第2話 幼女の足に縋りついてパックを引くだけの話②

 

 無事蓮華を説得(泣き落と)した俺は、彼女の気が変わらないうちに早速ギルドのパックを買いに行くことにした。


『……あん? どこ行くんだ? ギルドに行くんじゃねーのか?』


 八王子のギルドへと向かわず、途中の改札を通った俺を見て、蓮華が問いかけてくる。


『八王子のギルドじゃなくて、三鷹のギルドで買おうと思ってさ』

『三鷹? なんでわざわざそんな中途半端なところ』

『へへ、今朝パーフェクトリンクで軽く未来を見た時、一番俺が喜ぶ可能性があったのが三鷹だったからさ』

『お前さあ……』


 と蓮華が呆れた声を出した。


『最初からこの展開を狙ってたな。あのおっさんとの取引でサキュバスが手に入っても手に入らなくてもパックを引くつもりで家を出てきたろ』

『バレたか』


 内心で舌を出した俺の頭を、透明の蓮華が軽く小突く。


『まったく……んで、どんくらいパック引くつもりなんだ? まさか1パックってわけじゃないだろ?』

『そこが悩みどころなんだよな〜。幸運を使っての確率操作である以上、パックを買えば買うほど消費される幸運も少なくなるわけで。所詮一月分の幸運の貯金じゃ、結構パックを買わないとあんまり結果も期待できなそうなんだよな。でももしも遠野さんが零落スキル持ちのサキュバスを手に入れられた時のために三億は最低残して置きたいし……』


 蓮華の能力で確率を操作した場合、消費される幸運は得られる金銭の大きさや俺が感じる幸福感に左右されず、確率と可能性に依存する。

 だから、例えば友達と金を賭けずにやる麻雀で九連宝燈を出すのも、宝くじで一千万当てるのも、それが同じ確率ならば同等の幸運を消費することとなる。

 故に、1パックだけ買ってCランクカードを当てるよりも、10パック買ってCランクカードを当てる方が、消費する幸運も少なくなる。

 俺が一月で貯められる幸運の力は、蓮華の加護により常人よりも幸運体質となっていることもあり、0.1%を100%にしてちょっとお釣りがくる程度だ。

 つまり、カードのパックなら10パック買ってそのすべてにCランクが入っている、なんてことも可能になるわけだ。


 ——あくまで、計算上では、だが。


 実際には、そう上手くはいかない。

 そもそも売り場のパックに十枚もCランクカードが存在していなかった場合、どれだけ幸運を消費しても意味が無いし、また迷宮の外でそこまで蓮華が力を発揮できるかもわからない。

 迷宮の外でも召喚できるようになったこの座敷童だが、やはり迷宮外では力が出しにくいようだった。

 彼女曰く、「迷宮の外は常に水の中にいるような感じ」らしい。

 そのため、運命操作で使用する幸運の量も迷宮内より多くなる可能性は高かった。

 俺がどうしても今日パックを引きたかったのは、そのあたりのことを確かめたかったからでもあった。


『ふぅん、ま、あんまり期待しすぎんなよ。……パックに入れられるのなんて問題児ばっかなんだから』

『それはもう、重々承知しておりますよ』


 俺が即答すると、スパンと蓮華に頭を叩かれたのだった。




 ————三鷹のギルドカードショップに入った俺は、そこで思わぬ人物と再会することとなった。


「あれ? 北川くん?」

「ん? ……えっ!?」

『うお!? マジか……』


 後ろから誰かから声をかけられ、振り向いた俺は、思わず絶句した。

 そこに立っていたのは、爽やかな笑みを浮かべた砂原選手だった。


「久しぶり! モンコロで戦った砂原だけど、覚えてるかい?」

「え、ええ……もちろん覚えてます」


 アンタほど強烈なキャラを忘れられるかよ、と内心で呟きつつ俺は恐る恐る問いかけた。


「砂原さん……まさか日常でもその恰好なんですか?」


 砂原選手の恰好は、かつてモンコロで戦った時のままだった。

 つまり、ファラオである。

 褐色肌の鍛えられた上半身を晒し、金のアクセサリーと腰布、それにサンダルだけの明らかに周囲から浮いた格好。他の客たちも遠巻きに見て距離を取っている。

 てっきりこの格好はモンコロの試合の時だけと思っていたが……いや、もしかして今日試合があってその帰りなのかも?

 そんな俺の一縷の望みは、砂原選手の満面の笑みと白すぎる歯と共に否定された。


「もちろん! 俺はファラオだからね!」

「そ、そうっすか」

『おい、歌麿……コイツ、予想以上にヤベーぞ!』


 ヤバいなんてレベルじゃねーよ、蓮華。試合でもないのにこの格好は、完全に気が触れている。

 これは、関わっちゃいけない人ですわ。


「そ、それじゃ」


 と、頭を下げ、距離を取ろうとしたところで、砂原さんが被せるように問いかけてきた。


「お? そう言えば北川くんは何を買いに来たのかな? もしかして、アレかな?」

「アレ、ですか……?」


 逃げるチャンスを失い、俺は渋々会話を続けた。


「うん、今日から各地のショップで販売される新カードパック。君もそれが目当てなんだろ?」


 新カードパック? なんだそれ?

 俺が首を傾げているのを見て砂原さんも首を傾げた。


「うん? パックを買いに来たんじゃないのか?」

「いえ、そうなんですけど……新パックのことは知らなかったです」

「そうなのか! それは偶然だなぁ。じゃあせっかくだから一緒に買いに行くとしよう!」

「え゛……!」


 俺は顔を引きつらせるが砂原さんは気にすることもなく俺の手を引きカウンターへと向かっていく。

 そこには、大きく『新カードパック発売! 属性別スターターパック! 三枚入り100万円。プロ向けスペシャルパック! 三枚入り1000万円』と書かれていた。


「これこれ。以前までの十枚入り百万円のパックは生産中止になって、枚数が少なくなって零落スキル持ちが入ってない代わりにDランクCランクのカードの確率が上がってるらしい。一応前のバージョンのも在庫が無くなるまで売ってるらしいけどね」

「へぇ〜!」


 砂原さんの解説に、マジマジと看板を見てみる。

 スターターパックの方は、『アンデッド・悪魔が中心の黒』『妖精・天使が中心の白』『妖怪・神が中心の赤』『獣・竜が中心の緑』の四種類のようだ。

 カードの属性はこれ以外にも善や悪、男と女、巨人、混血などたくさんあるが、大体のカードはこの8つの属性のどれか、あるいは複合なのでこういう分け方をしたのだろう。

 確率は、1パックにつきDランクが40%、Cランクが2%、1ロットに数枚ほどBランクが入っているらしい。また3%の確率でカード化された高額な魔道具やマジックカードなども入っているようだ。残りはハズレのF・Eランクのカードとショボい魔道具との引換券。

 かつてのパックはDランクが30%のCランクが1%以下だったのでかなり内容が良くなっている。魔道具やマジックカードが入ってるのも面白い。アマチュア冒険者はどうしても高額な魔道具やマジックカードは敬遠してしまいがちだから、これからは魔道具を積極的に使う冒険者も増えるかもしれない。


 一方のスペシャルパック。こちらは、1パック1千万という値段からか、Bランクカードが1%以下、Cランクカードが30%や高額魔道具、残りがDランクかそこそこの魔道具やマジックカードとなっていた。

 以前のパックの正統パワーアップ版という感じだが、スターターパックと比べてもCランクの出現確率が高い。Cランク以上が欲しいなら、スターターパックを十個買うよりもこちらを一個かった方が効率的だろう。

 アマチュア冒険者では一千万という値段はなかなか手が出ないが、プロ向けというだけあってプロは買うならこっちを選ぶだろう。


 うーん、これは悩ましい……。


 とりあえず買うならスペシャルパックだろう。零落スキル持ちが入ってないのが残念なところだが、Cランク、Bランクの確率が上がり、最低でもDランクが出るというのが嬉しい。

 どうせ旧式のパックには零落スキル持ちのサキュバスなんて、もう入ってないだろうしな。

 ならばBランクを当てて、メアのランクアップ資金に当てた方が良いだろう。

 問題は、いくら買うかだが……。


「どう? ワクワクするだろ?」


 顎に手を当て考え込む俺に、砂原さんがニカッと笑いかけてくる。


「ええ、そうですね」

「だろ? よし、じゃあどっちが先に買う? 当たりが残っているうちに買うか、残り物には福があると見るか」


 ニヤリ、と笑いかけてくる砂原さんに、俺は少し考え「後攻で」と答えた。

 俺は能力によりアタリを引くことが確定している。なのに先に引くのはちょっとフェアじゃないと思ったのだ。


「では、お先に」


 そう言って、彼はカウンターへと向かった。

 パックはカウンターのクリアケースの中に各色のパックとスペシャルパックごとに段で分けられており、店員の女性の操作によってクリアケースが開き、購入するパックの段が客の前にせり出してくる仕組みとなっているようだった。

 ちょっと近未来的でカッコイイ。

 砂原さんは各色のパックを一つずつと、スペシャルパックを5パックほど購入したようだった。支払いは当然、冒険者ライセンスからの一括払いだ。


「じゃあ、俺は先に帰るよ」

「あ、はい。……ここで開けていかないんですか?」


 買ったパックは、専用の個室で誰にも見られずに開封できるようになっているのだが、砂原さんはここで開けずに持ち帰るようだった。

 治安の良い日本とはいえ、数千万円分のパックをそのまま持ち帰るのはさすがに不用心じゃ……。


「大丈夫。俺、アハを習ってるから。ボディーガードもいるしね」

「あ、ボディーガードを雇ってるんですね。……ところでアハってなんですか?」

「古代エジプトの格闘技だよ。カードに教えてもらってるんだ」

「へぇ〜」


 カードに武術を習う、そういう手もあるのか。リンクを使えば普通に格闘技を習うより効率も良いだろうし、普通にアリだな。

 基本的にマスターの格闘経験は無駄にはならんし。


「あ、そうだ。もしも北川くんが引いたアタリがエジプト系で、君の要らないカードだったら連絡してくれ。こっちに出たエジプト系以外のアタリとトレードか、アタリが出なけりゃ金で買い取るからさ」

「あ、はい。わかりました」

「よろしく」


 ニカッと爽やかに笑って砂原さんは去って行った。

 改めてその背中を見てみると、広背筋が発達していて足取りも重心が安定しているように見えた。

 ……俺もイライザや鈴鹿から武術を習ってみるかな。シンクロ率の上昇にもつながりそうだし。


「いらっしゃいませ〜。カードパックのご購入でよろしいでしょうか〜?」


 カウンターに進むと店員のお姉さんがにこやかにほほ笑みかけてきた。

 ……近くで見るとこのお姉さん、結構美人だ。それに、胸がデカい。

 パーフェクトリンクを使うと鼻血が出るんだけど、エッチなことを考えてたとか誤解されないかな。


「各パックについての説明は必要でしょうか〜?」

「あ、いえ。看板の内容なら見たので」

「ありがとうございます。現在キャンペーン中となっておりまして、十パックごとのご購入で一パックサービスとなっておりま〜す。本日はどちらのパックをご購入なされますか?」


 むむ……10パックで1パックサービスか、と思いつつ答える。


「スペシャルパックを」

「えっ!?」

「え?」


 お姉さんが驚いた顔をするので、こちらも驚くと、彼女は咳払いをして誤魔化した。

 ……俺が一千万のパックを買うのに驚いたらしい。まあ、見た目は金持ってるように見えないからな。服もユニク〇だし……。


「ごほん、失礼いたしました。ケースを出しますので、一歩下がってお待ちください」

「はい」


 スペシャルパックのケースがせり上がってくるのを待つ間に、俺はパーフェクトリンクの準備を始めた。


『それじゃあ蓮華、頼む』

『はいよ』


 俺と蓮華の自我の境が無くなっていき、俺が蓮華に、蓮華が俺になっていく。

 閉じた瞼の裏に広がる、無数の可能性の道。その中からカードを引く以外の選択肢をすべて排除し、より注視して可能性の道を見ていく。

 最初は、とりあえず零落スキル持ちが入っている可能性がある旧式のパックを引いた場合を一応確認していく。

 これでもし零落スキル持ちのサキュバスを当てたようなリアクションを取っているようならこちらに全賭けするつもりだったが……どうもそこまで都合の良い展開はないようだった。

 残念に思いつつも、心置きなくスペシャルパックを引いた場合の可能性を見ていく。

 まずは、スペシャルパックを1パックだけ引く道から。すると、当然のことながら喜んでいるビジョンはその道のほとんどが途切れており、どう足掻いてもその未来にはたどり着かないのがわかった。

 次に、スペシャルパックを10パック+1パック引く道を見る。すると大分多くの道が繋がったが、やはりその道は遠くか細い。が、道が繋がっているなら俺の幸運の範囲でたどり着けるビジョンということだ。

 だが、ビジョンの中で一番俺が喜んでいる可能性の道はまだ所々が途切れている。

 では、さらに一億。11パック分買うと仮定してみる。すると、大分穴が埋まってきた。

 もう一億。この時点で、遠野さんからサキュバスは買う資金は無くなる。だが、それでもまだすべての穴は塞がらない。

 すでにこれ以外の道がすべて埋まり、かなり道は太くなっている。

 これは、どう見るべきか……。Cランクが30%のBランクが1%以下のスペシャルパックで、33パック買ってもまだ繋がらない道ということは、Bランクの可能性が高い。

 また、喜んでいるということからしてもそのカードは投資した金額以上ではあるのだろう。

 さらに一億。……繋がった。計四億の、44パック。

 一番喜んでいるビジョンの次に喜んでいるビジョンを見る。こちらは、二億を突っ込んだ時点で道が繋がっていた。

 零落スキル持ちのサキュバスを買える金を残して二番目に良い結果を選ぶか、四億突っ込んで一番の結果を選ぶか……。


「あ、あの……?」


 そこで、店員のお姉さんに声をかけられ我に返る。


「大丈夫ですか? その、血が出てますけど」

「あ、すいません。最近鼻血がよくでるんですよね」


 と笑いながらハンカチを鼻に当てて誤魔化す。

 が、お姉さんは引きつった笑みで。


「いえ、その、目からも出ちゃってますが」

「目からも!?」


 慌てて目じりに指を当てると少しだが血の涙が流れていた。

 うおお、これはヤバイ! 鼻血を流している人は見たことあっても、血涙をリアルに流してる人を見たことはない!


「あの、救急車をお呼びしましょうか? というか、呼びますね」

「あ、いえいえ! 大丈夫です。それよりパック買っても良いですか?」

「ええ……!? いや、今日は止めといた方が……」

「いえいえ、今日買います!」

「は、はぁ……では何パックお買いになられますか?」

「——40パックで」

「よっ……!?」


 と目をかっぴらくお姉さん。

 こうなれば、俺も覚悟を決めた。中途半端は無しだ。少なくともコスト以上のリターンは確定している。ならばいざとなれば当たったカードを売って、サキュバスの購入資金に充てるという選択肢もある。

 ならばここは最良の結果を掴むべきだ。なんせ次に蓮華が協力してくれるのは、半年後になるのだから。

 お姉さんはしばし「このガキ、本当にそんな金持ってんのか?」という顔をしていたが、やがてハッと何かに気付いた顔をした。


「……お客さんどこかで見た気がするんですけど、もしかしてモンコロとか出てます?」

「あ〜、一応」

「なるほど! ……私、今日は定時で上がれるんですけどぉ〜」


 胸元を強調しながらそう言ってくるお姉さんに、俺は苦笑して言った。


「魅力的なお誘いですけど、遠慮しときます。一応高校生なんで」

「あっそうですか。じゃお支払いは、ライセンスでよろしいですか? あとマジですぐに病院行った方が良いですよ」


 急に素っ気なくなったお姉さんに苦笑しつつ俺はパックを買って帰宅したのだった。



【Tips】カードの属性

 カードの種族にはそれぞれ属性が存在する。

 属性はスキルの対象先となるだけではなく、それ自体がステータスに影響している。

 そのため、同じ戦闘力であっても属性が多い方がステータスや状態異常耐性などが高くなる傾向にあるが、同時に属性を対象としたスキルに対する弱点を抱えることにもなる。

 またマスターによって、相性の良いカードの属性というモノも存在する。

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