第2話 幼女の足に縋りついてパックを引くだけの話

 


「————そうですか、やはり難しいですか」

「ええ、力及ばず申し訳ありません」


 夏休みが始まって一日目。

 八王子駅前の喫茶店で、俺は札商の遠野さんと会っていた。

 話の主題は、以前から彼に入手を依頼していたサキュバスについて。

 思いがけず転がり込んできた五億という大金。その使い道に関しては随分と悩んだが、結局はいつも通りパーティーの戦力強化に回すことにした。


 そう、つまり前々から先延ばしにしていたメアのランクアップである。


 同じDランクだったイライザ、ユウキがランクアップし、さらには後から入ったはずの鈴鹿までもがCランクとなったことで、彼女が強い焦りを感じているのはパーティーの誰もが感じていた。

 これまでは金銭や入手機会の少なさから黙殺してきたが、金も入り遠野さんという伝手を得た今、さすがにこれ以上彼女のランクアップを先延ばしするのは良くなかった。

 なにより、猟犬使いとの撤退戦ではその命を張ってくれ、その後も『人を呪わば穴二つ』という自身にも痛みを伴うスキルを持って献身的にパーティーに貢献してくれる彼女を、俺自身がねぎらってやりたかった。

 そういうわけで事件がひと段落してすぐに遠野さんに連絡を取ったのだが……今のところその進捗はあまり芳しいモノではなかった。


「……サキュバスやエルフといった超人気カードともなりますと、金があれば手に入るモノでもありませんからね。それでも通常のカードなら、なんとかならないこともないんですが……」


 そう言って、こちらを窺い見る遠野さんに、俺は内心で申し訳なく思いながら首を振った。


「いえ——申し訳ありませんが、『零落スキル持ちのサキュバス』でないとダメなんです」

「そうですか……」


 わずかに落胆したように眉を下げる遠野さん。俺はそれに申し訳なく思いつつも、決して譲ることはなかった。

 彼からすれば、俺の注文は『大金を手に入れたガキの現実を知らない無茶ぶり』にしか見えないのかもしれない。

 だが、俺からすればここは絶対に譲れないラインだった。

 ここで、通常のサキュバスのカードで妥協するのは簡単なことだ。五億の予算のうち一億から二億程度で費用は済むし、メアも喜ぶだろう。

 しかし、その場合彼女の伸びしろはそこで終わりだ。

 入手困難と言われているサキュバスであるが、その上のリリムとなるとさらにその入手難易度は跳ね上がる。いや、入手困難というよりも、入手は不可能と言った方が良いだろう。

 あるいは夢魔としての主流のリリムではなく、エンプーサの主としてのヘカテーというルートもあるが、やはりそちらも数十億のカードでリリムほどではないが入手が困難であることには変わりない。

 つまり、メアがBランクカードとしての力を得るには、霊格再帰か……未だに取得条件の良くわからない限界突破を得るしかないのだ。

 蓮華が限界突破スキルを得たことで広がり続けるパーティー内の戦闘力格差を少しでも埋めるため——親友である蓮華の隣に立ちたいと頑張るメアのためにも、彼女には霊格再帰という可能性を残しておいて上げたかった。


「零落スキル持ちのサキュバスについては、引き続き伝手を探ってみます。ただまあ、手に入れられるかは運次第となりますので、気長にお待ちいただければ……」

「よろしくお願いします」

「それで、代わりと言っては何ですが……」


 そこで遠野さんはケースに入ったマイクロSDカードをバッグから取り出すと。


「もう一つのご依頼の方はなんとかなりました。こちら、ご依頼のデータです。お納めください」

「おお! ありがとうございます!」


 俺はマイクロSDカードを受け取ると、さっそくそれをスマホに挿入した。

 そして軽く目を通し……。


「……なるほど、やはり同じ条件下の元ランクアップさせても零落スキルは引き継がれる場合と引き継がれない場合がある、と。そして引き継がれた霊格再帰は零落スキルに戻る……か」


 俺が遠野さんに頼んでいたデータ、それは『零落スキルと霊格再帰についての研究データ』であった。

 ネット上では情報が錯そうしていて、一向にその詳細が分からない霊格再帰スキルの情報。その研究データを遠野さんに頼み仕入れて貰ったのだ。

 一般に公開されていないデータということで一千万もの金がかかってしまったが、その価値はあった。

 このデータからわかる霊格再帰の性質は6つ。


 一つ、ランクアップ先のカードが零落スキルを持っていた場合、ランクアップで零落スキルは失われない(つまり、零落スキル持ちのサキュバスを使用しランクアップすることでメアも零落スキル持ちとなることができる)。


 二つ、零落スキルによって下がる戦闘力はランクによって違う。Bランクで200、Cで100、Dで50、Eで25と半分になっていく。AランクとFランクの零落スキル持ちは現在確認されていない。これらの数値は霊格再帰に昇華した段階でプラスへと反転する。


 三つ、零落スキルや霊格再帰を持つカードをランクアップさせた場合、零落スキルが引き継がれるかどうかはランダム(法則を発見できていない)。大半の場合、引き継がれない。運よく引き継がれた霊格再帰は再び零落スキルに戻る。


 四つ、霊格再帰を持つカードをランクアップさせた場合、零落スキルの引継ぎに関係なく、霊格強化というスキルを得る。霊格再帰にせず、零落スキルのままランクアップした場合、このスキルは発生しない。


 五つ、霊格再帰中のカードにキーアイテムを与えても、『二段階目』のランクアップをすることはない(吉祥天に霊格再帰中の蓮華がさらにランクアップすることはない)。


 六つ、ランクアップ先が複数あってもカードが反応するキーアイテムは基本一つ。しかし、稀に複数のキーアイテムに反応を示し、複数の変身先を使い分けられるカードも存在する。


 実験からわかる基本的なルールは以上。あとのデータは、それぞれのカードごとのキーアイテムのデータが大半のようだった。

 それらのデータは後でじっくり見るとして、知りたかった情報が粗方収められているのを確認した俺は、遠野さんへと笑みを向けた。


「ありがとうございます、助かりました」

「いえいえ。……そちらのデータは契約を結んだ企業にのみ販売されるものですので、あまり大っぴらには広めないようお願いします」

「わかってます」


 念のため、といった様子で忠告してくる遠野さんに、しっかりと頷き返す。

 このデータは、彼が札商としてのコネを使って国の研究機関から買い付けてきてくれたものだ。

 未だ一般公開されていないそれをネットなどで拡散などした日には、遠野さんの俺に対する信用のみならず、彼の札商としての信用まで失われることになるだろう。

 そもそも、一千万も出して買った情報をわざわざタダで教えたりする気にはなれなかった。

 このデータも自宅で大事に保管し、自宅以外では閲覧もしない予定だ。

 と、そこで遠野さんが不意に表情を緩めて言った。


「……まあ、あと2〜3年もすればどこかの企業がアプリとして売り出して、一般にも広まる情報ではありますがね」


 だが、そんなには待てない。俺は今、霊格再帰の情報が欲しいのだ。

 俺が買ったのは、その2〜3年という時間でもあった。


「……それにしても、大変ですね。まさか学校に迷宮が出現してしまうとは」


 商談が一段落して一服していると、不意に遠野さんがそんなことを言った。


「本当ですよ……幸い一般的な異界型だったから良かったものの、これが東京ドームみたいな特殊型だったら在校生みんな転校ですよ、転校」


 自宅や職場などに迷宮が現れた場合、その土地の所有者は政府が用意した代替地(だいたいち)に引っ越しするか、ゲートの設置と引き換えにそのままの生活を送るかの二択を選ぶことができる。

 大抵の場合、一般家庭などに迷宮が現れてしまった場合は前者を、ビルや学校などの職場に出現してしまった場合は後者を選ぶことが多い。だが、現れた迷宮の種類によっては強制的に前者を選ばされることもある。


 それが、モンコロの舞台となっている元東京ドームのような、元々あった土地や建物を取り込んでダンジョン化する特殊型迷宮である。


 俺たちが普段潜っているような一般的な異界型の迷宮であれば入口をゲートで管理さえしてしまえば民間でも管理が可能となるが、特殊型迷宮は周辺の土地を侵食してダンジョン化しているため、その気になれば子供でも侵入できてしまう危険性がある。

 そのため、特殊型迷宮は一つの例外もなく国が接収し、高い壁で囲って管理するという決まりとなっていた。

 当然、特殊型迷宮が現れたのが学校だったりした場合、そこに通う生徒たちは小集団に分けられていろんな学校に分散されることとなる。

 仕方のないこととはいえ、通いなれた学校や仲の良い友人たちと引き離され、強制的に転校させられる学生たちからすれば堪ったものではなかった。


「夏休み前だったのは、不幸中の幸いと」

「ええ、でもまあ、年に二百件ほどあることでもありますから。それに人の多く集まるところは迷宮の発生する確率が高いですし」

「迷宮のランクなどはもう判明したのですか?」

「いえ、まだ調査中ですね」

「ほう……一週間以上となると、Cランク以上かシークレットダンジョンですか。これは北川さんにとっては朗報なのでは?」

「そうですか……?」


 遠野さんの言葉に、俺は首を傾げた。


「学校のような空間は部外者の出入りを嫌がる傾向がありますからね。大抵の場合、プロの冒険者を雇って迷宮の管理をすることが多いです。とは言っても、プロへの依頼もタダではない……となると?」

「なるほど……校内の冒険者に何らかの条件と引き換えにタダ、あるいは格安で管理してもらう、と」

「もちろん、シークレットダンジョンに認定されなければ、の話ですが」


 ふむ、もし遠野さんの話の通りに事が進めば、冒険者部はCランク迷宮を一つ独占できることになるな。

 他のプロチームと競合することなく、安心して踏破に挑めるというのは、駆け出しのプロチームである俺たちにとっては大きなメリットだった。

 学校側の条件次第でもあるが、もしかしたら冒険者部の正式な設立も認められるかもしれない……。

 なるほど……アンナが試験勉強に身が入らなくなるわけだ、と俺は期待に胸を膨らませるのだった。





『ようやく終わったか……話がなげーんだよ』


 カフェを出て遠野さんと別れたところで、俺に話しかけてくる声があった。

 姿が見えない相手からの脳内に直接届く声に、俺は同じく念じて返す。


『だからカードの中で待ってろって言っただろうが……蓮華』

『あの中はもう飽きたんだよ。それなら店内の他の客の観察でもしてた方がマシだ』

『そんなもんか。それでなんか面白い話はあったか?』

『ん……そうだな。お前の斜め後ろの席におっさんと若い女の二人連れがいたろ?』

『ああ……、そういえばくたびれたおっさんと高校生くらいの女の子がいたような……』


 おっさんの方は良く覚えていないが、女の子の方は結構可愛いくて巨乳だったから覚えている。


『うん。そのおっさんだけど、今朝起きたら奥さんが全財産を持って浮気相手と駆け落ちしてたらしい』

『マジか〜』


 うわ〜……悲惨。


『しかもその相手が自分の可愛がってた部下だったらしくてな……』

『ダブルで悲惨……。じゃあ、そのことを娘さんと相談って感じ?』

『いや? 相手の女の子は娘じゃなくて、おっさんの浮気相手』


 は? 糞が。同情して損した。


 蓮華が見聞きした他の客の面白い話などを聞きつつ、駅へと向かう。


『……で、どこに行く予定なんだ?』

『ん、ああ、ギルドだよ。久しぶりにカードのパックを引こうと思ってさ』


 俺がそう言うと、リンクから伝わる蓮華の気配が変わった。


『もしかして、アレを試そうと思ってんのか?』

『ああ、パーフェクトリンクを……迷宮外での運命操作を試してみようと思ってる』

『おいおい、お前、ちょっと因果律の歪みを舐めてんじゃねーか?』

『ちゃんと危険はわかってるよ。だから貯金してきた幸運以上の運命操作はしない。それなら生まれる歪みも最小限に抑えられるだろ?』


 パーフェクトリンクと運命操作の能力には、確かに無視できないリスクがある。

 因果律の歪みが積み重なることで発生する『試練』は、時として運命操作で引き寄せた奇跡以上の悲劇となって襲い掛かるだろう。

 使い方を誤れば、身の破滅を招く。


 だがそれは、見方を変えれば使い方次第ということでもある。


 幸運の前借りさえしなければ、運命操作によって生まれる因果律の歪みも最小限のモノとなる。

 この最小の歪みは、二週間から三週間程度で消える。

 つまり、安全マージンを取り一か月に一度程度の使用ならば、リスクなくこの能力を行使できるということだ。


『それで、なんでギルドのパックだよ? この能力をギャンブルに使うのは賛成しねーぞ』

『純粋に、効率と情報漏洩のリスクを考えてだよ』


 迷宮攻略でカードを手に入れる場合、俺がソロで攻略できるのはDランクが限界。つまり、手に入るカードもCランクカードが最高となる。

 Cランク迷宮に挑む場合、Bランクカードが手に入る可能性があるが、ソロでの攻略は不可能なため一緒に攻略するであろう冒険者部との分配が発生する。

 アンナたちも、滅多に落ちない筈のBランクカードが数か月置きにドロップしたら蓮華の能力に確実に気づくだろう。

 冒険者部の皆には、ハーメルンの笛については明かしたが、さすがに蓮華の特殊性に関しては言うつもりはなかった。

 彼女たちを信頼していないわけではないが、信頼している=すべてを曝け出す、というわけでもない。

 そうして諸々の事情を踏まえて考えると、迷宮攻略で手に出来る最大の利益は月にCランクカード一枚という計算となる。


 では、ギルドのカードパックはというと、こちらは30%程度の確率でDランクカードが、1%以下の確率でCランクカードが入っている。

 1パック百万円でCランクカードが1%以下の確率というのは一見厳しいかもしれないが、運命操作が使える俺からすればかなりの高確率となる。

 なぜなら、Cランクカードのドロップ率は0.1%程度だからだ。

 一ヶ月分の幸運と引き換えにCランクカードのドロップ率を100%にすることができる俺たちからすれば、1%以下を100%にすることなど造作もない。


 また、ギルドのカードパックには、12ロットに必ず一枚はBランクカードやエルフ、サキュバスと言った超人気カードが入っている。

 これは、宝くじで言う高額当選にあたり、一等がBランク、サキュバスやエルフは二等や三等となる。

 パックは一月に1ロット生産されるため、年に一度どこかのタイミングでアタリが補充される計算になる。

 この補充される当たりは、前の年にアタリが引かれているかに関係なく補充され続ける。


『つまり?』

『——パックには零落スキル持ちのサキュバスがまだ眠っている可能性もある』


 俺が霊格再帰を発見するまで、ギルドのカードパックに入っているレアカードは零落スキルなどのマイナススキル持ちがメインだった。

 霊格再帰の発見により、ギルドのパックは相当数が買い漁られたが、そのすべてが買いつくされたわけではないだろう。

 その中には、『零落スキル持ちのサキュバス』が眠っている可能性もゼロではなかった。

 ……まあ、さすがに可能性がゼロではないというだけで、その確率がゼロに等しいのは俺にもわかっている。

 仮に残っていたとしても、運命操作を使ってすら手に入れるのは難しいだろう。

 それでも他に『零落スキル持ちのサキュバス』の入手先に目処が立っていない以上、これしか方法はなかった。

 そう、メアのためにも俺はパックを引くしかないのだ!


『————で、本音は?』


 というようなことをツラツラと説明した結果、蓮華から返ってきたのがこの冷たい言葉であった。

 かくれんぼのスキルにより姿は見えないが、養豚場の豚を見るような目で見られているのがありありと想像でき、俺は狼狽えた。


『ほ、本音って……今のが本音ですけど? 嘘偽りない本心ですけど?』

『嘘つけや。欲望にギラついた目ぇしやがって。お前、ただ単にガチャ引きたいだけだろーが』

『うっ……!?』


 図星を突かれ、俺は思わず呻いた。

 やはり、俺の魂胆はバレバレだったか。

 そう、彼女の言う通り色々と説明付けてみたが、ぶっちゃけただ俺がパックを引きたいだけだった。

 蓮華たちを引き当てたあの一回以来、俺は一度もパックを買っていない。

 それは、あんな大当たりが何度もあるわけがないと思ったのもあるが、もう一度そこそこの当たりを引き当ててしまったら、歯止めが利かなくなるのではないかと危惧したからだ。

 全財産と言って良い百万円を賭けて、蓮華たちを引いた時のあの感覚……。

 驚愕、歓喜、幸福、達成感……脳内で出ちゃいけない分泌液が出てるのがはっきり分かった。


 あれは、一種の麻薬だった……。


 故に、俺はあえてギルドのカードパックからは足を遠ざけることにしたのだ。

 三ツ星になり、ギルドのカードパックを何個も買えるようになっても、決して買おうとしなかった。

 汗を流すこともなく蓮華の幸運頼りにパックを買ってカードを集めていったらきっと俺は堕落する……そういう予感があった。

 よって、俺はカードパックのことはあえて忘れてこれまで頑張ってきた。


 …………だが、もー、限界! 我慢の限界!

 確実に勝つとわかっているギャンブルをしない人間がいるだろうか?

 少なくとも、俺には無理だ。


 これは、ボーナス……っ! これまで頑張ってきた俺に対する、月一のご褒美……!

 確実に戦力増強に繋がるのだから、むしろ引かない方が悪……っ!

 そう、これはもはや義務……っ!

 マスターとしての仕事の一環……!


『というわけで、俺は誰が何と言おうとパックを買うぞ……!』

『うーん……これまで我慢してきた反動が一気に来たか』


 力強くそう宣言する俺を見て、蓮華が頭を抱える(のがリンクで伝わってきた)。


『でも、ダメだ。お前、タダでさえ運命の浮き沈みが激しいんだから。不意の不幸のために幸運は貯めておけ』


 そう言う蓮華からは、リンクを通じて断固とした意志が伝わってきた。

 ク……、いくら俺が運命操作を使いたいと思っても、蓮華の協力がなければパーフェクトリンクは成立しない。

 こうなったら、やむを得ない。

 俺は周囲を見渡し、人気のない路地の奥へと入っていった。

 完全に人気も監視カメラもない袋小路へと入ると、和服姿の蓮華が姿を現す。

 腕を組みこちらを見下ろしてくる彼女に、俺は両手を合わせて深々と頭を下げた。


『な、頼むよ! 今回だけ、今回だけお試しってことで引かせてくれ! 実際実験は必要だろ?』

『実験なんて必要ねーだろ。狼と七匹の子ヤギの時にはちゃんと使えてんだし。それともアタシの能力が信用できねーのか?』

『いや、信用してるって! でも、迷宮内と迷宮外ではちょっと違うかもしれないじゃん! もし迷宮の外で事件や事故に巻き込まれそうな時に使おうとしても効果がなかったら困るだろ?』

『そん時はアタシが助けてやるよ』


 く、手強い……! 予想以上に蓮華は頑なだ。

 ……できればこれだけはしたくなかったが。

 俺は対・蓮華最終手段を使う覚悟を決めた。


『蓮華ぁ〜〜! そんなこと言わずに、今助けてくれよぉ〜』


 ——秘儀・泣き落とし……!


 俺はガバリ、と蓮華のスベスベの脚へと縋りついた。


『お願いお願いお願い! 今回やったら次は半年我慢するから〜』

『ちょ、おまっ!?』


 蓮華はギョッとして俺の頭を掴むも、引きはがしたり蹴り飛ばしたりはしなかった。

 このヤンキー系座敷童は、一度心を開いた相手にはすこぶる甘いのだ。


『お前、こんな真似して恥ずかしくねーのか!? 男として!』

『馬鹿野郎! 恥ずかしいに決まってんだろうが!』


 顔を真っ赤にして叫ぶ蓮華に、俺はカッと目を見開き怒鳴り返した。


『俺が何歳だと思ってる! 16歳だぞ!? 6歳児じゃねーんだぞ! こんなん見られたら、もうこの街には住めねーよ!』

『ええ……? じゃあすんなよ……』

『恥ずかしいが……見栄張っても何も手に入らんじゃろがい! 名を捨てて実が取れるなら、俺はお前の足だって舐めるぞ、この野郎!』

『ええ〜、ぎゃ、逆に男らしいのか……?』


 蓮華は珍しくマジで戸惑っているようだった。これは……イケる! 流れはこっちにある!

 俺はトーンを下げると、哀れっぽく上目遣いで彼女を見つめた。


『な? 頼むよ……一生のお願い。な?』

『むむむ……』


 蓮華はしばし小さな口をもにょもにょさせて迷っていたが、やがて。


『しょうがねぇなぁ……今回だけだぞ』


 と諦めたように俺の頭を撫でたのだった。


 ……やったぜ!



【Tips】特殊型迷宮

 ゲートの先に異空間が存在する通常の迷宮と異なり、元々存在していた土地と建造物を取り込んで迷宮化する迷宮の総称。

 特殊型迷宮の特徴として、道中にモンスターや罠が存在せず、主が一枠しか出現しないというモノがある。その分、主は通常の迷宮よりも大幅に強化されている。

 また、外観は普通だが、一歩中に踏み込むと内部が非常に拡張されているケースも多い。東京ドームダンジョンなども、内部に球場がいくつも存在しており、それらは闘技場へと改築され番組ごとに一つの闘技場を所有し毎日のように試合が行われている。

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