第4話 ギリシャ系の神はヤベー奴しかいないという風評被害(事実)②
熱帯林の木の根で凸凹とした道を、一台の馬車が駆け抜ける。
四体の首なし馬が牽く漆黒の馬車は、霊柩車を連想させる不吉な佇まいで、車輪からは青白い鬼火が立ち上っていた。
ふいに、馬車の前方に一匹のオークが姿を現す。
キョロキョロと辺りを見回す豚頭の大男は、猛スピードで迫りくる馬車に気付くこともなく、馬車と衝突。弾き飛ばされ地面に転がったところを踏みつぶされ、肉塊へと姿を変えた。
俺はそんな憐れなオークの姿を馬車の窓から見て、感心する。
「へぇ〜、思ってたより乗り心地が良いな、これ。凸凹な地面でも振動もないし」
「ですね。敵にも見つからないですし、ぶつかっても衝撃一つ無いですし」
ユウキが頷く。
ちなみに振動がないのは、この馬車コシュタ・バワーが十数センチほどだが宙を飛んでいるためだ。
大きな穴や崖を飛び越えられるほどではないが、地形にあまり左右されず、踏むことで作動してしまうトラップを避けることができる。
また、透明化と気配遮断のスキルを持つため余計な敵と戦わずに済むことも有難かった。
欠点は川や湖といった水辺を渡ることができないことだが、その時は迂回や他の方法を取ればよいだけだ。
装備化のスキルにばかり注目していたが、このコシュタ・バワーのスキルもなかなかだ。さすがデュラハン、プロクラスの必需品と言われるだけのことはある。
「で、どうだ。装備化の感覚は?」
「イエス、マスター……少しだけ身体の反応が遅れますが、問題ありません」
俺の問いかけに答えたのは、馭者席に座る漆黒の女騎士だった。
身に纏う鎧は女物の流麗なラインを描いており、顔の上半分を覆う兜からは艶やかな金髪が流れ出ている。
露出している部分は、全身の内顔の下半分だけだというのに、黒い鎧と白い肌のコントラストと浮かび上がるような紅い唇が、妙に艶めかしい。
お、おかしいな……。
アンナのエルフがデュラハンを装備した時は、清楚な女騎士と言った感じだったはずなのだが、イライザさんが装備した時のこの禍々しさと漂う色気は一体……。
デュラハンを身に纏うイライザさんの雰囲気は、完全に暗黒騎士と言った感じであった。
「……ま、問題なくて良かったよ。あんまりにも運動音痴やドジのスキルが足を引っ張るようならマイナススキルの無いリビングアーマーに切り替えることも考えてたから」
俺がそう言った瞬間。
「え〜!? 酷いですよぅ、マスター! ちゃんとアタシを使ってください! ……勝手に喋らないでください」
イライザから今まで聞いたことのないような甘えた声が聞こえてきて俺たちはギョッと目を見開いた。が、すぐに気付く。
今のは、イライザじゃなく、彼女に憑依したデュラハンの発言か。
「失礼しました。マスター。……今のはデュラハンの発言ですので」
「あ、ああ、わかってる」
誤解されたくなかったのか、わざわざそう説明してくるイライザに俺は苦笑した。
この元グーラーのヴァンパイアにも、「自分のキャラが崩れるのが嫌だ」という気持ちがあるんだなぁ、と俺は微笑ましく思った。
それは他のメンバーも同じようで、蓮華、ユウキ、メアも温かい目をしていた。
「イライザ先輩はアタシよりも上手く身体を使ってくれますし、このまま先輩に使い続けて貰えれば、運動音痴でドジなアタシもクールでカッコ良い大人の女になれると思うんですよね〜! ……デュラハン。あっ、ごめんなさい!」
一人芝居をしているように見えるイライザはなんだか滑稽で、悪いとは思いつつ俺たちは含み笑いをしてしまった。
それが気に障ったのか、珍しくイライザから微かに怒りのオーラが伝わってくる。
すると……。
「——イライザさん、淑女たるものそう簡単に感情を乱してはいけませんよ」
イライザの隣に腰かけていた二十代後半ほどの女性が、厳しい声で言った。
赤銅色の髪をシニョンにして纏めた、メイド服を身に纏った美人……メイドマスターのシルキーだ。
「申し訳ありませんでした」
ペコリと頭を下げるイライザに鷹揚に頷くシルキー。
「淑女たる者、常に冷静で瀟洒でなくては。私が責任をもって貴女を淑女の中の淑女……メイドマスターにしてあげましょう」
「よろしくお願いします、先生」
その光景に、俺たちは「ううーん」と顔を見合わせた。
出会ったばかりなのに、随分と仲良くなったもんだ。
メイドマスターのシルキーの多彩なスキルを教導してもらうべくイライザと引き合わせてみたのだが、両者は何やら感じ入るものがあったようで、子弟の契りを結んでしまったのである。
メイドマスターのスキルはともかく、諫死のスキルだけは教導して欲しくないのだが……。
とイライザの行く末を案じていると……。
「あ、イライザさん。次の曲道、左です。右は結構な数の敵の反応があります」
「了解しました」
スマホのマップを見ていたユウキが言う。
我がパーティーで最大の索敵範囲を持つ彼女には、道案内も任せていた。
……ふっ、また俺のパーティー内での役割が無くなってきたな。
リンクという重要な役割はあるが、今は使ってないしな。
なお、今リンクを使っていないのは新入りのシルキーを省いて会話しないように、という気遣いからである。
今の俺ならシルキーとも簡単にリンクを繋げるが、好感度を稼いでいない状態でのリンクはカードに不快感を与えるからな……。
「……ん? あれ、イライザさん、なんか敵の方に近づいているみたいですけど」
再びスマホに視線を落としたユウキが、頭を上げて不思議そうにイライザを見た。
「……申し訳ございません、マスター。どうやら右と左を間違えてしまったようです」
『ええっ?』
イライザから一生出てくるとは思ってもいなかったセリフに、ポカンと呆気にとられる俺たち。
「……どうやらデュラハンのドジスキルのせいのようです。酷いです、イライザ先輩! 人のせいにしないでください!」
「いや、確実にお前のせいだろ」
蓮華が呆れたようにツッコむと、皆うんうんと頷いた。
まさか、イライザが右と左を間違えるミスを犯す日が来るとは……。ドジスキル、恐るべし。
戦闘中じゃなかったから良いものの、勝つか負けるかの瀬戸際でドジスキルを発動されたらと思うとゾッとするな……。
少なくともドジスキルを消すまでは、拮抗した戦いではデュラハンを使わない方が良いかもしれない。
そんなことを考えていると……。
「これは一刻も早くメイドスキルを習得させる必要がありますね……」
「ん〜? ねぇねぇおばさん、どうしてイライザのドジとメイドスキルが関係あるの?」
メアのおばさん発言にシルキーは一瞬ピクリと眉を動かしたが、特に何も言うことはなく、質問に答えた。
「私のメイドマスターのスキルには、他のメイドスキル持ちの失敗を打ち消す能力もあるのです、マスター」
が、やはりイラッとしたのか、シルキーはメアにではなく俺に答えるという形で露骨にメアを無視した。
淑女たる者、簡単に感情を乱してはならないとは一体なんだったのか……。
「そ、そうだったのか、そんなことアプリには書いてなかったけどな」
「第一に、メイドマスターのスキルを持つカードが一枚あれば他にメイドスキルを持つ者を呼ぶ必要もないので、これまで気付かなかったのでしょう。第二に、無かったことになった失敗に気付くことは、難しいものです。メイドマスターを持つほどの者が、わざわざ自分の功績を主に誇ることもないですしね」
「な、なるほど……」
確かに、起こらなかった事を気付くのは難しいか。しかも打ち消した本人が自分の功を誇らないタイプともなれば、気付くのは絶対に不可能だな。
このメイドマスターに関する新情報については、あとでギルドに報告しておくとしよう。いくらかの謝礼と社会貢献点が貰えるかもしれん。隠すほどの情報でもないしな。
「会敵、間近です。さすがにコシュタ・バワーだけで倒すのは厳しい数ですけど、どうしますか、マスター」
ユウキの問う「どうしますか」というのは、戦うのか、彼女の持つ縄張りの主のスキルで敵を追い払うか、ということだろう。
今の彼女の戦闘力は、成長限界の1600。これは、Dランクモンスターまでなら追い払うことができる戦闘力だった。
俺は少し考え。
「まあ、戦うか。いざという時の為にカードのドロップ分の幸運を貯めておきたいし」
「了解です。それではボクに任せてください」
「リンクは要るか?」
「いえ、大丈夫です」
そう言うと、ユウキがヒラリと馬車を舞い降りる。
風のような速さで先行すると、先の方から彼女の遠吠えが聞こえてきた。
どうやら、二体の眷属、シロとクロを呼び出したようだ。
数十秒後、馬車が彼女たちの元へと追いついた時にはすでに戦闘は終わっており、地面に落ちた魔石を拾っているところだった。
馬車に乗る俺を見たシロとクロが、静かに片膝をつき、頭を下げる。
その姿は、まるで時代劇に出てくる忍びのような己を押し殺したモノだった。
ユウキの奴、よくもここまで仕込んだもんだ……。
と感心しつつ、どれくらい成長したのかを確認するため、ユウキのカードからシロとクロのステータスを呼び出して見る。
【種族】ライカンスロープ(クロ)
【戦闘力】800(MAX!)
【先天技能】
・月満つれば則ち虧く
・狼に衣
・本能の覚醒
【後天技能】
・気配察知
・群れの主
・武術
・初等忍術(NEW!)
・従順(RENTAL!)
【種族】ライカンスロープ(シロ)
【戦闘力】800(MAX!)
【先天技能】
・月満つれば則ち虧く
・狼に衣
・本能の覚醒
【後天技能】
・従順→忠誠(RENTAL!)
・気配察知
・武術
・人物眼:相手がどういった人物かをある程度見抜く目を持っている。対象の戦闘力の大小や、表面的な性格、感情がなんとなく感じ取れる。
・初等忍術(NEW!)
……おわかりいただけただろうか?
戦闘力がマックスまで成長しているだとか、忍術をレンタルし続けた結果、初等忍術のスキルを覚えているだとか……そんなのはどうでもいい。
従順や忠誠のスキルの横についた表記を見てほしい。
——そう、この二体は、ユウキによって従順や忠誠のスキルを植え付けられているのである!
なんと恐ろしい。
こんなもの、一種の洗脳である。
忠誠のスキルは、主が失望されるような行動をとり続けていると消えてしまうというリスクがあるが、このレンタルされた忠誠のスキルにはそのリスクは全くない。
なぜなら、毎回忠誠のスキルを付けなおせば良いだけなのだから。
「うぅ〜ん……」
さすがに、これは……ユウキに一言注意すべきだろうか。
如何に自分の眷属、自身の一部とはいえ、道具扱いしすぎている気がする。
ある意味では、カードを使い捨てるマスター以上だろう。
だが……。
「……………………」
俺は彼女に部下の扱い方を注意すべきか逡巡した後、結局何も言わないことにした。
ユウキの部下の扱いは、道具扱いではあるが、不死身の存在である眷属の使い方としては間違っていないのも事実。
二体の眷属の在り方も、ある意味では『本物の忍』っぽくはある。
また、狼の群れという面から見ても、序列を絶対のモノとし、強制的に忠誠を誓わせるやり方は間違ってはいない。
それに……この二名は、ユウキがランクアップした段階で消滅が確定している存在だ。
蓮華に言わせれば、消滅ではなく「母なる海に還るだけのこと」らしいが、俺たちから見れば別れであることには変わりない。
下手に感情を移さず、ユウキのように徹底して道具として扱うのが、案外最適な運用方法なのかもしれなかった。
俺はそう自分に言い訳しつつせめてもと、シロとクロにパウンドケーキを一つずつ渡し、その苦労をねぎらってやったのであった。
翌日、早朝。
「ふぁああ〜…………」
泊まり掛けでの迷宮攻略を終えた俺は、日が昇ったばかりの人気のない住宅地を歩いていた。
黄色い太陽を見ながら、ふと感慨にふける。
うーん、俺もDランク迷宮を24時間以内に踏破できるようになったか……。我ながら、成長したものだ。
いや、成長というよりも戦力が充実した、というべきか。
今回の迷宮の主は、ケンタウロスとその配下のユニコーンとバイコーンの群れだった。
ケンタウロスの機動力と正確無比な弓矢による狙撃に、無数のユニコーンとバイコーンによる多重の支援と妨害という、少し前ならかなり手古摺ったであろう強敵だったが……デュラハンとダーインスレイヴを装備したイライザと、蓮華、ユウキ、ニケの猛攻になす術もなく沈んだ。
Bランク級の戦闘力を持つこの4枚に攻められては、いかに迷宮のバックアップを受けているとは言えCランクモンスターが太刀打ちできるわけもない。念のため俺の傍に控えさせていた鈴鹿など、欠伸しながら見ていたほどだ。
Dランク迷宮は、もはや俺の敵ではない。特殊なギミックがあろうと、一人で安定して踏破できるだろう。
だが、Cランク迷宮を一人で攻略できるかというと、無理だと即答せざるを得なかった。
Dランク迷宮までの迷宮と、Cランク迷宮からの迷宮は、まったくの別物だ。
猟犬使いを捕まえてから、師匠に一度だけ連れていってもらったCランク迷宮。
俺はそこで、わずか二十三階で撤退を余儀なくされている。
Cランクモンスターの出現する、三十一階層以降の領域にすら到達することができなかったのだ。
一人で四ツ星に昇格するためには、ソロでCランク迷宮を踏破する必要がある。
Dランク迷宮とCランク迷宮の壁は、そのまま俺と師匠の力の壁だ。
その壁の厚さは、パーフェクトリンクを身に着け「もしかして、師匠を超えたんじゃね?」と慢心しかけていた俺の鼻っ柱を折るには十分だった。
とはいえ、焦りを感じる必要はない。
俺はすでに常人以上のスピードで、カードの戦力、リンクの実力共に急成長している。
むしろ足りないのは、経験と知識。
このまま地道に勉強していけば、Cランク迷宮を一人で踏破する日も必ず来るはずだ。
もっともその時は師匠もさらに先に進んでいるのだろうけど。
「……ん?」
俺は、通りの向こう側から見覚えのある女の子が犬を連れて歩いてくることに気付いた。
褐色肌と挑発的なボディラインに、金髪ショートの……ちょっと某人造人間18号っぽい髪形のヤンキー系ギャル。
我がクラスの女子ナンバー2、一条さんだ。
オフショルダーのトップスに、ダメージジーンズというラフな格好をした一条さんは、ちょっとヨボヨボした柴犬を連れていた。
「あれ、北川じゃん。おはよ。物々しい格好だけど、こんな早くから迷宮?」
「おはよ、一条さん。迷宮からの帰りだよ。そっちこそ早いじゃん」
一条さんって高尾の辺りに住んでたのか……。
などと思いつつそう言うと、彼女は髪をかき上げながら欠伸混じりに答えた。
「まぁね〜、夏はアスファルトが熱くなってないうちに散歩しないとだからさ。……この子も、もう年だしね」
そう言って、静かな眼で傍らの茶色の毛並みの柴犬を見下ろす一条さん。
茶柴は、年こそ取っているものの健康状態は良好そうで、可愛がってもらっているのが一目で分かった。一条さんを信頼しているらしく、リラックスするように脱力した尻尾が揺れている。
俺はしゃがみこんで茶柴と目線を合わせた。
「行儀が良い子だね。うちのバカ犬とは大違いだわ。名前はなんて言うの?」
「マロ」
「うん? なに?」
「いや、だからマロだって。この子の名前」
え、マジ?
思わず顔を上げると、ニヤニヤと笑っている一条さんと眼が合った。
「眉のところが平安貴族っぽいっしょ? だからマロ」
「ふ、ふぅ〜ん、なるほど……」
うん、まあ、そういう偶然もあるわな。うん。
「マロ、チンチン」
「ワン!」
「やめーや!」
ここぞとばかりに下品な芸をさせる一条さんに突っ込むと、彼女はケラケラ笑って大きな胸を揺らした。
……うん、まあ、許す!
「てか、そういえばマロと北川って同い年じゃね? ウケるんだけど」
「マジ? 十六歳か〜、かなり長生きだな〜」
「たまに健康のために犬用ポーションとか飲ませてたからかな。でも、ま、そろそろかもね……」
そう言ってわしゃわしゃとマロ(犬)の顔を撫でまわす一条さんの横顔は、少し寂しそうに見えた。
その表情がなんだか急に『女の子』に見えてきて、俺はなぜか妙に戸惑った。
「……あのさ。獅子堂のことさ、ありがとね」
不意に、ポツリと一条さんが呟く。
「一応さ、仇みたいのとってくれて、みたいな?」
「ああいや……」
俺は何と言って良いかわからず、口籠った後。
「一条さんって、獅子堂と付き合ってたの?」
なぜかそんな馬鹿なことを問いかけていた。
……何聞いてんだ、俺。アホか。もし本当にそうだったならなんて言えば良いんだよ。
最悪な質問をしてしまい後悔していると、一条さんは苦笑して答えた。
「まさか。アタシ、オラオラ系嫌いだし。もっと思い通りになる男がタイプかな。あと浮気したくても出来なそうな奴。金持ってれば、なお良し」
なんかウチの御袋と同じようなこと言ってる……。
一条さんと付き合う男は確実に尻に敷かれそうだな。ウチの親父みたいに。
「獅子堂は、なんて言うか……元幼なじみだったんだよ」
「元?」
幼馴染に元とかあるのだろうか……。
と首を傾げていると。
「小学校5年位だったかな〜、それまで近所に住んでたんだけど、転校していっちゃったんだよね。だから元ってわけ。
おじさんとおばさんが離婚してさ。おじさんが宗教に嵌まっちゃって、おばさんが獅子堂を引き取って、みたいな。
んで、良くわかんないんだけどまたおじさんのところに戻ることになって、中学二年位にウチの中学に転校してきたんだけど、おじさんもすでに再婚相手がいたりして。複雑な家庭環境に……すっかり『ああ』なっちゃったんだよね」
「なるほど……」
何年も離れて暮らしていた父親と、新しい母親か。思春期の男の子がグレてもおかしくない環境ではある。獅子堂も色々大変だったようだ。
「ちなみにさあ、獅子堂が北川に色々突っかかってた理由はね、単なる焼き餅。アイツ、楓のことが好きだったから」
「マジ!?」
死後に明かされる驚愕の事実! ……でもないか。四之宮さん、好きな奴結構いるだろうし。
「んで、獅子堂は楓と同じグループになりたかったんだけど、結局そうはならなくて。んで、北川って楓と仲良いっしょ? それで、って感じ」
「なるほどねえ〜」
「ま、アイツのアピール全部楓には逆効果過ぎて笑っちゃったんだけどさ。楓って、人の足を引っ張って上に行こうとする奴、大嫌いだし。基本、努力家が好きだからね。超空回りって感じ。ね、そう考えると可愛く思えて来ない? ハムスターみたいでさ」
ハムスターって……。ニヤッと笑ってくる一条さんに、俺は苦笑いするしかなかった。
「アイツもね〜、北川のことは認めてたんだよ。でなきゃ、同じ冒険者って方法は取らないし。バリバリ意識してんの丸わかりじゃん? 基本、格下は歯牙にもかけない奴だからさ」
それに、俺は南山の事を思い出していた。
俺が元々冒険者を目指した理由は、同じモブキャラでありながら冒険者となることでカーストトップグループに入った南山に嫉妬し、憧れたからだ。
なるほど、相手と同じ方法を取るのは、相手を認めていたから、か。
一条さんが、立ち上がりグッと背伸びをする。
「ま、そんな感じ。暑い中ごめんね。北川にはアイツのこと知ってて欲しくてさ。このままってのは、なんか……寂しいじゃん?」
『……なかなか情の深い良い女だな。ママさんにちょっと似てる』
それまで静かに見守っていた蓮華がそう囁いてきた。
確かに……ちょっとウチの御袋に似てるかもな。
そこで一条さんはポンと手を叩き、思い出したように言った。
「あ、そうだ。ちょうど北川に聞きたいことあったんだわ」
「俺に?」
「そう。……北川って要らないカードのレンタルとかってやってる?」
「カードのレンタル?」
思わぬ質問に俺は目を丸くした。
「ほら、大学の冒険者部とかだと新入部員にカードのレンタルとかするって言うじゃん。北川も冒険者部作ろうとしてたんでしょ? そういうのやってないかなって思ってさ」
「いや、今のところやってないけど……」
「お願いできない? とりあえず、50万なら担保に預けられるし。レンタル料は月に5万くらいかな〜? とか考えてるんだけど」
そう言う一条さんの顔は真剣なモノに見えた。
ぶっちゃけDランクカードなら余ってるし、貸しても問題はないわけだが……。
「冒険者になりたいってことなのか? あんな事件があったのに?」
「犯人は北川が捕まえてくれたんでしょ? なら逆に安全じゃん。模倣犯とかの問題も起こってないしさ」
「そうだけど……どういう動機からなのかって思ってさ」
幼馴染の獅子堂が死んで、冒険者になりたいと思ったというのはちょっと気になるところだ。
……変に思い詰めてのことではないかと心配になる。
「あ〜、う〜」
俺の問いかけに一条さんは顔を赤らめて悩むように悶えた。
彼女にしては珍しい態度だ。
やがて彼女は乱暴に髪をかき乱すと、俺の胸を軽く拳で小突いて——。
「……憧れてんだよ、言わせんな、恥ずかしい」
——そう、赤いままの顔で言ったのだった。
【TIPS】恋愛ADV『モブ高生の俺でも冒険者になればリア充になれますか?』
マロたちの世界の、千個くらい隣の世界で売られているかもしれないギャルゲー。
ストーリー自体は、『平凡な高校生の主人公が、冒険者活動を通じてクラスや部活の女の子たちと仲良くなり、徐々にリア充となっていく、』というオーソドックスなものなのだが、このゲーム独自のシステムとして『座敷童システム』という一風変わったシステムを採用している。
ゲームの流れとしては、闘技場で試合をすることでクラスのヒロインの好感度を上げ、迷宮に潜る事で冒険者部の後輩たちからの好感度が上げるという仕組みとなっているのだが――――ヒロインの好感度をいくら上げてもヒロインの個別ルートに行くことはできない。
これは、ゲーム内において主人公は本来ヒロインたちと結ばれる運命にないモブキャラであり、相棒である座敷童が運命を操作しヒロインとのイベントを起こすことでようやくヒロインと結ばれることが出来る、という設定だからである。
そのため、個別ルートに進むためにはヒロインからの好感度よりも『相棒である座敷童からのヒロインへの好感度』が重要となっており、仮にヒロインの好感度がMAXでも座敷童が『コイツとくっついても幸せになれない』と判断した場合、個別ルートに進むことすらできない……というシステムとなっている。
なお、攻略サイトを見ずにプレイした場合、90%以上の確率で座敷童エンドとなってしまう模様。
Q:牛……特定のヒロインの影が薄く、イベントが起こらないのですが……。
A:座敷童ちゃんからのヒロインへの好感度が低いのかもしれません。もっと座敷童ちゃんとのイベントを起こして、ヒロインへの好感度を上げましょう。
Q:ヒロインのイベを起こすために座敷童ちゃんを選んでいたら座敷童ちゃんエンドになってしまうのですが……これはバグでは?
A:仕様です。このゲームでは、座敷童ちゃんと結ばれるのが一番幸福になれるという設定なので、特に意識せずにプレイしていると高確率で座敷童ちゃんエンドとなります。ヒロインのイベが発生したら逃さずにイベをこなしましょう。
Q:ヒロインの個別ルートに入れたのは良いのですが、好感度が足りなくてバッドエンドになってしまったのですが……。
A:それはバッドエンドではなく座敷童ちゃんエンドの一つです。座敷童ちゃんエンドは、各ヒロインの個別ルートに一つずつと、メインに5つの十以上あります。なお、各ヒロインのエンドは一つずつです。
Q:結局、どうすればヒロインを攻略できるのですか?
A:頑張りましょう。
※あくまで遙か遠い平行世界で売られているかもしれないだけのゲームの話なので、本編には関係ありません。
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