第13話 冒険者部、始動。

 




 眼が覚めて最初に感じたのは、消毒液の匂いだった。

 頭だけを巡らせてあたりを見回す。白い床と壁、清潔なシーツ、身を包む水色の甚平服に脇に立つ点滴棒……。


「……病院?」


 一体なにが……そうだ! 俺のカード!

 体をまさぐり、次にベッド脇のサイドボードを見ると引き出しの中に俺のデッキが入っていた。

 ホッと胸を撫で下ろし、一枚一枚カードを確認していく。

 まずは、ロストしてしまった蓮華、イライザ、メアのソウルカードたち。

 灰色に変色してしまった彼女たちのカードを、やさしく撫でる。

 俺の未熟さのせいでロストこそさせてしまったが、このソウルカードさえ残っていれば取り返しはつく。


「すぐに復活させてやるからな」


 そう決意を固めつつ、ステータスに問題はないかより詳しく見ていく。

 すると、蓮華とイライザには特に変化はなかったが、メアは予想通り新しいスキルを手に入れていた。



【種族】エンプーサ(メア)

【戦闘力】280(MAX!)

【先天技能】

 ・吸精

 ・夢への誘い

 ・三種の変化

【後天技能】

 ・小悪魔な心

 ・一途な心

 ・友情連携

 ・初等魔法使い

 ・中等状態異常魔法

 ・人を呪わば穴二つ(NEW!):自身の戦闘力及び受けたダメージに応じた呪いの傷を対象に与え、その後与えたダメージ分のフィードバックを受ける。



 人を呪わば穴二つは、状態異常系のスキルを使い続けていた個体が、稀に手に入れるレアスキルだ。

 その獲得条件についての詳細は判明していないが、「死んでも相手を殺したい」と思うほど強く憎むことが、習得のトリガーだと言われている。

 あの明るいメアに、そこまでの憎悪を抱かせてしまった……。そのことに、忸怩たる想いだった。

 人を呪わば穴二つは、その性質上使用後にロストしてしまう危険性が非常に高い。

 せっかくの新スキルだが、これは封印せざるを得ないな。


 次に俺は鈴鹿やドラゴネット、ライカンスロープなどの未使用のカードたちが無事に揃っているのを確認すると、最後に唯一無事だったユウキのカードへと目を通した。

 他のカードがすべて無事だった以上、最後まで一緒だった彼女も間違いなく無事だろう……。そんな思いから最後に回したユウキのカードを見た俺は、思わず絶句した。



【種族】ライカンスロープ(ユウキ)

【戦闘力】950(150UP!)

【先天技能】

 ・月満つれば則ち虧く

 ・狼に衣

 ・本能の覚醒

【後天技能】

 ・忠誠

 ・小さな勇者

 ・真なる者(NEW!)

 ・限界突破(NEW!)

 ・真・眷属召喚(NEW!)

 ・縄張りの主(NEW!)

 ・高等忍術(NEW!)



「なん、だ、これ……」


 茶髪に暗緑色のメッシュが入った美少女のイラストが描かれたカード。そこにユウキとしっかり書かれているのを、何度も確認する。

 一体、何が起こっている? なぜ、ユウキがランクアップしてるんだ? 戦闘力950? ライカンスロープの成長限界は800だったはず。それに、このスキル群は一体……?

 俺はよく知っているはずのユウキが、見知らぬ存在になってしまったような恐怖に身を震わせた。

 俺が気絶している間に、一体なにが起こったんだ……?

 一人混乱していると、コンコンとノックの音が部屋に響いた。


「……はい?」

「失礼。……北川歌麿くんでいいかな?」


 そう言って部屋に入ってきたのは、四十歳ほどの中年の男性だった。柔和な顔立ちをしているがどこか目に迫力のある男性で、相対しているだけで背筋がピンと伸びるような大人だった。


「そう、ですけど」

「僕は大島(おおしま)歩(あゆむ)と申します。こういうものです」

「……警部さん?」


 大島さんが見せてくれた警察手帳には、警部という文字と大島さんの顔写真が載っていた。

 あまり警察手帳に詳しいわけではないが、パッと見では本物のように見える。


「北川君は東京都Dランク第十四番迷宮のダンジョンマートで倒れていたんだが、覚えているかな?」

「えっと……」

「よければ、迷宮に入ったところから覚えていることだけでいいから順番に話してくれるかい?」

「……はい、わかりました」


 口調は穏やかだが、有無を言わせぬ様子の大島さんに、俺は迷宮に入ってからのことを順番に話し始めた。

 ハーメルンの笛を使って攻略中の階層に転移したこと。途中で他の冒険者……青木さんと出会い、カードをトレードしたこと。最下層でグレムリンと遭遇しスマホやカメラ、冒険者ライセンスを破壊されたこと。他の冒険者の襲撃に遭い、カードをすべて渡すように言われたこと。


 ——そして“隙を見て隠し持っていた『転移』のマジックカードを使って命からがら逃げだした”こと……。


 『記憶にあるまま、嘘偽りなく』起こった出来事を包み隠さず伝えていく。

 大島さんは所々質問を挟みつつ俺の証言をメモしていたが、やがて俺が話し終えると最後に俺の目をじっと見つめ、確認した。


「……これで、最後かな?」

「ええ、覚えているのはこれですべてです」


 大島さんは、しばし難しい顔で俺を見つめていたが、やがて大きく息を吐くと天を仰いだ。


「そうかぁ〜……となると謎はすべてその襲撃犯が握ってることになるのか。参ったな」

「……? なにかあったんですか?」


 俺がそう問いかけると、大島さんは少しだけ迷ったような表情を浮かべた後。


「……まあすぐにわかることだからいいか。実は——君のいた迷宮、消滅したんだ」

「…………えっ?」


 あの迷宮が、消滅した……? 迷宮って、未だかつて一度も消滅が確認されていないんじゃなかったのか? 一体、なぜ……? まさか、俺を襲った犯人がやったのか!?

 呆然とする俺に対し、大島さんは頭を掻きながらぼやいた。


「もう国はあちらこちらで大騒ぎだ。なんせ、迷宮が現れて二十年……初めて迷宮が姿を消したんだからね。外国からも問い合わせが殺到してるそうだ。まだニュースにはなっていないから一般には知られていないが、それも時間の問題だろう。そこで北川くんにお願いがあるんだが……」

「お願い、ですか?」

「うん。一応国や警察としては君についての情報は隠すけれど、もしかしたらマスコミが君のことを嗅ぎ付けてくるかもしれない。その時に、決して何も話さないでほしいんだ。捜査に支障をきたすからね」

「ああ……わかりました」

「ありがとう、それじゃあ」


 そういって大島さんは立ち去って行った。

 ドサリとベッドに身を預け、ぼんやりと天井を見上げる。


「……………………………………………………………………」


 迷宮が、消滅した、か。

 やはり、あの犯人がやったのだろうか。自分から逃げおおせた俺を始末するため、とか……?

 まさかな……。そもそも、迷宮を消滅させる方法を見つけ出したなら、一生遊ぶだけの金が手に入るだろうし、どんな犯罪だって国がもみ消してくれるはずだ。

 だとすれば、一体何が原因で迷宮は消滅したんだろうか?


「……………………駄目だ、わからん」


 しばらく考え、降参する。

 俺がいくらここで考えたところで答えなど出るわけがなかった。

 それにしても……。


「『転移』のカードを持っていて良かった……」


 安堵の息を吐く。

 同じ転移の魔道具でも、即時発動が可能のマジックカードと、笛を吹く必要があるハーメルンの笛では、即効性がまるで違う。

 もし『転移』のカードがなければ、俺はハーメルンの笛を吹いている間にアヌビスに殺されていたことだろう。

 本当に『転移』のカードを売らずにいてよかった………………………………いや、待て。


「俺は、なんで『転移』のカードを売らなかったんだ?」


 ハーメルンの笛を持つ俺にとって、『転移』のカードは不要な魔道具だ。

 ハーメルンの笛とは違いタイムラグ無しで使えるという利点があるとはいえ、他の冒険者から襲撃を受けると本気では考えていなかった俺が、後生大事に『転移』のマジックカードを持っていたのは、我ながら違和感があった。

 これがたとえば『遭難』のマジックカードだったならば、違う効果ということで持っていてもおかしくはなかったのだが……。

 そこで、脳裏に閃きが走る。

 ああ! そうか。『思い出した』。税金対策だ。

 魔道具やカードを売却してしまえば税金が発生するが、売らずにとっておけば税金は発生しない。

 欲しいカードができた時に初めて現金化してカードを買えば、払う税金も最小限に抑えられる。

 だから、『転移』のマジックカードを売らずに取っていた、それだけのことだ。

 そのおかげで、俺は無事に逃げられることができた。

 うん、何もおかしくない。


 ……なのになぜ、俺はこんなに『転移』のカードを持っていたことに疑問を抱いているんだろう?


 疑問と言えば、ユウキのこともそうだ。

 ユウキはいつの間にライカンスロープにランクアップしたんだ?

 俺が持っていたのはオスのライカンスロープが二枚のみ。彼女がランクアップできるわけがないのだ。

 いつ俺はライカンスロープのカードを手に入れた?

 俺が気絶している間に何があった? 何かを忘れているのか? 俺が『転移』のマジックカードを使ってから、ダンジョンマートで倒れているのが発見されるまでの間に、何かが……。

 俺の意識が深く記憶の海に潜り始めたその時。


「失礼しま〜す」


 突然、聞き覚えのある明るい声と共に部屋の扉が開いた。

 その途端、脳裏にチラついていた白いイメージが霧散する。


「おはようございます、先輩。お体の具合はいかがッスか?」

「アンナか……」


 来客の正体は、最近後輩となった赤毛の美少女だった。彼女は俺の身体を見渡すように眺めると、朗らかな笑みを浮かべ……。


「お怪我は……ないみたいッスね。安心しました」

「ああ……お前、学校は? 今はまだ昼だろ」

「そんな! 尊敬する先輩が入院したっていうのに学校なんか行ってらんないッスよ」


 そんな健気なことを言う後輩に対し、俺はじっとりとした白い眼を送った。短い付き合いだが、コイツがそんな可愛いタマではないことはわかっていた。

 俺の疑いの眼差しに、アンナは悪戯がばれた子供のようにペロリと舌を出して見せた。


「……な〜んて、実は先輩がまたおかしなことに巻き込まれたみたいなんで堪らずに駆け付けただけです。まあ心配してたのも本当ッスけどね。はい、これお見舞いッス」


 彼女が差し出してきた菓子折りを受け取りつつ、問いかける。


「お前、どこまで知ってるんだ? どこから聞いた?」

「うーん、ウチが聞いたのは先輩が潜っていた迷宮が消滅したってことくらいッス。……詳しい話を伺っても?」


 そう言いつつも好奇心に輝く彼女の眼は「話すまで逃がさないぞ」と語っていた。


「……一応刑事さんにも口止めされてるから、誰にも言うなよ」

「もちろん。もし誰かに言ったらなんでも言うこと聞いてもいいッスよ」


 ほう……なんでもとな? その言葉、二言はなかろうな……?

 と、しっかりと心の中で言質を取りつつ、俺は大島さんにした説明をアンナにもしてやった。


「————で、今に至るってわけだ」

「……なるほど。それで、先輩はこれからどうするつもりッスか?」


 俺の話を真剣な様子で聞いていた彼女は、すべてを聞き終わるとそう問いかけてきた。

 その宝石のような蒼色の瞳に心をのぞき込まれているような錯覚を抱きつつ、俺は正直に答える。


「————犯人を見つけ出して、この事件を終わらせる」

「それは、どうして? 以前ウチがそう言ったときは止めましたよね?」

「それは……」


 アンナの言葉に、少しだけ言葉に詰まる。

 ……正直な話。

 迷宮内で多くの行方不明者が出ているという話を聞いた時、俺は完全に他人事だと思っていた。

 なんせ、俺が被害者の誰一人として顔を見たことがないし、TVで報道されているわけでもないし、日本のどこかでは毎年百万人近くが死んでいる。そのうちの数人が不幸な死に方をしたからと言って、解決に動き出せるほどの熱意はさすがにない。

 可哀そうだが、冒険者は自己責任だし……そんな風に嘯いて真正面から向き合いはしなかった。

 だが、その本音は「低ランクがターゲットみたいだし俺には関係ない」という自分本位のものだった。

 結局、それが俺という人間の本質なのだろう。

 自分と、その周辺の人間だけで世界が完結していて、その外側でどんな悲劇が起こっていてもリアルに受け止めることができないのだ。

 事件を知るなりすぐに解決するために動き出そうとしたアンナとは、違う。

 顔も知らない誰かの為にその身を危険に晒せるほどの正義感は、俺にはなかった。


 ————だが、自分や家族、友人たちのためならば話は別だ。


 アンナ、織部、……おまけで小野。まだ付き合いは浅いが、コイツ等があのアヌビスの犠牲になっても平気でいられるほど、薄情でもないつもりだった。


 もちろん、個人的な恨みもある。

 というか、正直それがほとんどだ。

 今も目を閉じれば鮮明に蘇る。

 メアが、イライザが、蓮華が……一枚、また一枚と零れ落ちていくごとに、大切な何かが心から欠落していくようなあの感覚を、俺は一生忘れることはないだろう。

 本気で自分を殺そうとしてきた相手に対する恐怖。仲間を捨て駒にして逃げねばならなかった自分に対する強い失望や後悔。そこまでして逃げたというのに、袋小路だったと知った時の絶望と……犯人に対する焼けつくような憎悪。

 いろんな感情が胸を焼き、今にも走り出したくなるような焦燥感が身を焦がしていた。

 俺の大切なカードたちをロストさせやがった糞野郎どもに、制裁を下してやらなければ。

 そうでなきゃ……命を張って足止めをしてくれた仲間たちに合わす顔がない。

 そんなグルグルとした思いを上手く言葉に出来ず、俺が口籠っていると……。


「ま、なんにせよ、先輩がやる気になってくれたなら何よりッス。ウチら冒険者部の手で犯人を捕まえてやりましょう!」


 突然のアンナの宣言に、俺はたじろいだ。


「え? いや冒険者部を巻き込むつもりは……」

「この期に及んで何言ってんスか! 水臭い。一人で行動してたら今度こそ死にますよ?」

「むう……」

「言っときますけど、冒険者をやめない限り危険は一緒ッスからね? そしてウチも小夜も冒険者をやめるつもりも、自粛するつもりもないッス。ならできるだけ一緒に行動した方がむしろ安全ッスよね?」

「それは……そうだな」


 いくら俺が迷宮に潜るなと言っても、本人たちに聞く気がないのなら何の意味もないだろう。

 ならば、できるだけ一緒に行動した方が安全というのは確かだ。

 それに……アンナが一緒に犯人捜しをしてくれると言ってくれた時、少しだけ嬉しかったのも事実。

 やはり、強がっては見ても、殺されかかったことは俺も怖かったのだ……。


「……ありがとう」


 無意識に、感謝の言葉がこぼれ出た。


「んー? なんか言いました?」

「い、いや、何でもない……」

「いやいや、今ありがとうって言ったじゃないッスか」

「聞こえてんじゃねぇか!」

「アハハハ!」


 こうして俺たちの冒険者としての活動が本格的に始まったのだった。



【Tips】読心の魔道具

 迷宮が現れて以降、消えつつある不幸の一つに「冤罪」がある。

 サトリのように人の心を読むモンスターや魔道具の登場により、警察はより正確に事件の全貌を掴めるようになった。

 とは言え、読心の力を持つモンスターや魔道具は極めて希少であり、現状では重大犯罪の捜査やテロ対策に使われるのが精いっぱいである。

 国会では議員の不祥事が問題になる度に読心の魔道具を使うよう声が上がるが、断じてそのようなことに使う余裕はないのである!

 捜査に極めて有用な読心の魔道具であるが、一方で「対象の思い込みや錯覚」の判断が難しいという欠点も存在する。別人格が犯した犯罪を主人格が記憶していなかったがために、警察が無実と判断して釈放してしまい、捜査が長引いたという事例も確認されている。

 当然のことながら悪用も容易なため、一般人の所有や使用は固く禁じられている。

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