第3話 美人なメイドはお嫌いですか?②

 

 一時の興奮が収まってくると、最初は気付かなかった細かいところが気になってくるものだ。


 すなわち、「なぜBランク最高峰のカードがギルドのパックに?」である。


 瑕疵の無いアテナの一般的な相場は、90億から95億ほど。

 これは世界中の冒険者から最高レベルの評価を下されていることを意味するが、単純な戦闘力だけならばアテナより強いカードはいくらでも存在する。

 それでもそれらのカードの大半は、アテナよりもずっと低い価格で取引されている。


 では、なぜアテナはそんなに評価されているのか。


 その理由は、彼女が持つ先天スキル『アイギスの護り』にある。

 現在判明している『アイギスの護り』の能力は以下の通り。


 アイギスの護り:ありとあらゆる邪悪や災厄を払う魔除けの盾、アイギスを使用可能。一定時間、自身と仲間たちへ絶対防御を付与し、敵へと石化の呪いをカウンターする。クールタイムは必要だが回数制限無し。また、ゼウスのアイギスと異なり雷雲を操る権能は無い代わりに都市の守護神であるアテナの能力故か、疑似的な安全地帯を作成可能。一日一回、十二時間持続。


 前者の能力も凄まじいが、より重要なのは後者の能力だ。

 そう、このスキルは、世界でも有数の『安全地帯を作成できる』能力なのだ。


 現在、世界中のAランク迷宮は、迷宮登場当時の混乱と無知により、そのほとんどが安全地帯を消滅させてしまっている。

 カードの効果が未だわからず、現代兵器だけで戦っていた頃。軍は、迷宮入り口付近にはモンスターが侵入しないという習性を利用して、入口付近に防御陣地を作成し、モンスターを誘引して始末するという手法を取っていた。

 安全地帯は入口付近だけではなく、各階層の前と階層内にランダムにも少数点在しており、それらは内部からモンスターに攻撃することで消滅してしまう。消滅した安全地帯は、その迷宮を踏破するまで復活することはない。

 ……この事実が判明したのは、第一次アンゴルモア以降、Bランク以下の迷宮が現れてからのことで、慌てて安全地帯での戦闘行為を禁止したが、時すでに遅し。その時点で未発見だった極少数の迷宮以外、ほぼすべてのAランク迷宮の安全地帯は失われてしまっていた。

 だが、これを愚かだと馬鹿にする権利は誰にもないだろう。


 こうして、ただでさえ困難なAランク迷宮の難易度を上げてしまった人類だったが、それでもAランク迷宮の攻略を諦めることはなかった。

 迷宮消滅の鍵。それが眠る可能性が最も高いのは、最初に地球上に現れたAランク迷宮にあると各国は考えたからだ。


 だが、安全地帯の有り無しは、迷宮の攻略難易度に大きく影響する。なぜなら、安全地帯がなければ転移すらもろくに出来ないのだから。

 そこで各国は、なんとか消滅した安全地帯を復活させる方法はないか、あるいは安全地帯の代わりとなる物を作り出せないかを研究し始め、そうして見つけ出したのがアテナのような疑似的な安全地帯を作成する能力だった。

 疑似的な、と付くのはこの能力で作成される安全地帯が不完全なモノだからだ。


 まず、基本的にこの能力で作り出された安全地帯は転移先として指定できない。

 疑似安全地帯から正規の安全地帯に転移することができるが、その逆は出来ない。

 それではあまり意味がないと思われるかもしれないが、実は裏道がある。

 正規の安全地帯が消滅している場合に限り、安全地帯があった箇所に疑似安全地帯を作ることでそこを転移先に指名することができるのだ。

 これは、安全地帯と転移先の座標は厳密には別物で、転移には両方の要素が必要なのだ……というのが有力な意見だが、実際のところはどうなのかわからない。

 ただ、入口と階段前以外の安全地帯は転移先のポイントとして使用できないケースも多いため、これはなかなか信憑性のある説だった。


 少し話がズレたが、要はアテナなどのカードはAランク迷宮の攻略に欠かせないということだ。

 そのため、稀にアテナが市場に出回った時も軍やトップランカーの冒険者によってかっさらわれていく。

 決して一千万のパックに入っていて良い存在ではないのだ。


 それを踏まえた上で、スマホのアプリ図鑑片手に、このアテナのカードをじっくりと見てみる。


【種族】アテナ

【戦闘力】950

【先天技能】

 ・都市と英雄の守護女神:知恵と戦と工芸を司る神であるアテナの権能を使用可能。

 ・アイギスの護り:ありとあらゆる邪悪や災厄を払う魔除けの盾、アイギスを使用可能。一定時間、自身と仲間たちへ絶対防御を付与し、敵へと石化の呪いをカウンターする。ゼウスのアイギスと異なり雷雲を操る権能は無い代わりに都市の守護神であるアテナの能力故か、疑似的な安全地帯を作成可能。

 ・英雄への加護:数々の英雄たちを導いてきたアテナの加護。対象に様々な恩恵を与え、さらには自身のスキルを限定的に貸与できる。

 ・来たれ、勝利の女神よ:従属神であるニケを召喚可能。一日一回、一柱のみ。

 ・高等魔法使い:高度な魔法をすべて使用可能。


【後天技能】

 ・純潔の誓い:生涯純潔であることを誓っている。男性からの攻撃・状態異常に耐性を持つ。純潔を失うとロスト。復活後はマイナススキルへ変化。

 ・神のプライド:高位の神格としての誇りと傲慢さを持つ。相手を認めぬ限り、人間であるマスターの言うことはまず聞かない。自由行動に対する極大のプラス補正。

 ・幼体:何らかの理由からか心身ともに幼くなっている。常時、ステータスが大きく減少。いくつかのスキルが使用不可。

 ・臆病:戦闘を極めて忌避する。戦闘時、ステータスが大きく減少。



 まず目を引くのが、かつてはユウキも持っていた臆病のスキルだ。

 これは、戦闘時にステータスが半減してしまう上に、精神的なモノから実質戦闘ができなくなってしまう、最悪のマイナススキルだ。

 ネット上でカードやスキルを勝手に評価しているサイトでは、臆病のスキルはマイナススキルランクで一番上から二番目のAランクとなっている。

 ちなみにこのサイトにおけるAランクの定義は、『実質的な戦力外通告。カードの価値を大きく損なうレベル』となっている。

 実際、初期のユウキの臆病っぷりにさんざん悩まされた俺から見ても、この評価は妥当なモノだ。


 だが、その臆病スキルも所詮はAランク。上にはさらに『うんこっこ』ランクが存在する。


 このサイトにおける、ウンコッコランクの定義は『カードの価値をうんこっこにしてしまう恐怖のスキル。その効果は、もはやうんこっことしか表現のしようがない。トレードなどで騙されてこのスキルを持つカードを掴まされた場合は、相手をぶっ殺しても許されるレベル。というか、殺した』となっている。

 ……サイトの管理人の激しい怒りが伝わってくる文章だ。

 この幼体スキルは、そのウンコッコランクに認定されているマイナススキルの頂点だ。

 このスキルを持つカードは、座敷童のように子供の姿で登場する種族ではないにもかかわらず、子供の姿で現れる。

 それだけならばむしろ大歓迎! という層もいるだろうが、問題は『常時、ステータスが大きく減少。いくつかのスキルが使用不可』という効果だ。

 スキルの効果は基本的に重複するため、アテナは戦闘時にステータスが四分の一になってしまう計算となる。

 戦闘力の評価は、ステータスの数値だけに依存するものではないことが研究により判明しているが、ステータスの半減は戦闘力の半減とほぼ同義だ。

 つまり、戦闘時のアテナの実際の戦闘力は、250以下ということになる。

 これは、Cランクでも最低レベルの戦闘力、初期の蓮華以下だ。

 本来ならばBランク最高クラスの戦闘力だったことを考えると、あまりに寂しい数値である。


 とはいえ、アテナに関しては戦闘力の低下自体は、カードを手放すほどの問題とはならない。

 アテナの価値のほとんどはアイギスのスキルによるモノだし、彼女には眷属召喚の能力があるからだ。

 彼女が呼び出すことのできるニケの能力は以下の通り。


【種族】ニケ

【戦闘力】1200

【先天技能】

 ・勝利の翼:勝利の女神であるニケの権能を使用可能。

 ・月桂樹の冠:ニケが戦いの勝者へと与える栄光の証。対象のステータスを二倍にし、状態異常を一時無効化、汎用スキルを一つランクアップさせる。高等補助魔法を内包。

 ・勝利を捧げよ:戦死した英霊の駆る戦車隊を召喚する。無限召喚型。戦車の戦闘力は、戦闘力300相当。

 ・高等攻撃魔法


【後天技能】

 ・高位眷属体:スキルとして呼び出された仮初の肉体。後天スキルを持たず、成長もしない。高位眷属体はオリジナルと遜色ない自我と初期戦闘力の1.5倍の戦闘力を持つ。


 眷属体故に後天技能を持たないとはいえ、Bランクの戦闘力を持ち、自分自身も眷属召喚のスキルを持つ。アテナじゃなく、ニケを引いていたとしても歓喜していた性能だ。

 十分に、アテナの弱体化を補うことができる。

 つまり、問題になるのは、幼体化の後半の記述。いくつかのスキルが使用不可という効果の方だ。

 おそらく、このアテナはアイギスが使えない。もしかしたら、ニケの召喚も……。

 そうでなければ、パックに入れられて投げ売りされるわけがないのだ。

 だが、アテナレベルともなるとみんなマイナススキルの解消をするためにいろいろと努力するはず……。

 そう思い、調べてみたところ。


「……なるほど、この幼体化スキル、消すための方法が見つかっていないのか」


 かつての零落スキルと同じだ。臆病スキルのようにプラスの熟練度を積むことで解除・昇華できるスキルではなく、何らかの条件を満たすことで変化するスキル。

 霊格再帰のように化ける可能性もあるが、その方法がわからないうちは呪いと変わらない。


 うーん、アテナに関する評価は未定だな。


 実際に使ってみないことには判断がつかない。

 少なくともニケの召喚ができるようなら使う価値はあるだろう。

 仮にそれが駄目でも、何億かでは売れるはずだ。

 ウチに来たからには、なんとか使い物にしてやりたいところだが……。

 俺はそう考えながらカードの整理をするのだった。


【種族】デュラハン

【戦闘力】400

【先天技能】

 ・産声は死の始まり:死を告げる妖精による、死の宣告。対象に対し、生命力を吸収する呪いを掛けることができる。

 ・亡者にも鎧:中等クラスの装備化スキル。他のカード、あるいはマスターへと憑依することで、自身の戦闘力の半分を加算させることができ、また自身の後天スキルを共有する(マスターへの装備化の場合はすべての戦闘力とスキルを共有できる)。

 ・静寂の馬車:首なしの黒い馬が引く4頭立ての馬車、コシュタ・バワーを召喚する。コシュタ・バワーはカードには存在しないが、Dランク程度の戦闘力を有する。気配遮断、透明化の能力を持つが、水場を渡れないという欠点を持つ。


【後天技能】

 ・運動音痴:戦闘力のわりに妙に動きがとろい。行動全般にマイナス補正。

 ・ドジ:たまに信じられないようなミスを犯す。たとえ美少女でも何度も繰り返されると殺意が湧くレベルのドジ。行動時、ランダムで極めて強いマイナス補正。

 ・不屈の精神:どんな失敗や逆境にもめげない鋼の精神を持つ。やや学習しない傾向アリ。精神異常に対する耐性。逆境時、行動に強いプラス補正。

 ・剣術:刀剣の扱いに特化した武術スキル。武術スキルと効果重複。特定行動時、行動に強いプラス補正。


 ・総評

 日本ではアンデッド系モンスターのイメージが強いが、実際は妖精の一種。

 マイナススキルはあるが、運用に著しく支障が生じるほどではない。ギリギリ及第点。一度は俺が装備してダーインスレイヴを使って戦うことも考えたが、マイナススキルを見て断念した。

 当初の想定通り、イライザと同時に運用して戦力の底上げを狙うべきだろう。彼女の技能の技術と精密動作のスキルで運動音痴とドジのスキルをどれだけ相殺できるか……。

 何気に眷属召喚のスキルを持つが、戦力と言う意味では期待できない。敵との遭遇を避けて迷宮を進むという意味では最適か。……ドジのスキルがやや怖いところではあるが。



【種族】フェニア

【戦闘力】180

【先天技能】

 ・二体一対:このカードは半身と呼べるカードと二枚で一つである。二枚召喚しても迷宮の召喚枠を一つしか消費しない。また生命力を二枚で共有する。

 ・グロッティの歌:休みも与えられず酷使され続けた女奴隷たちの呪いの歌。グロッティという願うモノをなんでも生み出す石臼を召喚する。グロッティは二個一対の石臼であり、姉妹であり半身の「メニア」と同時召喚でなくては使用ができない。連続使用により彼女たちを酷使した場合、『海王ミューシングの軍勢』が召喚され、フェニアとメニアを攫っていってしまう。

 ・巨大化:巨人族の血を引いている。一時的に巨大化し、生命力と筋力を倍増させることができるが、巨大化中は知能と状態異常への耐性が低下する。


【後天技能】

 ・従順

 ・性技


 ・総評

 珍しい二体一対型のカード。グロッティは、食料から幸運や平和と言った概念的なモノまで生み出すことができ、迷宮内での食料自給から敵避け、戦闘中の幸運まで汎用性が高い。その一方で酷使するとカードをロストする可能性がある。『海王ミューシングの軍勢』はマスターを傷つけはしないが、召喚中のカード自体は普通に襲ってくるらしい。

 面白いカードなので、いつかメニアを手に入れて使ってみたいところ。



【種族】シルキー

【戦闘力】120

【先天技能】

 ・中級家妖精:人間の代わりに家事をしてくれる妖精。……が、迷宮内では家などないためいまいち使いどころは不明。メイド、高等家事魔法を内包。

(メイド:メイドに必要な技能を収めている。料理、清掃、性技、礼儀作法を内包)

(高等家事魔法:高度な家事魔法を習得している。家事魔法は攻撃能力を持たないが、家の中でできることに不可能はない)

 ・使用人召喚:Eランクモンスター・ブラウニーを召喚する。無限召喚型。

 ・中等状態異常魔法


【後天技能】

 ・メイドマスター:メイドに必要な技能を必要以上に極めている。明らかにメイドに必要のない技能も極めている。メイドスキルの効果極大上昇。パーティー内のメイドスキルを持つ者の行動にプラス補正。メイド、下級収納、秘書、教導、演奏、舞踏、武術、精密動作、庇うスキルを内包する。

(下級収納:物を収納できる内部空間を持つ。下級は押し入れ程度の広さ)

(秘書:マスターの様々な行動をサポートできる。特に戦闘の役には立つわけではないが、一度試すともう欠かせない)

(教導:自身が持つスキルを他者へと教え導くことができる)

 ・従順

 ・諫死:マスターに対し強く失望した際、死んでマスターを諫めようとしてくる。


【種族】ブラウニー

【戦闘力】56

【先天技能】

 ・下級家妖精:人間の代わりに家事をしてくれる妖精。……が、迷宮内では家などないためいまいち使いどころは不明。みすぼらしい格好をしているが、衣服を与えるとロストしてしまうので注意。初等家事魔法を使用可能。

 ・初等状態異常魔法


【後天技能】

 ・下位眷属体:スキルとして呼び出された仮初の肉体。後天スキルを持たず、成長もしない。下位眷属体は自我を持たず、オリジナルの初期戦闘力の8割ほどの力しか持たない。



 ・総評

 シルキーは複数枚出たため、その中で最も優秀なカードを抜粋して紹介。

 注目すべきはメイドマスターのスキル。ちょっとおかしいくらい大量のスキルを内包している。マスターとつくスキルは凄いとは聞いたことがあるが、イライザの持つスキルのほとんどを内包しているとは……。

 普通、これだけの後天スキルを持つカードは売られたりはしないのだが、パックに入っていた理由はおそらくこの諫死のスキルによるものだろう。自ら死のうとするスキルは、ちょっとカードとして致命的ではある。しかも条件が曖昧すぎる。

 イライザの指導役として使っていきたいところだが、このシルキーに失望されることのないよう気を張り続ける必要がありそうだ。

 なお残りのシルキーは、ドジや忘れん坊、面従腹背、メシマズ、怠け者などなど、メイドとしてちょっと問題のあるスキル持ちばかりであった。

 ただイラストを見た限り、容姿は十人十色でバリエーション豊かな美人ばかりだったので、いつかメイド隊を召喚してみたいと思う。


 その他のカードの紹介は、使う機会があれば。






【Tips】二体一対スキル

 一枠で二枚のカードを召喚可能となるスキル。召喚されたカードは、生命力が共有され、二体分のダメージを喰らわない限りロストしない。反面、一体に二体分のダメージが入ると二枚ともロストしてしまうこともある。

 二体一対型スキルを持つカードは、二枚揃った時にのみ使用可能となるスキルを持つことが多く、その性能はワンランク上のカードのスキルにも勝るとも劣らない。

 上位スキルの存在も確認されている。

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