第20話 味方、中立、敵

 


 試合明けの学校。

 俺は欠伸をしつつ通学路を歩いていた。

 砂原さんとの戦いはなかなかの激闘であったため、昨日一日休んでもイマイチ疲れが抜けきっていない感じだった。

 どうにも気怠い気分でトロトロと歩いていると……。


「おーっす、師匠。おはようさん」

「お〜、小野。おはよう」


 後ろからポンと肩をたたいてきた小野と、挨拶を交わす。


「モンコロ、見たで。面白かったな。……あのクノイチはどうやって手に入れたん?」

「それは秘密だな」

「なんや、ケチやなぁ〜。ま……ええわ。それで、調査の方は進んどるんか?」

「いや……」


 俺が首を振ると、小野が一つ頷き、カバンをあさり始めた。


「一応な、僕の方でも事件について調べてみた」


 そう言って小野が渡してきたのは、クリアファイルに入れた書類の束だった。

 数十枚にも及ぶルーズリーフの束には、迷宮で行方不明になったものたちの名前や年齢、簡単な経歴、SNSの書き込みなどがぎっしりと書かれていた。


「これは……」

「行方不明者捜索クエストのリストと合わせて、SNSとかで知人がFランク迷宮から帰ってこないって言うのを一通り調べてみた。行方不明者のすべてがクエスト出されとるわけやないからな。で、この事件の被害者と思われる者たちの総計は、わかる範囲だけでも……百人を超えとった」

「百……」


 思わず絶句する。東京都で出されたクエストの数は、十数件程度で、クエストに出されていない、あるいは取り下げられた分を含めて三十人は超えていないと思っていた。

 だが、この数字は……。


「もしかして……東京都だけじゃなく、全国的に被害者が出てるのか?」

「ああ、そういうことや。最初に被害者らしき者が出始めたのが、一年以上前。当初は事件だか事故だかわからない頻度だった被害者の数が激増したのが、凡そ三か月ほど前から。そのほとんどが関東に集中しとる。

 ここら辺から、クエストの数に疑問を抱きだした冒険者の間で微妙に噂になりつつあったみたいやな。ちなみに、クエストが出された数は被害者の三割程度。まあクエストもタダやないからな……しかも冒険者からしてみればボランティア要素が強くて必ず受けてもらえるとは限らんし」


 俺たちが思っているよりも、表沙汰になっていない被害者が多かったということか……。

 しかし三桁の死者が出てなお犯人の情報が出ていないというのは、もはや事件を通り越して怪奇現象だ。

 全国的に被害が出ているということは、それだけ大規模な組織である可能性が高い。

 にもかかわらず一切の尻尾を掴ませていないとなると……もう新種のイレギュラーエンカウントと考えた方がしっくりくるレベルだ。

 俺たちが追っているモノは……本当に人間なのか……?


「それで……や」


 小野がクリアファイルをめくり、付箋をつけたページを開く。

 そこには数名の冒険者の情報が載っていた。それまでの被害者と違うのは、そのキャリアだ。彼らは皆、三ツ星冒険者であった。


「あまりの被害者の数に、これはもしかするとFランク迷宮だけじゃなくて他のランクでも被害者が出てるんやないかと思って調べてみた。そしたらEランク迷宮では被害者が出ていないようやったけど、Dランク迷宮で少しだけそれらしいのが出てきた」


 ……Dランク迷宮ともなると、それまでの迷宮と異なり一気に事故の確率が高まってくる。場合によっては、救難信号を送る暇もなく死ぬことすらあり得るだろう。

 故に、一見すると不慮の事故なのかこの事件の被害者なのかの見分けはつかない。

 しかし……。


「Dランク迷宮での行方不明、これは決して珍しいことやない。だが、その冒険者がカードも魔道具も一切失い、機械類も破壊されているとなると話は変わってくる……そうやろ?」

「ああ」


 所有者登録をしたカードは、マスターが死んだ時点で消滅する。

 故に、死亡したマスターが一枚のカードも持っていないというのは不自然なことではない……と一見思うだろうが、実は違う。

 なぜならば、道中で手に入れたすべてのカードを所有権登録する冒険者は滅多にいないからだ。

 カードや魔道具の所有権登録には、自身の血液が必要となる。必要な血液は一滴程度で済むが、いくら安物のポーションで治るとはいえ、すぐに手放す予定のカードのためにブスブス針を刺すモノ好きは少ない。

 そのため、死亡した冒険者の懐には所有権登録がされていない全くの未使用のカードが眠っている場合が多い。

 特に、救難信号を送れないほど緊迫した状況で死んだのなら猶更だ。

 それに加えて、魔道具もなく機械破壊を受けているとなると、これはもう確定だった。

 ちなみに、カードや魔道具が失われていたという一般人が知りえぬ情報を小野がどうやって知りえたのかと言うと、「死んだ息子が全くカードや魔道具を持っていなかった。遺体を発見した冒険者が盗んだに違いない」といった遺族のSNSへの投稿が情報源らしい。

 三ツ星冒険者の遺品ともなると、家族としてもなかなかの遺産となりえる。それが全くないともなれば、なるほど、家族も疑問に思うだろうし、発見者や他の冒険者を疑うことだろう。場合によっては裁判にも発展するし、そうなれば公式の記録も残りやすい。

 なるほど、こういう調べ方もあったのか、と俺は感心するしかなかった。

 しかし……。


「やはり、Dランク迷宮でも被害者は出てたのか……」


 これで、俺以外にも襲われている『例外』がいることがはっきりした。

 ……気になるのは、この被害者たちも蓮華のような特別なカードを持っていたのか、ということである。

 織部は、俺が襲われた理由は俺しか持っていない『なにか』を狙ってのモノと推理した。俺はそれに蓮華を連想した。

 だが、こうして他にも被害者が出ている以上、猟犬使いが狙っていたのはそもそも蓮華ではない、あるいは蓮華のような特別なカードは他にもあるということになる。

 蓮華以外に俺が襲われる理由が思いつかない以上、理由は後者と思われるが……それがどんなカードだったのか、そして猟犬使いがそれを持つことをどうやって知ったのか。

 謎は深まるばかりだった。


「……一応、意味があるのかないのかわからんけど、被害者の年齢や性別とかの統計も取って見た。年齢は二十代の男が一番多いけど……これは冒険者に多い年齢層やからあんま意味ないな。登録したばかりの新人が八割以上を占めとるから、新人を狙い撃ちにしとるのは間違いないみたいや。新人以外の被害者は冒険者サークルとかに所属しとるのが多くて、偶然ソロで潜ってるところを狙われたみたいやな。迷宮に慣れて一人で潜ったところを、って感じかもな」

「……冒険者サークル?」


 俺はその言葉にひっかかりを覚え、パラパラとクリアファイルをめくってみた。

 ……たしかに、登録したばかりの新人を除けば、襲われているのは冒険者サークルに所属しているものばかりだ。

 だが、これはおかしい。もし新人以外の被害者が、偶然ソロで潜っているところを不幸にも狙われているのだとしたら、そこには冒険者サークル以外の者ももっと混じっていなくてはおかしいからだ。

 つまり、犯人は新人に加えて冒険者サークルに所属している者もメインターゲットにしているということになる。

 それはなぜか。ゾクリ、と閃きと悪寒が背筋を走った。

 ————ソロで潜る日程を掴みやすいからだ。

 犯人は、何らかの方法で冒険者サークルの新人が、先輩の指導が外れる時期を調べているのだ……!


「小野……一つだけ調べて欲しいことがある」

「なんや?」

「この被害者たちの冒険者サークルが、星母の会と繋がりがあったか調べるってできるか?」


 俺の問いに、小野はにやりと笑った。


「それが……重要なポイントなんやな?」

「ああ」

「おっしゃ! 任せとけ。時間はちょっとかかるかもしれんけど、調べとくわ」


 頼もしい。クラスメイトたち全員のSNSのアカウントを把握していると言われ、陰でネットストーカーと気持ち悪がられつつも恐れられている小野だが、一度味方につければこんなにも頼もしいとは……。

 俺はつくづくコイツが味方で良かったと思うのだった。



 そうして小野と話しながら教室へと近づいて来た頃。

 俺は徐々に違和感のようなものを感じつつあった。

 俺の自意識過剰でなければ……なのだが、すれ違う生徒たちが俺たちの方を見ている気がするのだ。

 モンコロに出てからというもの、俺は校内においてはちょっとした有名人だ。

 故に視線が集まること自体は珍しいものではないが、今日の視線はいつものものとは微妙に違う気がした。


「……なんか妙な雰囲気やな」


 俺と同じことを思ったのか、小野が小さく囁いてくる。

 その時、女子トイレから出てきた女子とばったり目があった。

 金髪のショートカットにこんがりと焼いた肌、ばっちりと施されたメイクと片耳にだけつけられたいくつものピアス、といういかにも不良然とした恰好の美少女。

 我がクラスの女子ナンバー2、一条かおりだ。

 俺たちと目が合った一条さんは、ニッと笑い話しかけてきた。


「よ〜、北川、小野。おはよ」

「あ、ああ、おはよう」


 獅子堂グループの奴から挨拶してくるなんて珍しいな……と思いつつ挨拶を返すと、


「……おはようさん、なんや珍しいな、そっちから挨拶してくるなんて」


 小野も同感だったのか、どこか棘のある口調でそう返した。


「……別に? アタシだって顔を合わせば挨拶くらいするけど? むしろそっちの方が普段避けてんじゃね? ……そんなことよりさ」


 一条さんはそう軽く小野をあしらうと、一転して上機嫌に俺へと笑みを向けてきた。


「モンコロ見たよ。北川の試合初めて見たけど、強いんだね。やるじゃん」

「え? あ、ああ、ありがとう」

「でさ、今度一緒に遊びに行かない? もち、二人で」

「あ、え?」


 突然のお誘いに戸惑っていると、一条さんは一歩踏み出し俺との距離を詰めてきた。

 軽く前かがみになり、上目遣いでこちらを見つめ……。


「ね、どう……?」


 そう、囁くように問いかけてくる。


「う……」


 ふわりと香水の匂いが鼻をくすぐり、深い谷間をみせつけるかのように大胆に開かれた胸元に、思わず視線がくぎ付けとなった。

 やっぱ、一条さんって牛倉さんほどではないけど胸デカいよな……太もももムチムチしているし、男好きするカラダしているというかなんというか。……って、待て待て待て!

 ハッと我に返る。これは、明らかに罠の類だと危機センサーが警告していた。

 なぜ、俺たちカーストトップグループと緩い敵対状態にある彼女が、突然俺を遊びに誘ってくるのか。

 しかも、これまで一条さんと俺との間には何の交流もなかったのだ。精々、目が合った時に挨拶を交わす程度。不自然極まりなかった。


「えっと……なんか突然だな」

「そう? まあそうかもね。でも、前々から北川のことはちょっと良いなと思ってたんだよね」

「師匠は金持っとるからな」


 小野が茶化すようにそう言うが、その眼は笑っていなかった。


「小野は関係ねーから引っ込んでてくれない? ……で、どう?」

「あ〜……ごめん、今はちょっと立て込んでてさ」


 俺はそういって頭を下げた。

 一条さんを警戒しているというのも理由だが、立て込んでいるというのも嘘ではない。

 今は、女の子と遊びに行っている余裕はなかった。


「はぁ〜……そう。ま、仕方ない、か」


 そんな俺のお断りに、一条さんはため息交じりにそう呟いた。

 それが思いのほか本当に残念そうだったので、俺は軽い罪悪感を覚えた。


「あの、さ」

「一応言っておくとさぁ」


 俺が言いかけた言葉を遮るように一条さんが言う。


「実のところ、アタシはスクールカーストとか結構どうでも良いんだよね。獅子堂のバカは猿だからお山の頂点にいないと我慢できないみたいだけど、アタシは適当に楽しく過ごせれば良いっつーか。実は四之宮とも周りが思ってるほど仲悪くねーし。撮影現場で会ったときとか普通に話すときもあるしね。どっちかというとお互いの友達同士が相性悪いっていうか、そんな感じなわけ」

「……………………」


 突然の独白に俺と小野が顔を見合わせていると。


「ま、それがアタシのスタンスってこと。それだけは理解しといて。あ〜、ねむ……。保健室行くから先生来たらそう言っといて」


 そう言い残し、一条さんは去っていった。


「……なんやったんや、一体」

「さぁ……?」


 一条さんの言葉に首を傾げつつ、俺たちは教室へと入る。

 すると、一斉にクラスメイトたちの視線が集まってきた。

 それ自体はいつもと同じなのだが、問題はその視線の質だった。

 好奇の目が半分、気遣うような視線が三割ほど、そして最後に見下すような……嘲る様な視線が二割……。

 廊下の時とは違い、顔見知りだからかその視線の質がはっきりとわかった。

 気遣うような視線が俺たちカーストトップグループと仲の良い者たちで、見下すような視線が獅子堂たちと仲の良い者たちだった。

 いつもと雰囲気の違うクラスの様子に眉を顰めつつも、とりあえずいつものように挨拶を交わしつつ教室の中心部へと向かう。

 今いるのは一軍半グループと神道らだけのようだった。四之宮さんと牛倉さんの姿はない。


「おはよう」「おはようさん」

「おはよう、小野、北川。……朝から悪いけど、ちょっとマズイことになってるみたいだぞ」


 俺たちが挨拶すると、神道が心配そうな顔で声を潜めつつそう言ってきた。


「……なんかあったんか? クラスの雰囲気もおかしいし」

「ああ、といっても小野じゃなくて……」


 と言って神道が見たのは、俺。


「……なんかやっちまったっけ?」

「いや、やらかしたっていうか……妙な噂が一昨日あたりから急速に出回り始めてるっていうか」


 神道が気まずそうに頬を掻いたその時、突然会話に割り込んでくる声があった。


「よお、北川!」


 自信に満ちた張りのある声。

 声の方へと顔を向けると、そこには予想通りの顔があった。


「獅子堂……」


 オールバック気味に撫でつけられたロン毛に、常にだれかを睨むような目つき。190センチ近い長身に、肘まで捲り上げられたワイシャツから覗く筋肉質な腕と拳にできたタコ……。

 外見の節々からどこか暴力的な匂いを漂わせた青年、それが獅子堂(ししどう)玲雄(れお)という男だった。

 獅子堂はその強面の顔にどこか嗜虐的な笑みを浮かべ。


「——お前、あの座敷童とかロストしたってマジ?」


 そう言ったのだった。



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