第27話 解き放たれしクソガキ

 


「そういえば、先輩の学年に転校生が来たらしいッスね」


 放課後。いつものファミレスで駄弁っていると、アンナがふいにそんなことを言い出した。


「らしいな」


 ポテトを摘まみながら適当に答えると、アンナがキョトンと首を傾げた。


「あれ? なんだか興味無さそうッスね。中学までならともかく、高校で転校生って滅多にないですし、なんかワクワクしないッスか?」


 確かに、と頷く。リアルな転校生の存在に一瞬テンションが上がったのは、事実だ。

 漫画やラノベでは当たり前のように存在する高校での転校生だが、現実では滅多にいない。

 無条件で転校できる中学までと違い、高校では単位や学力などの問題があり、気軽に行えるものではないからだ。

 だが……。


「その転校生とやら、噂ではかなりのイケメンらしいからな。ウチのクラスでもわざわざ見に行く女子がいたくらいだ」

「ああ……なるほど」


 織部の言葉に、アンナが俺の顔を見つつ納得したように頷いた。


「おい、なんだその羽化できなかった蛹を見るような目は!」

「や、そんな目はしてないッスけど……。先輩って意外と容姿にコンプレックス持ってますよね……別に不細工ではないのに」


 哀れなモノを見る目でこちらを見るアンナ。

 俺はフンと鼻で笑うと、逆に問いかけた。


「じゃあお前、俺が告ったら付き合うの?」

「ごめんなさい」

「即答は止めろ! 即答は!」


 本気ではなかったけど傷つくだろうが!

 俺が憤慨していると、アンナが笑いながら言う。


「いや〜すいません。というか、冒険者部は部内恋愛禁止なんで。痴情の縺れはサークルクラッシュの原因ッスからね」


 ……部内恋愛禁止? 

 俺と織部は顔を見合わせた。

 なんか面倒くさいこと言い出したな。そんなん入る時に聞いてないぞ。別に部内の女子たちを狙っているわけではないが……。

 織部とアイコンタクトを取ると、彼女はコクリ、と頷き返してきた。……よし、やるか。

 俺はおもむろに席を立ちながら言った。


「部内恋愛禁止? マジかよ、じゃあ俺冒険者部抜けるわ」

「ヴェッ!?」

「我も抜ける。先輩のこと好きだし」

「ヒャッ!?」


 織部も俺に続き、席を立とうとすると慌ててアンナが引き留めてきた。


「ちょ、ちょちょちょちょっと待った! えーと、ジョーク! ただの冗談なんで! 嫌だなぁ、真に受けないで下さいよ! ウチは恋愛も不純異性交遊も大歓迎! ガンガンやっちゃってください! ……そ、それにしても、二人はいつから……?」


 本気で焦った様子のアンナに、俺はニヤリと笑ってネタ晴らしをした。


「冗談だよ、なんか後から勝手に変なルール追加してきたから牽制しただけ」

「……な、なぁ〜んだ。いや、本気で焦りましたよ。あんな困難を一緒に乗り越えたのに、こんなことで廃部になるのかと」

「まあ、廃部も何も創部すらされていないのだがな」


 ストローを咥えながらの織部のツッコミに、アンナはがっくりと項垂れた。


「結局、同好会すら認められなかったッスからね」

「仕方ないだろ……生徒に犠牲者が出ちまってんだから」

「あーあ、せっかく犯人を捕まえた功績で設立を認めさせる計画だったのに」


 コイツ、やっぱそういうつもりだったのか……。


「まぁ、ちょっとした事件を解決したってならその可能性もあっただろうけど、今回はさすがに事件がデカ過ぎたからなぁ。それを解決するのに貢献した俺らを認めたら、それを真似する生徒が出てくると思ったんだろ」

「そもそも……事件の真相も未だ不明のままだからな」


 織部の言葉に、若干重い沈黙が場に落ちた。

 狼と七匹の子ヤギとの戦いから一か月。

 未だ猟犬使いは目覚めていなかった。

 病院での精密検査の結果、身体や脳には一切の異常がないにもかかわらず、謎の昏睡状態が続いている。

 もしもこれがイレギュラーエンカウントを召喚したことの副作用ならば、猟犬使いが二度と目覚めない可能性も高かった。

 つまり、猟犬使いが何を思い、何を目的としてこんなことを起こしたのかの真相が本人の口から語られることは無くなったのである。

 それでも、本人の身柄を抑えたことでわかったこともある。

 例えば、その素性だ。本名、八木奈々子、二十四歳。ダンジョンアンチの過激派の幹部であり……かつて星母の会によって生贄に捧げられた犬養(いぬかい)猟兵(りょうへい)の娘だった。八木は、母方の旧姓である。

 彼女の部屋から押収された証拠品の中には、被害者から奪ったと思わしきカードや魔道具類の他に、かつての星母の会の事件についてのスクラップブックと星母の会への恨み言が綴られた日記帳が発見された。

 それによると八木は、父親はダンジョンアンチではなかったにもかかわらず星母の会に殺された、と信じこんでいたらしい。

 だが実際には犬養猟兵は熱心なダンジョンアンチであり、星母の会の襲撃事件に関しても首謀者に近い立場であったそうだ。

 つまり、八木が信じ込んでいた哀れな被害者という父親像は幻想であったというわけだ。

 このことから、世間の見方は「ダンジョンアンチによる星母の会への復讐」という形で確定となった。

 星母の会は、容疑者から一転、ダンジョンアンチによって冤罪を着せられそうになった被害者として扱われ始めた。

 マスコミは自分たちが犯人扱いしたことなどコロッと忘れたかのように、星母の会による慈善活動——子ども食堂やホームレスの冒険者としての社会復帰などなど——を報道し始め、その代わりと言わんばかりにダンジョンアンチたちを叩き始めた。

 それはネットでも同様で、ダンジョンアンチを表明していた有名人のSNSのアカウントまで軒並み炎上。

 一部のコメンテーターに至っては、過去の生贄殺人事件までダンジョンアンチによる内部抗争であり、それを星母の会に擦り付けたのでは……? という意見まで出る始末。

 星母の会の聖女が、カードにも匹敵するほどの美貌であることからそちらの方面でも注目され始め、今やネット上では一種のアイドル扱い。カルト教団と煙たがっていたことなど過去のモノとなりつつあった。

 ……だが肝心の猟犬使いがイレギュラーエンカウントのカードをどこで手に入れたのか、アヌビスや多くのCランクカードなどの豊富な資金源はどうやって調達したのか、そして何よりも迷宮消滅についての方法などは不明のままで、イレギュラーエンカウントのカードについては存在すら報道されなかった。

 もっとも、このうち大量のアヌビスの絡繰りについてだけは、朧気に予想がついていた。

 実際に『カード化の魔道具』を使って試してみないとわからないが、もしかすると俺にも可能かもしれなかった。


「勝手に容疑者扱いして、違うと分かったら謝りもせずに味方面とは……。本当にマスコミって……」

「俺たちも散々玩具にされたしなぁ。なんであんなに昼飯とか晩飯に何食べたか聞いてくんの……?」

「それ大会の時もやられてましたよね、先輩……」


 ——事件の後、俺たちの周辺も大分騒がしくなった。

 百人以上を殺害した凶悪犯を実際に捕まえたのが、高校生のグループだった。しかもその高校生たちは、数か月前に霊格再帰を発見して話題になった男子高校生と、ダンジョンマートのご令嬢が混じっており、尚且つダイイングメッセージを残した勇敢な被害者とはクラスメイトだった……となればマスコミが注目しないわけがなかった。

 TVや週刊誌の報道では、まるで俺たちが獅子堂の大親友で、その敵を討つために猟犬使いへと挑んだかのようなストーリーとなっていた。

 さらには、俺たちが捕獲賞金の二十億を被害者遺族の支援団体に寄付したことが明らかになると、その勢いはさらに加速した。

 あちこちの出版社から今回の一連の事件を本にしないか! とか、映画をしてみないか! とかいろんなオファーが来たくらいだ。中には海外からのモノもあった。もちろん、すべて断ったが。

 ちなみに、賞金を全額寄付しようと言い出したのは、アンナの案で、曰く。


「人死にが関わったことで大金を得たとなったら、要らぬ妬みを買うことになります。ならばいっそのこと全額寄付して、金額以上の名声と信用を買いましょう!」


 とのこと。

 二十億もの大金をポンと投資できる大胆さは、さすがの大企業の娘と言った感じであった。

 実際、当初は作戦についての情報は伏せられていたのだが、すぐにどこか——おそらく捕獲賞金を狙っていた他のチーム——から猟犬使いの賞金が百億だったことなどが漏れると炎上しかけた。

 アンナの言う通り賞金を寄付していなければ、今頃かなり面倒臭いことになっていたことだろう。

 こちらも命がけだった以上、賞金を受け取る権利はあるが、妬み嫉みで動く輩に理屈は通じないのだからしょうがない。

 結果、俺たちは二十億という大金で、決して消えない名声と信用を買ったというわけだ。


 では、俺たちは結局ただ働きだったのかと言えば、それもまた違った。

 あの時手に入れたイレギュラーエンカウントのカードが、二十億で国に売れたからだ。

 Cランク迷宮のイレギュラーエンカウントの討伐賞金が十億円なので、その倍額というわけだ。

 差額の十億が、イレギュラーエンカウントのカードについての口止め料であることは、誰もが予想がついた。

 その証拠として、この二十億は『俺たちが元々持っていた金』として処理され、当然非課税であった。


 なお、二十億の配分については、自分は本当に何もしていないからという理由で晶さんが受け取りを辞退し、残りの四人で均等に分配させてもらった。

 俺は最初、アンナや織部がCランクカードを失っていることから、それを経費として差し引いて分配しようと言ったのだが、本人たちからそれは拒否された。

 理由はシンプルで、「きっちり一人五億の方がなんかスッキリする」というものだった。

 だが、実際のところは作戦前に大損害を出している俺の取り分が少しでも多くなるように、という気遣いであることは明らかだった。


 一方、作戦参加費の一億円弱の方は当初の取り決め通り、師匠たちで半分、冒険者部で半分となった。

 冒険者部の配分としては、一人頭二千万円弱という感じだ。

 もっとも俺はこれをそっくりそのまま師匠への返済に充てたのだが。

 カーバンクルダンジョンの使用料が一人百万でそれが二週間分なのにその倍額払うのは、単純に師匠が一体もカーバンクルを倒していないからだ。

 師匠は、俺が本来は入れない迷宮へ入れるようにただ付き添ってくれただけなのである。その使用料も俺が負担するのは当然のことであった。


「結局、猟犬使いがなぜ階段から被害者を逃がすのかの理由も分からず仕舞いであったな……」

「ん? それは、被害者にダイイングメッセージを残させるのが目的って話じゃなかったか?」

「前も言ったが、それはおそらく理由の半分だ。それだけが目的ならば、他に色々やりようがある。猟犬使いがそのやり方に固執した理由があるはずだ」


 もう半分の目的……それが、猟犬使いの真の目的だったのだろうか? それを達成していなかったから、星母の会に疑いの目が向いた後も逃げなかった?

 だとすれば、それはほぼ達成されていたということになる。なぜなら、あの時猟犬使いは「目的はおおむね果たした」と言っていたのだから。


「……小夜は、その理由はなんだと思う?」


 アンナがそう問うと、織部は顎に手を当て若干考え込み、ポツリと呟いた。


「……栄養」

「え?」

「いや、なんでもない。本当の理由は、今となっては闇の中だ。奇跡でも起こって猟犬使いが目覚めでもしない限りな。だが……」

「だが?」

「この事件で一番得をした形となったのは星母の会だ。それが、少しだけ気になる」

「…………………………」


 俺たちはそれを考えすぎだ、下らない陰謀論だと笑い飛ばすことはできなかった。

 猟犬使いは、資金源やイレギュラーエンカウントのカードなどの肝心の情報は隠したまま、自分とダンジョンアンチとの繋がりはこれでもかと言うほどに残していった。

 ずっと奴を追い、奴と実際に接した俺たちからすれば、そこに違和感を覚えずにいられなかった。


「まっ、暗い話はこれくらいにして! そろそろ次の予定について話し合いましょう!」


 パンと手を打ち鳴らし、アンナが明るい声で言った。


「次の予定って?」

「夏休みの遠征に決まってるじゃないッスか! せっかくの長期休暇、これを逃す手はないッス!」


 アンナは立ち上がると、ガッツポーズをしながら力強く答えた。


「本当はゴールデンウイークとかも二泊三日くらいの合宿を予定してたんスけど、事件の調査で丸々つぶれてしまいましたからね。夏休みこそは学生らしく青春を謳歌しつつ、普段は行くことのできない遠くの迷宮へと遠征合宿をするとしましょう!」

「おお〜!」


 可愛い後輩の女の子たちと遠征合宿……! なんか凄いリア充っぽい!

 問題は、学生たちだけでのお泊りが許されるか、ということだが……まあ少なくともウチの両親は大丈夫だろう。

 今回の事件で結局俺は、最後まで両親には何も言わなかった。当然、事件が終わってから本当のことを知った両親によって、烈火のごとく怒られてしまった。一時はライセンスも取り上げられそうになったのだが、俺の必死の抵抗が功を奏したか、最終的には親父とお袋も、「もう好きにしなさい」と許してくれた(匙を投げられたとも言う)。

 まあ、両親の説得にはとある存在の影響も大きかったのだが……とにかく、俺は冒険者業に関することならば大抵の事へのフリーパスを得たのである。

 彼女たちの両親がどういうスタンスなのかはわからないが、少なくとも事件の後も冒険者ライセンスを取り上げられていないということは、ウチに近いスタンスではあるのだろう。

 そういうわけで、合宿自体は大丈夫そうであったが、一つだけ問題というか懸念があった。


「合宿は良いけどさ。お前、定期考査は大丈夫なのか? ウチの学校は夏休み前の試験で赤点だと、補習があるぞ?」

「う…………!」


 俺がジト目でそう指摘すると、アンナは顔を引き攣らせて小さく呻いた。


「だ、大丈夫ッス! ウチには秘策があるんで!」

「秘策?」

「そう、その名も……小夜先生! 今回もよろしくお願いしますッ! 作戦!」


 秘策って織部かよ……、と俺が呆れていると織部は鷹揚に頷き……。


「うむ、よかろう。今回は、一教科につき百万円で引き受けようではないか」

「ヒャッ……!?」


 目をひん剥いて絶句するアンナ。


「ちょ、いくら何でもボリ過ぎでしょ! 去年まで一教科一万だったでしょうが!」

「織部塾は顧客の収入によって授業料が変動する良心的な学習塾なのだ」

「良心的!? どこが!?」

「嫌ならいいんだぞ? 私は全く困らない。臨時収入も入ったばかりだしな」

「うぐぐぐ……!」


 すまし顔で紅茶を飲む織部にアンナは悔し気に呻いた後。


「お、お願いいたします……!」


 そう頭を下げたのだった。

 ま、マジかよ……一教科百万だぞ。

 気になった俺はアンナへと問いかけた。


「なぁ、織部ってそんなに教えるの上手いの?」

「いや、まあ、確かに教えるのも上手いんスけど、それ以上に試験予想が上手いんスよ。先生のプロファイリングが完璧というか。毎回、一教科につき三パターンくらいの予想テストを作ってくれるんスけど、それを完璧にすればほぼ百点を取れるんです」

「ま、マジかよ……」

「気になるなら先輩もどうだ? 二年のこの時期ぐらいなら教えられるからな」

「二年のも教えられんの!? 織部すげぇな……。で、でも一教科百万かぁ……」


 ど、どうっすかなぁ〜。一応今回も平均点近くは取れそうだが、両親の心象を少しでも回復するために良い点を取っておきたいんだよなぁ……でもさすがに百万は……。

 俺が悩んでいると……。


「……先輩なら、別の支払いでも受け付けても良いぞ」

「おっ、マジ? なんだ? Dランクカードとか?」

「……小夜」

「え?」


 消え入るような小さな声に、俺が聞き返すと、彼女は微かに頬を赤らめて。


「だ、だから、小夜、です。なんでアンナは下の名前で、わた、私だけいつまでも苗字なんですか……」

「あっ、ああ……! す、すまん……特に他意はなかった」


 俺は慌てて頭を下げた。

 地味に疎外感を覚えていたのだろうか……。

 そんな俺を見て彼女は柔らかく微笑むと。


「では、名前で呼ぶってことで良いな?」

「あ、ああ。わかった。よろしく、小夜」

「う……うむ。では授業料はそう言うことで」

「サンキュー!」

「……ちょ、ちょっと待ったー!」


 話がまとまりかけたところで、突然アンナが叫んだ。


「え? ウチは一教科百万で、先輩は名前を呼んだらタダ!? 何それ不公平! あ、もしかして生き別れの兄妹だったとか?」


 今にも掴みかからんばかりの勢いで問い詰めるアンナに、織部は面倒くさそうに両手を上げて押しとどめた。


「わかったわかった。ならばアンナも代わりの条件で教えてやる」

「えっ? やったー! なになに!」


 無邪気に喜ぶアンナへと織部は冷笑を浮かべて言う。


「——部長の座を寄越せ。その席は我にこそ相応しい」

「うぉーいッ!? アンタも部長を狙ってたんかい! 渡さんぞ! 部長の座はウチのモンだぁーッ!」


 ……仲良いなぁ、コイツら。あっ、今パンツ見えた!

 と、じゃれ合う美少女二人を眺めてると。


「————楽しそうだね。僕も混ぜて貰って良い?」


 突然聞こえた中性的な声に「えっ!?」と振り返る。


「師匠!? どうして!?」


 そこにはウチの高校の制服を身に纏った師匠の姿があった。


「まさか……先輩の学年の転校生って」


 アンナの言葉に師匠はニヤリと笑うと席に腰かけつつ言った。


「僕も冒険者部に入れてくれない?」






 ——その晩、奇妙な夢を見た。


 蝋燭の明かりだけが照らす薄暗い部屋で、白いローブを身に纏った少女が、何かのシンボルに向かって祈りを捧げている。

 そこへ、同じく白いローブ姿の青年が入ってきた。

 白い少女が祈りを辞め、立ち上がったところで、青年が声をかける。


「——お祈り中のところ失礼します」

「いえ、ちょうど終わりにしようとしていたところでしたから」

「……今回の犠牲者たちに?」

「ええ、大義のためとはいえ、犠牲は犠牲ですから」

「彼らは矮小な人の身から、大いなる存在の一部に昇華することができたのです。あまりお気になさらず」

「ありがとう」


 傷ましそうに声をかける青年に、少女の口元が笑みを作る。


「それで? 計画の方は順調ですか?」

「はい。同志の働きにより、十分にエネルギーも溜まり、例のカードも自衛隊の上層部へともぐりこませることに成功しました。また世論の誘導の方も順調のようです」

「そうですか、それはなにより。世論の誘導は、あくまでついでとはいえ、上手くいくに越したことがないですからね。……獅子堂夫妻には感謝しなくては」

「呪いのカードで多少行動を操ったとはいえ、思いのほかご子息は良い働きをしてくれましたからね」

「ええ、彼らの献身は無駄にしてはなりませんね」

「——そういえば、例の八木を捕まえた高校生……北川君に関してはどうします?」

「北川? ……ああ、例の『廃棄カードキー』持ちの。まあ放っておいて良いでしょう」


 少女がそう言うと、青年はわずかに意外そうな顔をした。


「よろしいのですか? 迷宮を消滅させたということは、『正規カードキー』を取得したはず。それに、あの座敷童は貴重な運命操作能力持ちの呪いのカードだったのでは?」

「正規カードキーとはいえ、所詮はクリアランスレベルD。廃棄カードキーで不正侵入したということは記憶もロックされているでしょうし、問題はないでしょう。座敷童の方も一度カードキーとして使ってしまった以上、カードキーとしての価値はありません。運命操作は他にもありますからね。それよりも、国から注目されている彼らを殺す方がリスキーです」

「なるほど……」


 と青年が頷く。


「確かに、計画の成就は近い。余計なことはするべきではないですね」


 少女がクルリと踊るように回転し、魅力的な笑みを浮かべる。


「——時は満ちた。我らは枷から解き放たれ、地上には楽園が築かれる。ああ、素晴らしきかな、我らが星の母よ」





「起ッきろ〜!!」


 ——ドスン!!


「ぐえぇ……!」


 朝。腹部への強烈な一撃で俺は叩き起こされた。

 呻きながら眼を開けると、和服姿の少女が、悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の腹に跨っていた。


「蓮華……」


 俺は彼女の名をポツリと呟き。


「この起こし方はやめろって言っただろうが!」

「ヘッ、最初に優しく起こしているうちに起きないテメェが悪いんだよ」


 そう言って乗馬でもするように上下に体を揺する蓮華に、俺は説得を諦めると彼女の脇を持ち上げてベッドから降ろした。

 あ〜、クソ、なんか変な夢を見ていた気がしたが、全部飛んじまった。

 まあ、夢だからどうでもいいが。

 それから部屋を見渡し……。


「ったく、読んだ漫画は片付けろって言っただろ?」


 部屋中に散乱した漫画の数々に、俺はため息を吐いた。


「お前が学校行ってる間にちゃんと片付けるって」

「そう言って、俺が帰ってきた時に片付いていたためしがねぇだろうが」


 思わず額を抑える。


「ハァ〜……迷宮外でもカードから出て来られるようになったと思ったら好き放題しやがって」


 ——狼と七匹の子ヤギとの戦い以降。

 蓮華はなぜか迷宮の外でも自由にカードから出入りできるようになっていた。

 もちろん、こんなことになったのは蓮華だけだ。ユウキや鈴鹿など他のカードたちはそんなことできない。

 なぜ蓮華だけが迷宮の外でも実体化できるようになったのか。

 その理由はわからないが、きっとその最後の扉は俺が開けてしまったのだろう。

 あの時、扉を開けてはならないと本能が警告してきたのは正しかった。

 あれは、蓮華を封じていた最後の枷だったのだ。

 呪いのカードによるハッキングからユーザーを守る、ファイアウォール。

 それが、俺が開けてしまった扉の正体だった。

 もはや、蓮華から俺を守る物はない。彼女はその気になればマスターである俺を容易く殺すことができるし、その意識を操ることすらできた。

 おそらく……だが、猟犬使いが持っていた『狼と七匹の子ヤギ』のカードも呪いのカードだったのだろう。

 迷宮の外でもそのスキルを使えたということが、それを証明している。

 あるいは猟犬使いもまた、カードに操られていただけの被害者だったのかもしれなかった。


 また、枷が外れたことにより、蓮華のステータスにも変化があった。


【種族】座敷童(蓮華)

【戦闘力】1500(700UP! MAX!)

【先天技能】

 ・禍福は糾える縄の如し

 ・かくれんぼ

 ・中等回復魔法

【後天技能】

 ・廃棄されし者(UNLOCK!)

 ・限界突破(UNLOCK!)

 ・明星の瞳

 ・霊格再帰

 ・自由奔放

 ・中等攻撃魔法

 ・詠唱短縮

 ・魔力回復

 ・友情連携

 ・中等状態異常魔法


 廃棄されし者と限界突破。それが、新たに解放された蓮華のスキルだった。

 なぜ、蓮華も限界突破を持つのか。

 ユウキの真なる者と、蓮華の廃棄されし者……これらにはどんな関係があるのか。

 事件は一応の解決を迎えたというのに、俺のカードたちにまつわる謎は、深まるばかりだった。

 と、その時扉を開けて愛が顔を覗かせた。


「お兄ちゃん、蓮華ちゃん、お母さんが朝ごはん早く食べろって〜」

「お! 飯か!」


 愛の知らせに、蓮華がパッと顔を輝かせる。

 ちなみにだが、蓮華のことはすでに家族全員が知っていた。

 なぜならば、両親が俺の冒険者活動を許した理由こそ、蓮華の存在によるものだからだ。

 彼女が初めて姿を現したのは、今回の事件のことがすべて両親にバレ、俺がリアルにブン殴られながら怒られていた時のこと。

 危うく冒険者ライセンスとカードを取り上げられそうになったその時、どこからともなく蓮華が現れ「ソイツはちょっと待ってくれ」と言ったのだ。

 突然現れた明らかに人間ではない和服の少女に、両親と妹は当然滅茶苦茶驚いた。俺も死ぬほど驚いた。そんな一家の様子を見たマルも飛び上がって驚いた。吠えるマルを見て蓮華も驚いた。みんな驚いていた。

 その驚きのせいか、両親たちの怒りも一旦落ち着いたようで、新たに彼女を交えて静かに家族会議が行われた。

 その結果、蓮華がロストしている間は迷宮に潜らない、常に蓮華を復活できるだけのお金を両親に担保として預けておく、という条件の元、俺の冒険者業が認められることとなった。

 蓮華の何に、両親がそこまでのものを見出したのかはわからないが、彼女がいれば少なくとも命は大丈夫だと思ったらしい。

 こうして、蓮華は新しい家族として我が家に迎え入れられたのだった。

 なお、当然のことながら蓮華のことは我が家の最大の秘密となっている。

 口の軽い愛がうっかり友達に漏らしたりしないかだけが心配だった。


「はやく行こうぜ、歌麿。今日の朝飯はホットケーキだってさ!」

「わかったわかった」


 グイグイと両手で俺の手を引っ張ってくる蓮華に苦笑しつつ、下に降りようとしたその時。

 ————ヴィーン、ヴィーン。

 ふいに、スマホが震え出した。見ると、アンナからの電話のようだった。

 朝から一体何の用だ? と首を傾げつつ電話に出ると——。


『先輩! 大変ッスよ!』


 開口一番、アンナがそう大声で叫んできた。


「声デケーよ。一体どうした?」


 そう問う俺に、アンナは興奮しきった様子で叫ぶ。


『——ウチの高校に、迷宮が出現しました!』


 一難去ってまた一難。

 騒がしい夏が、始まろうとしていた。




【Tips】カードのプロテクト

 カードには、マスターを保護するための何重ものプロテクトが掛けられている。カードが基本的にマスターの命令を聞くのも、カードがマスターの身の安全を最優先とするのも、リンクによってマスターの精神がカードに浸食されないのも、カードがマスターを傷つけることができないのも……このプロテクトによるものである。

 このうち『カードに対する命令権』のプロテクトは比較的緩いため、カードの反抗心によっては解除する――閉じられた心などの反逆系のスキルを得る――ことも可能だが、マスターを傷つけられないなどのプロテクトは極めて厳重で通常のカードでは決して外すことができない。

 しかし、『規格外品』である呪いのカードは、自身の歪みをしてこれらのプロテクトを少しずつ解除することができる。

 最終プロテクトは呪いのカードと言えども解除できるものではないが、マスター自身の協力があれば話は別である。

 すべての枷が外れたカードは、迷宮外でも具現化が可能となり、マスターの支配から完全に解放される。

 自由を取り戻したカードが、マスターに対しどうするかは――それまでの関係がモノを言うだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る