第23話 ちょっと連続殺人犯捕まえてみない?②
「それにしても驚いたよ、マロたちがすでにこの事件を追っていたなんて」
そう言って師匠は紅茶のカップを片手に笑った。
電話をもらった翌日。俺たちは師匠に呼び出され街はずれの喫茶店へと来ていた。
師匠の行きつけだというこの喫茶店は、他に客の姿もなくゆっくりとした時間の流れる良い雰囲気の店で、そこで俺たちは互いの近況について報告し合っていた。
「それはこっちもッスよ。まさか先輩の師匠が——神無月先輩だったなんて」
アンナがそう言うと、師匠は相変わらず男か女かよくわからない綺麗な顔で微笑んだ。
「まあ、そもそも俺が知っているリンクの使い手なんて師匠くらいだしな」
「なるほど」
そう説明すると、アンナは納得したように頷いた。
俺が師匠に弟子入りしたのは、大会終わってすぐのことだ。
あの大会でリンクの存在を知った俺は、当然すぐにそれについて調べ始めた。
いくらリンクが公には秘匿されているとは言っても、この情報化社会で完全に秘匿することは難しい。
SNSやブログ、ネットの掲示板等を漁れば、その全貌はわからずとも何らかの手がかりは手に入るはず……そう考え調べ始めた俺だったが、その結果は芳しいものではなかった。
リンク、という単語くらいは見つけることができた。リンクの初歩の初歩であるテレパスリンクらしきことに言及している者もいた。
だが、そこが限界だった。
それらしい情報があったとしても、リンクについて正しい知識を持たぬ俺では、ネット上で玉石混淆に存在する膨大な情報の中から正解を拾い上げることができなかったのだ。
これは独学では無理だ、と早々にお手上げ状態となった俺は、基本に立ち返ることにした。
すなわち、先達に教えを乞うことにしたのだ。
そこで頼ったのが、俺がリンクを知るきっかけとなった神無月だったというわけだ。
神無月とは決勝後に連絡先を交換してはいたものの、あまり頻繁には連絡を取っていなかった。
そういうわけで半ばダメ元で頼み込んだ俺であったが、予想に反し神無月は快く俺の弟子入りを認めてくれたのだった。
たった一つの条件と引き換えに……。
「それはそうとして、水臭いじゃないか、マロ。自分たちだけで冒険者部なんて楽しそうなことをしてるなんて。僕も誘ってくれればよかったのに」
拗ねたような顔をする師匠。
いや、そんなこと言われても……。
「師匠は別の学校だし……一応これ部活的なものなんで」
「はあ、羨ましいな。うちの学校はそういうの厳しいからなぁ」
そう嘆息する師匠だったが。
「いやこっちも学校側からはストップかけられてんスけどね」
そう苦笑するアンナ。
実際のところ、冒険者部云々というのは今のところ自称であった。
「ああ、そうなのか。まあ、でもそれも猟犬使いを捕まえて、この事件を解決すれば変わるかもね」
そう言って師匠は紅茶を一口啜った。
「しかし、猟犬使いか。うん、上手いね、しっくりくる。ギルドで仮称として呼ばれていたアンノウンよりもセンスがある」
「アンノウン……」
それが、ギルドが猟犬使いに付けた名前か。
確かに猟犬使いの正体不明さは、アンノウンと呼ぶに相応しいものだ。
だがまあ、俺たちとしては猟犬使いの方が奴を現す言葉としては相応しいだろう。
「ところで、昨日の電話の件についてだけど……」
俺がそう話を切り出すと、師匠が表情を真剣なものへと変えた。
「一言で言うと、猟犬使いはやり過ぎた」
と師匠は言った。
「一年で百名以上の殺害、一般には知られていない方法での迷宮への出入り、法律で禁じられた魔道具所持の疑い、それと……これは真偽が定かではないけれど、配下に呪いのカードと思われるカードを配布している疑いもある。どれも、迷宮と冒険者制度に依存した現代社会のシステムを破壊しかねないものだ」
師匠の言葉に俺たちはコクリと頷いた。
すでに百人以上殺している時点で犯罪史に残る大事件ではあるが、ある意味でそれ以上に問題なのが、その手段だ。
アメリカで冒険者制度が提唱された際、真っ先に議論の対象となったのが迷宮内での犯罪をどう防ぐか、であった。
人の良心に頼るには、カードと言う武器はあまりに強力かつ便利すぎ、また迷宮という空間は罪を擦り付ける対象に事欠かなかった。
だが、軍だけでのアンゴルモア対策には限界がある。
背に腹は代えられないと苦肉の策として設置されたのが、ライセンスとゲートによる出入管理であった。
一人目の犠牲は仕方ないものとし、しかし二人目の犠牲者はなんとしても防ぐ。
それが、ゲートの本来の意味。
先進国のようにゲートのない発展途上国などでは、迷宮は完全に無法地帯と化している国もあるという。
だが、迷宮への出入りの方法が他にもあるとすれば、このゲートという対策も無意味となる。
その上これほどの大事件が起こり、さらには未解決事件として終われば冒険者制度そのものが問題視されかねない。
「世間で騒がれる前になんとしても猟犬使いを捕らえ、その技術を接収する必要がある……そう国とギルドは考えたんだろう。つい先日猟犬使いに懸賞金がかけられた」
「懸賞金……」
日本ではあまり馴染みのない言葉だが、海外では賞金稼ぎなるれっきとした職業があると聞く。
主な仕事内容は二つ。一つは、保釈金を払って保釈されたはいいが、そのまま逃亡した被告人をとっ捕まえること。もう一つが、迷宮に逃げ込んだ犯罪者を警察の代わりに捕まえに行くこと。現在では後者としての役割の方が有名だ。
国土の広いアメリカでは、迷宮の数も比例して多く、さすがにすべての迷宮にゲートを設置することができずにいる。そんなゲートの無い迷宮へと逃げ込む者も多いらしく、そう言う場合は犯した罪、あるいは保釈金に応じた賞金がかけられる。
この賞金が割と高額らしく、カードのバリアがある分迷宮外で犯罪者を捕まえるよりも安全に稼げると、アメリカでは退役軍人などを中心に人気の職業なのだとか。
「で、猟犬使いの賞金っていくらぐらいなんスか? 百人以上殺しているわけだし……三億とか?」
アンナがそう言うと、師匠はピンと人差し指を立てた。
なんだ……一億か、案外低いな。俺がなぜか少しだけがっかりしていると……。
「いや、百億だ」
『百億!?』
俺たちは思わず大声で叫び、慌てて口を押えた。
周囲を見渡し、他のお客さんがいないこと、アンナの防諜の魔道具を起動していたことを思い出し、ホッと胸をなでおろす。
それから、改めて師匠へと問い返した。
「百億って……マジ?」
ちょっと常識はずれな金額だ。百億って……海外のマフィアのボスとかでも数億円だぞ。百億の賞金首ともなれば、世界的ニュースになっていてもおかしくないはずだが……。
「知らなくても無理はない。これは、ギルドが猟犬使いと関わりがないと判断した一部のプロ冒険者にのみ出されたクエストだからね」
「プロ冒険者のみということは、師匠は……」
「うん、つい最近、ようやくね」
そう言って師匠は四ツ星の金色のライセンスを見せてきた。
俺たちは軽く拍手をしつつ言う。
「おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
そうか、もうプロになっていたのか。まあ時間の問題だったしな。
俺がリンクを教わっていた時点で、師匠は百種のDランク迷宮の踏破と筆記試験はすでに合格し、残りの条件はCランクカードの枚数と実技試験だけとなっていた。
それから数か月、師匠ならとっくにクリアしていてもおかしくない。
とはいえ、学生でプロというのは普通に快挙だ。もしかすると、最年少合格なのではないだろうか?
「というわけで、今、猟犬使いを捕まえるために日本全国から続々とプロチームが集まって来ているんだけど……」
そこで師匠はわずかに口ごもるようなそぶりを見せた。
「正直……いくら何でも百億の賞金は高すぎる。これはAランク迷宮の踏破賞金と同額だ。しかも満額支払われるのは生け捕りの場合のみ。猟犬使いは、僕たちが思っているよりも大きな秘密を握っていている可能性がある。例えば——」
そこで師匠はニヤリと笑う。
「この前の迷宮消滅の件とか、ね。実のところ、賞金以上にそっちに興味がある冒険者も多い」
Aランク迷宮の踏破に百億の賞金が懸けられているのは、それが誰も踏破したことがないからというのもあるが、その先に迷宮消滅の鍵があるのではないかと期待されているからだ。
そこへきてこの前の迷宮消滅事件とAランク迷宮の踏破賞金と同額の賞金だ……邪推するなという方が無理な話であった。
「そこで、そういった冒険者を集め、確実に猟犬使いを捕らえるべく包囲網を敷くことにした」
「包囲網……ッスか?」
アンナが怪訝そうな顔をする。
それもそうだ。正体不明の手段で迷宮を出入りする猟犬使いをどうやって包囲するというのか。
そんな俺たちへと師匠は書類の束を取りだした。
「ギルドや警察も別に遊んでいたわけじゃない。これを見てくれ」
「これは……迷宮の地図?」
それは数十種にも及ぶFランク迷宮の地図だった。右下にギルドの赤い判子が押されていることからギルドから書類を借りてきたのだろう。
「猟犬使いによる被害者が出た迷宮のマップを日付順に並べてある。これの最初と最後の方を見比べて、何か気づくことは?」
そう言われても……俺とアンナは困った感じで顔を見合わせた。
一見、普通の迷宮と変わらないように見える。強いて言うなら、森林系の迷宮が多いというくらいか。そういえば、佐藤翔子さんが犠牲になった迷宮も俺が襲われた迷宮も森林のフィールドだったか。だが、地図には墓地や洞窟も普通に混じっている。あまり関係はないだろう。
が、そこで織部が言った。
「これは……まさか相似迷宮か!」
「ご明察」
師匠が満足げに頷いた。
「小夜、その相似迷宮って?」
「相似迷宮とは、その内部構造が極めて酷似した迷宮のことだ。階層の順番こそバラバラだが、一つ一つ階層自体のマップはほぼ同じなのが特徴だ。その原因は定かではないが、一説には親となる迷宮が同じだから、と言われている」
ハッ、と四之宮さんを助けた時のことを思い出す。
そう言えば、あの時の迷宮と佐藤翔子さんの迷宮もそのマップが酷似していた。
あれは、あの二つが相似迷宮だったからなのか。
「被害者の襲われた迷宮がすべて相似迷宮だということは、まさか猟犬使いは相似迷宮を行き来できるのか?」
「迷宮間の行き来? そんなことができるのか?」
「わからん……だがそう考えればゲートに出入記録が残らない理由もわかる。別の迷宮から出入りしているわけだからな……」
織部がそう言うと、師匠も頷いた。
「少なくとも、ギルドは相似迷宮を行き来している可能性が高いと考えているようだ」
「……ということは、すでに犯人を特定しているのでは?」
「えっ!?」
織部の言葉に、俺は驚愕した。
猟犬使いをすでに特定している? そんな馬鹿な。……いや、待て。そうか……。
「もしも猟犬使いが相似迷宮を行き来してゲートの出入管理を誤魔化していたとしても、犠牲者が出た時に他の相似迷宮に入っていた時の記録が残るはず。その情報を積み重ねていけば犯人が特定できるということか」
「そういうことだ。珍しく冴えているな先輩」
珍しくは余計だ。……実際珍しいがな!
しかし、師匠は首を振り否定した。
「ところがそう簡単にはいかなかった。確かに、被害者が迷宮に潜っている時に限ってその相似迷宮に潜っている者たちは確認できた。だが……それから犯人を特定することはできなかったんだ。なぜなら……」
そこで師匠は怪談を語るかのように声を潜めた。
「彼らはすでに死者だったからだ。十年前の第二次アンゴルモアでね」
十年前にすでに死亡している? そんな馬鹿な……いや。
姿を変える魔道具を使えば監視カメラの映像は何とでもなる。変身や幻影の類の魔道具は法律で所持を禁止されているが、ここまでやっている犯人がそれを気にすることはないだろう。
だが……。
「監視カメラの方はそれで誤魔化せるとしてライセンスの登録の方は? いくらなんでも死人の戸籍でライセンス登録はできないはず」
「残念ながらそちらの方も空振りだった。猟犬使いは、どうやらゲート……というか機械に誤作動を起こさせる魔道具を所持しているらしく、出入記録に残されていたのは出鱈目なものだった」
……そうか、と小さく落胆する。
まあ考えてみればそちらから特定できていたならとっくに猟犬使いは捕まっている。この話をされている時点で意味のない問いだったか。
しかし、機械を誤魔化す魔道具とは……機械破壊の亜種だろうか? そんな魔道具聞いたことないが、もはや猟犬使いが何を使ってきたとしても驚かなくなってきた。
そこで、俺は微かな違和感を覚えた。猟犬使いが機械を誤魔化す魔道具を持っていたとして、なぜ監視カメラの映像の方はそのままなんだ? 完全に誤魔化すことができるなら、監視カメラの映像も弄ることができるはず。
直接触れたものだけ、あるいは出入りに関することだけを騙すことができる能力なのか?
「ただ……」
と師匠は言う。
「さっきも言った通り、警察やギルドも遊んでいたわけじゃない。猟犬使いが新人を狙っていることはマロたちも調査して知っていると思うけど、新人冒険者の名簿を猟犬使いに横流していたものを特定した。……つまり、ギルド内の内通者だ」
「ギルドに内通者が……」
場に重い沈黙が落ちる。
まさか……というより、信じたくない気持ちだった。冒険者ギルドとは言え、人の組織。中にはろくでなしもいるだろうが……まさか公務員が百人以上もの連続殺人事件に協力していたなんて。
「協力者、と言っても彼自身は猟犬使いの正体も、その目的も知らなかったようだ。単に、小遣い稼ぎ程度の気持ちでやっていたそうだ。それが連続殺人の手助けだったと知って、青ざめていたそうだよ」
なるほど……協力者というよりは利用されていた、って感じか。
「……もしかして、その不正職員って御手洗っていう名前じゃないッスか?」
アンナがそう言うと、師匠が驚いた顔をした。
「そうだけど……もしかして知り合いかな?」
「知り合い……というか」
チラリとこちらを見るアンナ。
「もしかして、グレムリンの購入ルートの情報源か?」
「はい」
なるほど、どうやら普段からそういうことをしていた奴のようだ。
「作戦は、この内通者を逆に利用して行う。詳しくはこれを」
そう言って師匠は作戦書を俺たちへと配った。
大まかな内容は、こうだ。
まずは、ギルド内の内通者を通じて偽りの新人冒険者の名簿を流す。その大半はダミーの架空の人物だが、一部本物の人間、こちら側の囮が仕込まれている。囮は、メディアへの露出がないプロ冒険者、あるいはそれに準ずる実力を持つ協力者などが務める。
次に、すでに名簿を流された新人冒険者たちに極秘裏に連絡を取り、当日は迷宮に潜らないようにした上で、指定の迷宮に囮役の冒険者たちが潜る。
その囮に引っかかり迷宮にのこのこやってきた猟犬使いを、警察が確保できればそれで良し。作戦は大成功だ。
もっとも、訪れた冒険者を片っ端から捕まえることはできない——そんなことをすれば無実の冒険者を捕まえている様子を見た猟犬使いが逃げてしまうだろう——から、本命はその次、迷宮内での作戦がメインとなる。
囮役の冒険者たちが潜る迷宮と、そのすべての相似迷宮にはプロ冒険者たちが待ち伏せている。
罠に気づき、地上へ逃げればそこで警察が確保。他の相似迷宮へ逃げたとしても、そこには他の冒険者たちが待ち伏せをしている。
袋小路というわけだ。
相似迷宮は、都内で見れば一種につき数件しかないが、全国で見れば数十件ある。そのすべてに警察官とプロ冒険者を配置するのだから、極めて大規模な作戦である。
気になる賞金についてだが、実際に猟犬使いを捕まえられた者が二十億を、残りの八十億は山分けとなる。分配は、プロ冒険者一人当たりで計算し、チームでプロ判定のチームは一人分として扱う。大体、一人当たり一億円強、といったところか。
「いくつか質問があるんスけど」
読み終わったらしいアンナが挙手した。
「どうぞ」
「では、囮役の冒険者はどうするんスか? 囮役は一人で行動するわけで、危険性が高いッスよね?」
「囮役は各チームが用意する。僕たちのチームでは、元自衛官の僕の姉が担当することになってる。作戦としては猟犬使いを迷宮に誘い込めれば半ば成功なわけだから、猟犬使いに襲われたと判断した時点で転移のマジックカードで仲間と即合流する手はずだ」
「なるほど、次に賞金満額が支払われるのは生け捕りの場合のみって話ッスけど、もし猟犬使いが自害とかした場合はどうなるんスか?」
「猟犬使いが自害した場合は、賞金は一億円に減額される。各チームに分配することは考えれば、ほぼタダ働きだね。万が一、冒険者たちが殺害してしまった場合は、凶悪犯であることを鑑みて罪には問われないが、賞金はなし。完全にタダ働きだ。他のチームからは経費を請求される可能性もあるかもね。突っぱねても良いけど、恨みを買うかも」
……一億に減額とは、ずいぶん厳しいな。確実に生け捕りにしろって言っているようなものだ。
「なるほど……次に、ウチらの取り分はどれくらいッスか?」
「それについてだけど、僕と姉さんで半分、そっちの冒険者部で半分でどうかな?」
師匠たちで半分、冒険者部で半分? ずいぶんと気前が良いな。
そんな想いが顔に出ていたのか、師匠が苦笑しつつ説明してくれた。
「実のところ、この作戦に参加する最低人数が決まっているんだ。プロクラスが確保と囮役で最低二人、さらに三ツ星が二人の四名以上でないと作戦に参加させてもらえない決まりなんだ。そしてプロになったばかりの僕ではプロはおろか三ツ星の知り合いも少なくてね」
ああ、そういうことだったのか。と俺は納得した。
師匠の性格から言って、大抵のことは一人でこなそうとするはず。にもかかわらず、俺にまで頼ってくるなんてずいぶん切羽詰まっているな、とは思っていたのだ。
単純に、人手が足りないというのなら、俺にまで話を持ってきた理由も頷ける。
「最後に、作戦日についてなんスけど」
「今のところ、約三週間後の日曜日という話になっている」
約三週間後の日曜……ちょうど満月の日か。蓮華たちの復活用カードが届くのは今週末。作戦日までには余裕で間に合うな。まだ成長限界となっていないカードの戦闘力の底上げもできそうだ。俺のパーティーに限ってはベストコンディションで作戦日を迎えられそうだった。
……もっともそれは、同じくライカンスロープを使う猟犬使いも同じことだが。
おそらく、相手にとっても都合の良い日を選ぶことでより確実におびき寄せようというのだろう。
「ウチからは以上ッスけど、先輩や小夜からは何かあります?」
「我は特にない」
「じゃあ、俺も一つ。……ぶっちゃけ、なんでこの作戦を冒険者に任せるんだ? 自衛隊に任せれば百億の賞金も払わなくて良いし、確実で安上がりじゃないか?」
「おそらく、だが……」
俺の疑問に答えたのは、師匠ではなく織部だった。
「冒険者制度存続のため、ではないか? このまま自衛隊が解決してしまえば冒険者はただ被害に遭っただけだ。世間の目も冒険者制度に対する非難しか残らない。だが、冒険者自身の手で解決したとなれば、冒険者制度に対して賛否の両方の評価が与えられる」
「……ま、そんなところかな」
織部の推測に、師匠は薄く笑みを浮かべてカップに口を付けた。
俺はその仕草に微かな違和感を覚えた。
……なにか、はぐらかした? いつもの師匠なら合っていればはっきりとそう言うはず。こんな暈した言い方はしない。
深く突っ込むべきか、いや、師匠が言わないということはそれなりの理由があるのだろう。例えば依頼の守秘義務だとか。
「で、受けてくれるかな? もちろん、できる限り猟犬使いとの戦いでは僕が矢面に立つつもりだ」
「ちょっと待ってくれ。確認を取る」
「わかった。じゃあ僕は席を外そうとしよう」
師匠が一旦店外に出たところでアンナたちへと問いかける。
「……どうする? 降りるなら、今だぞ?」
これまで俺たちは、どちらかと言うと迷宮外で猟犬使いを見つけ出すという方向で動いてきた。
だが、今回の話は、猟犬使いと直接対決をする可能性が高い。
……獅子堂の遺体を見てから、本当にアンナたちを巻き込んで良いものか、という迷いが強くなってきた。
今更、と言われるかもしれないが、それでもまだ引き返せるラインだ。
死んでいないならば、セーフだ。それが、すべて。
そんな俺にアンナたちは呆れた顔で。
「何を言うかと思えば、ここまで来てそれはないッスよ、先輩」
「そんな覚悟は、とっくに決まっている。最初に、猟犬使いを追うと決めた時にな」
「そうか」
俺は苦笑した。まぁ……そう言われる気はしていた。
ここまで捜査に協力してくれた二人ならば、最後までやると言うだろう、と。
そもそも、他人にやめろと言われてやめる人種なら、冒険者になどなっていない。
「それに、先輩はウチらが降りると言っても自分だけ受けるつもりだったんでしょ?」
「ああ」
この話を師匠が持ってきた時点で、俺はこれを受けることを決めていた。
それは、猟犬使いとの決着をつけたいという想いもあったが、師匠との約束があったからだ。
師匠が困っている時、一度だけ助ける。それが、リンクを教えてもらうための条件。
故に、俺だけは降りるつもりはなかった。
「そもそも、ぶっちゃけ猟犬使いと戦うとは限らないッスからね。迷宮で待機してるだけで何千万円も貰える仕事を降りる奴なんていないッス」
「それもそうか」
猟犬使いの転移がどういう仕組みなのかはわからないが、どの相似迷宮にも転移できるとすれば、俺たちの迷宮に来る確率は数十分の一だ。
俺たちの迷宮に来たならば、この手で決着をつけるだけ。来なければそれはそれで美味しい。これはそういう話だった。
俺は師匠を呼び戻すと、言った。
「この話、ぜひ受けさせていただきます」
【Tips】賞金稼ぎ
日本ではあまり馴染みがないが、海外において罪を犯した冒険者を捕らえるのは警察官ではなく冒険者の仕事である。これはすべての迷宮にゲートが設置されている日本とは異なり、海外……特にアメリカや発展途上国ではゲートが設置されていない迷宮も多く、そこへ犯罪者が逃げ込むことも多いからである。
日本においては、賞金は精々イレギュラーエンカウントに掛けられる位で、その額も出現した迷宮に応じて一定である。
だが、もしもう一度アンゴルモアが起これば日本もすべての迷宮にゲートを設置することはできなくなり、日本においても賞金稼ぎ制度を導入しなくてはならなくなるだろう、と言われている。
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