第25話 人の口に戸は立てられぬ

 


 作戦日、当日。最下層の安全地帯にて。

 俺たちは明け方からダンジョンマートの搬入業者を装って迷宮へと入り、待機していた。


「先輩、何を読んでるんスか?」

「ん? ああ、ちょっと週刊誌の雑誌をな」


 作戦開始までの暇つぶしに行き掛けにコンビニで買ってきた雑誌を読んでいると、アンナが声をかけてきた。その斜め後ろには、織部が静かに佇んでいる。


「……迷宮内連続殺人事件を追う! 某カルト宗教団体による儀式的犯行か! ッスか」


 アンナが、俺の読んでいたページの見出しを読み上げる。


「結局、ニュースになっちゃいましたね」

「まあ、政府の情報統制も完璧じゃないってことか……最近はネットもあって、一度漏れたら止められるものでもないしな」


 この二週間ほどで、世間ではだいぶ情勢が変わってきた。

 これまでおそらく政府によって情報統制されていた事件についてのニュースが流れ始めたのだ。

 きっかけは、二週間ほど前、被害者の遺族がネットに投稿した動画だった。


 ——息子は、迷宮でモンスターに殺されたのではない、他の冒険者によって襲われたのだ。


 そう主張する彼らは、ここ一年ほどで行方不明になった一ツ星冒険者の数や、息子が残したダイイングメッセージとも言える手記を公開し、情報提供を呼び掛けた。

 その動画はSNSなどで話題になり、同じく我が子を失った遺族たちやその友人、恋人たちが次々と声を上げ始めた。

 某匿名掲示板などでスレが建てられ、祭りになると勢いはさらに加速。

 この辺りからもはやメディアで報道しないわけにはいかなくなったのか、週刊誌やTVなどで一斉に事件について報道し始めた。

 その中で、他の被害者によって残されたダイイングメッセージや、被害者の中に星母の会とつながりのある冒険者サークルに所属していた者が多いことが明らかになると、まるで星母の会の犯行で確定であるかのように世間では扱われるようになった。

 そしてとうとう先日、世間の声を受け星母の会の代表や幹部たちが警察で事情聴取をされることとなった。

 つまり、星母の会に世間の疑いの目を向けるという猟犬使いの目的は達成されてしまったのである。

 これにより目的を果たした猟犬使いが地に潜ることが危惧されたが、幸か不幸か、奴の犯行は続いた。

 動画の取れ高を狙ったダンジョンチューバーの一人が、動画撮影中に帰らぬ人となったのだ。

 これだけ騒ぎになっている中、犯行が続けられるわけがないと考えたか、あるいは自分だけは大丈夫だと高を括ったのか……。

 彼が撮影していた動画は例によってグレムリンに破壊されていたため、何を考えていたのかはわからないが……問題は、これを面白がった底辺ダンジョンチューバーの一人が同じように迷宮に潜り、無事に生還してその動画を投稿した結果、それがバズってしまったことだ。

 これにより底辺ダンジョンチューバーたちが話題を求めて次々と迷宮へと潜り始めるという事態が発生。

 そうしたダンジョンチューバーの中から何人か犠牲者が出ても彼らの勢いは止まらず。

 結果として、こちらの囮作戦が全く不自然でなくなるという皮肉な状況となってしまったのだった。


 ……ちなみに、だが。

 この騒ぎのきっかけとなった、情報提供を呼び掛ける動画を投稿した遺族の名を、獅子堂と言った。

 凶悪犯に襲われながらもダイイングメッセージを残した勇敢な高校生と話題となった被害者の名は、獅子堂 玲雄(レオ)。

 獅子堂の葬式については俺も当然参列させてもらったが、その際ご両親には恨み言一つ言われることなく、むしろ「危険を省みず息子の捜索クエストを受けてくださってありがとうございました」とお礼を言われてしまった。

 獅子堂が冒険者となったのは、間違いなく俺の影響があるにもかかわらず、だ。

 彼の葬式にはウチの学校からだけではなく、中学や小学生時代の友人たちや学外の不良仲間たちも多く参列し、俺は獅子堂が多くの人たちに慕われていたことをそこで初めて知った。

 焼香の際の、一条さんの怒っているような……寂しがっているような複雑な表情が、妙に印象的だった。

 俺が獅子堂の葬式を思い出してぼんやりとしていると……。


「……先輩、この囮作戦上手くいくと思います?」 


 アンナがポツリと呟くようにそう問いかけてきた。その顔からは、成功と失敗、両方に対する緊張と恐れが見えた。

 作戦はもちろん成功してほしい。これ以上、凶悪な連続殺人犯を野放しにすることはできない。

 だが、猟犬使いがこちらの囮に引っかかった場合、百人以上を殺した殺人鬼と対決することになる……。

 そんな懊悩が彼女の表情からは透けて見えた。

 いや、よく見ればそれはアンナだけではない。彼女の後ろに立つ織部も同様だった。

 喫茶店でその意思を確認した時は、恐れた様子はなかったが、いざ対決が目前に迫って改めて敵の恐ろしさを実感しつつあるのかもしれなかった。

 考えてみれば、彼女たちも高校一年生の女の子なのだ……。

 普通の女の子よりもタフなのは間違いないが、だからと言ってすべての恐怖心が消えるわけではない。

 俺が比較的落ち着いているのは、彼女たちよりも修羅場をくぐった経験が多いからに過ぎない。

 ハーメルンの笛吹き男との戦いや猟犬使いの襲撃など、短いスパンで二度も死の恐怖を目の当たりにした俺が異常なのであって、普通の冒険者はしっかりと安全マージンを取っていればそんなに死ぬような目にあったりしないものだ。

 というか、万が一不測の事態が起こった時はそのまま死んでしまうことが多いため、二度目がないというべきか。

 おそらく彼女たちは冒険者としてのキャリアこそ俺よりも長くとも、実際に死にそうな目にあった経験は一度もないのだろう。

 アンナは社長令嬢ということでその辺の対策はばっちりだっただろうし、織部も頭が良いため危機管理能力は俺よりもずっと高い。

 あるいは、これが彼女たちにとって初めての修羅場と言えるのかもしれなかった。

 ……万が一の時は、死んでも彼女たちだけは逃がす。それが先輩として、男としての俺の役割だ。

 そんな想いを込め、俺は不敵な笑みを浮かべた。


「なんだ、ビビってんのか? 大丈夫、安心しろって……プロの師匠がついてるんだから」


 俺が胸を張ってそう言うと、二人は露骨に呆れた顔をした。


「えぇ〜? そこは俺がついてる! とか、俺が命に代えても守る! って言うところじゃないッスか?」

「何言ってんだ。モブ顔の俺よりイケメンの名前を出した方が説得力が出るだろ? しかもプロだし」


 するとアンナはハッと目を見開き、俺をジロジロと見て。


「……確かに!」

「おい」


 自分で言ったことだが、そこまで納得されるとさすがにイラつくな……。

 と軽く睨むと、アンナは揶揄うような笑みを浮かべる。


「いや〜、だって確かに先輩はモブ顔ですし」

「ぐぬぬ……ちょっと自分の見てくれが良いからってよぉ〜」


 そこで織部が俺の肩に手を置いて言った。


「落ち込むことはないぞ先輩。モブ顔でも先輩には霊視能力という売りがあるじゃないか」


 いや、そこを褒められても……と、俺は苦笑した。ぶっちゃけあんまり嬉しくない能力だし。

 ……だがまあ、あれだ。アンナたちも緊張は解けたみたいだな。


「しかし、囮役の神無月先輩のお姉さんは大丈夫でしょうか?」

「そこは大丈夫だろ。師匠のお姉さんだし、何と言っても元自衛官だしな」


 作戦前に囮役の師匠のお姉さん……晶(あきら)さんと顔合わせをしたが、師匠とは真逆な意味で中性的な感じの美人だった。

 師匠が男性的な特徴も女性的な特徴もない中性的な美形なのに対し、お姉さんは背も高く身体つきも女性ボディビルダーのように鍛えられており、それでいて胸やお尻などもとても大きく、女性的な魅力を持ちながら男性としての雰囲気も持った感じの人だった。


「姉さんなら大丈夫だよ」


 そこで離れたところで作業をしていた師匠が話に入ってきた。

 作業とは、迷宮主の拘束である。

 迷宮主を倒してしまえば、帰りのゲートが発生してしまう。

 そうなると新しい迷宮主が発生するまでゲート前の扉がロックされてしまい、新しい冒険者が入って来られなくなってしまうため、迷宮主のヘルハウンドくんには申し訳ないが、手足をへし折って拘束させてもらうことにしたのである。


「殺しても死なない人だし、知っての通り自衛隊と冒険者では一線を画す」


 師匠曰く。リンクは、元は自衛隊の技術でそれが民間に流出したものらしい。

 そのため、きっちりとリンクの使い方を叩きこまれる自衛隊と、流出した技術を搔い摘んだ程度の民間の冒険者ではその練度も……技の種類も段違いなのだという。

 師匠は当然、姉の晶さんからリンクを習ったらしいのだが、習えた技術はすでに民間に流出してしまっている部分のみで、それ以上の技術は機密扱いで教えてもらえなかったらしい。

 つまり、晶さんはそれ以上の技術を使えるということだ。


「でも、いくらリンクに長けていると言っても、カードの性能によってはマズイんじゃないッスか?」

「それについても大丈夫。退職金代わりにBランクカードを手に入れられたらしいから」


 自衛隊では、階級や実力に応じてカードが支給されるらしいのだが、退役時にそれらのカードが払い下げられることもあると聞く。

 国家公務員である自衛隊員は、法律によってその給料を定められている。それは、危険な迷宮内で活動する隊員も例外ではない。多少手当を貰えることもあるだろうが、収入という意味では冒険者の方がずっと高い。

 厳しい訓練を課され、様々な規則に縛られ、そこら辺の冒険者よりもずっと低い給料ではとてもではないがやってられない。

 そこで国が用意した飴が、勤続年数と功績に応じた退役時のカードの払い下げである。

 自衛隊では、任務で支給されるカードは最低でもCランクカードからとなっていて、実力によってはBランクカードを支給されることもあるらしい。

 Cランクカード一枚程度であれば、三年程度務めるだけで払下げが認められるらしく、冒険者を目指すならばコツコツ働いて貯金するよりも数年程度自衛隊で働く方が早道とされていた。

 もちろん在籍中に活躍すれば払い下げられるカードの枚数やランクもどんどん増えていく。

 中には十年未満でBランクカードの払下げが認められる猛者もいるらしく、十年程度でBランクカードを貰えるというのはかなり魅力的な話であった。

 晶さんは明らかに二十代半ばほどなので、その若さでBランクカードの払下げが認められたというのはかなりの実力者であることを意味していた。


「なるほど、そう言うことなら大丈夫そうッスね」


 アンナがそう言ったその時、ピリリリッ! とアラームの音が周囲に鳴り響いた。


「……作戦の開始時刻が来たみたいだね」


 師匠が言った。

 今から順番に時間をずらしつつ、囮役の冒険者たちが迷宮へと潜り始める。

 時間をずらすのは、同時に潜り始めるのでは、さすがにあからさま過ぎるからだ。

 晶さんが潜り始めるのはこれから約二時間後の予定だが、他の囮に引っかかった猟犬使いがこの迷宮に転移して逃げてくる可能性があるため、そろそろ用意しておくべきだろう。

 俺がそう考え少し離れたところで蹴鞠をしている蓮華とユウキを呼び寄せようとしたその時。


『ッ!?』


 突如、大きな揺れが俺たちを襲った。

 地震!? 馬鹿な、迷宮で地震なんてありえないッ!

 立っていられないほどの強い揺れに、地面に這いつくばる俺たちの前で、徐々に空間が歪みだす。

 あれは……まさか、猟犬使いがここに転移してくるのか! 馬鹿な、早すぎる!

 囮役の冒険者たちが迷宮に潜り始め、それを敵の見張り役が報告し、猟犬使いがやってくるまで、まだ時間に余裕があるはず!

 それが、たった今潜り始めたばかりだと言うのに! ……まさか。

 俺がその答えに思い至ったその時、同じ答えに思い立ったのか師匠が苛立たし気に叫んだ。


「クソ! どこかのチームが先走ったのか……!」


 猟犬使いが常にどこかの迷宮の傍で待機していた場合、もっとも食いつく可能性が高い囮は最初の囮ということになる。そして最も捕まえられる可能性が高いチームはというと、当然最初に囮が食いついたチームである。

 囮が潜る順番を決める際も、誰が一番を得るかで大分揉めたと聞く。

 もしもMVPの二十億を欲したチームが、予定の時間を無視して囮を潜らせていたとすれば……!


「歌麿!」「マスター!」


 そこで少し離れたところにいた蓮華たちが俺の元へと駆けつけてきた。

 険しい顔つきの彼女たちへと端的に状況を伝える。


「……猟犬使いがやってくるぞ! 構えろ!」


 そう吠える俺に対し、しかし蓮華は——。


「いや違う! この気配は……イレギュラーエンカウントだ!!」


 そう叫んだのだった。



【Tips】シークレットリンク

 リンクという技術は、元々は軍でのみ扱われていたモノが民間に流出したものである。リンクが冒険者の間にも広まるにつれ、国はすでに民間に流出してしまった技術に関しては、無暗に広めないことを条件に、家族など親しい人については教えても良いとしている。

 だがそれ以上の技術に関しては徹底的に管理されており、軍経験者のみが扱えるとされるそれらのリンクはシークレットリンクと呼ばれている。

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