第24話 地獄への道は善意で舗装されている
師匠と会ってから数日後。
俺は一人自宅最寄りのDランク迷宮へとやって来ていた。
今日ようやく、遠野さんに頼んでいた座敷童とレディヴァンパイアのカードが届いた……蓮華たちを復活させる日が来たのだ。
そっと指先で彼女たちのソウルカードを撫でる。
本当に、長かった……。
あの猟犬使いの襲撃からどれだけの時間が経っただろう。蓮華の生意気な態度とイライザの笛の音色が、なぜか無性に懐かしい。
……蓮華たちを失い、一つ気づいたことがある。
それは、北川歌麿という冒険者としての核にあるのは俺自身ではなく、蓮華たちだったということだ。
冒険者、カードなければ、ただの人……なんて言葉がある。
冒険者なんて言って調子に乗っていてもカードを全部失ってしまえばただの一般人、という昨今の冒険者ブームを皮肉った言葉だが……俺に限ってはまさしくその通りだった。
もし蓮華たちをすべて失えば、北川歌麿という冒険者は死ぬ。
たとえ違うカードを手に入れ冒険者業を続けても、それは同姓同名の別人だ。
なぜなら、『蓮華たちと共に前へと進んでいく』という想い、それこそが俺の冒険者としての核だからだ。
カードパックで蓮華たちを引き当て、ハーメルンの笛吹き男との遭遇、師匠との激闘を経て、俺の人生観は大きく歪められた。
蓮華たちがもたらしてくれる予想もつかない驚きと、危機を乗り越えた時の一体感……もはや、それ無しでは俺は生きてはいけない。
麻薬やギャンブル、スリルに対する中毒性とはまた少し違う……欲求。
アンナたちと共に危険な連続殺人犯を追っていても、その欲求が満たされることはなかった。
心にぽっかりと穴が開いた感覚。
蓮華たちがいなくては、俺は駄目なのだ。
蓮華の持つ特別なナニカが俺に普通ではありえない幸運と、その揺り戻しとも言える不幸をもたらしていることには気づいている。
それでも俺は迷宮に、蓮華たちに会いに行かずにはいられない。
たとえ、その果てに破滅が待っていたとしても……。
そういう意味では、まさしく蓮華は呪いのカードだった。
さあ、そろそろ呼び出すとしよう。
「……来い、蓮華!」
復活用のカードが溶けるように消え去り、蓮華のカードが色を取り戻す。
久方ぶりに姿を現した蓮華は、初めて会った時のようにヤンキー座りで……なぜかこちらを強くガンつけていた。
「れ、蓮華……?」
「……てめぇ」
なぜだか酷くご立腹な様子の彼女に恐る恐る呼びかけると、ゆらりと立ち上がって俺の胸元を掴んできた。
「なんで最初にアタシを復活させねーんだよ、コラ! 普通こういうのは真っ先に……チッ! なんでもない!」
何かを言いかけ、途中で舌打ちして手を放す蓮華。
……もしかしてコイツ、自分を最初に復活させなかったことを拗ねてんのか?
「悪かったよ、どうしても一体復活させる必要があったからさ」
「……それで、なんでメアなんだよ?」
「そりゃあ……」
一番安かったから、と言うのは失礼な気がして口ごもっていると……。
「ま、今回は大目に見てやる。猟犬使いとの決着にも間に合ったみたいだしな」
その言葉で、先ほどから感じていた違和感の正体に気づいた。
「お前、ソウルカードの状態でも外の様子が分かっていたのか?」
「言っただろうが、その眼を通じて見ていてやるってな」
そんなん言ってたっけ? と俺が首を傾げていると……。
「そんなことより、イライザの復活も用意ができてんだろ?」
「あ、ああ……そうだな」
疑問については後回しにすることにして、俺は一先ずイライザを復活させてやることにした。
「来い、イライザ!」
カードが光を放ち、美貌の女吸血鬼が姿を現す。
彼女は少しの間茫洋と視線を漂わせていたが、俺たちを視界に捉えるなりすぐさま足元へと跪いてきた。
「マスター、申し訳ありません。不覚を取りました」
「不覚なんて取ってないだろう。お前は精いっぱいやってくれたよ。おかげで俺もユウキも無事に逃げ切れた」
「マスター……」
俺がしゃがみ込み視線を合わせてそう言うと、イライザはその真紅の瞳を微かに揺らした。
「……今度こそ、守って見せます。我が身に代えても」
そう彼女が力強く言った瞬間、カードが光を放った。
【種族】ヴァンパイア(イライザ)
【戦闘力】840(MAX!)
【先天技能】
・膏血を絞る
・夜の怪物
・中等攻撃魔法
【後天技能】
・絶対服従
・多芸(性技、演奏、罠解除、礼儀作法、武術)
・フェロモン
・奇襲
・静かな心
・庇う→献身の盾(CHANGE!)
・精密動作
・中等補助魔法
・魔力強化
・詠唱短縮
・直感
献身の盾。有名な防御系の上位スキルで、自身の頑丈さと生命力を向上させ近くの仲間のダメージを肩代わりすることができる……という効果だったはずだ。
いずれイライザにも取得させたいと思ってずっと訓練を積ませてはいたが、このタイミングで目覚めるとは……彼女の強い決意が最後の一押しとなったのだろうか。
「そうだ、みんなも呼んでやらないとな」
そう言って、ユウキ、メア、鈴鹿、ドラゴネットとレギュラーメンバーたちを次々と召喚していく。
「蓮華さん! イライザさん! 復活できたんですね!」
「よお、ユウキ。ランクアップしたんだな、おめでとう」
「蓮華! へへ〜! 私が最初に復活させてもらったんだよ、羨ましいでしょ〜」
「あぁん? そんなことで喜ぶとか、いろんな意味で安い女だな」
「はぁ!? どういう意味よ!」
「心も体も安いって意味だよ」
「なんだと、コラー!」
「やんのか、オラッ!」
一気に賑やかになったのを見て苦笑していると、憂鬱そうな声で後ろから鈴鹿が声をかけてきた。
「あ〜ぁ、これですっかり元通り。これで私も脇役に後戻りかぁ。いや、元々主役にはなれていなかった、か」
「鈴鹿……」
「ねぇ、マスター。もしロストしたのが私だったとしてもちゃんと復活させてくれました?」
「当たり前だろ」
俺は即答すると、一枚のカードを取り出した。
【種族】橋姫
【戦闘力】450
【先天技能】
・可愛さ余って憎さ百倍:自身の負の感情を増幅させ、呪力へと変換する。呪術の威力を大きく強化する。 マスターや仲間への情が深いほど出力向上。
・丑の刻参り:対象の耐性をある程度無視して強力な呪術攻撃を行う。使用中、敵に見られた場合、呪い返しされる。
・千変万化:変幻自在な鬼の肉体。外見だけでなく気配や言動までも模倣可能。頑丈、怪力、自己再生を内包する。
【後天技能】
・良妻賢母:妻や母として理想的な技能をすべて備えている。……ただしその愛を裏切らない限り、だが。料理、清掃、育児、性技を内包する。
・追跡:マーキングした対象の気配を追跡することができる。
・虚偽察知:対象の偽りを見抜く。
「これは……」
カードを見た鈴鹿の目が見開かれる。
橋姫。鬼・神仏系のCランクカードだ。
遠野さんとの取引で俺が三枚目に選んだのは、鈴鹿のランクアップ先となるカードだった。
正直、リストには装備化のスキルを持つデュラハンなど他にも魅力的なカードが多かった。
それでもこのカードを選んだのは、鈴鹿に少しでも自信を持って欲しかったからだ。
彼女は俺のことを『モブ仲間』だと言う。特別なモノを持たない同士なのだと。
俺は、モブキャラとは、『自分に自信のない者』だと考えている。
自分に自信が持てないから、何事にも積極的に挑戦していくことができず、結果『その他大勢』に埋もれていってしまう。それが、モブキャラという性質の正体。
冒険者になって、蓮華たちと出会い、スクールカーストではトップとなった今となっても、俺はいまだにモブキャラのままだ。
なぜなら、俺は俺自身に何の自信も持っていない。
ただ、特別なカードたちを持っているだけだ。外付けの、特別。
鈴鹿が俺をモブ仲間だと呼ぶのは、それを見抜いていたからなのだろう。
だが、それの何が悪いのか。
自分のカードが誇りで何が悪い。俺のカードは凄いだろうと自慢して何が悪い。
俺は、鈴鹿にも自分が俺の自慢のカードの一枚であること知ってほしかったのだ。
これで彼女が自分に自信を持ってもらえるならば、安いものだった。
「ウチのマスターはどうやら……」
鈴鹿が、泣きそうに歪む顔を誤魔化すように笑って言う。
「カードをオとす才能があるようだ。……女心はわからないみたいだけど」
「うるせーよ」
彼女の頬を一筋の涙が伝ったのは……見なかったことにしてやることした。
【種族】橋姫(鈴鹿)
【戦闘力】630(+180UP!)
【先天技能】
・可愛さ余って憎さ百倍
・丑の刻参り
・千変万化
【後天技能】
・目隠し鬼
・武術
・見切り
・良妻賢母(NEW!)
・追跡(NEW!)
・虚偽察知(NEW!)
橋姫となった鈴鹿は、その外見に大きな違いは起きなかった。
額から出ていた短い一対の角が大きく反るように伸びたことくらいか。
「ふふ……姿に関しては、マスターが気に入っているようなのであまり変化しないようにしてあげたよ。橋姫をベースにすると胸が小さくなりそうだったしねぇ」
「そ、そうか……」
俺は内心で「よくやった!」と叫んだ。
「そういえばマスター、その眼についてだけど」
ふいに、鈴鹿が俺の顔を覗き込む。
「俺の眼がどうかしたか?」
「……実際に見た方が早いか。アイツのカードを見てみたら? たぶん今なら見られるようになっているはずだし」
アイツ? 蓮華のことだろうか。と思いカードを取り出してみると……。
【種族】座敷童(蓮華)
【戦闘力】800(MAX!)
【先天技能】
・禍福は糾える縄の如し
・かくれんぼ
・中等回復魔法
【後天技能】
・明星の瞳(UNLOCK!)
・霊格再帰
・自由奔放
・中等攻撃魔法
・詠唱短縮
・魔力回復
・友情連携
・中等状態異常魔法
そこには、見覚えのないスキルの名が記されていた。
復活の際に新たに取得したのか? いや、新たに取得したスキルは、マスターが配置を変更しない限り一番下に追加されていくし、NEW! という表記が出るようになっている。
それが一番上にあるということは、霊格再帰……零落スキルよりもさらに前から持っていたということだ。
それにこのUNLOCKという初めて見る表記……封じられていた、ということなのか?
明星の瞳……眼……? まさか、俺が幽霊を見ることができたのは、このスキルによるものか? なぜ、人間の俺がカードのスキルを……。
そんな俺の耳元で、鈴鹿がそっと囁いてくる。
「アイツ自身はマスターに好意的なようだけど、その中に眠るモノまでそうだとは限らない。往々にして、地獄への道は善意で舗装されているもの……あまり気を抜かないようにね」
「それは、どういう……」
俺が聞き返そうとしたその時。その時。
「あー! 鈴鹿がランクアップしてるー!」
突如、メアが大声を出した。
蓮華とじゃれ合っていたメアが、鈴鹿がランクアップしていることに気づいてしまったのだ。
「ユウキの次は私じゃなかったの!? なんでなんでなんで!? マスター!」
「あ、いや……偶然手に入ったから」
メアの猛抗議の相手をしているうちに、鈴鹿は巻き込まれてはたまらないとばかりにスルリと離れて行ってしまった。
「サキュバスなんてそう簡単に手に入るかよ。諦めろ、お前のランクアップは最後だよ」
「最後!? このドラゴネットよりも後ってこと!?」
「えっ……自分でありますか?」
「いや……たぶん、ドラゴネットの次に新入りが入ればその次かもな……」
「そんなぁ〜」
そんな風にメアを揶揄っている蓮華を見ていると、ふと目が合った。
なんだよ、と声を出さずに唇の動きだけで問いかけてくる。
それに俺は何でもないと首を振った。
地獄への道は善意で舗装されている、か。
だとしても、その道を歩むと決めたのは俺自身のはず。
ならば最後まで信じて進むだけだった。
それから作戦日までの二週間。
俺は師匠と二人で、修行に最適だという迷宮へと潜り続けた。
普段は自衛隊が管理しており一般人はプロの冒険者しか立ち入りが許されないというその迷宮は、一日百万円の入場料及びドロップアイテムはすべて没収という厳しい条件と引き換えに、各階層に毎日一体ずつカーバンクルが確定で出現するという経験値稼ぎには最適な迷宮だった。
高額な入場料を取られた上に一個数百万円で売れるガーネットをすべて没収された時は少しだけモヤっとしたが、まあここは自衛隊の訓練場兼ガーネットの採掘場という扱いらしいので、修行に使わせてもらえるだけ有難いと思うことにした。
ちなみに、入場料についてだが、報酬の前払いということで師匠から借金させてもらった。
本来、親しき仲とは言え金の貸し借りは俺の主義ではないのだが、今回は借金返済の目途が立っていることと、作戦の成功率を上げるためだと妥協することにした。
もし他のチームが猟犬使いの自殺を許したり殺害してしまった場合は、ちょっと困ったことになるが、まあその時はその時である。
その甲斐あってか、鈴鹿(MAX900)、ドラゴネット(MAX340)の二枚は成長限界まで育て切った。
ユウキは残念ながら成長限界まで育てられなかったが、それでも戦闘力は1370に、その二枚の眷属のライカンスロープたち——蓮華たちの復活資金用にライカンスロープをキープしておく必要がなくなったため、残りの一枚もユウキへと取り込ませた——もそれぞれ600前後まで育成出来た。
鈴鹿たちの育成を終えた後は集中的にユウキたちを鍛えたにもかかわらず、育て切れなかったということは、真・眷属召喚の必要経験値量増加のデメリットは俺が思っているよりも重いのかもしれない。
なお、新しい方の眷属の名はシロ。最初の頃のユウキを連想させる、やや弱気な印象を受ける白髪の少年だ。
シロは最初から従順だったためユウキの洗礼を受けることもなく、クロもようやくできた弟分をよく面倒見ている。末っ子が得をするのは、カードの世界も同様のようだった。
そしてついに作戦の日がやってきた。
【Tips】シークレットダンジョン
迷宮はそのすべてが公開されているわけではなく、希少な魔道具がドロップしやすい迷宮や、人気のあるカードが出現する迷宮は、国益の観点から国に独占されている。そうした軍の管理する迷宮をシークレットダンジョンと呼ぶ。
冒険者に公開されている迷宮は、国からすれば旨味のない迷宮であり、それらの迷宮のアンゴルモア対策を冒険者たちに任せることで、限られた軍の戦力をリターンの大きい迷宮に集中させるのが冒険者制度の目的の一つである。
シークレットダンジョンの一部は、プロ冒険者に限り公開されているものもあるが、ドロップアイテムの持ち出しの禁止や高額な入場料など様々な条件付きのモノとなっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます