第5話 学生四天王最弱の顔と名前が思い出せない人

 

 夏休み、四日目。その日は、朝から家中がバタバタしていた。


「お母さ〜ん、愛の旅行用の歯ブラシセットってどこ〜?」

「時間ないから歯ブラシセットはあっちで買いなさい!」

「愛歌、俺の電動シェーバーどこいった?」

「知らないわよ! いつもカミソリで剃ってるじゃない! 今回もそうしたら? っていうか、アンタら昨日までに準備しておきなさいって言ったでしょうが!」


 あちこちでアレがないコレがないという声が響き、お袋がキレる声が二階まで聞こえてくる。


「なんかすげぇな〜、お前んちって旅行行くときはいつもこんなんなのか?」


 そんな騒ぎを、漫画を読みながら聞いていた蓮華が、俺に問いかけてくる。

 俺は旅行用のバッグに着替えを詰め込みながら答えた。


「いや、いつもは前々から準備してるからここまでじゃあないな。今回は急に俺の予定が空いて急遽予定した旅行だからなぁ」


 北川家では毎年、夏休みには平均して2〜3回ほど旅行に行くのが習慣となっている。

 旅行の予定は、夏休みの一月以上前から計画され、前もって準備されているためいつもはスムーズに出かけることができるのだが、今回は少しばかり事情が異なっていた。

 なぜなら、今回の旅行はつい先日に急遽決まったものだったからだ。

 今年の夏は、冒険者部の合宿の予定などでスケジュールがギチギチに詰まっていたため、北川家の旅行は夏休みの後半に一回予定されているのみとなっていた。

 家族も今年は仕方ないと納得してくれていたのだが、実はお袋は内心で寂しく思っていたらしく、今回のアンナの補習でスケジュールに空きが生じたのを知るなり、急遽旅行をセッティングしたのだ。

 偶然にも、今年は東京のオリンピックの年であり、政府がオリンピックのために休日をずらした為、今日から4日間連休となっている。

 土日は俺も愛も予定があるため、家族で旅行に行くチャンスは、親父も会社が休みのこの木曜と金曜しかなかったというわけだ。


「歌麿〜、そろそろ出るわよ! 準備できてるの!?」

「もう終わるよ!」

「アンタだけじゃなくて、蓮華ちゃんの分もアンタが用意すんのよ?」

「わかってるって。蓮華のは、最初に終わってるよ」


 俺はそう言うと蓮華用のバッグを彼女へと放り投げた。

 それを受け取る蓮華は、いつもの和服姿ではなく、女児向けのTシャツとジーンズのミニスカートという現代風ファッションだった。

 今回の旅行は蓮華も実体化しての参加となっている。

 俺は最初透明化しての参加で良いんじゃね? と言ったのだが、家族全員からとんでもないと大反対されたのだ。

 そのため、彼女も愛の服を借りての参加となっていた。


「よし、行くか!」

「ああ、待て待て!」


 バッグを受け取った蓮華が部屋を出ようとするのを制止し、彼女の頭へとつば付き帽子を被せる。帽子のつばでその人間離れした美貌が隠れたことで、彼女の外見はどこにでもいる子供となった。

 蓮華の顔は、モンコロなどを通じて世間に広く知れ渡っている。

 カードは迷宮外で召喚できない、という固定観念からそうそう気付かれることはないだろうが、俺と共にいることと併せて、察しの良い者が気付かないとは限らない。

 そのため、小細工ではあるがこの帽子は必須だった。

 ちなみに、他人に蓮華の関係を聞かれた際は、愛の友達と説明することになっている。まあ、そんなことを聞かれることはないだろうが、念のためだ。

 家中の戸締りを終え、玄関に鍵をかけると、車へと向かう。

 白いセダンの扉を開けると、サウナのような熱気が顔を撫でた。

 後部座席に乗り込んだお袋が顔をしかめながら言う。


「あっついわね〜。即、エアコンつけて」

「もうつけたよ」


 ゴオオオッ! という音を立ててエアコンが稼働するが、夏の日差しに温められた車内の温度はそう簡単に下がらない。

 皆が熱さに顔をしかめる中、ふいに親父が助手席に座る俺が汗一つ掻いていないことに気付いた。


「お? 歌麿、妙に涼しい顔をしてるな。……もしかして魔道具かなんか持ってるのか?」


 俺は鋭いな、と苦笑しつつ胸元にしまったエアコンペンダントを取り出した。


「アタリ。このエアコンペンダントで適温が保たれてるんだよ」

「お兄ちゃん、ズル〜い。愛にも貸して!」

「もう一つあるからそっち貸してやるよ」


 俺がエアコンペンダントを後部座席の愛へと渡すと、それを見たお袋が感心した声を出した。


「あら、素敵なペンダントじゃない。いくらしたのよ?」

「えっと……たしか買えば百数十万くらい、かな?」

『百数十万!?』


 車内に驚愕の声が木霊する。


「は〜、いくら冒険者として必要だからってそんなのをポンと買うとはね〜」

「ああ、いや……これはギルドのパックで買ったもんだから」

「ほ〜、ギルドのパックはそう言うのも入ってるのか。ってことは百万で百数十万のが当たったわけだから、一応得はしてるのか」

「……うん」


 そのわずかな沈黙を、しかしお袋は見逃さなかった。

 ギラリと瞳を鋭く光らせて、俺へと詰問する。


「マロ、あんたパック何個買ったわけ?」

「う……!」


 俺が口籠っていると、お袋が蓮華を指さし言った。


「母さんが蓮華ちゃんに聞くまでがタイムリミットだと思いなさいよ」


 そっちに聞かれるのだけはマズイ……! 俺は慌てて答えた。


「……んじゅう個、です」

「なんですって? もう一度、大きな声ではっきりと」

「四十個です!」

『四十……』


 家族全員絶句した後、やがて親父が大きなため息を吐いた。


「はぁ〜、4千万円か……俺の年収の何倍だ……? 真面目に働くのが馬鹿らしくなってくるな」

「アンタね〜、自分で稼いだ金とは言え、もうちょっと慎重に使いなさいよ」


 実際のところ、使った金額はその十倍なのだが、それだけは何としても知られたくなかった俺は、沈黙は金とばかりに押し黙った。

 両親が呆れたようにため息を吐く中、愛だけがはしゃいだ声を出す。


「4千万だって〜! すごーい! 愛のお小遣い何年分だろ。やっぱ、将来はお兄ちゃんみたいな冒険者と結婚しよ〜っと」

「駄目よ、冒険者と結婚するのだけは止めておきなさい」

「そうだぞ、愛は一生結婚しなくて良い。ずっと実家で暮らしなさい」


 親父の馬鹿な発言はスルーされ、母子の会話は進む。


「え〜、なんで〜?」

「いくらお金持ってても、いつ死ぬかわからない職業はダメよ。マロには幸い蓮華ちゃんがついていてくれてるけど、他の冒険者は本当にいつ死んでもおかしくないんだから。家庭は安定性が重要。冒険者は遊び相手で十分よ」

「ぷ〜。しょうがない、欲しいモノはお兄ちゃんにおねだりすることにして。旦那さんは、お父さんみたいに冴えなくても、お金持ちで、何でも言うこと聞いてくれて、浮気しない人を探すか〜」


 親父は、愛の物言いに、金蔓扱いされて悲しいような、お父さんみたいな人と結婚すると言われて嬉しいような複雑な顔をした。


「ちょっと順番が違うわね。一番が何でも言うこと聞いてくれて、二番が浮気できなそうなこと、三番がお金を持ってることよ。この順番を間違えると悲惨な目に遭うわよ」

「え〜? 何が違うの?」


 俺も気になって耳を傾ける。

 すると、答えは意外なところから来た。


「一番目は、恋人の条件として重要なんだろ。この条件が整ってないと、ママさんや愛みたいなタイプだと結婚までいかないってわけだな。二番目は、妻としての条件だな。浮気するような男とでは、家庭を築いても長続きしない。三番目は、母としての条件だ。どれだけ愛があっても、お金がないと子育ては難しいからな」

「蓮華ちゃん、正解」


 ははぁ、なるほど……と俺は感心した。隣では親父もそうだったのか、という顔をしている。


「ふぅん。それじゃあお兄ちゃんはどうなの?」

「マロはねぇ……」


 とお袋は悩まし気に頬に手を当て。


「冒険者やるまでは一番、二番の条件は揃ってたんだけど、お金持ち始めてから二番がちょっとね」

「ちょっとちょっとちょっと!」


 実の親からのあまりの評価に俺は憤慨した。


「名誉棄損甚だしい! まだ恋人が出来たこともないのに!」


 まさに浮気したくてもできない奴の条件に当てはまっとるじゃろがい! ……自分で言ってて悲しくなるけど!


「ふぅ〜ん。じゃあいつも一緒にいる蓮華ちゃんに聞いてみましょうか。実際のところ、どうなの?」

「いやぁ、ダメだな、コイツは。完全に気が多いタイプだ。子供出来たら違うんだろうけど、それまでは結構フラフラするタイプだわ」

「おおーい!!」


 お前、そんな風に思ってたのか!


「マロ、ダメだぞ。男なら俺みたいにちゃんと一人の女性を愛さないと」


 そうキリッとした顔で言う親父だったが……。


「何言ってるの、完全に北川家の血でしょうが。あなたが浮気しなかったのは、単に相手がいなくてできなかっただけ。マロみたいに女が寄ってきたら駄目だと思いつつ据え膳食べちゃうタイプでしょうが」

「お父さんサイテー……」

「い、異議あり! 冤罪だ! 俺はマロとは違うぞ!」

「俺だってチゲーよ!」


 醜く争う男性陣を、女性陣はバッサリと切り捨てる。


「見なさい愛、完全に血の濃さを証明してるでしょう?」

「蛙の子は蛙。子が蛙なら親も蛙だってことだ」

「蓮華ちゃん、それだと私も蛙ってことになるんだけど……。ま、いいや。それより、なんでお母さんはお父さんと結婚したの? お父さんレベルなら他にもいたんじゃない?」


 その質問に答えたのは、お袋ではなく親父だった。


「ふっふっふ……それはな、愛。お父さんが命がけでお母さんを護ったからだよ」

「え〜!? 何それ!」


 なんだかロマンティックなお話になりそうな予感に、愛が目を輝かせる。


「ま〜、簡単に言うと吊り橋効果って奴ね。まだお母さんがピチピチの女子高生だった時に第一次アンゴルモアが起きて、その危機をお父さんと乗り越えたってだけの話よ。あの時はまだ若かったから……十歳年上のお父さんが頼もしく見えちゃったのよね」


 俺もガキの頃に両親の馴れ初めを聞いたことがあるが、親父は大学生の頃、お袋が小学生の時に家庭教師をしていた時期があったらしい。

 親父が大学を卒業するころに家庭教師は辞めたのだが、両者には元々面識があった。

 そこでお袋が高校生になり立派なギャルになった頃、第一次アンゴルモアが起こった。

 当時、モンスターは迷宮から出てこないと思い込んでいた人類は、突如あふれ出したモンスターの大群に、完全にパニックに陥った。

 迷宮の周囲には自衛隊による簡易基地が築かれていたため、完全に無防備な状態ではなかったものの、自衛隊は当初モンスターの群れに適切に対処することができず、多くのモンスターを取り逃がしてしまったという。

 特に迷宮の数が多かった東京では、街に人々の死体が溢れ、インフラは完全に破壊、お金は紙切れに変わり、店には暴徒が押し寄せた。

 その当時の状況を端的に表すなら、世紀末だ。

 そんな中、親父は偶然かつての教え子であるお袋と再会し、民度が最底辺まで落ちた人々と、生存本能から性欲がマックスになった暴漢たちから若きお袋を守り切ったのだと言う。

 喧嘩もろくにしたことがなかった親父がなぜお袋を守れたのかと言うと、その絡繰りはもちろんカードにあった。

 カードの効果がわかったのはこの第一次アンゴルモアの最中であったが、親父は「幸運にもカードを所有しており、偶然から自力でその使用方法にたどり着いた人々」——当時『サマナー』と呼ばれていた者の一人だったのだ。

 ちなみに、どんな偶然か、親父が持っていたカードは、座敷童のカードだったらしい。

 混乱の終わりの方で、そのカードは最後には親父たちを守ってロストしてしまったらしいのだが、親父たちが妙に蓮華に好意的なのはそのせいもあるのかもしれなかった。


「すごーい! 昔のお父さんってそんなにカッコ良かったんだ! 完全にヒーローじゃん! 映画の主人公みたい!」


 そんな話を初めて聞いた愛は、昔俺がその話を聞いた時と同じようなリアクションをした。

 そして両親の反応も、当時と同じ、痛みと苦しみが入り混じったような苦笑いだった。


「ん、ヒーローってほど立派なもんじゃなかったかな。……花蓮ちゃんも守れなかったしね」

「花蓮ちゃんって、お父さんの座敷童の名前……?」


 チラリと蓮華を見ながらの愛の問いかけに親父は首を振る。


「いや、当時は名づけのシステムも知らなかったからな。知ってたら絶対名づけしてやったんだが……。花蓮ちゃんってのは、途中で保護した小学生の女の子だよ。……どんな時も明るく勝気な子で、ずいぶん元気づけられた」

「そっか……」


 なんだかしんみりとした空気となってしまい、車内に沈黙が落ちた。

 そこでふとバックミラーを見ると、頬杖をついて外を見る蓮華の横顔が見えた。

 ……花蓮、か。

 親父とお袋の馴れ初めの話など、聞いたのは何年も昔でほとんど忘れていたくらいなのだが、俺がこの座敷童に蓮華という名前を付けたのは、もしかしたらこの話が頭の片隅に残っていたからなのかもな……。




「ようやく着いた〜」


 旅館の部屋に通された俺は、旅館特有の良い臭いのする畳に寝そべるとグッと背伸びをした。

 そんな俺を見て、荷物を整理していたお袋が呆れた顔をする。


「だらしないわね〜、ただ車に乗ってただけなのに」

「それが逆に疲れるんだよ。最近、体動かしてた方がなんか疲れないんだよね」

「あらまぁ〜、なんだか運動部みたいなことを言うようになって。ま、昔より健康的になったってことか」

「ねぇ、お兄ちゃん、観光行こうよ、観光」


 蓮華と一緒に小動物のようにキョロキョロと部屋をあちこち見まわっていた愛が、俺の元へとやってきて腕を引っ張った。


「え〜、ちょっと休もうぜ」

「駄目だよ、一泊二日なんだよ? ちゃんと観光できるの明日だけだし、晩御飯まであと3時間しかないんだからすぐ動かないと! ね、蓮華ちゃん?」

「そうそう。ほら、レストかけてやるから」

「しょうがねぇな〜」


 のっそりと体を起こすと、適当にTVのチャンネルを変えていた親父が振り返って言った。


「あんまり遠くまで行っちゃ駄目だぞ。土地勘ないんだから。蓮華ちゃん、ウチのが迷子にならないようにちゃんと見ててくれな」

「あいよ、任せとけ」

「……なんで年長者の俺に言わねぇんだよ」


 ブツクサ言いながら部屋を出る。

 俺たちが泊まる旅館は清流の脇に建てられており、正面玄関を出ると風流な大きな赤塗りの橋が見え、そこを渡って坂を下っていくと、すぐにお土産屋が並ぶ観光街に到着した。

 街は、俺たち同様この4連休を利用してオリンピックを見るのではなく旅行しようと考えた人々で溢れかえっており、非常に賑わっていた。


「あ、歌麿。足湯があるぞ。ちょっと休んで行こうぜ!」


 あちこちのお土産屋を冷やかしつつ、愛の友達用のお土産を買わされていると、蓮華が道の先を指さして言った。

 見ると茶屋の隣に足湯が併設され、そこで観光客が団子とお茶片手にくつろいでいる。

 すぐに彼女の魂胆を察し、ジト目で見る。


「お前、ただ団子が食べたいだけだろ」

「へへ、バレたか」


 蓮華はペロリと舌を出して笑った。すると当然のように愛が味方に回る。


「いいじゃん、愛も足湯入りたーい」

「……ま、俺もちょっと入りたいかな」


 というわけで、三人で団子セットを購入し、足湯へと入った。


「ふい〜、足だけでも結構気持ち良いな」

「夏は足も蒸れるからね〜」


 そんなことを話していると、ふいに隣に座っていた青年がこちらを見て大きな声を上げた。


「あっ、お前! 北川歌麿!」


 誰だコイツ、いきなり人を呼び捨てしやがって……。

 と、俺が胡乱な眼差しを向けると。


「あっ、お前、さては俺のこと覚えてないな? 俺だよ、佐藤勇刃!」


 …………? 誰だ?

 大柄で、格闘家のように鍛えられた身体つきをした厳つい顔立ちの青年。

 ……駄目だ、マジで見覚えがない。

 新手の詐欺か?


「名前言っても思い出して貰えねーのかよ! 学生トーナメントでベスト4だった佐藤勇刃だよ!」

「……あっ! ああ! お久しぶりです」


 そこでようやく相手を思い出した俺は、慌てて頭を下げた。

 そう言えば、居たな! ユージン! 師匠とアンナのキャラが濃すぎて完全に忘れていた。

 そんな俺を見て、ユージンさんはガクリと項垂れる。


「どうせ俺はお前ら三人に比べると地味だよ。ネットでも『学生四天王最弱の顔と名前が思い出せない人』とか言われてるしさあ」


 そ、そんなこと言われてるのか。でもある意味『団長の手刀を見逃さなかった人』的な感じで覚えてもらっているのでは?

 学生トーナメントのベスト4とか、普通なら放送一週間で忘れられてるだろうし。


「っていうか、お前らなんで俺だけ仲間外れにすんの? 酷くない? いや、わかるよ? 俺だけ二歳年上でもう高校卒業しちゃってるし、実力も低いしね。でも誘うだけ誘っても良くない? 一応こう見えて三ツ星に昇格してるんだぜ? 俺も地味に頑張ってるんだよ? 大学で知らない女の子に、『佐藤さんって学生トーナメントでベスト4だったんですよね? ってことはやっぱり、翼様と一緒に猟犬使いを捕まえるのにも協力したんですよね? 凄いです、尊敬します!』 ってキラキラした瞳で言われた時の俺の気持ちわかる? いや、俺は誘われてないから……って答えた時の『あっ……』って感じのあの空気! マジでいたたまれねーんだよ! 大会の後、ベスト4全員で連絡先交換したのに、俺だけ誰からも連絡こねーしさあ! 神無月やお前は連絡すると一応返事してくれるけど、十七夜月さんに至っては既読スルーだし! お前らは三人でちゃんと連絡とりあってたんだろ? それ知った時にどんだけ俺が傷ついたかわかる? よくねーよ、そういうの! ほとんどイジメじゃん! 頼むから誘ってくれよ!」

「す、すいません」


 恨みがましい目で愚痴を吐き出してくるユージンさんに、俺はそう頭を下げるしかできなかった。


「その、佐藤先輩がそんなに猟犬使いの件に参加したいと思ってたなんて知らなかったので……」


 すると途端にユージンさんはトーンを下げ。


「ああいや、別にそういうわけじゃないんだけどね。多分誘われても断ってたし。連続殺人犯と関わるなんて怖いじゃん?」

「なんなんだよお前」


 俺は思わず敬語を忘れて突っ込んでしまった。

 関わりたいのか、関わりたくねーのか、どっちなんだ。


「誘われてもたぶん断ってただろうけど、ベスト4仲間として誘っては欲しかったんだよ。わかる? この繊細な気持ち」

「いや、めんどくせーわ!」


 うちの鈴鹿みたいなこと言いやがって。そう言うのは可愛い女の子がやるからギリギリ許されるんであって、アンタみたいなむさくるしい男がやってもウゼーだけなんだよ!


「ところでさっきから気になってたんだけど、そっちの子は妹さん?」

「あ、はい。妹とその友達です」

「ふぅ〜ん」


 ユージンさんはマジマジと愛の整った顔と深く帽子を被り直した蓮華を見て。


「……北川も複雑な家庭環境なんだな」

「義理じゃねーよ! 実の妹だっつの!」


 失礼過ぎるだろ! ……俺と愛を見た人はだいたいそう思うけどさぁ!


「そう言えば、北川はアレには参加するのか?」

「何スか急に……アレとは?」


 この人話題がコロコロ変わってなんか疲れる……と思いつつ俺が首を傾げると、あちらも首を傾げた。


「あれ? もしかして知らないのか? この時期に俺らくらいの冒険者でアレって言ったらアレしかねーだろ」

「モンコロかなにかですか?」

「ふぅ〜ん、マジで知らないのか。神無月とか十七夜月とかからも何も聞いてないのか?」

「だからアレって何なんですか」


 俺が若干イラつきながら聞くと、ユージンさんはニンマリと笑った。


「ほほ〜ん、知りたいか?」

「……はい」


 するとユージンさんは、わっ! と顔をかっぴらき。


「でもダメええええ!! 俺を仲間外れにしておいてこういう時だけ教えてもらおうなんて虫が良いんだよ!!」


 う、うぜぇ……。

 俺が眼輪筋をピクピクさせていると、ユージンさんは急にモジモジとし始め……。


「でも、もし、今度からはちゃんと誘ってくれるなら教えてあげても、良いよ……?」

「じゃあ、いいです」

「なんでだよ!?」


 いや、もうこの短いやり取りで、あんま関わりたくないリストに入ったし……。

 かまってちゃんは鈴鹿でおなか一杯だ。


「後で教えてもらえば良かったって後悔しても遅いんだからな!」


 最後にそう吐き捨て走り去って行くユージンさん。

 そんな彼の後ろ姿を見て、愛がポツリと呟いた。


「……お兄ちゃんの友達って変わってる人多いね」


 俺は否定しようとしたが、東西コンビやら冒険者部のみんなの顔が脳裏に過り、できなかった。

 そんな俺を見て、変わってる奴筆頭の座敷童は、クツクツと笑うのだった。




【Tips】サマナー

 第一次アンゴルモアの際、偶然にもカードを所持しており、モンスターに襲われる中でその使い方にたどり着いた者たち。

 カード使い、召喚士、契約者などとも呼ばれた。

 彼らの存在が、今の冒険者社会を作り上げたと言っても過言ではない。

 サマナーの大半は、モンスターに襲われる人々を保護するために動いたが、中には自らを選ばれし者と勘違いし、自らの勢力を作り上げることに躍起になった者や、欲望の赴くままに力を振るった者たちも少なからず存在したという。

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