第9話 トレーディングカード
「お前、最近弛んでるんじゃねーの?」
翌日。休日ということで朝から迷宮にやってきた俺に対し、蓮華は開口一番そう言った。
「な、なんだよ、急に」
「お前よぉ、ここ最近全然攻略進んでねーじゃねぇか。ろくに迷宮にも来ないで何やってたんだよ」
「う……」
腰に手を当て、上目遣いに睨んでくる蓮華に、俺は少しばかり怯んだ。
彼女の言うとおり、この一週間ほど俺はほとんど迷宮に来れていなかった。アンナに振り回される形で、部員探しやらなにやらと忙しかったためだ。
仮に来たとしても、二時間程度と短時間の活動となってしまっていた。
リンクを通じて、なんとなくカードたちの不満は感じてはいたのだが……。
「以前はよぉ、毎日のように迷宮に潜ってたくせに、ちょっと順調だからってすーぐ気を抜きやがって。大体なぁ——」
「ま、まぁまぁ蓮華さん。マスターはボクらと違って生活もあるわけですから」
「そ、そうそう、俺もいろいろ忙しかったんだって」
土石流のように不満を吐き出し始めた蓮華を、ユウキがやんわりと宥める。それに乗っかる形で俺も言い訳をすると、じろりと蓮華がこちらを睨んだ。
「忙しかった、ねぇ? アタシには最近できた女の子の知り合いと楽しそうに遊んでるようにしか見えなかったが?」
う、なぜそれを……。
蓮華に図星を指された俺は、思わず冷や汗を流した。
「え、そうだったんですか?」
「えー、なにそれひどーい!」
蓮華の言葉を聞いたユウキが少し驚いたようにこちらを見ると、メアも少しばかり怒った様子でこちらへと迫ってきた。
「あ〜、いや、そのだな……」
仲間たちからの白い眼に困り果てて目を泳がせていると、少し離れたところで静かに立つイライザと目があった。
イライザなら、イライザさんならこの状況を何とかしてくれる……!
そんな淡い期待を込めて彼女を見ると、ニコリと笑って頷いてくれた。
「……ふと気になったのですが、蓮華さんは迷宮の外でも外部の様子がわかるのですか?」
「あん?」
「あ、それメアも気になってた! なんか、蓮華だけ色々と普通のカードと違うよね! どうして蓮華だけマスターが外で遊んでいるってわかったの?」
おお、さすがイライザさん、上手い話題転換だ!
ごく自然に、みんなの興味の矛先を蓮華へと向けてくれた。
しかも、内容自体も俺が微妙に気になっていたことだ。
以前、休憩中にカードの中に居る時はどんな感じなのか、ということを話したことがある。
その時に聞いた話なのだが、モンスターたちはカードの中に居る時、人間の感覚で言うなら夢の中にいるような感じで過ごしているらしい。
より正確に言うならば、肉体と言う感覚が曖昧となり、精神だけで漂っている状態……とでもいえば良いのだろうか。
その際、カードたちは夢という形でカードの外部の状況を観測することもできるし、完全に意識を落として時間の経過を早めることもできるらしい。
カードが出現した際に、周囲の状況を理解していたりいなかったりするのは、そのためだ。
だが、かつてその話題が出た時は、誰も迷宮の外での俺の様子を知っている者はいなかった。
よって、カードは迷宮の外では外部の状況を把握できない……と俺は勝手に思っていたのだが、どうやら蓮華は違うようだった。
俺たちの視線を一身に受けた蓮華は、逆に不思議そうな顔をした。
「ってことは、お前らは迷宮の外だと周囲の観測が出来ないってことか?」
「は、はい。マスターが迷宮の外に出ると、自然と意識が落ちてしまうので……」
「そう、だったのか……」
ユウキの困惑気味の返答に、蓮華は難しい顔で悩み始めた。
「ん……霊格再帰の能力の一つか?」
「いや……どうだろうな。零落スキルだったころから使えたわけだし……」
するとそこで、輪から外れたところで静観していた鈴鹿がススス……とにじり寄ってきた。
「マスター、実は私も外の世界を見れたりして……」
「えっ、そうなのか?」
予想外の発言に俺はマジマジと鈴鹿を見つめる。
いろいろと『規格外』なこのヤンキー座敷童はともかく、この性格とおっぱい以外は平凡な女鬼までもが迷宮外の様子がわかるというのは些か意外であった。
「蓮華と鈴鹿の共通点ってなんだ?」と俺。
「二人とも日本由来のモンスターではありますよね」と首をかしげるユウキ。
「名前が漢字だとか?」
「それは関係ないだろ。名づけをされる前から出来たわけだし」蓮華の言葉に俺は首を振った。
「あ、わかった!」
みんなで思い思いに予想していると、突然メアが叫んだ。
「蓮華も鈴鹿も性格が悪くて変人なんだ!」
「ぶん殴るぞ!」
「痛ッ! 殴ってから言うな!」
「真面目に話してんのに、お前がふざけたこと言ってっからだろうが」
「私だって真面目よ! だってお前も鈴鹿も、どう見ても同種族のカードと性格が違うじゃん!」
『む……』
メアの反論に、俺たちは一理あると唸った。
言われてみれば、確かに。この二枚のカードは通常の座敷童や鬼人のカードとかけ離れた性格をしている……。
普通の座敷童はもっと素直でおとなしい性格をしており、鬼人も快活で竹を割ったような性格をしているのがデフォルトだ。
いくら主人の扱いによってカードの性格が歪むと言っても、蓮華や鈴鹿ほど強烈にキャラチェンジする個体は珍しかった。
「でも性格が違うから迷宮の外が見れるってのも変な話ですけどね」
「そうなんだよなぁ」
ユウキの言葉にうなづく俺。
と、その時。
「————そんなことはどうでもいいですよぉ」
不意に、白い何かが俺の体へと巻き付いてきた。同時に感じる熱い体温と、柔らかく巨大な感触。……鈴鹿だ。
蛇のように俺の体に絡みついたものの正体は、彼女の腕だった。
「マスター、見てたよぉ。なんだかキラキラした女の子たちに囲まれて嬉しそうだったねぇ? ずるいなぁ、これは裏切りだよ」
耳元で囁くように、ぞっとするような声音で俺を責め立てる鈴鹿。彼女のねっとりとした喋り方は妙に脳に響き、まるで音の触手が侵入してくるかのようだった。
「部活作り、だっけ? 勘違いしたらダメだよ、マスター。主役の中にいくら混じろうと、仲間になんてなれないんだから。主役は主役、モブはモブ。生まれ持った役割は絶対に代えられない。今は一緒に行動できても、それはほかの主役を見つけるまでの代用品。用済みになったらポイッと捨てられちゃうんだよぉ?」
「う……」
鈴鹿の言葉は、眩暈を伴って、俺の心の底に眠っていた不安を揺らした。
彼女の言う通りだ。俺とアンナたちでは、生まれ持った格が違う。アンナは、ハーフの美少女で、大企業の社長令嬢で、中学生にしてセミプロにまでなった天才児だ。織部も、アンナに匹敵するほどの美少女で、中学生の時点でやはり冒険者になるだけのバイタリティーを持っている。
俺とは違う、自分で輝くことのできる存在だった。
俺はただの、特別なカードを手に入れただけの凡人……。
「だから、ね? 無理に特別な奴らの仲間入りなんてしないで、同じモブ同士仲良くしようよぉ」
確かに……無理して特別な奴らの仲間をしても、いつかボロが出るだけなのかもしれない。
それならいっそ鈴鹿のように普通のカードだけで普通にやっていく方が幸せ——。
「————おい」
「ッ!?」
バチンッ、とブレーカーが強制的に落とされたような感覚と共に、俺は我に返った。
なんだ、今の……なんか、俺が俺じゃなくなるような……。いや、俺の心の片隅にあった負の感情を、風船を膨らませるように大きくさせられたような感じ……。
混乱しつつ声の主である蓮華の方を見ると、いつになく険しい顔で鈴鹿とにらみ合っていた。
「……別によお、コイツがコイツの意思でそう決断すんなら、それはそれで良いんだ。だが、これはちょっと違うだろうが」
「濁流の中に泳げない子供が飛び込もうとしていたら、止めてあげるのが愛情というものでは? これは私なりの愛ですよぅ」
「愛? 束縛の間違いなんじゃねぇか? 重要なのは、自分の意思で生きることだ。そんで、降りかかる火の粉はアタシたちが祓ってやれば良い……違うか?」
「ああぁ〜、さすが……特別な奴らは、言うことは違う。実に、傲慢で、残酷だ……」
今にも殺し合いが始まってしまいそうな、張り詰めた空気。
言っていることはよくわからないが……このままではマズイ!
俺たちは、慌てて仲裁に入った。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ〜」
「そ、そうですよ、急にどうしたんですか?」
メアとユウキが二人の間に割って入り、さりげなくイライザが俺を庇うように前に立つ。
それを見た蓮華は「ふぅ」と息を吐き、ゆっくりと身に纏う緊張感を解いた。
そんな彼女をじっと睨む鈴鹿。
「なんでもねぇよ。そんなことより、そろそろ行こうぜ」
「あ、ああ……」
いろいろと言いたいこと、聞きたいことはあったが、俺はそれをぐっと飲みこむと……攻略を開始したのだった。
「……よし、今日はここで泊まるとするか」
21階の安全エリアへと到着した俺は、皆へとそう声を掛けるとユウキの背から降りた。
ハーメルンの笛を持つ俺は、基本的に泊まりがけの攻略をすることはない。
しかし、早朝から攻略を再開したい時やキャンプをすることで仲間と交流を深めたいときは、こうして階段そばの安全地帯でキャンプをする時もあった。
今回の場合は後者で、最近あまり構ってやれなかった埋め合わせである。
ユウキやイライザと協力しながら、俺はてきぱきとキャンプの準備を始めていく。
こういう時、蓮華やメアなどは手伝ったりしない。二人で、蹴鞠をして遊んでいる。見た目通りお子様なあいつらは、興味のないことは徹底してやらない主義だった。
鈴鹿は手伝ったり手伝わなかったりと気まぐれなのだが、今回の場合は先ほどのこともあってか、どうやら手伝ってはくれないようだった。
「よし、と。これで完了だな」
この迷宮は、晴れた夏の夜の森という環境もあって、テントを張る必要もなくキャンプの準備はすぐに終わった。
野営をする時の俺たちの晩飯は、いつも鍋かバーベキューと決まっている。
最初の頃は、上のコンビニに転移で弁当などを買いに行って、各自適当に食べていたのだが、そのうち何となく味気なく感じるようになり試しに鍋をやってみたところ好評だったため、それ以来鍋やバーベキューをするのがお決まりの流れとなっていた。
鍋かバーベキューかは、その時の気分にもよるのだが、暑い迷宮ではバーベキューが多く、寒い迷宮では鍋が多い。この日も俺たちはバーベキューをすることになった。
「おい、メア! 火が起きたからってすぐに肉を置くんじゃねーよ! 肉がグリルにこびり付いちゃうだろーが。バーベキューの基本は余熱だ、余熱。おい、歌麿。肉はしっかり冷やしておいてくれって前も言っただろうが。常温で焼くとパサついた触感になるんだよ」
キャンプの準備は手伝わない蓮華だが、バーベキューとなると話は別だ。俄然張り切って仕切りだす。
こういう奉行タイプに逆らっても空気が悪くなるだけなので、メアですらうんざりした顔で大人しく従っていた。
「ふぃ〜、食った食った」
そうして、(主に蓮華が)楽しいバーベキューが終わると、俺はユウキの毛皮を枕代わりに寝っ転がった。フカフカの毛皮と仄かに温かく弾力のある腹部が俺を優しく包み込んでくれる。迷宮の中でしか寝ることのできない最高のベッドだ。
ぼんやりと空を眺めてみれば、そこには満天の星空が広がっていた。
迷宮の中で星を見るたびに思う。
もしあそこに見える月めがけてロケットを飛ばしたら、ロケットはちゃんと月へと到達できるのだろうか。
あそこに見える星々は本物? それともプラネタリウムのような絵に描いた星?
迷宮の中は異空間なのだと偉い学者たちは言う。
では、その異空間とは実際にどれほどの広さなのか。
もし迷宮の壁をぶち抜いてどこまでも進んで行ったら、その先には何が待っているのだろうか。
無限か、途中で行き止まりがあるのか、あるいは地球のように丸いのか……。
それすらも俺たち人類はわかっていないのだ。
そんなことをぼんやりと考えていると。
「なあ、イライザ。一曲奏でてくれよ」
ふいに、蓮華がそんなことを言い出した。
「わかりました。なにか、リクエストはありますか?」
イライザはいそいそと笛を取り出しながら蓮華へと聞く。
「そうだなぁ……」
蓮華は数秒ほど思案したのち、最近特にお気に入りの曲をリクエストした。
イライザがニコリと微笑み、笛を奏で始める。
夜の森に、ノスタルジックな音楽が流れだした。
それは、迷宮が現れる少し前に大ヒットしたレトロゲームのBGMだった。
現代・過去・未来を行き来する方法を見つけ出した主人公たちが、滅びの未来を迎える世界を救うため冒険するというRPG。
その画期的なストーリーとシステムに、国民的人気漫画家が描いた世界観と魅力的なBGMにより、現代においても名作と名高い。
俺もガキの頃やったことがあるが、とてもスーファミとは思えないレベルの出来だった。
惜しむらくは、生まれた時代が悪かったことだろうか……。
『1999年に怪物が現れ世界が滅亡してしまう』というストーリーは、些か刺激が強すぎた。
なんせ、1999年に実際に迷宮が現れ、そのすぐ後にアンゴルモアが起こってしまったのだから笑えない。
ゲームの発売は迷宮が現れるよりも前だったため、直接批判されることはなかったが、待望されていた続編は発売無期延期となってしまった。
ある意味予言の書となってしまったそのゲームは、その出来もあいまって伝説的人気を誇り、今では十万円を超えるプレミアもついている。
俺がガキの頃プレイできたのも、ゲーム好きな親父が当時定価で買ってくれていたからだった。
馬鹿らしい話ではあるが、当時はそれほど神経質になっていた、ということだ。
もっとも、時が経つにつれ世間を取り巻く空気も変わり、今や迷宮やモンスターを題材にしたゲームや漫画も普通に売られるようになっている。
それに伴い、リメイク版やその続編も数年前に発売されていた。
蓮華がプレイしたモノも、このリメイク版である。
彼女の興味の対象は、今や漫画にとどまらずゲームやアニメにまで広がっていた。
なお、イライザが普通にゲームサウンドを演奏できるのは、別に俺が仕込んだわけでなく蓮華がプレイしているときのBGMを聞いて耳コピした結果である。
イライザさん、しゅごい……。
と、そんな風にまったりと過ごしていたその時。
「……マスター、人の気配が」
俺のクッション代わりになっていたユウキが、静かに警告してきた。
その言葉に、俺はすぐさまカードたちとリンクを繋ぐと体を起こした。
思い思いの時間を過ごしていた仲間たちも、どこかピリついた空気を纏い始める。
……この迷宮で他の冒険者と会うのはかなり珍しい。
基本的に、見通しの悪い夜の迷宮や、活動が困難となる豪雨や大雪の迷宮は人気がない。
それゆえに、このような夜の迷宮を選ぶ冒険者は俺の様に欲しいカードがあるか……あるいはリンクなどで暗闇をものともしない手段を持つものに限られる。
いずれにせよ、警戒に値する相手だということだ。
しばしじっと様子を伺っていると、ランタン型のライトを手に持った冒険者が姿を現した。
性別は、男。大学生くらいの年頃で、ジャニーズ系の爽やかなイケメンだ。
彼は、俺たちを見ると友好的な笑顔を浮かべて挨拶をしてきた。
「お、やっぱり他の人がいたのか。こんばんは!」
「……こんばんは」
俺は挨拶を返しながら、かすかな違和感を抱いていた。
なんだろう、コイツ、どこかで見たことがあるような……あっ!
そこで俺は青年の顔を思い出した。
コイツ、いつも八王子駅前で逆ナン待ちしてるイケメンじゃねーか! 三ツ星だったのかよ!
まさかの人物との偶然の出会いに俺が動揺していると。
「えっと、悪いんだけど、俺もここで休憩させてもらっていいかな? さすがに今から他の階に移動するのはきつくてさ」
「あ〜……まあ、構いませんよ」
本当はイヤだが、さすがにここで断るのは失礼だ。遠回しにあなたを犯罪者と思ってます、と言っているようなものだからだ。
チラリとイライザを見ると、無言で頷きが返ってきた。
ヴァンパイアである彼女は、この夜のフィールドにおいて不眠不休で動き続けることが出来る。就寝中の見張りには最適だった。
俺が頷くと、彼はランタンを俺たちの中間に置き、腰を下ろした。
「あー、良かった。……ところで、もしかして、君って北川選手? あの学生トーナメントで優勝した」
「……どうしてです?」
「いや、連れているカードに見覚えがある気がしてさ。……そこの座敷童とか」
俺はちらりと蓮華を見ると、曖昧な笑みを浮かべた。
「ええ、まあ、そちらもよく駅にいらっしゃいますよね?」
「ああ! やっぱり、どこかで見かけたような気がしてたんだ。いや〜、こんなところで思わぬ有名人にあっちゃったな。あ、もしかして今のうちにサインとか貰っておいた方がいいかな? いつかはプロになるんだろ?」
「いやあ、そういうのはやってないんで。すいません」
「そっかあ、残念」
俺がやんわりと断ると、彼は思いのほかあっさりと引き下がった。
口調は柔らかいが、俺がマジで断っているのを表情から読み取ったのだろう。あるいは本当はさほど欲しくもなかったか。
初対面の俺に物怖じせずに話しかけてくるところと良い、陽キャの気配がプンプンする男だった。
その後、数分ほどどうでもいい世間話をしていると。
「……ところでさ。北川君はカードのトレードって興味あるかな?」
不意に青年がそう切り出してきた。
ついに本題に入ってきたか……! 内心で気を引き締めつつも、表向きは平静を装う。
「……まあ、ないことはないですね」
「なるほど、なるほど。実は俺、今結構レアなカードを持ってるんだよね。北川君が興味を持ってくれそうな奴。どう? 見てみない?」
「ん〜、とりあえず見るだけなら」
「良しキタ! えっと、これなんだけど」
「ッ! これは……!」
感情を表情に出さないようにと気をつけていた俺だったが、それを見た瞬間思わず声を漏らしてしまった。
【種族】ドラゴネット
【戦闘力】145
【先天技能】
・小竜玉:生命力を生み出し貯蓄する竜の心臓。
・竜鱗:極めて頑丈な竜の鎧。物理攻撃及び魔法攻撃に対する耐性を持つ。
【後天技能】
・零落せし存在
・滅私奉公:自らの私欲を抑え、奉仕に徹する精神。命令された行動に対するプラス補正、自由行動に対するマイナス補正。ストレスが溜まり過ぎるとたまに爆発する。
「零落スキル……」
「どう? 興味湧いてきたんじゃない?」
「ええ、まあ。今となっては、零落スキルは本当に貴重ですからね」
「でしょ? で、どう? トレードしたくなってきた?」
前のめりになって聞いてくる彼に、俺は腕を組んで悩み始めた。
こりゃあ、マジで悩ましいことになってきたな。
俺が霊格再帰を発見してから数か月。零落スキルと霊格再帰についての研究はあまり進んでいない。
実際にはいろいろと研究はされているのだろうが、その情報があまり世間に出回ってこないのだ。
例えば、どのカードにどのアイテムを与えれば霊格再帰になるだとか。零落スキルや霊格再帰を持つカードをランクアップさせるとスキルはどうなるのかだとか。
そう言った情報が一般にまで流れてこないのである。
正確に言うならば、どれが正しい情報でどれが間違った情報かわからない、というべきか。
Cランクカードの零落スキル持ちをランクアップさせたら零落スキルが消えた、とか。逆にDランクの霊格再帰持ちをランクアップさせたら霊格再帰を引き継げた、だとか。
元々ランクアップによるスキルの引継ぎには運の要素も絡むこともあり、色々な情報が錯綜して一般人である俺には真偽が判断つかなかったのである。
……一番厄介なパターンが、それらの情報がすべて正しかった場合だ。
零落スキルや霊格再帰が、使い込みや運に関係なく、ランクアップで消えたり消えなかったりするとしたら、今後の戦略にも大きく関わってくる。
蓮華にしても、もしランクアップをしても霊格再帰が引き継がれるならなんとしてでもランクアップを狙いたいし、逆にそうでないならこのまま座敷童のままでいるというのも一つの手だからだ。
また、蓮華の数々の特異性が霊格再帰によるものなのかも気になる。
そう言ったことを調べるにしても、あと一枚は零落スキル持ちが欲しい。
俺は常々そう思っていた。
が、ここで問題となるのがこのトレードが安全かどうかと、トレードするにしても、その対価はどれほどになるか、である。
ギルドは個人間のカードのやり取りを禁止してはいないが、それに関わるトラブルについてもなんの対処もしてくれず、また購入したカードを経費として計上することもできない。
例外は、脅迫などで不平等なトレードを強要された……といった犯罪にかかわるモノだけである。
同じ犯罪であっても、詐欺だとかであったりするとやはり動いてはくれない。
つまり、もしこのトレードに俺の想像もつかないようなギミックが施されていた場合、俺はどうすることもできないのだ。
「……一応聞きたいんですが、もし現金でトレードするとしたらどれくらいを想定してます? トレードの方法は?」
「そうだなぁ。まず現金でのトレードはちょっと嫌かな。北川君みたいに知名度のある人を疑うわけじゃないけど、やっぱりトラブルが多いやり方になるからね。カードのトレードの場合は、まず眼の前で互いに所有権の破棄を行って、次にマスター登録。最後に召喚を行うって感じで確認するのはどうかな?」
「なるほど」
それなら少なくともカードが偽物だった、という最悪のトラブルは避けられる。
一応所有権の廃棄が虚偽で、相手の召喚に合わせて自分で召喚する……という手法も考えられるが、それもリンクを繋げられるかどうかで判断できるだろう。
今の俺なら手に入れたばかりのカードであってもテレパス程度は使うことができる。
「交換するカードについてだけど、できれば市場価格で三千万円程度のカードは欲しいかな」
「むむむ……」
定価で三千万か。Cランクカードの中堅レベルだな。Dランクカードとの交換と考えると不釣り合いにも程があるが、零落スキル持ちは実際の価値以上に入手が困難となっているため、妥当と言えば妥当な金額に思える。
ちなみに、零落スキル持ちの現在相場は同種族の三倍程度となっている。もっとも、零落スキル持ちは価格の変動が激しいため、現在の相場で語るのは無意味っちゃあ無意味ではあるのだが……それでも一定の目安にはなった。
一応、弾はある。死蔵する形となっているライカンスロープ……そのうちの一枚だ。
【種族】ライカンスロープ
【戦闘力】400
【先天技能】
・月満つれば則ち虧く:『迷宮外の』月の満ち欠けによって身体能力が上昇していく。
・狼に衣:ステータスが減少するが気配遮断等のスキルを内包する人間体と、ステータスが向上する人狼形態に変身することができる。
・本能の覚醒
【後天技能】
・気配察知
・群れの主:集団での行動時に自身と仲間にプラス補正。
・武術
これをトレードにだせば、十中八九相手は交換に応じてくれるだろう。
なんせ、貴重な零落スキル持ちとは言え、ドラゴネットの戦闘力はわずか145。スキルも失われている。霊格再帰を覚醒させるまでろくに戦力にならず、またキーアイテムも判明していない。
一方、俺の手に入れたライカンスロープはそのどれも能力的に瑕疵のない新品だ。
一枚でもCランクカードが欲しい三ツ星の冒険者からしたら、どう考えてもライカンスロープの方が欲しいだろう。
それを考えると、若干手放すのが惜しくなってくる。
悩んで、悩んで、悩んで……俺は決めた。
「俺は————」
【Tips】カードのステレオタイプ
モンスターの種族ごとの性格は、民衆が思い描くモンスターのイメージが反映されていると言われている。「妖精は気まぐれで悪戯好き」「悪魔は狡猾で残忍」「メガ〇ンの天使は基本的にペ天使」といったように、多くのモンスターは一般に思い描かれている通りの性格・性質を持っている。
しかし何事にも例外というものはあり、中には「グレている座敷童」「男性恐怖症のサキュバス」「粘着質な鬼」といった変わり種も存在している。
その多くはマスターの取り扱いに問題があり性格が変質してしまったケースであるが、時折「ドロップした時からこうだった」という報告も挙げられている。
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