず。
特に、俺の後ろをピッタリとくっついて離れない二番手のストーカー野郎だ。
三番手以下の臭いが割と入れ替わっている中で、コイツだけは不動の二位をキープし続けている。
明らかに目的があって俺のすぐ後ろという位置を保持していた。
————他の戦闘集団に動きがあったのは、それから五時間後。俺が二十五階層へと続く階段に到着した時のことだった。
『……ッ! マスター! 二番手の臭いと気配が消えました! そのカードもです!』
『ッ! ついに動いたか!』
野郎、やっぱり俺の後をトレースすることで次の階層までの最短ルートを探ってやがったな。
最後のヒントポイントの位置が分かった以上、もはや残すは二十五階層のチェックポイントのみ。
これまで五階層間隔でチェックポイントがあった以上、この先にはもうヒントポイントやチェックポイントはない可能性が高い。
ここが最後のチェックポイントということは、次の階層が最下層である可能性も高くなる。
俺が番組のプロデューサーなら、最下層は最後のチェックポイントの一個前くらいにするだろうからだ。
つまり、奴にとって俺はもう用済みというわけだ。ストーカー野郎だって千里眼のマジックカードの一枚や二枚は持ってるだろうからな。
……問題は、仕掛けるタイミングだ。
下手なタイミングで仕掛けても、後続集団に出し抜かれるだけだ。
————状況がさらに動いたのは、俺が最後のチェックポイントを通過した直後の事だった。
『マスター! 三番手と四番手が接触しました! 決闘を行うようです!』
『俺の一着が確定したと見て潰し合いに移行したか……!』
だとすれば、マズイ! 二番手のヤツが俺に仕掛けてくるとしたらこのタイミングしかない!
ここまで来たら、二番手が追いついてくるまでに最下層へと滑り込むしかない……!
そう考え、次の階層へと続く階段へと向かった俺だったが——。
「ようやく会えましたね」
階段へと続く手前の小部屋。そこに待ち受けていたのは、ショートカットの赤髪と碧眼が美しい白人女性だった。
……ストーカー野郎は、女だったのか。
そう内心で驚きながら、思いながら相手を観察する。
まず目を引くのは、180センチを優に超える長身だ。外国の女性は背が高い人が多いが、彼女はその中でもかなり高い方だろう。
デカイのは背だけではなく、その胸もだった。人間で牛倉さんより胸の大きい女性とあったのは、彼女が初めてだ。
年齢については人種が違うということもあってよくわからないが、パッと見は俺よりも若干年上に見える。
顔立ちは整っており、鼻も高すぎず、顎のラインはシャープで、日本人受けしそうな美人さんだった。
その顔と胸元には俺も見覚えがあった。確か、番組側が用意した推薦枠の一人で、ヘレンとかいう名前だったはず。事前情報がほとんどなかったせいで、人気は十番目くらいだったが。
馬車から降りて、ヘレンと対峙する。
「……チェックポイントは俺が一着通過だったはずなんですが、どうやって先回りしたんです?」
「簡単なことですよ。チェックポイントは通らず、ここへ直行しただけのこと。そうでもしなければ、先回りできなそうでしたから」
ヘレンは流暢な日本語で答える。翻訳の魔道具を使っているのか、日本暮らしが長いのか……。
「しかしそれでは、俺に勝っても最下層には入れないのでは?」
「貴方を倒して一時間足止めしている間にゆっくりとチェックポイントを通過しますよ」
「その間に三番手か四番手に漁夫の利をかっさらわれたら?」
「もちろん彼らも道中でブチのめす予定なのでご安心を」
そう言ってにっこりと笑う彼女に、傍らの座敷童が愉快そうに笑い声をあげる。
「コイツ、可愛い顔して無茶苦茶だな! 超面白いぜ!」
「ありがとう。貴女も素敵なカードね」
蓮華の賞賛に、にっこりと微笑み返すヘレン。その表情と態度からは、自身の経験に裏付けされた確かな自信が透けて見えた。強敵の予感……。
「さて、そろそろおしゃべりはここまでとしましょうか。あ、もちろん降伏してくれるというならそれでも結構ですよ」
「冗談」
鼻で笑い、俺は迷わず闘争を選択する。
すると、カードギアに星をいくらかけるかという入力画面が浮かんできた。
さて、どうするか。
星の賭け方としては、概ね四つのパターンが存在する。「一個だけ賭ける」「三つだけ賭ける」「一個だけ残して全部賭ける」「オールイン」の四つだ。
一つ目は、手札を三枚に抑える形に、リスクを最小限に留める賭け方だ。戦闘では確実に不利となるが、危うくなればすぐに降伏すればよいだけなので傷は最小限に抑えられる。ただ単に逃走を選ぶよりは……というやり方である。
二つ目は、リスクを抑えつつもリターンを最大限に狙っていく賭け方だ。二個ではなく三個賭けるのは、一個賭ける相手に対し二個で勝とうとする相手の一個上を行くためだ。さらに裏を掻いて相手が四つ賭けてくる可能性もあるが、そこまで行くとキリがないのでその時は潔く諦める。
三つ目は、リタイア対策に一つだけ残して、可能な限り勝利を狙っていく賭け方である。リスクは高いが、高確率で賭け自体には勝てる。
四つ目の賭け方は、ただのアホである。負ければ一発リタイアの勝負など正気ではない。
……が、この状況では少しばかり事情が変わってくる。
なぜなら、俺たちはここまでの道中で戦闘を一切行っておらず、その星の数に変動がないからだ。
互いに星十個しか持っていない可能性が高いこのシチュエーションにおいてのみ、オールインは有力な選択肢として浮上する。
それを踏まえた上で俺が選択したのは————三つ目の一個残してオールインだった。
『ノーモアベット!』
互いの選択が終わり、カードギアから判定が下される。
『ヘレン・ブレッケ。10スター! オールイン!』
その言葉に、俺は思わずピクリと眉を跳ね上げた。オールインか、思いっきりの良い人だな……。
そんな俺の顔を見たヘレンはニヤリと笑い。
『北川・歌麿。11スター! 北川WIN! 四枚召喚可能です。両者、一分以内に召喚数を規定数に収めてください』
「……なっ!?」
次の瞬間、驚愕に目を見開いた。
「不正……いや! そうか、カーバンクルガーネット!」
正解、と俺は頷いた。
ルールブックでは、
『星は一個につき二百万円かDランクカード一枚で補充可能。購入可能地点はスタート地点と各チェックポイントにて。ただし、この方法で補充できる星は十個まで(所有する星の数が十以上の場合は補充不可)』
と記載されている。
ここで気になったのが、わざわざ『この方法で』と書いてあることだ。しかも、その後にカッコ書きで所有する星の数を十以上に出来ないとまで補足してある。
そんなことをせずとも、『ただし所有する星の数が十以上の場合は補充不可』と書けばよいだけだというのに、わざわざ『この方法は』と回りくどく書いてあるのは、暗に他の方法があると言っているも同然だ。
そこに来てレース開始前のヴィーヴィルダイヤとカーバンクルガーネットの説明である。これはもう、確定と言って良かった。
一応、ゴール後にしか換金できない可能性もあったが、それではレースとしてあまりに意味が薄くなる。こういった相手の裏を掻く演出のために、ルールブックには十個以上買えないと書いておいて、当日になってガーネットやダイヤとの交換を追加してきたとしか思えない。
……と言っても俺がこれに気付けたのは、事前に織部から『星の入手手段は複数ある可能性が高い』と言われていたことと、実際にカーバンクルガーネットを手に入れられたことが大きい。
何個目かのカーバンクルガーネットを手に入れた時に、ふいに頭に「もしかして十個の保有制限を超えて星を交換できるんじゃないだろうか」と閃いたのだ。で、ダメ元で次のチェックポイントで聞いてみたら普通に交換できた、というわけである。
彼女もガーネットを途中で手に入れることができていれば、普通に気付くことができたかもしれないが、俺の通った後をひたすらついてきた彼女では、カーバンクルと出会うこともガーネットを手に入れることもできなかった。
同時にそれは、彼女の星の数が十以上存在しないことを意味する。故に、十一個の星を確保さえしておけば、ほぼ確実に勝つことができるというわけだった。
「……なるほど、これは盲点だった。でもまあ、多少不利になった程度で勝負の結果まで確定したわけじゃない。————みんな出ておいで」
ヘレンの呼びかけと共に彼女の背後の空間が揺らぎ、そこから漆黒の首無し騎士と、暗緑色の体毛を持った犬、体長20センチほどの小人の騎士が現れた。
……デュラハンとクーシーに、最後のは……確かディーナ・シー、だったか? 日本ではあまり出現しない珍しいカードだが、取るに足りないEランクカードだったはずだ。
強気な発言とは裏腹に、Cランクは一枚でDランクとEランクか……正直拍子抜け——。
と、そこまで考えて、気づく。
「待て待て! クーシーは女の子カードじゃないぞ! ルール違反だ!」
「うん? ああ! なるほど」
俺の抗議にヘレンは納得したように頷くと。
「クーシー、変身して」
そう短く告げた。同時に、クーシーの身体が淡い光に包まれ、みるみるうちに人の形へと変形していく。やがて光が消え去ると、そこには犬耳と暗緑色の髪を持った妙齢の美女が全裸で立っていた。
「これで良いかしら?」
「……な」
馬鹿な……変身した、だと? たしかに、本当は別の姿であっても、女の子の姿に変身できるカードならば女の子カードとして認められるが……クーシーにそんなスキルは……いや、待て。
そうか、変身ではなく、幻影や変化という可能性もある。それならば、普通に後天スキルとして習得可能な範囲だ。さすがに、幻影などの上辺だけ取り繕うようなスキルでは、女の子カードとしては認められない。
そう思い、鈴鹿を見るが、彼女は無言で首を振るだけだった。
虚偽察知に反応しないということは……これはただの幻影や変化ではなく、ちゃんと人間としての形態を持っているということか。
何らかの先天スキルを後天スキルとして引き継いだのだろうか?
だが、変身系の先天スキルは、眷属召喚同様ランクアップでの引継ぎが出来ない——未だ確認されていない——タイプのスキルのはず……。
クーシーのように見えて、クーシーではない、のか……? ……まさか!
ハッと息を吞む。
慌てて、ヘレンのカードたちを確認する。
あのデュラハン……よく見ると微かに全身から黒い瘴気を立ち上らせている。放つ威圧感も、ウチのドジっ子とは段違いだ。
それと、ディーナ・シー。三ツ星冒険者がこの場面でEランクカードを出してくるのは絶対におかしい。それは、たとえどれだけ優秀な後天スキルを持っていたとしても、だ。
変身スキルを持ったクーシーに、黒いオーラを放つデュラハン、そして場違いなEランクカード……。
間違いない、ヘレンのカードたちは——!
「もう良いかしら? カードとはいえ、レディを裸のままにしておくのはどうかと思うけれど」
「……あっ、はい、すいません。どうぞ……」
俺は慌てて頭を下げた。いかん、考察に没頭しすぎた。まるで俺が全裸のケモ耳美女を遠慮なく視姦したみたいになってしまった。実際にはそんなつもりはなかったが、傍目にはそうとしか見えなかっただろう。
心無しかこちらを冷たい眼差しで見つつ、ヘレンがクーシーを獣形態へと戻す。
……やはり、改めてみると俺の知るクーシーよりも、気品というか、神秘性が違うように見える。
とても、Dランクのカードとは思えない。
俺は嫌な予感が確信に変わるのを感じつつ、俺もシルキーと鈴鹿を送還する。残りのメンバーは、蓮華、イライザ+デュラハン、ユウキの四名となった。
『……………………!』
両者無言で睨みあい、場の緊張が高まっていく。
『一分が経過しました。勝負を開始してください』
————そして戦いが始まった。
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