第3話 美人なメイドはお嫌いですか?
さて、いよいよお楽しみの時間である。
俺と蓮華は、自室のベッドの上で向かいあうように座ると、小型のアタッシェケースを開いた。
このアタッシェケースは、スペシャルパックを10パック以上買った客に、とギルドがサービスでつけてくれたものだ。
さすがに、一億円の買い物ともなるとギルドもビニール袋で渡してくるような真似はしないらしい。
昔は黒塗りのシンプルなデザインだったギルドのパックも、金と銀で彩られたカードの裏表紙を連想させる高級感溢れるデザインへとなっていた。
「よし、じゃあ、開けるぞ」
「おお……」
1パック1千万円のパックに、さすがの蓮華も目を輝かせる。
「……おおっ! いきなりCランクだ!」
パックの中身は、Cランクカードのデュラハンとグール、エアコンペンダントという魔道具だった。
グールは外れとして、エアコンペンダントは、身に着けていると体周辺の温度と湿度を適温にしてくれるという人工魔道具だ。
一個百数十万はする高級品で、欲しいは欲しいが買うにはちょっと抵抗のある代物のため、こうしてアタリと一緒に出てくれると微妙にテンションがあがる。
デュラハンの性能については後でじっくりと見るとして、さっそくの当たりにテンションの上がった俺は、次々とパックを開けていく。
結果、約半分の計20パックまで開けた段階の成果は以下となった。
【ハズレ】市場価格で10万円以上100万円未満くらいの品。こんなもん一千万円のパックに入れんなというレベル。()内は個数
・不人気Dランクカード各種(14):オーク、グール、ジャック・オー・ランタン、河童、黄泉軍など。
・魔道具
ミドルポーション(3):全治数ヶ月以上の重傷もあっという間に癒せる薬。市場価格10万円ほど。
ハイポーション(2):意識不明の重体レベルの大怪我も癒す薬。失われた部位の再生まではできない。市場価格50万円ほど。
やる気ポーション:飲んだ者のやる気を回復させるポーション。クリエイターの心強い味方。百本詰め合わせ。市場価格30万円。
カード化された食料:一月分の生鮮食品や調味料などの詰め合わせ。カード化されているため取り出さない限り腐らないが、中身は普通にスーパーなどで買える物ばかり。
オールリモコン:家の中のすべての家電がこのリモコン一つで操作可能。人工魔道具。
マーメイドの水着(6):水中での動きを補正し、息が長く持つようにしてくれる水着。身に着けた者の好みにデザインが変わる。人工魔道具。
美白歯みがき粉:どんなに黄ばんでいる歯でもダイヤモンドの輝きを取り戻し、虫歯や口臭、歯槽膿漏も治してしてくれる歯磨き粉。息、リフレッシュ! 人工魔道具。
六文銭:三途の川の渡り賃。死んだ人の棺桶に入れることで無事成仏できるかも? 用途がよくわかってないタイプの魔道具。
陰口帳:他人の自分への陰口が自動的に書き込まれるノート。鬱に注意。
・マジックカード
ビジョン:初等補助魔法・暗視の魔法が封じられている。暗闇でも太陽の下のようにはっきりと見えるようになる。
キュア:初等回復魔法・解毒の魔法が封じられている。一部の状態異常の回復。
クリーン:初等家事魔法・清潔の魔法が封じられている。体や衣服についた汚れを弾き飛ばす。
リフレッシュ:中等回復魔法・壮快が封じられている。体力と精神、様々な状態異常を回復する。
ブレス(2):中等回復魔法・祝福の魔法が封じられている。魔力を回復させる。
リジェネレイト:中等回復魔法・再生の魔法が封じられている。対象を一定時間回復させ続ける。
【まあまあ当たり】市場価格100万円以上1000万円未満。平均300万円くらい。高いので自分で買う気はしないが、パックに入っていればカード化されていることもあってそこそこ嬉しい品。
・人気Dランクカード
ケルピー:水棲の馬の魔物。水陸両用の騎獣として人気が高い。初期戦闘力160。マイナススキル無し。
ユニコーン:癒しと補助の魔法に特化した一角獣。素人でも扱いやすいと人気だが、処女でないと乗せてくれない。初期戦闘力150。マイナススキル無し。
アルラウネ:Dランクのエルフとも呼ばれる見目麗しい女の子カード。初期戦闘力170。マイナススキル有り。
フェニア:粗末な貫頭衣を纏った美しい女巨人。メニアのカードと同時召喚することでその真価を発揮する。初期戦闘力180。マイナススキル無し。
・魔道具
エアコンペンダント(2):身に着けていると体周辺の温度と湿度を適温にしてくれるペンダント。人工魔道具。
防音結界:内部の音を完全に遮断してくれる防音結界を発生させる装置。人工魔道具。
聖銀製の長剣:アンデッド系のモンスターの不死を解除し、再生能力を阻害する聖銀製の武具。人工魔道具。
魔石袋:いくらでも魔石が入り、重さも変わらない袋。魔石以外は入らない。
薬水の水差し:常に満杯まで入っている水差し。使わずに放置することで中身がポーションに変わる。一日でローポーション、一週間でミドル、一月でハイに。別の器に移すと数分で水に戻る。
名酒・酒屋殺し:常にお酒で満たされている酒瓶。放置すればするほど、どんどんおいしくなる。これを使って商売するのは法律違反なので注意。
空飛ぶ絨毯:空を飛ぶ魔法の絨毯。落下防止、風除け機能付き。最高速度は時速50キロ程度。
ヒュプノスの枕:この枕で寝ると一瞬で眠りにつけ、八時間の睡眠でどんな寝不足、過労も解消される。
透明金庫:持ち主以外には見えない透明の金庫。見た目よりもたくさん入る。防犯に最適。
サラマンダーの外套:火や暑さに高い耐性を持つマント。
・マジックカード
プロテクション:高等補助魔法・防壁の魔法が封じられている。中等魔法レベルの一撃を完全に防ぎ、高等魔法レベルの攻撃をかなり軽減できる結界を張ることができる。
クレアヴォイアンス:高等補助魔法・千里眼の魔法が封じられている。その階層の構造が一定時間わかるようになる。
遭難:転移系の魔法が封じられている。まだ到達していない階層へとランダムに転移する。
【大当たり】1000万円以上一億円以下の品。出れば出るほど黒字。
・Cランクカード
デュラハン:首無し騎士の姿をした死を告げる妖精。装備化のスキルを持ち、プロクラスの冒険者の必須カード。初期戦闘力400。マイナススキル有り。
ヘケト:エジプト神話における出産と生命をつかさどる女神。蛙の被り物をした童女の姿をしている。初期戦闘力300。マイナススキル無し。
・魔道具
魔剣・ダーインスレイヴ:一度抜かれれば生き血を浴びるまで鞘に納まらないと言われる魔剣。その一閃は、決して癒えぬ傷を残す。カードで言えば戦闘力500相当。
魔人のランプ:こすると三回だけBランクモンスター・ジン(女の場合はジーニー)が現れて戦ってくれる。
……ここまでの当たりで特に嬉しいのは、Cランクカードのデュラハンと魔道具のダーインスレイヴ、魔人のランプだろうか。
デュラハンはずっと欲しかった装備化のスキルを持つCランクカードだし、ダーインスレイヴはヘタなCランクカードよりも価値のある魔剣だ。血を吸うという特性もあってイライザとの相性は抜群だろう。
魔人のランプも、いざという時にカードの召喚制限に左右されることなくBランクモンスターを呼べるというのが、心強い。残念ながらモンコロの試合ではこの手の魔道具は使用を制限されているが、そんなものは些細な問題だ。
ヘケトも、俺自身は特に必要なカードではないが、砂原さんとのトレードに使えるだろう。
他に嬉しい、というか気になるカードと言えば、Dランクの女巨人・フェニアだろうか。
フェニアは、レアな二体一対型のカードである。
二体一対スキルを持つカードは、二枚召喚しても一枚分の召喚枠しか消費せず、二枚揃うことで強力なスキルが使用可能となる(ケースが多い)という特徴を持つ。
フェニアも、一枚ではほぼ無能力だが、相方のメニアと同時召喚することで「グロッティの歌」というスキルを使用可能だった。
二体一対型のスキルは、二枚揃えないといけないこともあって強力な物が多いため、機会があればメニアを手に入れてみるのも面白いかもしれなかった。
ここまでのプラスマイナスは、パック代の二億よりもちょっとだけプラスと言ったところか。
Cランクカードや高額な魔道具のおかげで少しだけ利益が出たが、予想よりもハズレが多かった印象だ。
だがそれも、これらの品を定価で買ったらこれくらいの価値……という大雑把な計算によるものだ。もし、これらをそのままギルドに売却した場合、この半分以下まで価値は目減りするだろう。
それを考えたら、この結果はむしろ大きくマイナスと言えよう。
それでも最後は大きくプラスになるはずだ、と運命操作の能力を信じ、俺はパックの開封作業を再開した。
……………………そして。
【ハズレ】()内は追加の個数
・不人気Dランクカード各種(16):オーク、グール、ジャック・オー・ランタン、河童、黄泉軍など。
・魔道具
ミドルポーション(2):市場価格10万円
ハイポーション(2):市場価格50万円
カード化された食料(2):一月分の生鮮食品や調味料などの詰め合わせ。カード化されているため取り出さない限り腐らないが、中身は普通にスーパーなどで買える物ばかり。
ヘアーメディシンポーション:毛根の再生に特化するように調整されたポーション。ハゲの救世主。人工魔道具。
ワーキング24:飲めば24時間、眠らずに絶好調で動き続けられる薬。しかし、24時間後には、通常の三倍の眠気と疲労が襲ってくるため注意。連続使用は二本まで。二十本入り。人工魔道具。
マーメイドの水着(5):水中での動きを補正し、息が長く持つようにしてくれる水着。身に着けた者の好みにデザインが変わる。人工魔道具。
潔癖症のハンカチ:使うそばから綺麗になるハンカチ。洗濯要らず。
文庫本図書館:文庫本の形をした図書館。この文庫本に既存の本を吸収することでいつでもその本が読めるようになる。仕舞った本は取り出し可能だが、この本が破損した際は中身も失われてしまうので注意。
【まあまあ当たり】
・人気Dランクカード
バイコーン:攻撃と妨害に特化した二角獣。荒々しい外見に反し、処女だろうが非処女だろうが乗せてくれる紳士。初期戦闘力170。マイナススキル無し。
リビングアーマー:高い防御性能を持つ低級アンデッド。アマチュアクラスの装備化スキル持ちとして人気が高い。初期戦闘力170。マイナススキル無し。
シルキー(4):家事万能の美しい家妖精。メイド服を着ており、メイド好きにはたまらないカード。冒険のお供として一枚は欲しいと思っていたが、まさかの四枚ダブり。戦闘力120。マイナススキル有り。
エンプーサ:省略。マイナススキル有り。
・魔道具
魔石発電機(2):魔石を入れることで発電・蓄電してくれる家庭用の発電機。Fランクモンスターの魔石一つで一般家庭の一月分の電力を生み出す。人工魔道具。
聖銀製の長剣:アンデッド系のモンスターの不死を解除し、再生能力を阻害する聖銀製の武具。人工魔道具。
クマの毛皮:エスキモーの伝説にある、着た者を熊に変える毛皮。変身中は寒さに耐性を持つ。
夢魔のランプ:灯して寝ることで夢の中にサキュバスが現れてラッキースケベなイベントを起こしてくれる。エロ漫画未満、少年漫画以上。個人的には大当たり。
代筆の手袋:使用者の思考と手の形を模倣して代筆してくれる生きた手袋。PCのキーボードも代わりに打ってくれる。単純作業には向いているが、クリエイティブな仕事にはあまり向いていないので注意。
もと暗しの灯台:この蝋燭を灯して寝ると、翌朝無くし物が蝋燭の元に現れる。
豊玉姫命のお守り:安産の神である豊玉姫命のお守り。安全に出産でき、痛みも全くない。
テイレシアースの薬:一月の間性別を反転してくれる薬。三年間の継続使用で完全に性別が変わる。
アスクレーピオスの薬:飲み続けている限り、どんな病気だろうと進行をストップしてくれる薬。一日一粒、三十粒入り。
アスクレーピオスの書:開くと自分の罹っている病のページが開かれる医学書。健康体だと開けない。
サキュバスの精力剤:死に掛けの老人でも体の一部が超元気になる薬。一回一粒、百粒入り。
・マジックカード
インシュアランス:高等補助魔法・保険の魔法が封じられている。マスターへのダイレクトアタックを一度防ぐ結界を張る。
レベルアップ:高等補助魔法・促成成長の魔法が封じられている。一時的に戦闘力が成長限界まで引き上げられる。ただし、その戦闘での経験値は得られなくなる。
【大当たり】
・Cランクカード
無し!!!!!!!!!!!!!
・魔道具
カードホルダー:いくらでもカードの入るカードホルダー。その時取り出したいカードが自動的に一番上にくる。本人以外は取り出せない。プロ冒険者の必需品。
三天使の護符:一日一回、セノイ、サンセノイ、セマンゲロフという三体のCランクモンスターを召喚することができる。また、新生児に持たせば病から守る加護を与える。
タラリア:翼の生えたサンダル。おそらくはペルセウスのゴルゴーン退治に登場した靴。履いた者の敏捷性を上げ、空中を高速で走れるようになる。
フィンタン:フィン・マックールが食したとされる、食べた者に知恵や不思議な力を与えるとされる知恵の鮭。カードに与えることで、スキル『フィンの親指』を取得させることができる。
(フィンの親指:親指を咥えることで、思考能力を大きく向上させることができる。また両手で掬った水を癒しの水へと変えることができる。癒しの水の効能は、ミドルポーション+リフレッシュと同程度)
「や、ややややや、ヤバァァァイ!!」
「あら〜……」
残り4パック、計40パックまで開けた段階のリザルトに、俺は震えた。
ま、まさかのCランク無し、だと……! 三天使の護符とか、フィンタンとか当たりの魔道具は出たが、ここまで一枚もBランクが出てないのはヤバすぎる!
ど、どういうことだ? これが一番俺の喜んでいるルートじゃなかったのか!?
あとシルキー、さすがに出すぎだろ! いや、人気カードでアタリの部類ではあるけど! 俺もメイドさんは大好きだけど、こんなに出るとありがたみも薄れるわ!
ヤバイヤバイヤバイ! 前半はともかく、後半は大赤字だ。たぶん、合計しても一億円分くらいにしかならないだろう。売った場合はもっと低くなる。
い、いや、まだだ! 残りの4パックにBランクが眠っていれば逆転できる可能性が高い!
むしろ、運命操作のことを考えればほぼ確実にBランクがあるはず!
そう縋る様な思いで蓮華を見ると。
「う~ん……こりゃ、ダメかもな。やっちまったな、歌麿」
「うおおおい! ちょ、ちょ、ちょ! え、残りに高額カードが眠ってるんだよな? そうなんだよな? そうだと言ってくれ!」
「は? そんなのアタシが知るわけねーだろ」
「いやいやいや! だって運命操作はお前の能力だろ!? パーフェクトリンクで俺も見たし! ってことはアタリが出るってことじゃねーのか!?」
蓮華はヤレヤレと肩をすくめて首を振ると。
「じゃあ聞くけど、お前、ちゃんとカードが出たその瞬間を見たのか?」
「……は?」
絶句する俺に、蓮華はフンと鼻を鳴らして言う。
「お前の持ってた漫画に、未来予知と時間を吹き飛ばす能力を持つ敵がいたよな」
「あ、ああ……第五部のボスね」
「パーフェクトリンクで見える可能性のビジョンは、あの漫画の能力と似てる。お前は、『自分が喜んでいる光景』を見たが、それがどういう経緯でそうなったのかは光景から推測するしかない。また、それが最終的な結果なのか、過程なのかもわからない。と、言うことは、だ。お前が見たのはここまでのアタリの中のどれかを当てた時の喜びようであって、トータルでの結果じゃなかった可能性がある……」
「バ、バカな……」
「現にお前は新しいパックが販売されていることすら予知できてなかったじゃねーか」
その鋭い指摘に、俺は言葉を詰まらせた。た、たしかに……、その通りだ。
三鷹のギルドにいるビジョンとその結果に喜ぶビジョンは見えたが、新しいパックが売られていることは予知できなかった。
つまり、俺の未来予知はそれくらい穴だらけということ。
そんなあやふやなモノに頼って四億もつぎ込むという行為の恐ろしさに、俺は今更ながら体を震わせた。
「ま、結果は残りの4パックを開けてみりゃわかるんじゃねーか?」
突き放したような蓮華の物言いに、俺はごくりと喉を鳴らして残りのパックを開いていく。頼む、頼む、頼む……!
1パック目。グール、ねこまた、シルキー。当たり。
2パック目。オーク、シルキー、ハイポーション。やや当たり。
3パック目。アマゾネス、ミドルポーション、ハーピー。当たり、だが……。
恐怖で、指が震えだした。
4パック目。これがラスト。頼む……!
シルキー! シルキー!! シルキー!!!!
「シルキー出すぎだろ!! どうなってんだ! どういう確率だよ! ……ハッ!? 確率……?」
恐る恐る蓮華を見る。
彼女は痛まし気に首を振り。
「……どうやら奇跡的なシルキー被りに幸運が吸われちまったようだな。……さすがにこの結果は見抜けなかった、この海の蓮華の眼を持ってしても! ……ププッ」
「ば、バカな……!」
ぐにゃぁ〜〜と眼前の光景が歪む。
こ、こんな……嘘だ。運命操作の力を使って、4億円まで投資して、この結果?
そんな……俺はこれから運命操作の力を使って、ガンガン金を稼いでいくはずだったのに……。
あの事件を解決して手に入れた五億円のほとんどが、吹っ飛んじまった……。
これじゃ、メアのためにサキュバスを買う金も残ってない。
あああああ、なんでほぼ全額パックに突っ込んじまったんだ。
せめて二億に留めておけば……すまん、メア。すまん!
「顔を上げろ歌麿」
「……?」
項垂れた状態から蓮華を見上げる。
彼女は、森の湖畔のように静かな眼でこちらを見下ろしていた。
「お前はこれまで奇跡的な幸運で幾度となく危機を乗り越えてきた。それは確かだ。だが、そのすべてが幸運によるものだったのか? アタシがお前の運命を操作した結果だと思うのか? お前が全く足掻かなくても、今があったと思うか?」
「……………………」
「幸運や偶然を頼りに生きるということは、運命の奴隷になるということだ。確かに時として運命の流れはお前を木の葉のように飲み込み、翻弄するだろう。だが、足掻くのをやめればただ流されるだけだ。大いなる流れに身を任せるのは、ある意味では楽で心地が良い選択なのかもな。あるいは、お前が確固たる意志を持って運命の流れに逆らわない、と決めるならば、それもまた良いだろう。それはそれで勇気のいることだからな。だが、それが本当にお前の望みなのか?」
「…………いや」
首を振り、立ち上がる。
「違う」
涙を拭って、まっすぐと蓮華を見る俺に、彼女はニヤリと笑う。
それで、気付いた。そうか、いつのまにか俺は蓮華の力に依存していたのか。力を使うのではなく、力に使われていた……。おまけに、ブレーキ役まで彼女に押し付けて……。
「運命操作の能力は、幸運の力を使って楽な流れに乗るための力じゃあない。おそらくは、過酷な激流に逆らうための力のはずだ。だから、幸運の前借りなんて言う反則が許されているんだろう」
そうして蓮華は胸元へと手を入れ。
「つーわけで、ホラよ」
「これ……!」
俺へとパックを一つ差し出してきた。
そうか、途中で一つ抜き取っていたのか! 後半からは、残りの個数で計算していたから気付かなかった。数えてみれば、後半のカードは57枚しかない。
「アタシの力を使うのは、構わない。運命操作を使ってパックを引くのも、時には必要なこともあるだろう。だが、その力に溺れて生きていくのは止めておけ。その先に待つのは、運命の濁流にのみ込まれての、溺死だけだ」
「……わかった」
しっかりと頷き、パックへと手をかける。
これが、俺が引く最後のパックだ。これからは、それ以外の手段がない時以外は、ギルドのパックと運命操作には頼らない。
そういう覚悟と決意を持って中身を取り出す。
一枚目————シルキー。
「いや、ちょっと待って……」
顔を伏せ、手で覆う。
一気に二枚目を捲る勇気がなくなった。
まさか、そんなことはない、よな……?
勇気を振り絞り、二枚目を捲る。————シルキー。
「ヒィ!?」
思わず、引き攣った声が喉奥から漏れた。ベッドの枕へと顔を埋める。
嘘でしょ!? こんなことってある!? 蓮華さん! 灸をすえるにもちょっと熱すぎませんか!?
そんな俺の背中へとクスクス笑いが投げかけられる。
「落ち着けって歌麿。ちゃんと、最後のカードを見てみろよ」
その言葉に恐る恐る顔を上げ、彼女の差し出してきたカードを見る。
そこには、身の丈以上の大盾を持って勇ましくポーズを取っている金髪の少女の姿が描かれていた。
「う……うおおおおおおおおおッ!?」
一瞬だけ言葉に詰まり、次の瞬間には歓喜の雄たけびを上げてカードを奪い取るように手に取った。
「マジかマジかマジか……!」
目を皿のようにかっぴらいて何度もカードをマジマジと見つめる。
だが、何度見ても現実は変わらない。
そのカードの名は、アテナ。
————Bランク最高クラスのカードだった。
【Tips】人工魔道具と純正魔道具
魔道具には、人類が生み出した人工魔道具と、迷宮から生み出された純正魔道具の二種類が存在する。
両者の違いは、グレムリンなどの機械破壊によって破壊されるか否かである。
人工魔道具は、その多くがマイクロチップ等の機械によって制御されているため、機械破壊によってその機能を破壊されてしまうが、純正魔道具はどれほど複雑な構造であっても機械破壊で破壊されることはない。
ただし、人工魔道具であっても純正魔道具をただ加工しただけの魔道具は、機械破壊によって破壊されることはない(例:ポーション系の魔道具など)。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます