第19話 異議あり!②

 


『ユウキ!』


 俺の意図を正確に読み取ったユウキが、瞬間移動と錯覚するほどの速さで砂原選手の背後へと移動する。

 開幕早々のダイレクトアタック。ランクで圧倒的差がある以上、これが最短最善の方法となる。速攻戦略は観客からのウケが極めて悪いが、今回ばかりは仕方がない。

 そんな思いからの速攻であったが……。


「なっ!」


 砂原選手を守るように現れたピラミッド型のバリアが、ユウキを阻む。二度、三度と追撃を行うが、バリアはピクリとも揺るがない。

 モンコロ側が配る防御用の魔道具とは違うエフェクト。あれは……。


「ふ……ま、まさか速攻でダイレクトアタックを狙ってくるとはな……正直、ビビったよ。だがッ無駄だッ! ファラオである俺は、『王の乳母』たるバステトによって常に守られているのだからなぁ!」


 砂原選手が、冷や汗を拭いつつ、自慢げにそう解説してきた。

 ……なるほど、あれはバステトのスキルだったか。大方、バステトがいる限りマスターへのダイレクトアタックを防ぐとか、その辺りの効果なのだろう。

 チッ……、単にエジプト系を集めたというだけではなく、その役割までしっかり考えているようだな……。

 しかも、どうやらバステトの効果はそれだけではないようだった。


『マスター! コイツら夢への誘いが効かないよ!』


 こっそりと眠りの状態異常を仕掛けていたメアが、リンクを通じてそう伝えてくる。

 バステトはファラオの守護者であり、人々を病魔から守る女神。単純にバリアを張るだけでなく、パーティーの状態異常を防ぐ効果もあるというわけか。

 ハトホルのBランクというインパクトに目が行っていたが、勝利への鍵はバステトの攻略にありそうだな……。


「こんどはこちらの番だ! かかれ! 我が僕(しもべ)たちよ!」


 砂原選手の号令と共に、三枚のカードが一斉に動き出す。

 スフィンクスがその巨体では想像できないほどの俊敏さでこちらへと迫り、その後方からハトホルが右手を構えて魔法の詠唱を開始。バステトは……砂原選手の傍で待機している。

 様子見か、あるいはあのバリアは他の行動をしている間は使えないのか……。いずれにせよ、注意だけは払っておく。

 まずは、ドスドスと足音を立てて迫りくるスフィンクスの対処からだ。


『鈴鹿、頼む』

『あ〜、やっぱり私ですよねぇ。ま、仕方ないかぁ』


 名指しにされた鈴鹿が、億劫そうに前へ出る。

 スフィンクスは、その獅子の下半身も含めればアフリカゾウ並みの体格を持つ。また、DランクとCランクということで戦闘力にも大きな差があった。

 観客からは明らかに無謀な戦いに見えることだろう。だが——。


「……フッ!」

「なッ!?」


 メアの放った光弾がスフィンクスの顔を襲った瞬間、その隙をついて鈴鹿が見事にその巨体を投げた。

 ドシンッと土煙を巻き上げながら、スフィンクスが地面へと叩きつけられる。

 ダメージはあまり無さそうだったが、精神的には別だ。格下相手に転がされたことに、目を白黒とさせている。

 このカウンターの絡繰りは、もちろんリンクにある。

 まずはシンクロリンクにより、鈴鹿の戦闘力を底上げ。次にテレパスリンクでメアと連携し、発動の早い初等攻撃魔法でスフィンクスの視界を潰してバランスを崩し、それをとっかかりに鈴鹿の柔術で投げる——。 

 それが、今の一連の攻防の流れであった。


『おおっとぉ!? これはどうしたことだ! 無謀かと思われたCランクとDランクのぶつかり合い! しかし、地に倒れ伏しているのはCランクのスフィンクスの方だぁ!』


 実況がなにやら騒いでいるが、まだこれで終わりじゃない。

 鈴鹿を動かし、倒れ伏したスフィンクスへと追撃をする。

 高々と振り上げられた右足が、断頭台の刃のごとくスフィンクスの喉元へと叩きこまれようとした——その時。


「ッ!?」


 敵後方から飛来した岩の槍が鈴鹿の身体へと突き刺さった。


『なにぃぃぃッ! 北川選手の女鬼人がスフィンクスへと追撃しようとした瞬間、ハトホルのアースピアースが決まったぁ! 北川選手、これは痛い! ただでさえカードのランク差がある中、さっそく一枚落ちてしま……ってない!? 串刺しにされた鬼人がいつの間にか丸太に変わっているぅぅ!!』


 実況の驚愕の声に、会場の視線が岩の槍が突き刺さった丸太へと集中し、そしてそこから離れたところで鈴鹿を抱きかかえるユウキへと移る。


『これはッ! 空蝉の術! どうやら北川選手のライカンスロープは忍術スキル持ちのようですね。しかも空蝉の術が使えるということは少なくとも中等忍術以上! これは素晴らしいですよ!』

『北川選手の新カードはクノイチでしたか! なるほど、北川選手が彼女をお披露目してきた理由がわかってきましたね!』


 忍術スキルは、日本のローカルスキルということもあってモンコロ人気も高い。とりわけ、女の子モンスターの忍術スキル持ちはクノイチと呼ばれ、初等忍術スキルであっても市場価格が倍になるほどの価値があった。

 これで蓮華がいないことの違和感が消えるわけではないだろうが、少なくともユウキを目立たせたかったという言い訳は通るだろう。


「あ〜、助かりましたよぉ。レアスキル持ちは羨ましいですねぇ」

「まるで感謝されている気がしない……」


 ぐいっとユウキの顔を押しのけて立ち上がる鈴鹿に、釈然としない顔をするユウキ。


『……でもマスター、どうするの? ランク差もあるし、状態異常も効かないし、ちょっとやばくない?』


 そこで、メアが焦りを滲ませた様子で問いかけてくる。


『ああ、まぁ……確かにちょっとヤバイが、付け入る隙はある』


 この攻防で気づいたことが二つある。

 一つは、相手側の連携の拙さだ。相手側のカードは、連携を取ろうという意思は感じるものの、どこか個々のカードで動いている印象を受ける。

 つまり、リンクを使っていないカードの動きだ。

 実況は、砂原選手が冒険者になってまだ半年だと言っていた。

 これは俺とほぼ同じキャリアということになるが、師匠曰く「半年でリンクの初歩であるテレパスまで行ければかなり早い方」らしい。

 基本的にリンクは思春期の時期が一番神経が伸びやすいらしいが、俺は同年代と比べても格段に成長が早いのだと言う。

 どんな奴にも、一つは取柄があるということだ。

 それに……、と砂原選手を観察する。

 大体……二十代後半から三十代前半と言った感じか。

 師匠曰く、「リンクの成長は三十歳前後で止まる」らしい。テレパス程度なら年齢に関係なく身に着けることが可能らしいが、シンクロ以上の技術はアムリタなどで若返らない限り、絶対に習得することができないのだと言う。

 つまり、砂原選手はリンクが使えないか、使えても使いこなせていない可能性が高い。

 リンクによる連携力の差、それが一つ目。


 二つ目は、ここに至るまでバステトに動きが見られないことだ。

 単にマスターの傍でガードに徹しているのか。だが、バリアスキルがあるのに傍に控えさせるのは、やや不自然。少なくとも後方から支援させる程度のことは普通させるはず。それすらないということは、あのバリアスキルは近くでないと使えないか……バリアを使っている最中は他の行動ができないかの、どちらかだ。

 ……砂原選手め、さては最初のユウキの奇襲によほど肝を冷やしたと見える。こうまで露骨にバステトをガードに徹しさせるとは。

 あの奇襲もまんざら無駄じゃなかったらしい。バステトに戦力を割かずに済むのなら、スフィンクスに鈴鹿とメアの二枚を当てることができる。そうしてユウキにハトホルの相手をしてもらえば、当面は互角の戦いができるはずだ。

 しかし……最初はB×C×Cの組み合わせにふざけんなよ! と思ったが、考えてみればこの状況も悪くない。

 モンコロと言う命の危険がなく、カードのロストの可能性も低い場において、安全に格上との戦いを経験できるからだ。

 問題は、真・眷属召喚を試すかだが……。


「やめておくか……」


 あまりメディアの前で晒したくないスキルだし、何より猟犬使いとの戦いにおいて切り札となりうるこのスキルをここで使うのは馬鹿らしい。

 また、キャットファイトの女の子カード限定と言う縛りの中で、眷属とは言え男のライカンスロープを呼ぶのはギリギリアウトになるんじゃないかという懸念もあった。

 使うのは、高等忍術と縄張りの主。限界突破は……場合によっては、という感じか。

 デビュー戦の砂原選手には悪いが、猟犬使いとの予行演習として全力で当たらせてもらうとしよう


 ——そこからの戦いは、若干の膠着状態となった。


 俺の予想通り、バステトはバリアスキルを使用している間は他の行動ができないらしく、戦いはスフィンクスVS鈴鹿とメア、ユウキVSハトホルという構図になった。

 あちらと違うのは、スフィンクスとハトホルが個別に戦っているのに対し、こちらはバラバラに戦っているのに見えて実はしっかりと三枚で連携を取っていることか。

 それでもランクによる戦闘力の差は大きく、こちらとしても必死で食い下がってなんとか拮抗状態を保っている状況だった。

 ただ、それが観客たちには緊迫感のある戦いに見えるらしく、会場はなかなか盛り上がってはいた。


「しかし……」


 と、小さく呟く。予想以上にユウキがハトホルに食い下がっているな……。

 事件の調査で忙しかったのと、猟犬使いの襲撃を警戒して経験値稼ぎに行けなかったこともあり、彼女の戦闘力はCランクの成長限界に毛が生えた程度となっている。

 本来であれば太刀打ちできない戦闘力の差であるはずだが、今のところユウキは、純正のBランクであるはずのハトホル相手に互角に渡り合っていた。

 それどころか、時折鈴鹿とメアたちに対してフォローをするほどの余裕があるほどだ。

 元々、後衛型のハトホルと前衛型のユウキとでは、一対一ではユウキの方が有利ではあるのだが……それを差し引いても彼女は健闘していた。

 それに、ハトホルが中等攻撃魔法までしか使っていないのも気になるところだ。

 憧れのカードであったハトホルのステータスについては、当然頭に入っている。俺の記憶が確かならば、ハトホルは高等攻撃魔法スキルを先天スキルにもっていたはずなのだ。

 にもかかわらず、ここに至っても使ってこないということは……。


「やはり……零落スキル持ち、か?」


 ……もともと、キャリアのない砂原選手がハトホルという高ランクカードを持っていたことについては疑問に思っていたのだ。

 元社会人で学生より資金に余裕があるとはいえ、ハトホルの値段は十億以上。かなりの資産家であっても購入は難しい額だ。

 となれば、答えは一つ。俺と同じ……ギルドのカードパックで当たりを引き当てたのだ。

 ギルドのカードパックには、宝くじより低い確率であるが、Bランクのカードが入っているという。

 砂原選手が、ギルドのパックでハトホルを当てたというなら……なるほど、あの奇抜な恰好も頷ける。

 俺もそうだが、最初に手に入れたレアカードに影響されるというケースは多い。

 どうしても、そのカードを中心にパーティーを組み立ててしまうのだ。

 ……まあ、カードに影響されて自分のキャラ変をしてしまうというのはさすがに行き過ぎではあるが。

 また、俺や砂原選手が冒険者になった半年前は、普通にパックに零落スキル持ちが入っていた時期だ。

 あのハトホルがパックから出たもので、零落スキル持ちだとすれば、高等攻撃魔法スキルが中等スキルにランクダウンしていてもおかしくない。

 Bランクの零落スキル持ちは戦闘力のダウンもCランクよりも大きいと聞く。

 零落スキルによる戦闘力ダウンは、ランクによって異なりDで50、Bだと200もダウンするらしい。

 ハトホルの成長限界は1400。そこから200ダウンするなら、シンクロリンクによるブーストと前衛と後衛の相性さもあって、ユウキでも渡り合える差だ。

 しかも、幸運なことに昨日は満月。ユウキのポテンシャルはほぼ最高潮と言って良い。

 さらにユウキには人狼形態という切り札もある。

 これは、マジで勝てるかも……。

 俺がそう淡い期待を抱いたその時。


「さすがにやるな、北川選手! だが、様子見はここまでだ! 使え、スフィンクス!」

「はい!」


 ついに、砂原選手が、動いた。

 スフィンクスがメアへと向かい、口を開く。


「——そこのエンプーサへ問う」


 マズイ……! 嫌な予感が背筋を貫く。

 スフィンクスと聞いて日本人の頭に浮かぶのは、謎かけをしてはその問に答えられぬものを食い殺してしまうという逸話だ。

 そのスキルについて詳しくは知らないが、謎を解けぬものに何らかのダメージを与えるものであることは想像に難くない。

 これが有名な『朝は4脚,昼は2脚,夜は3脚で歩くものは何か』というものだったら話は早いが、そう簡単にはいかないだろう……。

 スフィンクスの謎かけのように、答えや仕組みが知れ渡っているスキルが、原典そのままの形で使用されることはまずないからだ。

 少なくとも、質問の内容は変えてくるはず……。

 スフィンクスがその美しい顔に嗜虐的な笑みを浮かべる。


「人生と掛けまして、戦闘と解きます。その心は?」


 あ、あれ!? ちょっと想像とは違う感じ! いや、確かにそれも謎かけだけど!


「十、九、八……」


 しかも時間制限付きかよ!


「ええっと、ええっと……」


 目を泳がせ、右往左往するメア。


『ど、どうしようマスター! わからないよ!』

『頑張れ、メア! 俺たちではおそらく解答権がない!』


 名指しでメアを指定した以上、他者が答えを教えた瞬間、なんらかのペナルティーが下ることは間違いない。

 ここは、なんとしても彼女に知恵を絞ってもらうしかないのだ。


「五、四、三……」

「あ、あぁ……! ど、どちらも負け犬は辛いでしょう!」


 追い詰められたメアがあてっずっぽうに答えを口にするが……。


「馬鹿め! 答えは……その身で知るが良い!」


 スフィンクスがニタリと嗤う。その瞬間、メアの脇腹が何者かに食いちぎられたように抉れ、血が噴き出した。


「ガハッ……!」

「メア!」

『うぅ……マ、マスター』

『待ってろ! 今戻す!』


 メアの傷は大ダメージではあるが、ロストに繋がるほどの傷ではない。しかし回復魔法の使い手がいない以上、念のためにもうカードに戻すべきだ。

 そう考え彼女を戻そうとすると、メアから待ったがかかった。

 なんだ……?


『ま、待って……』

『なんだ!?』

『こ、答えは、なに?』

『え? 今聞く? ……えっと、たぶんだが、どちらもスキを見つけるのが重要です、だと思うぞ?』

『な、なるほど……じゃなくて、待って! 私はまだ、ギリギリだけど余裕がある! あのスキルを使わせて!』


 あのスキル……人を呪わば穴二つ、のことか。だが……。

 俺が躊躇していると、メアから燃え盛るような激情が流れ込んできた。


『何のためのスキルなの!? お飾りとしての役割しかないなら、もう二度と復活させなくて良い! アイツみたいな特別な何かが無くても……メアは、隣に立っていたい!』

『メア……』


 血を吐くような叫び。リンクからは、彼女の蓮華に対する劣等感と……それ以上の友情を感じ取ることができた。


『……いいじゃないですか、やらせてあげれば』


 そう言ってきたのは、一人でスフィンクスの猛攻を凌ぎ続けている鈴鹿だった。


『それとも……特別ではない者たちには、ちっぽけなプライドを持つ権利もないと?』

『いや……』


 俺は首を振り、メアへと言った。


『わかった。これからは、使えるものはすべて使わせてもらう。……いいな?』

『もちろん!』


 メアが力強く頷き、その身に黒い光を纏う。人を呪わば穴二つ。対象は——もちろんバステトだ。


「なっ! がふっ!」

「バ、バステト!?」


 突然脇腹に深い傷を負ったバステトに驚愕する砂原選手。


「へへ、ざまー……みろ」


 そう言い残し、光の玉となってカードへと戻るメア。

 よくやった。あとは俺たちに任せておけ。


『鈴鹿、ユウキ!』

『……ま、特別じゃない割には頑張ったんじゃないですか?』

『任せてください!』


 メアの献身的犠牲により、パーティーの士気が上昇する。それはシンクロ率の上昇という形で現れた。

 バステトの突然のダメージに動揺した隙をつき、鈴鹿がスフィンクスを投げ飛ばす。さらにはそのまま右目を手刀で切り裂いた。


「く……! まだだ!」


 だが、砂原選手もただ見ているだけではない。一瞬だけ動揺したものの、すぐに的確な判断を下す。


「ハトホル! バステトを癒せ!」

「はぁい……『母なる愛の雫』」


 周囲に甘いミルクの香りが満ち、苦し気に血を流すバステトの元へと光り輝く液体が降り注ぐ。

 ハトホルの先天スキル……『母なる愛の雫』だ。

 効果は、単体の完全回復。傷も、体力も、魔力も、スキルの使用回数まで、完全に回復させることができる。

 一見、蓮華のアムリタの雨の下位互換とも思えるスキルだが、アムリタの雨と異なり一日に数回使うことができるのが強みだった。……もっともスキルの使用回数については細かい制限はあるようだが。

 せっかくメアがわが身を犠牲にして与えてくれたダメージが、みるみるうちに回復していく。


「……フッ」


 それを見た砂原選手がにやりと口端を吊り上げ——その笑みが凍り付いた。

 回復したばかりのバステトの後ろで、ユウキがその右手を大きく振りかぶっていた。

 ハトホルが通常の回復魔法に加え、完全回復のスキルを持っていることは知っていた。憧れのカードだったからだ。故に、バステトにダメージを与えたとしても砂原選手がすぐにそれを癒すだろうことは予想していた。

 ならば、回復した直後に追撃ができるようにするまでのこと。

 そして、アムリタの雨と異なり何度も使えるとは言っても、さすがに『母なる愛の雫』にもクールタイムくらいは存在する。

 連続使用は不可能だ。


『やれ、ユウキ』

「オオオオオッ!」


 ユウキの渾身の一撃が、バステトの胸を貫く。

 ここからさらに追撃してロストさせることもできるが……。しかし俺はそこまではせず、一度ユウキを下げた。キャットファイトでは、相手のカードはロストまではさせないのがマナーだ。

 砂原選手も見逃されたことがわかったのか、悔しそうにしつつも素直にバステトをカードに戻す。

『母なる愛の雫』はクールタイムで使えないとはいえ、ハトホルは通常の回復魔法も持っている。こちらが見逃したにもかかわらずそれを使ってくるようじゃあ今度は本当にロストさせなくてはいけないため、砂原選手が冷静で助かった。


「……………………」


 一度距離を取り、砂原選手と睨みあう。

 これで、砂原選手のダイレクトアタックを防ぐ術は失われた。……とはいっても、条件はイーブンに戻っただけだ。互いにカードは二対二。

 あとはどうやってダイレクトアタックを叩きこむかだが……そのための道筋はすでに見えていた。


『ユウキ!』

『はい! 分身の術!』

「なッ!?」


 突然五人に分裂したユウキの姿に驚愕する砂原選手。

 五体のユウキたちが一斉に砂原選手へと向けて走り出す。


「クッ!」


 ハトホルがユウキたちへと弾幕を放つも、ジグザクと動き狙いが定まらない。偶然当たった球もその身体をすり抜けていく。

 分身の術で生み出された分身は、実体を持たないのだ。


「クッ。ならば……!」


 迫るユウキたちを防ぎ止められないと察したハトホルは素早く狙いを変更。俺へのダイレクトアタックを狙ってきた。

 敵ながら良い判断だ。だが……。


「馬鹿な……!?」


 ハトホルの放った弾丸は、俺の身体をすり抜けていった。

 それを『地中』からリンクを通じて見ていた俺はニヤリと笑った。

 試合開始から会場に立っていた俺は、ユウキが生み出した分身に変化の術を被せたデコイだった。

 本物の俺はダイレクトアタックを警戒し、ユウキが土遁の術で生み出した地下空間に隠れていたのだ。

 そして……。


『これで終わりだ、ユウキ!』


 地上の分身を囮に土遁の術で砂原選手の元へと向かっていたユウキが、彼の背後へと躍り出た。

 パキィィンという甲高い音と共に砂原選手を守るバリアが砕け散る。

 それは、試合の終了を意味していた。


『決着ぅぅぅぅううう! さすが北川選手! カードのランク差を覆して逆転勝利! 先輩の意地を見せました!』


 実況の声が響き渡り、観客たちの拍手が会場へと満ちる。

 終わった……。

 地中から出た俺は、深い安堵の吐息を吐いてしゃがみ込んだ。

 キツかった……。まさか三ツ星クラスの試合でBランクが出てくるとは……相手がリンクをまともに使えていたら間違いなく負けていただろう。

 なんとか勝ててよかった……。

 その時、フッと影が差した。見上げると砂原選手がこちらへと手を伸ばしていた。


「フッ、いい試合だったぜ。お前の、カードへの愛を感じたよ」

「……ああ、そっちも良いエジプト愛だったよ」


 俺は相手選手と硬い握手を交わした。

 こうして、俺はなんとか蓮華たち不在の中、モンコロでの勝利を勝ち取ったのだった。


【Tips】リドルスキル

 相手に謎解きや試練を課すスキルをリドルスキルと呼ぶ。スキルは概ね逸話や伝承に沿って行使されるが、その解答や攻略法が広く世間に知られている場合、出題の内容や出し方も変わる。これは、リドルスキルが知識を求めているのではなく勇気や知恵を試すためのモノだからである。

 リドルスキルは発動に条件がある分、その効果が強力なモノが多い。


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