第8話 その事件迷宮入りにつき
「——冒険者同好会の申請は却下されました」
それが、放課後に生徒会室を訪れた俺とアンナに対する生徒会長様の第一声であった。
学年一位の成績で偏差値も75を超えるという噂の秀才は、分厚いレンズ越しにこちらを無関心な眼差しで見つめている。
生徒会長の突然かつ無慈悲な言葉にしばし硬直していた俺たちであったが、真っ先にアンナが復活すると勢いよく彼に食って掛かった。
「ちょ、何でッスか!? こっちはちゃんとメンバーと顧問を見つけてるじゃないッスか!」
「さぁ? それは学校側に聞いてください。生徒会はただ申請用紙に不備がないかチェックして上にあげるだけなので」
アンナの抗議をどこ吹く風と流す生徒会長。そのまさに中間管理職なのでと言わんばかりの態度に、彼女も肩透かしを食らったようであった。
「……学校側がわざわざ却下してきたってことッスか? 普通、部活はともかく同好会は申請すれば通るもんなんスよね?」
「まあ、そうですね。オ○ニー研究会とか、ギャンブル同好会とか、よほど変なのじゃあなければですが」
かつて実際に申請され却下をくらったのだろう如何にもヤバそうな名前の同好会の名前を例に挙げる生徒会長。
「……つまり、我が冒険者同好会もその、オ、オ○……ニー、研究会やらギャンブル同好会とやらと同列に思われているってことッスか?」
一部恥ずかしそうに小声になりながらそう問いかけるアンナに対し、あっさりと頷く生徒会長。
「というか、おそらくそれ以下ですね」
「それ以下って……オ○ニー研究会以下ってことですか? 冒険者同好会が?」
「ええ、なんせオ○ニーで人が死ぬことはないですからね。まあやり方にもよると思いますが……」
「あの……あんまオ○ニーオナ○ー言わないでもらえません……?」
俺と生徒会長の問答に顔を赤らめて突っ込むアンナ。そんな彼女に冷笑を返す生徒会長。
「生徒会長で偏差値75の僕から見て、冒険者同好会とやらはオ○ニーと変わらないという意味ですよ。偏差値50も無さそうな君たちには理解できなかったようですけどね」
「もちろん俺はちゃんと理解できてましたよ。こう見えて偏差値50なんでね」
「う、ウチも理解できてましたよ……? 偏差値は42ッスけど……」
『42!?』
思わず生徒会長とハモる。
おかしくね? うちの高校、偏差値50なんですけど。
「……よくウチの高校に合格できましたね」
「ここは私立でウチは社長令嬢ッスから」
何気ない会話からとんでもない闇が飛び出してきた。
「……聞かなかったことにしておきましょう。こう見えて僕は生徒会長なんでね。……とにかく、いくら君がブルジョワジーと言えども、この決定は覆りません」
「それはなぜですか?」
俺の問いに、生徒会長はインテリっぽく伊達眼鏡だと噂の眼鏡をクイッと上げ、答えた。
「生徒会長で偏差値75の僕が見たところ……どうも学校側としては校内に冒険者が増えている現状を面白くないと思っているようです。そこに冒険者同好会なんてできたらそれが加速すると思っているようでして」
「なるほど」
確かに学校側からしてみれば生徒が冒険者になったところで百害あって一利なしだ。
もし迷宮で生徒に死なれでもしたら生徒が一人死ぬばかりか、下手をすれば保護者が責任を追及してこないとも限らない。
無論、冒険者の怪我や死に対してはすべてが自己責任であるということになっているのだが、どこにでもモンスターペアレンツというのは存在するものだ。
とりわけ、子供にカードのような高級品を買い与えるような親はそう言う傾向が強いだろう。
そんな中、冒険者部を作ろうという俺たちの動きが決して歓迎できるものではないだろう。
「というわけで、冒険者同好会の設立は却下されました。お帰り下さい」
終始鉄面皮だった生徒会長は、最後だけ営業スマイルを浮かべるとそう言ったのだった。
「あ〜、もう! なんでこんなに大人って頭が硬いんスか、もう〜!」
帰り道、腕を天に突き上げアンナが吼える。
「まあ、命の危険がある部活をあっさり承認する学校の方が我は怖いがな」
織部の言葉に、俺は一理あると頷いた。
あれから、俺たちは職員室を訪れ教頭やら校長やら理事長やらと色々な人に直談判を行ったものの、当然ながらその結果は芳しくなかった。
一部の教師などは好意的ではあったのだが、それは経営には携わらない立場だからであり多少なりとも学校運営にかかわる立場の人間からは、けんもほろろにあしらわれてしまった。
ヒヨリちゃんも上に反対されてはできることもなく、そればかりか教頭に「新しい部活の顧問をやりたいとはずいぶんやる気があるじゃないか」などとチクリと刺され、顧問の話もなかったことにと頭を下げてくる有り様であった。
こうなってはもはや冒険者部を作るのは不可能と言えるだろう。
仮に違う名目で部活を作ろうとしても学校側に警戒されている今、それも却下されるはずだ。
こうして、俺たちは冒険者部を作るどころかスタート時よりもマイナスとなってしまったのだった。
「まあ……冒険者を止めろとまでは言われてないんだからいいんじゃないか?」
「うむ、あくまで真の目的は終末を生き抜くための勢力作りなのだろう? 部活という形にこだわる必要はあるまい」
俺と織部の言葉に、アンナは頬を膨らませて反論した。
「部活だから良いんスよぉ! ロマンなんです、ロマン!」
コイツも拘るなぁ、と織部と顔を見合わせ苦笑する。
まあ、気持ちはわからなくもないがな。
「だが、実際問題どうしようもあるまい。学校がダメだと言ってるわけだからな」
「うむむ、なにか方法は……」
諦めの悪いアンナが腕を組みながらウンウンと悩むのを他所に、俺は織部と軽い雑談を交わし始めた。
「そういやぁ、織部はいつぐらいから冒険者をやってるんだ?」
「我は中一からだな。アンナと同じくらいだ。……最初の手持ちの差で、ランクを開けられてはしまったがな」
「なるほど……手持ちはどんな感じなんだ?」
「ふむ、最近ようやく欲しかったCランクカードを一枚手に入れ、あとはDランクカードを結構、と言った感じだな。……あとは見てのお楽しみ、という奴だ」
ニヤリと笑う織部。そんな彼女に楽しみにしておくと返し、俺は最も気になっていたことを尋ねることにした。
「……ところで、ぶっちゃけアレは使えるのか?」
「アレというのは、リンクのことか?」
「おお、そうそう。それはさすがに知ってたか」
俺の言葉に苦笑する織部。
「まあ伊達に三年もやっていないということだ。とは言え、我に使えるのはテレパスを少しだけ、と言った感じだが」
「……その、織部はどうやってリンクのことを知ったんだ?」
俺は、聞いてよいものかと逡巡しつつ、彼女へと問いかけた。
……大会の後、俺はすぐさまリンクについて独自に調査を始めた。
しかし、インターネットや本などをいくら調べても、時折それらしき技術の噂がほのめかされている程度で、それがどういったものなのかを知ることは出来なかった。
クリスマスに放送された決勝戦の映像でも、重野さんによるリンクの解説はカットされ編集されていた。
つまり、リンクについては国レベルによって秘匿されているというわけだ。
理由は、まあ察しが付く……。
今思えば、決勝戦で重野さんがリンクについて口を滑らせたのは、彼なりの応援だったのだろう。
でなきゃ、一般に知られていないリンクという技術をあんな大勢の前で言ったりしないだろう。
おそらく、重野さんもあの後ギルドなどから怒られたのではないだろうか……。
この前ギルドであった時元気そうだったのでクビにはなっていないようだが。
結局俺の場合は上手く師匠を見つけられたので、リンクについて学ぶことが出来たが、他の冒険者たちは一体どのようにリンクを身に付けているのか、興味があった。
とは言え、一般的には秘匿されている技法だ。それを尋ねること自体がタブーの可能性もある。
そう言うわけで恐る恐る問いかけた俺だったが、織部はあっさりと答えてくれた。
「我の場合はアンナからだな。アンナは、実家がスポンサーをやっているプロ冒険者から習っているらしい」
「ああ、なるほど……」
俺は心の底から納得した。そう言うコネね。そう言えば、彼女は『ゴランノスポンサー』でお馴染みのダンジョンマートのお嬢様だった。そりゃあプロの伝手の一つや二つ持っているに決まっている。
織部もその伝手でリンクを習ったと、納得である。
しかしそうなると疑問なのが、なぜアンナは俺との勝負でリンクを使わなかったのかだが……もしかしてあの時はまだリンクを使えなかった、とか?
と、その時俺のスマホに着信があった。
見てみると、ギルドからの広報メールのようで、織部もスマホを見ている。
内容は……行方不明者の捜索クエストのようだった。
ギルドでは、時折冒険者に対しクエストという形で依頼を出してくることがある。
例えば病院でポーションが不足しているためポーションの納入を頼む、だとか。
Fランク迷宮でイレギュラーエンカウントの発生が確認されたため討伐を頼む、だとか。
迷宮内での犯罪に対する情報提供求む、だとか。
そういった依頼が、メールやギルド内の掲示板という形で冒険者に告知されるのだ。
俺はまだ受けたことがないが、プロやセミプロ冒険者の中にはギルド職員から指名で依頼を頼まれることもあるらしい。
基本的にはギルドの依頼は社会貢献のようなもので金銭的に旨味はないが、ライセンスに実績が刻まれ、ちょっとだけ箔がつく。
多くのクエストをこなした冒険者には市や国から表彰されたりして、小さくニュースで流れることもあるので、それを目当てにクエストを受けまくる冒険者もいた。
今回の場合は、Fランク迷宮で数日前から消息を絶っている冒険者の捜索が依頼内容のようであった。なお、冒険者ライセンスによる救助要請はないという。
「浅いFランク迷宮で行方不明になって数日、か」
織部が何とも言えない顔で小さく呟く。恐らく、俺も同じような顔をしているだろう。
行方不明者の捜索、ということにはなっているが、これは間違いなく遺品の捜索と死因の特定のクエストだろう。
日帰りで踏破することのできるFランク迷宮で数日も帰ってこないというのは、自力では移動できない状態であることを意味する。さらには救助要請も出せない状態となると、頭にチラつくのはイレギュラーエンカウントによる空間隔離……その犠牲だ。
一歩間違えれば、俺もこうして行方不明者として扱われていたのかもしれない……。
そう一人憂鬱な気分になっていると。
「——妙だな」
織部が小さく呟いた。
「妙って何がだ?」
「いや……ちょっと気になってここ最近のクエストメールを溯って見てみたのだが、どうにも行方不明者が多すぎる。それも、Fランク迷宮でばかりだ」
そう言われて俺もメールをチェックしてみると、確かにここ数か月妙に行方不明者が急増しているように思えた。
「確かに、この量はちょっと妙だな」
「だろう? Fランク迷宮で救助要請すら出せずに全滅する状況で最も可能性が高いのはイレギュラーエンカウントだが、そうなるとこの数は多すぎる。しかも、犠牲者はほぼバラバラの迷宮で行方不明者になっている。そんな数のイレギュラーエンカウントが大量発生していた、なんてことになれば必ず話題になるはず。にもかかわらずそんな話は聞いたこともない」
「……イレギュラーエンカウントの仕業じゃあないってんなら、一体何の仕業だっていうんだよ?」
「————事件の匂いっスね」
「うお!?」
急に割って入ってきたアンナに、俺は肩をビクつかせた。
「先輩、これは事件ッスよ、事件」
「事件って……犯罪ってことか?」
「自然には起こりえないことが起こっているのならば、その要因は外部にあるということ……つまりこれは迷宮を利用した連続殺人事件に違いないッス!」
ビシッと俺を指さして告げるアンナ。
「うぅむ、殺人事件、ねぇ」
迷宮内の特殊な環境を利用して犯罪に及ぶ輩がいる、という話は聞いたことがあった。
日本は世界トップクラスで迷宮に関する犯罪が少ないと言われており、俺も今まで一度もそういった輩と遭遇したことはない為いまいちピンとこないところはあるが、それは日本が特別なだけで、外国では結構そういった事件も多いと聞く。
特に、日本ほど迷宮の出入りが厳重ではない発展途上国や南米の一部地域では迷宮は犯罪者の巣窟と化しているところもあるそうだ。
だが……。
「仮にそうだとして、何なんだよ?」
迷宮内で連続殺人事件が起こっていると想像すると薄ら寒いものを感じるが、俺たちにできることなど何もない。迷宮へ行くことを控えるくらいだ。
そんな俺にアンナは正義感あふれる目で言った。
「決まってるじゃないッスか! 当然、我が冒険者部の手によってこの事件を解決するんスよ!」
「はぁ〜?」
何言ってんだ、コイツ?
俺は呆気に取られてアンナを見た。
「何がどうなってそういう結論に達したんだよ?」
「迷宮内で起こってる可能性が高いんスよ!? しかも低ランクの冒険者ばかりを狙った卑劣な犯行! 断じて許せないッス! それに、この事件を解決すれば大人たちも絶対われらが冒険者部を認めてくれるに違いないッス!」
「いやいやいやいや」
コイツ、マジか? いくらラノベや漫画にあこがれてるといっても限度があるだろ!
「お前、俺らはただの高校生だぞ。それが殺人事件を解決するとか……ありえんだろ。そういうのは警察の仕事だっつの」
「その警察が頼りにならないからウチらで解決しようって言ってるんスよ! だって未だに迷宮が閉鎖されたりニュースになっていないってことは、まだ警察も事件に気付いていないってことなんじゃないッスか!?」
「む……」
確かに、これだけの数の行方不明者が出ていながら世間に何の動きもないというのは不自然だ。俺と織部のような素人ですらすぐに気づいたくらいなのだから、大人たちが気付かないわけがない。
しかし……。
「というか、そもそもこれが犯罪だって前提条件が疑わしくないか?」
「どうしてッスか!?」
「だってよお、迷宮の入り口にはゲートがあるんだぜ? その出入り記録を調べれば容疑者なんて一発じゃん」
迷宮の出入りは、冒険者ライセンスと紐づけされてゲートに記録されている。そのデータを辿れば、犯人はすぐに判明するはず。
にもかかわらず、犯人がまだ捕まっていないということは被害者と同時に迷宮に入っていた人間がいないか、無実が確定されているということだ。
「う、そ、それは……そう! 偽装ライセンスとか、他人から奪ったものを使って出入りしてるんスよ! もしくはウチらでは想像もつかない手段があるとか!」
「仮に偽装ライセンスだったとしても、ダンジョンマートの監視カメラで特定できるはず」
アンナの言葉に、織部がすぐさま反論する。
彼女の言うとおり、ライセンスを偽造するにしろ、ダンジョンマート内には防犯カメラがある。その映像をみれば、犯人を辿ることなど容易なはず。
「つーわけでそもそも犯罪じゃないかもしれないし、犯罪だったとしてもすぐ捕まるはず。仮に警察が想像もつかないような手段で捜査の手を掻い潜っているとして、それこそ俺らにはお手上げだろ。ただの高校生なんだから」
「うぐぐ……」
俺と織部の二人によって完全論破されてしまったアンナは涙目で唸るしかなかった。
……まあ、犯罪ではないとすればこの異常な行方不明者の数は一体なんなのか、という疑問は残るわけだが。
まあ、そこはギルドか警察が解決してくれることだろう。
「で、でもでも! もし監視カメラもゲートの記録も改ざんできる犯人がいたとしたらどうするんスか!? ウチらだって迷宮に潜る以上明日は我が身かもしれないんスよ?」
まだ言うか……。
「迷宮のゲートもダンジョンマートの監視カメラもごまかせる犯人ってどんなんだよ? それこそダンジョンマート、ぐらい、しか……」
「ま、まさか……!?」
俺達は目を見開きアンナを見た。
監視カメラのデータを容易に改ざんでき、迷宮の出入りを管理している、この国唯一の企業の一人娘が、今、俺たちの隣にいた……。
「………………………………はえっ!? う、ウチ!?」
「お、俺たちを犯人捜しに仕向けて、一体、何を企んでいたんだ……?」
「ま、まさか、私たちも……?」
俺たちの恐怖の眼差しを受けたアンナが、本気で慌てふためく。
「ち、ち、ち、ちが、ちがちがちが……!?」
その哀れな姿を見た俺たちは、疑いの目を向けるのは止めてやることにした。
常識的に考えて、ダンジョンマートがそんなことをするメリットがわからない。
迷宮内で新米冒険者を襲って得る利益と、それが発覚した時にダンジョンマートが失うモノの釣り合いが明らかに取れていないからだ。
まあ、これだけ釘を刺してやればアンナも犯人捜しをしようなどとはもう言ってこないだろう。
常識的に考えて殺人鬼を捕まえようなど危なすぎる。
……しかし、犯罪であろうとなかろうと、迷宮に何かが起こっていることは間違いないだろう。
極論、俺や知り合いに被害がなければそれで良いんだが……。
一応小野の奴にも注意ぐらいはしておいてやるか。
「ねぇっ! 聞いてます!? 本当にウチじゃないッスからッ!」
「……血で穢れた手で俺に触らないでくれます?」
「ちょっとぉ!?」
アンナを織部と一緒に揶揄いつつも、俺の胸にはしこりの様な不安が残るのだった。
【Tips】クエスト
ギルドでは民間や企業から持ち込まれた相談を、冒険者にクエストという形で斡旋している。
クエストの内容は、魔道具やカードの納品や、イレギュラーエンカウントの討伐、遭難者の救助に行方不明者の捜索など様々だが、その報酬はあまり高いとは言えず、魔道具の納品などは相場に若干の色がつくくらいである。
基本的には社会貢献としての要素が強く、特に遭難者の救助やイレギュラーエンカウントなどの緊急性の高い依頼を数多くこなした者には県や国から表彰が送られることもある。
クエストをたくさん受けていると就職に有利になるという説もあり、学生冒険者の中にはクエストに精を出す者も一定数いるとかいないとか。
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