第20話 味方、中立、敵②

 周囲に聞こえるような声でそう言い放った獅子堂の言葉に、一気に教室の空気が張り詰める。


「……なんだ、突然」


 なぜコイツがそれを……と思いつつそう返すと、獅子堂は楽しくて仕方ないという風に歯を剥いた。


「お前、今回のモンコロであの座敷童とヴァンパイアを使わなかっただろ? んで、SNSとかも最近更新がねーしってことでミスってカードをロストしたんじゃねーかって噂が立ってんだよ」


 噂が立っている……と言っているが、おそらくその噂を積極的に流したのが獅子堂たち自身なのだろう。

 そうでなければ、いささか学校中に噂が広まるのが早すぎる。

 おそらく彼らのグループの中に、俺のTwitterをこまめにチェックしている者がおり、最近蓮華たちの情報がなかったことを疑問に思っていたのだろう。

 そこに先日のモンコロでの欠場が合わさり、確信に至ったに違いない。


「……その顔を見るにどうやらマジらしいな」


 俺の顔を覗き込むように見た獅子堂が、ニヤリと笑う。


「…………モンコロの試合で座敷童やヴァンパイアを使わんかったのは、新しく手にいれたライカンスロープを試すためや。SNSの更新が滞ってたのは、鍛錬に忙しかったから。変な邪推はすんなや」

「お前は関係ねーだろ、ひっこんでろ。で、どうなんだよ?」


 無言の俺を見かけて小野が庇うようにそう言ったが、獅子堂はそれを軽く一蹴するとそう問いかけてきた。

 周囲をサッと見渡すと、クラス中がこちらを注目しており、どう見ても回答を拒否できるような状況ではなかった。

 俺は小さくため息をつき、答えた。


「……ああ、確かに蓮華たちをロストしたよ」

「師匠……!」


 なぜ言うのだと小野が険しい顔になるが、元々俺はこのことについて何か言い逃れする気はなかった。

 積極的に言いふらすつもりもなかったが、俺を逃がすために命を賭してくれた彼女たちの献身をなかったことにするつもりもまた、なかった。

 ——ざわり。

 俺が直接認めたことで、教室にざわめきが走る。中には、スマホを取り出してSNSに書き込んでいる者すらいた。明日には学校中にこのことが知れ渡っていることだろう。


「ハハッ! マジかよ、あーあ、モンコロの選手とか言ってイキがってたけど、これでもうお前も終わりだな」

「なんでそうなんねん。師匠が三ツ星の冒険者なのは変わらんし、今回のモンコロでも活躍したライカンスロープもおる。Bランクカードを持つ相手に勝ったのはお前らも見たやろ」


 俺を嘲笑する獅子堂に対して小野がそう反論すると、クラスの中にも「確かに……」という空気が広がりかける。

 だがそれに獅子堂はフンと鼻で笑い、冷静に言い返してきた。


「まー、確かに三ツ星冒険者という点じゃその通りかもな。だが、モンコロの選手としてのコイツはもう終わりだろ。コイツがモンコロに呼ばれてんのは、あの座敷童のインパクトがあってこそだ。それをロストしたと知れたらもう呼ばれねーよ」


 ……実際その通りだった。

 試合にはなんとか勝利を収めた俺だったが、試合後番組側から「次は座敷童を使ってください」と言われている。

 それは、暗にモンコロの選手としての価値が俺ではなく蓮華の方にあることを示唆していた。

 その蓮華をロストしたと分かれば、俺が番組から呼ばれなくなるのは明らかだった。


「結局、北川自身には華ってヤツがねーんだよ」

「……あの座敷童もヴァンパイアも名づけされたネームドカードや。ロストしたとしてもいずれ復活できる」

「その復活のためにどんだけの金と時間がかかんだよ。それにあのライカンスロープ。あれを手に入れるのにかなりの金を投資してるはず。また一から金を稼いであの座敷童を復活させるのにどんだけの期間がかかるんだ? 半年? 一年? それまで番組側が待ってくれるとは思えねーけどなぁ」

「…………」


 小野が顔をゆがめて沈黙する。

 実際は、ユウキのランクアップには一円の金も使っていないため、現在の資産でもなんとか蓮華だけは復活させることが可能だ。

 だが、それをここで説明するわけにはいかないし、今重要なのは獅子堂の方に説得力があるということだった。

 一般的な三ツ星冒険者の収入は、二千万円から四千万円程度と言われている。ここから当然カードの経費等が差し引かれて実際の所得自体はかなり低くなるのだが、迷宮などから得られる収入はこのくらいとなる。

 俺は半年間で魔石と現金だけでも三千五百万円も稼いでいるが、これはモンコロという高額な収入源があること、ハーメルンの笛のおかげで学生の身でも専業並みに迷宮を踏破できること、そして何よりも蓮華のドロップ率増加などの恩恵が大きい。

 つまり、常識的に考えるなら蓮華を復活させるために一年はかかると思われるということだ。

 俺が三ツ星冒険者であることは変わりないし、先日のモンコロでもユウキと言う新しい戦力を示したからクラスカーストから転落するということはないが、少なくともモンコロの選手という肩書が失われる分影響力が下がるのは確かだった。


 ……だが、だからと言ってここまで獅子堂が勝ち誇るほどのことでもない。

 俺の影響力が落ちるからと言って、別に獅子堂という人間の価値が上がるわけではないのだ。

 確かに獅子堂は高身長で細マッチョでちょい悪系のイケメンだが、女子的にはそれだけで充分なのかもしれないが、男子的には校内のヤンキーのトップと言うだけの男だ。

 クラス内にも結構アンチがいるし、俺を下げたところでカーストの逆転までは至らないはず……。

 そう俺がいぶかしんでいると、獅子堂がニヤリと笑った。


「北川、俺も冒険者になったから」

「!!!」

「二ツ星くらいまではすぐに上がるつもりだし、今年中に三ツ星に追いつく予定だからよ」


 なるほど、そうか。これが獅子堂の自信の元か。

 俺や小野でも二ツ星、三ツ星になっているのを見て、自分もそこまでは簡単に上がれると踏んだのだろう。

 ……舐めてんな。冒険者を舐めてる。

 まあ俺も最初は簡単に三ツ星になれると思っていたから、あまり人のことは言えないのだが、実情を知った今となっては舐めているという風にしか思えなかった。

 やれるものならやってみろ……といつもなら言うところなのだが、今はさすがにタイミングが悪すぎる。

 小野と目が合う。やめておけ、と軽く首を振る仕草。……たしかに、言っても聞き入れるとは思えないが……しかし忠告しないわけにもいかないだろう。


「獅子堂」

「あん?」

「今はやめとけ。時期が悪いから。新人冒険者の未帰還者が最近激増して——」

「プッ! アハハハハ!」


 獅子堂が堪えきれないという風に噴き出し、爆笑する。獅子堂グループの取り巻きも、腹を抱えて笑い出した。

 それにつられて、他の中立派のクラスメイト達の一部もクスクスと笑いだす。

 モンスターの殺意とは違う、人間のまとわりつくような悪意に、じんわりと肌に汗が滲む……。

 視界の端で、小野が頭を抱えてため息をついた。


「コイツ、必死すぎ、アハハハ! そんなに俺が冒険者になったら困るのかよ!」

「そういうんじゃない。特に一人では絶対に迷宮に潜るな。ニュースにも出て——」

「あ〜、もういいから。……こうなったら終わりだな」


 最後に見下すようにそう吐き捨て、獅子堂たちが去っていく。

 それを機に、他のクラスメイト達も解散していく。去り際に「ダサ……」「なんか幻滅〜」「北川氏終了のお知らせ」という声も若干だが聞こえた。

 神道などの俺たち側のクラスメイト達だけが、「元気出せよ、大丈夫、カードがロストしたってなんとかなるさ」「なんか感じ悪かったよね〜、気にしなくて良いよ」「ニュースなら俺も見たよ。本当に心配してたんだろ? わかってるって」と励ましの言葉をかけてくれる。

 その心温まる言葉はありがたかったが、俺のスクールカーストが下がっていくのは肌で感じられた。

 そこで最後に小野が呆れたように声をかけてくる。


「……師匠、お人よしすぎんで。言えばこうなるってわかってたやろ?」

「小野……でも忠告しないわけにもいかねーだろ」

「まあ、それは……でも言っても言わなくても結果は変わらんわけやし、言わんほうがお利巧やで」

「……………………」


 確かに、小野の言うことは正しい。むしろ俺が忠告したことで反発心から獅子堂が行方不明者たちの情報を知っても自重しなくなる可能性が高まってしまった。

 黙り込む俺を見た小野が、ぽんと肩を叩いてくる。


「……ま、そっちの方が人間として好感持てるけどな。まぁ、フォローの方は僕に任せて師匠は犯人捜しの方に集中しとき」

「小野……」


 コイツ、こんなに良いやつだったのか……と密かに感動していると。


「それに、一度下がった方が師匠が犯人を捕まえた時に評価が上がるってもんや。そしたら調査に協力して、師匠が苦しい時も離れんかった僕の評価もつられて爆上がりやで〜」

「小野……」


 コイツ、本当にブレないな……。

 だが、まあ、それでこそ小野か。

 そこで、ガラリと扉を開けて四之宮さんと牛倉さんが入ってきた。


「おはよう」「おはようさん」

「おはよ〜。あ、マロ、ちょっと話があるんだけど……ってなんかあった?」


 開口一番そう言ってきた四之宮さんだったが、教室内の空気の違いに気づいたのか、そう首を傾げた。


「まあちょっとね、それより何か用?」

「あ〜……」


 俺がそう問い返すと四之宮さんはなぜか少し困ったように口ごもった。そんな彼女の袖を引き、牛倉さんが言う。


「楓ちゃん、ちゃんと相談した方が良いと思うな」

「うーん、でもなぁ、なんか最近忙しそうだし……」


 なんかよくわからんが……。


「なんか相談があるなら乗るけど」


 俺がそう言った時、離れた席にいた獅子堂グループから声が上がった。


「ソイツに相談すんのはやめとけよ! 主力をロストさせるヘボなんだからさ!」

「アハハハハ!」

「チッ! うっさいねん、ボケ! 人の会話にしゃしゃり出てくんなや!」


 そんな獅子堂グループと小野のやり取りと聞いた四之宮さんと牛倉さんが驚いたように俺を見る。


「え、主力をロストしたって、マジ?」

「それって蓮華ちゃんたち?」

「あ〜……うん」


 俺が気まずげに頷いたのを見た二人は顔を見合わせて囁きあった。


「ど、どうしよう静歌……」

「いや、でもやっぱり相談はした方が良いよ」

「いや、そんな余裕ないでしょ。どう考えてもマロっちも今が一番キツイ時期だろうし……」

「それは……、そうかもしれないけど……」


 二人の声はよく聞き取れなかったが、その深刻そうな顔に嫌な予感を覚え俺が声をかけようとしたその時。


「うん、ごめん、やっぱ何でもない。気にしないで!」


 四之宮さんがこちらを振り返り、そう言った。

 だが、さすがにそれで「ハイ、そうですか」と思う馬鹿はいない。


「いや、何でもないってことはないでしょ。遠慮せずに言ってよ」

「や、ほんとになんでもないんだ。というか、相談内容をやめることにしたから。静歌もそれでいいっしょ?」

「まぁ……それなら……」


 牛倉さんが心配そうに、しかしどこかホッとしたように頷く。

 ……察するに、四之宮さんが何らかのリスクがあることをやろうとしていて、それを牛倉さんが心配していたという感じだろうか。

 二人が登校するのが遅かったのはそれが理由か。

 もう少し掘り下げて聞きたいところだが、相談内容自体をやめることにしたと言われては食い下がり辛い……。

 そう逡巡している間に四之宮さんがその場を離れてしまった。

 牛倉さんは、そんな四之宮さんと俺を見比べると……。


「……ねぇ、今日も冒険者部の娘たちと集まる予定なの?」

「え?」

「ほら、いつもファミレスで集まってるから」


 見られていたのか……と少し驚きつつ、なぜかしどろもどろに言い訳をしてしまう。


「や、あれは、今後の活動について作戦会議をしていたというか」

「うん、それはいいから、今日も集まるの?」


 が、牛倉さんはこれをクールにスルーすると、そう真剣な表情で問いかけてきた。


「あ〜、その予定だけど……」

「そっか……。それって結構遅くまでやるのかな?」

「うーん……そうだね。今日は結構遅くまでやるかも」


 小野からもらった資料をアンナたちにも見せたいし、と思いながら答えると。


「そっか……ありがとね」


 牛倉さんはホッとした表情でその場を去っていった。

 俺はそれを見送りながら、一体何なんだろうと首を傾げるのだった。



【Tips】アマチュア冒険者のランクごとの収入

 一般的な冒険者のランクごとの収入(年)は以下の通りとなる。

・一ツ星:数十万円~二百万程度。

・二つ星:数十万円~一千万以上

・三ツ星:二千万円~四千万円程度


 一ツ星の収入はエンジョイ勢としての収入となる。その大半は大学生やサラリーマンなど本業を持つ者が多く、冒険者はあくまで副業、週末のちょっとした運動でしかない。本格的に稼ぎたい者はさっさと二ツ星へとランクアップする。


 二ツ星からはエンジョイ勢と専業とプロ志望が玉石混交となる。専業は、二ツ星で心が折れたが月に何個か迷宮を踏破して年に400~600万円程度稼いで暮らす者たちである。主戦場はFランク迷宮。

 プロ志望たちは年に一千万以上稼ぐことも珍しくないが、そのほとんどは三ツ星に上がるための投資に使われるため所得自体は低い。主戦場がFランク迷宮となる専業と違い、積極的にEランク迷宮に潜るためDランクカードの消耗率も高く、イレギュラーエンカウントとの遭遇率も上昇するため死亡率が高い。


 三ツ星。エンジョイ勢はゼロ。全員プロ志望か専業。毎日のように泊りがけで迷宮に潜っているにもかかわらず学生である歌麿の半分以下の収入なのは、複数人でのチームを組んでいるのと蓮華によるドロップ率上昇の加護が無いからである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る